【春影】(3)

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「とにかく、その怪異を1度見てみたいのですが、どこに出るかなんて規則は無さそうですね」
「うん。最近はだいたい毎日どこかに現れるけど、いつどこに出現するかは全く分からないと思う」
 
青葉は少し考えたが、これは千里姉の協力を求めるしかないと判断した。電話を掛けてみる。幸いにも千里姉はすぐ出た。
 
「はい」
「ちー姉、ちょっと協力して欲しいんだけど」
 
と言って、青葉は今関わっている事件の概要を述べた。
 
「それでさ、この幽霊の実物を見てみないと私も判断ができなくて。だいたい毎日どこかには出るんだけど、どこに出るかは分からないんだよね。ちー姉、今夜の出現場所とか予測できないかな?」
と青葉は千里姉に尋ねる。
 
例によって「素人の私にそんなの分かる訳ない」と言われるが、ともかくも町の地図をFAXしてほしいというので、これまでの幽霊バイクの出現ポイント・消失ポイントがマークされた地図を、恵子さんにことわってFAXを借り、千里姉のアパートに送信する。10分ほどの後、大きな★でマークされた地図が返送されてきた。19:57という時刻まで記入されている。さっすがー!と思った。
 
「19:50くらいからこの場所で待機しましょう」
「相手は七半だ。川上さんのバイクでは追尾無理だし、私のバイクに同乗しない?」
と飛鳥が言う。
 
「お願いします」
 
「じゃ私はこの家で待機してようかな」
と折江。
 
「そうですね。2台で追尾するのはかえって危険かも知れませんし」
 

それで折江が「私のおごり」と言って寿司の出前を取ってくれたのを帰宅した2人の娘さんと一緒に食べて軽く腹ごしらえした上で、19時半に、飛鳥の隼に同乗して出かけた。バイク用インカムを装着し、走行中も飛鳥と青葉の間で会話ができるようにする。
 
郵便局の駐車場で待機する。ここは郵便局の西側に8台普通車が駐められる客用駐車場がある。奥は郵便局の配送トラックなどを駐めるスペースになっているが、この時間帯は鉄のゲートが閉められていて向こう側との行き来はできない。ATMが21時まで開いているので、この客用駐車場はずっと使える。もっとも田舎なのでこんな時間にATMの所に来る人はめったに居ない。
 
青葉と飛鳥は19:40には郵便局に到着し、青葉は駐車場の状況を確認する。この客用駐車場は、西側は崖、北側がその鉄のゲート、東側は郵便局の建物で、南側が道路(市道)に面している。飛鳥のバイクはその駐車場に西側の崖を背景にして駐めている。
 

「そろそろエンジン掛けましょう」
「よし。乗って」
「はい」
 
ふたりがバイクに跨がり、エンジンを掛けたまま待機する。闇に沈む田舎町に隼の大きなエンジン音が響く。そしてそれ以外には何も音が聞こえない。
 
19:57.
 
「出ようとしてみてください」
「うん」
 
それで飛鳥がウィンカーを付けて少しバイクを動かした。
 
「わっ!」
と思わず飛鳥が声をあげた。
 
《奴》は、飛鳥たちのすぐ左後ろからいきなり飛び出してきて、そのまま道路に走り出したのである。直前まで全く気配は無かった。飛鳥と青葉はバランスを崩しそうになったものの、すぐに体勢を立て直す。
 
「私は大丈夫です。行きましょう」
「OK」
 
それで隼はスタートする。なんといってもギネスブック認定の世界最高速バイクである。あっという間に先行するファントムを捉える。ファントムは闇の中、市道を西側に向けて時速100kmで疾走する。その後を隼が追いかける。
 
田舎の夜中なので他に走る車は居ない。
 
「前に回り込んで停める?」
 
隼の速度なら確かにこの100km/hのバイクに先行できるだろう。しかし・・・
 
「いえ、それは危険です」
「だよなあ。向こうが何やるか分からん」
 
追跡劇は数分間続いた。そして・・・ファントムを追いかけて走っていて、青葉は何か違和感を感じた。何だろう?この違和感はと思う。
 

ファントムが赤信号を無視して(そもそも制限速度を無視している)交差点を右折し、追跡劇は広域農道に入る。田舎の広域農道は、概して国道などより整備されている。この道路もアップダウンはあるものの、ひたすら直線が続く快走路であった。
 
この農道に入って1分くらい走った時のことである。
 
青葉の脳裏に「停まって!!死ぬ!」という千里の声が響いた。青葉は反射的にインカムで飛鳥に呼びかける。
 
「停まって下さい!!今すぐ!死にます!!!」
 
「え!?」
と言いつつも、飛鳥は急ブレーキを掛ける。物凄い制動が掛かる。が、飛鳥が上手いし、青葉もしっかりとバランスを取った上に、青葉の眷属《海坊主》も必死にふたりを支えてくれたので、青葉も飛鳥も投げ出されずに済んだ。
 
ファントムは遙か向こうに走り去っていく。
 
「何何?」
 
青葉は《海坊主》に『ありがとう。助かった』と御礼を言ってバイクから降りると、懐中電灯を出して、その先の地面を照らしながら、おそるおそる歩いていく。飛鳥もそれに付いていく。
 
「飛鳥さん、そこ」
と青葉が声を出す。
 
「げっ」
と言って飛鳥も息を呑む。
 
青葉が懐中電灯の光を向けた先には、何かの工事中のようで、10mほどに渡って地面に大きな穴ができていた。バイクの場所から60mほど先である。時速100km/hで走るバイクなら60mは2秒である。あと少しでもブレーキが遅かったら危なかった。
 
「これに突っ込んでいたら死んでたな」
と飛鳥。
 
普通、時速100km/hで走る車はブレーキを掛けようとしてから100m走る。しかし飛鳥は青葉の声に超反応したし、急ブレーキも激しかったので多分60-70mで停止している(アメリカで行われたプロライダーによるテストではABS無しのYamaha FJR1300が128km/h(=80 mile/h)から67.46mで停止している)。普通のライダーなら間に合わなかったかも知れない。助かったのは紙一重だ。
 
http://bit.ly/2vCl6Ml
 
「幽霊バイクは平気でここを通過したんですね」
と青葉。
 
「どういう構造になっているんだろう」
「崖の中に突っ込んでも平気なんだから、地面の無い所でも走れるんですよ」
 
「しかし・・・この幽霊は何とかしないと、その内マジ死人が出る」
 
ここは工事中ということで、工事中通行止めのバリケードや看板などがあったようだが、道路脇に押し寄せられていた。
 
「これ危ないな。戻しておこう」
と言って、ふたりで協力してバリケードをあったはずの場所に戻す。工事中を示す電光掲示板もスイッチが切られていたのをちゃんとスイッチを入れた。
 
「誰がこんな悪質な悪戯(いたづら)したのだろう」
と飛鳥が独り言のように言う。
 
「幽霊またはその協力者がしたか、あるいは誰かが悪戯していたのを幽霊が利用したかですね」
と青葉は言った。
 
「でもこれ幽霊バイクが無くても、このままだと怪我人が出ていた所ですね」
「全く全く」
 

それで隆守さんの家まで戻ることにする。
 
がその途中でふと青葉はさっき感じていた違和感に思い至り飛鳥に訊いた。
 
「さっき追尾していて思ったんですが、あの幽霊のバイク、下手ってことなかったですか?」
 
「青葉さんもそう思った?実は私もこないだ追尾した時は違和感だけだったんだけど、今夜はっきり分かった。あいつは下手だ」
 
「やはり」
「だから間違い無く隆守じゃないよ。あいつテクニックは凄かったから」
「なるほどですね」
 
青葉はもうひとつ、実は隆守さんの家で仏壇の前で手を合わせた時に浮かんだイメージからヒントを得たことをここで訊いてみた。
 
「春のお祭りの時に事故が起きてですね、その後、祭は継続されたんですか?」
 
「いや、その場で打ち切りになった。だから他の舁山も各々各町内に帰参。翌日の行事は全て中止になったよ」
 
「過去にもそういう途中で中止になったことってありましたか?」
「5年前には2日目の日中行われる、神輿を海の中、沖にある小島まで往復させる海渡りの最中に、山の運び手がひとり溺死したんだよ。その時もその後の行事が中止になった」
 
「飛鳥さん、このお祭りの全容が分かるビデオとかの類いって無いですか?」
「図書館に行けば祭の内容を収録したビデオがあったはず。月曜日は休みだけど、火曜日以降なら見られると思う」
 
「それを見てみた方が良いかな・・・」
 

隆守さんの家に戻る途中、青葉は更にもうひとつ飛鳥に訊いた。
 
「飛鳥さん、色々聞いて申し訳無いんですけど、この町の関係者でホンダの中型バイクに乗っている人、あるいは以前乗っていた人の心当たりはありませんか?」
 
「中型バイク!?」
と飛鳥は怪訝な声。
 
「もしかしたら小型バイクかも。その人は、きっとシャドウに乗りたかったんですよ」
「そういうことか!」
 
と言ってからしばらく考えていたが・・・・
 
「それはたくさん居る!」
と言った。
 
ただ、飛鳥がその言葉を発する前に一瞬ピクッと反応をしたのを、青葉は見逃さなかった。
 

隆守さんの家に戻った後、飛鳥が荒木さんに連絡を取ると、荒木さんが図書館長に話を付けてくれて、夜中なのに祭りのビデオを借りられることになった。青葉はそのビデオを借りていったん高岡に戻ることにする。
 
「青葉ちゃん、あんた今日かなり疲れている。私が送って行くよ。こちらにはまた来るよね?それまでこちらでバイクは預かってもらっておくといい」
と折江が言った。
 
折江はずっとこの家で休んでいたので体力が充分ある。
 
「バイク預かるのは問題無いですよ」
と恵子。
 
「じゃ済みません。お願いします」
と青葉は言った。
 
それで青葉はこの日、折江のゴールドウィングに同乗して高岡に戻ることになったのである。
 

走行中に折江から訊かれた。
 
「ここだけの話さ」
「はい?」
「あんた、元・男でしょ?」
「ああ、分かりましたか?」
 
「あんた、完璧すぎるんだよ。たぶん誰よりも女らしい。それであれ?と思った。今時こんなに女らしい女なんて、珍しいからさ」
 
「さすが性別の曖昧な人をたくさん見ているだけのことありますね」
「いつ頃からフルタイムなの?」
「物心付く前からですね」
「じゃ親公認?」
「親からは放置されてました」
「え〜!?」
「放置されているのをいいことに勝手に好きな服を着てたんですよ」
「あんた苦労してるみたいね」
「たぶん、折江さんほどではありません」
「そうだなあ・・・」
 
と言って折江は自分の小さい頃のことをたくさん話した。青葉は涙が止まらなかった。しかし高岡の青葉の自宅で降ろしてくれたとき折江は言った。
 
「なんかあんたに話したら凄く気持ちが楽になった」
「少しでもお役に立てたら嬉しいです」
 

11月13日に福津市での純奈と暢彦の結婚式に出席した人の中の大半は福岡市内に1泊して翌日帰ったのだが、日程に余裕の無い何人かはこの日の内に帰ることにした。
 
貴司は翌日商談があるということで二次会終了後、小倉駅に移動し、新幹線で大阪に帰還するが、貴司があまりに酔っていたので、千里に頼まれて理歌が《京平の保護者》として同行することになった。
 
一方千里も東京に戻らなければならないので、最終便の飛行機で帰ることにする。冬子(ケイ)も忙しいようで、同じ便に乗ることになった。
 
それでこの5人はタクシーに相乗りして(京平は千里が膝に抱く)福間駅前まで行き、鹿児島本線の特急《きらめき14号》で小倉まで行く。ここまで来たのが19時半すぎであった。
 
「貴司、指のサイズを測ろう」
と言って、再度指に糸を巻き付けてサイズを測った。65mmであった。
「24号のサイズ(64.9mm)を少し越えているなあ。25号にすべきかなあ」
 
と千里は言うが貴司はかなり悩んだような顔をして
 
「その件だけど、考えたんだけど、あの指輪を僕が着けることになった時にあらためて計測して良い?」
と貴司は千里に言った。
 
千里は微笑んだ。貴司は以前は自分が阿倍子と離婚することは無いから期待しないで欲しいと言っていた。どうも貴司の心も揺れているようだということを認識しただけで、千里は満足だった。
 
「いいよ。じゃ、それまでにもっとバスケの練習に励んで結果的に身体が引き締まったら、元のサイズで着けられるかもね」
「練習?」
「こんなに太るなんて、どう考えても練習不足」
「うっ・・・」
 

千里は理歌に言った。
 
「悪いんだけど、大阪に寄った後でね」
「うん」
「サンダーバードと北陸新幹線でちょっと高岡まで足を伸ばしてもらえないかと思って」
 
「青葉ちゃんに会うの?」
 
理歌は昨年6月、京平誕生の時に青葉とも会っているし、一昨年の秋に音羽が玲羅のアパートに一時滞在していた時にも一度会っている。
 
「うん。これを渡して欲しいんだよ」
「いいよ。富山空港から新千歳に飛ぶよ」
「ありがとう。よろしく〜。英彦山(ひこさん)の長老様からと言っておいて」
と言って、5cmほどのサイズの黒いビロードの袋を渡した。
 
実は昨日《こうちゃん》が中津から博多に飛んだ時、途中の英彦山で呼び止められてこれを授かったのである。しかし《こうちゃん》はそのことを忘れていて!ついさっき思い出して千里に報告した。
 
「ひこさんね」
「ちなみに中身は見ないでね。死ぬから」
「それは怖い。青葉ちゃんは大丈夫なの?」
「目的の人以外が見たらいけないように仕掛けがしてあるんだよ」
「そういうことか!」
「だから私も見ていない。何だか巻物っぽいけどね」
「うん。そんな感じだね」
 

貴司・京平・理歌は小倉駅から新幹線に乗って大阪に戻る。
 
小倉19:45-21:59新大阪。
 
千里は京平をギュッと抱きしめて
「またね」
と言って別れた。
 
その様子を見て冬子は、貴司と奥さんの関係はほぼ破綻していて、離婚及び千里との再婚は秒読み段階と思ったようであるが、この時点では千里側にはそういう意図はまだ無かったのである。もっとも千里はこの日ずっと結婚指輪を着けていた。
 
千里と冬子は空港行きのバスに乗り、羽田行き最終に乗ることにする。
 
小倉駅前19:40-20:17北九州空港21:20-22:45羽田
 

この空港行きのバスに乗っている最中であった。冬子は疲れたので少し仮眠すると言って寝ていて、千里もうとうととしていたのだが、トントンと肩を叩く者がいる。みると、いつも青葉の後ろに“居候”している《ゆう姫》様である。
 
『何か?』
『このままにしておくと後10秒ほどで、青葉が死ぬのだが、どうしたものかと思って』
 
千里はすぐに《ゆう姫》を通して、向こうの様子を見た。青葉は誰かのバイクに同乗して夜道を疾走しているようである。姫様の視線をトレースすると、300mほど先に大きな穴があるのを認識する。
 
千里は《ゆう姫》のチャンネルを勝手に!利用して青葉に呼びかけた。
 
『停まって!!死ぬ!』
 
青葉が運転している人に呼びかけ、バイクは緊急停止した。千里は更に《ゆう姫》のチャンネルを使って《りくちゃん》を現地に転送!して、バイクの運転者と青葉が急ブレーキで投げ出されないように保護させた。
 
ふたりはバイクから放り出されたりもせず無事だった。
 
実際には青葉の眷属《海坊主》も必死に青葉を支えたので、この作業は《りくちゃん》と《海坊主》の共同作業になった。青葉も飛鳥も無事だったので、《りくちゃん》と《海坊主》は思わず握手したが、《りくちゃん》は青葉に見られないようすぐその場を離れた。むろん《海坊主》はこのことを青葉には話さない。青葉は《海坊主》に助けられた感覚があったので『ありがとうね』と彼に御礼を言った。
 
『姫様、ありがとうございました』
と千里が言った。
 
『そなた・・・神様の力を勝手に使うとは・・・』
 
『緊急事態でしたので。でも姫様が助けてあげれば良かったのに』
『私は青葉の所に居候しているだけで青葉の守護神ではないので、助けるのは主義に反する。ただ、ここはとても居心地がよいから、ここが無くなるのは寂しいと思っただけじゃ』
 
『でも報せて下さってありがとうございました』
『青葉が50年後くらいに死んだ後は、千里の後ろも面白そうだが、そこに行くと、私はこき使われそうだな』
と《ゆう姫》が言うと、千里の後ろで《くうちゃん》が忍び笑いをしていた。
 

バスの中で仮眠していたので飛行機の中では起きていた冬子が千里に幾つか質問をした。貴司との関係については
 
「なるようになると思う。ただ貴司が結婚した時、私がタロットを引いたら剣の5が出た。自分が冷静になれる問題じゃないから、その結果はノーカウントではあるけど、たぶん5年以内に破綻すると思った。正直、それを信じなければこの3年間、私はあまりに辛すぎて生きてこられなかったと思う。京平が生まれたことで随分救われたけどね」
と言って千里は涙を浮かべていた。
 
「京平君って、やはり千里の子供なの?」
「間違い無く私と貴司との間の子供だよ」
と言って千里は微笑んだ。
 
「私も阿倍子さんもRh+AB型なんだよ。だからこれだけではどちらの子供であっても矛盾が無い。それでこれを作ったんだよ。これは私と貴司とが1組ずつ原本を持っている。阿倍子さんには絶対に見せられないけど、冬ならいいよ」
 
と言って千里は結婚指輪を着けている左手で、バッグの中から封筒を取り出すと、その中にあった書類を冬子に見せた。
 
「DNA鑑定書!?」
「うん」
 
《ムラヤマチサトがホソカワキョウヘイの生物学上の母親である可能性は未鑑定の母親候補(事前の可能性=0.5)と比較して99.999%以上です》
《ホソカワタカシがホソカワキョウヘイの生物学上の父親である可能性は未鑑定の父親候補(事前の可能性=0.5)と比較して99.999%以上です》
《ホソカワアベコがホソカワキョウヘイの生物学上の母親であることは否定されました。親子である可能性は全くありません。0%です》
 
貴司・千里・京平の顔写真と指紋まで添付されている。阿倍子の写真だけ無いのは、おそらく彼女の遺伝子サンプル(唾液か何か)は、本人には言わずに、こっそり採取したのだろう。
 
「これは公的な証明書になっている。そのまま裁判所に提出することも可能。まあ提出することは無いとは思うけどね」
 
「ほんとに千里の子供だったのか・・・・。しかも母親って」
 
「親子鑑定ではまず母と子の関係を調査する。その上でその母子関係を前提として父と子の関係を調査する。私と京平の母子関係が確認されたから、その結果を利用して京平と貴司のDNAを比較して確かに貴司の子供であることが確認された」
と千里は説明した。
 
「うーん・・・」
と冬子は悩んでいた。
 
この際、千里の遺伝子検査のAMELの欄がX,YではなくXのみになっていることはもう気にしないことにする!(*1)
 
冬子は貴司から、京平の母親は実は千里ではないのかと相談をうけたことがある。あれは昨年の8月頃だった。卵子の採取は誰の卵子かを秘密にしたいという提供者の意向を踏まえ、貴司が立ち会わないことが条件だったらしい。しかしあの後貴司から求められてDNA鑑定をしたのだろうか?
 
と考えてから、冬子はふと思った。書類は昨年12月の日付になっている。これは千里が『門出』を書いた直後だ。千里はこの鑑定書を作ることで、貴司の“正妻”としての自信を取り戻したのでは?いや逆だ。正妻としての自信を取り戻したから、この鑑定書を作ることに同意したんだ。これは貴司さんと千里の結婚証明書にも等しい書類なんだ。冬子はそう考えた。
 

(*1)貴司も京平もX,Y双方が検出されている。一般に遺伝子検査では採取したサンプルをPCR法によって大量コピーして数を増やし、検査機や検査薬で調べられる量にするのだが、アメロゲニン検査の場合、男性でもPCRの過程でAMEL-Yが増殖せずにAMEL-Xのみ検出されることがある。つまり、Amelogeninの検査でX,Yの双方が検出されたら確実に男性だが、Xのみ検出された場合、普通は女性だが、ごく希に実は男性である可能性もある。
 

冬子はまた、千里と京平が毎日会っているという問題についても尋ねた。
 
「そりゃ親子だもん。毎日会っているよ」
「でも千里、試合で全国飛び回っているし、昨年はオーストラリアとか中国、今年は長期間南米に行っていたよね?」
 
「うん。だから現実的な解釈としては夢の中で会っているとでも思っておいて」
と言って千里は苦笑いをしていた。
 
「貴司さんに毎日500円のお小遣いを渡しているという話は?」
「毎朝貴司の枕元に500円玉を置いていく」
「夢で会ってるという話と辻褄が合わないんだけど」
「男なら細かいこと気にしない」
「女だけど」
「そうだね。お互いに」
と千里は苦笑しながら言った。どうも誤魔化されているような気がするなあと冬子は思う。
 
「まあそういう訳で、今日の結婚式は自分の貴司の妻としての地位と、京平の母親としての自覚を再確認して、自分なりに生きる希望が凄く膨らんだからさ、これを書いたんだよ。アクアに渡す楽曲をコスモスから頼まれていたから、これを渡そうと思う」
 
と言って千里は冬子にスコア譜を見せた。
 
『希望の鼓動』と書いてある。Cubaseで打ち込んでプリントしたもので、日付は間違い無く今日の日付 Sun Nov 13 2016と印刷されている。
 
「これいつの間に入力したの〜!?」
と冬子は呆れるように言った。
 

青葉は自宅で舁山祭のビデオをずっと見ていて、ふと考えた。それで飛鳥さんに電話する。
 
「今年のお祭りの燈籠ですけど、あれは全部飛鳥さんと穴川(隆守)さんで描いたんですか?」
「お祭りに参加する町が16あるんですよ。それを私と隆守、あと川尻さんという人と辻口さんという人の4人で4つずつ描きましたよ」
 
「その燈籠の写真とかどこかに残ってませんか?」
「燈籠は翌年の祭の前夜祭でお焚き上げするんで、今なら神社の倉庫に置いてありますよ。写真撮ってそちらに送りましょうか?」
 
「すみません。お願いします!」
「じゃ夕方くらいまでに送りますよ」
 
「それとですね。5年くらい前にも死者が出たという話でしたね」
「ええ」
「その時は何か異変が起きませんでしたか?」
「うーん・・・・何かあったかなあ。ちょっと考えてみます」
「すみません。それもよろしくお願いします」
 

11月14日(月)。
 
青葉はK大学校内の食堂で理歌と会った。
「ごぶさた〜」
と言い合う。
 
「それでこれなのよ。千里姉さんが『ひこさんの長老様』から預かったという話だった」
 
「へー。何だろう?」
と言って、青葉が袋から中身を取り出すが、その時、ぼわっと白い煙が出た。
 
「きゃっ」
と思わず理歌が声をあげたが
 
「よくあること、よくあること」
と言って青葉は笑っている。
 
そしてその小さな巻物を広げてみたのだが・・・
 
「うーん」
と言って青葉は悩んでいる。
 
「何て書いてあったの?」
「これ」
と言って、青葉は理歌に巻物の中身を見せた。
 
「私の所に来なさい・・・・私って?」
と理歌は戸惑うように声をあげる。
 
「誰だろうね〜」
と言って、青葉はバッグの中から筮竹を出すと卦を立てた。
 
「火風鼎の2爻変」
と言って、青葉はスマホで電子易経を見ている。
 
「卦辞。鼎は大いに吉にして亨る。彖に曰く、鼎は象なり。木を以て火に巽れ、亨煮するなり。聖人亨して以て上帝に亨し、而して大いに亨して以て聖賢を養う。巽にして耳目聡明。柔進して上行す、中を得て剛に応ず。是を以て元いに亨る。象に曰く、木の上に火有るは鼎なり。君子は以て位を正し命を凝る」
 
「爻辞。鼎に実有り。我が仇に疾い有り。我に即く能わず。吉。象に曰く、鼎に実有り、之く所を慎まんとするなり。我が仇に疾い有り、終には尤无きなり」
 
「えーっと、日本語で言うと?」
「立山に来いということみたい」
と青葉は言った。
 
それで青葉は明日香に電話し、明日のアクアでの高岡−金沢往復は明日香が運転して欲しいと言い、また母にも電話して
「明日、ちょっと立山まで行ってくるね」
と言った。
 
理歌はその日結局、青葉の自宅に1泊して、富山湾の海の幸に舌鼓を打った上で、翌日の飛行機で新千歳に帰還した。
 

一方、青葉は“登山”の装備を用意した上で、早朝伏木の自宅を出ると、JR氷見線・あいの風とやま鉄道・富山地鉄と乗り継いで、立山駅まで行った。
 
伏木5:45-5:59高岡6:42-6:59富山7:06-8:18立山
 
ここからケーブルカーで美女平まで登り、更に立山高原バスに乗り1時間近く揺られて室堂まで登っていく。これは《立山黒部アルペンルート》の一部である。青葉が室堂に到着したのは10時頃であった。美女平が標高977m, 室堂は2450mで、標高差1473mもある。そしてここから頂上へは標高差500mほどの登山道を登らなければならない。立山はもう真冬である。
 
青葉は冬山用の装備を持って来たのだが・・・あれ〜?と思う。雪が無いのである。
 
それで登山靴に取り付けるつもりだったアイゼンはそのままリュックに入れ、登山道を登っていった。アイゼンは結局頂上にかなり近い所まで来てから取り付けることになった。4時間掛かるかもと思っていたのに2時間も掛からずに峰本社の所まで辿り着いた。
 
雪があまり無いと言っても、むろんこの時期は神社も閉鎖されているし、こんな所まで登ってくる人はまず居ない。空気が薄いので結構呼吸もきつい。しかし鳥居の所まで来ると若い天狗様?が居て
 
「よくここまで来られた」
と言って笑顔で青葉を歓迎してくれた。
 
「疲れたであろう。これを飲まれるがよい」
と言って、ひょうたんをもらう。お酒かな〜?と思いつつも頂く。
 
うっ・・・
 
「なんかこれ物凄くエネルギーが満ちあふれてくる感じです」
「うん。あれは普通の霊能者には収められない。そなたの姉なら何とかするだろうが、そなたは少しパワーアップした方がよいから、ブーストさせてもらう。全部飲むがよい」
 
「ありがとうございます。全部頂きます」
と言いつつ、やはり私は千里姉より下かぁ!と思う。だろうな、だから自分は千里姉の様々な操作とかを認識できないのだろうとも思った。
 
しかし・・・全部飲むとかなり酔う!
 

「やり方はそなたが今おおまかに考えている方法で良いと思う。その時にこれを使いなさい」
と言って、天狗様は青葉に大きな巻物を渡した。
 
「見ていいですか?」
「うん」
 
見ると真っ白である。
 
「これは・・・」
「ふつうの人には見えない。しかし、そなたなら読み取れるはず」
 
青葉は精神を集中して、その巻物に書かれているものを読み取ろうとした。
 
「あっ、読める」
 
「それは普通の文字で書き写して、神職にでも奏上させるとよい」
「そうします!」
 
「そなたはお寺体質だからな。そなたが読むより神職が読んだ方がよい。そなたの姉なら神社体質だから、直接本人が読めるのだが」
 
あっ・・・さっき、天狗様が言った「千里姉ならできる」というのは、神社系かお寺系かという系統の問題か!ということに思い至った。
 
千里姉は般若心経を読んでも祝詞になっちゃうからな〜、と青葉は思う。確かに青葉の場合は、祝詞も読めないことはないが、祝詞よりお経の方が得意である。
 
青葉はその場で巻物に書かれている祝詞を普通の紙に鉛筆で書き写させてもらった。ここは気圧が750hPa程度しかなく、気温も氷点下10度以下なので、毛筆やボールペンなどは使用できない。結局鉛筆が良いのである。
 
「ちゃんと書き写せたかな?」
と青葉は独り言のように言ったが
 
「正確に書き写されたな。優秀優秀」
と天狗様が褒めてくれた。しかし天狗様は少し付け加えた。
 
「まあ今のそなたのレベルではそれでも良いであろう。その祝詞でも今回の事件は収められるはず」
 
むむむ。そうか。この巻物は読む人(のレベル)によって違う祝詞が見えるんだ!と思い至った。
 
「その巻物本体も儀式には持って行くこと」
「分かりました。ありがとうございました」
 
青葉は天狗様によくよく御礼を言ってから下山する。お酒でブーストしているせいか、思ったより早く下山することができて、室堂から美女平に戻る最終バス(15:30-16:20)にギリギリで間に合った。ケーブルカーで立山駅まで降りて地鉄に乗り継ぎ、高岡に帰還した。
 
美女平16:27-16:34立山17:24-18:28富山18:42-19:00高岡
 
高岡駅からは氷見線の連絡が悪いので母に迎えに来てもらった。
 
「でもあんた立山のどこまで行ったの?」
「・・・頂上だよ」
「こんな真冬に!?」
「でも今日はあまり雪は無かったよ」
 
「それにしても・・・そんな危険なことするんなら先に言っておきなさい」
「ごめーん。でも解決の方法が分かったから、あとは現地に行って、“ルート”を作るだけ」
「ああ、今関わっている事件なのね」
「うん」
 

青葉は翌週の土曜日、電車とタクシーを使って再度N市H地区を訪れた。
 
この地区の中心神社であるB神社を訪れておきたかったので、長い石段を歩いて登っていたら、草刈り機で草を刈っていた70代くらいの作務衣姿の男性が
 
「もしかしてうちの神社に用事?」
と訊いた。
 
「あ、いえ、単にお参りするだけですから」
と言う。
 
「それならいいか」
「宮司さんですか?」
「そうそう」
「作業大変そうですね」
「夏の間に随分伸びたのを人手がないから放置してたんだけど、やはり年末までには何とかしなくちゃと思ってね」
 
「息子さんとかおられないんですか?」
「富山市内の神社に奉職してるんだよ」
「あら、そうでしたか。でもそれなら将来はここの神社を継いでくれそうですか?」
「本人は宮司ではなく巫女になりたいと言っているのだが」
「・・・女性になりたいんですか?」
「あいつが女装した所は見たことないから、冗談だと思うけどね」
 
どうもよく分からない話だ。
 
「でも石段長いし、ほんと大変そうですね」
「今年はまだマシかな。数年前にホントに草刈りが大変な年があったよ。あの年は外来植物でも進入したのか、町中雑草がはびこって、草刈りが例年の倍大変だとみんな言ってた。1年くらいで落ち着いたけどね」
 
青葉はそれを聞いた瞬間、この事件のどうしてもパズルのつながらっていなかった所がきれいにつながってしまった。
 
「宮司さん、それ正確に何年か分かりませんか?」
「・・・あんた誰?」
 
「失礼しました。実はこの町でここのところ毎晩発生している幽霊バイクの件を調査しているんです」
と言って、青葉は自分の名刺を出した。そしてこれまで調べたことをかいつまんで説明した。
 
「あんた、しっかりしてるね!」
と宮司さんは言った。
「そうですか?」
 
「前来た霊能者さんたちは、大して調べもせずに適当に祈祷して帰ったよ。一番よく調べた人も町の中を一周しただけ。結局5人とも何の効果も無かったけど」
 
荒木さんは3人と言っていたが実は5人だったのか。あまり多くてもと思ってきっと少し控えめに言ったのだろう。またその町内一周した人が“この”カスミ網みたいな仕掛けを置いていったんだろうなと青葉は思った。たぶんそれまでの幽霊バイクの出現報告書を作ったのもその時なのだろう。
 
彼女?(雰囲気から女性霊能者だと思った)が作った仕掛けは妖怪を排除している。しかし今回の事件は妖怪のせいではないのである。
 
「その人の仕掛けは魔除けとして利いていますが、この幽霊には効果は無いようです。実は私の前に何人か霊能者さんが入っていると聞いて、変な霊的な仕掛けなどがあったら面倒だぞと思ったのですが、邪魔になるようなものは無かったので安心しました」
と青葉は言っておく。
 
「なるほど!」
と言って宮司さんは笑っていた。
 
「ちょっと社務所まで来ない?確認するよ」
「はい」
 

それで草刈りは中断したまま、社務所に入り、お茶まで頂いた。宮司さんは書類をいろいろ調べていたようだ。
 
「分かったよ。それは2011年のことだよ。東日本大震災があったので自粛して祭を1ヶ月伸ばしたんだ」
 
「もしかして、**さんが亡くなった年では?」
 
宮司はしばらく考えていて言った。
 
「確かにそうだ。そしてそうだ!雑草はあの祭の後から急に増えたんだよ」
 
「やはりそうでしたか」
と青葉は頷くように言った。
 
「もしかして・・・幽霊バイクの件の件も祭が中断したことに原因がある?」
「宮司さん、ちゃんと原因が分かっておられるじゃないですか」
 
「だったら対策は・・・」
「中断した後の祭りの続きをするんです」
「おぉ!」
 

宮司さんが、過去の燈籠の写真なら川尻さんが持っているはずと言ったので、連絡をしてもらった。最初に怪異に遭った人物でもある。彼は美術系の大学を出ており、燈籠の絵の制作者のひとりでもあったし、毎年全ての燈籠、およびその燈籠を掲げた舁山の写真を撮っていた。
 
飛鳥およびもうひとりの燈籠絵制作者である辻口さんも集まって、その川尻さんが撮っていた毎年の燈籠の写真を見せてもらった。
 
5年前に人が亡くなった時の燈籠の絵の中に「草薙剣(くさなぎのつるぎ)で草を薙ぎ払うヤマトタケルノミコト」の絵があり、また、今年の燈籠の絵の中には「バイクで疾走する月光仮面」の絵があったことが判明する。この月光仮面の絵は実は飛鳥が撮ってくれた写真には無かったものである。
 
「もしかしてこの燈籠は破損しました?」
「そうでした!舁山が倒れた時に壊れたんですよ」
 
と飛鳥は言っているが、それを自分に伝えなかったのは意図的だなと青葉は思った。
 
「月光仮面のバイクって何でしたっけ?」
「あれはホンダのドリームC70。神社仏閣バイクと呼ばれていた」
「月光菩薩のイメージを下敷きにした月光仮面にはピッタリですね!」
「そうそう」
 
「この燈籠に描かれているバイクはそのドリームC70ですか?」
 
と青葉が訊くと、飛鳥は
 
「ホンダだけど、ドリームC70ではなくシャドウだと思う」
と厳しい顔で答えた。
 
「この絵を描いたのは誰でしょう?」
と青葉は訊いたが
 
「それは詮索しないでもらえる?」
と飛鳥は言った。辻口も頷いている。
 
「そうですね。誰が描いたのでも構いませんね」
と青葉は笑顔で言った。
 

その日の夕方、最初に事件のことを依頼しに来た、荒木さんと東山さん、そして燈籠の絵を制作した川尻さん・辻口さん・飛鳥、そして祭礼委員長の宮下さんが集まり、B神社など町内3つの神社の宮司も集まって、青葉の説明を聞いた。
 
「要するにこの怪異は、お祭りが中断されてしまったことで、舁山に宿っていた荒々しい神様の霊が暴れていることから来たものと考えられます。5年前に死者が出て祭を中断した後も、雑草が大量に発生するという怪異がありましたよね」
 
と青葉が言うと
 
「あれは怪異だったのか!」
という声があがった。
 
「じゃ、祭の続きをすればいいんですか?」
と荒木さんが言う。
 
「それは私と川上さんとで話し合い、このようなことをしてみようということになりました」
とB神社の宮司は言った。
 
「各町の若者頭、あるいはそれを代行できる人が集まってですね。燈籠を持って中断した川渡りの所から続きをしてはどうかというのです」
 
「舁山を運行するなら大変だけど、燈籠だけなら何とかなりそうですね」
 

青葉は高岡の自宅に帰宅した翌日、彪志に電話した。(青葉はその日は自分のバイクで走って高岡に戻った)
 
「ねえ、今週忙しい?」
「何かあるの?」
「私の仕事をちょっと手伝って欲しいんだけど」
「わざわざ青葉が電話して頼むのって、凄く怖い気がする。命の危険は無いよね?」
 
「うーん。たぶん大丈夫だとは思うんだけどな〜。本来やるべき人が怖がっててさあ。それである程度霊的な力のある人に代行してもらいたいのよね。私ができたらいいんだけど、男の人でないとできないのよ」
 
「やっぱり危ない仕事なんだ!」
「彪志、泳げたよね?」
「一応クロールはできるけど」
「何メートルくらい泳げる?」
「400-500mくらいは泳げると思う」
「オープンウォーターで80mの往復、合計160m泳げる?」
「オープンウォーターでもそのくらいの距離は大丈夫」
「だったらいいね。交通費は私が出すけど、報酬は霊的な処理の都合で渡せないけどいい?」
「それは構わないって、なんか俺、いつの間にか青葉に協力することにされてない?」
 
「それは当然協力してくれるものと思っているよ。私の愛している彪志だもん」
「はいはい」
 

青葉が宮司や荒木たちと話し合った翌日の日曜日、町内会連合委員の緊急総会が開かれ、宮司が提案した方針が承認された。23日勤労感謝の日(新嘗祭)に“祭の続き”が行われことになる。できるだけ各町の今年の祭の若者頭が参加することにしたが、若者頭が都会に住んでいたりして、参加できない場合、町内会長の息子など代行できる人が出ることにした。
 
全員祭の時と同じ衣装で各々の燈籠を持って集まる。問題の破損した燈籠は飛鳥が描き直してくれたが、バイクは型式が曖昧な感じにした。新しい燈籠は特別にいったん組み立てたその町の舁山に一度掲げ、宮司さんから神下ろしの儀式もしてもらっている。
 
しかしこの月光仮面の燈籠をここの町内の若者頭さん(彼は山が倒れた時に彼自身も軽傷を負っている)が持つ自信が無いと言ったので、青葉は東京から彪志を呼び出し、彪志にこれを持たせたのである。彪志はその町の町内会長さんから「名誉町民に認定し、わが町の若者頭に任命する」という辞令?をもらい、若者頭の印である桃色のたすきを受け取っている。
 
「この格好はずかしい」
 
と彪志が言う。締め込みに法被、頭には捻り鉢巻きという格好なのである。それに若者頭の印である桃色のたすきをしている。
 
「気にしない。役目しっかりね。女の私には実行できない仕事だし」
と青葉は言う。
「女にはこの格好はできないだろうね!」
と彪志。
 

川渡りの所から続きをやる。川に渡した2本の丸太の上をひとりずつ燈籠を持って渡っていく。話を聞いて多数の見物人まで来ているし、数は少ないものの出店まで出ている。話を通していた警察も多数の警官を出して警戒に当たってくれている。青葉は良い傾向だと思った。賑やかになった方がより大きく成功する。
 
川渡りの後、広場に置かれた大松明の周囲を回る。これは祭で使うのと同じ仕様の松明を作ってもらった(間に合わせてくれた職人さんに感謝)が、これだけで費用は10万円掛かっている。この後、祭太鼓を奉納してから2日目の行事に入る。町内にある5つの神社を燈籠の列が巡回する。彪志はけっこうへばっていたが、頑張ってと激励する。
 
海渡りの行事が行われる。本当は燈籠を乗せた舁山を海に浮かべて沖の小島まで引いて往復するのだが、宮司と青葉の話し合いで、燈籠は2隻の漁船に分けて乗せ、若者頭たちは単純に泳いで往復すれば良いということにした。
 
「沖の小島までは往復160mほどあります。ここで死亡事故が起きたらたいへん困りますので、泳ぐ自信の無い方は遠慮無く言ってください。一時的な継承の儀式をします」
 
とB神社の宮司が言う。3人ほどここで交替した。彪志はむろん泳げるのでそのまま参加する。
 
5年前はここで事故が起きて1人死亡している。
 
1時間ほど掛けて、この海渡りの行事が行われた。
 
交替した3人から元の若者頭に再継承の儀式をした上で、祭の続きが行われる。燈籠は町のメインストリートを木遣り歌を歌いながら練り歩き、やがてC神社に集結。神社前に積み上げられた落ち葉に火が点けられ、その回りを何度も回る。そして1つずつ神社の社殿の中に入って燈籠を収め火を消した。
 
最後に3人の宮司が一緒にこの祭のラストで使われる特別な祝詞を唱えて“祭の続き”は終了した。
 
大勢の見物客から大きな拍手が送られた。
 

そしてこの日を境に、幽霊バイクは一切姿を現さなくなったのである。
 

ただし町民達には非公開ではあるが、実際には“祭の続き”が終わった後の深夜、3人の宮司、荒木さん、祭礼委員長の宮下さん、恵子さん、飛鳥(恵子の付添人)、青葉と彪志(実は若者頭の代表代行)の9人だけが灯籠の並んだC神社の神殿に集まり、燈籠に再度灯りを点けた上で、青葉が用意した特別な祝詞(立山で頂いたもの)をB神社の宮司が代表して奏上した。むろん青葉はその祝詞の“原本”をここに持ち込んでいる。
 
(C神社には神職は常駐しておらずB神社の宮司がここの宮司も兼任している)
 
祝詞が終わった時、15分ほどにわたって、町中から何かが物凄い勢いでこの神社に集まってきて、全てが神殿奥に帰って行ったような感覚があった。途中何度かバイクのエンジン音も聞こえた。
 
荒木さんや飛鳥などは呆気にとられていたが、プロである宮司3人も驚くような顔をしていた。
 
それで宮司たちも荒木さんも「全てが終わった」ことを確信したのである。
 

2016年11月25日(金)。
 
桃香は妊娠したので産休が欲しいと課長に申請書を提出したのだが、結婚もしていない桃香がいきなり産休の申請というので課長は驚き、
 
「結婚するの?」
と尋ねる。しかし桃香は
「いえ。ひとりで産みます。シングルマザーになる予定です」
と言った。
 
「なぜシングルマザー?相手とは不倫か何か?」
と課長は桃香のことを心配して尋ねたのだが、桃香は
「そんなこと答える必要はないと思います」
と言った。
 
そして・・・ふたりの話し合いはいつの間にか口論になってしまい、それを停めようとした係長が桃香に殴られる事態となる!
 
それで桃香はこれまでこの会社に入って以来の不満を全部ぶちまけてしまう。するとさすがに怒っている課長は「そんなにうちが嫌なのなら、もう会社に永久に出てこなくてもいい」と言ってしまう。すると桃香は「分かりました。辞めます」と言って、その場でPPC用紙にボールペンで退職届を殴り書きすると、社員証と一緒に課長に投げつけ、荷物をまとめて退出してしまったのである。
 
女性の先輩社員が心配して寄ってきて
「高園さん、私も一緒に課長に謝ってあげるから考え直して」
と言ったが、
「すみません。もう我慢の限界です」
と言って、先輩には申し訳無いと言い、そのまま会社を出た。
 

会社を出て、とりあえず近くのカフェに入ってから、さすがに短気すぎたかなと少し後悔する。事務の女性から電話が掛かってきて、退職金は規定通り計算して数日以内に振り込むと言われた。
 
桃香はそこでコーヒーを一杯飲んだ後、外に出て千里に電話をした。しかしつながらない。
 
実はこの日、千里は試合があるので、携帯の電源は切っておいたのである。
 
千里に話せないと、心の中で色々なものが湧き上がってきては桃香の頭を混乱に陥れる。それで誰かに話したいと思い、桃香は冬子のマンションを訪れた。
 
するとちょうど冬子の彼氏で弁護士志望の木原正望が来ていた。桃香が産休を申請したらクビになったと話すと、それは何とか法違反だとか言って詳しい話を聞きたがった。
 
それで桃香は話していたが、話している内に、やはりこれは自分が悪かったかもと思い始める。それで正望が「自分はまだ弁護士になっていないけど、誰か先輩の弁護士でも紹介しようか?」というのを断った。
 
そして結局夜中過ぎまで、冬子のマンションで(ノンアルコールの)お酒を飲みながら、正望や政子にこれまでの不満を語って過ごすことになった。しかし正望や政子がずっと話を聞いてくれたことで、桃香の気持ちは随分落ち着いたのである。
 

桃香が夜中過ぎにアパートに帰ると、試合を終えて帰宅していた千里から「妊婦が夜中すぎまで出歩くなんて」と叱られる。
 
そこであらためて産休届けを出そうとした所から口論になって結局会社を退職したことを言う。
 
「まあ、結果的には赤ちゃんが2〜3歳になるまでずっと付いていられることになったんじゃない?」
と千里は言った。
 
「そうかも。でもお金どうしよう?」
 
「桃香。とりあえずこのアパートの家賃、電気、水道、ガス、NTT、それに桃香の携帯の料金を全部私の口座から支払うようにしよう」
 
「すまーん!」
 

11月26日(土)に、青葉は高岡市内のファミレスで川尻さんと会った。
 
「あの時、みんながかばってくれたんですが、実は月光仮面のバイクの絵を描いたのは僕なんです」
と彼は告白した。
 
「あの時のみなさんの視線で分かりましたけど、誰が描いたものでも別に問題は無いと判断しましたから、私は追及しませんでしたよ」
と青葉は笑顔で言う。
 
「僕はホンダのバイクが好きで、若い頃はモンキー(50cc)に乗ってて、最近はエイプ(125cc)に乗っているんですよ」
 
「シッポのある猿からシッポの無い猿に進化したんですね」
「そうなんです!」
 
「それで自分には遠い夢だけど、いつかはナナハンに乗りたいと思ってて。それでつい月光仮面のバイクをシャドウ風に描いてしまったんですよね。だから実は繰影さんから幽霊のバイクがシャドウ・ファントムだったと聞いた瞬間、まさかあの絵が夜な夜な燈籠から飛び出して・・・とか思ってたんです」
 
「それは人に言ったりしたら、色々よくないことがあるから、川尻さんの心の中にしまっておけばいいと思います。飛鳥さんも辻口さんも何も言いませんよ」
 
「ええ。彼らはきっと何も言わないでしょうね」
「言うのなら、私が訊いた時に話してましたよ」
「そうですよね」
 
「だから川尻さんは来年以降も素敵な絵を描いてください。それが町へのご奉仕ですよ」
 
「はい」
と言って、川尻さんは泣いていた。
 

「ちなみに5年前にヤマトタケルの絵を描いたのは穴川(隆守)さんでしょ?」
 
「どうしてそれを!?」
 
「私は川尻さんをちょっと心配していたんです。5年前に異変を引き起こした絵を描いた穴川さんが、今回の祭で亡くなった。まさか自分も5年後にとか、考えたりしないだろうかと」
 
川尻さんはたっぷり5分くらい悩んでいた。そして言った。
 
「実は恐れていました」
 
「穴川さんが亡くなったのは偶然です。5年前の事件は関係ありません」
「ほんとうですか?」
 
「私が言葉で言っただけでは不安だろうからと思って、これを用意しておきました」
と言って、青葉は用意しておいたお守りを出した。
 
「これを差し上げます。高野山★★院で制作した、市販もしていない特製のお守りですから、強烈ですよ」
 
「頂きます」
と言ってから、川尻さんは
 
「あのぉ、このお代は」
と訊いたので、青葉は
 
「お気持ちで」
と笑顔で言った。
 

「今お持ちの二輪免許は小型限定ですか?」
と青葉は訊いた。
 
「そうなんです」
「でしたら、限定解除、いや、いっそ大型免許をお取りになったら?そして本当にシャドウを買うんですよ」
と青葉は提案した。
 
川尻さんは少し考えていたが、やがて言った。
「教習所に通ってみます」
 
青葉は笑顔で頷いた。
 

青葉は、金沢在住の月見里折江(玉梨乙子)に呼び出された。
 
実は高岡市内の居酒屋で、川尻との面会直後に会った。
 
「今日はお店は?」
「チーママのアキナ(後の桜クララ)に任せて出てきた」
「あの人がチーママになったんですか?」
「うまくみんなでおだてた」
「あぁ、乗せられやすそうな性格だと思いました」
「うふふ」
 
「それで単刀直入に言うんだけど」
と折江は言った。
 
「はい?」
 
「川上さん、お金持ちだよね?」
「お金持ちというほどではありませんが、少しはゆとりのある暮らし
をしているかなと思います」
 
「だったら、頼みがあるんだけどさ」
「何でしょう?」
 
「隆守の遺品のバイク、あんたが買ってあげてくれない?」
「へ?」
 

隆守の長女が今年大学受験することを折江は説明する。受験にあたって実は2月中に150万ほどの資金が必要であるという。奨学金は申請しているものの受け取れるのは4月以降である。
 
隆守の死亡時には、危険行為であったという理由で保険会社の死亡保険金は降りなかった。町内会が掛けていた祭の保険から見舞金として20万円出ただけである。また退職金は、小さな会社だけあって30万円しか出なかった。
 
それで絶対的に資金が足りないというのである。
 
「大学の授業料はおそらく全免になると思う。でも入学金とかは払わなければならない。それで、恵子さんは夫の遺品で思い出の品だから手放したくないんだけど Yamaha FJR1300AS を売ろうとした。しかし8年前のモデルで距離も50,000kmを越えていることで査定が低くて、最も高い査定をした所でも35万円と言われた」
 
「それを私に高価に買い取ってくれないかと?」
 
「あんたあの町を救ったけど、ついでに隆守の娘さんも救ってくれない?私も融資できたらいいんだけど、お店を買い取って店の内装とかにも大量資金を投入した所でお金が無くてさ。飛鳥は売れない漫画描きでいつも金に困っているみたいだし」
 
「・・・飛鳥さんの漫画あまり売れてないんですか?」
「だと思うよ。売れてたら東京の世田谷区あたりに豪邸建ててるって。こんな田舎に引っ込んでいるところで察してあげなよ。あいつは実際には、畑耕しているのと電話占いのバイトで暮らしているみたいだよ」
 
どうも折江も実際の飛鳥の収入を把握している訳ではないようだ。実際はどうなんだろうと思った。
 
「いや、売れている作家で田舎暮らしの人もおられますが」
と青葉は取り敢えず言っておく。
 

「でもバイク買い取ってもいいですよ」
と青葉は笑顔で言った。
 
「いくらで買い取って欲しいですか?定価はいくらでしたっけ?」
「定価は税込み1,659,000円だった。でも8年経っているからさ。半額の829,500円くらいであんたが買ってくれたら、恵子さん物凄く助かる」
 
「恵子さんというより、娘さんですよね?」
「うん。そう」
 
「だったら100万円で買い取りましょうか」
「偉い!あんたは男だ!」
 
「私女なんですけど」
 
「そうだった。女だった!ごめん。うちのお店の名誉オカマ証あげようか?」
「とりあえずパスで」
 

それで青葉は翌日、自分のアクアに折江を乗せてN市H地区に行き、穴川宅を訪問した。そして恵子さんと、バイク買取りの交渉をする。
 
「そんな凄いお値段で買ってもらっていいんですか?」
と恵子は驚いた顔で言う。
「私も大型免許は春くらいに取るつもりなんで、それまでは乗れませんけどね」
と青葉。
 
「車検は今年の3月に通したばかりだったから、まだ余裕があるよ。でも実際に乗り始める前に私に言ってよ。その時点できちんと私が費用持ってオーバーホールさせるから」
と折江は言う(実際には折江と飛鳥が費用を折半したようである)。
 
青葉はその場で現金で100万円渡すつもりだったが、きちんと記録に残した方がいいと折江が言ったので、結局ネットから恵子の口座に100万円振り込んだ。
 
この日の帰りは、折江がFJR1300ASを運転し、青葉のアクアの後を走って、高岡市内の青葉の自宅まで戻った。折江は電車乗り継ぎで金沢に帰還する。
 
なお、所有者移転の手続きも折江が代行し、売買契約書、自賠責保険証、名義を書き換えた車検証、新しいナンバープレートなどは翌月上旬までに全て揃えて青葉の所に持って来てくれた。ナンバープレートも折江が取り付けてくれた。
 

朋子は悲鳴を上げた。
 
「何なの〜?この巨大なバイクは!?」
「ごめーん。成り行きで買い取ることになった」
 
「買い取るって幾らで」
「100万円」
「え〜〜〜!?でもあんた、こんな大きなバイクには乗れないでしょ?」
「春くらいに大型二輪の免許取りに行くけど、それまでは乗れない」
 
「うーん・・・・」
と言って、朋子は腕を組んで悩みながら、青葉の言い訳じみた説明を聞いていた。
 
 
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