【春三】(3)

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打合せが終わってから明恵は2階(*16)の自分の部屋に行った。青葉と真珠は青葉の部屋に行くが
 
「凄い!美しい!」
と真珠が声をあげる。
 
「うっそー。彪志がこんなに美しくなるとは」
と青葉は驚いている。
 
「お母さんが夕飯持って来てくれて、これ見られたけど、笑われるかと思ったら『美しい』と言われた」
「うん。美しい!」
 
「1回邦生さんにきれいにメイクしてもらった後で、教えてもらいながら自分でやってみた」
と彪志。
 
「自分でやったんだ!」
 
「邦生さん教え方うまいから、だいぶ覚えた。特にアイライナーとかは他人にされるのは怖い」
と彪志は言っている。
 
「うん。あれは自分でやらないと怖い」
「俺、マコに何度か眼球にアイライナー刺された」
「ごめんごめん、手元がくるうんだよ」
 
「てっきり変なものができてるだろうから笑ってやろうと思ってきたのに」
 
それで美しくメイクした彪志を愛で、記念写真なども撮った。
 
「じゃぼくたち上に行ってますから」
と行って邦生は真珠と一緒に2階の部屋(*16)に行った。
 
彪志はメイクを落として、青葉が面白そうに彪志のおっぱいを揉んだりしてその日は寝た。
 

(*16) 明恵や真珠が頻繁にこちらに泊まるので“千里が”播磨工務店を動かし、北側の第2リビングの上に2階を作った。ここは東側に高さ7mのピアノルームがあるので。ここに2階を作っても全然目立たない。また太陽光パネルの周囲には壁があるのでいるのでまぶしくはない(そうしないと近隣も迷惑)。つまり太陽光パネルからの形殺は防いでいる。
 

 
現在の部屋割り当て
201 真珠・邦生
202 (空き)
203 明恵
204 初海
 

2022年11月4日(金) 0:00.
 
松崎元紀が口述試験の過去問題集を読んでいたら、0時の時報ととも唐突に“魔女っ子千里ちゃん”が現れた。
 
「こんばんわ、元紀ちゃん。ぼくは男の娘の味方“魔女っ子千里ちゃん”だよ」
 
何度来ても毎回名乗るんだなと思う。
 
「今日の約束だったよね。これに署名して」
と言って渡されたのはこんな書類である。
 
性別訂正届
福岡家庭裁判所御中
令和4年11月4日
 
氏名 松崎元紀
生年月日 平成15年6月2日
住所 福岡県福岡市西区◇◇X丁目XX番XX号
本籍地 薩摩川内市**町**番地
戸籍筆頭者:松崎元紀
 
性別が誤っていたので正しい性別を届出ます。
 
訂正前性別:男
訂正後性別:女
 
申請者署名:
 

『今日の約束って何だ?』と思いながら取り敢えず署名捺印する。
 
「OKOK。じゃこれ裁判所に提出しておくね。1ヶ月後くらいには法的にも女性になれるよ。じゃねー」
と言って、魔女っ子千里ちゃんは姿を消した。
 
「ちょっと待って。それほんとに裁判所に提出するの〜?」
と元紀は焦った。
 
(きっと真和との勘違い。しかも真和に言ったのは「法的に女の子になりたくなったら呼んでね」ということだった。それが「法的に女の子になる」と話が変わっている)
 

ところでH南高校女子バスケットボール部のメンバーは10月5日に千里のアドバイスで全員オーダーメイドのスボーツブラを注文した。9月25日の練習試合までは全員普通のブラを使っていたのだが、この日既製品のスポーツブラも買って帰ったら、それだけで全員動きが見違えた。
 
オーダーしたスポーツブラは10月23日(日)に届いたのだが、これを着けるとまた各々の動きが物凄く良くなった。ただ一部から声が出た。
 
「これあまりにも軽快に身体が動くからこのブラ自体に慣れるまでは試合に使うのはかえって危険」
 
それでH南高校の女子バスケット部員たちは10月29-30日の試合ではこのオーダーメイドのスポーツブラを使用せず、通常のスポーツブラを使用した。
 
そして翌週。
 

2022年11月5日(土).
 
H南高校女子バスレット部はウィンターカップ富山県予選準決勝に臨む。
 
春貴は前日、3年生の愛佳と舞花を呼んで宣言した。
 
「晃ちゃんは少なくとも来年の3月までは練習試合の類い以外では使わない」
「どうしてですか」
と舞花が訊く。
 
「彼女の経歴が参照されて、今年の6月まで男子生徒として通学していたことが判明した場合、参加資格について議論される恐れがある。すると中央の委員会で審査されたり、向こうの指定した病院で徹底的な審査をされたりして本人にとってはとても辛いことになる可能性がある。彼女はそんな試練に耐えてまで性別を変更する意思は無い。学校でも本人の性別意識はまだ揺れている。だから今は無理するのはやめよう」
 
それは春貴自身が辛い思い、様々な屈辱に耐えながら乗り越えてきた道である。晃を見ていると、女の子になりたいどころか、男の子に戻りたいような雰囲気さえ見られる。彼女の気持ちが固まるまでは性別移行は待った方がよいと春貴は判断していた。
 
いったん女子として公式戦に出たら、もう社会的に男子に戻ることは許されなくなる。
 
「そうですね。彼女抜きでも私たち強いですよね」
と愛佳キャプテンが言う。
 
舞花はやや不満そうであるが、キャプテンの言葉に従った。
 
「うん。君たちは強い。頑張ろう」
「はい」
と2人とも言った。
 
あとで春貴自身で部員達全員の前で説明した、それでみんな納得してくれた(と思う)。日和がドキドキした顔をしていた。こちらは本当に女の子になりたい感じである。ただ女の子として扱われるのをまだ恥ずかしがっている。
 

それでこの準決勝・決勝では晃はウィンドブレーカーを着て春貴の隣に座り、スコアを付けながら実質アシスタントコーチの仕事をすることになった。ただ試合前の練習などには、主としてシュートの妨害役などととして参加する。
 
インターハイ予選でBEST4になった学校の“シード順”は、高岡C高校、富山B高校、H南高校、高岡S高校だった。この内、高岡C高校、富山B高校、H南高校、そして高岡S高校を準々決勝で破った富山S高校が今回はベスト4に進出している。
 
すると、シード順の1−4,2−3が今回の準決勝でぶつけられるので、準決勝の組合せは、高岡C高校−富山S高校、H南高校−富山B高校となった。
 
ということで相手の富山B高校は今年春の大会・夏の大会(インターハイ予選)の準優勝校である。過去に何度もインターハイ・ウィンターカップ・皇后杯に出たことがある、富山県の最強校のひとつ。春貴は春休みに自分にバスケットを指導してくれたアキさんがここの出身だったなと思い起こしていた。
 
あれ?ここ出身の人の飼いネコだっけ??
 

それで富山B高校との試合が始まるが接戦となった。
 
H南高校も春の時点からすると物凄く強くなった。しかし富山B高校は物凄く強いチームである。もし決勝戦に進出すれば高岡C高校と1点差を争うゲームをするだろうと思った。
 
こちらも夏以降だいぶ守備の練習をするようになったが、さすがに今のレベルの守備力では、富山B高校の進入はほとんど止められない。かなりフリーに近い状態で撃たれてしまう。そしてシュート精度もいい。
 
しかし晃が出ないというので河世がかなりリバウンドで頑張った。向こうの174cmのセンターさんと対等に渡り合い、シュートが入らなかったボールの半分はこちらが獲った。
 
一方でこちらは向こうの制限エリアにはとても入れない。向こうの守備はうまい。しかし中に入れなくてもこちらはミドルシュートでどんどん点を稼ぐ。美奈子も夏生もスリーが好調である。
 
それで両者の実力差は明らかなのに、得点自体ではけっこう競っていく。
 

ただ向こうはあまり交替要員を使わなかった。
 
このレベルでは交替要員を使うと、そこが穴になると判断したようである。スターターの4-8番以外では、9-11番のみを時折使い、12-18番は最後まで出てこなかった。
 
そしてどちらのチームもとてもファウルの少ない、クリーンなゲームだった。
 
おそらく事前の情報収集で、このチームはシュートの精度がいいので、無理に停めようとするとファウルがかさむということ、5ファウルで主力が退くと、ゲームバランスを崩すということを把握していたのだろう。
 
最後は取りつ取られつのシーソーゲームとなる。1点差・2点差の状態でリードする側が目まぐるしく入れ替わるが、最後はこちらが2点リードしている状態から相手シューターさんが美しいスリーを撃つ。
 

相手シューターさんがボールを持った瞬間。舞花が美奈子を見た。それで美奈子は理解して走って行く。
 
相手シューターのゴールが決まる。向こうの1点リードとなる。残りは5秒である。審判がボールを愛佳に渡す。愛佳がボールを受け取るとすぐに大きく振りかぶって遠くにいる美奈子に向かって投げる。
 
富山B高校は完全に油断していた。5秒しか残さなければもう攻撃は無理と思っていた。しかし愛佳のボールは大きな放物線を描いて飛んで行く。美奈子と相手ポイントガードさんとでボールを取り合う。2人の手がボールに触れた瞬間、時計が動き出す。
 
美奈子はそのボールをしっかり獲った。そして腰を落とし膝のバネを使ってゴール目がけてボールを撃った。
 
撃った瞬間、試合終了のブザーがなる。
 
みんなの視線がボールの行方を追う。
 

ボールはバックボードにも触れずにゴールネットを通過した。
 
審判さんがスリー成功のジェスチャーをする。
 
H南高校の得点が3つ増える。
 
H南高校は歓喜に沸いた。
 

整列する。
 
「67対65でH南高校の勝ち」
「ありがとうございました」
 
両者握手したりハグしたりして、健闘を称え合った。
 

ロビーに出てから最後に美奈子とボールを取り合った向こうのポイントガード・波並さん(2年)が夏生に声を掛けた。
 
「H南高校さん、物凄く動きが進化してた。北信越大会で見た時とはまるで別のチームだった。凄く動きがスピーディーになってた。最後も綾野(美奈子)さんの動きに気が付いて追いかけたけど追いつけなかった。一瞬指は触れたけど、こちらの体勢が不安定でボール奪えなかった。無理してファウルすれば綾野さんならフリースローで確実に逆転されるし(←この辺の一瞬の判断がさすが)」
 
「富山B高校さん、物凄く強い。実力では完全に負けていた。でも何とか勝てた。でも確かに北信越大会からは進化したかも」
と夏生は答える。
 
「やはり夏休み合宿とかしてたの?」
「ううん。今回の進化はブラジャーのお陰」
「はぁ?」
「いや、私たちコーチも含めて素人集団だったから、ブラジャーのこと何も考えてなくて普通のブラで試合に出てたから。たまたま練習を見に来てくれたプロの女子バスケット選手に指摘されて夏にみんなスポーツブラを買ったら動きが見違えた。瞬発力が画期的によくなったし、走る速度もみんな1割は上がった」
 
「なるほどー。噂に聞いたけど、そちらの奥村先生ってバスケットは今年の春から始めたんだって?」
「そそ。それまでは国体にも出た水泳選手だったんだよ」
 
波並さんは言った。
「違うジャンルでもその道を極めた人の指導は違うかもね。H南高校さんは来年が怖い」
「そう期待されるように頑張る。そちらも頑張ってね」
「うん」
 
波並さんと夏生は再度握手した。(多分この2人が来季のキャプテン)
 

控え室に帰るとみんな再度歓喜の渦である。日和と弘絵(今日の試合では出場機会が無かった)(*17)に買ってきてもらったコーラで祝杯をあげる。
 
「何とか。勝てたぁ」
「向こうはほんとに強かったね」
「うん。実力では完全に負けてた」
「まあよく勝てたね」
「たぶん5回試合したら1回くらい勝てるレベルだけど、その1回だった感じ」
 
「次やる時までには、5回の内2回勝てるレベルになろうよ。そしたらその2回目でまた勝てるかも」
 
「そのくらいの進化なら何とかなるかも」
 
「取り敢えず明日も頑張ろう。東京のもんじゃ焼きも美味しいらしいよ」
「あ、いいですね。スカイツリーもまだ見てないから行ってみたいなあ」
「横浜の中華街もいいですね」
 
「今日は取り敢えずピザでいいです」
「はいはい」
 
ということで富山市内でピザを10枚!買い、選手14人、マイクロバスを運転してくれた松夜のお父さん、春貴の合計16人で食べた。春貴は6枚くらいでいいかなあと思ったのだが「先生10枚にしましょう」と河世が言ったので10枚買ったら、きれいに無くなった。高校生の食欲は、なかなか凄い。
 
(*17) 弘絵は元々「マネージャーでも良ければ」と言って入ったほぼ“頭数合わせ”のメンバーである。しかし彼女よりずっと運動能力の低い日和が居るので一応選手として出ている。しかし下位の試合以外ではほとんど出番が無い。春貴は現在彼女にE級コーチの講座(オンライン)を受けさせているところである。
 

伏木の青葉邸。
 
11月5日(土)の早朝、千里姉が「通り掛かり」といってやってきた。青葉は今回の事件が山場に入ったのを感じた。取り敢えず千里姉は自分の部屋で休んでいるが乗ってきた車がオレンジ色のオーリスなので3番さんかなと思った(←青葉は全く進化してない)
 
(オーリスは本来2番の車だが2番は出産直後でまだ動けないから、きっと3番が使ったのだろうと思った。1番はこういう大きな車を好まない)
 
またこの日は10時頃、初海がやってきた。編集部には双葉がお留守番しているらしい。初海は
 
「また2件、詳細の分かった報告があった」
と言ってレポートを持って来てくれた。千里姉も呼んで一緒に聞く。
 
(24男)自宅から700mほどの郵便局でお金を下ろそうと思ったらカードを忘れてきていることに気付き、結局降ろせなかった。自宅に帰ろうとして迷子になった。どうしても自宅に近づけない。1時間ほどひたすら歩いていたが疲れたので道路傍の石柱のようなもののそばに座り込んでしまった。スマホを膝の上に置いてしばらくボーッとしてたらスマホのエモパー(*18)が「お帰り!今日は7654歩歩きましたよ。今日の目標歩数を達成しましたね。やったー」などと話し掛けて来た。それでハッとしたら、よく見ると自宅マンションの近くなので1分で帰宅した。
 
「エモパー!」
「そうかスマホのAIが話しかけて来ても迷路から抜け出せるのか」
「これはうまい手ですね。積極的に推奨しましょう」
とみんなの意見が出る。
 
青葉や真珠はこれで解決策が見付かったと思ったのである。
 

しかし初海は「そういう訳でもないみたいなんだよ」と言って次の報告を読む。
 
(19女) 大学で指導教官の部屋に行ったが、お留守だった。しかたないので帰ろうと思ったが、大学構内で迷子になった。あちこち歩くがどうしても校門まで到達できない。それで疲れていったん座り込みスマホに「ヘイ、シリ。ファミリーマートXX店までナビ」と呼びかけた。それでSiri(*18)は「はい。ファミリーマートXX店までナビします」と答えたものの、Siriの案内通り歩いててもどうしても校内から出られない。疲れて渡り廊下で座り込んでいたら、友人に声を掛けられた。学内で迷子になったと言うと笑われたが、彼女が正門前バス停まで連れてってくれた。それで帰れた。
 
「シリではだめなの〜?」
「エモパーはよくてシリはだめって外国製はNGとか」
「まさか」
 

(*18) エモパーはシャープのスマホに搭載されたAIアシスタント、Siriはアップルのスマホに搭載されたAIアシスタント。この類いのものには他に、Google Assistant, Yahoo!音声アシスト、AmazonのAlexa、docomoのmy daiz、などがある。
 

「うーん。違いが分からん」
と言っていたら、千里が分かったようである。
 
「エモパーはスマホに搭載されているAIアシスタントの中で唯一、向こうから話しかけてくるんだよ。シリにしてもGoogle Assistantにしてもこちらから話しかけなければしゃべらない」
 
「あ・・・」
 
「他にもいくつかおしゃべりするアプリはあるけど、みんなこちらから話さないと何もしない。どうもこの妖怪の迷路解除条件は、誰かに向こうから話しかけられるということみたいただね」
 
「そういうことか」
「じゃ117とか177じゃだめですかね」
「やってみる価値はあるけど、駄目な気がする」
「だったらシャープのスマホ推奨ですか」
 

「いやエモパーも話しかけてくるのは自宅のみ。自宅以外の職場とかでは話しかけてこない」
「確かに職場で話しかけられたら迷惑だ」(*19)
 
「今回の事例ではたまたま自宅の近くに居て自宅のwi-fiがそこまで届いていたのだと思う。だからエモパーは自宅に戻って来たと誤認した」
 
「ああ」
「じゃたまたま自宅近くまで来ていたということですか」
「家庭用のwi-fiは自宅から20mくらいは届くからね。その範囲ならいける可能性がある」
「なるほどー」
「偶然の産物か」
「でもこの人、守護霊が凄く強いと思うよ。だから“偶然”近くまで行けた」
「私も思いました!」
と明恵も言った。青葉も頷いていた、
 
「でも今日の二人はどちらもずっと歩き回らずに座って待ってるね」
「やはりそれがいいみたいですね」
「7-8時間歩き続けたら普通の人は倒れますよ」
「最初の5例は全員体力があったんだな」
 
あとで確認したらコンビニに寄った女性は、結構座っててコンビニで買ったおやつを食べてたと言っていた。他の4人は全員スポーツ経験者だった。
 
(*19) エモパーは自宅以外にも1ヶ所おしゃべりを許可する場所を設定できるので旅行先で自分の居るホテルなどを設定することも可能、
 

「だけど今回のような迷子のなりかたって登山してて山で迷子になった状況と似ている気がするのだけど、あきちゃん白山・立山・富士山と登ってるよね?」
 
「おっ、凄い。日本3名山制覇」
 
明恵はVサインをしているが答えた。
「山で道に迷った時の基本は引き返すことです」
「あぁ!」
 
「迷子になった時、いちばんやってはいけないのが新たな道に入ることですよ。それは更に迷うだけです。素人は、この道を行けば方角的に正しい方向に行けるのではとか考えるんですが、それは更に迷うことにしかなりません」
 
「素人はやりがちな気がする」
「女装っ子のC子さんも、正しい道に行けないからって、別の道を進んで、状況が悪化してますね」
「ああ」
 
「先輩が言ってたんですけどね。経験的にだいたい2つ前の分岐まで戻ると、たいていそこは正しい道だって」
 

「迷ったら2つ前まで戻れって、ちー姉も言ってたね」
「それは私が小さい頃に緩菜から教えられたこと」
「・・・ちー姉が小さい頃って緩菜ちゃんまだ生まれてないと思うけど」
「前世の緩菜ね」
「・・・いいことにしとこ」
 
千里姉の話って概して時系列がメチャクチャだと青葉は思った。
 
「ただ『2つ前まで戻れ』というのは、道を間違ってから分岐を2つ進んだところで道を間違ってることに気付くということだから、勘の悪い人はもう少し先まで行ってから気付く。そういう人は3つくらい戻った方が良いかも」
 
「ああ」
 
「とにかく戻って分岐まで来た所で地図などをよくよく確かめる。正しい道に来てたのに修正しようとしてわざわざ違う方向に行っちゃうとか、ありがちだし」
 
「勘の悪い人はそれもやりがちですね」
 

「戻ろうとしてうまく行かない場合は、できるだけ安全な場所、できれば雨風しのげる場所で動かないことですね、むやみに動き回るのは単に体力を浪費するだけです」
 
「やはり最後はそれですよねー」
「ただ自分が行方不明になっていることに気付いてもらう必要がある。そのためには登山届けは必ず出しておくこと。登山の場合は“ココヘリ”(*20)を持っていくことですね。今の時代、あれを持って行くのは必須だと思います」
 
「今回の事件の場合はとにかく6〜8時間程度経てば解除されるみたいですしねー」
「非常食、たとえばカロリーメイトみたいなのをカバンのポケットとかに入れてて常時持っておくといいですね」
「備えあれば憂い無しだな」
「バランスパワーでもいい?」
「私はソイジョイ派」
「お好きなのを」
「ウォーキングする人とかたいてい非常食にチョコ持ってるよね」
「そうそう。チョコは即効性があるしね」
 

(*20) ココヘリとはGPS発振器。行方不明になった時、これを使うと早く救難ヘリに見付けてもらえる。わりと安価にレンタルできる。こういうの無しで、山で遭難した場合
 
(1) 物凄い捜索費用が掛かり、それを遺族が負担することになる。ヘリの料金は2時間で100万円ほど掛かり、2週間捜索すると数千万円に及ぶ。
 
(2) 遺体が見付からないと失踪宣告まで7年かかり、それまで死亡保険金が出ないし、預金なども引き出せない。住宅ローンなど抱えているとそれも遺族の負担になる。
 
(2)の問題は見落としている人が多い。
 

11月5日(土).
 
墓場劇団の公演生中継が2ヶ月ぶりに行われたが、今回も死国巡礼との合同公演でやはり火牛アリーナからの中継となった。今回の脚本は地獄大佐と泣原戦死が共同執筆した『冥土喫茶の午後』である。
 
いつもながら、くだらないダジャレの連続だが、観ていた人たちはお腹の皮がよじれるほど笑い転げた。また歌音・アリアの姉妹の美少女ぶりが魅力的で男性ファンがずいぶん増えたようであった。
 
ベテラン・コメディアンの山田次郎さんが「墓場劇団に笑いの原点を見た」というコメントをtwitterで発信し、12月にはあけぼのTV系列で全国で視聴できることになった。また12月公演では.再度見たいという声の強かった『クラインの墓穴』を再演することになった。
 
(これまではホーライTV単独で中日本限定だった。ただしホーライTV・あけぼのTVなどの有料会員は全国から視聴できた)
 
境界迷子の性別について議論が起きていたが
「ぼく男の娘でーす」
と本人が明るーくtweetしていた。
 
「女の子みたいな声出すのうまいね」
「だいぶ練習しました(←嘘つけ)」
「迷子ちゃんなら男の娘でも結婚したい」
「ぼくバイだから男の人でも満足させてあげる自信あるよ」
「おーすごい!」
 

11月5日(土).
 
元紀はこの日の試験のために前日4日に§§ミュージックのホンダジェットで佐賀空港から熊谷市の郷愁飛行場に運んでもらい、SCCの車で浦安市に入って市内のホテルに泊まった。
 
性別訂正の書類を書いたことは取り敢えず気にしないことにする!
 
5日朝、ホテルの部屋でコンビニ弁当を食べた後、部屋で女性用のビジネススーツを着て、お化粧は特にせず(化粧水・乳液と口紅だけで)ホテルを出る。SCCの車で司法試験予備試験の口述試験がある、法務省浦安総合センターに出掛けた。元紀はトラフィックのメンバーなのでタクシーの使用は禁止されている。
 
試験は2日間で、今日が民事、明日が刑事である。
 

最初に受付をする。受験票の写真と本人の容貌には特に差は無い。が、性別を確認される!
 
「すみません。書類では男性となっているのですがお声を聞くと女性のお声に聞こえるのですが」
「ああ。なんかこういう声に変わっちゃったんですよ」
「ご病気か何かですか」
「よく分かりません。ついでに性別も変わってしまったので今裁判所に性別訂正を申請中です」
「ああ、そういうことですか。性転換手術を受けられたんではないんですね?」
「違います、自然に性別が変わったんです」
「なるほど」
 
多分“魔女っ子千里ちゃん”が自分を女性に変えてくれるだろうと思い、もう予定でそういうことにしておく。もう4ヶ月ほどフルタイムRLE(*21) していて、今更男として生きる気持ちは無くなっている。真和は女の子の身体になっちゃったみたいだけど、多分自分もその道だろう。“魔女っ子千里ちゃん”は骨格を少しずつ女性的にしてあげると言っていたけど確かに骨格が少しずつ変化しているのを感じる。
 
「裁判所の判断が出たら、訂正届けをすみやかに提出しますので」
「了解です」
 
それで受け付けられて、試験室番号と順番札をもらう。スマホは電源を落とし、渡された封筒に入れて封じる。会場を出るまで、この封筒は開けられない。
 

(*21) RLE Real Life Experience. 性別を変えたいと思っている人がその新しい性での実生活を経験すること。元紀は論文式試験の終わった7月中旬以降、ほぼ女の服を着て生活しており、既にそれが4ヶ月ほど続いている。
 

そして集合室(通称:体育館)に入る。
 
手を振ってる女性が居る。同級生の典実ちゃんである。彼女も女性用ビジネススーツである。もっとも彼女は紺色、こちらはグレイである。こちらも手を振って隣に座る。他の受験生の邪魔にならないよう、小声で話す。
 
「緊張しない?」
「平常心、平常心。口述試験は“通してくれる試験”だから」(*22)
「そうだよねー。ねぇ、もときちゃんの受験票見せて」
「いいよ」
と言って元紀は自分の受験票を見せる。
 
「女子にしか見えない!」
「そうかな」
「私のも見せてあげるね」
「可愛く撮れてる。写真屋さん?」
「そそ。元紀ちゃんのは証明写真機?」
「うん。私も写真屋さんに行くべきだったか」
「ただし写真機以下の写真屋さんも半数居るから注意」
「ありそう!」
 
(*22) 毎回口述試験は95%程度の合格率である。しかも受験生がたまたま詳しくない問題に当たっても、試験官は結構ヒントをくれる。予備試験で難しいのは口述試験に至るまでの、短答式と論文式。どちらも合格率が20%程度で両方通るのは 0.2×0.2=0.04 と 4%程度の合格率になる。
 

その後は各々参考書を読みながら待機する。やがて先に典実ちゃんが呼ばれる。その30分後に元紀も呼ばれて待機室(通称:発射台)に移動する。5分ほどで呼ばれて試験室に入る。
 
それで口頭試問を受けたが、問答は気持ち良い流れで進んだ。試験官も笑顔である。10分程度で終わる。
 
終了室に行くと典実ちゃんが居て手を振っているので隣に座る。
 
「どうだった?」
「一応スムーズに応答できたかな」
「こちらも何とかなった感じ」
「よかった」
 
やがて帰って良いですよという指示があるので(*23)会場を出る。彼女はタクシーを呼ぼうとしたが
「あ、待って」
と言って元紀はSCCの車を呼んで自分のホテル経由で彼女のホテルに送ってもらった。
 
「§§ミュージックとの契約で公共交通機関の利用が禁止なんだよ」
「へー!」
 
遊びに来ているなら一緒に食事でもしたい所だが2人とも明日も試験がある。
 

(*23) 口述試験は午前組と午後組に分かれる。元紀や典実は午前組であった。午前組は午後組が集合室に全員入るまで終了室に留め置かれる。携帯電話やパソコンも使用できない。午前組から試験問題が漏れないようにするための処置。午後組は終了室無しで口頭試問が終わるとそのまま帰ってよい。
 
(元紀と典実は多分同級生だからなおさら同じ組に入れられた)
 

元紀はコンビニに寄ってサンドイッチと飲み物を買ってホテルに戻った。そして遅めの昼食を食べると、とりあえず寝た。
 
夜8時頃目が覚め、コンビニで晩御飯と明日の朝御飯を買ってくる。そして御飯を食べてから少し勉強し、12時頃には寝た。ここまで来たら勉強に時間を使うより体調を整えておいたほうが良い。
 

11月6日(日). 元紀は再びまた浦安総合センターに出掛けて今度は刑事事案に関する口頭試問を受けた。終わった後、今日は典実ちゃんと一緒に“テラス席のある”ファミレスに移動して一緒に昼食を取った。
 
「外食も禁止だけど、屋外席とか、風通しの良い広いフードコートとかのあるところだけが例外」
「なるほどー!」
「でも冬になると屋外席はきつい気もする」
「確かに!今の時期が限界かもね」
 
「しかし何とか口述試験も終わったねー」
「後はまな板の上の鯉の気分で結果発表を待つだけだね」
 
それで2人で暖かいチューハイとピザ・チキンで予備試験合格(を信じて)前祝いをした。
 

(11/5 12:00)
 
青葉たちが打ち合わせていたところに邦生(もちろん女装!)がお昼御飯のトレイをワゴンに積んで持ってくる。
 
「くにちゃんありがとう」
「それより青葉ちゃんさあ、せっかく彪志さんこちらに来てるのに放置してていいの?」
と邦生が心配して言う。本来プライバシーに突っ込みすぎだが同級生のよしみである。
 
「ああ大丈夫。放置プレイ中だから」
 
邦生が真珠を見る、すると真珠は言った。
 
「青葉さん、S市の旧人形美術館跡がきれいにポケットパークとして整備されたらしいんですよ。見に行きませんか」
「あ、それもいいかな」
 
それで、千里のオーリスを使い、千里・青葉・真珠・明恵、それに“女装の”彪志の5人で見に行くことにしたのである。
 
「なんで僕も行くの〜?」
「青葉さんのお守り役」
「ああ」
とそれで彪志は納得する。
 

「でも男物に着替えさせて」
「大丈夫ですよ。青葉さんの友人女性と紹介しますから」
「そんなあ」
「彪志さん、女名前があるんでしょ?教えてください。現地で男名前では呼びにくいから」
「えっと・・・月子かな?moon child」
「へー」
「こないだうちの会社の女子がこんな名刺作っちゃって」
と言って、鈴江月子の名刺を配る。
 
「すごーい!とうとう女性として勤務するようになったんですか」
「違うよ。あくまでジョークだよ。僕の他に課長にも女性モードの名刺を作っていた」
と彪志は言い訳する。
 
「あのぉ、月子さんの会社ってヒマということは?」
「ああ、それで係長に叱られてた」
 
青葉はニヤニヤしている。青葉も1枚名刺をもらい
「これからは月子ちゃんと呼んであげるね」
などと言っている。
 
(この時点で彪志はこの番組が全国に放送されることに思い至ってない)
 
なお彼は番組上の仮名は“金沢ムーン”にした。(まんま!)
 

それでそのメンツで、真珠と明恵が交替でオーリスを運転してS市に向かうことになった。真珠が撮影を担当する。
 
出掛ける前に着替えるが、青葉はあまりお腹が目立たないセラフィン(ブランド名)のドレスを着る。明恵と真珠は2階の部屋で取材用のスーツに着換えて来た。明恵はアニエスベー、真珠はコムサである。千里も自分の部屋でシャネルのビジネススーツに着替えてきた。
 
“月子”はスーツならと思い、研修で着たイオンのビジネススーツに着替えたのだが、千里に駄目出しされる。
「なあにぃ?月子ちゃん、そんなパートのおばちゃんが着るような安物はダメだよ」
と言う。
 
だってこれ千里さんがくれた服じゃん!と思う。
 
(浦和の家で彪志に女物の服を渡したのは安物好きの千里1、ここに居るのはそれとは別の千里である)
 
が千里は自分のサンローランのビジネススーツを貸してくれた。
 
「多分私の服なら入るだろうと思ったけど入ったね」
「青葉さんの服なら入らないの確実でしたね」
 
桃香の服だとウェストが大きすぎる。そもそも桃香は高い服を持っていない!
 

それで出掛ける。まずは県道32号に出て西行する。
 
「(妊娠中の青葉に負担がかからないよう)ゆっくり走りたいから七尾までは下道を通っていきましょうか」
と言って高岡北ICには行かず西海老坂交差点を直進せずに右折した。
 
この時“誰が”下道を行きましょうと言ったのか、誰も覚えていない。
     ┃  ┃
     ┃ ↑ ┃
     ┃R160┃
━━━━━┛  ┗━━━━
←高岡北IC   ←伏木
━━━━━┓  ┏━━━━
     ┃ ↓ ┃
     ┃至R8┃

能越自動車道よりずっと立派な!国道160号を北上する。
 
氷見市街地を通過する。左手にマックスバリュー、右手に氷見漁港などを見ていく。稲積交差点(氷見北IC入口)を過ぎると道は細くなる。県道18号(石川県中能登町へのショートカット)のある阿尾の集落を過ぎる。右手に小さな港が見えた時、彪志(月子?)が
「あ」
という小さな声をあげる、
 
「どうしたの?」
「いや何か銅像が立ってるなあと思って」
「ああちょっと戻ってみましょうか」
と言って明恵は脇道を利用してバックし、その像が立っているところに就けた。
 

何か像が立っていて、左手に車を停められる所がある。どうも廃校になった小学校のようである。ポケットパークになっていて小学校のトイレが使えるようだ。
 
「トイレ行っておこう」
と言って青葉が行く。明恵と真珠も行く。千里さんが月子に
「青葉の付き添いでしょ?月子ちゃんも行かなきゃ」
などと言う。
「あ、はい」
 
それで結局全員トイレに行く。
 
青葉、明恵、真珠、千里が女子トイレに入るが、月子はモジモジしている。
 
「月子さん、入らないんですか?」
「いやちょっとその・・・」
「普段は女子トイレ使っておられるんでしょ?月子さんの容貌ならこちらに来ても咎められることないですよ」
「むしろ男子トイレに入ろうとしたら咎められるよね」
などと青葉が言っている。
「付き添いさん、頑張れ」
「あ、はい」
ということで月子も女子トイレに入った。しかし女子トイレ内の彪志を見て青葉は「かなり女子トイレ慣れしてる。女装外出の経験は長いとみた。実はかなり前から女性指向があったんだな」と思った。きっと結婚までは隠していたのだろう、と思う。
 
それで全員トイレを済ませてから銅像のところに行ってみる。
 

「九転十起の像?」
 
解説の文書を読むと、横浜の海浜地帯の開発をし、京浜工業地帯の父、またセメント王とも呼ばれた浅野総一郎という人の像らしい。横浜・川崎・東京などにも像が立っているのだが、出身地のこの氷見市藪田の地にも2008年に銅像を建てたということらしい(*25).
 
若い頃にたいへん苦労したが知人から「七転び八起きで足りなかったら九転十起(*24) しろ」と言われて頑張り、ついに成功したのだという。
 

(*24) 浅野総一郎 (1848-1930) と同時代の人でもう1人、九転十起を座右の銘にしていた人がいた。やはり事業家として成功した広岡浅子 (1849-1919) である。ふたりは生年が近いし、同じ“浅”という字を名前の一部に持つが両者に特に接点は無さそうである。広岡浅子はNHKの連続テレビ小説『あさが来た』(2015)でも取り上げられた。
 
(*25) ここの浅野総一郎の像は、川崎市の東亜建設工業のコンクリー製の像から型取りをして作ったブロンズ像で、制作を担当したのは高岡市の竹中銅器である。元々高岡の銅器は地場産業になっている。
 
この像のコピーが2009年氷見漁港にも設置されたが、そちらの像は2012年に群馬県渋川市に寄贈され、2023年現在、浅野財閥が建築した佐久発電所近くのふれあい公園に氷見市を向いて立っている。
 
浅野総一郎の像はこの他に、横浜市の浅野中学校高等学校、東京都江東区のアサノコンクリート深川工場、富山県砺波市の小牧ダム近くの庄川水記念公園などにも立っている。
 

せっかく寄ったので、記念写真も撮る。
 
月子が
「ぜひ自分が撮影したい」
と言って、青葉(金沢ドイル)・千里(金沢コイル)・明恵(金沢セイル)・真珠(金沢パール)が銅像の下に並んでいるところを月子がルミックスで撮影した。
 
でも真珠がテレビカメラで撮影した分にはちゃんと月子ちゃんが写っているから意味なーい!
 
青葉は説明文をなにげなく見ていて
「え?ここ藪田って言うの?」
と訊いた。真珠が答える。
 
「ここ確か昔は藪田村でした。氷見市に併合されたんですよ」(*26)
「なるほどー」
と青葉は頷くように言った。
 
(*26) 藪田村は1954年に氷見市に併合された。この銅像が立っている場所は、かつての藪田小学校の跡地で、同小学校は近隣の阿尾小学校と1996年に合併され、海峰(かいほう)小学校となった。
 

ここで運転手は明恵から真珠に交替し、国道160号で七尾市まで行く。ここでまた明恵に交替して能越道に乗り、別所岳SAでまたトイレ休憩する。今回は月子は素直に最初から女子トイレに入った。真珠が運転して能越道を走り、能登空港IC(実質JCT) から珠洲道路に移る。そして駒渡パーキングで最後の休憩をした。もちろん全員女子トイレに入る。
 
そして14時半頃、目的地の旧人形美術館跡に辿り着いた。
 
現地には薫館長と遙佳・歩夢の姉妹も来ている。両者挨拶する。
 
「きれいに整備されましたねー」
「崖崩れ危険地帯であることには変わらないので大雨が降ったら立入禁止になります」
「でないと危ないですよね!」
 
「でもここまで来る道も綺麗になってたからびっくりした」
「美術館の移転先の案内図まで建てて頂いて」
「この案内板が無かったら、とうとう美術館は潰れたか。儲かってなかったみたいだもんねー、とか噂されている」
と遙佳が言っている。
 
ともかくも、こちらの4人、向こうの3人で記念写真を撮った(撮影は月子ちゃん)。なお月子については、青葉のケアをしてくれている人と説明したので、きっと看護師さんか何かと思われた雰囲気だった。女でないとは誰も思わなかったようである。
 
だいたい月子が女声を使っていたので青葉は「なるほどねー」と思った。
 

結局その日はレストラン・フレグランスでお食事を頂いてからS市内のホテルに宿泊した。日帰りするのは、青葉本人はいいとしても、青葉の胎内の赤ちゃんが辛いだろうとというので一泊することにした。
 
月子はもちろん青葉と同室(ツイン:宿泊名簿にも鈴江青葉・鈴江月子と書いたので姉妹と思われたかも)だが、今日こそ“肉体の秘密”を unveil されるのではと不安だった。しかし青葉は部屋に入って部屋付きのお風呂に入ると
 
「ごめーん。少し疲れたみたい。セックスしなければ私の身体自由にしていいからね」
と言って眠ってしまった。
 
やはり疲れたんだろうな。体重も赤ちゃんの分重くなってるし、と思い、青葉の唇にキスしてから自分も眠った。
 

夜中にふと目が覚める。スマホのバイブが鳴っているのに気がつく。
 
見ると千里さんからのメールである。
 
「青葉は起こさないようにして、青葉の持ってるトートに入っている巻物をこちらの部屋に持って来て。私の部屋は514」
とある。
 
青葉のトートを探ると確かに何か巻物のようなものが入っている。
 
それを持って514号室に行く。ここは青葉と月子が515, 明恵と真珠が516である。
 
「これですか」
「そうそう。青葉も修行が足りないよね。これが読めないなんて」
と言って千里は、月子には白紙に見える巻物を見ながら?、別の和紙に筆で書写始めた。
 

書写は凄く丁寧に1時間ほど掛けて半紙2枚に恐らく1000字程度の文章を書いた。月子は椅子に座ってスマホを見ていた。千里さんが書写を終えたようなので声を掛ける。
 
「草書ですか」
「そうしょー(そうそう)」
「えっと」
「この程度は青葉も読めるでしょ」
「やはりある程度の霊感があるとその元の巻物の文字が見えるんですか」
「この巻物はモニターみたいなものだね」
「ああ」
「その向こうにあるデータベースを読む。修行を積んでないとそのデータベースにつながらない」
「やはり大変な修行なんですか」
「まあ普通の人には耐えられない。私もこの修行のせいで死んだからね」
「え〜〜!?」
「持ち帰ってテーブルの上に置いてて」
「はい!」
「それと“封印の実行は11月8日”と伝えておいて」
「11月8日火曜日ですね」
 

「月子ちゃん、プレゼントあげるからショーツ脱いでスカートめくって下半身が露出するようにしてそこに寝て」
「え〜〜〜!?」
「変なことはしないから。ちなみに君が性転換手術を受けちゃったのは知ってる。君が性転換しても青葉は平気だよ。でも月子ちゃんは、まだそのこと青葉に知られたくないでしょ?」
「あ、はい」
「君が女の子になりたがってたなんて驚いたけど、取り敢えずバレないように協力してあげるよ」
「分かりました」
 
いつ頃ばれたのかなあと思いながら月子はベッドに横になると、パンティを脱ぎ、覚悟を決めてスカートをめくった。
 
(“この”千里には一目で彼が女体なのが分かった。分からない青葉は勘が悪すぎ(妊娠のせいかも)。でも千里1も2Aも“まだ”分かっていない)
 
「擬装用のちんちんつけてあげるね」
と千里さんは言うと、月子の股間に何かを取り付けていた。途中で腰を浮かせてと言われ、千里さんはそこにベルトか何かを通したようである。
 
「OK。見てごらん」
 

それで月子が上半身を起こしてみると、股間にペニスができている。でも触ってみても「物を触っている」感じである。自分の身体のような感触が無い。しかし凄いリアルで本物みたいに見える。
 
「まあ見た目は誤魔化せる。そしてこの疑似ペニスにはAIが搭載されてるんだよ。だからこのペニスは性刺激に対して自分がどう反応するべきかを知ってる。往復運動させることで勝手に勃起する。興奮が絶頂に達すると疑似精液を射精する、ただしこれ装着してる側はあまり快感が無いから。演技してね」
 
(実際にはFTMさん向け*ィルドーと同様に付け根側の突起がクリトリスを刺激するので結構な快感がある。特にこの疑似ペニスの場合、往復運動がクランクによりクリトリスへの回転運動に変換される)
 
「分かりました!」
 
と答えながら月子は研修で「AI配偶者」というのを習ったことを思い出す。
 
「あと緊急に勃起させたい時は睾丸を強く握れば勃起するから」
「へー」
 
(この機能を持つ*ィルドーは存在する.パートナーが握りしめてあげたりする)
 
「でもこれ高かったのでは?」
「ある会社の試作品。モニター募集中。女性とのセックスも可能なはずだけど、今青葉とはセックスできないだろうから、オナニーとかしたらレポートを書いてもらえばいい。レポートの送り先はここ。何か適当な捨てアドレス作ってそこから送ればいいよ」
 
「はい」
 
「これは薄い人工皮膚のベルトで身体に固定しているから、よくよく観察しない限りバレない」
 
「凄いですね」
「これ尿道とはつないでないから、おしっこは個室でしてね」
「はい」
 
(本当はそれもつなげられるが、月子の“女子化教育”のためにわざとそこはつないでない)
 
「まあ常時装着してると邪魔だろうし、青葉と会う時だけ着けてればいいよ」
「あ、そうですね」
 

それで月子は青葉の部屋に帰って寝た。これが多分午前3時半頃である。
 
青葉は朝4時半頃目が覚めた。隣のベッドで彪志が寝ている。青葉はこの2日間で芽生えていた微かな疑惑:彪志まさかほんとにちんちん取っちゃってないよね?というのを確かめたくなった。それで彪志の毛布の中に手を入れ、スカートの中、そしてショーツの中に手を入れてみた、
 
ペニスがあったのでホッとする。
 
まあ取っちゃっても私は別にいいけとね。その場合、もう男女型のセックスとかフェラとかしてあげられないけど。
 
青葉はつい「サービス」してあげたくなった。やわらかいペニスを揉んだり振ったりして刺激している内に大きくなってくる。そこから往復運動に変えるとペニスは更に大きく堅くなってくる。
 
そして・・・生殺し状態で放置!して自分のベッドに戻ると二度寝した。-

(11/6)朝7時半頃起きてから、青葉は月子から巻き物の解読をしてもらったことを聞いた。
 
「わあやってくれたんだ?」
と言って巻物と千里の字で半紙に書かれた祝詞を抱きしめる。
 
「それで封印の実行は11月8日火曜日と言ってた」
「分かった」
 
8時頃、千里が朝食のお弁当を各部屋に配った。
 
「ちー姉、巻物ありがとう」
と言ったが、千里は
「巻物って何?」
などと言っている。
 
あぁ、やはり夢遊状態で行動してるから、記憶が無いんだなと青葉は思った、
 
 
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【春三】(3)