【東雲】(1)
1 2 3 4 5 6
(C)Eriko Kawaguchi 2020-08-01
その日、西湖たちは古典の授業で、何個かの和歌を鑑賞していた。
「夏の夜(よ)の、臥すかとすれば、ほととぎす、鳴く一声に明くる東雲(しののめ)」
「古今和歌集・夏の歌、作者は紀貫之(きのつらゆき)、バーチャル女子だな」
と先生が言ったのに、教室内の多数の生徒から笑い声があがったが、西湖はなぜみんな笑ったのか分からず、キノツラユキって人、男の娘だったんだろうかなどと考えていた(*1)。
「浅井、解釈してみろ」
「はい」
と言って童夢は立ち上がる。
「夏の夜(よる)に、ちょっと横になったかと思ったら、もうほととぎすが鳴いて、その一声とともに朝が来てしまう。朝になると鳥が鳴き始めるので、鳥が鳴くということ自体が朝の到来を表しています。夏は昼が長く夜が短いので、その短い夜のことを表現した歌です」
「うん。ちゃんと解釈できてるな。偉い偉い」
と先生は褒めてくれる。
(*1) 紀貫之はこの古今和歌集のメイン編纂者で、同歌集の仮名序を書いている。彼は中学高校の古典では『土佐日記』の著者としても知られる。『土佐日記』の冒頭はこのようになっている。
をとこ(男)もすなるにき(日記)といふものを、をむな(女)もしてみんとてするなり。
(現代語訳:男もすると聞く日記というものを女(の私)もしてみようと思ってするのである)
高校の古典でよく問題にされるのがこの「すなる」と「するなり」の違いである。「すなる」の「なる」は伝聞を表す助動詞「なり」の連体形で、この助動詞は終止形に付くので「すなる」となる。「するなり」の「なり」は断定を表す助動詞「なり」の終止形であり、この助動詞は連体形につくので「するなり」になる。
この冒頭の文は、以下の文書を、かな文字で書くことに対する言い訳である。それまでの文学は多くが漢文で書かれてきた。しかし女性には漢字の知識が無くかな文字しか読み書きできない人も多かった。そこで作者を女性に仮託することにより、かな文字・日本語で日記を書くという新しい文芸スタイルを確立したのである。
これが後の『蜻蛉日記』『和泉式部日記』などの日記文学の発端ともなったし、また平安時代の女性文学を生み出すきっかけにもなったのである。『土佐日記』が書かれたのが恐らく934年かそのすぐ後くらいで、その少し後に『竹取物語』が生まれている。源氏物語には「(竹取物語は)絵は巨勢相覧、手は紀貫之書けり」と言及されているので、紀貫之は、竹取物語にも関わっているようである。
先生が言ったバーチャル女子とは、紀貫之が女性を装って土佐日記を書いたことを言っている。
「ちなみにこのほととぎすはもちろん鳥の名前なんだけど、花の名前にもほととぎすというのはあるな。ユリ科の植物でこんな感じだ」
と言って先生は写真をホワイトボードに貼りだした。
「へー。これがほととぎす?」
と思って西湖はその写真を見た。
「ちなみにこのほとどきすは、東雲(しののめ)という品種だ。ほととぎすには、東雲(しののめ)、桃源、青竜、藤娘、松風、秋空、などという美しい名前のついた品種もある」
と先生は説明した。
『東雲といったら、東雲はるこちゃんだよなあ』
などと西湖は考えていた。あの子、すっごく女の子らしい。だいたいアイドル目指す子って、どちらかというと漢らしい、強いタイプの女の子が多いけど、ああいう子も珍しいと西湖は思っていた。あまりにも儚い感じで芸能界で生きていけるだろうかと少し心配になるくらいだ。相棒の朱美ちゃんのほうがしっかりしているけど、あの子は元々は男の子だったのが病気でおちんちんを切らなければならなくなって、どうせちんちん切るなら、いっそ女の子にしようということで、女の子になったんだとか言ってたっけ?さすが元男の子だよな。名前も男子時代は「曙(あけぼの)」だったのを女の子になったから少しアレンジして「あけみ」に改名したのだとか?
(情報源は主として姫路スピカで一部アクアからの情報も混じっている。スピカは白鳥リズムから聞いた話、川崎ゆりこから聞いた話、花ちゃんから聞いた話などがソースだが、スピカの段階で既に幾つかの話が混線している)
でも朱美ちゃん、女の子でも充分通るから、女の子になって良かったんじゃないかなぁ。ボクも女の子のまま生きて行きたいな。。。。
などと西湖F(聖子)は考えていた。
(1月5日の分裂以来、学校に出て来ているのは西湖Fである)
ぼーっと授業外のことを考えていたら当てられた。
「天月(あまぎ)、この歌を解釈してみろ」
え?え?どこ?と焦っていたら、後の席の奈津が教えてくれた。
「245ページの3番目の歌」
「ありがとう」
3番目ってこれか。
「東雲(しののめ)の朗ら朗ら(ほがらほがら)と明け行けば、己(おの)が衣々(きぬぎぬ)なるぞ悲しき」
と聖子(西湖F)はまず全体を通読する。
「朝がきて、どんどん明るくなっていくと、一緒に寝ていた男女ふたりが各々の服を着て別れなければならないのが悲しい。ここで、“ほがら”ということばは、現代では心の明るさを表しますが、平安時代は物理的な明るさを表していて、これは日が昇って、どんどん明るくなっていく状況をあらわします。本来は“ほがらかなり”という形容動詞ですが、既に“ほがらほがら”という成句で、朝の明るくなっていく状況を意味しています。各々の服を着るというのは、平安時代の夜の寝方を理解しなければいけないのですが、当時は今のような布団というものがなく、昼間着ていた服を脱いで、それを身体に掛けて寝ていました。男女で一緒に寝る場合、ふたりの服を一緒に身体に掛けて秘め事をしていたのですが、朝になると、一緒に掛けていた服を各々自分が着ることになります。そしてその後、男は帰って行くんですね。だから各々が服を着る状態になる、というのがデートの終わりを意味するので、それで悲しいと詠んでいます」
と聖子は一気に解説した。
「正確だ。きれいに意味が取れている。偉い偉い」
と先生は褒めてくれた。
「先週辺りからよく勉強しているようだ。忙しいのに偉いぞ」
「ありがとうございます」
「これからも頑張るように」
「はい」
実は分裂以来、勉強する時間が取れるようになったので、予習・復習をしっかりしているのである。この歌は予習範囲には入ってなかったのだが、ここ半月ほどで勉強した範囲の知識で解釈することができた。もっとも、平安時代の寝具の話は、『源平記』の撮影の中で覚えた知識である。
ローザ+リリンは多忙であった。
1月はローズクォーツの『Rose Quarts Plays Pops』の制作をする予定だったのだが、忙しすぎて参加できない。仕方ないのでクォーツはUTPの若い歌手・丸岡智佳に仮歌を歌わせて、とりあえず伴奏だけ確定させていった。一方のローザ+リリンは、毎日のように、バラエティに出演したり、あちこち地方に出かけたりしていた。おかげでなかなか西東京市のマンションに帰られず、桜川悠子に郵便物のチェックをしてもらったこともあった。
クォーツは『Rose Quarts the Best』も並行して制作していたが、こちらはDisk Aに収録する鈴鹿美里の歌唱は1月に収録したのだが、ローザ+リリンのスケジュールが取れないので、Disk B に収録するローザ+リリンの歌唱については、Popsを優先して進めてBestの歌唱は最終的に4月に録音されることになった。
ローザ+リリンは、1月12日には新潟でお仕事、13日は北海道の釧路まで行ったものの、14日は夕方から博多でFM局主催のローズクォーツの公開録音があるので、釧路から羽田で飛行機を乗り継いで博多まで行った。
KUH 1/14 9:50(HD72 B737)11:40 HND(2T) 12:45 (NH253 B787) 14:50 FUK
この日は博多泊だが、女性に人気のモントレーで泊まる。このホテルは全体的に女性好みの造りなのだが、ローザ+リリンの2人はレディスフロアに部屋が用意されていた。
「ごめーん。レディスフロアにしちゃったから、ダブルが無かったからツインにしたけどいいですか?」
と甲斐窓香から訊かれたが。
「はい、それでいいです、いいです」
と2人とも言った。
それでこの日も慶太は寝付けない様子であった。
「寝れないの?」
「うん」
「だったら眠れるようにしてあげるよ」
「あ、昨日のまたしててくれるの?」
「舐められるのがいい?入れるのがいい?」
「入れたい!」
「OKOK」
それでこの日は広さを確保するためベッドをくっつけた上で、この日は舐めるの無しで、最初から慶太のアレを自分のアソコに入れてあげた。
「これ気持ちいい〜、学、お前ほんとにスマタ上手いな」
ああ、これスマタだと思っているのか。
「いいけど、男名前で呼ばれたら気分出ないからさ、女名前で呼んでよ」
「そうか?じゃ、“マリナ”でいい?」
「うん」
「マリナ、もう一回してもいい?」
「いいよ〜」
それでマリナは一度放出した後で縮んでいる慶太のアレを手で刺激してあげて、10分くらいで再度硬くした。そして自分の中に入れる。
「気持ちいいよぉ」
「良かったね」
それで慶太は眠ってしまった。マリナは彼にそっとキスをして、そのそばでくっついて幸せそうに眠った。
15日は午前中は大阪でローカルの情報番組にゲスト出演、午後は名古屋で素人民謡ショーの司会をした。16日は木曜で、ふだんなら『夜はネルネル』の収録があるのだが、この週は、お正月番組などの影響で1回飛んでしまったので収録は無かった。しかし埼玉で女子格闘技(のショー?)の司会を頼まれ、大いに場を盛り上げた。途中でケイナは司会席に乱入した選手につかまり、リングに連れ込まれて、投げ技をくらい、しばらく立てないようだった。でも女子選手にプレスを掛けられて『幸せな気分』などと言っていたので、マリナも笑っていた(この程度のことで嫉妬するマリナではない)。ちなみにマリナは捕まらないように逃げた!
この日は西東京市のマンションに帰って寝たが、またもや慶太が寝付けないようなので、マリナが処理してあげた。今日は疲れが溜まっていたのか、1回しただけで眠ってしまった。もっとも女子プロ選手に技を掛けられて、腰が痛くて1度しかできなかったのかも!?
この後も、ふたりは全国をかけめぐったが、慶太はマリナに『今日もあれをしたい』と要求するようになったので、毎晩逝かせてあげた。
「まるで女と結婚したみたいだ。俺、ゲイのつもりは無かったけど、マリナにこういうのされるのにハマってしまった。もうこの快楽に身を委ねる」
などと慶太は言った。
「毎晩気持ち良くしてあげるよ。私、慶太の奥さんだもん」
「うん。それでいいよ、マリナ」
ところでローザ+リリンのスケジュール管理であるが、12月中旬以降、ザマーミロ鉄板の手を離れて、§§ミュージックの美咲瞳マネージャーが管理している。それは現在ローザ+リリンの2人に入ってくる仕事の9割くらいが§§ミュージック経由になっているためである。
元々は成田空港で11月に遭遇した時「お仕事あったらください」とローザ+リリンが言ったのがきっかけなのだが、実は§§ミュージックでは、ちょうど彼女らに見合う仕事の話がたくさんあったのである。
§§ミュージックは若い事務所で、社長の秋風コスモス(28)、副社長の川崎ゆりこ(27)を除くと、いちばん年齢の高いタレントは23歳の桜野レイア、次が21歳の山下ルンバ(花ちゃん)・桜木ワルツである。ところが、持ち込まれてくる仕事の中には結構な比率で、もう少し年齢の高いタレントさん向きのものがある。コスモスやゆりこ自身が出演したり、上野陸奥子、日野ソナタなど、姉妹会社の§§プロ所属のタレントさんに話を回す場合もあるが、コスモスもゆりこも多忙だし、日野ソナタは創作活動のため東京にいないことも多いし、上野陸奥子さんはあまりバラエティ向きではない。
そういう仕事をローザ+リリンにアサインしたのである(ギャラ配分率は§§ミュージック:ザマーミロ鉄板:ローザ+リリン=2:2:6)
その結果、ローザ+リリンはこれまてにも増して忙しくなり、ザマーミロ鉄板は急に売上が上昇して、運転資金が一時期不足し、焦ることになる(ローザ+リリンが好調なので銀行が融資してくれて乗り切れた)。
ザマーミロ鉄板は2019年度の売上(3月決算)が前年度の5倍くらいになりそうと会計担当の社長夫人(肩書きは常務)は10月頃の段階で思っていたのだが、11月下旬から急に忙しさが増したので、もっと伸びるかも知れない。
ローザ+リリンの収入も2018年(1-12月)は2人合わせて税込み600万円(1人300万円)程度だったのが、2019年は間違いなく8000万円(1人4000万円)を越えるだろう。
(ケイナとマリナは収入が少ないので住居費節約のため共同生活していた。要するにルームシェアに近かったのだが“2人が恋愛関係にある”と報じられてからは、ずっと同棲していたものと思われてしまった)
1月27日(月)になって、ローザ+リリンはやっとローズクォーツの音源制作に参加できた。ただし午後から予定が詰まっているので、午前中にスタジオに出てきて歌唱した。クォーツのメンツも午前中はだいたい休んでいるのだが、この日は(実質的なリーダーである)タカだけが出て来てくれた。
タカはふたりの歌唱を聴いて言った。
「ケイナは上の方の音が苦しそうだな」
「すみません。以前は男声はオクターブ下で、女声は実際にはヘッドボイスで歌ってたから出ていたんですが、女声になってしまってから、上のほうが少し苦しくて」
「困ったな。音程を下げようとすると伴奏を録り直さないといけない」
とタカが本当に困ったように言っていた時、たまたま臨席していた甲斐窓香が言った。
「ふたりの話す声を聞いていると、マリナちゃんの声の方が高い気がする。マリナちゃんはこの音出ない?」
「歌ってみます」
それでマリナがケイナのパートを歌うとのびのびと声が出ている。
「かなり余裕があるな。マリナちゃん、ちょっと声域を確認しよう」
それで窓香がキーボードを弾き、それに合わせてマリナが声を出すと、上はE6まで出ることが分かった。
「これはすげー」
「E6は今たまたま出ましたけど、いつも出るかどうかは自信無いです」
「一瞬出た感じだったもんな」
そして下はF3まで出た。つまりほぼ3オクターブ出ていることになる。
「こんな低い声出しても、男声にならないね」
「どうも男声は完全に出なくなっちゃったみたいです」
「うん。それはもういいよ」
「どうします?」
と甲斐さんが尋ねる。タカは少し考えていたが、技術者さんに尋ねる。
「現在の伴奏、5度上にトランスポーズできますよね?」
「できますよ」
「じゃマリナちゃんの声を最大限まで使おう」
とタカは言った。
「じゃ伴奏は電気的に5度上にするの?」
と窓香が尋ねる。
「今日はそれでボーカルを収録する。伴奏は録り直す」
「結局録り直すんだ!」
「当然。アイドルの音源制作じゃあるまいし、電気的に調整した音なんて商品としてはリリースできないよ」
とタカは言った。
それで結果的に、"CATS"の"Memory"や、ユーリズミックスの"There Must Be an Angel"をオリジナルキーで収録することができたのである。
またこれを機会に、マリナとケイナはパートを交替することにし、高音部をマリナ、低音部をケイナが歌うことになった。
(これまではテノールのケイナがケイのパート、バリトンのマリナがマリのパートを歌っていたがケイナが1オクターブ、マリナは2オクターブ上がってしまった感じである)
「ローズ+リリーのものまねする時も、マリナがケイのパートを歌って、ケイナがマリのパート歌った方がいいな」
とタカがいうと
「実はもしかしたらその方がいいかもとこないだから思ってました」
とケイナも言った。
27日も28日も午後からは別の仕事が入っていたのだが、この2日間は午前中にスタジオで歌唱録音をした。ふたりとも上手いのでこの2日間で4曲吹き込むことができた。28日はタカが来られなかったが、プロデューサーの毛利五郎が奥さんを連れてやってきた。ふたりがパートを交替したことを窓香から聞いた毛利さんも「ああ、その方が良さそうだね」と追認した。マリナは毛利の奥さんを見て、「なんか影の薄い人だな」と感じた。
1月29日(水)は、"Sex on the Beach"のPV撮影をすると言われて、2人は早朝東京駅に来た。待っていたのは甲斐窓香の他に映像作家の深中加奈美さん、メイクアップ・アーティストの小林マユミさんである。
「なんか性別の怪しい人ばかりだ」
とマリナが言った。
「あんたたち、きれいに女の子の声出すね。私、いまだに女の声が出ないよ」
などと小林さんは言っている。彼女はいわゆるフィッシュアイ話法を使っているので、声自体は低いものの、女性が話しているように聞こえる。
深中さんの方はいわゆるオカマ声だが、これも(この方面に関心のない)普通の人が聞けば女性が話しているように聞こえるだろう。
ケイナとマリナは1990年代後半以降に知られるようになったメラニー法を使っていたので、女性の声と全く区別のつかない声を使用していた。しかし秋の突発的性転換の後遺症で、完全な女声になり、もう男声は出なくなった。
「サトたちも来るから待ってね」
と甲斐窓香は言っている。
「クォーツも行くんですか?」
「ううん。サトだけ」
ちなみに、サトの奥さんは窓香の姉である。
やがてサトが
「済みません、遅れました」
と言って、奥さんの涼香と一緒にやってきた。
「姉ちゃん、遅い」
「ごめーん」
「という訳で、行くのはこの7人ね」
と窓香は言った。
それで新幹線ホームに行くのかと思ったら、地下に降りていく。それで着いたのは総武線地下ホームである。
「はい、これチケット」
と言って、窓香が全員にチケットを配る。
「グアム!?」
「うん。日本では冬の真っ最中にビーチでビキニになっての撮影はできないから、グアムで撮影する」
「ビキニになるんですか?」
「あれ?聞いてなかった?」
「聞いてません」
「ごめーん。手違いがあったかも。ケイナちゃん、マリナちゃんのビキニ姿を撮影したいんだけど、いい?」
「まあいいですよ。そのくらい」
「僕は?」
とサトが訊く。
「サトさんも女の子ビキニ付ける?」
「それは現地警察に逮捕されるからやめましょう」
「そういえば"Rose Quarts Plays Girl Sound"の制作の時は、女装で街を歩いてて警官に職務質問されたらしいね」
「あれ雨宮先生が強引なんですよ」
「ああ、可哀想に」
マリナが気づいた。
「すみません。こちらの予定はたぶん美咲から伝えていたと思うのですが、明日は日本国内でテレビ番組の収録があるのですが」
「うん。だから今日中に帰ってくるよ」
「グアムに日帰りなんですか!?」
「だって成田からグアムまで3時間半だよ。大阪あたりまで日帰りするのと大差無いよ」
などと窓香は言っている。
「うっそー!?」
とケイナ・マリナだけでなく、サトも驚いている。
「ああ。須藤社長の体質が窓香にも伝染してるな」
と涼香が笑っている。
「須藤さんがローズ+リリーを担当していた時は1日10公演なんてのもあったらしいから」
「恐ろしい」
「でもあの人適当だから、物理的に不可能な移動もあってさ。横浜の15分後に高崎とか入ってた」
「それはケイちゃんでも無理でしょ」
「あの子、名古屋の1時間後に金沢なんてのは、やったことあるけどね」
「あれは未だに謎ですね」
とマリナも言いながら虚空(丸山アイ)とか駿馬(醍醐春海=村山千里)のレベルの超能力者の力を借りたのでは、などと思っていた。マリナは先週、アイが芸人クラウドを東京から名古屋に瞬間転送するのを見ている。
(2008.11.15 “蘭子”はKARIONの名古屋公演に出演して15:40に楽屋裏で他のメンバーと一緒にタクシーに乗り込む所を目撃されているが、16:40には金沢でローズ+リリーの公演を前にして、“ケイ”が、早くから会場前に来ていたファンに手を振る所を目撃されている。つまり蘭子とケイが同一人物なら、名古屋から金沢まで1時間以内に移動したことになるのである:実際には自衛隊のF15 Eagle で移動している。バレると国会で問題にされるレベルなので絶対にバラせない)
「実はH2型ロケットで飛んでったらしいよ」
「それ、ケイならありそうで恐い。沖縄から大宮に短時間で移動した時は、飛んでいるジェット機の上から怪盗キッド並みにパラグライダーで降下したのではとか言われていたし」
「あの子、体当たり芸人並みの扱いされてるからね」
「無茶苦茶ですよね」
実際にこの日、ローザ+リリンやサトらが利用した便は下記である。
NRT 1/29 9:30 (HA5437 B777) 14:15 GUM (3'45)
GUM 1/29 17:10 (HA6459 B777) 19:55 NRT (3'45)
日本とグアムの時差は1時間なので、14:15GUM = 13:15JST
17:10GUM = 16:10JST
となっている。(日付変更線は越えない)
グアムに着いたらビーチに直行し、1時間ほどで撮影を終えて空港にとんぼ返りしている。しかし深中加奈美はその短時間できれいな映像を撮ったのである。
小林マユミさんは、ふたりのビキニ姿が女子のビキニ姿に見えるように、ボディメイクをするために同行している。本当は本人たちで事前練習しておきたかったのだが、ローザ+リリンがあまりにも忙しかったため、花村唯香を使ってシミュレーションしていた。
実際には、小林さんがボディメイクによる“陰影マジック”で、肩の張った身体を撫で肩に見せたりする作業はケイナだけにおこなえば良かった。マリナの場合は「女の子のボディラインそのものだから何も修正する必要無い」と彼女は言った。
「ケイナちゃんも、テストでボディメイクした花村唯香ちゃんよりずっと撫で肩だから、修正の程度が少なくて済む。あなた20歳前後から女性ホルモン摂ってたでしょ?」
「いや、そんなの摂ってないんですが」
「別に今更隠す必要無いよ。マリナちゃんは、ケイちゃんなんかと同様に、小学生の内に去勢してHRT(女性ホルモン療法)してるね」
「私去勢とかしてないですけど」
「嘘ついたってダメだよ。そうでないとこの骨盤の形が説明できない。まるで妊娠できるかのような骨盤してる。身体が正直にトランスの履歴を表しているよ」
などと小林さんは言っていた。
確かに小林さんにしても、深中さんにしても、結構肩が張ってるよなとマリナも思った。男性の肩の張りは、だいたい18-22歳くらいの時期にできあがる。それでそれ以前に去勢して女性ホルモンを摂っていた人は女性のように撫で肩だ。マリナは大阪在住の古い友人が、きれいな撫で肩だよなと以前から思っていた。彼女の場合は高校を出てすぐの時期に去勢したという。
何でも友人と道で会って「私今から病院行くけどあんたも行く?」と言われて「行く行く」と言って付いてったら、友人は去勢手術をしに来ていて、お医者さんから「あんたもかい?」と言われてノリで「はい」と言ったら、去勢されたらしい。
実はケイナとマリナの場合、定山渓で丸山アイの悪戯?で性転換して女になった時に、肩がずいぶんなだらかになってしまったのである。徳島で醍醐春海に男に戻してもらった時にも肩は戻らなかった。そしてマリナの場合は再度性転換した時に前よりなだらかになって、普通の女性のような撫で肩になってしまった。骨盤も同様である。どうも何度も性転換するといろいろ副作用も出るようである。
なお、ケイナのパスポートもマリナのパスポートも、ちゃんと女装写真なので、入出国ではトラブルは無かった。また甲斐窓香は航空券を、ケイナはM、マリナはFで取ってくれていた。
グアムのビーチでは、ケイナとマリナがセクシーなビキニ姿になって、(男子水着姿の)サトの両脇から誘惑するようなポーズをする。この程度の仕草は、以前から田舎の温泉などでやっていた“芸”の範囲なので、ふたりとも本当にセクシーな感じになり、深中さんが感心していた。
サトが「すまん。変な気分になった」と言って、涼香から蹴りをくらっていた。
「時間が無いから帰国してから処理してね」
と窓香は言うが
「セクシー美人に迷った罪で3日くらいお預けにしようかな」
などと涼香は言っている。
「勘弁してよぉ」
「そろそろ空港に行かないといけないけど」
「もう大丈夫ですよ」
「じゃ撤収」
それで後片付けも現地スタッフに任せて、大急ぎで空港に戻り成田行きに飛び乗ったのであった。搭乗手続きなども現地の協力会社の人が代行してくれているし、手荷物などは無いので、短時間で乗ることができた(撮影したデータは現地スタッフの手でネットワークドライブにアップロードされるので、それを帰国後ダウンロードする)。
グアムに行って来た翌日1月30日はまた『夜はネルネル』の撮影がある。カタツムリの殻をしょって出て来た“デンデン・クラウド”は、初っぱなから揚浜フラフラのライダーキック?と健康バッドのかかと落とし?で、その殻を破壊されて
「ああ、俺の大事な家が壊れちゃった」
と叫んだ。健康バッドからは
「家だけで良かったな。本体は無事みたいだし」
と言われていた。
「大事なチンチンも壊れたり、もげたりしてないか?」
と有斗興梠が言うので、クラウドは触ってみて
「チンチンは大丈夫みたい」
と言った。
するとここでチャンネルが
「よし。家が壊れたのなら、チンチン・クラウドのために新しい家を探してやろう」
と言って
「チンチンじゃなくてデンデンです」
とクラウドに言われる。
「ごめん、今のはマジで間違った」
「大丈夫だよ。さすがにピーで消されるよ」
などと言っていたが、これはそのまま放送されてしまった!つまり“チンチン”という言葉が4回も全国に流れた。
(こんなノリなのでこの番組は「子供に見せたくない番組WORST3」にノミネートされるものの、実際には中高生男子とかに大人気となる。しかしローザ+リリンやめろでえずのおかげで、実は9時台移行後、女子にもこの番組のファンは増えた)
ともかくもそれで「おうち」が壊れてしまったので、この日の番組最後の20分ほどは、デンデン・クラウドの“家探し”になってしまった。
この先の撮影は翌週2月6日に行われた。
スタッフや出演者一同で、埼玉県**町のクラウドが住んでいるアパートに行く。この日はクラウドは“潰れたカタツムリの殻”を背負っている。
「取り敢えずデンデン・クラウドの家は壊れたという話だったからここも壊そう」
などと言って、ケンネルが貝割横浜・貝割川崎の2人にボタンを2つ渡す。
「ふたりでジャンケンして、どちらがボタン押すか決めて」
と言うので、横浜と川崎はジャンケンした。
川崎が勝った。
「じゃ自分のボタン押して」
と言うので、貝割川崎が自分に渡されたボタンを押す、物凄い爆発音がして、デンデン・クラウドが住んでいた家賃6000円のアパートが爆発して崩れ落ちる。
「うっそー!?」
とデンデン・クラウドが驚いてる。マリナたちもこの展開は想像の範囲外だったので驚いた。
「当りだったな」
とケンネルが冷静な顔で言う。
「ハズレのボタンで爆発しなかったら、RPG-7を撃ち込む予定だったのだが」
とチャンネル。
ケイナは呆然としているクラウドの耳元で囁いた。
「なんか面白いこと言え」
「はい」
それで内野音子から「感想どうぞ」とマイクを向けられたデンデン・クラウドは言った。
「中学の時に彼女からもらった白いハンカチも吹き飛んじゃったよぉ」
「白いハンカチって、それサヨナラの意味では?」
とマリナがフォローしてあげた。
揚浜フラフラも更に
「白いハンカチを投げ捨てたら決闘するって意味だっけ?」
などと更にフォローして、何となくまとまってしまった。
「さて、本格的にデンデン虫・クラウドが今日仕事が終わってから帰る所が無くなったから、住む所を探そう」
とケンネルが言って、一同は、都内某市に移動する。
ここから先の参加者は、ネルネルの2人、デンデンクラウド、ローザ+リリン、揚浜フラフラ、内野音子の7人と左蔵プロデューサーに撮影スタッフである。つまり貝割川崎・横浜、めろでぇずなどは離脱した。
そしてやって来たのは、不動産屋さんではなく中古車屋さんである!
「こいつデンデン虫なんですけど、殻が無くなっちゃったらしいんですよ。何か代わりになるような適当な車がないですかね」
とケンネルが言う。
「ああ、カタツムリさんなら、最適な車がありますよ」
と言って、中古車屋さんのお姉さんが紹介してくれたのは、日産エスカルゴ!である。
どうもピザの配達で使われていたようで***ピザという名前が入っている。
「おぉ!これは素晴らしいカタツムリのお家だ」
と揚浜フラフラ。
「じゃこれ買います」
とケンネル。
「お買い上げありがとうございます。ではこちらでお手続きを」
ということで、事務所に行く。
「本体価格はは400ミリビットコインですが、諸経費込みで530ミリビットコインになります」
とお姉さんは言う。
「だってよ。ほら、デンデン・クラウド、自分のウォレットから払って」
とチャンネルが言うと
「俺が払うんですか〜?」
などと彼は言う。
「お前のお家だから、当然お前が払うに決まってる」
とフラフラ。
「俺、ビットコインとか持ってないですよー。ビックリマンチョコなら昨日買ったのがあるけど」
とクラウドが言うと、揚浜フラフラが笑顔で頷いている。
「ビックリマンチョコでは払えませんね。ビットコインが無ければ日本円でもいいいですが」
「日本円だといくらですか?」
「円建ては少し割高になりまして、本体価格50万円、諸経費込みで65万円になります」
「俺、そんなにお金無いですよー」
「65万くらいポンと払えんの?」
「すっぽんぽんにならなってもいいですが」
「それはBPOから叱られるからやめろ」
フラフラは「いいぞ、いいぞ」という感じで、クラウドのお尻を叩いている。
「クレカをお持ちなら、リボ払いなどで払う手もありますが」
「おれ、クレカは無いです」
「でしたらローンを組まれますか?」
とお姉さん。
「じゃそれでお願いします」
それで取り敢えずクラウドは席に座る。
「このローン契約書に記入して下さい」
というので彼が記入する。
昨年の収入という欄があったので、彼は60万円と書いた。
「あ、そこは月収ではなくて年収を書くんですが」
とお姉さん。
「いえ、俺の昨年の1年間の収入は60万円なんですけど」
とデンデン・クラウド。
これには(マジで?)ケンネルが驚いて言う。
「お前、年収60万でどうやって食ってたの?」
「ラーメン屋の皿洗いして、まかないでラーメン食ってました」
するとお姉さんが言う。
「たいへん申し訳ありませんが、年収60万円では、ローン契約は致しかねます」
「それは困る」
とケンネル。これは台本の予想外の事態なのだろうか。
「誰かが保証してもダメ?」
「充分な年収のある方でしたら」
「だったら、ここはケイナが保証してやれ」
「え〜〜〜?俺なの!?」
「ケイナ、女忘れてる」
「あ、しまった。私が保証するの?」
「こいつ運転手かなんかでこき使ってもいいぞ」
と言っているのはフラフラだが、実はこの件は半月くらい前に、クラウドの低収入を心配したフラフラから打診されていたのである。つまりローザ+リリンの付き人扱いにして、安い金額でもいいから報酬を払ってやれないかということだったのである。彼の今の芸のレベルでは現在以上にギャラを上げるのは難しい。
「それって、私たちもエスカルゴに乗るってこと?」
とケイナが言っちゃった。『あ、ダメ』とマリナは思ったが、もう遅い。
「あるいはケイナはケイナで別の車を買うかだな」
とケンネルが言うので、ケイナも“やられた!”と思った。きっとここまで計画してたんだ!
(この番組には台本は存在するが、それを見ているのはネルネルの2人と内野音子だけで、他の出演者は閲覧禁止である)
「いいよ。じゃ私が車を買うよ」
とマリナが言った。ケイナだと、ケイナ自身、ローンが通るか怪しい気がした。
「マリナが買うの?だったらマリナにぴったりの車があるぞ」
とケンネルが言う。
やはり計画的だ!
マリナはベントレー・マリナー(中古でも1000万円はする)でも買わされるかとヒヤヒヤしたのだが、ケンネルもそこまで無茶では無かった。
「ローズ+リリーのマリちゃんが乗ってるのと同じ“アクアのアクア”の中古が・・・あるよね?」
とケンネルは中古車屋のお姉さんに訊く。
「はい。まだ入荷していないのですが、発売日以降、新車をうちのチェーンで3台確保予定です。新車になりますが、それでもよろしければ」
「よし買った!」
と“揚浜フラフラ”が言った。
マリナは、やれやれと思った。
ローズ+リリーのマリはずっと日産リーフ(EV)に乗っていたのだが、3月に“アクアのアクア”(PHV)が発売されるので、アクアの熱烈なファンであるマリは、それに乗り換える予定である。これはアクア仕様のアクアで、アクアのロゴマーク(波模様)の入ったフロントパネルや座席シート、招き猫アクアのシールなど、可愛いアクアに満ちている。代金は確か300万円くらいと聞いた気がする。
「で、いくらですか?」
「本来は本体価格300万に諸経費60万かかる所を先行予約特別価格で諸経費込み333万円で予約を承っております」
「お、ぞろ目で縁起がいいじゃん」
とチャンネル。
「分かりました。買います」
「お支払いは?」
「キャッシュで払います。振込先を教えてください」
と言ってマリナは口座番号を教えてもらい、そこに333万円振り込んだ。
「確かに頂きました。それでは発売日にお届けします」
「よろしく」
それでマリナは3月の発売日に“アクアのアクア”を受け取り、普段はそれをデンデン・クラウドに運転させることになる。
「お前、お金あるんだな」
とケイナが言うので、マリナは
「ケイナも私とほとんど同じ額のギャラもらってるはずなのに」
と言う。
「俺は金が無ぇ」
「女忘れてる」
「しまった。私、お金無いよぉ」
「それ不思議なんだけど」
「ああ、それでデンデン・クラウドの車は?」
「333万円のアクアを現金で買って頂きましたし、こちらのエスカルゴは込み50万円にお値引きしますよ」
などとお姉さんは言っている。
「じゃそれも私が買って、デンデン・クラウドは毎月私に返済してくれるというのでは?」
「ああ、それでもいいんじゃない?」
とチャンネルが言うので、マリナは50万くらいならとクレカで払い、デンデン・クラウドは取り敢えず今夜の宿が確保された!デンデン・クラウドはマリナに毎月1万ずつ50ヶ月払いますという念書を書いて署名捺印し、マリナに渡した。
この先の話は翌週の放送になるのだが、撮影は続行された。
デンデン・クラウドが
「俺、毎日車で寝泊まりしないといけないんですか?」
などと言うので、ケンネルは
「だったら、運転手としてデンデンを雇うケイナの家に泊めてもらったら?」
などという。
ああ、そういうことかとマリナはこの先の展開を予測したので
「新婚家庭に同居したら眠れないと思うけど」
と言う。
「それはそうだな。だったら、ケイナとマリナは別の所にマンションを買えばいい」
などと言った。
そこまで買わせる気か!
それで一同は、やっと不動産屋さんに行く。
「新婚カップルが暮らすような手頃な中古マンションとか無いですかね」
とケンネルが尋ねる。
「新婚さんでしたら、これから赤ちゃんが生まれますよね」
「ああ、そういうこともあるかもね」
と答えているのは揚浜フラフラである!
「ご予算はおいくらくらいで?」
と不動産屋さんのお姉さんが訊くと
「10億くらい?」
とケンネルが訊くので
「1000万円以内で」
と言っておく。
「1000万円以内でしたら、こちらはいかがでしょう?***駅から徒歩15分、2LDK 980万円、お買い得ですよ」
放送時に駅名はピーで消された。
「図面見せてください」
とマリナは言った。
「はい、こちらですが」
とお姉さんが見せてくれる。
ああ。分かった。
「ここ出るでしょ?」
とマリナが言うと、お姉さんはびっくりしたようである。
「あのぉ、霊能者の方か何かですか?」
「霊能者でなくてもこのくらいは分かるよ。ここ3〜4階は住人が居着かないでしょ?」
「少々お待ちください」
と言って、お姉さんは奥に行って、店長を呼んできた。
「もしかして前の住人さんが自殺なさったことをご存じでしたか?」
「まあ自殺者くらい出るでしょうね。霊道が通っているもん」
「そうなんですか!」
「だから幽霊もたくさん目撃されているはず」
「あのお、これ何か処理する方法は?」
「無理。これ自然の流れだから。ここはマンション建ててはいけない土地だったね。6階以上ならいいけど」
「そうなんです!6階以上の住人さんは長く住んでおられる方ばかりで」
(この付近の会話は放送時にはカットされた)
「ねえ、変なマンション勧めたおわぴで、まともなマンションを1割引で売ってよ」
とマリナは言った。
店長が天を仰いだ。
「分かりました。物件によっては考えます」
「***駅の近くとかない?徒歩7-8分以内くらいで」
「あ、それは確か」
と言って、店長は自ら端末を操作した。
「実は先週うちで買い取ったばかりの物件でして。住んでおられた方は、結婚するので、相手の方のマンションに引っ越してここは売却したいということだったんですよ」
「それはゲンのいい物件ですね。おいくらですか?」
「三鷹駅から徒歩5分3LDK、駐車枠1枠付きですが、1800万円で売りに出したいと思っていたのですが」
と言って店長は端末の画面を見せてくれた。“公開予定日2/25”と書かれているが、価格は確かに1800万円と書かれている。
(三鷹駅というのも放送時はピー音で消された。画面の住所もモザイクが掛けられた)
マリナはその条件で中古なら妥当な金額だと思った。見取り図なども見せてもらったが、マリナの感覚では特に問題は無いと思った。
「念のため現地を見せてください」
とマリナは言って一同で見に行ったが、この部分はマンションの場所が容易に特定できそうな映像は撮影しなかった。放送時には当該物件の玄関ドアの映像と、ほぼ同じ仕様の別のマンション(八王子)の部屋の中を映しただけである。
事務所に戻る。
「購入したいですが、1割引の1620万円では?」
とマリナは言った。
「分かりました。それでお売りします」
と店長は簡単に値引きに応じた。(実は1000万円で買い取っている。ここを売った住人さんは、そのお金の半分くらいを使い彼女に指輪を買ってあげたのである)
そういう訳で、この日だけでマリナは合計2000万円ほどの買物をしてしまった。
(この番組は深夜放送時代、ゲストで出て来た中堅芸能人に3000万円のNSXを買わせたこともある)
入居できるようにするのに1週間かかるということだったので、西東京市のマンションからの引越はその後することにした。
そしてデンデン・クラウドは、それまで車中泊生活をするハメになった!(マジで道の駅で寝泊まりしたらしい)
しかしローザ+リリンの2人は、今までのマンションは新宿に出てくるのに50分くらい掛かっていたのが、新しいマンションは30分程度で出て来られるので、大幅に便利になった。しかも買っちゃったので家賃を払う必要がない!
一週間後の2月13日には、ケイナたちの“引越”が撮影される。全く何でもネタにしてしまう番組である。
この日は揚浜フラフラが“小須田部長”の部下・原田泰造(ネプチューン)のコスプレ(?)をして、ケイナたちのマンションの中にある荷物を勝手に新居に持って行くものと捨てるものに仕分けしてしまった。
「え〜?それ捨てるの?」
「はい。新婚さんにエロ本は必要ありません」
などと言って、フラフラはどんどん処分していく。このあたりは深夜番組時代のノリのままである。ケイナは大量に“ズリネタ”を捨てられてマジで嫌そうにしていた。(しかもここは放送されなかった!ので“捨てられ損”)
「でもあんたら男物の服は全然無いんやね」
とめろでぇずジャズが感心して言う。
「日常生活はずっと女装で過ごすという契約だったから、ローザ+リリンを始めた後、全く買わなくなったから」
「最初の頃少し残ってたけど長期間ドサ廻りしていた時にカビが生えてて全部捨てたね」
フラフラは2人の女物の下着なども平気で仕分けして
「このパンティはゴムが緩くなってるから捨てるぞ」
とか
「このブラジャーは俺の好みじゃないから捨てるぞ」
と言ってどんどん処分する。
こんな所はさすがにカットされるのではとマリナは思っていたのだが、この“下着の仕分け”はしっかり放送された!
フラフラによる“仕分け”は実際には2時間に及んだのだが、放送時には5分ほどにまとめられていた。その後、放送局が手配した引越屋さんの手で2トントラックに荷物は積み込まれる。本来なら4tトラックが必要な所をフラフラが大量に仕分けしたおかげで2tで収まってしまった。実際にはこのあと入居するデンデン・クラウドのために残した家具・電化製品(洗濯機・冷蔵庫・炊飯器など)・食器などもある。
「引越費用節約で、あんたが運転して」
「いいですよ」
と言って、大型免許も持っているマリナが2tトラックを運転して(実際には2tトラックは普通免許で運転できる)新居に移動した。そして引越屋さんと出演者の手で荷物は新居に運び込まれた。フラフラが“配置図”を作っていて、引越屋さんたちにどんどん指示して勝手に新居のレイアウトを決めてしまった。なお、新しいダブルベッド・タンス・洗濯機・大型冷蔵庫・テレビ・空気清浄機などは実は前日にビックカメラとコーナンでお買い物して合計100万円も買わされているのだが、この買物は放送時には1分にまとめられていた。
なお引越屋さんの費用は、テレビ局の制作費から出してくれた!
この引越が行われたのは2月13日で、クラウドも1週間の車中泊生活から解放されてこれまでケイナ・マリナが住んでいたマンションに入居した。
(契約はマリナ名義からクラウド名義に引きつぐことで不動産屋さんとの交渉はまとまっている。クラウドの昨年の収入が悲惨なので、ケイナが保証人になってあげた)
翌2月14日朝、クラウドは西東京市のマンション近くにこれもケイナが保証人になって借りてあげた駐車場に駐めたエスカルゴを運転して、三鷹市のケイナたちのマンションにやってきた。スマホを鳴らすのでケイナたちがマンションから降りていく。そして3月に“アクアのアクア”を受けとるまでの繋ぎで借りたヴィッツに乗り込む。(ヴィッツを駐めていた枠にエスカルゴを駐める)なお、このヴィッツは§§ミュージックの車で、賃料は無料である。
「今日からよろしくお願いします」
「うん。よろしくね」
それで、クラウドの運転でふたりは放送局に向かった。
正直な所、マリナは今度のマンションは駅にも近いし、車とかで通勤するより、電車で移動した方が早いのではと思ったのだが、ほんの10日後にはコスモス社長から「電車・バス・タクシー使用禁止」の通達が来ることになる。ローザ+リリンは§§ミュージックの所属ではないのだが、美咲マネージャーが日程を管理している関係でそれに準じて扱われるようである。しかしおかげで付き人の費用に§§ミュージックから補助(月5万)が出ることになり、マリナは正直助かったと思った。今は忙しいが、3月いっぱいでローズクォーツの代理ボーカルが終わると暇になるかもという気もしていたのである。その時デンデン・クラウドに付き人の報酬(月10万の約束)を払い続けられるかやや自信が無かった。
(マスクやアルコール入りウェットティッシュなども支給されたので本当に助かった)
ケイナは車中でクラウドに言った。
「俺たちも去年までは年収300万くらいで、大して売れてる芸人じゃなかったから、あまり偉いこと言えた義理じゃないけどさ」
「はい」
「お前は***さんを目指せ」
とケイナは、50代のタレントさんの名前をあげた。
「***さんは機転が利かない、面白いことが言えない、頭が悪い」
無茶苦茶言ってるなとマリナは思った。
「ただ、***さんは気配り男なんだよ」
「ああ、それは分かります」
とクラウドも言う。
「人にはそれぞれ生きる道があるんだ」
とケイナは言う。
「金持ちの男には金目当てで女が集まる。豊かな暮らしができると思うからだ。美形の男にも女が集まる。可愛い赤ちゃんができることを期待してだ。頭のいい男にも優しい男にも、それぞれ女が集まる。そして演技のうまい役者は人気になる。良いドラマや映画が撮れるからだ」
「女でもそうだぞ。美人の女には男が集まる。美形の子供を産んでくれると思うからだ。優しい女にも男が集まる。やすらぐ家庭を作れると思うからだ。セックスの上手い女もありがたがられる。気持ちよくセックスできるのはいいことだ。女は全然利点がない場合でもマンコさえあればとりあえず誰か男は寄ってくる。突っ込んで出すことができるからだ。その点、俺たちみたいなオカマは圧倒的に不利だから、オカマの道で生きていける奴はみんな気配り上手だ」
凄い理屈だなとマリナは思った。でも自分はオカマの一種という自覚があるのか?
クラウドは
「なるほどー」
と納得している!
「だからお前も気配りで生きて行くしかないんだよ」
とケイナは言う。
「お前は顔もよくないし、金も無いし、演技も下手くそだ。そういう男が生きる道は、マメ男になるしかない」
また無茶苦茶言ってるなとマリナは思った。
「気配りを覚えろ。いつも頭を働かせて、自分ができることがないか考えろ。よけいなことするなと言われてもめげるな。自分が誰かを助けてあけられないか常に考えていろ。重い荷物を持ってる人がいたら持ってやれ。横断歩道わたれずにいる年寄りがいたら車を停めてやれ。立っている人がいたら椅子を持ってくる。書くものを探している人がいたらペンを渡す」
「自分もペンを持っていなかったらどうするんですか?」
「だからその手のものをたくさんいつも用意しておくんだよ。メモ用紙とかライターとかビニール袋とかも」
「あ、そうか!」
「一日一善ということばがあるけど、一日十善くらいのつもりで行け。それがお前がこの業界で生きていける道、いや、たぶん他の業界に転職したとしても、お前が犯罪者とかにならずに、まっとうに生きていける基礎になる」
マリナはほんとうにケイナが無茶苦茶言ってると思ったがクラウドは感動しているようである。
「ケイナさん、ありがとうございます。俺マメ男になります。***さんを目指します」
「うん。頑張れよ」
この2月14日の夜、バレンタインだったのでマリナはケイナにデパートで買ってきた高級チョコを渡したが、ケイナはバレンタインということにも気づかず
「ああ、甘いものもいいよな」
と言って、美味しそうに食べていた。
翌2月15日の朝、ケイナは税理士さんからの電話を受けた。
あ、そうか。税務申告かと思う。ローザ+リリンは報酬がザマーミロ鉄板のレベルで源泉徴収されているので、毎年20-30万円程度の還付があっていた。今年はたくさん仕事したから、たくさん還付されるかもな、そしたら滞納しているあれを払って、これを払って、などと、この時ケイナは考えていた。
「火野様、今年の税務申告の書類ができております。昨日発送致しましたので、今日にも届くと思います。月曜日以降、税務署に提出してください」
「分かった。ありがとう。どのくらい還付ある?」
「いえ、追納になりますが」
「追納!?」
「昨年の火野様の所得が4840万円ほどございまして、所得税率は45%が適用されますので、所得税額は2178万円ほどになりますので」
「で、でも源泉徴収されてるよね?」
とケイナは焦って確認する。
「源泉徴収税率は20.42%ですので、所得税率より遙かに小さいのですよ。ですから、差額分の追納が必要になります」
「追納の額は?」
「1126万3700円になりますね」
1000万円の追納!?そんなのどうやって払えばいいんだよ?
「それいつまでに払わないといけないの?」
「確定申告書を提出する時までです。一応申告書は(3月15日が日曜なので)3月16日までに提出すればよいのですが」
どうしよう?と思いながら、ケイナは電話を切った。
1 2 3 4 5 6
【東雲】(1)