【春封】(1)

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買物に来ていて淳は困っていた。
 
和実・希望美といっしょに来ているのだが、ふだん和実ひとりで赤ちゃんのお世話をしているしと思い、今日は私が抱くよと言って抱いている。そしてお昼を食べた後、和実が何か見たいものがあるらしかったので、私が希望美は見てるから、ひとりで行っておいでよと送り出して・・・2時間経つ!
 
淳はスリングで希望美を抱いているのだが、お昼を食べた少し後まではずっと寝ていたのが、今は起きている。それはそれで可愛かったのだが、さっきからぐずり始めて困っていたのである。
 
おむつは20分くらい前に替えたばかりである。おっぱいが欲しいのかなぁ・・・しかし。。。。
 
淳は迷ったものの、意を決して授乳室に入った。
 
すると、淳が入って来た途端、何だか冷たい視線が来る。
 
きゃー。やはり!?
 
でも仕方ない。
 
授乳室は混んでいて、6組もの母子が授乳している。4組が乳房から直接授乳していて2組は哺乳瓶である。
 
淳は空いている席に座ると、服のボタンを外し始めた。
 

「ちょっとあんた」
とひとり27-28歳くらいかなという感じの女性が赤ちゃんを抱いたまま淳の前に来ると、きつい顔でこちらを睨む。
「ここは女性専用で、みんなそれで安心しておっぱい出してるんだよ。男の人は出て行って欲しいんだけど。何なら警備員呼ぶよ」
 
あぁ・・・やはり私はパスしてない!
 
女子トイレでも女湯でも文句言われたことないのに。
 
「えっと、どういう意味でしょうか?」
と淳は笑顔で言うと、ボタンを外し終わった服から乳房を取り出し、希望美の口に乳首をふくませる。すると希望美は物凄い勢いで、淳のおっぱいを飲み始めた。よほどお腹が空いていたのだろうか?
 
「あら、あんた・・・ほんとの女だった?」
 
「え?私男に見えます?」
 
「ごめーん。てっきりオカマさんかと思っちゃって。ほんとに御免ね」
と言いながら、その女性は自分の席に戻った。
 
他の女性たちはなりゆきを見守っていたが「え〜?」とか「へー」といった感じの顔をしているので、私って、やはり《本パス》はしてないんだなあと改めて思った。
 
その女性は後で「変なこと言ったお詫び」と言って、アイスクリームをおごってくれた。これが結構美味しかった。
 
「でも夏はやだなあ」
と淳は呟いた。
 
赤ちゃんを連れていると、どうしても重装備になってしまうし、汗掻いても簡単には着換えられない。特に赤ちゃん連れで外出する時は、おっぱいを出しやすい服を着る必要もある。
 
ところで和実はいったいいつ戻ってくるのだろう??
 

裕夢(ひろむ)は「いいかげんに起きなさい」という母の声に、まだぼーっとしたままの状態で起き上がると、そのまま居間に出て行った。すると、こちらを見て父がポカーンとしている。
 
姉が言った。
「あんた、何て格好してるのよ?」
 
「え?なんかおかしい?」
と言って裕夢が鏡を見ると、自分で吹き出した。
 
「お前、女装とかするの?」
と父がやっと口をきく。
 
「何か変な夢見たんだよね〜。その夢のせいかも」
 
「ところでそのブラジャー、誰の?」
と姉が訊く。
 
「うーんと・・・」
と言って、裕夢は自分が着けているブラジャーを外して見てみる。この時、裕夢が後ろ手を回してすんなりホックを外したので姉は「ほほぉ」といった顔をしたのだが、まだ半分寝ている裕夢は気付かない。
 
「C60だよ」
「私のじゃないし、お母ちゃんのでもないね」
と姉。
「あんた、下着泥棒とかしてないよね?」
 
「さすがにそんなことするほどの変態じゃない。これもしかしたら百合花のかも」
 
「百合花ちゃん、あんたと今どうなってる訳?」
「ふつうの友だちだけど」
「セックスはするんだっけ?」
「僕が東大理3に合格したら、させてやると言ってた」
「そりゃ頑張らなきゃ」
「理3なんて通る訳ないじゃん。それに僕は工学部志望だし。セックスするつもりはないという意味だと思うよ」
 
「でもブラジャーを置いてっちゃうくらいの付き合い方してるの?それともあんた百合花ちゃんのを盗ったの?」
 
「そりゃ僕は百合花が好きだけど、下着を盗ったりはしないよ」
などと言っている。
 
裕夢はたぶんこれこないだあいつが来た時に“忘れて”いったんだろうなと思った。以前あいつのパンティが落ちてたこともあったし、ヌード写真まで添えてあったことがあった。全くあんなの流出でもしたらどうすんだよ?
 
しかしそれよりも、さっきのは変な夢だったなあ、と裕夢は思いながら、なぜか穿いていたスカート(これもきっと百合花のだ)を脱ぐと、その付近に掛かっている学生ズボンを穿いた。穿いている下着が男物のブリーフではなく女物のショーツであることに、母と姉は気付いたものの、本人は気付いてない感じであった。
 

青葉は2016年7月6日の夜から車で仙台まで走り、和実の赤ちゃん・希望美(のぞみ)の出産を千里・桃香とともにサポートした。桃香本人は意識していないものの、この出産成功には実は桃香の力が大きかった。
 
赤ちゃんは7月7日の朝4:20に産まれ、青葉はその日の日中は和実の雑用などをしてあげた。夕方車で東京に戻るが、その夜《妖怪アジモド》の封印に成功する。青葉は7月8日は1日中寝ていたが、夕方から彪志と一緒に焼肉屋さんに行ったら桃香と同僚のグループに遭遇。富山県の水仲温泉に行く計画が急遽決まってしまった。
 
ちょうど東京に出てきていた朋子と合流し、翌7月9日、富山まで走って水仲温泉に行くが、ここで図らずもラララグーンのソウ∽さんと、ステラジオのホシのヒーリングを連続してやることになる。温泉には1泊して翌7月10日、上越妙高まで一緒に行き、そこから青葉と朋子は新幹線で高岡に帰還した。
 
ところがその日の夜、和実から電話があり、青葉は再度仙台に向かうことになったのであった。
 

7月11日(月)。青葉は新幹線を乗り継いで仙台に入った。
 
富山6:19-8:06大宮8:22-9:30仙台
 
仙台駅には和実がプリウスで迎えに来てくれていて、青葉はそれに乗車した。和実の姉で石巻市内で美容室に勤めている胡桃も一緒である(正確には共同経営者のひとり)。彼女は月曜日が美容室の定休日なので出てこられたらしい。
 
「希望美ちゃんは?」
 
「元気元気。退院は水曜日の予定なんで、その前にと思ってね。病院にいる間は看護婦さんたちが見ていてくれるし。実は今日は盛岡からお母ちゃんも出て来ているし」
 
「なるほどー」
 
このあたりは和実自身が出産した訳ではないので自由がきく所であろう。
 
実は、和実が来年の夏くらいにオープンしたいと考えているメイドカフェの候補地の風水チェックを頼まれたのである。そこで各候補地を実際に回って青葉の目で見てみることにした。
 

3人は最初に仙台市の中心部にある候補地に行く。
 
「ここは交通の便もいいし、商圏的には申し分無いんだよね。ただ土地単価がどうしても高い。この区画は50坪あるから、座席数30席くらいのカフェにできて、まあ最低限のレベルかなという所。でも売値は1億円なんだよね。融資は受けられると思うんだけど」
 
と和実は言うが
 
「1億円借りて、それどうやって返済するのよ?と私は言っているんだけどね」
 
と胡桃は言っている。
 
「でもどっちみち建設費も1億円以上掛かるよ。だから3億円借りる方向で銀行と交渉中なんだよね」
 
「それ絶対返せないって」
と胡桃は言っている。
 
青葉は羅盤を持って周囲を見回し、車内に戻って地図も確認した。
 
「その予算の問題を除けば、純粋な土地としての評価では90点。ほぼ問題が無い。都会の中にあるから全体的なエネルギーも高い。ただ雑多な霊も集まりやすい。これはきちんと結界を張っておけばある程度回避できるし、定期的にお祓いすれば大丈夫」
 
と青葉は言う。
 
「そのお祓いとか青葉に頼める?」
「たぶん千里姉の方がそういうのは得意」
「へー!」
 

次に行ったのは青葉区内だが、中心部からは外れ、大学が多数集まっている地区である。
 
「ここは70坪で3000万円。わりとお買い得物件だと思うんだよ。それだと計算してみたけど客席を40席ちょっと取れる。ここは建設費も7-8000万円で済みそうなんだよね」
 
「私、保証人になってくれと言われてもハンコ押さないからね」
などと胡桃は言っている。
 
「40席で4回転1人800円使ってくれた場合で、売上は12.8万円。その内の多分半分が粗利。カフェって他の飲食店に比べて粗利率が高いんだよね。特にメイドカフェは高い。それで年間2000万円。生活費を外しても1600万円。30年もあれば完済できる計算になるんだよ」
 
と和実は言っている。
 
「それ収支見積もり甘すぎるし、店舗のメンテナンスの費用も計算に入れていない。店舗を自己所有する場合、建物のメンテに結構お金が掛かるよ」
 
と実際に美容室の経営に携わっている胡桃は鋭い指摘をしている。
 
「まあ私が途中で死んだ場合は残金は保険金で精算できるようにしておくし」
とも和実は言っている。
 

「それに、ここは学生さんのお客を期待できると思うんだよね」
などと和実は言っている。
 
「ただその場合、客単価が低くなるんじゃないかというのが心配でね」
と胡桃が言う。
 
ここも青葉は羅盤でずっとチェックしていた。
 
「純粋な土地としての点数としては85点。結構な気の乱れがあるけど、若い人たちが多いだけに乱れが発生してもすぐ修復されていくと思う。ここはとにかく若い町だね。ここでやるなら、メイドカフェにするより、もっとカジュアルで低単価のお店を志向した方がいいかも」
 
「やはりヴェローチェみたいな方向性かな?」
 
「あるいは吉野家とかマクドの線。学生さんは早くて安くて量があればいいから。あまり味や雰囲気は気にしない。それに胡桃さんの肩を持つ訳じゃないけど、学生さん相手の場合、400円のコーヒーで5時間ねばったりしないかな?」
 
「メイドカフェはね、最後にオーダーしてから2時間経つと『ご主人様、お出かけの時間です』と言うんだよね〜」
 
「なるほど!」
 
「それでも学生相手の商売は、コンセプトが変わってくるかなぁ」
と和実は悩んでいた。
 

最後に行ったのは、若林区で名取市にも近い場所である。海岸からは2-3kmほど離れている。
 
「なんでこういう場所を選ぶの〜?」
と青葉は羅盤も出す前から言う。
 
「最悪でしょ?」
と和実が言う。
 
「うん。絶対に勧めない。周囲になーんにも無いし、それにここたくさん霊が迷ってるじゃん」
 
「だからやろうかと思ったんだよ」
と和実は言った。
 
青葉は和実の趣旨は理解したものの、ため息をつき、車から降りてしばらく眺めていた。
 
「なんか空いてる土地がたくさんあるみたい」
「どんどん売りが出ている状態。今売りに出ている土地が全部で16区画ある」
「地図で見れる?」
「うん。マークしてきた」
 
それで地図を見ると、旅館が2軒、お寺が1つ、駐車場が3つある以外は、いくつか民家がぽつぽつとあるが、3〜4割の区画が売りに出ているようだ。つまり周囲にほとんど何も無い。
 
青葉はしばらく見ていたが、1つの場所に指を差して
「ここ行ってみよう」
と言った。そこで車で移動する。
 

「あっ」
と和実が言った。
 
「この区域の中では割といい場所だと思う」
と青葉は言う。
 
「なんか暖かい感じがするね」
と胡桃も言っている。
 
青葉は羅盤を持って再確認している。
 
「地図見た時に、ここは方位がいいなと思ったんだよ。それでも点数としては30点かなあ。ここ利益が貯めにくいし」
と青葉は難しい顔をして言う。
 
その時、胡桃が言った。
 
「風水って言ったら、例の東に青龍棲む清流あり、西に白虎棲む大道あり、北に玄武棲む丘陵あり、南に朱雀棲む平野あり、とかいう奴でしょ?」
 
「そうそう」
 
「だったらこの中にその玄武・青龍・朱雀・白虎を作り込んでしまうとかはできないの?」
「風水の強制改造か!」
 
「和実なんて男の子だったはずが、強引に女子の身体に作り変えちゃってるし。人間が性転換できるなら、土地も特性転換して」
などと胡桃は言っている。
 
「まあ身体改造よりは土地改造の方が楽そうだ」
と和実は開き直って言っている。
 
「そのあたりは予算さえ掛ければある程度できますけど、この狭い区画の中では無理がありますよ」
と青葉は言う。
 
和実は腕を組んでいたが
「ここ2つ空き区画が並んでいるし、2区画買っちゃおうか」
などと言い出す。
 
「そちら側の区画に池とか作ればいい?」
 
青葉は思わぬ提案にしばらく考えていたが、やがて言う。
 
「だったら、こうしようか。北に玄武になる小高い場所を造成して、南に朱雀になる池を造成する。幸いここは東に大きな川があるから、それを青龍として使わせてもらう。西側にある道路は白虎として利用可能。この道路は仙台中心部につながっているしね」
 
「うん。ここは仙台駅から20分で来るんだよ」
 
「それなら行けるかな?都市計画上の指定は?」
と青葉は訊く。
 
「無指定。不動産屋さんに確認したけど、住宅も店舗もOKだって。学校が近くにあるから、風俗店はNGだけど、うちは飲食店営業だからね」
と和実。
 
「そうか。自宅も一緒に建てちゃうのか」
 
「ここだとそれができるんだよね」
 
「ここの売値は?」
「この区画は70坪で250万円。隣の区画は80坪で230万円」
 
「なんか凄く安い気がする」
 
「誰も買おうとしないから。ここ放置していると、もっと寂れるかも。土地価格は年々低下している。幽霊もたくさんいるし。でもこの幽霊は問題無いでしょ?」
 
と和実。
 
「うん。単に迷っているだけで何も害をなさないよ。ただの迷子さん。何か言ってきたら成仏させちゃえばいい。その程度は和実にもできるよね?」
 
「うん。実はこないだ来た時も2人上げた」
 
などと青葉と和実が話しているので胡桃が嫌そうな顔をしている。
 
「でもそれなら2区画買っちゃってもいいかも」
 
「ただ利益を溜められるようになったとしても、問題はお客が来るかということなんだけど」
 
と青葉は悩むような表情で言う。
 
「地図にはここに海水浴場って書いてあるけど、これ営業してるの?」
「震災でやられて、まだ鋭意復旧作業中」
 
「やはりお客さん来ないだろうね」
と青葉は言った。
 
「じゃ経営的には厳しいか」
「住宅地ならいいけどね。霊的な処理をした上で」
「なるほど〜」
 

その日、裕夢は自宅で百合花と一緒に勉強をしていた。
 
彼女との関係は一応お互いの両親には(暗黙の)了解を得ている。百合花の自宅に行き、ご両親と話をしたこともある。裕夢自身の母は「高校生の内は変なことはしないように」などと言っていたが、百合花は母から「する時はちゃんと避妊しなさいね」と言われたなどと言っていた。
 
その日は1時間くらい一緒に勉強していたものの、お互いの身体が触れあってしまったことから、つい見つめ合う展開になり、キスしてしまった。
 
キスするのは実はまだ3回目である。しかし今日のキスでは百合花がなかなか離してくれず、結局10分近くキスを続けることになった。そのまま倒れこむように身体を横にしてしまう。百合花は物凄く積極的である。裕夢のズボンの中に手を入れて触っている。裕夢は完全に鏨(たがね)が外れてしまった。百合花の頬に首にキスする。手が迷っていたら百合花が左手で裕夢の手を掴まえてスカートの中に入れ、あの付近に触らせた。
 
裕夢は完全に理性が吹き飛ぶ。
 
「あれ?持ってるよね?」
と百合花が確認する。
 
「うん。お母ちゃんが買ってくれた」
「だったらしてもいいよ」
と百合花は言った。裕夢はごくりと唾を飲み込む。
 
ところが裕夢のパンツの上からさんざん触っていた百合花が言う。
 
「これどんなパンツ穿いてるの?」
「ごめーん。それ百合花が置いてった百合花のパンティ」
 
「へー!自分で穿くんだ」
「ごめん。いつも百合花と一緒にいたい気分で」
 
と言いつつ、裕夢は我ながらうまい言い訳だと思った。
 
「うん。いいよ。私もひろちゃんのパンツ持ち帰って穿いちゃおうかな」
「ゆりちゃん、それ体育の時に困るよ」
「ひろちゃんは困らないの?」
「体育のある日は気をつけている」
 
「じゃ、私またパンティ何枚か置いてってあげるね。ブラも欲しい?」
「ごめん。こないだちょっと着けて遊んでた」
「ふふふ」
 
それでふたりはまたキスをしあい、お互いの「雰囲気」で、次の段階に進んでもいいかなという感じになってしまう。
 
お互いの服を外していく。やがてふたりとも下半身裸になってしまう。さすがに百合花は少し恥じらうような顔をしている。しかしそんな百合花の方が積極的だった。裕夢は少し身体を離して机の所に行き、引出しから避妊具の箱を取り出し、開封する。そして1個取り出して、装着した。
 
実を言うと、この母が買ってくれた避妊具の箱とは別に自分で100円ショップで3個入りの小箱を買ってきて練習してみていた。そうでないと、着ける時に戸惑っていたと思う。最初はホントに使い方が分からなかったし、裏表も判別できず、逆につけようとして途中までしか入らなかったこともある。
 
その装着する所を百合花が興味深そうに見ていた。
 
裕夢は百合花のそばに寄り、キスする。そして彼女が目を瞑った。裕夢はドキドキしていたが、思い切ると彼女のその部分に触り、“目標”を確認。指で導きながら、とうとう最後の突撃をしようとした。
 

その時である。
 
「こらっ!」
という大きな音が響いた。
 
裕夢はびっくりして百合花から離れる。
 
そしてキョロキョロ周囲を見回す。百合花も身体を起こしている。裕夢は部屋の襖を開けて廊下を見てみたが、特に誰も居ない。
 
「何今の?」
と百合花が言った。
 
「分からない。でも声が聞こえたよね?」
「うん」
 
そしてこの日は結局この騒ぎでお互い冷めてしまったので、
 
「また今度にしようよ」
と裕夢が提案し、百合花も同意した。装着した避妊具は記念に欲しいと言われたのでビニール袋に入れて渡した。ついでに未使用のも2個一緒にあげた。
 
「万一お母ちゃんに見つかったら、ひろとしたって言おう」
などと言っている。
「僕はそれでいいよ。今日僕はもうゆりのバージンはもらったつもりだから」
「んー。じゃ私もあげたつもり」
 
と言って2人はキスした。もうキスにはお互い抵抗が無くなってしまった。
 
百合花は今日穿いていたパンティ、更には着けてきたブラジャーまで裕夢の部屋に置いて帰宅した。百合花はわざわざ裕夢の前で上半身の服を脱いで、ブラを外して裕夢に手渡した。
 
「パンツ無しでもいいの?」
「平気平気。ノーパンって、涼しくていいんだよ」
「ああ、確かに夏はいいかもね」
「ひろちゃんもやってみない?」
「男はパンツ無しだと、ポジションが定まらないし、毛をファスナーに巻き込んでしまうと思う」
 
「ああ。男の子って大変ね。いっそ女になる?」
「女になったら、ゆりと結婚できないからならない」
「私と結婚できなくならないのだったら女の子になってもいいの?」
「いや、そういう訳ではないけど」
 
「私、レスビアンでもいいよ。レスビアンなら避妊せずにいくらでもセックスできるよ」
と百合花は言って再度裕夢にキスした。
 
その時、机の上に置いていた避妊具の箱がいきなり宙を飛んでお布団の上に落ちた。
 
「何今の?」
「ただのポルターガイストだよ。気にすることないよ」
「ひろが気にしないなら、私も気にしないことにしよう」
と言って、百合花はもう一度裕夢にキスした。
 
また避妊具の箱が飛んだので、百合花は面白がっていた。
 
この日ふたりは別れ際に10回以上キスしたのである。
 

裕夢の母・加根子はその日会社を終えると、夕飯の買い物をして、クーラーバッグにサービスの氷と一緒に入れてから電車の駅に行った。定期券で改札を通り、いつものように1番ホームに行く。
 
跨線橋を渡っていたら、何だか素敵なカラーリングの列車が停まっている。へー。あれ初めて見たなあなどと思った。
 
加根子はハッとして目が覚めた。見ると列車の座席に座っているようだ。窓の外は真っ暗だ。しかし何よりも戸惑ったのが、これがどうも遠距離を走る特急列車か何かのようだということである。
 
今どこ?
 
と思ってスマホのスイッチを入れる。地図を表示させる。
 
長岡〜!?
 
実際に車内アナウンスがあり、あと3分ほどで長岡に到着するなどと言っている。加根子は列車が停まると、慌てて列車から降りた。
 
その日加根子が帰宅すると、入れていた氷は完全に融けていた。
 

8月になってから、青葉の所に和実から連絡があった。
 
「あの若林区の物件4区画買っちゃった」
などと言っている。
 
「4区画!?」
「あの直後、あそこに建っていた古い旅館も土地を売って撤退することになったんだよ。だから4区画まとめて空いちゃって。旅館はちゃんと更地にしてから引き渡してくれる。それで4区画まとめて約400坪、1500万円ジャストで買えちゃったんだよ」
 
「すごーい!」
 
「旅館の人がどうも早く現金が欲しかったみたいで。こちらが即金で払うと言ったら、簡単に妥結しちゃった」
 
「それ運が良かったと思う」
 
「まあ衝動買いかな」
「1500万円の衝動買いって、セレブみたいだ」
「うん。このネタ、営業トークで15年は使える」
 
「私もせめて100万円くらい衝動買いしてみたい」
などと青葉は言っていたが、それはすぐ実現することになる。
 
「土地代で5000万円考えていたから、その分、建築費に回せるよ。まあ建築費用はハナっから銀行頼みだけど」
 
「それ代理母でもたくさん使ったからでしょ?」
「それもあるんだよねぇ」
 
「風水の造成もするんだよね?」
「うん。それがよく分からないから、見てくれない?」
 
それで青葉は期末試験が終わった8月6-7日(土日)に再度仙台に行ったのである。今回は彪志がちょうどお休みを取れたので、東京から彪志にも同行してもらった。
 

「きれいに更地になっている」
「この広さがあれば確かに風水的な改造の余地があるなあ」
 
「建物面積はどうするの?」
「ここは建蔽率60%容積率100%なんだよ。だから400坪の土地があれば例えば1階240坪、2階160坪の建物が建てられる計算になる」
 
「ビルでも建てて、貸しビルのオーナーになる?」
「それは市と交渉すれば可能だと思うけど3−4年掛かりそうだ」
 
「まあ無理に限度一杯建てる必要はないでしょう」
 
「店舗面積はどのくらいを想定してたの?」
「50-60席くらいを想定していたから客席40坪。この客席数だと実はトイレで15坪程度は必要。うちは雰囲気重視だからトイレにはお金掛けたいからね。あそこトイレが素敵だからまた行きたい、と言われるくらいにしたい。それと客席が40坪なら厨房は20坪になる。他に事務所4坪、更衣室8坪、と考えて行くと90坪くらいになる。あと住居は20坪で合計110坪」
 
「結構食うね!」
 
「だから詳細な設計をしてみないといけないけど、事務所とか更衣室は2階に持っていった方がいいかなとも思っている。実はノゾキ対策もあるんだけどね。新宿店は実はそれで随分悩まされたんだよ。逆に240坪ギリギリまで使うとしたら、お店の北側に2階建ての家を20坪で建てて、店舗は220坪で、これシミュレーションしてみたんだけど、客席は160坪くらい、定員240人ということになる」
 
「それはもうフードコートだと思う」
 
「うん。だからそんなに建蔽率一杯建てなくても駐車場を広く取ればいいと思う。こういう都心から離れた場所で商売する場合、広い駐車場を持つことは必須だと思うんだよね。だから客席は50坪、75席くらいかな」
 
「それは確かだと思う。あれ?でももしかして、その住宅自体が、店舗の玄武になる?」
 
「そうそう。そのつもり。但し建て方によっては斜面規制で斜めの形の屋根にする必要があるかも」
 
「北側は道路だから大丈夫と思うけど。でも住居を玄武として使うのなら、日々掃除をしてきれいにしておかないといけないよ」
 
「それは淳がやるから大丈夫」
 
「なるほど〜!」
 

「でも75席を埋めるほどのお客さんを呼べるかというのが問題だなあ」
 
「銀座店みたいにステージ作ってミュージシャンを呼んだら?」
「それいいかも知れない」
 
「銀座店のステージは確か15平米くらいあったよ」
「ここは土地安いしもっと広くしてもいいかも」
「だったら、ステージでどーんと10坪・33平米くらい使っちゃったら?そしたらライブ目的の客が来るよ」
 
「10坪というと・・・5間×2間として、9m x 3.6mか。それかなり広いよ」
「逆にそれより広くすると3〜4人のバンドではちょっと寂しくなる。だから無闇に広くすればいいというものではないと思うんだよね。ローズ+リリーとか連れてくる訳でもないし」
 
「実質ライブハウスにしちゃう訳か!?」
「そうそう」
 
「ステージで10坪使うと客席は40坪で席数に直すと60席くらい。その方が結果的に適正規模かも。60席くらいなら何とかなる気もするなあ。メイドカフェという特殊事情を考えると」
 
「40坪は詰め込めば100席くらいまで設定できると思う」
「オールスタンディングなら300人は入るね」
「そこまで詰め込んでも仕方ないよ。100席で消防署の認可を取って、ふだんは60席くらいで運用するといいかもね」
 
「うん。それでいいと思う」
 
青葉はその場で羅盤で確認しながら図面上に、この付近に住宅を建て、この付近に店舗を建てて、朱雀にする池はこの付近に造成するといい、といった概略の図を書いた。後できちんと清書して送ることにする。
 
彪志がたくさん土地の写真を撮っていた。
 
「店舗と住宅を建てる場合って、それ分筆しないといけないのかな?」
と彪志が訊く。
 
「基本的にひとつの土地に建物は1“構え”しか建ててはいけないからね。その辺りは司法書士さんと話してみて、必要なら分筆するよ。各々で建蔽率は充分満たせると思うし」
 
「これだけ広ければね!」
 

「ところでここ霊道とかは?」
「近くにあるけど凄く不安定。空き地が多いから、わりと簡単に移動する。こんなの今処置しても仕方ない。何か怪異とか起きたら相談してよ。移動させに来るから」
「了解。じゃその時はお願い」
 
「この付近で迷っている霊さんたちは?」
「私は気にしないけど、メイドの女の子たちがキャーキャー悲鳴あげそうだな」
「あまり出るという噂を立てられても困るしね〜」
 
「慰霊碑とか建てておくと割と処理できると思う」
「じゃその慰霊碑を建てる場所は教えて」
「うん。後で検討してそれも一緒に図面送るよ」
 

加根子はいきなり夫から殴られた。
 
殴られた勢いで倒れてしまうが、何も言わない。文句をいえば逆上するだけだというのを学習している。
 
夫は普段はいい人なのだが、酒を飲むと人が変わったように猥褻になるし暴力的になる。加根子はともかくも娘や息子たちが暴力を受けないように、ひたすら自分が楯になってきていた。
 
夫は更に加根子を殴った。
 
ところがここに息子の裕夢が割り込んだ。
 
「父ちゃんやめなよ」
「こら、お前親にたてつく気か?」
 
「父親というのは自分の奥さんを大事にし、子供を守ってくれるものを言うんだよ。子供を殴るような奴は親でもないし、奥さんを殴るような奴は夫でもない」
と裕夢が言う。
 
「なんだと?誰のおかげで、ここまでおまんま食わせてもらってきたと思っているんだ?」
と言うと、父は裕夢を殴ろうとしたが、裕夢はそのパンチをさっと交わすと、カウンターで父の顎に一発フックを決めた。
 
父が倒れる。
 
姉がそっとそばに寄って父の様子を見る。
 
「お父ちゃん、気を失っているみたい」
 
すると裕夢は言った。
 
「こんな奴はもう金玉取ってしまおう。そしたら少しは暴力も収まるだろう」
 
そう言うと、裕夢は父のズボンとトランクスを脱がせると、その付近を握りしめぎゅっと力を入れて、引き抜いてしまった。彼は「金玉」と言ったのに実際は男性固有の物を全部取ってしまった。
 
「うっそー!?」
と言った所で、加根子は目が覚めた。
 

和実は淳と相談して設計・建築作業を進めたかったようだが、システム作成の仕事が忙しそうで全然捕まらない。そこで、この手の話に明るそうな高校時代の友人、伊藤春洋君(仙台在住)と会って、彼とふたりで住宅と店舗の大まかな間取りや構造を決めた。
 
彼には
「手伝ってくれた御礼にメイドの衣装3Lサイズくらいの1個プレゼントしようか?」
などと言ってみた。
 
「おお、くれくれ。たぶん女子のサイズXLで入ると思う」
などと彼は言っている。
 
「何ならうちでメイドとして働かない?チーフにするよ。伊藤ってお化粧したらけっこうな美人になりそう」
 
などと言ってみたものの、彼は
 
「それ癖になったら怖いからパス」
と言っていた。
 
彼と2人でだいたいの設計を固めた所で、いくつかの工務店に見積もりを取った。その結果、大手ハウスメーカーの代理店にもなっている所で重量鉄骨構造で作ることを決めた。
 
和実は最初、軽量鉄鋼構造を考えたのだが、窓が取りにくいので、窓が使えないと圧迫感が出ること、客席の広い空間を壁無しで保持するのが困難であること、そして建物が軽すぎて防音にするのが困難という結論に達し、重量鉄骨構造を選択した。旭化成系列なのでヘーベルを使用するが、ヘーベルだけでなく防音材をしっかり貼り付ける。床などもしっかりした構造にする。防音の決め手は実は床である。そして地面を少し掘って、本来の地面より40cmくらい低い所に基準面を設定した。これで床下が実質地下になるので、周囲に響きにくい。
 
住宅と店舗の「2軒建てる」問題について、司法書士さんは微妙だと言ったが(住宅を管理人宿舎と言い張れば物置などと同様の単なる付属物なので、1つの土地の中に建てられる)、あとで揉めるよりはということで分割することにした。それで412坪(但し長方形として取れるのは384坪)あるのを、住居用64坪と店舗用348坪に分筆した。
 
(元々4筆あったのを1つに合筆していた)
 
店舗部分は1階は8間×14間の112坪、2階が8間×8間の64坪とした。2階はトイレと防音室以外はフリーレイアウトとし、固定の壁ではなくパーティションで対応することにした。実はこれも軽量鉄鋼構造では難しい所だった。
 

 
2階には本番前の出演者のリハーサルルームも兼ねて、ステージと同じサイズのスタジオを設置する。ここには録音の機材も入れて、音源制作もできるようにする。↑の図面で土地の四隅の赤・白・黒・青のマークについては後述。
 
総面積が176坪になるので、建設費は坪単価50万円で8800万円である。住居は42坪の坪単価28万で1176万円。合計9976万円。和実は店舗部分だけでも1億を超えるのを覚悟していたので、思ったより安くて驚いたようである。
 
南西側には12 x 20間(240坪 792平米 21.8m x 36.4m)の駐車場が取れるようになった。駐車場は1枠5m x 2.5m なので3 x 14列に枠を作れば42台の駐車スペースが作れることになる。実際には福祉車両枠と大型車枠も作って合計30台くらいで考えたいと和実は言っていたが、客席が60席程度の飲食店ではその程度あれば充分すぎるであろう。なお食材などの配送用トラックは反対側から和実の自宅の庭に入れて駐めてもらい、裏側から運び入れることにする。ライブをやるミュージシャンの機材を乗せた車などもそちらから入ってもらう。
 

和実は結局銀行から1.5億円借りることにした。和実は昨年1年間の年収が800万円を越えていたし、淳も700万円ほどの給料をもらっている。それで銀行は1億5千万円貸しても大丈夫と見たようである。一応保証人に関しては、双方の父の年齢が高いこともあり、保証協会を使うことで銀行側と合意したが、融資決定の前に事業体を設立して欲しいと言われたので、仙台市内の司法書士さんに頼んで急いで設立作業を行い、8月12日午後に運営会社“クレール”を登記した。実際の融資は工務店に工事代金を支払う時に実行され、そこから利子が掛かっていくことになる。
 
会社の役員は和実が代表取締役社長、淳が代表取締役会長、胡桃が「名前だけだからね」ということで平の取締役で、監査役は青森県黒石市在住の淳の伯父に頼んだ。資本金は2000万円である。
 
実は土地を衝動買いした時、現金があと2000万円残っていたので、これを全部会社の資本金として投入したのである。株式の所有率は和実が51%、淳が49%である。
 
8-9月は青葉は忙しいようで、現地には来てもらえなかったのだが、電話やメール、FAXでやりとりしながら作業を進めた。
 

9月29日(木)、和実が住んでいるアパート(胡桃のアパートに希望美と一緒に居候中)にふらりと千里がやってきた。
 
「千里、凄く忙しそう」
「先月でオリンピックが終わって、Wリーグは来月開始だから今月中は動けるんだよ。でも北海道に2回行って沖縄とか大阪とか富山とか飛び回って結構忙しかった」
 
「お疲れ様!」
 
「これ1ヶ月経っちゃったけど、リオのお土産」
 
と言って、リオで買っておいたサントスコーヒーを渡す。
 
「おお!本場物だ!早速煎れてみよう」
と言って、豆をミルで挽き、ペーパーフィルターでいれる。
 
「美味しいね!」
「さすが本場ものだね」
「それプラス和実が入れ方のプロだからね。でも買ってから1ヶ月経っているからどうかと思ったんだけど」
「挽いてなければわりと大丈夫」
「そうかそうか」
「1年経ったらさすがに辛いけどね」
 

「だけど希望美ちゃん、だいぶ大きくなったね〜」
「なんかようやく落ち着いてきた感じ。まだ夜泣きは酷いけどね」
と和実は言っている。
 
「そうだ。赤ちゃんいると、買物とかにもなかなか思うようにいけないでしょ?なんか必要なものがあったら買ってくるよ。あるいは私が希望美ちゃんを見ている間に和実が買物してくるのでもいいけど」
 
「どちらかというと後者が良い」
 
といって、千里が留守番している間に和実は3時間掛けて買物をしてきた。
 

買ってきたトンカツでお昼ごはんにする。
 
「このトンカツ美味しいね〜」
「そうなんだよね。普段はなかなか買わないけどね」
 
などと和実は言っている。
 
「そういえば、喫茶店を開く場所決めたって聞いたけど」
と千里が言う。
 
「うん。先週から基礎工事をしてもらっている所なんだよ。見る?」
「見る」
 
それでお昼ごはんが終わった後で、千里のアテンザにベビーシートをセットして、希望美を乗せ、一緒にそちらに行く。現場では実際に多数の作業員が入って基礎工事を始める前の土木作業をしていた。
 
千里はしばらくその様子を見ていた。
 

「そうだ。メイドさんの衣装ができたら千里にも1着あげようか?」
「ああ、ちょうだい、ちょうだい。私もファミレスで結構可愛い服を着ていたけど、ここのには負けそうだし」
「うん。凄く可愛いよ。これまだデザイン画だけど」
と言ってスマホで見せてくれる。
 
「可愛い!女装するのに使おう」
と千里。
 
「女装もいいよね」
といってから、ふたりはまだしばらく工事の様子を眺めていた。
 

「ねえ、千里。今もしかして何かしてる?」
と和実は訊いた。
 
「ちょっとお掃除」
と千里は答える。
 
「なるほどね〜」
 
「和実、良かったらさ。この龍の置物を土地の四隅に埋めてくれない?この土地って、四方に対して斜め向いているから、角はだいたい北、東、南、西に来るよね。その端っこがいい」
 
と言って、千里は銅製?の小さな龍の置物を4つ出した。四色に塗られている。あるいは塗装ではなくメッキだろうか?と和実が“考えたら”
 
「真鍮に亜鉛メッキした上にエボキシ樹脂加工している。ちょっとプラスチックっぽいでしょ。でもこれで60年は持つんだよ」
 
などと千里は答える。こちらは考えただけなのに!
 
これがあるから、千里や青葉には嘘がつけないと思う。
 
「南の角の所には朱雀にする池を作るんだけど」
「南にはこの赤いのがいい。池を作るなら、その池の南側の縁の地面の中に。水の下は火を表す赤と相性が悪いから」
 
「了解。だったら東に青いの、西に白いの、北に黒いのだね」
「分かっている人と話すのは楽だ」
 
東=青龍=青、南=朱雀=赤、西=白虎=白、北=玄武=黒、というのが東洋占術での基本のシンボリズムである。
 
「どのくらいの深さがいい?」
「人が掘り返したりしない程度。可能なら工務店の人に頼んで基礎工事の下に埋め込んでくれるといいかも」
 
「それで守られるんだ?」
「まあ霊道とかは避けて通ると思うよ」
 
「ありがとう。助かる」
「ううん。こちらもメリットがあるから」
 
和実はしばらく考えていた。
 
「何となく分かった。これって、ギブ&テイクなんだね」
「そういうことなんだよ」
「了解。私自身が見ている所で、工務店の人にやってもらうよ」
 
「うん。よろしく〜」
 

それで和実は工務店の社長さんに声を掛けると、その件を頼んでいた。その分の代金は本来の工事代金と別に即金で払うと言うと、社長さんは「結界ってやつですか?」と言って、すぐやらせると言い、結局その場で、現場監督さんとも話して、土地の四隅に行き、各々の龍を埋め込んだ。
 
北側は和実の住居を建てるのだが、そこは玄武にしたいという意図もあるので70cm程度底上げをしている最中なのだが、その底上げ部分より下の元の地盤の中まで到達する深い穴を掘ってそこに埋めた。この付近はこれからコンクリートで覆うので、その後では掘り返すのは困難になる。
 
(8x14間の店舗の基準面を40cm掘り下げて、その土を4x16間の住宅部分の基盤上げに使用した。(8x14)x40 / (4x16) = 70 それで土の処理問題も出なかったのである。店舗と住居の間は110cmの段差を上るスロープで結ばれるが、実は店舗内のステージとは高さがほぼ同じなので、住居の庭に駐めた車から段差無しでステージに楽器を運び込むことができる。これは特に重たい楽器の搬入にはとても助かる)
 
西側に関しては四角形のエリアから端が飛び出しているのだが、千里に尋ねると、飛び出しているその端がいいというので、ここだけ四角形の領域 24 x 16 の部分ではなく、土地自体の端に埋めることになった。
 
「これ誰かが悪意を持って掘り返したりしたらどうなりますかね?」
と社長さんはわざと、作業員の人たちに聞こえるように言った。
 
「まあ普通の人なら、そんな恐ろしいことはしないでしょうね。命が惜しかったら」
と千里が言うと
 
現場監督さんや数人のベテランっぽい作業員さんが首を振っていた。
 
「でもこれがあると、建設作業中は作業員の人たちを守ってくれるんですよ」
「なるほどー」
 
実際この建設工事では1件も怪我人の出るような事故は起きることなく竣工したのである。
 
なお代金は作業自体に関わってくれた人に1人1000円、現場監督と社長に5000円ずつその場で払ったが、社長は「これみんなの酒代に」と言って現場監督に渡していた。
 

リオデジャネイロで開かれていたパラリンピックの水泳で女子50m自由形、100m自由形、400m自由形(いづれも運動機能障害S10:一番軽いクラス)で、3つの金メダルを取った幡山ジャネは9月17日に帰国してきた。選手団の多数は22日帰国の予定なのだが、ジャネは「東京パラリンピックではなく東京オリンピックに出られるように少しでも多く泳ぎたい」と言って、早々に帰国したのである。
 
むろん当面は来年の世界水泳が目標で、それに出るためには来年4月の日本選手権で(実質)優勝する必要がある。なお、ジャネは先日のインカレで日本選手権に出場するための標準記録を突破している。
 
ジャネは9月15日(木)の夕方(現地時刻)、最後の出場種目400m自由形が終わると、会場から直接アントニオ・カルロス・ジョビン国際空港に移動し、19:50発のアムステルダム行きに飛び乗った。
 
GIG 9/15 19:50-9/16 12:15 AMS (KL0706 11:25 787-9)
AMS 9/16 14:40-9/17 08:40 NRT (KL0861 11:00 777-200/200)
 
それで9月17日に成田に到着。そのまま新幹線で金沢に帰還した。
 
成田空港 9:58-10:43京成上野/上野11:30-14:16金沢
 
ジャネにはお母さん(幡山自由はたやま・くろみ:旧姓城金)がずっとリオまで付き添っていたのだが、金沢駅には日本に残っていたお父さん、K大学水泳部のメンバーが大勢詰めかけて日の丸を振って凱旋を祝福した。圭織さんが売り込んでいたので、地元のテレビ局の記者まで来て、撮影・取材していた。ジャネは取った3つの金メダルをまとめて掛けてカチャカチャ音をいわせていた。
 
記者さんが「義足とお聞きしたのですが」と遠慮がちに言うと、ジャネはわざわざ義足を外してみせる。見た目が普通の足に見えるので、近くを通っていた人が一瞬「きゃー!」と悲鳴をあげていた。
 
ジャネは再度その義足を装着して、その付近を軽く走ってみせたが、義足でそんなに“普通に”走れるのが、驚きだったようである。岐阜の会社が開発した高機能義足の試作品だというと
 
「日本のハイテクは凄いですね!」
と40歳くらいのレポーターさんは感心したように言っていた。
 
週明けの20日には県知事にも報告に行くことになっており、それも取材させて欲しいと記者さんは言っていた。
 

そのままK大学のキャンパスに移動し、祝勝水泳大会!をする。
 
「青葉、かなりゴールタッチがうまくなった」
と彼女は褒めてくれた。
 
実はこの時期、布恋が
「私はスピードでは青葉に全く勝てないけど、これなら私も指導できる」
と言って、高岡市内のプールで、ゴールタッチの練習にかなり付き合ってくれたのである。
 
この日の水泳大会では、400m,800mの自由形でジャネが青葉に大差を付けて圧勝し、ゴールドメダリストの貫禄を見せた。自由形は、50m,100mでは圭織、200mでは青葉が優勝した。男子では長距離は筒石さんが優勝を独占したものの、50m, 100mで新加入の奥村君が優勝し、
 
「君、凄い!これで男子は来年から女子に馬鹿にされなくて済む」
などと諸田さんが嬉しそうに言っていた。
 

大会の後は、祝勝会と称して市内のお寿司屋さんに行く。顧問の角光先生が
 
「お寿司は好きなだけ食べて。ビールとかは各自自腹でね」
 
と言うと、筒石さんが物凄い勢いで食べていて、先生が少し悩んでいる風であった。
 
最初は焼肉もいいかな、などと言っていたのだが、ジャネが
「日本のお米が食べたい」
と言ったので、お寿司にしたのである。
 
「でも筒石さん、安いのばかり食べてる」
と布恋が言う。
 
「たぶん、高いの食べたことないのでは」
などと圭織は言っている。
 
ここはメニューが120円から780円まであるようだが、筒石さんは甲イカ、ふくらぎ(ハマチ)、メバチマグロ、しめさば、サケ、マグロすきみの軍艦、いなり寿司、などと、見ていると120円や180円のを主に、せいぜい280円くらいまでのしか取っていないようである。もっともその皿が最初の20分で既に30枚ほど積み上げられている。あまりの高さに店員さんが途中でカウントに来て回収していった。
 
「まあ筒石さんは極端だけど、やはり男子はみんなペースが速いね」
「なんか女子とは胃袋の構造が違うんじゃないかね」
「構造が違うというと、胃が4つあるとか」
「それは牛だよ!」
「でも女子はごはん食べる胃とおやつ食べる胃が別だという説もある」
「それは結構感じる。男子はごはんでお腹いっぱいだとおやつが入らないみたいね」
 
「男と女で胃袋の数が違うなら、性転換する時に胃袋の増設や減数が必要になるね」
「それはまた大変そうだなあ」
 

「そういえばうちの弟は最近よく女装しているけど、食べる量が少し減っている気がする。お母ちゃんは、体調でも悪いんじゃないかと心配しているけど多分あれは女装の影響」
 
などと布恋が言っている。
 
「布恋の弟さんって、女装男子?」
と同学年の幸花訊く。
 
「本人は否定しているけどね。彼女もいるから、女の子になりたいとかじゃなくて、純粋に女の子の服が着たいんだろうね」
 
「いや、それは百合男子ってやつかもですよ?」
と杏梨。
 
「男子で百合?あ、そういう意味か」
と幸花は言っていて、途中で理解したようで何だか納得している。
 
「最近の日本語って難しいね」
と3年生の奈々が言う。
 

「数ヶ月前から何度か朝、起きてきた時に女の子の服を着ていたって。女物の下着はかなり使っているみたいと、お母ちゃんが言ってたし」
 
「ああ、それはハマりつつあるのかも」
「本人は変な夢見た時に、こういう格好になっているんだと言ってたけどね」
「夢で女装するの?」
 
布恋が「変な夢」と言った時に、青葉は背中がゾクゾクっとする感覚があった。
 
これは・・・霊障絡みの問題があった時に感じる感覚である。詳しい話を聞きたいと思ったが、あいにくちょうど青葉はチェリーツインの桃川春美に関わる問題の作業の大詰めに入っている所で、この日はこの問題については特に突っ込むことはしなかった。
 
 
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【春封】(1)