【春曙】(4)
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(C)Eriko Kawaguchi 2020-09-05
5月1日までにプライベート・プールの工事を終えたムーラン建設のプール改修班は、その後熊谷市の郷愁村に移動し、郷愁プールの改修作業に入った。50mプール、25mプール、遊泳プールの順に工事を進め、夏までには全ての改修を終える予定である。50mプールと25mプールは、アクアゾーンと同様に各レーンをアクリル板で区切り、水をレーンごとの独立循環にする。この結果、50mプールを横に使用して25mプール20レーンとして使うことはできなくなる。
遊泳プールに関しては、アクアゾーンの遊泳プールもそういう仕様なのだが、プールをアクリル板で幾つかの扇形の領域に区切った上で、真ん中から給水し、端から吸水することで、お互いの水が混じらないようにし、また循環の速度も従来の倍にする。単純に吸水速度を上げたら危険なので吸水口の数を倍にする。(吸い口の所には当然細かい目の網が付いていて、万が一にも子供の足が吸い込まれたりはしないようにしている)
また、熊谷のアクアリゾートは、水を50mプール→25mプール→遊泳プールの順に流用していたのだが、これをやめ、各々を独立の体系にすることにした。そのため取水量が上がるのだが、これは感染予防のためということで、市の緊急許可を得ることができた。ここは準用河川でもない普通河川なので、複数の自治体の利害を調整したりする必要が無く、こういう問題に対するハードルは割と低かった。但し市に払う取水代は上がる。また排水にウィルスが含まれないよう充分な消毒をするという誓約書を書いた。
ところで全国的に緊急事態宣言が出され、特に石川県は特定警戒都道府県に指定されたため、県内の全ての学校は学生の登校を禁止したが、幾つかの学校はリモートでの授業を始めた。
明恵や真珠が通っているG大学では、元々学生が各々自分のパソコンで学内ネットにログインして様々な通知や休講その他の情報を見られるようになっていた。そこでその学内ネットに朝の一定時間に“ログイン”したことをもって、その日の授業に出席したことにする。そして授業内容は動画などで流してそれを見てもらい、レポートを提出してもらうことで、授業に代えることにしたのである。
これは確実に出欠を取られているようなもので、“代返”もきかないし、リアル授業より厳しいかも知れない。
「毎朝ログインしないといけないというのがわりと辛い」
などと言っているのは、朝に弱い明恵である。
「モーニングコールしてあげるよ」
「ごめーん。頼む」
それで真珠は毎朝8時半にアラームを掛けてそれで自分が起きるとともに、明恵にモーニングコールをすることにしたのである。逆にモーニングコールしなきゃと思うことで、真珠自身もしっかり起きることができた。真珠は実家暮らしだが、親があまり当てにならない。父がトラックの運転手で不規則な生活なので母も生活時間がわりとデタラメになっている。兄も朝が苦手である。兄の大学は単純に休校になっている。それに男の兄としては女の子である妹の部屋には入りにくいだろう(兄は真珠が完全な女の子になる前からこちらの部屋に入るのは避けていた。多分“弟”とは思っていなかったのだろう)。
しかしそれで2人とも、出席率100%を維持したが、やはり朝の弱い子には、ちゃんと“出席”できず、単位を落とす危機になった子もあったようである。
世間では、コロナの影響で工場を休業する企業が相次いでいたが、上野美津穂が勤めるX電子は、休業するどころか、在宅ワークの急速な普及のおかげで、ネットワーク機器の需要が高まり、臨時のパートも入れて、増産・増産になっていた。社員の残業も増え、そのあおりで、カウンセリングルームに来る人もどんどん増えていた!
「さすがに1人では無理です。増員して下さい」
と美津穂は、管理部長に訴えた。しかし部長の返事はハッキリしない。
「今のままでは私自身、とても持ちません」
「うん。辛いのは分かるけど、そこを何とか」
と言われていたのだが、連休もひたすら工場が稼働した後、5月11日、美津穂は朝起きることができなかった。体温計を見ると39度ある。
「やっばー。まさか例のにやられたりしたのでは?」
と不安になる。美津穂は毎日何人ものクライアントと接している。マスクはしているものの、その中に感染者がいたら、こちらまでやられた可能性もある。
取り敢えず会社に連絡を入れてその日は休むことにする。
「あんたPCR検査受けなくていい?」
と母が心配する。
「あれなかなか検査を受けさせてくれないんだよ。青葉に連絡する」
それで青葉に連絡した所、青葉自身は放送局の仕事で動けないということで、友人(水泳部の先輩)の桜池布恋という人が、簡易検査キットを持ってきてくれた。
「陰性だよ。大丈夫」
「良かったぁ」
それで病院が少し空いたであろう時間帯の11時頃、母に連れられて病院に行ってみたが、身体には特に異常は無いと言われる。
「この発熱は?」
「どうもかなり疲労が溜まっているようですね」
「つまり過労による発熱ですか」
「断定はできませんが、その可能性があります」
それで医師が診断書を書いてくれたので、それを母に会社へ持っていってもらい、医師の診断に基づき、一週間お休みがもらえることになった。
しかしカウンセラーが結局全員倒れてしまったことにより、会社では急遽医務室で看護師さんがカウンセラーの代行をしたようだが、初日に看護師さんが1人、不調を訴えて早退したらしい!
「あんた会社やめたら?復帰したらまた倒れるよ」
と母は言った。
「辞めてもいいかなあ」
「倒れるまで頑張ったんだもん。辞めても悪くは言われないと思うよ」
「でも私が1ヶ月ちょっとで辞めたら、後輩がここに就職する時に不利にならないかな」
「他人のことを心配する前に自分を心配すべき」
と母は断言した。
それで結局、美津穂は5月18日付けで退職願いを書き、母に提出に行ってもらった。実際問題として1週間で熱は下がったものの、まだとても会社に行ける状態ではなかった。トイレまで歩いて行くのも辛い状態だった。美津穂は自分の体調がボロボロになっていることを認識した。ここ1ヶ月は緊張して仕事を頑張っていたので、自分の体調不良にも気づいていなかったのである。
管理部長さんも「いや、新人なのにいきなりハードな仕事をさせてしまって、申し訳無かった」と謝っていた。
それで就職して1ヶ月半で美津穂はめでたく?無職になったのである。
母はこの後、取り敢えず1ヶ月くらいゆっくり休んでから、今後のことは考えればいいと言った。
アクアは多くの番組で収録中止があり、またスポット出演の類いがほとんど無くなったことから、3月中旬以降、急に暇になった。暇といっても毎日何かの仕事はあるので、普通の芸人さんからすると相当忙しい部類なのだが、これまでのように1日に2〜3局を掛け持ちして仕事をするようなスケジュールは無くなり、随分楽になったのである。リハーサルはこれまで通り、葉月やスピカ、ゆかなどが代行してくれるので、基本的には本番だけに出ればよい。また、直接テレビ局に行かず、大田区のサテライトか足立区の研修所でリモート出演すればよいものも多かった。
恐らくこういう体制は5月いっぱいくらいまで続くだろうとコスモス社長は言い、その間にアルバムを作ろうと言われた。
最初はフルアルバムの予定だったようだが、山村が負荷が大きすぎると反対し、結局6曲入りのミニアルバムを作ることになった。楽曲は半月ほどで用意され、4月の頭から制作が始まった。
過去の音源制作では、アクアとエレメントガードが一緒に楽曲を練り上げて行ったのだが、今回はそれができない。それで今回はエレメントガードだけで楽曲を仕上げ、それにアクアがボーカルを乗せる、別録り方式で進めることになった。アクアがどうしてもここは違和感がある、などと思った所だけ、伴奏を修正してもらう(アクアのボーカルを乗せた後、更に信濃町ミューズの子たちがコーラスを入れる)。吹き込んだのはこの6曲である。
『ファイト・エアリーズ!』(佐藤絢香・紅型明美)
『揺れないトーラス』(秋風コスモス・針谷童夢)
『仲良くジェムナイ』(大宮万葉)
『内気なキャンサー』(醍醐春海)
『頑張るリーアウ』(加藤珈琲・琴沢幸穂)
『現実主義のヴァーゴー』(マリ&ケイ)
『ファイト・エアリーズ!』はエアリーズ(Aries)つまり牡羊座さんへの応援歌である。元々元気な人が多い牡羊座さんだが、その元気さの魅力を応援するという歌詞である。この曲のPVには、牡羊座生まれの品川ありさ(1999.04.12 17:26 海老名市)がゲスト出演してくれて、走り高跳びを華麗に背面跳びする所、元気にバタフライで泳ぐところ、サッカーのボールをリフティングする所が映っている。運動大好きの彼女だが、この所の外出自粛でエネルギーを持てあましていたらしい。撮影は充分な感染対策が施されている深川アリーナで行われた。念のため走り高飛びで使用するクッションもパーも全て新品を使用して撮影をおこなった。
なおこの曲の作詞者としてクレジットされている佐藤絢香は、品川ありさの本名である。今回は、ありさがアクアのために1曲書き(作曲は紅型明美)、アクア(苗字無しの“龍虎”名義)は高崎ひろかのために1曲書き(作曲は針谷童夢)、高崎ひろか(柴田邦江名義)は姫路スピカのために1曲書き(作曲は上野美由貴)、姫路スピカ(中井朋絵名義)は品川ありさのために1曲書いている(作曲は日南海沙)。
『揺れないトーラス』は、トーラス(Taurus)つまり牡牛座さんの、揺れない性格を歌っている。みんながはしゃいでいても黙々と勉強している牡牛座さん、みんなが不安そうな顔をしていても、平気そうな牡牛座さん、そういう何かの時に頼りになりそうな牡牛座さんの姿を描く。不安が広がる世の中だけに、一喜一憂せず落ち着いてやっていこうという歌である。この曲のPVには牡牛座生まれの春風アルト・あけぼのテレビ社長(1986.04.22 15:50 小田原市)に出演してもらい、風が吹いてみんなが飛ばされて行っても、地震でみんなが右往左往していても、ひとり揺れずに黙々とお仕事をしている様が描かれている(住宅メーカーの台風や地震を再現する検査システムを借りた)。結果的にアルトさんの人気が高まった!ようである。アルトさんの古いヒット曲のダウンロードが唐突に増えて本人もびっくりしていた。
『仲良くジェムナイ』はジェムナイ(Gemini)つまり双子座さんの交際好きな性格を歌っている。PVに出演しているのは、双子座生まれの姫路スピカ(2000.06.03 07:33 姫路市)である。彼女がモニターを部屋に12個ずらりと並べて、多数のお友達とおしゃべりしている様子が映っている。このPVは公開されてから、スピカの実態では?と言われた。彼女の交友の多さと噂好きはわりと有名である。話の正確性に問題があることも有名である!
スピカ自身は
「え〜?部屋にはモニター3個しか置いてないよ」
と発言して、多くの人から「やはり多い」と書かれていた。ちなみにスピカはスマホも4台所持している!(仕事用に事務所から渡されているもの1台(au)と、個人用に mineo, uq-mobile, disney 1台ずつである)
なお高崎ひろかも双子座(1999.05.26 15:16 釧路市)なのだが、彼女はスピカがスマホを4台持っているという話を聞いて
「そのくらい普通じゃない?私は5台持ってるし」
と発言して、なんか§§ミュージックの双子座さんは凄い、と書かれていた。
『内気なキャンサー』はキャンサー(Cancer)つまり蟹座さんの内気な性格を歌っている。PVは蟹座生まれの桜木ワルツ(1998.07.19 5:43 川内市)に出演してもらい、みんなが外で遊んでいても、ひとり家の中でウィリアム・ブレイクの詩集を読んでいる姿が映されている。これも本当にワルツさんらしい、と随分ネットには書かれていた。しかしPVの最後には高校の(女子)制服姿の今井葉月が訪ねてくると、パッと明るい顔になり、テーブルの上に豪華な料理が並んで、サイダーで乾杯し、ふたりで楽しく談話する所が映って、蟹座さんのツンデレな性格をよく表している。
ところでこのPVが公開された後、巷では「ワルツと葉月の関係って怪しくない?」という噂も囁かれていた。「ワルツの葉月を見る目が尋常ではない気がする」「レスビアン?」「この2人がレズ婚しても驚かないかも」といった声まで出ていたが、コスモスはその噂が流れているのを放置していた。
『頑張るリーアウ』はリーアウ(Leo)つまり獅子座さんの“空元気”“やせ我慢”な性格を歌っている。同じように元気な牡羊座と獅子座だが、言葉より行動が先なのが牡羊座、言葉は勢いあるが、わりと言うだけなのが獅子座である。ただ獅子座はプライドが高いので、言った以上、どんなに辛くても頑張る所がある。それでPVでは獅子座生まれの山下ルンバ(1998.08.10 0:51 多久市)が、アクアから留守番を頼まれて安請け合いしたら、そこに最初はファンが押し寄せてきてドアを開けようとするのを何とか押し返したものの、虎がやってくるわ、ガメラみたいな大亀がやってくるわ、巨大な怪鳥がやってくるわ、最後は龍がやってくるわで、大変なことになるが、ルンバは持ち前の明るさで耐え抜く。そしてアクアが“可愛いドレスを着て”帰宅し
「お留守番ありがとうございます。何もありませんでした?」
と訊くと
「うん。何事も無かったよ」
とルンバは明るく答えた。
虎とかが出てくるシーンは芥川龍之介の『杜子春』で杜子春が仙人の試練に耐えて虎や大蛇に対峙する所をベースにしている。ちなみにアクアも獅子座である!
虎・大亀・怪鳥・龍はCGであるが、そのビジュアルには山村マネージャーが物凄くこだわり、ひじょうにクォリティの高い映像になっていた。実は、《びゃくちゃん》《げんちゃん》《すーちゃん》に《こうちゃん》自身がモデルである!このPVが一番費用が掛かった。
ちなみにアクアがドレスを着ていたことは話題にもならなかった!
『現実主義のヴァーゴー』はヴァーゴー(Virgo)つまり乙女座さんの現実主義な性格を歌っている(タイトルまんま!)。PVに出演しているのは乙女座生まれの西宮ネオン(1999.08.25 17:29 豊科町)である。数人の男子の友人とスマホを通してリモートで、可愛い女の子のことを語り合っている。ここで表示される女の子は全て漫画である。実は明智ヒバリが描いてくれたものだが、様々な可愛い女の子の絵の中に、アクアに酷似したビキニ水着の女の子が混じっているのは愛嬌である。
しかし彼はスマホを切って友人たちとの会話を終えると、別の所に電話した後、ガレージから、ランボルギーニ・アヴェンタドールSVJ・ロードスター(ワンティスの海原重観先生の私物。多分日本にはこれ1台しか無い。(*5))を出し、それを運転して町に出かける。そして可愛い女の子をピックアップするとそのままドライブに出た。
つまり空想上の理想の女性より現実の女性の方が良い、という落ち(?)になっているのだが、PV公開時には
「リアルデートの相手が可愛すぎる」
と随分書かれた。ちなみに出演している女性は、ネオン自身の姉である。モデルさんなどを使った場合、ネオンのファンから脅迫などされてはいけないので、恋愛対象にならない人としてネオンとコスモスが話し合って選定した。彼女はネオンを欺してロックギャルコンテストに出場させた張本人である!
実はデートの相手としては女装させたネオンを使おうという案もあったのだが、ネオンが拒否したので、お姉さんの登板となった。
なお高価(約5000万円)な車で撮影して万が一にも壊したりしたら大変なので、実際にはネオンは乗り込む所、ハンドルを持って運転しているかのような格好で女の子とおしゃべりしている所だけしか撮しておらず、ネオンが運転中に見える景色は合成である。実際に車を運転しているのは国際C級ライセンスも持ち、海原先生の信頼が篤い千里であった。千里は(フロントガラス越しに)ネオンっぽく見えるように男装し、ネオンに見えるように“差分フェイスマスク”(*6)までつけて、運転している。その時も助手席に乗っているのはネオンの姉本人である。
(*5)コスモスはランボルギーニの借り賃に50万円くらい払おうとしたが、海原先生は要らないと言ったのでラピスラズリのビデオとサインを謹呈した。なぜアクアではなくラピスラズリかというと、アクアが自分のCD,ビデオ類をワンティスのメンバー全員に毎回謹呈しているので、海原先生もアクアのCD,ビデオ類は全部持っているからである。海原先生はアクアの従妹・美奈代の父でもあるから、アクアにとっては親族に近い人でもある。
(*6) 差分フェイスマスクとは、装着する人と顔を似せる人との顔を各々3Dスキャンし、そのフェイスマスクを着けることによって目的の人の顔に見えるようにコンピュータで顔の凹凸の差分計算をし3Dプリントして製造したマスクである。『少年探偵団』の撮影で使用している。ネオンは身長167cm, 千里は168cmで背丈もほとんど変わらない。
差分計算なので、顔自体の大きさが極端に違う場合は偽装困難である。たとえば白鵬にフェイスマスクを付けさせて、橋本環奈に偽装させるのは、さすがに無理。
アクアはコスモス社長に訊いた。
「あのぉ、牡羊座から乙女座までやったら、なぜ天秤座から魚座が無いのだ?と言われません?」
「だって牡羊から魚まで12曲にしようと言ったら、あんたのマネージャーが、アクアの負荷が大きすぎると言って、6曲入りに変更したんだもん」
とコスモスは逆に文句を言った!
ちなみに今回の企画は、マリと千里が電話で話し合い「12曲作るんなら十二星座にちなむ歌とかどうだろう?」「あ、いいね」という会話で決まってしまったものである。
それで今回のアルバムのタイトルは『十二星座』あらため『六星座』である!
今回のアルバムの録音作業は4月の上旬から中旬まで行われ、4月17日(金)にはマスターができたものの、リリースは連休明けの5月13日(水)になった。むろんコロナの緊急事態宣言が発令されている中、CDを求めて人がショップに殺到するのを避けるためである。今回、§§ミュージックとTKRは各ショップにファンの過熱を避けるため、“予約特典”のようなものを付けないよう要請した。
4月から女子大生になって新しい生活を始めるつもりだった、彩佳・桐絵・宏恵の3人は、入学予定の大学が休校になり、入学式自体中止されてしまったので、出鼻をくじかれた気分であった。
大学の授業は始まらないし、親からは
・電車やバスに乗るな
・バイトは当面するな
・飲食店とかに入るな
と“三禁”を通達された。
「じゃ何すればいいのよ〜?」
と3人は文句を言うが仕方ない。
「暇だ!」
「何かしたい!」
「ゲームする?」
「飽きた」
それで3人は自分たちが住んでいる渋谷のマンションから、代々木の龍虎のマンションまで歩いていき、勝手に“お掃除”を始めたのである。
「Mと書かれた部屋の衣装ケースは男物が多い。Fと書かれた部屋の衣装ケースは女の子の服ばかり」
「分かった。Fは女装のための部屋で、Mは男装のための部屋なんだよ」
「ああ、そういうことだったのか」
「Mの部屋の男物の服は捨てちゃわない?」
「うん。龍はいいかげん、男装はやめて、常時女の子の服を着ているべきだよね」
などと言って勝手にMの部屋の男物の服を処分しちゃう!
「Mの部屋の衣装ケースも半分くらいは女の子の服じゃん」
「だからいつもそれだけ着ていればいいね」
なおNの部屋は3人も勝手にいじってはいけないような気がして、触らなかった。
その日、龍虎(M)が帰宅したのは23時頃である。
部屋の中に入ると御飯が作られている。
「F?」
と声を掛けるが返事がない。寝ちゃったかな?コンビニでも行ってるのかな?と思いながら、服を脱ぐ。シャワーを浴び、身体を拭いて裸のまま自分の部屋に行き、服を着ようと思ったら、ベッドに彩佳が寝ているのでギョッとする。
取り敢えず、自分の衣装ケースから、ホームドレスを出して着た!
(ジャージの上下を着るつもりが見つからなかった)
「アヤ、アヤ」
と声を掛けたら、彩佳は目を覚ました。そしていきなり龍虎に飛び付くようにして、そのまま龍虎を引き倒してしまう!そして口に吸い付くようにキスをされた。舌を入れられ吸われる!
龍虎がパニックになっていると、彩佳は龍虎のホームドレスの裙をめくり、あの付近に手を伸ばし、いきなり揉み始める。
「ちょっとアヤ、やめて」
「今もっと気持ち良くしてあげるね。今日は生でしてもいいよ。安全日だから」
「やめてー」
と言って、龍虎は少し力を入れて彩佳を突き放すと逃げ出す。
取り敢えずFの部屋に逃げ込むと、そこのベッドには宏恵が寝ていた。
「あ、お帰り〜。お掃除で疲れたから少し寝せてもらった」
「それはいいけど、取り敢えず助けて」
「ちゃんとアヤを抱いた?」
「やられそうになったから逃げてきた」
「見ないふりしてあげるから、アヤとやってきなよ」
と宏恵が言うので、龍虎はどうしよう?と悩んだ。
「お掃除してくれたんだ?ありがとう」
と龍虎は3人と一緒に居間のテーブルを囲んだ。宏恵と桐絵はパジャマを着ているが、彩佳は裸である!それを黙殺して、龍虎は紅茶を入れて3人の前に出す。
「今夜ここに3人とも泊まっていいよね?」
「うん。それはいい」
Fは八王子の家(ポルシェを置いている所)に避難しているという“脳内連絡”が入っている。
「だから龍は今夜、私を抱いてね」
と裸のままのアヤは言っている。
「そんなことしないから、アヤはぐっすりひとりで寝なよ」
「龍はどうするの?」
「僕は居間のソファで寝るから気にしないで」
「それじゃ疲れが取れないよ。アヤと一緒にぐっすり寝ればいいよ」
「よけい疲れそうな気がする」
「大丈夫だよ。全部私がしてあげるから、龍は寝ているだけでいいよ」
「寝ていても強引に運動させられそうだ」
龍虎があくまで彩佳との同衾を拒否するので、彩佳もこの日は無理せず、結局そのままMの部屋に行き、裸のままベッドでぐっすり寝たようである。
そしてこの夜は、龍虎は本当に居間のソファで寝た!
むろん龍虎は男物の服を全部捨てられていることをまだ知らない。
また彩佳につけられた首筋のキスマークが消えないので、桐絵がコンシーラーを塗って、目立たないようにしてくれた。
播磨工務店“赤組”による、バスケ練習場の設置は、4月28日までに一通り完了した。
3.12-15 レッドインパルス練習場 3.16-20 アメフト部練習場
3.21-23 ジョイフルゴールド(玲央美)
3.24-26 TT事務機(貴司)
3.27-29 火牛アリーナ
3.30-4.4 若林植物公園に2個
4.05-07 小浜ラボ
4.08-10 市川ラボ
4.11-13 行田(ぎょうだ)トルネーズ
4.14-16 マルセイユ(千里)
4.17-19 セビリアのゲパルダ
4.20-22 オルレアン(玲央美)
4.23-25 旭川N高校
4.26-28 札幌P高校
玲央美も千里も相変わらず日本とヨーロッパを行き来しているが、向こうの人たちからは「コロナで飛行機止まってて帰国できなくて大変ね」と同情されている。なお千里は今期はアメリカのWBDAには行かないことにした。どっちみちリーグは今年は試合中止になっている(海外から来る選手が多いし、ハワイやカナダのチームがアメリカ本土に移動できないのでリーグが成立しない)。
旭川N高校には工事完了して引き渡す際に千里も顔を出した。
「いや面白いものを作ってくれた。これなら感染の心配は無いよ。ここしばらく練習ができなくてみんな困っていた」
と宇田先生は、満面の笑顔だった。
「元々は1人1ストラップを完全独占する仕様なんです。できたらロースターのメンバー限定で使って欲しいんですが、もし交替して別の部員にも使わせる場合は、毎回完全に消毒して下さい」
「アルコールとかで消毒すればいいんだっけ?」
「合成洗剤とアルコールを使いますが、消毒するのには酸素ボンベ付き防護服が必要です。一応こちらにやり方をまとめました」
と言って、千里は宇田先生に書類を渡した。
「生徒にさせるのは危険ですから、清掃業者に頼んだ方がいいです」
「だろうね!」
「清掃にかかる時間とかその後の換気とかも考えたら、1日に何度も完全消毒というのは大変ですし、業者さんにずっとスタンバイしておいてもらう訳にもいかないでしょうから、消毒は1日1回にして、同じ日に複数の選手は使わないようにした方がいいと思います」
「分かった。それでも今みたいに全く練習できないのよりはマシだよ」
「あと、この中で飲食したり声を掛け合わないでください」
「バスケ協会から、ミーティング禁止という通達がきてるよ」
「打ち合わせはスマホの会議で。水分補給する時は、いったん練習場の外に出て。声を掛ける代わりにお互い会釈。握手やハイタッチはエア握手・エアハイタッチで。話す時はZoomとかを使うか、スマホのショートメールの交換で」
「大変そうだ!」
「ワクチンが出回るまでの我慢ですね」
「それいつ頃できるかね」
「あのぉ、治験中のものならありますが、先生、打っておきます?」
宇田先生は少し考えた。
「また今度の時でもいい?」
「先生、BCGは受けてます?」
「いや、僕はいつも陽性だったから受けてない」
「だったらBCGも持っていますけど、そちら打ちます?」
先生は少し考えた。
「BCG打っておこうかな」
それで千里は宇田先生にBCG(ソ連株系)を打ってあげたのである。
あけぼのテレビでは、連休明けから、再放送中心の深夜時間帯に、新たに番組が加わった。題して『アクア改造マル秘計画』である。
主宰はローズ+リリーのマリ!で、そのマリからの強い要望で実現したものである。ケイが猛反対したものの、アルト社長が「まあジョークですよ」と言うので、ケイも容認した。番組の企画書は松浦紗雪が書いた(マリは頭の中がポエムなので企画書のようなものは書けない)。マリ・紗雪以外の出演者はこのようであった。
富士宮ノエル、XANFUSの光帆、KARIONの小風、ゴールデンシックスのリノン。
要するにこれまで不定期に開かれていた“アクア・ファンクラブ幹部会議”のメンツである。但し同会議の常連である、佐々木川南・白浜夏恋・若生暢子は「自分たちは芸能人ではないから」と辞退、また、春風アルトも常連だったのだが、「社長はあまり発言できないから」と言って辞退した。
それで番組の内容だが
「いかにしてアクアを拉致して去勢あるいは性転換するか」
という計画を楽しく話し合う番組である。
むろん会議はリモートで行われる。
「ところでアクアってまだちんちんあるの?」
という根本的な疑問から番組は始まった。
「1月に、映画の撮影時に多くの男湯の一般人に目撃されています」
「なんだ。あるのか。残念」
「しかしアクアが男湯に入るなんてめったにないことだな」
(ネットでは「同感!」という意見が多かった)
「それってどのくらいのサイズだったのでしょう?」
「小学6年生か中学1年生くらいのサイズだったという意見が多いですね」
「そこまで大きくなっているなら、声変わりも近いのでは」
「それは大変だ。一刻も早く拉致して声変わりを引き起こすような毒物を体内に放出する睾丸を取り除いて、声変わりを防止しなければ」
「やはり一気に性転換して女の子に改造するのがいいよね」
「きっと、あの子は女の子になった方が人気上昇するよ」
などと言った会話から始まった。
そしてこれが毎回物凄い視聴率になって、コスモスもケイも呆れた。
だいたい無茶な計画が練られる。ほとんどアオベエ・キスケ・アカネの作戦かワルモ団の作戦かという感じである(基本的に一般の人が実行可能かも知れないような作戦は出さないでくれと松浦紗雪には頼んだ)。
・アクアのマンションの入口の所に落とし穴を掘ってアクアが落ちるようにしよう。
・アクアの楽屋に大きな網(あみ)を仕掛けておいて、アクアが入ってきたら網が落ちてきてアクアを捕獲する。
・アクアが行く所に、大きなネズミ取りみたいなのを仕掛けておいて、中にある可愛いお洋服につられてアクアが中に入ったら、機械的な仕掛けにより入口のドアが落ちる。
・アクアが可愛いドレスを買うのに試着しようとフィッティングルームに入ったら床が抜けてそのまま拉致される。
・アクアが電車に乗ったら、それが実は“アクア・ホイホイ”でアクアは外に出られなくなり、電車は手術室に直行。
・アクアの寝室に忍び込み、睾丸に結束バンドを取り付け、血液が行かないようにして睾丸を壊死させる。
・コスモス社長に変装し「君は女の子歌手になってもらうことになったから」と言って、手術室に連れて行く。
・ちんちんは切らなくていいけど、声変わり防止のために睾丸は取ろうよと何とか説得して手術室へ。もちろん全部取り除いて、立派な女の子にしてあげる。
・ギロチン・マジックに参加させ「切れたりしないから大丈夫」と言って、おちんちんを穴に入れさせ「あ、間違った」と言って切り落としてしまう。
・アクアに健康診断を受けてといって病院に連れて行き、そのまま手術室へ。
・君のちんちんは小さすぎるから大きくなるように男性ホルモン注射してあげるねと言って、実際には女性ホルモンを睾丸に直接注射する。
・アクアに「君が男性であることを確認したい」と言ってお医者さんに診せ、診察するふりをして男性器を切り落とす。
番組の企画を見たアクアが嫌そうな顔をしていた!
実際に放送が始まると、タイムシフト(現時点では§§ミュージックのタレントのみに実験的に許可している)で見たアクアFは大笑いしていた。
「Mちゃん、こんな感じで強制性転換されちゃったら、諦めも付くんじゃない?そろそろ男の子から卒業しようよ」
「絶対やだ」
「男の子の服も無くなったことだし」
「今通販で取り寄せ中。全くあいつらったら」
男物がないので、今日のMは(仕方なく?)スカートを穿いている。ちなみにスカートでアクアが仕事に出かけても誰も何も言わない。
「性転換しないのなら、ボクとセックスする?」
とFが言うと
「なんで、そういう話になるのか、お前の頭の中身が分からん」
とMに言われる。
「だって多分ボクたち2人で居られるのってあと数ヶ月だと思うからさ。今のうちにセックスしてみない?」
「それさ、どちらが残っても恨みっこ無しということでいいよな?」
「それはいいけど、1人になったらセックスできないじゃん」
「自分とセックスして万が一にも妊娠したらどうすんだよ」
「避妊すれば大丈夫だよ」
「Fさ、誰か好きな男の人とかいないの?いるんなら、その人に抱いてもらえるように、僕も協力するよ。何なら僕が代わりに告白して、ベッドに入る直前にチェンジしてもいいし」
「ボクを抱いた人は、アクアが女の子だったということを確信しちゃうね」
「それ、今更だろ?」
「かもねー」
でもFは別に好きな男性は居ないと言った。
「Mはボクより彩佳とセックスしたい?」
「あいつの目がおかしい。明らかに僕を狙ってる。隙あらば押し倒そうとしてる」
あの後彩佳は数回ここに来ているが、MはFの部屋に避難して鍵を掛けて夜を過ごしたりした。でもFにも襲われかけた!(何とか説得した)
(普通の男の子からしたら羨ましい話だが、生憎Mには女の子とセックスしたいという気持ちが存在しない)
「高校卒業記念か大学合格記念にセックスしてあげたら良かったのに」
「いやそれはそのだな」
「好きなんでしょ?」
「お前なら分かるだろ?僕は恋愛というのがよく分からない」
「恋愛とか抜きで、彩佳がセックスしたがったるんだから、してあげればいいのに。きっとMも気持ちいいよ」
「それ契約違反だし」
「ボクたちのタレント契約では、男性との交際は禁止されてたけど、女性との交際は禁止されていない」
「そうだったっけ!?」
「その禁止条項も解除しようかなとコスモス社長言ってたよ」
「へー!」
「あとアクアについて30歳まで性転換禁止という契約になってたけど、それも解除しようかなって」
「それは別に必要無い」
「アクアは20歳までに睾丸を除去すること、という条項を入れちゃおうかなというのも」
「それ絶対反対」
「きっとお母ちゃんならハンコ押すよ」
「押しそう!!」
さて『アクア改造マル秘計画』では、毎回、番組の後半で、このファンタジー?な計画を“妄想劇”として演じてみせるのだが、その“犠牲者役”として、以前からアクアのそっくりさんとして知られていた、尾崎鞠矢ちゃん(20)が出演する。
彼(彼女?)は現在秋田県で大学生をしているのだが、現地ローカルの俳優さんなどと一緒にビデオ撮影をしてもらった。
サンシャイン映像制作の撮影スタッフと消毒担当スタッフが秋田県に行き、現地の撮影会社と清掃会社を指導して、徹底的に感染予防対策をした上での撮影をした。向こうの撮影会社も「そこまでするのか」と驚いていたが、この“新生活”時代の撮影について大きなノウハウを得られたようである。実際その後、この会社が担当した番組では、ひとりの感染者も出さずに済んでいる。
これはあけぼのテレビ本体で制作するドラマなどでも同様の対応となったのだが、ドラマは基本的に口パクで演じる。そしてアフレコにより声を吹き込むが、アフレコの際は1人1人個室で作業をおこない、同じ部屋を別の人が使う場合は毎回徹底的な消毒作業をおこなう。
アフレコということは、実は演技している人と声を出している人は別人でも構わない。それで実際に、演技しているのは尾崎鞠矢で、彼(彼女?)が落とし穴に落とされたり、上から落ちてきた網で捕獲されたり(体当たり芸人的な扱い)、眠り薬を飲まされたりして、手術台に乗せられ、手術が終わって麻酔から醒めたところで
「うっそー!おちんちん無くなってる!」
「何このおっぱい!?」
などと驚いたりするのだが、声は実は彼(彼女?)のお姉さんの尾崎珠里さんが吹き込んでいる。お姉さんは地元の劇団にも所属していてアフレコもうまい(劇団は公演も練習も休止中)。
むろん鞠矢演じるアクアは毎回手術されて、自分の“新しい身体”に毎回驚くことになる。
手術されて女の子の身体になっていることに気づいた後、ベッドから起き上がって、鏡に全身ヌードを映すシーンがあるが、ここは唐突にアニメーションになり、漫画のようなキャラ(顔はアクアに酷似)が鏡に映った女の子ヌードを見て陶酔したような表情をするのが毎回の見せ場?になっていた。陶酔したような女の子アクアはその後、パンティを穿き(スッキリしたパンティのラインに女の子アクアが溜息をつく)、ブラジャーを着け(豊かなバストがブラジャーにきれいに納まり、アクアはちよっと嬉しそうな表情をする)、キャミソール、スカート、ブラウスと身につけていき、メイクパレットを開いて可愛くお化粧して表に出て行く。そこに
“女の子アクアは全国民のアイドルとなった”
というテロップが表示されて、番組終了となる。この身につける下着や服が毎回違うタイプのものを使い、ビデオの完全使い回しはしていない所が
「金掛けてるなあ」
と言われた。ちなみにこの番組の制作費は全てマリが個人的に出している。(視聴料収入はマリとあけぼのテレビが半々の契約。なおこの番組にはスポンサーは入れない)
アニメーションでさえも、こういう映像は、最近では在来局では見られなくなった(『ふしぎなメルモ』のレベル)。しかしこのアニメーションの女の子アクアの映像が美しい、と女子高生や女子大生などから随分言われていた。そのあたりはさすがに女性のマリが監修しているだけのことはある。
なお、手術ではなく、性転換薬を飲まされて女の子に変化したり、女の子に変化する魔法を掛けられたりという回もあった(魔女姿のマリが出演)。また去勢のみという回もあった。ライオンにちんちんを食べられちゃうというのは、ライオンは着ぐるみを使用!(中の人は鞠矢の姉)ピラニアにちんちんを食べさせるというのは、実際にはピラニアではなくただの小アジで撮影している(それでも本当に噛まれないよう、ちんちんには防護シートをつけて撮影している−防護シートには穴が空いていてギョッとしたらしい:ダジャレではない)。
鞠矢ちゃんは、20歳ではあっても、性的未分化っぽい身体付きなので、アクアの代役をさせるには、とても都合が良かった。もっともアクアは実際には性的未分化ではなく明らかな女性体型だが!
しかし彼は今回の番組のギャラで性転換手術を受けられるかも知れない!
5月25日は、ローザ+リリンの給料日だった。ローザ+リリンの報酬は、UTPおよび§§ミュージックから毎月月末にザマーミロ鉄板に振り込まれ、その翌月25日にケイナとマリナの口座に振り込まれることになっていた。それが振り込まれていないのである。
ケイナは支払い関係があり困るので、事務所に電話してみた。
すると社長の奥さん(常務)が出て
「ごめんなさい」
と言った。
電話ではどうも要領を得ないので、ケイナとマリナは取り敢えず板橋区内の事務所に行ってみた。すると、出かけていた板付社長がちょうど戻って来た所のようである。
「すまない」
と社長が土下座する。強面の板付社長が土下座などすると、そのほうがよほど恐い!
「どうしたんですか?」
「実は運転資金が尽きてしまって。今、MX信用組合と、国民生活金融公庫にも行ってきたんだけど、貸し出し残高が大きいから、これ以上貸せないと言われて」
「それで実は、今月、皆さんに払う報酬の原資がどうしてもなくて」
と常務。
「待って下さい、なんでそういうことになってるんです?UTPや§§ミュージックからは毎月、報酬が振り込まれていますよね?」
それで社長の説明はこうだった。
昨年春以降、ローザ+リリンの仕事が物凄く増えて、収入も大きいが、仕事に必要な経費、主として交通費・宿泊費、衣装代、資料関係の購入費などはザマーミロ鉄板が仮払いしていた(最終的にはケイナ・マリナの負担)。また著作権使用料(これは事務所負担)とかも結構掛かっていた。交通費宿泊費は昨年の夏頃の段階で毎月50万くらい、12-1月頃は毎月200万円を越えていた。
交通費などは、放送局などがチケットの現物で支給してくれる場合もあるが、結構こちらで払っておいて、あとでその分のお金を払ってくれるというケースも多く、それをザマーミロ鉄板が立て替え払いしていたものの、その金額がかなりの金額となっていた。
こういった金額がこれまでの会社の年間資金を軽く超える凄い額になったので、昨年夏頃いったん運転資金が不足し、一度は国民生活金融公庫から融資してもらって乗り切った。それが12月頃からまた更に仕事が拡大し、とても負担しきれなくなったが、MX信用組合が、ローザ+リリンが好調なことから融資してくれて、それで何とか乗り切った。しかしここで自転車操業状態に陥った。
多額の借り入れをしてしまったので、その返済に苦しむ。しかし、毎月凄い金額が§§ミュージックから振り込まれてくるので、その資金を少し使い込む形で何とか回してきた。
ところがコロナの影響で、3月4月の仕事が急に減ったことから、入ってくるお金も激減した。
「それで資金がショートしてしまったんですか」
「面目ない」
昨年度までは年間の売上が1000万円行くか行かないか程度の事務所だったのである。株式会社ではあっても実態は社長の個人経営に等しかった。実は社長の奥さん(常務)の給料なんて毎月3万円である!それがローザ+リリンがあまりにも売れすぎたことから、それまでの年間予算の数倍のお金の出入りが毎月発生することになった。
「好景気の経営行き詰まりって奴だよな。急速に伸びる企業では時々あること」
などとケイナは他人事のように解説している。
マリナは尋ねた。
「6月1日になれば、§§ミュージックからの私たちのギャラの入金がありますよね?」
「うん」
「何とか待ってもらって6月1日にそのお金で払うということは?」
「それが5月中に払わないと、期限の利益を喪失するものがあるから」
今月は月末の5月31日が日曜である。そういう場合、この業界の慣習では入金は翌日の月曜日になってしまう。しかし金融機関の返済は月末までの支払いで月末が土日なら、その前日の金曜日までに支払う必要があるものもある。
今月は暦の運が悪かった。
でも社長は29日と言っているけど、ひょっとしたら元々先月の24-25日頃にマリナたちへの支払いのために短期で借りた資金を実は今日返済しなければならないのだったりして!?
マリナは尋ねた。
「それで幾ら足りないんです?」
「君たち2人に払うべき報酬が2人分で1500万円、他の芸人さんたちへの報酬が合計で80万円、これは本当は今日払うべきお金。金融機関への返済で5月29日までのものが短期の借り入れを含めて1200万円、6月1日まででいいのが500万円、それから6月1日までに法人税を約3000万円」
マリナはスマホの電卓を叩いた。
短期というのは多分1ヶ月単位で借りた利子の高い資金か?この会社やばくない?
「今手元にある資金は?」
「200万円くらい」
「だったら私たち以外の芸人さんたちの報酬をまず払ってあげて下さい」
とマリナが言うと、社長の奥さん(常務)が
「あ、そうよね。すぐ振り込む」
と言ってパソコンに飛び付いた。
「結局6月1日までに私たちの報酬以外に4580万円必要なんですね」
「そういうことになるかな」
「6月1日にUTPと§§ミュージックから入金する予定のお金は?」
「UTPから200万円、§§ミュージックから3600万円」
「合計3800万円か。するとプラス800万円あれば何とかなります?」
とマリナは尋ねた。
「それが29日までに1200万円が必要で」
「じゃもし私が1200万円都合を付けられたら、何とかなります?」
「実は7月10日は源泉税を400万円くらい払わないといけなくて」
「だったら1600万円では?」
「君たちの報酬の支払いを待ってもらえたら」
「お前、1600万円あるの?」
とケイナがマリナに訊く。
「うーん。現金は800万円くらいしかないけど、株式が同じくらいあるはずだから、今日中に全部売却すれば28日に代金を受け取れて、それで社長に貸せる」
「株とか持ってるの〜?」
「多額の資金を全部現金で持っておくのは危険だよ」
「それ頼める?」
「いいですよ。長い付き合いだし」
「でもいつ返せるか、ちょっと今の段階では自信か無いんだけど」
「この事務所の株主になってもいいですよ。そしたら返済不要だし」
「うちの会社、資本金800万円なんだけど」
「だったら第三者増資で私が全体の66%の株を持つということで。社長が34%で。最終的には更に増資して社長が51%, 私が49%でもいいですよ」
今800万円を2400万円に増資して、板付社長が34%, マリナが66%なら、板付816万、マリナ1584万だから、板付は16万円をマリナに返せばいい。その後、マリナの出資率を49%に下げるには、資本金を3232万円まで増資し、板付が832万円追加出資すればいいことになるが、それはもう来年になるかもという気もした。
「分かった。だったら後日調整ということで」
と社長。
「じゃ800万はすぐ振り込みます」
と言って、マリナはその場でスマホで操作して800万円をザマーミロ鉄板の口座に振り込んだ。社長は明言しなかったが、“短期の資金”には今日が返済期限の物も含まれているのではという気がした。
「マリナが1600万円貸した場合、資金繰りはどうなるんだっけ?」
とケイナが訊く。
「私が出資した1600万円で29日までに取り敢えず金融機関へ1200万円返済をする。400万円残って、6月1日に3800万円入金したら4200万円になるから、税金を3000万円払い、金融機関に500万円払って、700万円残る。6月11日に源泉税400万円を払って残った300万円で6月は何とか運用する」
3月決算の企業は法人税を2ヶ月後の5月までに支払わなければならない。但し正式な決算額は6月の株主総会で決まるので、その時点で修正申告して、そこで追納/還付が発生する場合もある。しかし正式な決算額とあまりにも懸け離れた金額で5月に納税することは許されない。
「俺たちの報酬は?」
「今月は会社に貸しだね」
「それだと公共料金が払えない。ケイさんへの返済も」
とケイナは言う。
マンションをマリナが買ったので、光熱費などはケイナが払うことにしているのである。
「公共料金は取り敢えず私が払っておくよ。ケイさんには事情を話して今月の返済は保留してもらおう」
ケイは連絡すると快く「返済はいつでもいいよ」と言ってくれた。
しかしこういう訳で、マリナはこの会社の共同オーナーになったのである。
「でも来月も25日には君たちへの報酬が払えないんだけど」
「資金繰りが回復するまでは、§§ミュージックからの入金後の振込でいいですよ」
「すまなーい!」
と板付社長は恐縮していた。
しかし完全なる自転車営業だ。しかもマリナたちに1500万円借りたままということになる。
とりあえずマリナの出資で危機を乗り切れそうだが、この後もしばらく自転車操業が続き、恐らく1500万円の返済は8月か9月、ちゃんと25日に報酬が払えるようになるのは10-11月頃かも。
ということは・・・・。
「社長、今後交通費・宿泊費、衣装代、スタジオ代とかの細々とした経費は直接私が払いますよ。それで会社の資金繰りも少し楽になりますよね?」
「すまーん!それ物凄く助かる」
と社長は本当に恐縮していた。
これまで交通費・宿泊費や練習用のスタジオ借り賃などは事務所が予約し料金を支払い、その分をマリナたちに支払う報酬から天引きしていたのだが、その事務所が一時負担する経費が毎月100万円を越えているのである。もっとも昨年度はあまりにも移動が多く、実際の航空券予約は事務所を通さずにマリナが直接予約を入れることも多くなっていた。そしてその控えをケイナはちゃんと保存していなかったので経費で落とし損ねている。
経費を直接マリナが支払うことにするので、これまで事務所とローザ+リリンの報酬比率は、事務所4:ローザ+リリン6だったが、事務所3:ローザ+リリン7(§§ミュージック経由分は§§ミュージック:ザマーミロ鉄板:ローザ+リリン=2:1.5:6.5)とすることにし、これを6月分(7月受取)から適用しようということで、社長とマリナは“口頭で”同意した(実は両者は紙の契約書を交わしていない。この業界はこういうのが多い)。
(この業界は事務所7:芸人3とか、待遇のいい所でも事務所6:芸人4という所が多いが、ローザ+リリンはザマーミロ鉄板の収入の9割以上を稼いでいるので元々破格の報酬比率になっている)
「そうだ。副社長か何かにしようか?」
「それ責任負わされそうだから辞退します」
「だけど貯金全部使ってしまったら、デンデンへの報酬はどうしようか?」
とケイナは事務所を出た後で訊いた。
彼には(東京近辺の)移動の際の運転手を務めてもらう代わりに毎月10万払う約束にしている。
「それは投信を解約するよ。今週中には現金化できると思う」
株式は売却後2日で代金が入金するのに対して投信はその投信ごとに入金日が異なり、5日以上かかるものもあるが、早いものは3日くらいで受け取れるものもある。
「投信とかも持ってるの〜〜?」
「多額の資金をひとつの形態で持っておくのは危険だよ」
とマリナは言った。
「マリナ、他の資産は?」
「内緒。でもケイナみたいにお股の金(きん)は無いよ」
「あれは現金化が困難だな」
なお実際にはマリナは物凄く多忙なので宿泊やスタジオの手配などを自分ひとりでやるには無理があると思った。そこでマリナは個人的なマネージャーを雇うことを考えた。占星術の研究会で会って意気投合していた大阪の友人に電話をしてみる。実はバイク仲間でもあり、数回一緒にツーリングしたこともある。彼女は Honda CB600F Hornet、マリナは Suzuki GSR600 であった。
「あ、今妊娠中なんだ?おめでとー」
「記者会見、見たよ。マリナちゃんも妊娠したんだって?おめでとう」
「でもあんた、どういう原理で妊娠したわけ?」
「それこちらが訊きたいな」
お互い、深くは追求しないことにする。
「だけど妊娠中なら無理かなあ」
「どういう仕事?」
それでマリナが仕事のスケジュール管理と宿泊・スタジオなどの手配をして欲しいのだということを説明する。
「複数の事務所の仕事をしているから、ダブルブッキングが恐いんだよ。それを管理して欲しいのと宿泊とか、時にはスタジオとかの手配」
「航空券とか新幹線のチケット確保も?」
「それが今公共交通機関の利用が禁止なんだよね。だから車での移動だから、列車や飛行機のチケットの手配は今の所必要無いけど、コロナが終息したらその仕事も出てくる。誰かと会って仕事の営業したりとかは無いから、全国どこに居てもできる仕事なんだ」
「ああ、だったら出産前後はうちの旦那にさせようかな」
「じゃ頼んでもいい?報酬は取り敢えず月30万円くらいで」
「それ報酬が多すぎて恐いんですけど」
彼女は昨年までは“従業員”だったので毎月20万円くらいの“給料”をもらっていたものの、2月にお店の店主と結婚した以降、“家族”なので給料が無くなってしまったらしい。それでこの仕事をすると自分の個人的なお小遣いが得られるので助かると言っていた。
彼女が快諾(?)してくれたので、§§ミュージックの美咲マネージャー、UTPの甲斐窓香マネージャーとも連絡を取ってもらい、彼女の所でローザ+リリンのスケジュールを最終管理するとともに、宿泊の手配などもやってもらうことにした。またこの仕事専用のスマホを1個契約し、また仕事用のパソコンも1台調達して送った。
「このパソコンには仕事関係のソフトだけ入れて、他のパソコンでは作業しないようにして。あと絶対にディスクの共有とかはしないで。どうしてもデータのやりとりが必要な場合はUSBメモリ使って」
「了解。それってセキュリティの基本だよね」
彼女には、自分のクレカの番号・セキュリティコード・パスワードも送った。
彼女は過去に飲食店の経理担当だったこともあり(どうも現在も似たような仕事をしている模様)、お金に関しては倫理観の厳しい子なので、万が一にも横領などの心配をする必要が無い。それにクレカは使用履歴が全部見られるので、不正のしようもないのである。
また彼女の親友の中国人の女の子が、昨年結婚して、夫(日本人)の仕事の都合で東京に来ているらしく、買い出しなどの仕事は彼女に頼もうということになった。彼女も実は妊娠しているらしいが、予定日は12月で、7月出産予定の大阪の友人とも、10月出産予定のマリナとも時期がずれているので、結果的に補い合えるようだ。
「料理が凄くうまいからメシスタントに使ってもいいよ」
「妊婦をあまりこき使うのは悪いから」
「彼女も個人的なお小遣いが欲しいみたいでさ」
「ああ。主婦は大変ネ」
と言いながら、マリナは自分も専業主婦になっていたら、結構不便をしていたかも知れない気がした。
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【春曙】(4)