【春三】(4)
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11月6日(日)はコンビニのお弁当で朝食を食べてから、ホテルをチェックアウト。10時過ぎに(新)人形美術館のほうにお邪魔して、再度取材し、お話を聞いた。
美術館の後は“お弁当・琥珀”にも寄って、桜坂さん・胡蝶蘭さんにお話を聞き、そちらも取材して、お弁当を12個買って帰った。S市内の道の駅でお弁当は食べた。取材の時も映されながら明恵と青葉はお弁当を食べていたが(真珠が撮影:この分は経費で落ちる)、テイクアウトしたお弁当の内3つは真珠・千里・月子が食べて、1つは月子の夕食用、残り6個は多分誰か食べる。
(実際は真珠・邦生・明恵・初海・双葉・幸花の夕食になった:お金を出したのは千里。ただ取材費で出た2人分の代金はあとで返した)
ちなみに青葉が食べたのはブリの照り焼き弁当、明恵は八宝菜弁当、真珠はハンバーグ弁当、千里は焼肉弁当、月子はその場でチキン南蛮弁当を食べ、夕食用に鮭の南蛮漬け弁当を取った。
持ち帰るのが、ミックスフライ弁当、トンカツ弁当、フィッシュフライ弁当、唐揚げ弁当、天麩羅弁当、メンチカツ弁当である(もちの良さそうなもの)。
買って帰った全ての弁当の映像を番組では流す予定である。メニューにはその他に、ヒレカツ弁当、酢豚弁当、肉ジャガ弁当、海老チリ弁当、炒飯、カレーライス、天丼、カツ丼、親子丼、牛丼、日替わり弁当などがある。もう少し後の時期になると“冬限定”カキフライ弁当と鯨カツ弁当も出す予定らしい。能登では冬季に“地鯨”が穫れる。スーパーに“朝獲れ”シールの付いた鯨肉が並ぶ。これが物凄く美味しい。また穴水湾が牡蛎の大産地である。
「でも以前の井原さんの作ってたお弁当に比べて、薄味だよね」
「うん。井原さんのは化学調味料使ってたけど、胡蝶蘭さんのは天然のだし使ってるね。今の時代はこちらが受けると思う」
「チェーン店では無いので、毎回同じ味にはなりません。当たりの日と外れの日があるかもしれませんけどごめんなさい、とか言ってたね」
「それがかえってリピーターにはいいと思うよー」
これは金沢の“アイゼン”も同様のことをうたっている。
「まあ人形美術館も琥珀弁当も、どちらもうまく行くといいね」
帰り道で、千里が思い出したように言った。
「アキちゃんとマコちゃんって心理学科だったよね?」
「はい。正確には文学科の心理学専攻ですが」
「クラスメイトさんたち、みんな就職決まってる?」
「数人まだの子がいるにはいます。卒論を必死に書いてて就活する余裕がないんですよ」
「一部下の学年で必修科目を落としちゃって再履修に必死で卒論まで手が回ってない子もいます」
「卒業できるの?」
「うちはハートフルな大学ですから」
「そういう子たちでもいいから、もし東京勤務でもいいという女の子がいたら、卒論が落ち着いてからでもいいから紹介してくれないかなあ」
「はい,何かカウンセラーのお仕事とかですか?」
「うん。§§ミュージックの女子寮は今看護師さん1人とカウンセラーさん1人なんだけど『忙しすぎるから増員を考えてほしい』という要望が上がってて」
「寮生、何人居るんですか?」
「70人くらい」
「それは1人じゃ無理ですよ。悩みの多い世代だし,ストレスの多い仕事だし」
「だから看護師もカウンセラーも2人くらい増員したいんだよね」
「ああ」
「じゃ卒論のメドが付いたようだったら声掛けてみますよ」
「よろしく」
伏木に帰り着くと一休みしてから、月子は自分のフリードスパイクを運転して浦和に向けて出発した。服装は普段着のTシャツ・ロングTシャツ・フリースにスカート・タイツである!
(俺もう男装生活に戻れないかもと不安を感じる←フルタイム女装生活して会社にも女装で出社しようよ)
月子は伏木を出た後、呉羽PAで小休憩して、ここで疑似ペニスを取り外した。これを着けていると、おしっこがしにくい。きっとこれFTMさん用のものなんだろうなと思った。アルコールウェットで拭いてケースに格納し、旅行鞄に入れた。来月伏木に来る時まで使わないはずである(←ペニスなんて邪魔で不要だよね)。
その後はだいたい100km程度おきに休憩し、夕方上越JCTから上信越道に入る。黒姫野尻湖PAで休憩し、ここでS市で買ったお弁当(鮭の南蛮漬け弁当)を食べた。もちろん食べる前に写真を撮って、真珠ちゃんに送っておいた。汁の出やすい料理だが、シールされた容器に入っているので全く漏れてないのが凄いと感想も書き添えておいた。写真は未開封の状態とシールを剥がした状態を撮影している。
そのあとはトイレに行った後、甘楽PA、三芳PAで休み、所沢ICを降りて夜中に浦和の家に帰着した。
ところで〒〒テレビ・スイミングクラブ(通称津幡組)は世界水泳の後、中心になっていた青葉が離脱して、少し気が抜けていた。
「パリ・オリンピックまで頑張ると言ってたのに妊娠で離脱とか不注意すぎるよなあ」
などと金堂多江(20)・竹下リル(19)も文句言っている。四六時中泳いでいるのではと思うほど練習していた青葉が居ないと練習にも熱が入らない。それで10月22-23日の短水路選手権でも津幡組は振るわなかった。
短水路選手権が終わった後の24日、津幡のプライベート・プールで多江とリルがだらっとしていたら
「こらこら、さぼってないで練習しなよ」
という声が掛かる。
「あ、千里さん」
「なんか凄い水着」
千里が全身金色の練習用水着?を着けている。
「この水着を着けてると5%くらい速く泳げるんだよ。君達と普通に競争したら私は全然かなわないからハンディ。さ、私と競争しよっ」
と言ってスタート台に行く。
「はい」
と言って2人もスタート台に行く。先日の国体で現役を引退した月見里姉(28)が計時をしてあげる。
「3000mいくよ」
「はい!」
それで泳ぐと、千里が圧倒的トップである。しかし3000m(30往復)って長距離競泳選手でないとふつうスタミナがもたないのに千里さんは最後までペースが落ちなかった。
「たるんでるなあ。筋力とか持久力付ける基礎練習も頑張りなよ。私しばらく毎日夕方ここに来て、君たちと競争するから」
「頑張ります」
それで多江とリルは結構気合が入ったようである。翌日からは筒石とジャネもこの3000m自由形に参加した。筒石はさすがに金色千里よりずっと速いが、多江とリルには強い刺激になった。ジャネは「あんたたち速いね!」と感心していた。
月見里妹は「3000とか無理」と言って見学である。南野は「半分だけ参加する」と言って1500m泳いだ所であがっていた。ジャネは2人で1500mずつ泳いでる気がした。
また土日にはリルの妹のハネ(高2)も参加していたが「さすがに3000mはきつい」と言っていた。でも他の子に大きく遅れながらもちゃんと完泳していた。
しかしこれで気合が入ったお陰で、11月5-6日(青葉たちがS市に行ってた日)佐賀県で行われた社会人選手権では女子800mでこの2人が12フィニッシュしたのである。南野も4位に入った。3位は永井蒔恵で、事実上津幡組で4位までを独占したようなものである。ネットニュースでは「津幡組復活!」と書かれていた。(この大会には女子1500mが無い)
金色の水着を着けた千里はその後も毎日プライベートプールに来た。
「千里さん、その水着ほんとに5%速くなってるんですか?10%くらい速くなってません?」
と多江とリルは言っていた。しかし10%upにしてもそれでトップ選手に勝てるというのは元々の千里が無茶苦茶速いことを示している。きっと普通の水着でも軽く日本選手権出場の標準記録をクリアできる。
11月6日(日).
今日は高校バスケットボール、ウィンターカップ富山県予選の決勝戦と、シード順決定戦が行われる。会場は本来、富山市の富山県総合体育センターなのだが、女子の決勝は、高岡C高校とH南高校という呉西地区同士の対戦になった。それで女子決勝のみ、高岡市内で行われることになった。
女子のシード順決定戦と男子の試合は富山市で行われる。
10時から富山市のほうで、男女のシード順決定戦が行われた。女子では富山B高校が富山S高校をダブルコアで破ってシード順3位を獲得した。
どうもしばらくは、高岡C高校・富山B高校・H南高校の3強体制が続きそうである。
13:00 高岡C高校とH南高校のメンバーが高岡市内のL高校の体育館に整列した。今日のT/Oは準々決勝で敗退した高岡S高校の部員が務める。モッパーは会場校・高岡L高校の部員たちである。L高校の生徒はそのほか雑用でも頑張ってくれた。
試合が開始される。H南高校はもちろん晃を含まないメンバーで戦う。向こうは晃が当然出てくるものと思って準備していたようだが、こちらは最初からそのつもりはない。
両チームは、春の大会の3回戦、インターハイ予選の準決勝、地区リーグの1位リーグ、そして9月の練習試合と戦っている。H南高校の今年の急成長をいちばん肌で感じているチームであり、各選手の特徴ももっともよく知るチームである。
高岡C高校はこの試合、点取り合戦を仕掛けて来た。確かにこちらは、こういう相手にいちばん弱いのである。防御などほとんどせずに点を取られるのは気にせずどんどん攻めてどんどん得点する。するとこちらの方がどうしても実力が低い分得点も低くなる。
向こうは最初は晃対策でセンターを2人入れていたものの、すぐ交替させて、鷹野さん(3年生)・加茂さん(1年生)というダブルシューターにして、この2人がスリーを撃ち、更にスモールフォワードの府中さんもどんどんスリーを撃った。こちらも美奈子・夏生がスリーを撃ち、もはやスリー合戦の様相となる。
リバウンドは向こうの寺下さん(170cm)とこちらの河世(165cm)の戦いであるが、本気の寺下さんにはまだまだ河世は対抗できない。少しずつ差が付いていく。それで第1クォーターは34-24と大差が付いた。第2クォーターも26-22 である。春貴は「まだまだ行ける。頑張ろう」と選手を励ますか、実際は高岡C高校相手に前半で14点差はかなりきついなと思った。
晃が「私出なくていいですか」と春貴に訊いた。さすがに春貴も一瞬躊躇したが、姉の舞花が言った。
「まだあんた女の子になる覚悟できてないでしょ。それができるまでは完全な女子ではない。女子の公式試合に出るということは一生女として生きるということ。もう男子には戻れない。あんたまだその決断ができてない」
と言った。
「そうだね。まだ覚悟できてないかも」
と本人もいう。
春貴はそれで頷いた。
妹にそう言った舞花も必死でリバウンドを頑張る。それで第3クォーターは24-26 とこちらが2点リードした。ここまでの合計は84-72。点差は12点である。
ここまで来ると向こうのレギュラー陣にさすがに疲れが出てくる。こちらは選手を適宜休ませて疲れが溜まらないようにしているが、向こうは特に、シューターの鷹野・加茂とセンターの寺下はずっと出っぱなしである。さすがにスリーの精度が落ちてくる。矢作先生もとうとう彼女たちを交替で少し休ませる。その間はこちらの得点力が勝る。
第4クォーター前半で14-18とこちらが4点リードしてこれで8点差である。向こうの尻尾が見えてくる。ここに来て向こうは精度の低いスリーより、確実な2ポイントシュートで得点する方針に切り替える。2ポイントと3ポイントの差をここまでの貯金を使って逃げ切ろうという作戦である。しかしこの作戦は中に入って撃つ分どうしても接触が多くなり,両チームともにファウルがかさむ。春貴は「シリンダー、シリンダー」と声を掛けるが、まだまだH南高校のメンバーは近接プレイの練習ができてない。
このファウル数が多くなったことが実は最後に効いてくることになる。
こちらは必死に頑張る。点差は少しずつ小さくなっていく。じわりじわりと点差が縮まり、残り2:31で、107-105と点差はわずか2点。勝敗は全く予断を許さない状態になる。
2:31 107−▲105
2:16 109▲−105
2:05 109−▲108 (1点差!)
1:43 111▲−108
1:31 t/o (*27) 舞花から美奈子へのパスを向こうの分家さんがカットした。
(*27) t/o とはturn over. 得点せずにボールの支配権が相手側に移動すること。同じ略語だが table official ではない。
1:23 113▲−108 (5点差まで開く)
1:10 113−▲111
0:54 t/o 向こうのパスを夏生がカット
0:41 t/o 愛佳から美奈子へのパスを加茂さんがカット。
t/oの応酬だが、どちらも疲れている。
0:31 115▲−111
0:23 115−▲114 (1点差!)
残り23秒1点差で向こうのボールだった。24秒計は停まってしまった。 高岡C高校はシュートしない。ドリブルとパス回しで時間を消費しようとする。
昨日はH南高校が残り5秒から富山B高校を逆転している。絶対にH南高校に攻撃権を渡してはいけないと矢作先生は判断した。これは充分正当な作戦である。逆の立場なら春貴もそうしている。
刻一刻と時間が過ぎていく。春貴も「ここまでか」と思った。
この時、舞花がハッと何かに気付いたような顔をした。
分家さんがドリブルしているところに猛然と突進してボールを奪おうとする。接触が起きる。笛が吹かれる。舞花は手を挙げてファウルを認める。これで舞花は5ファウルで退場となる。代わりに梨央が入る。
普通なら高岡C高校のスローインで再開される。
しかし審判はフリースローの指示をした。
その瞬間、分家さんは「しまった」という顔をした。矢作先生は「気付いたか」という顔をした。春貴はまだ分かってない!なんでフリースロー?と首をひねっている。
このクォーターは、中まで進入してのシュートが多く、またお互いに相手のボールを奪おうとしてファウルがかさんでいた。H南高校が4つ、高岡C高校が3つファウルをしていた。
今の舞花のファウルはチームにとってもこのクォーターで5つ目のファウルだった。
この場合、防御側のファウルに対しては攻撃側にはスローインではなくフリースローが与えられるのである。しかし分家さんはポイントガードで実はシュートが苦手である。特にフリースローは大の苦手である。
しかしファウルされた選手以外の人がフリースローを代わることはできない。(負傷したり退場になったりしてプレイできない場合を除く)
分家さんがフリースローラインに就く。審判からボールをもらう。気持ちを落ち着かせるため数回ボールをドリブルする。そしてゴールを狙って撃つ。
入らない!
審判からボールが再度渡される。
分家さんから見て左側には、河世(H.165)・鳩川(C.165)、右側には梨央(H.163)・寺下(C.170)・秋奈(H.162) と並んでいる。(他の4人はフリースローラインより後ろに居る)
分家さんはここで“わざと”シュートを外した。
つまり舞花がファウルしたのは、攻撃権をこちらにもらうためである。相手にフリースローを与えてしまうが、フリースローが一番苦手っぽい分家さんを狙った。ポイントガードはそもそもあまりシュートに慣れてない。フリースローが苦手な選手を狙ってファウルするのは常套手段である。そして基本的に負けている側のファウル戦術というのは正当な作戦として認められている。審判もそういうケースでは微妙なのも積極的にファウルを取れと言われている。
さてここで分家さんが“万一”2投目のフリースローを入れてしまうと、試合はH南高校のスローインから再開される。舞花の狙い通りである。確実に攻撃権をH南高校に渡してしまう。
ところが2投目が入らなかった場合(*28)、ボールが外れた瞬間からリバウンド争いになる。すると高岡C高校(味方)の寺下がリバウンドを獲ってくれる可能性がある。
(*28) リングには当てなければならない。リングにも当たらなかったら(例えば直接バックボードに当たって下に落ちたような場合は)H南高校のスローインから試合は再開される。
なお時計は、リバウンドの場合は誰かがボールに触れた瞬間から計時再開される。スローインの場合はスローインされたボールが誰かに触れた瞬間から計時再開される。
ボールがリングの端で跳ね返った瞬間リバウンド争いになるが、H南高校の梨央がボールを確保した。(寺下さんの居る側に投げたが梨央の方が近くに居る)
梨央がパスを出そうとするが、高岡C高校は美奈子に2人付いている。
向こうとしてはこんな場面で絶対に美奈子にボールを渡せない。それで仕方無いので梨央は「ビナ!」と言いながら(フェイント)、夏生にロングパスを出した。夏生は美奈子に比べると精度が落ちる。ここはスリーを狙わずに確実に2ポイントシュートを撃とうと思う。ゴールにできるだけ近い位置まで行く。それで3mほどの位置からシュートを撃った。
ゴールして115-116.
この試合で初めてH南高校がリードを奪った。残りは6秒である。向こうは速攻を掛ける。パスの連携でスモールフォワードの府中さんがボールを持った。シューティングガードの鷹野さんには美奈子、加茂さんにも梨央が付いている。
少し遠いがもう時間は無い。
府中さんはスリーポイントラインの少し外7.5m(*29) ほどの位置からシュートする。腰を落とし膝のバネを使って慎重に狙った。
河世がブロックしようとするが及ばない。
そして府中さんがシュートしてすぐ試合終了のブザーが鳴る。
ボールは美しい放物線を描き・・・
ゴールに直接飛び込んだ。
(*29) スリーポイントラインは6.75m。それから1m近く離れている。
高岡C高校は歓喜となる、H南高校は河世と美奈子以外、ガックリと座り込んでしまった。
整列が促される。
「118-116で高岡C高校の勝ち」
「ありがとうございました」
両軍感激して泣く。負けたH南高校だけでなく勝った高岡C高校も涙があふれていた。もはや悲しくて泣いてるのか嬉しくて泣いているのか分からなかった。お互いハグしあって健闘を称える。
しかし高岡C高校の逃げ切り勝ちかと思われたところから、舞花のプレイを起点に物凄い展開があった、
春貴も晃も泣いていた。矢作先生も泣いていた。
ロビーに出てから、矢作先生が寄ってきて春貴に言った。まだ涙が乾いてない。
「そちらの高田妹、そして3年生もまだ入っているチームと本戦前に練習試合させてよ」
「こちらはもっと強くなってるよ。今度こそそちらに勝つかも知れないよ」
「うん。それでもいい。手加減無しで。フルパワーのH南高校と再度対戦したい。こちらももっと強くなってる」
「愛佳ちゃんと舞花ちゃんもいい?」
「やります、やります」
それで両者の練習試合が12月に行われることが決まり、3年生の引退は延期されたのである。
日和は言った。
「ぼく§§ミュージックへの返事はその練習試合の後にする」
「おお、日和ちゃんがやる気を出している」
「日和ちゃん、E級コーチの資格取る?」
「あ、頑張ります」
「よしよし」
それで彼女もコーチの講座を受けることになった。
「それとぼくも練習後のモップ掛けします」
「うん。頑張ってね」
彼女は6月頃は100m走るのに1分掛かっていたのが、8月下旬には40秒くらい、今は25秒くらいで走れるようになってきた。(筋肉も付いて胸も大きくなってきたのでは?)
なおこの日は試合後「やけ食い」と称して津幡のアクアゾーンの焼肉屋さん(物凄く換気が強く安全度が高い)で焼肉をたくさん食べた。お肉もそのまま外気にはさらされてなくて、全てフードパック(紙製!時間を置くと漏れるから持ち帰り不能!)に入れて提供される。タッチパネルで頼むと、配膳ロボットが持って来てくれる仕組みである。むろん食べ放題で、性別によらず1人120分で3600円(税込み)。
春貴は部員たちの食べっぷりを見ていて、男女共通料金というのは正しいなと実感した。(春貴の負担は64,800円:あっという間に宝くじの賞金を食い尽くしたりして)
11月7日(月)朝。
彪志(月子)は朝食にはスウェットの上下で出たのだが、そのあと自分の部屋で会社に出掛ける準備をしていたら、千里さん(出産した千里さんではない)が入ってきて言った。
「私、グレースに叱られちゃった。あのビジネススーツはさすがに安物すぎって。だからもう少しいいの買ってきたから」
それで青山の袋に入ったレディススーツを手渡した。
「グレースって?」
「よく分からないけど、“千里たち”の調整をしていた2Aが妊娠出産であまりお仕事できないから、代わって“千里たち”全体の調整をしている千里みたいなのよね」
「はあ」
やはり千里さんって3〜4人いるのかな?などと思う(←3周ほど周回遅れ)。
「今日からはこれ着て会社に行くといいよ」
「いや、会社には男物のスーツで行きますよ」
「あり得ない!せっかく性転換手術まで受けて女の子になったのに(←グレースから教えられた(*30))、男装して会社に行くなんて」
と“この”千里さんは言っていた。
(*30) グレースは単に「彪志君、性転換しちゃってる」と言っただけだが、1番(ブレンダ)は「性転換手術を受けた」と思った。グレースやロビンはなぜ彪志が性転換させられたのか、だいたいの理由を想像している。
なお、フランスのLFBも日本のWリーグも新しいシーズンが始まっているが、LFBには昨年のシーズンに参加した2B、Wリーグには千里1が参戦している。この日の朝、青山のレディススーツを月子に渡したのもこの千里1.千里2Aはまだ出産後の休養中。千里3は地下のラウンジで、ひたすら楽曲を書いている。(グラナダの青葉Rもたくさん書いている)
今期Wリーグに1番が参戦することにしたのは、1番がかなり復調してきているのを、2Bも3も感じたからである。もう2017年に事故に遭う前くらいのレベルまで戻っていると思った。しかも千里1は小学4年生の時に体細胞を採取してIPS化し、それを育てて作った卵巣を持っており、千里2や3より実は卵巣年齢が11歳若いというのもあったのである。
実際レッドインパルスに出て行った千里は
「キャプテンの動きが凄く若返ってる。まるで別人みたい。これは20歳くらいの選手の動きだ」
とみんなに驚かれていた。
でも若い選手みたいな失敗もするので(*_*)\バキッ☆
「あの〜、千里さんの妹さんとかではないよね?」
などと言われていた!
秋風コスモスは、広橋窓佳マネージャーを通して、タレント及び信濃町ガールズの高校3年生メンバーたちに高校卒業後の進路予定について確認した。該当者は下記である。
白鳥リズム:タレント専業になるつもり
中村昭恵:女優専業になるつもり
大仙イリヤ:あけぼのTV専業になるつもり
斎藤恵梨香:大学に行くつもりは無いのでお仕事ください
夢島きらら:ぼくどうしましょう?
斎藤恵梨香に関しては現在地上波でバラエティの雛壇要員を1件している他はドラマの端役、CM制作の端役など、“細かく”“安い”仕事が割と多いが大半の仕事は“斎藤恵梨香でなくてもいい”仕事である。
彼女に関しては給料制(残業手当あり)の裏方の仕事に回ってもらえないかと打診。本人も「そのほうが生活が安定する」として了承した。裏方的仕事の中には中高生タレントのリハーサル要員の仕事も含まれる。今佐藤ゆか・南田容子などがしているような仕事である。多分無茶苦茶忙しくなり、残業手当で手取りはとても大きくなる。たぶん給料の半分の税金を払う羽目になる。
彼女は高校卒業と共に信濃町エルフに移籍することになる。
信濃町ガールズ(狭義):基本的に中学生以下
信濃町ミューズ:中学校を卒業したメンバー(年齢制限無し)(*32)
信濃町エルフ:ミューズを卒業したメンバー(*31)
(*31) エルフの定義は曖昧である。川崎ゆりこ説では社員契約などに切り替えてスタッフなどに転身した子。川内峰花説では22歳を過ぎたらエルフに移行。2022年秋時点でのメンバーは下記。
悠木恵美(22) 常滑舞音のマネージャー
木下宏紀(20) 招き猫バンド
篠原倉光(19) 同上
桜井真理子(21) ♪♪ハウスに出向。Flower Sunshineに参加
安原祥子(20) 同上
しかしゆりこ説でも、花ちゃん説でも定義と一致しない!
(*32) 現在ミューズの最年長は三田雪代(20).
彼女は今更歌手デビューなどする可能性は無いが、物凄く忙しい。収入はデビューしている花咲ロンドなどより、よほど大きい。
コスモスは彼女には若い歌手の制作指導などをしてもらいたいと思っている。
夢島きららに関しては、コスモスが直接面談し
「まず男になるか女になるか卒業までに決めなさい」
と言った。それによってしてもらえる仕事が変わってくる。実は彼はそこがずーっとふらふらしているので、これまでも凄く使いにくかったのである。
彼は
「ぼくは男にはなりたくない」
と言って既に睾丸は除去している。
でも完璧なクローゼットで、女装で人前に出るのは恥ずかしいと言っている。男子寮には、女子制服で通学しているメンバーが多いが(*33) 、彼はいまだに男子制服で通学している。ただし更衣室は“男の娘更衣室”を使用している。また学校ではほとんど女子とみなされ、男女に分かれて何かする場合は女子に入っている。実際彼の手を触った感触は女の子の手である。
それでもまだ女装生活に踏み切れないでいるようである。
(*33) 男子寮の住人の服装事情は下記である。
普通の男子
西宮ネオン(23), 三国舜(中3), 立山煌(中2)
男子制服で通学
夢島きらら(高3)
クラスメイトたちからは「女子制服着ればいいのに」と言われているが「そんなの恥ずかしー」と言っている。でもうまく乗せられて結構女子制服姿をみんなの前で曝している。「女子制服着たら女子にしか見えない」と言われている。去勢済みなので体質が中性的である。最近女声をやっとマスターした。
実はそれで女役を頼めるようになり、彼も仕事なら女装する。仕事で女装姿を曝すのは平気である。
女子として通学
早幡そら(中3), 七石プリム(中1)
この2人は女子にしか見えないのをいいことに、性別を誤魔化して女子として通学している。女子と一緒に身体測定を受けても何の問題も起きていない。
女子生徒扱い
花園裕紀(高1)
学籍簿上は男子であるが、実質女子であるとして女子制服で通学し、女子トイレ・女子更衣室を使用し、身体測定も女子と一緒に受けている。それで何も問題は起きていない。彼は男性器が自然消滅してしまったので実は中性。お仕事でも男役・女役の双方をこなしている。
でも母には娘、姉には妹とみなされている。この付近が木下君と似ているが、木下君は女装で人前に出るのがわりと好きである。
女子制服を選択
川泉パフェ(中3), 鈴原さくら(中2), 三陸セレン(中3), 山鹿クロム(中3)
4人とも男子生徒だが、女子制服を“選択”している。従って男子制服は着てはいけない。最初川泉パフェが「前の学校では女子制服の直用を認めてもらっていた」と主張し「だったらこの学校でも女子制服でいいよ」と認めてもらった。パフェは女性ホルモンを4年間飲んでおり、既に男性機能が消失していることを申告している(医師の診断書提出済み)。
彼女に女子制服での通学を許可した学校側から、鈴原さくらにも「女子制服で通学したくない?」と打診があった。「したいです」と言ったら保護者に“制服選択申請書”を書いてもらって、許可された。彼女は睾丸除去済みである(あらためて医師の診断書を提出した)。
この2人が女子制服通学しているのを見て「いいなあ」と言っていたセレンとクロムに、さくらは「君たちも学校に相談してみては?」と言った。それで2人は教頭先生に相談した。すると保護者から“制服選択申請書”を書いてもらったら検討すると言われた。それで2人は実家に連絡して申請書を書いてもらい提出した。
すると“限定”で女子制服での通学を認めてもらったのである。パフェたちとの違いは下記である。
制服:どちらも女子制服
行事での整列:女子の並び
トイレ:パフェ・さくらは女子トイレ、セレン・クロムは共用トイレ
体育のグループ分け:パフェ・さくらは女子、セレン・クロムは考慮
更衣室:男の娘更衣室
身体測定:個別測定
つまり男性能力の無いパフェとさくらは女子トイレまで使っていいが、セレン・クロムは校内では女子トイレを遠慮してほしいということになった。(そうしないと“彼らが”女子生徒たちに逆レイプされかねない)
また体育はパフェ・さくらは女子扱いだが、セレン・クロムは“考慮”する。多くの競技では女子と一緒だが、柔軟運動、柔道は女性教師と組んでと言われた。でも2人とも剣道を選択している!それはもちろん男子と柔道で組みたくないからである。
この付近はもし2人が男性能力が無くなった旨の診断書を提出したら再考してもらえることになっている。
でも本人たちは今まで男子制服を着るのが嫌で嫌でたまらなかったので、女子制服を公式に着ることができて、とても嬉しかった。
11月8日(火).
夕方、伏木の青葉L(妊娠中)の部屋にスペインにずっと行っている青葉Rが来る。
「今日封印するんでしょ?Lには無理だから、私がやるね」
「了解。なにそのお腹は?」
「疑似“妊娠中”」
「なるほどー」
ふたりはしばらく情報交換しながら、囲碁を打っていたがRが勝ちまくる。
「Lちゃん、弱くなってる〜」
「うん。“月子”にも負け続けた」
「月子ちゃんにも負けるって相当のもんだね」
「今の霊能力ではとても封印なんてできないみたい」
「ああ。虚空さんでさえ妊娠中は酷かったもんね」
「言ってたね!ただ。抽選とかは無茶苦茶当たるんだよ。こないだもビール一箱当たったの、マコちゃんに持ってってもらった」
「あそこは飲む人がたくさん居るだろうね!」
邦生と真珠のマンションは、女子行員たちの休憩所にされており、泊まっていく子も多い。ビール・チューハイ、カップ麺などの消費も激しい。冷蔵庫のお肉なども勝手に使われ!て、朝から焼肉になったりする。
17時頃、明恵が来たので、Rが出て行ってサンルームで応対した。一方Lは千里の部屋から地下に隠れた。ここだとトイレもあるから安心。
「アキちゃんだけ?」
「マコは卒論に問題が発覚して今必死に修正しています。明日までに直して提出しなければいけないらしくて」
「ああ」
「マコの守護霊が介入したんですかね」
「まあ危険な作業とマコちゃんの守護霊さんは判断したんだろうね」
「しかし今夜は皆既月食ですね」
「うん。それも月食中の月が天王星を掩蔽(えんぺい)するという珍しいダブル食」
「なんかすごーい」
「でも天王星って見えるんでしたっけ?」
「6等星だからギリギリ見える。ただ都会では見づらいかもね」
「ああ」
「普段の食の時は月が明るすぎて見えにくいんだけど、今回は月食中だからかなり見えやすいらしいよ」
「へー!」
「一応金沢での予報は、潜入が20:34、出現が21:26」
「おぉ。でも多分その間に封印作業するんですよね」
「そそ。大きな天体イベントなのに申し訳無い」
「まあ皆既月食より面白そうだし」
「しかしだったら私と青葉さんだけでやりますか?」
「封印は4人でないとできない。多分ここにあと2人“自分の身は自分で守れる”人が誰か来ると思う」
「ああ」
と言っていたら、庭に青いヴィッツが入ってきて駐まった。降りてきたのは千里である。
「このヴィッツ、久しぶりに見た気がする」
「春頃から行方不明になってたのをやっと見つけ出した」
「どこにあったの?」
「廃車置き場のスクラッププレス機に掛けられる直前を救出した」
「へー」
「でもこれで最後の役目を果たしてもらえる」
「あ」
「こういう大物の封印には生け贄が必要だからね。この車にその犠牲になってもらう。今回の仕事が終わったらこの車は廃車にする。手元に車が無いから完全な廃車手続きができずに困ってたんだよ」
「あのー、もしかしてこれ仮廃車されている車ですか」
「そうだけど」
「運転していいんですか〜?」
「ばれない、ばれない」
「それじゃ出発する?私と青葉とアキちゃん・マコちゃんの4人ならできるはず」
「すみません。それが真珠(まこと)が卒論の修正を明日の朝までにしないといけないらしくて」
「ああ、守護霊さんか“姫様”が逃亡させたな」
「たぶん」
「仕方無い。少し待とう。きっと誰か“強い人”が来るはず」
「へー」
それで3人でお茶を飲みながらミスドのドーナツなど食べて待っていたら、月が欠け始めた頃、女子中学生?が困ったような顔をして庭に迷い込むように入って来た。彼女は女子制服を着ているが、下はスカートではなくスラックスである。
「日和(ひより)ちゃん、どうしたの?」
と千里は掃き出し窓を開けて、彼女に声を掛けた。
「あ、村山さん」
と日和はホッとしたように言った。
明恵は日和を見た瞬間「何この子、物凄い霊感」と思ったが特に口にはしない。しかしこの子は封印に参加できると思った。
そしてこの子“ザ天下”の撮影で、忍城の姫様の役をしていたということも思い出す。凄く可憐な姫様という雰囲気なのに槍や剣を持つと凄く強く感じた。この細い腕で重たい日本刀(一応模造刀)とか持てるかなと思ったのにちゃんと持っていた。気合も凄かった。きっと剣道経験者。
その子が
「なぜか道に迷ってしまって」
と言うので
「その話、詳しく!」
と明恵は言った。
「その前にトイレ借りていいですか〜?」
「どうぞ、どうぞ行ってきて」
と言って明恵がトイレの場所を案内してあげる。
それで日和はサンルーム近くのトイレに案内してもらい、便器をアルコールで拭いてから、スラックスを下げショーツを下げて便器に座り、おしっこをした。その時「え!?」と思った。
股を覗き込んで、驚いた。
うっそー!?
無くなってる!
おしっこは随分長時間出ていた気がする。でも出終わった後も日和はそのまま3分くらいボーっとしていた。やがてハッとしておしっこの出て来たところを拭くと立ち上がって服を直した、水を流してトイレを出る。
日和がトイレを済ませて出てくると、まずは暖かい紅茶をもらった。
「美味しーい!」
と声をあげる。
「どこのお茶ですか?」
「南インドのカンナンデヴァンという村で作ってる紅茶」
と千里が説明する。
「へー。なんか難しい名前ですね」
「うん。私もすぐ忘れる」
などと明恵は言っている。
「でも日和ちゃんお腹空いたでしょ。お稲荷さんでも食べない?」
「頂きます」
それで千里の助手・小楢が作ってくれた稲荷寿司(*35)を美味しそうに食べる。
日和は稲荷寿司を1個だけ食べた。
「私たちおやつ食べてたし、もっと食べていいよ」
「お稲荷さん1個も食べたらもうお腹いっぱいです」
「はあ?」
「この子凄い少食なんだよ。マクドのハンバーガーを半分残しちゃう」(*34)
と千里が笑って言った。
「ハンバーガーを半分残す?」
「だってあれ大きいじゃないですかー」
「うーむ・・・」
「もっと食べないと、おっぱい大きくならないよ」
「よく言われますー」
取り敢えず日和の話を聞く。
が
日和の話は要領を得ない! でも明恵が想像を働かせ、千里が補ったりして話を構成すると、だいたいこういうことであった。
日和はバスケット部員である。普段の部活は18時までなのだが、この日は少し体調が良くなかったので最初のジョギングだけ参加して、そのあとは帰らせてもらった。バス停まで2kmほど歩き、バスに乗って自宅最寄りのバス停で降りた。バス停の所の自販機でポタージュスープを買おうと思ったが売り切れていた。仕方無いのでそのまま帰宅しようとしたが、バス停から自宅になぜか帰れない。
自宅近くだと思うのに、ここからはこう帰ればいいはずと思う方向に歩くのに到着しない。疲れ果てて座り込んでいたが、母に連絡しなければと思って電話しようとしてもなぜか電話できない。圏外ではなくアンテナが3本立ってるし、ニュースとかは見れるのに電話やメールができない。スマホにナビしてもらおうと思ったがナビでは辿り着けない。
疲れたので再度座り込んでしまった。しばらくボーっとしていたら突然周囲が変わった。立ち上がって10歩も歩いたら人がいるのを見たのでここに来てみた。
「電話もメールもできないのか」
「誰かに電話して助けてもらうという方法は無効みたいね」
「でも日和ちゃん、だったらお母さんに連絡したほうがいい。きっとここなら電話が通じるよ。あ待って。良かったら4時間ほど付き合ってくれないかな。そのあと自宅まで送り届けるから」
千里さんもこの子に封印に参加してもらうことを考えたようだ。この子のパワーなら無事なハズ。念のため彼女には千里さんか青葉さんがガードを付けるだろうし、と明恵は思った。
「はい。いいですよ」
と日和は答えた。
それで電話するが彼女の話は要領を得ない!
結局千里が途中で代わって、ついでに4時間ほど借りる承諾も得た。何より千里が彼女のバスケット部を時々指導しているプロバスケット選手、というので信頼してもらえたようである。
「日和ちゃん、整理して話をするのがあまり得意ではないみたい」
「ぼくの話はさっぱり分からないといつも言われます」
「そういえば日和ちゃんどこの中学?」
「H南高校です」
「高校?」
「ああ、この子、中学生に見えるけど実は高校生なんだよ」
と千里が説明する。
「うっそー!?」
「ぼく高校1年です、と言っても中学1年と思われるんですー」
「だからこの子の家では妹さんのお下がりをこの子が着る」
「なるほどー」
「基本的に成長が遅いよね。だから生理が始まったのもこの夏だし」
「ああ。でも生理が始まったのなら、これから背丈とかも伸びるかもね」
と明恵は言った。
「みんなからそう言われます」
(*34) マクドナルドのことを“マクド”と言ったことから、この千里が関西に住む4か2Bであることが想像される。
結局この事件は、千里2Bと青葉Rという“グラナダ組”が処理したのである。
(*35) キツネが稲荷寿司を作った。でも10個作る内2個は自分で試食した!
「そういえば、日和ちゃん“ぼく少女”?」
活発な感じの女の子の“ぼく”は違和感無いが、こういう可憐で華奢な美少女の“ぼく”は珍しい。ところが日和は言う。
「ぼく男の子ですー」
「は?」
千里が言う。
「ああ、この子男の子だと自分では主張している。でも事実上女の子だけどね。おっぱいあるし、生理あるし、こうやって女子制服を着てるし」
「男の子になりたい女の子?」
「むしろ女の子になりたいよね」
と千里が言うと、かぉっと顔を真っ赤にして俯き恥ずかしがっている。
青葉と明恵が思わず顔を見合わせる。
「だからこの子、女子中学生に見えるけど実は男子高校生」
「うーん・・・」
「いや高校生は信じるとして男子なんて絶対嘘だ」
「みんなにそう言われてる」
「だいたい男の子に生理があるわけない」
「全く」
「まあ取り敢えず封印作業には参加資格があるはず」
と千里。
この封印は“魂的に”女性でなければできない。日和が魂的に女性なのは明白である。そして明恵も千里も彼女は自分の身を自分で守れるだけの霊的な力があると思った。彼女は占いなど覚えると凄い占い師になりそうだ。話術に問題があるけど!(きっとクライアントは何を助言されてるのか分からない)
「ミッション中は本名を呼んではいけないから、君は金沢チョコということで」
「はい」
金沢ドイル:青葉
金沢コイル:千里
金沢セイル:明恵
金沢パール:真珠
金沢メール:初海
金沢ウール:幸花
金沢クール:邦生
金沢メッセ:双葉
金沢チョコ:日和
---------------
金沢ムーン:月子
日和は芸名が“入瀬コルネ”なので“チョココルネ”からの連想で“金沢チョコ”にした。でもそもそも“ひより”が本名なのかは微妙。
双葉は「お姉さんがメールだから妹さんはメッセージで」と言われた(本人は“シュメール”を希望した)。
青葉が白い巡礼服のようなものを配る、この場で着替える。日和は女子下着を着けていた。ブラジャーはAカップっぽい。でもバストはちゃんとあるのが確認できる。ショーツには膨らみが無いし、やはり女子の身体であるようだ。
この4人で車に乗る。更に車には九重も乗った。千里が運転して出発する。
(青葉Rから千里への直信依頼で千里は小楢を青葉Lのために残した)
千里が運転席、九重が助手席、後部座席に青葉(R)・日和・明恵の3人が乗る。青葉も日和も身体が小さいのでヴィッツの座席でも、そう狭くない。
出発する時、月はもう半分くらい欠けていたが走っている最中にどんどん欠けが進行する。西海老坂交差点を曲がった後は、しばらくあまり人家などの無い地域が続く。千里は国道160号を北上していく。窓の外の闇を見詰めながら日和は5ヶ月ほど前のことを思い起こしていた。
バスケットの練習が終わってから帰ろうとして何かよく分からない所に迷いこんだ。古風なドレスを着た上品な貴婦人が居て、お茶みたいなのを勧められたので飲んだら中将湯みたいな味がした。
(↑なぜその味を知っている?だいたいこんな状況で出されたものを飲むとか極めて危険)
ルーレットをやろうと言われて、玉を投げ入れた。玉は赤の23で停まった。
「あら、あなた性別変わるわよ」
「え〜?そうなんですか?」
「あなたちんちん生えてきて、殿方になれるわよ。良かったわね」
と女の人は言った。
え〜っと、ぼく今男なんですけど?と思ったところで目が覚めた。どこから夢だったのか判然としなかった。
でもトイレに行くと、お股の形が変わっていて、女の子のような形に変わっていた。ちんちんはあったがタマタマは無くなっていて割れ目ちゃんみたいなのがあった。おっぱいとかは特にできてなかった。でもお腹の下の方に何か暖かいものがある気がした。
その半月後に生理が来た。そのあと5ヶ月間。自分は男なのか女なのかよく分からなかった。ても、ちんちんがある以上男だと思っていた。でもさっきトイレの中で見ると、ちんちんが無くなって、完全な女の子の形に変わっていた。今車に乗る前に再度トイレに行った時も、やはりちんちんは無かった。
ぼくもしかして女の子になっちゃった?
千里が運転する車は、やがて氷見市街地を通り抜け、3日前にも来た九転十起の像のところまで来る。しかしそこで停まらず、千里はその公園の左側の道を登った。
「あの像の所じゃないんですか?」
と明恵が訊く。
「封印のポイントはもっと山の上なんだよ」
千里はぐいぐい道を登り、かなり山奥に入る。そして完璧に森の中で車を停めた。千里と一緒でなければ不安を感じるような場所である。
「みんな降りていいよ」
と言って千里が真っ先に降りる。他の4人も降りる。
この時青葉は念のため雪娘に日和を守るよう命じた。また蜻蛉を明恵に付けた。雪娘は普段は青葉Lに付いているのだが借りて来た。Lの傍には海坊主もいるから大丈夫のはず。
月は完全に欠けて実質闇夜であるが、車のライトで視界は利く。
「あ」
と明恵が声をあげる。
「石碑が倒れてるね」
と青葉。
どうも車がぶつかったか何かしたようで古い石碑が元々填めてあった台座から抜けて倒れている。(*36)
「これ撮影できます?」
「大丈夫だよ。この妖怪はいたずら好きなだけで基本は優しいから」
と千里が言った。
それで明恵は倒れている石碑を撮影した。
「古い石碑みたいですが、何と書いてあるんですかね」
「捲土重来(けんどちょうらい)」(*37)
「ああ」
「どういう意味ですか?」
と日和が訊く。
「負けても再起を図れということ」
「へー」
「まあ九転十起と類語だね」
「俺の出番ですね」
と九重が言う。
「よろしく」
それで九重が石碑を起こして台座の穴に戻した。
明恵は驚かないが日和は
「おじさん。すごーい!」
と尊敬というより憧れのまなざしで見ている。
千里は念のため「少なくとも高校卒業するまでは彼女が望んでもセックス禁止」と九重に直信しておいた。こういう霊力の強い子は精霊好みでもある。勾陳と違って九重はレイプはしない(と言ってる)が「来る者は拒まない」性格である。
更に九重は手で持ってきた容器の中に入れていたセメントを石碑の周囲に敷き上にベニヤ板を載せて足で踏み固めた。
「じゃ女子4人でこの石碑を囲んで」
「女子で囲むのなら、俺はいいですよね」
と九重。
「うん。参加したいなら女の子に変えてあげるけど」
「俺が女になっても変態にしか見えませんよ」
「じゃ撮影してて」
「了解〜」
と言って彼は明恵からカメラをあずかり構える。
4人の女子で石碑を取り囲む。“女子”と言われたが、日和は「たぶんぼくも女子でいいんだよね」と思って一緒に石碑を取り囲んだ。なんか“風”のようなものを感じて反射的に“心理的なバリア”を張った。
明恵は「ここ霊圧凄い」と思って石碑のそばに寄るとすぐに霊鎧をまとった。見ると千里さんも青葉さんもしっかり霊鎧をまとっている。日和ちゃんを見るとかなり強力な霊鎧をまとっている。「この子凄っ」と明恵は思った。
「じゃ***の真言を私、ドイル、セイル、の3人で唱える」
と千里は言う。
「あの祝詞じゃないの〜?それに***の真言ではこの“ふた”完全にはしまらないと思うけど」
と青葉は驚いて言う。
「だからいいんだよ。理由はあとで説明する」
「分かった」
「ぼくは唱えなくていいんですか?」
と日和。
「大丈夫だよ。ただ黙祷するような気持ちで」
「はい」
それで千里・青葉・明恵の3人で真言を唱えた。
カチッという小さな音がして、霊圧は弱くなった。
「かかりましたね」
と明恵。
「うん。かかったけど封印はどうもここだけではないみたい」
と青葉。
(それが分かるのは、さすが青葉Rである)
「全部で5ヶ所あるんだよ。ここはその内のひとつ。“藪入り君”たちとしては、この封印を治してほしかったんだろうね」
と千里は言っている
「コイルさん、どうしてこの封印の場所が分かったんですか?」
と明恵が訊く。
「先日あの像のところに来た時、波動を感じたよ。ただすぐ月食があるからそれまで待った。月食の最中はより小さな力で封印できる」
「へー」
“あれで”小さな力なのか、と明恵は思った。けっこう消耗したのに。やはり青葉さんや千里さんのパワーって物凄い。真珠は逃げて正解かも。
「私には分からなかった!」
と青葉。
「妊娠中のせいだよ」
「なるほどー」
実際には青葉Rも今日像のところまで来た時に「あ、誰か助けを求めてる」というのが分かった。でも土曜日に来た妊娠中のLちゃんには分からなかったろうなと思ってそういう演技をした。
「これで藪入りは出現しなくなりますか?」
「いや出るよ」
「え〜〜?」
「ただ頻度が元に戻るだけだよね」
と千里。
「私もそう感じた」
と青葉。
(*36) この物語はフィクションです。このような石碑はありません。この付近は熊も出ますので、安易に立ち入らないで下さい。
(*37) 始皇帝が作った中国最初の統一王朝・秦(しん)は始皇帝の後、一応2世皇帝が立てられたものの全国的に反乱が起きて、皇帝に祭り上げられた人物には全く対処能力が無く収拾が付かなくなる。そして秦は始皇帝の死後ほんの数ヶ月で滅亡した。その後の支配権を巡って項羽と劉邦が争い、劉邦はひたすら負けたがその度に逃亡しては再起した。
しかし最後は劉邦が勝利し、項羽は自害した。
劉邦(漢の初代皇帝)は“九十九回負けて最後に1回だけ勝った男”と言われる。いわば九十九転百起の人である。
千年ほど後の詩人・杜牧は「項羽は逃げ延びていればまた再起できたろうに」と彼の“諦めの良さ”を惜しんだ。
題烏江亭/杜牧
勝敗兵家事不期
包羞忍恥是男兒
江東子弟多才俊
捲土重來未可知
戦いの勝ち負けは軍事の専門家にも分からないものだ。
恥を忍び、巻き返しを図るのが、男子たるものである。
(項羽の地元)江東には才能に優れた者も多い。
砂塵を巻き起こす勢いで再度攻撃していれば結果は分からない。
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【春三】(4)