【春拳】(5)

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千里はこれは自分が実際にスタジオに行かなければならなくなるかも知れないと考え、矢鳴さんに電話して、無駄足になるかも知れないけどと断った上で、アテンザを取って合宿所に来て欲しいと連絡した。アテンザはふだん江戸川区の駐車場に駐めている。彼女が自宅からそこまで行き、車を走らせて北区のNTC(ナショナル・トレーニング・センター)まで来るには、たぶん1時間半ほど掛かるだろう。
 
千里はそれまでにだいたいの構想をまとめようと思った。
 
部屋のカーテンを引いて部屋を暗くする。シャワーを浴びてきてから、テーブルの前に座る。
 
五線紙を取り出して、脳をアルファ状態にしよう・・・・
 
と思った所で、突然ドアが開く。
 
「千里〜、晩ご飯食べた? ってあれ?寝てた?」
 
と声を掛けたのは玲央美である。
 
「ううん。いや、音楽の方で急な仕事が入って、18時くらいまでに曲を1つ書かないといけなくなって」
 
「大変だね〜。どんな曲書くの?」
「詳細は金曜日に発表するんだけどね。アクアを主演にした『時をかける少女』の映画」
 
「アクアが時をかける少女役なんだ?」
「そういう訳にもいかないから、時をかける少年ということで」
 
「でもあの子、既に性転換手術してるんでしょ?」
「うーん・・・・。世間ではそう思われているのか」
 

「しかし時をかけるか・・・・。私たち1度時をかけたよね」
と玲央美が言う。
 
「ああ・・・・そういえば」
 
それは千里が大学1年の12月だった。
 
千里も玲央美も高校を卒業した翌年はあまりまともなバスケ活動をしないまま、過ごしていた。かろうじて千里は当時はほとんど趣味の範囲のチームであったローキューツで活動、玲央美は藍川真璃子と基礎トレーニングを半年続けたあと秋から廃部寸前だったミリオン・ゴールド(関東2部)に加入してバスケ活動を再開していた。
 
ところが12月になって、千里はウィンターカップで出てきた旭川N高校の後輩たちのお世話&指導役として彼女たちの宿舎に行っていて妙な話を聞いた。自分がその夏のU19世界選手権で「大活躍した」というのである。自分自身はそんな記憶無かったし、U19世界選手権の時期は自分は、雨宮先生と上島さんに付き合って奄美まで皆既日食を見に行き、その後は博多でアメリカのアイドルグループのステージの指導をしていたのに。
 
何か変だと思い悩んでいた千里はコンビニでばったり玲央美と出会う。すると玲央美も自分は全く覚えが無いのに同様にウィンターカップに出てきた札幌P高校の後輩たちから「U19世界選手権は凄いご活躍でしたね」と言われたというのである。
 
ふたりは千里のインプレッサで宿舎に帰りながらその話をしていたのだが、「何か変だ」と言って、車を脇に停めて話し込んでいた。するとそこに鞠原江美子が自分のランエボを寄せてきて言った。
 
「日本代表の合宿が始まるよ」
と。
 
千里はハッとして時計を見ると2009-07-01 6:06であった。ついさっきN高校の宿舎に寄った時は2009-12-21 5:55だったのに。
 
そして千里たちはその後8月4日まで35日間、その「タイムシフトした」時間の中で過ごして、合宿をこなし、山形D銀行の練習に参加し、Wリーグのサマーキャンプにも特別参加して、タイに行きU19世界選手権を闘ってきたのである。そのあとふたりは元の12月21日の朝に戻された。
 
あれは物凄く巧妙に仕組まれていて、2009年7月から12月に掛けて起きたできごとが、千里と玲央美には知らされないように情報がブロックされていた。
 

「あれは今思い出せば、まるで夢でも見ていたかのような時間だったけど、私たちがタイムシフトをしていないと説明できないことがあるから、間違いなく、私たちは時を駆けたんだよね?」
と玲央美は言う。
 
「うん。7-8月の間、私はずっと九州で集団アイドルのステージを指導していたんだよ」
と千里。
 
「私はそのステージの電話予約のバイトしていたんだよね」
と玲央美。
 
「一度だけ大濠公園で出会ったよね」
「そうそう」
「あの時、千里の腕が異様に細かったのに驚いた」
 
「あれはまだインターハイに初出場するより前の私なんだよ」
「千里はそのあたりが複雑に時間が組み替えられている」
「そうそう」
 
「あの細い腕を持っていたのが、高校2年の時の千里、そしてインターハイやウィンターカップに出たのが高校3年の千里でしょ?」
 
「うん。私は本来の時間の流れでいうと高校2年の秋に性転換手術を受けている。そしてその後1年ほど療養していた時間が、私の大学1年の時の時間なんだよ。だから私は性転換手術した後の身体を大学1年の時の40 minutesの趣味的バスケ活動の中でリハビリして行って、その後、高校2年の時のインターハイに出た。だから大濠公園で会った時の私の身体はそのインターハイに出る前のリハビリ中の私だったんだよね」
 
「それでも3年生の時の様々な大会に出たのは高校生の千里だと言ってたね」
 
「そうそう。高校2年のインターハイは高校3年10月初めの私、ウィンターカップやオールジャパンはその下旬、U18第一次合宿からインハイの道大会頃が11月から1月くらい。インターハイ本番が2月頃、国体やアジア選手権が3月上旬でウィンターカップが3月下旬。ウィンターカップの決勝が私の身体の時間では2009年3月31日なんだよ。そしてその途中の時間は、大学1年生の時の私の時間が代わりに組み込まれている」
 
「物凄いモザイクだね」
「うん。そのモザイクの切り替えを私は2012年の10月まで続けている」
 
「当時女子高生の千里と女子大生の千里がしばしば混じっていたよね」
「玲央美とか麻依子はそれに気付いていたね」
 
「例のタイムスリップして世界選手権に出たのは?」
「あれは大学3年の春頃の時間。私は元々毎年100日、歴史的な時間の外で修行しなければならないことになっている。私は毎年465日の時間を使っているんだよ。だから私は今歴史的には25歳だけど、実は肉体的には27歳なんだよね」
 
「千里は凄く若い。肉体的にはむしろまだ23歳くらいだと思う」
「それはあちらの人たちからも言われた。私は肉体的には60歳くらいで閉経するらしいし」
 
「そのあたりってやはり神様のしわざな訳?」
 
「うん。『時をかける少女』や『ある日どこかで』の主人公は自分の意志で時を越えているし、ドラえもんはもっと安易にタイムマシンで時間移動しているけど、人が無秩序に時間移動していたら混乱の極致になる。本来はかなり精密な計画のもとでしか時間移動ってできないものだと思うし、人間の能力を越えているよね」
 
「たぶん私のタイムスリップも誰かさんが計画していたものだと思う」
と玲央美は言う。
 
「私は高校3年のウィンターカップ優勝で燃え尽きた気分だった。他に千里には少しもらしたけど、家庭的なごたごたもあって自分の人生を見失っていた。あの精神状態でU19世界選手権に行っても、よけい挫折感を感じて、そのまま引退していたと思う。藍川さんと出会って半年みっちり鍛え治して、弱小チームから再度這い上がっていったことで私は立ち直った。U19世界選手権は私にとって、リハビリの仕上げのようなものだった」
 
と玲央美は語る。
 
「たぶん誰かさんの計画と誰かさんの計画が相乗りして、あのタイムスリップは実行されたんだろうね」
 
「うん。そうだと思うよ」
 

玲央美は忙しいなら、食事を部屋まで持って来てあげるよと言い、千里の食券を持って食堂に行って自分が食事した上で千里の分を出してもらい、食堂の人たちと顔見知りのよしみで、トレイごと夕食を持ってきてくれた。ついでに「おごり」と言って、売店でサンドイッチ、コーヒー、おやつを買って持って来てくれた。
 
千里は玲央美が食堂に行っている間に自分自身のタイムトラベルのことを考えている間にメロディーが浮かんできたので、それを譜面に書き綴っていった。
 
そして食事を持って来てくれたまま、当時のことを懐かしそうに玲央美が語る中で(本当は静かにしておいて欲しいのだが)、千里は曲をまとめていった。
 
だいたい書き上げた頃、矢鳴さんからアテンザを持って来て今玄関そばに駐めていますという連絡が入る。
 
「出かけるの?」
「うん。ちょっと出てくる」
 
千里は高田コーチに電話して外出の許可を取ると出かける準備をした。(そもそも今日は大半の子が温泉に行ったり、あるいは一時帰宅したりして休んでいる)
 
「じゃ、お見送りしてあげるよ」
「ありがとう」
 

それで千里は食事のトレイを持って部屋を出て、それを食堂に返して食堂の人にも御礼を言った後、玄関で玲央美に手を振ってアテンザに乗り込んだ。
 
「帰りは今夜中?」
「うん。そのつもり」
「間に合わなかったら、また《すーちゃん》の身代わり?」
「あはは。そうなるかもー」
 
実はその場合に備えて、ふだん千葉市内のアパートに居る《すーちゃん》には既に東京に向かってもらっている。
 
「あのすーちゃんってさ、実は****でしょ?」
「さっすがー。そこまでバレてるか」
 
「じゃ頑張ってね〜」
「ありがとう」
 

アテンザで北区の合宿所から品川区内のスタジオに移動している最中に蓮菜から「急患が入ったので作業できなくなった」というメールが入った。千里としては実は曲を書きながらけっこう歌詞も浮かんできていたので、矢鳴さんに
 
「ちょっと首都高を1周してから品川に行ってもらえませんか」
と頼み、車が道路を走っている間に、その浮かんできていた歌詞をまとめて行った。ついでに頭をアルファにしてメロディーも調整する。実際問題としてこの首都高周回中に新たなメロディーの発想があり、それをAメロにして再構成をおこなった。
 
結局19時頃にスタジオに入り、千里は待ちくたびれていた毛利さんに、車内で書き上げたギターコード入りのメロディ譜を渡した。
 
「なんかハサミで切ってセロテープでくっつけてある!」
「カット&ペーストです」
 

千里の書いた「切り貼り」された譜面を千里自身と毛利さん、助手として来ている雨宮先生の弟子のひとりで奥原さんという「自称男の娘?」、それから伴奏者として来ているバンドの中で楽譜に強い人まで入って、数人で手分けして「大雑把な清書」をした。
 
その後、千里が間違いがないかチェックして多少の修正をした上で、コピーして全員に配り、それを元に演奏してもらうが、ドラムスやベースの基本パターンについては千里自身が演奏してみせて「こんな感じで」と頼んだ。
 
ギターのバッキングやキーボードの音色なども「こんな感じで」とやってみせるので
 
「鴨乃先生って楽器、なんでもできるんですね!」
と伴奏者の人たちから感心されていた。
 
「鴨乃君は、何でもちょっとだけできるんだよ」
と毛利さん。
 
「です。自信があるのは横笛だけ。あとはかなりごまかしがある」
と千里も言う。
 
「よし。その横笛を演奏してもらおう」
と毛利さんが乗せるので、伴奏者の人たちの演奏に合わせて千里はフルートを吹いてみせた。
 
このフルートは今回《たいちゃん》に言われてパソコン・MIDIキーボードなどと一緒に合宿の荷物に入れておいた愛用の三響総銀フルート Artist(New-E)である。
 
「美しい!」
「今のフルート活かしましょうよ」
という声が出る。
 
「今の録ってたよね?」
と毛利さんがスタジオ技術者に確認する。
 
「録ってますよ」
「じゃフルートは今の演奏をそのまま活かすということで」
 

千里は毛利さんの指示で考えられるいくつかの譜面の改訂パターンに合わせてフルートを3回吹いて、それを全部録音してもらった。
 
「これだけ録っておけば、後で多少スコアをいじっても、編集でつなぎあわせて何とかなるだろう」
と毛利さんは言っていた。
 
千里は21時近くまで作業を続けた上で
 
「そろそろ合宿所に戻らないといけないので、あとはよろしく」
と毛利さんに言ってスタジオを出た。
 
近くの駐車場に駐めて仮眠していた矢鳴さんに来てもらい、それで合宿所の方に向かっていたのだが、ここで偶然冬子・政子の2人に遭遇。彼女たちを恵比寿のマンションまで送っていくことにする。
 
ところがその途中今度は淳と会い、赤ちゃんが産まれそうという話を聞いて、政子の提案で、全員で仙台まで行くことになった。
 
千里は新宿で待機してくれていた《すーちゃん》に自分の代わりに合宿所に入ってくれるよう指示した。
 
《すーちゃん》は千里の代わりにNTCに入ったが、玄関近くで自販機でジュースを買っていた玲央美から
 
「すーちゃん、お帰り」
と言われて
「あ、どもー、レオちゃん」
と開き直って答えた。
 

この日彪志は仕事が早く終わったようで7時には帰って来た。それで一緒に御飯を食べて、一息ついてから、出かける。今日も青葉は少し寝不足状態にしているが、運転は彪志にしてもらう。自分が運転しているのでなければ眠ってしまっても大丈夫だが、完全に寝てしまうと妖怪に会えないので、眠ってそうだったら、彪志に声を掛けてもらうことにした。
 
それで出かけて港区内に入り少し巡回し始めた時のことであった。千里から電話が掛かってくる。
 
「ザォア(お早う)」
といきなり中国語で言われるので、こちらも
「ザォア」
と返す。
 
「ちー姉、今中国だっけ?」
「ううん。今ここは栃木県付近かな」
「あれ?合宿中じゃなかったんだっけ?」
 
「合宿中なんだけど、作曲の方のお仕事で呼び出されてちょっと出てきたのよ」
「お疲れ様!」
「それで、帰りがけ、淳と偶然会ってね」
「うん」
「そしたら、和実の赤ちゃんが産まれそうだというのよ」
「わっ」
 
「それで淳を連れて今仙台に向かっている所」
「なぜ、ちー姉も行く?」
「なりゆき。それと端末になろうと思ってさ」
「端末?」
 
「青葉、今夜悪いけど、私を通して和実の赤ちゃんの出産をサポートしてくれない?この子はまだ現実と仮想の間にいると思うんだよ。その子を現実世界に連れてくるには青葉の力が必要だと思うんだ。高岡から仙台までちょっと遠いけど、青葉ならできるよね?」
 
「あっと、私、今東京に出てきてたんだよね」
 
「うっそー!?だったら、青葉の所に寄って一緒に連れて行けば良かった」
「今、どのあたり?」
「ここどこかな? 羽生(はにゅう)パーキングエリアと書いてある」
 
そこは埼玉県の北端付近である。あと3km程度で利根川を越えて東北道は一時的に群馬県内を通過し、更に8kmほど走ると渡良瀬川を越えて栃木県内に入る。
 
「産まれるのは何時頃になりそう?」
「たぶん日の出頃だと思う」
「じゃ4時くらいかな」
「わかんないけど、そのくらいかも」
 
「だったら追いかけて行こうかな。こういうのはできるだけ近くでやりたい」
「青葉、車あるの?」
「彪志がこないだフリードスパイク買ったんだよ」
「おお、それはすばらしい」
と言ってから千里は付け加える。
 
「だったらさ」
「うん」
「少し遅れてもいいから、桃香も一緒に連れて来てくれない?」
「分かった」
 

それで桃香に連絡すると、今ちょうど経堂の駅についてOdakyu OXで晩ご飯の買物をしている最中ということだった。
 
「じゃ今からそちらに行くから、桃姉、そのまま食べられるお弁当とかサンドイッチとか、ついでにおやつとか飲み物とか買っておいてくれない?あと、コーヒーとクールミントガムも」
 
「OKOK」
 
それで彪志の運転で世田谷区に向かうことにする。今日は妖怪探索は中止である。
 

『雪ちゃん』
と青葉は眷属の中で最も“霊的な”能力の高い《雪娘》に呼びかける。
 
『先行して仙台に行っててくれない?ここから・・・・300kmちょっとかな。雪ちゃんなら2時間くらいで行けるよね?』
 
『うん。じゃ先に行く』
と《雪娘》が答える。
 
『俺なら1時間かからないぞ』
と横から《海坊主》が言うが
 
『海ちゃんを出したら私、動けなくなるもん』
と青葉は言う。
 
《海坊主》を稼働させるには自分のパワーの3〜4割の力を消費する。こちらはじっとしていないと耐えられない。雪娘なら2割以下のパワーで動かせる。
 
青葉は《雪娘》を行かせると
「私、アパートに着くまで寝てる」
と宣言して自分を深く眠らせた。
 

経堂のアパートの所に着いた所で彪志に起こされる。桃香が荷物を持ってアパートから出てくる。
 
「桃香さんがスカート穿いてる!」
などと彪志が言っている。
 
「これ好きじゃないんだけどねー。でも着替えが無いんだよ」
「あら」
 
実は最近千里がほとんど戻ってないため洗濯が滞っているのである。ブラウスなど、しばしば洗濯物の中からいちばん汚れてなさそうなのを掘り出して着ていたりする。
 
ここで青葉も彪志もトイレを借りておく。ミラで駐車場まで移動し、フリードスパイクに荷物を移してそちらに乗り込む。フリードスパイクを出庫して代りにミラを入れる。ETCカードもミラに挿していた青葉のカードをフリードスパイクに挿し直す。青葉の運転で出発する。
 
「しかし私も和実の赤ちゃんは見たいが、私らが行って何するんだ?」
と桃香が訊く。
 
「桃姉が近くに居た方が出産がうまく行くんだよ」
と青葉。
 
「へー。まあよく分からんが、寝てていいか。今日の宴会では野球拳をやって飲み過ぎた」
「うん。寝てて」
 
それで桃香は後部座席で眠ってしまう。どうも桃香の職場では野球拳の献酒方式がブームになっているようだ。最初献酒&脱衣方式でやったものの、桃香が最初いきなり負けて潔く下着姿になった所でお店の人からストップが掛かり、以後脱衣禁止令が出たらしい。それで単純にお酒を飲む方式に変更したと言っていた。多分男性同僚たちもまさか桃香が何もためらわずにいきなり脱ぐとは思ってもいなかったろう。もっとも彼らからは
 
「しかし高園は女の下着つけてるのか?」
「女装趣味なの?」
などと言われたらしいが。
 

青葉は近くの永福出入口から首都高に乗ると、4号新宿線を新宿方面に向かう。西新宿JCTでC2中央環状線に乗り、江北JCTでS1川口線に乗って川口JCTから東北道に進行する。今日は幸いにも渋滞に全く引っかからなかった。
 
東北道をひたすら走り、0:25頃、都賀西方PAで彪志に運転交代した。
 
助手席で千里姉に電話する。
 
「ちー姉、今どのあたり?」
「さっき矢吹ICを通過したよ」
「こちらは今、都賀西方PAを出たところ」
 
この時点で両者の距離は100kmちょっとあるようである。千里はしばらく仮眠して福島松川PAで運転交代する予定ということであった。
 

■冬子・政子のタイムスケジュール
日中 鳥羽水族館に行く。
鳥羽駅15:02-16:37名古屋17:03-18:43東京
19:30-21:00 お寿司を食べる
21:20 千里と会う
 
■千里のタイムスケジュール
16:10 毛利から連絡があり作曲依頼
17:30 合宿所を出る。首都高周回後、19:00頃にスタジオ入り
21:00 Yスタジオを出る。
21:20 |冬子・政子を拾う。
21:30 |港区付近で千里が淳を拾う。
22:30 |羽生PAで休憩。千里が青葉に連絡する。
23:00 |都賀西方PA付近
0:00 |那須高原SA付近
1:00 C福島松川PAで千里に運転交代
2:00 |仙台宮城ICを降りる
2:30 |病院に到着
3:20 妊婦さんが分娩室に入る
 
■青葉のタイムスケジュール
19:00 彪志が帰る
21:30 T大宮のアパートを出る。彪志が運転。
22:30 |港区内で千里からの電話を受ける
23:00 A世田谷区経堂で桃香と会いミラからフリードスパイクに乗り換える
23:10 |永福出入口から乗る
23:35 |川口JCT通過
0:25 T都賀西方PAで彪志に運転交代
1:00 |西那須野塩原IC付近
1:25 A阿武隈PAで青葉に運転交代
2:05 T福島松川PAで彪志に運転交代
2:55-4:55 |菅生PAで作業
5:30 病院到着
 

青葉たちの方はだいたい1時間程度おきに運転交代することにし、次は阿武隈PAで青葉に交代した。
 
1:45頃、《雪娘》から病院に到着したという連絡が入る。
 
『そちらどんな様子?』
と青葉は運転しながら尋ねる。
 
『陣痛はまだ5分間隔。お医者さんが首をひねってる。この人これまで5人も子供を出産して6人目らしい。経験豊かだからスピーディーに進行するかと思っていたのに陣痛が始まってからの進行が妙に遅いみたい』
と《雪娘》が言う。
 
青葉は「やばいな」と思った。千里姉の言った通りだ。この子はまだ現実と仮想の間に存在しているんだ。何とかして現実世界に連れてきてあげなければならない。しかしここからは操作するにしても遠すぎる。ここから《雪娘》のいる場所まではまだ130kmくらいある。この距離で相手にフォーカス続けるのはそれだけで精神力を使う。
 

青葉は2時過ぎ、福島松川PAに入れて車を停めた。
 
「彪志、彪志」
と助手席で熟睡している彪志に呼びかける。
 
「あ、うん。交代?」
といって彪志が起きる。
 
「まだちょっと早いけど交代して。私熟睡して体力回復させる」
「了解。ここどこ?」
「福島松川PA。それで菅生PAでいったん駐めてくれない?そこから操作する」
「分かった」
 

それで青葉は助手席で自分を深く眠らせる。そして彪志に起こされた時に時計を見ると2:55であった。
 
菅生PAである。
 
「えっとね。車はあっちの端に駐めて。うん。そのあたり。それで向きはそっちを向けて」
と青葉は《雪娘》の波動が伝わっている方角を確認しながら車の向きを指示する。彼女が向こうにいることで正確な方位が分かる。車は駐車枠に対して斜めになり、2台分の枠を使ってしまうがやむを得ない。深夜なので駐まっている車が少ないのが救いである。青葉は助手席の窓を全開にした。
 
千里からメールが来ている。2:30頃病院に到着したということだった。《雪娘》の居る場所との距離をだいたい測る。19kmくらいかな。ここからなら行ける。ここはもう仙台市の隣、村田町である。
 

「彪志、エンジン切って」
「うん」
「そのまま運転席で少し仮眠しておいてくれない?私、助手席から操作したいから」
「OK」
 
青葉は千里に電話をした。
「ちー姉、どんな具合?」
「はっきり言ってやばい」
「やはりね〜。ここまだそちらまで距離で19km, 道のりで50分くらいあるんだよ。でもここから操作するから」
 
19kmというのは東京駅−三鷹駅間、大阪駅−高槻駅間くらいの距離である。
 
「よろしく。こちらは全チャンネル開けるから」
 
と千里が言うと、青葉の目の前に妊婦さんがいるかのようなビジョンが現れる。すげー!さすがちー姉と思う。京平君の受精卵着床の時もまるで手に取るような感じだったが、あの時より更にパワーアップしている。
 
陣痛間隔がまだ長いので妊婦さんは病室にいる。和実が妊婦さんのそばに付いているが、看護婦さんは席を外しているようだ。淳、千里、それになぜか冬子と政子まで廊下にいる。
 
青葉は《雪娘》に妊婦さんのそばに行くように言った。彼女がそこにいることでこちらは妊婦さんにパワーを与えやすくなる。
 
『青葉、妊婦さんの中の胎児の感覚が遠いよ』
と《雪娘》が言う。
 
それは千里から送られてくるヴィジョンでも感じられる。青葉はこの赤ちゃんの『存在感』が物凄く小さいことを認識した。
 
このままでは最悪赤ちゃんが蒸発!?よくても死産の可能性が高い。
 

車が止まった感覚に桃香が目を覚ましたようである。
 
「あれ?着いたの?」
「まだ40kmくらい先だけど、もうすぐ産まれそうなんだよ」
「あと40kmかぁ。青葉は上品な運転するからなあ。私が運転してれば間に合ったのに。最近はオービスの場所もスマホで分かるから安心してスピード出せるし」
 
「桃姉、お酒飲んでるから無理」
「それは言えるな」
 
桃姉が運転したら、みんなで天国に行っちゃう、とはさすがに青葉は言えなかった。
 

「もうすぐ赤ちゃん産まれそうなんだけど、男の子だと思う?女の子だと思う?」
と青葉は桃香に尋ねる。
 
「そうだなあ。きっと和実に似て可愛い女の子だよ」
「へー」
 
この瞬間、青葉は代理母さんのお腹に居る赤ちゃんの《存在感》がかなり上昇したのを感じた。
 
千里姉も今起きた変化に気付いたような顔をしている。
 
さっすが桃姉!
 
「将来どんな子になるかなあ」
「和実に似たら、きっとスタイルもよくて歌もうまくて、アイドルにでもなれるくらいかもね」
「へー」
 
「淳に似ると学校の成績はあまりよくないかも知れんなあ」
「そうかな」
 
「親が親だから仕方無いけど、あまり親孝行は期待しない方がいいぞ」
「うんうん」
 
青葉は桃香と赤ちゃんのことで会話していく度に、妊婦さんのお腹の中の赤ちゃんがどんどん存在感を増していくことを感じていた。そしてそういう会話を15分ほどもしていた時、『カチリ』という感じの音がするのを聞いた(ような気がした)。青葉は赤ちゃんが完全に「こちらの世界」に来たことを確信した。千里も青葉の方に向き直って頷く。
 

和実や千里姉はこの赤ちゃんは《Complete Heyting Algebra》的に存在していると言っていた。青葉にはその精密な意味づけはよく分からないものの、存在がとても曖昧であるというのは分かっていた。そもそも男の娘から卵子を採取するという摩訶不思議な現象から出発している。しかし曖昧なものを嫌う桃香姉の言葉が、0と1の間で不安定に存在していた赤ちゃんの、存在真理値を「1」にしてしまったのである。
 
桃姉はシュレディンガーの猫の箱を開けた。
 
むろん猫は生きていた。
 

『子宮口が全開になった』
と《雪娘》が報告する。和実も気付いたようでナースコールする。助産婦さんが急ぎ足で入って来て、分娩室に行きましょうということになったようである。
 
青葉は時計を見た。3:21と数字がきれいに並んでいた。
 
その数字の並びを見て微笑む。霊感のある人間はこういうきれいに数字が並んだ時刻を見やすい。青葉は少し疲れを感じたので、いったん千里とのチャンネルを閉じた。
 
桃香が「トイレに行くの忘れてた」などと言って車から降りる。それでコーヒーを3つ買ってきた。
 
「ありがとう」
 
彪志も目を覚ましてコーヒーをもらって飲む。桃香はコーヒーを飲んでいる内にかなり目が覚めてきたようで
 
「お腹空いた。スナックコーナーは開いているみたいだったから、朝御飯食べに行かないか」
と言う。
 
「私は『お仕事』してるから、桃姉と彪志は御飯食べてきて」
「OKOK」
 
それで彪志と桃香が降りていく。青葉は5分くらい仮眠した上で、再度千里にチャンネルをつないでもらい、妊婦さんと赤ちゃんのサポートをした。時刻は3:33である。
 
赤ちゃんは産道に半分頭を突っ込んでいる。これから回旋しながら出てくることになる。青葉は妊婦さん、そして出てこようとしている《女の子》に全力で気を送り続けた。
 
和実が分娩室の中で妊婦さんの手を握っている。青葉は妊婦さんの空いている方の手を《雪娘》に握らせ、そこを通してパワーを注いでいく。
 
結構な時間が過ぎていく。妊婦さんも頑張っているが、青葉もかなりパワーを注ぎ込んでいて、まるで自分が出産しているかのようである。実際青葉は自分の女性器付近にもけっこうな痛みを感じていた。
 
あれ〜。前にもこんな感じの痛みを感じたぞ、と思ったが、京平君の出産の時にもこんな痛みを感じていたことを思い出した。私、もしかしてこれが2度目の出産になるんだったりして、などと青葉は思った。
 

「おぎゃー!」
という声が青葉の耳に本当に聞こえた。
 
青葉は脱力した。
 
赤ちゃんを助産婦さんが抱いている。へその緒を切る。そして最初に和実に渡す。和実が嬉しそうな顔をして赤ちゃんを抱いている。そして助産婦さんに戻してから、和実は代理母さんとしっかり握手をした。代理母さんも疲れた顔をしつつも元気な様子である。
 

「青葉、お腹すいてないか?」
と桃香が声を掛けてきた。
 
「赤ちゃん産まれたよ」
と青葉が言うと
 
「おお!」
と彪志と桃香が声をあげた。
 
「あと少しサポートを続ける。その後で病院に行こう」
「うん」
「じゃ、何か買ってきてあげるよ」
 

青葉は桃香が強引にテイクアウトしてきたカレーライス、それにカップ麺やスナック菓子などを食べながら、30分ほど、赤ちゃんと代理母さんとに気を送り続けた。
 
代理母さんも分娩室を出て病室に戻る。赤ちゃんは新生児室に連れて行くが、その前に代理母さんにも1度抱かせた。
 
5時前に千里の実況中継?が終了する。
 
千里が電話を掛けてきて「ありがとう。お疲れ様」と言った。
 
「ちー姉もお疲れ様。ちー姉、このあとどうするの?」
「私はすぐに病院を出る。合宿所に戻らないと」
「車で戻るの?」
「それでは間に合わないから新幹線。朝6:36の《はやぶさ》に乗る。8:07東京着」
「お疲れ様!」
 

桃香が「もうさすがに酔いが覚めたから運転は任せて」と言って運転席に座り車は35分ほどで病院に到着した。カーナビは44分という表示だったのだが。
 
「ほら、もう着いた。カーナビの所要時間をだいたい2割くらい引いたのが実際の所要時間だよ。私がお酒飲んでいなかったら最初から運転してあげられたのになあ」
などと桃香は言っている。
 
千里・冬子・政子は矢鳴さんの運転するアテンザで既に病院を出て仙台駅に向かっている。千里も合宿中だが冬子と政子もタイトなスケジュールで動いているようだ(アテンザはその後、矢鳴さんが東京に回送する)。
 
青葉・彪志・桃香は和実に用意された病室に入り赤ちゃん誕生を祝福した。
 
「青葉たちも来たんだ!」
と和実は驚いていた。
 
「女の子だったみたいね。名前は?」
「希望美(のぞみ)にする」
と言って、名前を書いた紙を見せてくれた。
 
「ああ、名前決めていたんだ。性別は分かっていたの?」
と桃香が訊くが
 
「女の子なら希望美、男の子なら希望海で、どちらでも《のぞみ》にするつもりだった」
と言って、もうひとつの命名の紙も見せてくれた。
 
「まあ男の子だったら、おちんちん切ってもらって女の子にしちゃう手もあったけどね」
 
ああ、切られなくて良かったね。桃香のおかげかもね、と青葉は思った。
 
その後一緒に新生児室に赤ちゃんを見に行き、しばらく「可愛いねぇ」「やはり和実に似てる気がするよ」などと言って鑑賞していたものの、桃香がここでもう時刻が6時近いことに気付く。
 
「しまった。会社に行かなくては!」
と桃香。
「あ、僕もだ」
と彪志。
 
「実は私も外せない打ち合わせがあって」
と淳まで言う。
 
それで青葉は3人を送って仙台駅までフリードスパイクで走った。3人は何とかぎりぎり始発の新幹線に乗ることができたようである(千里や冬子たちと同じ新幹線だが、千里たちは熟睡していたようで連絡が取れず、桃香たちと千里たちは車内では会えなかったようである)。
 

青葉は3人を仙台駅で降ろしてから、また病院に戻り、和実の病室に行った。
 
「でも病室を取ってもらったんだね」
「うん。明日からは母子同室になるから」
「なるほどー」
「初日はきめ細かいフォローが必要だから、別室なんだよ」
「ああ」
 
「それと、新生児室の赤ちゃんは廊下からも見えるからさ、《誰か》がトイレに行く時とかにそばを通っても見ることができるでしょ?」
 
「そういう深い意味もある訳だ!」
 
「代理母してくれた人は今回がもう3回目の代理母なんだって」
 
「よくやってるね」
「今回で最後にすると言ってた。自分でも子供を3人産んでるんだけど、亡くしちゃったらしいんだよ」
「あらあ」
 
「詳しい話は聞いてないけどね。でもそのあとその件で旦那さんや姑さんとの仲も険悪になって離婚して。だから今度は自分で失った3人の子供を産み直したいと思ってたんだって」
 
「でもなぜ代理母とか。誰か新たに他の男性と結婚してその人の子供を産めば自分の子供が得られるのに」
 
「3人目を出産した時に、不妊手術をしちゃったんだよ」
「あぁ」
 
「だから自分の卵子では妊娠できない。でも何らかの方法で受精卵を子宮に入れることさえできれば妊娠可能なんだよ」
 
「それで代理母を志願したのか・・・」
 
「むろん自分の卵子を採卵して適当な男から精子搾り取ってきて体外受精させれば遺伝子的な自分の子供を妊娠可能ではあるけど、それって凄い費用かかるから庶民には無理と言ってた」
 
「確かに体外受精は高いもんなあ」
 
京平君も体外受精で出来た子供だが、1年以上掛けて挑戦してやっと妊娠成功したので、物凄い費用が掛かったようである。貴司さんが高給取りだからこそ可能だった治療である。
 
「代理母なんてやろうという人は、やはり色々事情があるんだと思うよ」
 
「かもねー」
 

1970年代に1件だけ国内で行われた代理母出産の場合、代理母をした人は親が広島で被爆した人で、本人には放射能障害は出ていなかったものの、そのことが分かる度に結婚の話が破談になってしまい、結婚することができずにいた。それで自分の赤ちゃんでなくてもいいから産みたいという気持ちで志願したらしい。
 
なお当時はまだ体外受精の無い時代なので、卵子も代理母さんの卵子であり、精子のみ依頼者の夫の精子が使用されている。1970年代にアメリカで代理母が始まった頃は、全て代理母はそういう方式(依頼者夫から採取した精子を代理母の排卵に合わせて子宮に投入する)で、これをTraditional Surrogacy(古典的代理母方式)という。1980年代以降に体外受精の技術ができた後、受精卵を胚移植してて育てる方式にしたものはGestational Surrogacy(直訳すると借り腹)という。
 
多くの場合は依頼者夫の精子と依頼者妻の卵子から受精卵を作るが、夫婦の一方が生殖細胞を作れない場合、各々の親族の精子や卵子を使用する場合もある。例えば依頼者妻の妹の卵子と、依頼者夫の従兄弟の精子の組合せで受精卵を作るなどといったことが行われる場合もある。私は個人的にこれを近似的生殖細胞と呼んでいる。性別逆転して、妻の兄の精子と、夫の姉の卵子で受精卵を作ったというケースもあったことが報道されている。いわば夫が近似的母になり妻が近似的父になるものである。
 
1970年代に日本で1回だけ行われた代理母の場合、実は人工授精ではなく、依頼者夫と代理母さんが性行為をして妊娠している。このことが倫理的に問題ありとして実行した医師は後に批判されている。私もなぜ人工授精にしなかったのか理解に苦しむ。
 

「でも不思議だよね。不妊手術しても生理はちゃんと毎月来てたらしい」
と和実は言う。
 
「え?そうなの?でも卵子が出てこられないよね?」
と青葉は訊く。
 
「うん。子宮にはたどり着けない。だから妊娠しないんだけど、卵子は卵巣を出て行くから、それで子宮ではちゃんと赤ちゃんのベッドを用意するんだろうね。でも卵子が来ないから、それは廃棄される」
 
「それが月経の出血になるわけかぁ。人間の身体って凄いね」
 
と言いながら、青葉はもしかして卵巣が無いのに毎月月経がある自分の身体とどこか似ているのかもと思った。
 
「まあ子宮がホテルなら、電話予約を受け付けたのにドタキャンされてる感じかもね」
「卵巣を出ていった卵子はどうなるんだろう?」
 
「卵管の途中から先に進めないから、そこで頓死だと思う。そのまま身体に吸収されてしまうんだと思うよ」
「なんかドラマがあるなあ」
 
「どっちみち精子に出会わなかったら、死んじゃうんだけどね」
「それで小説が書けそうだ」
 

「でも今回の代理母出産って、凄い費用が掛かったんじゃないの?」
「うん。体外受精の費用も含めて1200万円くらいかなあ」
「ひゃあ!」
 
「半分は代理母さんの報酬」
「そのくらいはもらっていいよ。妊娠中はお仕事できないし」
「うん。その生活補償分もある。残り半分は様々な作業の実費」
「かかるかもね」
 
「最近タイで代理母出産している日本人がいるらしいだけど、代理母さんの報酬は100万円くらいらしい」
「それはあまりにも安すぎると思う。命がけなのに」
 
「同感。でも私たちの場合、体外受精は松井先生が実費だけでやってくれたからその程度で済んでるんだよ。男の娘から卵子を採取するなんて、本来できそうもないことに挑戦して成功させたというので、自分は満足だと言ってた」
 
「本当なら松井先生にこそたくさん御礼をしないといけなかった所だよね」
「うん」
 
「でも、お店の開店資金大丈夫?」
「まあ淳が今年頑張って稼いでくれれば」
「大変だね! 少し出資しようか?」
「場合によっては頼むかも」
「遠慮しないでね。変な金融機関とか借りたら、利子が大変だから」
「そうなんだよね〜」
 

和実が「少し寝るね」と言うので寝せる。彼女も徹夜している。青葉はメモを渡されたので!和実が寝ている間にフリードスパイクで出かけて、買い物をしてきた。
 
お昼すぎに戻って来たら、和実は起きて、病院の昼食を食べていた。
 
「病院のご飯が出るんだ?」
「うん。私、入院患者だから」
「なるほどー!」
 
青葉は悪戯心を起こした。
 
「ねぇ、おっぱいが出るようにしてあげようか?」
「え〜〜〜!?」
「要らない?」
 
と青葉が訊くと
 
「して!」
と和実は言った。
 
それで青葉は数珠を腕に巻いて和実の手を握り、脳下垂体にある信号を送る。
 
「なんか変な気分」
「スイッチは入れたから。あとはおっぱいマッサージすれば出るようになるよ」
「やってみよう」
「おっぱいマッサージの仕方は分かる?」
 
「実は出産に関する本、たくさん買い込んじゃったから、それに載ってるのを練習してた」
「じゃ頑張ってみよう。助産婦さんにも少し習うといい」
「うん!」
 

12:40頃になって千里から電話が入った。
 
「ボン・ジア」
 
むむむ。ポルトガル語で来たか!負けるものか。
 
「ボン・ジア。トゥード・ベン?」
「ベレーザ。エ・ヴォセ?」
「ベレーザ。オブリガーダ」
 
「ああ、さすが言い間違えないね。ボルトガル語よく分かってないと、女性なのにオブリガードと言っちゃう」
と千里が言う。
「これはたまたま知ってたんだよ。でもちー姉、お疲れ様。合宿は間に合った?」
「うん。ちゃんと間に合ったよ。青葉もごめんね。急に呼び出して。忙しかったんでしょ?」
 
「うん。ちょっと行き詰まりぎみだったから気分転換になったかも」
 
「東京には仕事ででてきたの?」
「うん。彪志からの依頼なんだけどね」
「それは高額の依頼料をむしり取らないと」
「身体で払うと言われそうだからやめとく」
 
「でも今回はこないだのみたいに人がボロボロ死ぬような案件じゃないみたい」
 
こちらの背景を一瞬で霊査したなと思った。まあそれは私もするけどね〜。
 
「そうだね。今の所私が知っている範囲では死者は出てない」
「どんな事件?」
「それがさあ」
 
と言って青葉は千里に今回の事件のあらましを説明する。そばで聞いている和実が驚いたような顔をしている。
 
「へー、妖怪アジモドというのか。でもなんで濁音なわけ?」
「命名した人が東北出身だったのかなあ」
「だったら、雪道を歩いている時とかに足下つかまれたんじゃないの?」
「それあり得るかも!」
「でもその話だと結構古くからいる妖怪なんだ?」
 
「室町時代の文献に書かれていたんだって。政子さんは妖怪くちゅくちゅとか言ってたけど」
「可愛いじゃん。そう改名しちゃったら?」
「あちらが気に入ってくれたら」
 

「でもその妖怪なら私も会ったよ」
と千里は言った。
 
「うっそー!?どこで会ったの?」
「富士急ハイランドだよ」
「そんなところで。あれ?運転してたんじゃないの?」
 
「桃香に無理矢理『ええじゃないか』に乗せられてさあ」
「あぁ・・・」
「もう死ぬ目に遭って、30分くらい意識も朦朧とした状態で休んでいた時に足下に手が出現したんだよ」
 
「そんな条件でも出現するのか・・・・。でどうしたの?」
 
「私その子に訊いてみたんだよ。何したいの?って」
「そしたら?」
「じゃんけんしようと言うから、じゃんけんしたら私が勝った」
「じゃんけん!?」
「そしたら、僕の負けだから消えるねと言って消えたよ」
 
「ありがとう。それ凄いヒントになる」
 

「ところでさ、これもこないだから聞こうと思ってたんだけど、私とちー姉と中村晃湖さんが親戚だという話をこないだ中村さんから聞いたんだけど」
と青葉は言った。
 
「その話、青葉にはしてなかったっけ?」
「聞いてない」
 
「そっかー。まあ私と青葉も親戚だし、桃香と青葉も親戚だから」
「うっそー!?」
と青葉は驚愕する。
 
「桃姉と私も親戚な訳?」
「あれ?その話は晃湖さんから聞かなかった?」
「聞いてない!」
 
「青葉のお母さんの系統が私の父親や晃湖さんの系統とつながっている。そして青葉のお父さんの系統が桃香のお母さんの系統とつながっているんだよ」
 
「詳しい話を聞きたい」
 

すると千里はいったん電話を切って簡略系図をメールしてくれた。
 
 ┏━━━┓
安紗呼 麻杜鹿
 ┃   ┃
敬子  梅子
 ┃   ┃
朋子  広宣
 ┃   ┃
桃香  青葉
 

「そんな所でつながっていたのか・・・・」
「私と青葉の関係は、間をつなぐモモさんの戸籍が無いからそこは辿ることができないんだけど、こちらは実際に除籍簿を取って確認したから間違い無い」
「そんなことまでしたんだ!」
 
「桃香から聞いていた安紗呼さん、そして青葉から聞いていた麻杜鹿さんって名前のパターンが似ていると思っていたんだよね。それで除籍簿を取り寄せてみたんだよ。桃香と青葉の名前を勝手に使って」
 
「違法っぽい」
 
「元々晃湖さんは、青葉と桃香は親戚だろうと思っていたらしいよ。波動が似ているから」
「そうなの!?」
 
「私もそれは感じていた。だから、青葉の後見人申請をした時にも遠縁の親戚なのでと朋子さんに書いてもらった。当時はあてずっぽだったんだけど、確認できたのは良かった」
 
「それも知らなかった」
 
青葉は唐突に思って言った。
 
「私とちー姉、私と桃姉が親戚だったら、ちー姉と桃姉も親戚ってことはない?」
 
すると千里は言った。
 
「それがよく分からないのよね〜。けっこう微妙な感じで」
 
 
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