【春三】(2)
1 2 3 4 5 6
2022年10月22日(土).
ウィンターカップの富山県予選が始まったが、女子では春貴のH南高校や矢作先生の高岡C高校などはシードされているので22日も23日も試合は無かった。ただし、22日の開会式にキャプテンの谷口愛佳と春貴だけが参加した。今回の参加高校は32校だが、22-23日の試合で16校が消えて残り16校となった。
10/22 1回戦 4試合
10/23 2回戦12試合
10/29 3回戦 8試合
10/30 準々決勝4試合
11/05 準決勝2試合
11/06 決勝
1,2回戦不戦勝だったのはインターハイ予選のBest4になった、高岡C高校、高岡S高校、H南高校、富山B高校である。
なお、男子の方は40校の参加であった。H南高校は22日は不戦勝だったが、23日は試合があり、勝ち上がってベスト16に進出した。
10月27日(木).
高田晃は予定より1日遅れ、10月27日に3度目の生理が来た。ただし最初の生理は黒衣魔女の卵巣が引き起こしたものであり、晃本人の卵巣が起こした生理としては2度目である。
「だいたい予定通りに来たね。この生理が終わってから10日くらいまでは卵胞期だから調子のいい状態でウィンターカップ決勝戦を迎えられるよ」
と姉の舞花は言った。
「ぼく試合に出るの〜?」
「何を今更」
「やっぱり出るのはずいよ〜」
「いや、出てもらう。22日に提出したメンバー表ではちゃんと選手登録してるから」
「え〜!?」
ΘΘプロのシアター春吉社長は年末か年明けに発売予定の羽田小牧のアルバムの仕上がり具合を見にスタジオに来た。
「どう?」
「90%くらいの出来と思うんですけどね」
とプロデューサーは言って現在の仮ミックスを社長に聴かせる。
「あと1週間くらいで完成するかな」
と春吉社長は言った。
「まあ小牧ちゃんのスケジュール次第ですかね」
とプロデューサー。
要するに小牧の歌が微妙!ということだが、彼のスケジュールが忙しすぎてなかなか時間が取れないという問題がある。
「あ、そうそう。小牧ちゃん。次の土曜からΛΛテレビの昔話シリーズに入って」
「あ、はい。何の物語ですか?」
「『オズの魔法使い』の続編で『オズの素敵な国』 "The Marvelous Land of Oz" という物語なんだよ」
「またオズの国のガイド役ですか」
「いや今度は君が主人公」
ピクッとする。
「ぼくドロシーとかやりませんよ」
春吉社長にこういう文句が言えるのは小牧以外ではナラシノ・エキスプレス・サービスの海野博晃くらい。(*6)
「ドロシーを主人公にした物語は1年前にビンコ・アキちゃん主演でやったよ。君もガイド役でカメオ出演したね。でも今度の物語にはドロシーは出てこないんだよ」
「そうなんですか(警戒している)」
「前回女の子が主人公だったから今度はティップという男の子が主人公なんだよ」
「へー」(*5)
「オズの国では前回の物語の結果、かかしが王様になっている。そこに女の子の軍団が攻めて来る」
「女の子なんですか!」
「過去の映像化では不良少女の軍団とかにしたみたいだね」
「へー、面白そう!」
「君のファンクラブの子たちに出てもらう?」
「それ凄く怖いです!」
「ああ。レディースの子たちに出てもらうより怖いかもね」
「それもちょっと怖い」
「で成り行きでティップも王様を守って女の子たちと戦う。ブリキの木こりなども協力する」
「ああ」
「第3作にはまたドロシーが復帰するんだけど、ティップは第2作の主人公だね」
「ああ、じゃ第3作ではビンコ・アキちゃんが復帰するんですね」
「まあこのシリーズが来年も続いたらね」
「今の視聴率なら続きそうですね」
ということで、羽田小牧は『オズの素敵な国』に主演することに曖昧な内に同意したのてある。
(*5) この反応で彼が原作を読んでないことが確実である。春吉社長は小牧の周囲の人物に、絶対に彼に物語のネタバレをしないようにと厳命している。ビンゴアキやアクアにまで要請があった。アクアFは要請されて『どんな話だっけ?』と思い、読んでみて爆笑した!
「これを演じられるのは小牧ちゃんの他には居ない!」
と言って大笑いしていた。
Fがその部分がMに流れて行かないようにブロックしているので詳細が分からないものの、Fの態度でだいたい察したMは「小牧ちゃんも可哀想に」と思った。
小牧は、なぜ春吉社長自身がわざわざ“小牧の居る所に来て”出演要請したか、よく考えるべきであった。普通ならマネージャー(フィッシャー長浜)から伝えるか、社長が伝えるにしても小牧を事務所に呼び付けて伝えるはずである。
なお "The Marvelous Land of Oz" は訳本によっては『オズの虹の国』になっているものもある(どこから虹が?)。
(*6) 事務所の売上の多分3割を稼いでいるステラジオは事務所に恩義があるので社長の指示には絶対服従。もっとも春吉もステラジオにはあまり無理は言わない。
ステラジオ、三つ葉、羽田小牧がΘΘプロの現在の三本柱。小牧も三つ葉もだいたい無茶な仕事をやらされている。
ウィンターカップ富山県予選。
10月29-30日は3回戦と準々決勝が行われる。さてH南高校はこのようなオーダーシートを(先週)提出している。
4 谷口愛佳(3) 153 PG
5 高田舞花(3) 159 C
6 山口夏生(2) 154 SF
7 竹田松夜(2) 155 PF
8 原田河世(1) 165 C
9 鶴野五月(1) 152 PG
10 綾野美奈子(1) 158 SG
11 高田晃(1) 165 PF
12 砂井梨央(2) 163 PF
13 菓子弥生(2) 161 F
14 山口一恵(2) 158 PG
15 藤永弘絵(1) 154 F
16 津田秋奈(1) 162 F
-- 吉川日和(1) 148 Manager
つまり晃は選手登録しており、出場可能である。
日和はマネージャー登録で、彼(彼女?)の体力ではモップ掛けもできないので制服での参加にした、春貴は単に「制服で」と言ったのだが、日和は女子制服を着て来た(ボトムはスカート)。でもこの子まだ性別意識が揺れてるっぽいなと春貴は思った。
なお日和は東京のプロダクションから誘われているようだが、まだ返事はしてないと言っていた。とにかくウィンターカップまではバスケ部をやっていたいということである。
なお晃も日和も毎月血中の男性ホルモン・女性ホルモンの濃度を測定してもらい病院で記録を保管してもらっている。数値はプライバシーに関わるので春貴は見ないことにしている。でも舞花は「晃はホルモン的には完全に女性です。出場には全然問題無いですよ」などと言っていた。
H南高校女子は29日に3回戦でJ北高校と対戦した。こことはほんの2ヶ月前に地区リーグで66-84の試合をした。県内では中堅校であり、そこそこ強いチームである。しかし今回はダブルスコアで勝った。春貴はH南高校がかなり力を付けていることを実感した。
春貴はこの日は晃を出さなかった。春貴の隣に座らせ、タブレットでスコアを付けさせるとともに各選手の出場時間を春貴に教えて選手交替の目安にしていた。日和だとスコアを付けきれない。ただし連絡事項やマネージャー会議などは日和にさせていた。
30日の準々決勝は、インターハイ予選の3回戦で当たった“怖いコーチ”のいた学校である。ゴーセイジャー(呉西地区=富山県西部の女性教師のバスケットチーム)の集まりで聞いた噂では、あのコーチは暴力指導していたことを多数の生徒・OGから訴えられ、退職に追いこまれたらしい。
それで今回は優しそうな女性の先生が指揮していた。しかし新しい指導者に代わってベスト8まで上がってきたのは大したものである。前回は85-86と1点差の激戦だったのだが、今回は58-82と結構大きな差が出た。前回は向こうの選手にほぼ自由に進入されていたのが半分くらい阻止できるようになり、それで向こうの得点が減ったようであった。
向こうのキャプテンが
「H南高校さん凄く強くなってる」
と言っていた。
「そちらさんもプレイの精度が上がってる」
「ここ2ヶ月、ひたすらそういう練習してたから」
「またやりましょう」
「うん。今度は1−2年生のチームだけど」
「それはこちらもだなあ」
なおこの試合でも晃はコートインせず、春貴のアシスタントを勤めた。
これでH南高校はベスト4である。同時に1月の新人戦のシード権を獲得した。
なお男子の方は今回3回戦で敗退しベスト16に留まった。これで坂下君たちのバスケット活動は終了した。
なお、試合が終わった後、3回戦の後は、お好み焼き(テイクアウト)、準々決勝の後はモスバーガーをたくさん食べた。
なんか試合の後おごってあげるのが常態化しているが、これ自分の後任の先生が大変かも、とチラッと春貴は思った。
彪志の研修2日目(11/2).
この日は午前中2枠、午後から2枠の研修があった。今日の講習ではAIの様々な利用例が紹介される、現在は法令上も資格を持った人間がチェックしなければならないようになっているものでも、その補助として先にAIに検査させる手はあるという話がある。様々なシステムの自動検査、薬局での調剤の妥当性チェック(間違って10倍処方したとか似た名前の薬剤との混同などをかなり指摘してくれる)、
人間の行動パターンによる本人確認、またChatGPTとかスマホのAIアシスタン(SiriやGoogle Assistantなど) 、それに自動翻訳・自動通訳、アシモ、原発の内部に入り込む自立型検査ロボット(放射線があり電波が使えないのでリモート制御が出来ない)、自動運転車、ロボット盲導犬などについても説明がある。
また自動手術ロボット、特にナノマシンの開発で現在手術困難な部位の手術ができる可能性、人間の手で縫合不能なところの精密縫合ができるようになる可能性についても言及があった。
「脳腫瘍とか脊髄近くの腫瘍とかが安全に摘出手術できるようになる可能性がありますし、帝王切開なども画期的に回復が早くなる可能性があります」
という説明には多くの聴講者が頷いていた。
「性転換手術とかも現在は新しい膣を作った時、その膣の“皮膚下”の縫合が医師には原理的に不可能なので自然に傷が治るまで何ヶ月も痛みに耐える必要があるのですがナノマシンで縫合できると一週間で痛みが無くなる可能性もあります。また性感も現在とは桁違いに良くなる可能性かあります」
と講師さんは言っていた。
また将来の可能性としてAI裁判官などという話も出る。その場合、裁判官AIの癖とかバグを突くAI弁護士が出てくるかも。またそれに対抗するAI検察官が出て来てAI同士の戦いになるかも知れない。民事はより優秀なAIを使った側の勝ち。それで「わが法律事務所のAI弁護士は勝率80%」などと宣伝する事務所が出てくるかも、などという話もあったが、それ全然笑い話じゃないぞと思った。
またAI配偶者などという話もある。相手を最高に気持ち良くしてくれるし、様々な家事もこなせば、楽しい会話もしてくれるAI配偶者が出てくると、結婚と生殖は別という話になるかも。更にはAI介護ロボット、AI子育てロボットという話もある。しかしAIに育てられた子供って怖い、と思った。
4時間目の研修ではAIとの対話を体験した。彪志も1分くらいの対話をしたが、何だか普通に会話が成立するので「すごーい」と思った。
その日は昼食や夕食で青木・由梨に加えて、隣のテーブルに陣取った美原・高島・長居さんという人たちともおしゃべりをしていた。
部屋に戻って今日も24時過ぎにお風呂に行くことにしてそれまで仮眠していた。
アラームを掛けて24時に目を覚ます。シャンプーセットなどを持ち、大浴場に行く。昨日と同じように白虎の湯に入ろうとしたら
「ストップ!」
と言って、後ろから抱きしめられる。(ついでに胸を揉まれた気がしたが、きっと気のせい)
由梨さん!?
「そちらは性転換でもしないと入れないよ」
え?俺やはり男だってのがばれた?
と思ったら彼女は
「今日はこっち」
と言って、彪志の腕を取ると“孔雀の湯”に連れ込んだ。脱衣場では数名の女性が服を着ているところだった。
それで彪志は思い至った。
「もしかしてここ男女1日交替?」
「うん。エレベータの中にも掲示が出てたじゃん」
「気付かなかったぁ!!」
しかしそれで結果的に彪志はその夜は由梨さんと一緒に女湯に入ることになってしまった。彪志はできるだけ彼女の身体を直視しないようにしていたが
「温泉に慣れてないのね」
と彼女は笑っていた。
でも俺、初めて青葉以外の女性のヌードを見ちゃったよぉと思う。でもこれ入浴のためにお風呂に入っただけだから浮気にならないよね?と自分に言い訳する(言わなきゃ分からないって)。
なお孔雀の湯は檜(ひのき)の浴槽で、お湯の噴出口は木彫りの孔雀が使用されていた。また白虎の湯は全体的にも白〜黄色基調だったが、こちらはピンク基調であった。洗い桶や椅子も、向こうは白、こちらはピンクだった、シャワーヘッドもその色で統一されていた。
3日目(11/3)の講習は、午前中2枠の講義があった。フェイク動画などの現状とそれに対抗するための手段についての解説、また現在または将来的に考えられる法的規制などについても解説があった。
お昼を食べた後解散する、
駐車場で車に乗ろうとしたら、由梨さんと遭遇する。なんと隣に駐まっていたエクストレイルが彼女の車だった。
「かっこいい車だね」
「女の子を乗せるとわりと喜ぶよ」
もしかしてこの人ビアン?でも話している内容もわりと男っぽかったし。ビアンでもそう驚かないかも。この子にはきっと普通の女性でも惹かれる。
「鈴江さんとは名刺交換してもいい気がする」
と言って彼女は自分の名刺をくれた。
《***システム株式会社・システム部・第3システム課主任/システム監査技術者・NTT.com Master ADVANCE(*7)/由梨浩美》
成り行き上、彪志も“鈴江月子”の名刺
を渡す。
あはは、俺、女名義の名刺を渡しちゃったよ。
(*7) ".com Master"(ドットコムマスター)はNTTが実施しているネットワーク技術者の認定試験。以前は★・★★・★★★の3レベルだったが現在はBASIC, ADVAMCE の2レベルに整理されている、かなり高度のネットワーク知識を持っていることを表す。
“システム監査技術者”は情報技術者試験の最高峰で、最低でも7-8年程度のシステム設計の経験が無いとまず取れない。(一応受験資格に制限は無い)
「なるほどー。お薬扱ってるからお化粧禁止なのね」
「そちらはソフト関係ですか。お化粧なんてしてられませんよね」
「でも鈴江さん、あまり女装で出歩くのに慣れてないみたい」
ギクッ。もしかして俺が男だってバレてたの?
「でも手術は完了してたみたいね。タイかどこかで受けたの?」
「えっと・・・国内かな」
「私は仕事辞めたら手術受けようと思ってるんだけどなかなか辞めさせてくれないのよ。今回も幹部研修に行かされたし、1月からは係長してもらうからと言われてるし」
もしかして由梨さんって男の娘さん!?
で、でも裸を見ちゃったけど、女の子にしか見えなかったぞ?おっぱいも大きかったし。
「女装勤務したらクビにされないかと思ったけど、君の女装は女にしか見えないからそのままでいいと言われて、女名前の名刺まで作ってもらったし」
あはは。俺も女名前の名刺作ってもらった。
「鈴江さん、たぶん会社では男装でしょ?」
「うん。実は」
「勇気持って女装で出て行きなよ。色々話を聞いてたら、鈴江さんの会社なら容認される気がしたよ。かなり開放的な雰囲気だもん」
「そうかもね」
「万一首になっても、鈴江さんなら普通に女性として再就職できる気がするなあ。戸籍も女性に直しちゃいなよ。親かなんかに反対されてるの?」
「え、えーっと」
「じゃまたどこかで」
「うんまた」
それで彼女はエクストレイルで走り去った。
彪志は首を振って自分の車に乗る。千里さんに教えてもらったコインランドリーをカーナビにセットして出発した。
来た道を戻る。見かけたスーパーで食料品を買い込んだ。むろん研修に出たスカートスーツのままである。更に見かけたコンビニで夕食用のお弁当を買う。東部湯の丸ICから上信越道に乗った。このルート、特に妙高高原付近は夜間濃霧が出るので、明るい内に上越ジャンクションまで行かなきゃと思う。更埴(こうしょく)JCTを過ぎて、松代PAで小休憩する。
なんか女装で3日間過ごしたので男装に抵抗があり女装のままである。でもここでトイレ(もちろん女子トイレ)に行った後、スカートは普段着のスカートに穿き換え、上もブラウス(毎日替えてた)と上衣を脱ぎ、Tシャツとトレーナーに替えた。
仮眠すると夜中まで寝そうな気がしたので、30分くらいの休憩で出発する。上信越道終点の上越JCTで富山方面に行く。そして難所の親不知(おやしらず)付近を通過し、越中境(えっちゅう・さかい)PAで休憩。ここでトイレに行ってからお弁当を食べる。今17時くらいである。食べてる最中に唐突に思い至った。
とうとう女性のヌードを見てしまったと思ってたけど、由梨さんって男の娘だから女性にカウントしなくてもいいよね?だったら俺まだ他の女性のヌードは見てないことになる。良かったぁ!
でも彼女、ヌードも女にしか見えなかったのにどうやって誤魔化してたんだろう?などと考えていたら“したい”気分になったので、車がロックされていることを確認の上、スカートのまま、毛布と布団をかぶって“密かな楽しみ”をする。
何だか俺これがヤミツキになってしまってる気がする。男のよりずっと気持ちいい。もう男に戻りたくない気分になりそう(←そろそろ覚悟を決めて子供を産む気になろうか)。
逝った後、深い眠りに落ちて行く。
目が覚めたら夜中の1時少し前である。トイレに行って来てから出発する。40分ほど走り、呉羽PAで再度トイレに行ってから小杉ICを降りた。そして・・・・
カーナビの目的地、千里さんに教えてもらったコインランドリーに行ってみたのだが。
閉まってる!
そうだよね。夜中だもん。
これが午前2時頃だった。
彪志は、仕方無いので洗濯物は浦和に帰ってから洗うことにし、高岡ICそばの道の駅に移動しようと思い、カーナビをセットした。カーナビには所要時間10分と表示されている。
それでコインランドリーを出る。まだスカートのままだが、道の駅で着替えればいいと思った。道の駅から青葉の家までは30分くらいで行く。
それで運転していたのだが・・・・・
なかなか着かない。
おかしいなと思い、車を脇に寄せて確認する。
目的地まで12分!?
遠ざかってるじゃん。なぜ!?
彪志はほんとうはいけないのだが、カーナビの所要時刻を時々チラ見しながら走ってみた。目的地まで10分、8分、6分、と近づいて行く。突然表示が15分になる。なんで〜!?
彪志は車を脇に停めて考えた。
「カーナビに頼らずに自分の目で見ながら行こう」
と思う。
それで何とか頑張って国道8号線に出る。この道を東行すれば道の駅への侵入路があるはず。
もう少し、あと少し、と思っていたら、あれ?ここは道の駅より先だ、と思う。
ショッピングモールを利用してUターンする。反対側からは接近しにくいがこの付近は何度も通っているのでだいたい知り尽くしている。
あと少し行くと入れるところがあるはず。あと少し・・・
と思っていたら、いつの間にか通り過ぎている。
うっそー!?
彪志は8号線を5往復したが、どうしても道の駅の近くに寄れなかった。
疲れ果てて、ちょっと考え直そうと思って脇に寄せて車を停める。それでしばらくボーっとしていたらそばにパトカーが停まる。国道8号線は駐停車禁止である。キャー、切符切られると思った。警官が運転席と助手席のそばに1人ずつ就く。運転席側の警官がノックする。
彪志が窓を開ける。
「免許証見せて」
「はい」
と言ってバッグの中から取りだして見せる。警官は免許証を確認してから言った。
「この道は駐停車禁止ですよ」
ああ、切符切られるかなと思いながらも答える。
「すみません。道に迷ってしまって」
「どこ行きたいの?」
「万葉の里の道の駅なんですが、どうしても辿り着けなくてもう4時間くらいこの付近を彷徨ってて」
「4時間も!」
とさすがに警官は驚いたようである。
「それで疲れてちょっと作戦を考え直そうと思って、つい脇に停めてしまいました。ごめんなさい」
助手席側に居た警官が言う。
「あそこは他所の地区から来たドライバーには少し分かりにくいよね」
「確かに進入の仕方が難しいことは難しい」
「数日前にも夜中に辿り着けずに困ってた新潟ナンバーの女性がいたね」
「あなたも大宮から来たらここ分かりにくいかもね」
「じゃ先導してあげるから、付いてくるといいよ」
「ありがとうございます!」
それで警官は免許証を返してくれた。
あれ〜?切符は?あとでまた提示するのかな。
それでパトカーは彪志の車を先導してくれた。するとちゃんと道の駅の中に入ることが出来たのである!
やった!助かった!
でも切符切られちゃう・・・・と思ったら、パトカーはこちらに手を振ってそのまま道の駅から出て行っちゃった。
えっと切符は・・・・
勘弁してもらったみたい!
やはり大宮ナンバーで“よそ者”と思われたし、女性ドライバーだから勘弁してくれたのかも、などと彪志は思った。
しかし取り敢えず・・・・
トイレに行きたい!
ということで道の駅のトイレに飛び込んだ。
呉羽PAを出てから4時間ほど。
辛かったよぉ。
おしっこは大量に出た。少し漏れていたようだが、パンティライナーのお陰で下着は濡らさずに済んでいた。パンティライナーは交換しておいた。
車に戻ると、彪志は疲れているので
「少し寝よう」
と思い、後部座席に行って仮眠した。着替えなきゃ、荷物の整理しなきゃ、青葉にメールしなきゃと思ったが、とにかくクタクタだった。
目が覚めてからスマホを見ると(昼の)12時である!
連絡もせずにと青葉怒ってるだろうなと思うが、先にトイレ(むろん女子トイレ)に行ってくる。
それから青葉に電話した。
「ごめんねー。途中で道に迷っちゃって」
もちろん青葉との会話は男声を使用する。
「ああ、道に迷ったんだ?いや仕事の予定が伸びてるのかもと思ってこちらからの連絡は控えていた」
「あと1時間くらいでそちらに行けると思う」
「了解」
それで彪志は荷物の整理をする。
浦和にそのまま持ち帰りたいもの(基本的に女物)、青葉の家で洗ってもらうもの(多くが“未使用の”男物下着やワイシャツ)、青葉の家での着替え(男物)、研修の資料、お土産、ゴミ!余った食料。
そこまでの整理で20分くらい掛かった。
今着ている服を全部脱ぐ(車は窓を全部目隠ししている)。
身体をボディシートて拭く。
服を着るが少し悩んだ末にショーツは穿いて(新しいパンティライナーを付ける)、その上にトランクスを穿いた。ブラジャーも着けないとバストが痛いのでちゃんと着ける。ブラ隠しにグレイの厚手シャツを着る。その上に少し大きめのトレーナーを着る、少し胸があるように見えてもブラで下着女装しているせいだろうと青葉は思ってくれるだろう。下はレディスだけどブルージーンズを穿いた。スカートじゃないのが寂しい気がしたが仕方無い。青葉のお母さんの前にスカートで出るわけには行かない(と思った)。
最後に着替えた服を浦和に持っていく荷物に入れた。
念のためもう一度トイレに行く。
今度は男装してるから男子トイレにと思い、男子トイレに入ったら中に居た50歳くらいのおじさんが
「あんた、女が男便所に入るのはやめなさい」
と注意する。
「すみません。間違いました」
と言って彪志は慌てて男子トイレを出る。
俺、男装してても女に見えるの〜?(←ブラジャー着けてレディスパンツ穿いててどこが男装してると?)
それで恐る恐る女子トイレに入る。
列が出来ているのでそこに並ぶ。並んでいる人たちはこちらを一瞬見たが別に何も言わない。え〜?やはり俺女に見えるのかなあ。
それで列がはけて個室が空いたところで中に入って、ふつうにおしっこをした。
手を洗って車に戻る。うーんと悩むが、いいことにした。
そうだ。免許証を免許証入れに戻さなきゃと思う。それでバッグの中に取り敢えず放り込んだ免許証を取り出す。その時気がついた。
なんで俺の免許証“鈴江月子”名義になってるの〜?なんか写真もお化粧して写ってるぞ。どうして〜〜?
彪志は不安になった。免許証が女性名義って、俺まさか戸籍上も女になってたりしないよね?現在身体も女だし、自分が男というのを証明できなかったりして?
取り敢えず気にしないことにして!車をスタートさせる。道の駅までの道でカーナビを使って迷子になったので、今度はナビ無しで行く。
道の駅から高岡ICに入る道(この進入路は気付きにくい:彪志は何度も来ているので知っている)を通り、能越道(無料区間)に乗る。1区間だけ走り、高岡北ICを降りる。ランプを降りた所に信号があり、この道を左折する。これが県道32号である。この道をまっすぐ行くと伏木に出る。
結局道の駅を出てから20分ほどで、青葉の家に到着する。
車を駐車場に入れ、(偽装)洗濯物と伏木滞在中の着替え、お土産と余った食料を持って車を降りる。自分がスカートではなくズボンを穿いていることを確認して玄関に行くと、ドアが開き、青葉が抱き付いてキスをした。5分くらいディープキスをするが青葉が彪志のバストを揉む!揉まれたら揉み返す!ああ、ビアンのカップルってこんな感じかな?などと考えた。
「長時間立ってるの疲れるだろうから中に入ろう」
と言って中に入る。
「これ洗濯してもらえる?」
と言って(ダミーの)洗濯物の入ったバッグを渡す。
「OKOK」
と言って洗濯室に持っていく。彪志も付いていく。
「あれ〜?なんで男物ばかりなの?」
「え?俺は男物しか着ないけど」
「こら〜、嘘つくとキスしてやんないぞ。ちゃんと女物も出しなさい」
「分かったよ」
と言って彪志は車から女物のここに来るまで着た分の服が入った着替えのバッグを取ってきた。
「彪志が女物の服着てたって私も気にしないし、お母ちゃんも気にしないから恥ずかしがることないよ」
「そうなの〜?」
それで青葉は女物が詰まったバッグの中身を取りだしては洗濯機に入れていた。
「あ、このビジネススーツはクリーニングに出したほうがいい」
「うん。後でそうするつもりだった」
結局それ以外のものは全部放り込んで洗濯機を回した。男物の“偽装洗濯物”は
「これ明らかに使ってないからそのまま持って帰るといいよ」
と言って彪志に返した。
「うーん。速攻でバレるとは」
「別に女装くらいしてもいいし、性転換してもいいからね」
「え〜?」
「彪志が性転換したら2人目は彪志に産んでもらおう」
やはり俺が2人目を産むのかなあ・・・(←かなりその気になってきている)
「彪志本人でさえあれば、去勢くらいしちゃっても、女の子になっちゃっても彪志のことは好きだよ」
「俺、青葉が性転換して男になったら愛情維持する自信無いけど、俺自身が女になったとしても青葉のことは好きだよ」
ここでキスするが、朋子が声をかける。
「あんたたち仲がいいのはいいけど。部屋の中でやりなさい」
「ごめーん」
「ごめんなさい」
それでふたりで青葉の部屋に入る。
「寂しかったでしょ?セックスは控えることにするけど、おちんちん揉んであげるね」
「いや我慢する。それされたら、歯止めが聞かなくなるから」
「ああそうかもね」
「適当に自分で処理するよ」
「OKOK」
「そういえばどこで迷よったの?」
「うん。実はさ」
といって彪志は詳細を説明した。女物の服を着ていたことがバレてしまったのでここに来る前にコインランドリーで女物を洗濯しようとしたことから話す。しかし閉まっていたこと。それから道の駅に移動して少し時間調整しようとしたら、ほんの10分くらいの距離だったのにどうしても道の駅に到達できず4時間ほど彷徨ったこと。疲れ果てて道の脇に停めたらパトカーに警告されたこと。でもパトカーが先導してくれて道の駅に到達できたこと。
「切符切られた?」
「見逃してくれたみたい」
「良かったねー!」
「県外ナンバーだったし、俺女装してたから女のドライバーならというので見逃してくれたのかも」
「ああ、少し甘くなるかもね」
しかし青葉は何か考えているようである。
「ちょっと待って」
と言って青葉は何かパソコンで入力していた。
「こんな感じで合ってる?」
(28女)深夜に長野県から富山に車で来た。洗濯物が溜まっているのでコインランドリーに寄ったら閉まっていた。仕方無いのでそのまま2kmほど離れた道の駅に行こうと思い、カーナビをセットした。ところがどうしても辿り着けない。カーナビをチラ見しながら運転していたら、あと3分くらいになったとろで、突然あと12分とかになり、目的地を通過してしまっている。疲れ果てて道の脇に車を停めたところでパトカーに声を掛けられた。パトカーが先導してくれると5分ほどで道の駅に入ることが出来た。
「うん。あってる」
「28歳女性ということでいいよね」
「うん。まああと一週間はそれでいい」
「そうそう。あと一週間ちょっとでお誕生日だよね。これお誕生日プレゼントね」
と言って、透明な石のイヤリング?を渡す。
「俺がこれを付けるの〜?」
「女の子モードの時に付ければいいよ」
「うーん。じゃもらっとく。ありがと」
と言って彪志はキスする。
もちろんディープキスになって5分経過。
「取り敢えず私が付けてあげるね」
と言って、青葉はそのイヤリングを彪志に付けてあげた。
なんか青葉、俺の予想以上に俺が女になることにはしゃいでない?まあいいけど。
そのあとは割と普通におしゃべりしていた。おしゃべりしながらリバーシとか囲碁とかやってたら、この日は彪志が勝ちまくった。
「普段は青葉に全然勝てないのに」
「うーん。妊娠のせいかなあ」
「ああ、妊娠すると食べ物の好みが変わったりもすると言うね」
「うん。時々変なもの食べたくなる人もいると言うね。土を食べたいとか。砂を食べたいとか、炭が食べたいとか」
「彪志のちんちん食べたい」
「また今度ね」
「切り取ってフライパンで焼いて食べたい」
「ちんちん無くなると困るから」
「残念」
「そうだ!お化粧覚えない?」
「え〜〜!?」
「でも私お化粧できないから教えてあげられないなあ」
と言ってから青葉は時計を見る。誰かにメールを送ったようである。
「こちらに来てくれるって。それまでに彪志のちんちんの味見をしてようかな」
「御免。パスで」
「まあいいや。取り敢えずスカート穿いて」
「え〜〜〜!?」
「スカートだいぶ好きになったでしょ?穿きたいんでしよ?穿いていいんだよ」
「えっと」
それでスカートに穿き換えるが青葉はじっと着替えを見ている。
「ショーツにお股の盛り上がりが無い。性転換手術しちゃった?」
「ごめん。タックしてる」
「おぉタックを覚えたか。偉い偉い。ちんちん取りたくなるのは時間の問題だね。彪志、女の子になる手術受けてもいいからね。邪魔なちんちんは取ってすっきりした形の女の子になろうよ。フェラしてあげられなくなるだけだし。レスビアン・カップルもいいと思うよ」
などと言って青葉は喜んでいる?
彪志は俺が女の身体になってるのバレるのは時間の問題かもと思った。
(2022.11.4)
邦生と真珠は17時頃、こちらに来てくれた。結局、明恵も一緒である。
「早いね.仕事いいの?」
「川上さんのご用事なら早く行きなさいと言われて16時には銀行を出た」
「ごめーん。完璧にお遊びなのに」
“邦生が”彪志にお化粧を教えてあげることになった。化粧品は真珠が適当に買ってきてくれている。
「いくら掛かった?」
「2万円くらいでした」
(特に高かったのは、ファンデ(+コンパクト)、マスカラ、ルージュ。これが各々4000円くらいしている)
「じゃ指導料と残りはマコちゃんのお小遣いで」
「ありがとうございます」
「いやこちらこそ無理なこと言って」
邦生は彪志を見て
「わあ彪志さん凄く女らしくなってる。スカート姿に違和感無いし。元々女の子になりたかったんだろうな」
などと思いながら、メイクの指導をした。
「最初に化粧水、それから乳液ですけど、その前に顔を洗ってきてください」
「うん」
それで彪志が顔を洗ってきてから邦生は彼のメイクを始めた。
一方、青葉はサンルームに移動し、カーテンを閉めてから、明恵・真珠と打合せを始めた。
「これいま彪志から聴取したもの」
「彪志さんもやられたんですか!」
といってみんな読んでる。
「あのお28歳“女”と書いてありますが」
と明恵が確認する。
「ああ、性転換させて2人目は彼に産んでもらう予定だから女でよい」
と青葉。
「私も子供はクーニンに産んでもらおうかなぁ。今既に70%くらい女だし」
などと真珠。
君たち精子は?
本題に入る。
「今日新たに見つかったケースでも、“誰かに声を掛けられたら”迷路状態から脱出できるというのは共通要素だね」
「それはハッキリしてきましたね。それと、このケースにしてもナビを使いながら歩いていた人にしても、ナビが突然飛ぶというのを言ってますね」
「うん。だからこれは単に方角が分からなくなっているのではなく、迷路に迷いこんでいるのだと思う」
「ドラえもんのホーム・メイロみたいな感じですよね。だから元が狭いテレビ局の中でも広大な迷路と化す」
「なるほどー」
「それと迷路に入り込む条件が見えてきた気がする」
「何らかの接触の失敗ですかね」
「そうそう。彪志の場合はコインランドリーに行こうとしたら閉まってた」
「初海ちゃんの場合は、出入口のところで警備員さんとやりとりができなかった」
「スーパーの前を通った後迷路に入り込んだA男さんは、そのスーパーで買物して帰るつもりがもう閉まってた」
「病院前を通った後迷路に入ったB子さんはその病院に務めている友人と会うつもりだったが会えなかった」
「カフェを出たあと迷路に入ったC子さんはカフェで時刻を訊こうとしたが、店員さんが忙しそうだったので訊けなかった」
「ということにするんですね」
「そうそう。訊くと声で男とばれるのではと不安だったので訊かなかったなんて言わない」
「でも人が女装してたって誰も気にしないのにねー」
「何も恥ずかしがることないのに」
「そうそう。悪いことしてるわけでもないし」
「でもまあ本人が嫌がってるから放送しないということで」
「まあうちはバラエティであって報道番組ではないから、このくらいの改変は許されるよね」
「ええ、バラエティですもんね」
みんな幸花の口癖が伝染(うつ)ってる。
「コンビニに寄ったあと迷路に入り込んでしまったD子さんはコンビニを出た直後に、nonnoを買うつもりが忘れていたことに気づき、戻って買おうかとも思ったものの、明日でもいいやと思ってそのまま帰り道に着いた」
「ATMの前を通過してから道が分からなくなったE子さんはデートをドタキャンされていた」
「それで不愉快な気持ちだったというのも大きな要素ですね」
「そうそう、迷路に迷い込んでしまった人は全員心の中に迷路を持っていた。でもこれは各々の具体例は放送できないね」
「プライバシーに突っ込みすぎるからね」
「彪志の場合は恋人としばらく会えてなかったのでストレスが溜まってた」
女装が私にバレないか不安だったというのは言わずにおこうと思う。
「A男さんは仕事で大きな失敗をしてどこかに飛ばされないか不安を持っていた」
「B子さんは子供のことで幼稚園の先生と意見が対立していた」
「C子さんは女装していることが会社にバレないか不安を持っていた」
「これさすがに放送できませんね」
「プライバシーの問題だよね」
「放送するとしたら“新しい支店かできることになったので、そこの支店長に行かされるのではと不安だった”とでもしましょう」
「D子さんは恋人と最近うまく行ってなくて不安が募っていた」
「E子さんは前の彼氏にも唐突に振られて自分は恋愛がうまくできないのではと不安を持っていた」
「それで長谷川一門で妖怪全般に詳しい瞬行さん(*11)という人に、人を迷路に誘い込む妖怪ってないですか?と訊いたら、それは『妖怪藪入り』ではないか、と言われた」
「へー。やはりそういう妖怪がいるんですか」
「藪入りって昔のお休みとは違いますよね」(*9)
「それとは関係無くて、昔は迷路のことを八幡不知薮(やわたのやぶしらず)と言ったんだよ。不知薮(やぶしらず)に誘い込むから藪入り」
「八幡不知薮って千葉のあそこのことですよね」(*12)
「そうそう。あそこは一度入ると出られなくなるとして昔から禁足地になっていた。江戸時代にはそれを真似て全国に“八幡不知”とか“八陣”とか“隠れ杉”などという名前で迷路が多数造られたんだよ。だから八幡不知薮というのは、最初は固有名詞だったのが迷路一般を表す一般名詞と化してたのね」
「ああ」
「明治時代に maze という概念が入ってきてその訳語として“迷路”という言葉が定着したけど(*8)、それまでは八幡とか不知薮ということばが迷路の意味で使われていた。江戸川乱歩の少年探偵シリーズにも「八幡の不知薮みたいな」という言葉が出てくるから多分戦前くらいまで、そういう名前のアトラクションが運営されていたのだと思う」
「今なら巨大迷路ですね」
「そうそう。アクアが写真集を撮った小浜のあそこみたいに、鏡になっているものも多い。小浜のはコンピュータ制御で、毎日経路を変更してるけど、他の所でもだいたい毎週変更している」
「人手でやってる所は大変でしょうね」
「作業してる人が出られなくなったりして」
「そのまま餓死した作業員の亡霊が今も迷路を彷徨ってるとか」
「まあよくある触れ込みだね」
(*8) maze をそのまま音写した“迷図”ということばもある。
(*9) 江戸時代までの奉公人は年に2度、1月16日と7月16日の藪入りだけがお休みで、若い奉公人はこの日に実家に戻っていた。男性の奉公人は1日だけだが、女性の場合は3日間認められた。“やぶ入り”は“宿(やど)入り”が訛ったとも。古くから“宿下がり”という言葉はあった。
またお嫁に行った女性も1/16 7/16 に藪入りと称して実家に戻っていた。恐らくは結婚した女性が実家に戻るのを「薮入り」と言っていたのが奉公人にも応用されて、そちらも藪入りと呼ぶようになったのではと思われる。
しかし実家が遠いとか、兄弟が実家の後を継いでいるような場合、帰らない(帰れない)ので近場で単純に休日として息抜きをした。それで 1/16, 7/16 には様々な遊興施設にとって稼ぎ時だった。
明治になってから日本に来た外国人の要請で外資企業を中心に“週”の考え方が導入され、日曜日が休み・土曜が半ドン(*10) という制度が広まって、藪入りの制度はすたれた。それでも昭和初期頃まで週のシステムを採用せず、休みは藪入りのみという会社もあった。
藪入りは現在の盆正月の帰省へと形を変えている。
(*10) 土曜半休の制度は、1850年イギリスの工場法改正で導入され、日本では1876年(明治9年)から官公庁に導入された。“ドン”はオランダ語で日曜日を表すzontagから来たもので、江戸時代から休日のことを“どんたく”と言っていた。博多どんたくもこの言葉を起原とする。
なお、博多どんたく自体は平安時代に起原を持つ古い祭りだが、明治時代に様々な“西洋ブーム”の中で「どんたく」という名前が付けられた。開催時期も10月→1月の藪入りの時期→5月下旬と変遷し、戦後、憲法記念日に合わせて5月3日になった。
(*11) 瞬行は瞬角(1955-2011)の弟子。瞬角は生前、妖怪に関する膨大な資料をまとめあげていた。妖怪“足元くちゅくちゅ”(妖怪アジモド)も彼のファイルから正体が判明した。しかし瞬角の書いた字が読みにくく(彼が残した資料の中ではまた読みやすい部類)、資料が膨大なのでまだそのファイルの全貌は明らかになっていない。
現在、瞬法・青葉・千里・冬子の4人が出資して、そのファイルをまとめ上げ、電子ファイルにして長谷川一門に配布するプロジェクトが進行中。“足元くちゅくちゅ”事件(2016)の直後から始めて現在2000種類ほどの妖怪のデータが整理されている。多分全体の3-4割、妖怪“藪入り”はまだ未整理の資料の中に書かれていたらしい。
(*12) この言葉の元になった元祖・八幡不知薮とは、千葉県市川市にある禁足地。深い薮になっている。
昔、徳川光圀(水戸黄門)が「入ったらいかんとか馬鹿馬鹿しい」と言って足を踏み入れたら本当に出られなくなった。神様のような人が出て来て光圀を叱った上で「お前は貴人だから特に助けてやる」と言って助けてくれたという伝説もある。
元々なぜ禁足地になったのかは不明。広さは18m四方ほどで本来迷う広さではないはずだが、本当に入ると出て来られなくなると言われる。中に大きな沼があり、そこにはまり込むと抜け出せないという説もある。
朋子が夕飯を作ってくれたので、いただきながら打合せは続く。なお朋子は邦生と彪志の分は青葉の部屋に持っていってあげた。
「この妖怪は、人が心の中に迷路を持っている時、あるトリガーでその人を迷路に誘い込む」
「ああ」
「それで古い文書に書いてあるのでは迷路を出たい場合は“弓手法(ゆんでのみち)”をしろ、と」
「ゆんで?」
「それ現代の言葉で言えば“左手法”ですね」
「ああ」
「少年探偵シリーズにありましたよ。“ゆんでゆんでと進むべし”って」(*13)
「ほほお」
「弓手(ゆんで)というのは弓を持つ手のことで左手のこと」
「へー」
(*13) 江戸川乱歩『怪奇四十面相』。4つの黄金の髑髏に分割して記録された文字をつなげると大量の黄金を隠した場所を表す文章となる。その文章の中に「弓手弓手と進むべし」という指示がある。
この物語冒頭で二十面相は「怪人四十面相と改名する」と宣言したが、その後誰も“四十面相”とは呼んでくれず、その内ほぼ無かったことにされた。きっと、読者に評判が良くなかったのだろう。
「知ってる人が多いと思うけど、迷路を抜け出す場合、右手あるいは左手を壁に付けて離さないようにし、ずっと歩いて行けば、必ず出口に出るか入口に戻るかできるというもの (left-hand rule / right-hand rule)」
「右手でうまく行かないから左手とか切り替えちゃだめですね」
「それは更に迷い込む」
「ただ迷路内に島ができてる場合は抜け出せないことがありますね」
「そう。島の周囲をぐるぐる回ってしまう。だから同じ所に戻って来たら、別の道に行ってみる。そこから左手法を再適用する」
「ああ」
※島のある迷路の例↓(行き止まりをグレイで塗っている)
「でも同じ所かどうか確信が持てない場合は?」
「可能なら自分が歩いた跡を何かでマークしていく。チョークで印を付けていくとか、紙を貼っておくとか、少年探偵シリーズだとコールタールをこぼしていくとか、ヘンゼルとグレーテルみたいに目立つ石を落としておくとか。魔法陣グルグルでも、魔法の口紅で印を付けておくってのやってたね」
(この印を付けておく方法をトレモー・アルゴリズム (Tremaux's algorithm)という)
「街の中で迷路になった時にはあまり使えないような」
「それが欠点だね。あと目印を付けるようなものを何も持ってない時とか」
「ヘンゼルとグレーテルも最初は小石の目印で帰宅できたけど。二度目はパン切れを使ったので全部鳥に食べられてアウトでした」
「その本にも誰かに声を掛けてもらったら抜け出せると書いてある。また3〜4刻(こく)つまり6〜8時間も経てば自動的に解除されるとある」
「つまり私たちが集めた例は全てそのオルターナティブだったのか」
「時間でも解除されてるのではというのは、取材中に感じました」
「でも左手法って知識としては知ってても、自分が迷い込んだ時は思い付かないかも」
「ありがちだね」
「誰かに声を掛けてもらう方法って無いかな」
「友だちに電話するとか」
「夜中に電話しても怒らない友だちがいればやる価値あるね」
「それこちらに電話してってメール送るほうがいいかも」
「ああ、恋人とかお母さんとかなら折り返し電話くれるかも」
「電話できる相手がいない人は?」
「117とか177とかどうかな」
「微妙。でもやってみる価値はある」
「110とかはダメだよね」
「そんなの紹介したら叱られる」
「幸花さんが逮捕されたりして」
「でもこれ山で迷子になった時と同じこと言えません?」
「無闇に歩き回らずに、雨風を避けられる場所で何時間がじっとしてる」
「うん。そっちが良い気がする」
「それで数時間経てば解除される」
「ただトイレが辛いですね」
「それは大きな声では言えないけど処理方法が」
「まあその件はテレビでは触れないほうがいいね」
「それ女性はスカート穿いてたほうがいいですね」
「ただしタイトスカートはアウトだよね」
「あまり言及しないようにしよう」
「でも妖怪の仕業だとしてこの夏から急増した原因は?」
「多分どこかにあった封印が壊された」
「なるほどー」
「何かの工事でうっかり壊しちゃったというのは多いね」
「でもそんな妖怪、どうやって封印したんでしょう?」
「考えてる方法はある」
「青葉さん、封印できるんですか?」
「多分」
「凄い」
「でも千里姉の協力が必要」
「ああ」
青葉は多分立山(たてやま)の長者様から頂いた巻物に書かれた祝詞(のりと)で封印できるのではと考えた。ただあの巻物は、千里姉にしか読めない。それともうひとつの問題は“どこで”その祝詞を読めばいいのかである。それが実は見当が付かない。でもこれまでこの手の問題は自然と解決策が提示されてきたので今回も何かの提示があるのではないかと思っていた。
「でも薮(やぶ)と言えば藪医者ですよね」
「世の中、藪医者と千三つ弁護士(*14)は多い」
「何か藪医者よりひどいのがありますよね」
「筍(たけのこ)医者は薮になる前。土手(どて)医者はまだ筍さえも生えていない。雀(すずめ)医者は今から薮に向かう所」
「更に魔夜峰央さんによると紐(ひも)医者というのがあり、これに引っかかると必ず死ぬ」(*15)
(*14) 千三つ(せんみつ)とは、千の言葉を言う内、3つくらいしかまともなことを言わない、極めて弁論の下手糞な弁護士のこと。
(*15) この言葉を聞く度に思い出す「あそこの病院に掛かると死ぬ」という噂の、ほんとに酷い産婦人科病院が昔住んでた市にあった。父の同僚の奧さんがその噂を知らずにそこにかかって、誤診に次ぐ誤診で、全く不要な放射線治療を受け、最終的にはその放射線照射が原因で亡くなった疑いが濃厚。
多分被害者は多かったと思う。今なら医療訴訟が多数起きてる。それに昔はセカンド・オピニオンなんて考えも無かった。
1980年に発覚した富士見産婦人科病院の事件も、完璧な紐医者の例である。
「藪医者って、やはり薮のように見通しのきかない下手な医者ということですかね」
「その説が主流だと思うけど、他にまじないの類いを“野巫(やぶ)”と言ったので、野巫しかできない怪しげな医者のこと、という説」
「それから但馬国の養父(やぶ)、これは現在の兵庫県北部の養父市(やぶし)だけど、そこに凄い名医がいて評判になったので「自分は養父の医者の弟子だ」と名乗る者が横行した。それでそんなこと名乗る医者に限って実際にはろくな医者がいなかったので、ろくでもない医者のことを、やぶ医者と言うようになったというもの」
「本来は名医だったんですか!」
「まじないを使う医師でも青葉さんみたいな名医もいる」
「私は医師の資格持ってないよー」
「でも病院の先生が突然お経を唱え出したら患者は逃げて行く」
「現代ではね。平安時代なら、病人が出たら坊主を呼んでお経を読ませたり護摩を焚かせたりして祈祷していた」
1 2 3 4 5 6
【春三】(2)