【東雲】(2)
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(C)Eriko Kawaguchi 2020-08-01
1月23日深夜(1月24日早朝)、八雲礼江(礼朗)は、氷川真友子が自分の兄・八雲春朗の子供を妊娠しているものの、春朗が同時に別の恋人・高木佳南も妊娠させてしまい、そちらと結婚せざるを得ないので真友子とは結婚できないと言われたと聞いた。すると礼江(礼朗)は真友子に言った。
「兄貴の代わりにボクが認知する」
予想外の言葉に真友子は
「え〜〜〜〜!?」
と叫んだ。
礼江は言った。
「春朗と私は、母が同じだし、父は一卵性双生児で、遺伝子的に同じものを引き継いでいるんだよ。私たち顔もそっくりだから、小さい頃はよく入れ替わって周囲のおとなを欺したり、お互いに得意な授業に出たりとかもしてたんだよね」
「へー」
「だから私が認知しても、遺伝子的な矛盾ってほとんど起きないはずなんだよ。血液型も同じ Rh+AB だしさ」
「だからといって・・・・」
と言って戸惑うように言葉を発してから、真友子はあることに気づいた。
「のりちゃん、ダメだよ。のりちゃんが私の赤ちゃん認知しちゃったら、のりちゃん性別を変更できなくなる」
しかし礼江は言った。
「私、どっちみち女として生きていく根性も無いから、戸籍は男のままでもいいよ」
「それも問題なんだけどなあ」
と真友子は腕を組んで言う。
「それとさ、もし良かったら、まゆちゃん、ボクと結婚してくれない?前からボク、まゆちゃんのこと好きだった」
と礼江は言った。
「ちょっと待って。のりちゃん、ストレートじゃなかったの?」
好きと言われるのは悪い気がしない。しかも真友子はバイだ。でも礼江が自分のことを好きだったなんて、全く思いもよらなかった。
「うん。ボク基本的には女の子には関心は無い。恋愛対象は男性だよ。名前は明かせないけど、男性とのセックス経験もある」
「春朗さんじゃなくて?」
「はるちゃんとセックスしたことがあることは認める。高校時代にね。でも実は性転換した後で男の人に抱いてもらったこともある。もう関係は解消したけど」
「ああ、経験あるんだ?」
「処女じゃなくてごめんね」
「ううん。私も処女じゃないし」
「まあ処女で妊娠してたらびっくりだね」
「普通あり得ないよね」
と言ってから礼江は言った。
「確かにボクは恋愛対象は男性だけど、まゆちゃんは、格好よくて決断力もあって、実はボクのストライクゾーンに入っていたんだよね」
「へー」
「そうだ。指輪も買ってあげるよ」
「ちょっと待って。心の準備が」
「だったら、今日はつなぎのファッションリングを買ってあげるよ。ダイヤの指輪はまた後日ということで」
「えっと・・・」
それで2人は、この後少し寝て、8時半に起きて朝御飯を食べた後、午前中に銀座に出たのである。(★★レコード制作部はフレックス勤務であり、多くの社員が音楽事務所やイベンターなどの営業時間に合わせて、昼すぎに出て来て20-21時頃まで仕事をする。但し氷川や八雲は朝から出て来てタイムカードも押さずに仕事をしている日も多い)
そしてふたりはティファニーに行って、礼江は真友子に指輪を買ってあげたのである。
最初「今日は彼氏さんは来ておられないのですか?」と訊かれてしまったが、「私たちが恋人です」と礼江が言うと「失礼しました」と言って、その後は普通に接してもらえたので、礼江はこのお店が気に入った。
ちなみに、こういう時、しばしばエンゲージリングでダイヤの指輪を買うからといって、つなぎには誕生石の指輪を買ったりする。しかし真友子の誕生日は1989年4月5日で、困ったことに誕生石もダイヤモンドである!しかし実はフランスでは4月の誕生石にダイヤ以外にサファイヤもあげられている。
そこで礼江が買ってあげたのは、0.5カラットのサファイヤの周囲をメレダイヤが取り囲んでいるという豪華な指輪である。価格は40万円で礼江はカードの1回払いで買ったが、これ自体エンゲージリングにしてもいいくらいのランクの指輪であった。
唐突に礼江からプロポーズされて戸惑っていた真友子も、指輪を買ってもらったことでこの子と結婚してもいいかもという気分になってしまった。正直ひとりで子供を産むことに不安を感じていたので、父親になってくれるという申し出がありがたいのは事実である。
「のりちゃん、ホテル行こう」
「えー?勤務前なのに」
「そりゃ勤務中に行ったらまずいよ」
それで2人は五反田に移動してファッションホテルに入った。
真友子は礼江のあそこを舐めてあげた。
「嘘!?そんなことしてくれるの?」
「されたことない?」
「初めて」
「私もあまり上手じゃないから、痛かったら言ってね」
“人工物”の栗ちゃんは、ひよっとしたら“天然物”ほど丈夫じゃないかも知れないと思い、真友子は、万が一にも“もげたり”しないようにと、少し弱めに舐めた。
それをしながら指を入れてGスポットを刺激してあげたら、物凄く気持ち良さそうにしていた。それで真友子は、性転換手術して女になった人にもGスポットがあるんだなと認識した。
その後、真友子は“ハメ”(普通のトリバディズム−いわゆる貝合せ−から更に深い密着感を得られる体位)をしてあげたが、礼江は
「まるで入れられてるみたい」
と言って、かなり快感を感じていたようだった。
「こんなやり方があるって知らなかった」
「のりちゃん、女の子との経験無いでしょ?」
「うん。実は初めて」
「このテクニック、ビアンの子でも知らない子がわりといるみたい」
「へー」
礼江は真友子がどんな女の子と経験したのだろうと一瞬考え少し嫉妬したが、今それは考える必要は無いと思い直し、考えないことにした。
この日(1/24)ふたりはふだんより少し遅めの13時頃、一緒に会社に出ていった。
そしてその日は23時頃まで仕事をしてから、礼江は真友子と一緒に川崎市中原区の真友子のマンションに“帰宅”した。夕食(夜食?)は礼江が作った。更に翌週からは礼江が自分の分と真友子の分のお弁当を作るようになった。
なお真友子は27日、八雲春朗にメールして、自分はこの業界でこれからも仕事をしていきたいから、認知は拒否したいと告げた。また自分は経済的なゆとりもあるし、佳南さんにバレた時にまずいから、出産費用や養育費も要らないと書いておいた。春朗も「分かった」と返事をしてきた。
「のりちゃん、こちらに引っ越してきなよ」
と真友子は礼江に言った。
「そうしようかな」
と言って、礼江は自分の三鷹のマンションは売却することにして、マンションを管理している不動産屋さんに相談した。不動産屋さんには
「お嫁に行くことになったんで、こちらは売却したいと思って」
と言ったのだが
「それはおめでとうございます」
と言って、1000万円で買い取ってくれた。
このマンションは戸籍名通りの八雲礼朗の名義で購入・所有していたのだが、男が“お嫁に行く”と言ったら変に思われないかと思ったのは杞憂だった。まあ最近はいろんな人がいるからね。
なお、買った時は2400万円だったのだが、8年も住んでいたら、そんなものだろうと礼江は思った。(礼江は素直に言われた金額で売却したが、真友子が交渉していたらたぶん100-200万円は上積みしている)
ちなみに不動産屋さんはそもそも礼江を女性としか認識していない。礼江のビジュアルを見て男と思えというのが無理である。“礼朗”というのは名義上使用していた、父親か何かの名前と思い込んでいる。
引越は、2人のスケジュールが詰まっているので、1月29日(水)におこなった。真友子は2月1日に沖縄でローズ+リリーのツアーが始まるので、1月30日には沖縄に行く必要がある(ケイ・マリは1/31に沖縄に行く予定)
1月28日はふたりとも20時で退社させてもらい、ふたりで協力して荷造りをした。
「のりちゃん、この機会に男物の服は全部捨てちゃおうよ」
「え〜〜?それだと仕事行くのに困る」
「もういいかげん、男装勤務はやめるべきだと思うな」
「実は女の格好で会社に行く勇気がない」
「何を今更。妻の名において命じる。もう女になりなさい」
「え〜?妻の命令なの?だったら仕方ないかな」
それで礼江は男物の服を捨てることに同意し、新居には女物の服だけを持って行くことにした。
夜の内に大半の荷物を整理できたので、翌日(1/29:ふたりとも休暇をとった)の午前中、引越屋さんが来ると、手際よく書籍・CD・食器等を荷造りしてくれて全ての荷物を4トントラックに積み込み、全て真友子のマンションに運び込んだ。実際には2トントラックでも足りたかもという感じだった。
「荷物割と少ないね」
「男物の服を全部捨てられちゃったし。布団も捨てられたし」
「あの布団は耐久限度を超えてたからね」
大型の家具や家電は置く場所を決めていたのだが、段ボール箱はとりあえす客間(?)に積み上げた。ゆっくり整理することにする。
そして礼江は1月30日(木)に(真友子は沖縄に行ってしまったのでひとりで)物凄く不安な気持ちで初めて女装で会社に出ていったのだが・・・
誰も何も言わなかった!ので礼江は拍子抜けした!
みんな普段通り接してくれるので、自分はこういう格好で仕事してていいのかなと思った。トイレに行く時、うっかりこれまでの習慣で男子トイレに入ろうとしたらちょうど出て来た坂口平太から
「係長!こちらは男子トイレです!」
と言われ、それで気づいて
「あ、ごめん」
と言って、女子トイレに飛び込んだ。むろん女子トイレに入っても、中に居る女子たちは、礼江を見て何も言わない。
(実を言うと、真友子が前日同僚数人にメールして密かに根回ししていたのである)
午後、ビンゴアキちゃんの事務所を訪れて打ち合わせをしたが、そこでも何も言われなかった。
帰り際に学生時代以来の親友・菱沼伊代と遭遇したので彼女に
「私、変じゃないかな?」
と尋ねたら
「スカートのスリットのしつけ糸が付いたまま」
と言って、ハサミで切ってくれた。
「気づかなかった!」
と言ってから
「私、スカート穿いててもいいのかな」
と尋ねてみる。
「男の人がスカート穿いてお化粧してたら変だけど、のりは女の子なんだからスカート穿くのもお化粧してるのも何も問題無い。でものりは、これまでズボン穿いてること多かったし、ノーメイクのことも多かったね」
などと伊代は言っていた。
そして2月3日(月)沖縄のローズ+リリー・ライブから戻って来た真友子は、礼江から“八雲礼朗”名義の名刺と社員証を回収し、手配していた“八雲礼江”名義の名刺と社員証を渡して、以降それを使うように言った。
しかし礼江は以前から女子社員からは「のりちゃん」と呼ばれているし、男子社員からは「八雲さん」と呼ばれているので、呼ばれ方には変化が無かった!
とっくの昔に性別移行していた八重垣係長(FTM)が
「やっと仮面男子をやめたか」
と言ったくらいであった。
ラピスラズリの2人(東雲はるこ・町田朱美)は、大宮万葉がレポーターとなるテレビ番組『作曲家アルバム』に使うということで、1月中旬、東堂千一夜の『涙のスタートライン』、東城一星の『白鳥サンバ』を録音し、ビデオも撮影した。
ところが大宮万葉(青葉)が実際に1月21日、東堂千一夜先生の御自宅を訪問し、ラピスラズリが歌うビデオをお目にかけたら
「この子たち実際に連れてきてよ」
と先生はおっしゃった。それで青葉本人は翌日北海道に行き、東城一星先生と会うことになっていたので、(青葉の取材に同席していた)ケイが代わりにラピスラズリの2人を連れて翌日東堂千一夜先生の御自宅に行った。テレビ局のスタッフも同行した。
その場で、先生のお宅のピアノを町田朱美が弾いて2人で『涙のスタートライン』、および自分たちのデビュー曲『亜麻い雨』を歌唱してお聞かせした。
「君たち上手いね〜」
と東堂先生は掛け値無しに褒めてくれる。
「テレビで流す時は今の生歌唱を」
と先生がおっしゃる。ケイも頷くので、テレビ局の柳田プロデューサーが
「ではそのようにします」
と返事した。
「メインボーカルの子もピアノを弾くような手をしている」
と先生は指摘する。
「じつは、はるこの方がピアノはうまいんです」
と朱美は言う。
「でも、はるこは歌に集中させたいから私がピアノ弾くんですよ」
「なるほどねー」
「オーディションの時は、はるこちゃんの歌唱では朱美ちゃんがピアノ伴奏して、朱美ちゃんの歌唱では、はるこちゃんがピアノ伴奏したんですよ」
とケイは説明した。
「ああ、元々お友達なんだ?」
と先生が言うと、はるこ・朱美がそろって
「はい」
と返事する。
「おお、息が合ってる合ってる」
と先生は楽しそうである。
「この子たちに『モスラの歌』を歌わせたいね」
などと先生はおっしゃるが
「先生、それは昨年鈴鹿美里が歌いましたので」
とケイが言うと
「だったら『恋のバカンス』を」
などとおっしゃる。
どうもピーナッツの歌を歌わせたいようだ。
「どんな歌でしたっけ?」
と朱美が訊くのでケイが
「ためー息の、出るよう・な・、あなーたの、くーちづけ・に・」
と、歌ってみせる。
朱美は「あ、聴いたことある」と言ったが、はるこは知らないようである。
スマホで歌詞を表示させて2人に見せ、ケイがピアノを弾きながら一緒に歌う。
「じゃ次は私が弾きます」
と朱美が言うので、任せると、朱美は本当にちゃんとピアノ伴奏し、はるこもその伴奏に合わせて歌って、朱美自身もちゃんとそれに三度唱した。
つまり1度一緒に歌っただけで、2人はちゃんと演奏してみせたのである。2人の音楽能力の高さを東堂先生にしっかりアピールできた結果となった。
「君たち、本当に凄いよ。そうだ、君たちにこの曲をあげよう」
などと言って、先生は机の引き出しから譜面を出して来た。
「歌える?」
「3分ください」
と言って、はるこ・朱美はその譜面を読んでいる。
「よし行こう」
と朱美が声を掛けて、朱美は、即興の前奏を弾いた上で、曲の伴奏を始める。そしてはるこはしっかりこの『赤いセンターライン』という曲を歌った。むろん朱美も三度唱する。
「君たち本当に凄い。これ君たちの次のシングルにでも」
と東堂先生が言うので、ケイが
「分かりました。たぶん5月か6月になると思いますが」
と言って了承した。
実はこの日、青葉も東城先生の山小屋を訪問して、極めて寡作な東城先生から『夢見るからくり人形』という歌を頂いてしまっており、コスモスを悩ませることになる。結局、ラピスラズリのメインライターである花園光紀さんおよび東堂先生にも了承してもらった上で、5月に
『赤いセンターライン/夢見るからくり人形/青い傘』
というトリプルA面のシングルを出すことになる。
翌週は、ローズ+リリーの沖縄ライブにぶつけて、青葉がラピスラズリの2人を連れ沖縄に行って、ライブ前日の1月31日に木ノ下大吉先生のお宅を訪問した。先生の御自宅の離れに住む、明智ヒバリ・内瀬瞳美からも歓迎される(離れの1階に内瀬瞳美、2階に明智ヒバリが住んでいる)。
2人はなんとお揃いのセーラー服!を着て出てきて
「ラピスラズリでーす」
と言った。
「私たちがラピスラズリですけど」
と朱美が言うと
「じゃ、どちらが本物かジャンケンで決めようよ」
などと明智ヒバリが言う。大宮万葉(青葉)が笑顔で頷いているので
「だったら勝負します」
と言ってジャンケンすると、朱美が勝った。朱美はホッとした表情である。
「ヒバリちゃんは無茶苦茶ジャンケンが強いんだよ。だから勝つのも負けるのも自由自在」
と木ノ下先生がネタバレする。
「でも私、大宮万葉先生には勝てないんです」
とヒバリは言う。
「ジャンケンの世界にも強さってあるんですね」
と朱美。
「たぶん最強は丸山アイ」
と大宮万葉が言う。
「へー!」
「私より姉の醍醐春海が強い。でも醍醐春海より丸山アイが圧倒的に強い」
「なんか凄い世界みたい」
(はるこ・朱美は学校に行っているので、先日のお昼の番組でのジャンケン勝負を見ていない)
「東城一星さんとこにも行った?」
と木ノ下先生が尋ねる。
「それはこの子たちを連れていくのは過酷なので、私がひとりで行ってきました」
と青葉は説明する。
「ああ、冬は無理だよね、あそこ」
と内瀬瞳美は言っている。
「行かれたことあるんですか?」
「山小屋の前まで行って、ガソリン掛けてきたけど、ライターが点かなかったら放火失敗」
「え〜〜〜!?」
「冬山ではふつうのライターは点かないよ。マッチでないと無理だね」
などと木ノ下先生は言っている。
「放火の手助けはしないでください」
と青葉は言った上で
「このやりとり放送時にはカットしますね」
とも言っておく。
「私が伴奏してあげるよ」
とヒバリが言うので、彼女のピアノ伴奏で、木ノ下大吉先生が書き、松原珠妃が歌って大ヒットした『黒潮』をはるこ・朱美が歌唱した。
「おお、上手いねぇ」
と木ノ下先生も、瞳美も拍手してくれた。
「今の演奏を放送で流していいですか?」
「いいよー」
とヒバリが返事する。
瞳美は小さな声で
「ところで、はるこちゃんって元男の子だよね?骨格が男の子っぽい」
と言う。
「はい。実は」
とはるこが答えると
「私も元男の子だから握手」
と瞳美は言う。
「そうなんですか!?全然そんな感じには見えないのに」
とはるこは驚いて、彼女と握手した。
「この会話、放送には流れないよね?」
「もちろんです」
と青葉は答えた。
「どちらかというと私が元男の子だと思ってる人が多い」
と朱美が言う。
「ああ。あんたは元気いっぱいだもんね」
と瞳美は笑って言った。
明智ヒバリ(22)は実は現在、§§プロの稼ぎ頭である。彼女が歌う沖縄の歌はかなりのセールスをあげているし、沖縄の風景を中心とするイラスト集も売れている。§§ミュージックの新人であるはるこ・朱美にとっては大先輩になるが、ヒバリが福岡の病院に入院して事実上の休養期間に入った時期に在籍していたのは、米本愛心(現・Cold Fly20)と花ちゃん(山下ルンバ)くらいなので、必ずしも接点が無い。
それでもヒバリは、コスモス社長・ゆりこ副社長の裏話などをして、はるこたちが面白がっていた。結構“やばい”話もあったので、青葉は、これって、どこまで放送していいんだろうと悩んだ。後でケイさんに相談しよう、と思う。
「それでコスモスちゃんが思いっきり蹴り上げたら、****さんは気絶したんだよ。その後、****さんの悪い噂は聞かなくなったから、アレが潰れたのかも」
などヒバリがかなりやばいことを言ったのには、
木ノ下先生の奥さんが
「レイプ犯なんて死刑でいいよ」
などと怒ったように言い、瞳美や朱美も
「賛成!」
と言っていた。
翌日2月1日のローズ+リリーのライブでは、ラピスラズリが幕間のゲストにも登場して多くの歓声を受けていた。
このあとコロナ騒動でライブ開催が困難になってしまうため、ラピスラズリの2人にとっては、これは先日のアクアのツアーでの体験に続いて、貴重な“観客の生声援を受けて歌う”経験になった。
ラピスのついでに青葉も『紅葉の道』と『うぐいす』で龍笛を吹くことになった。青葉は『紅葉の道』の音源制作の時も龍笛を吹いている。
青葉とラピスラズリはライブの翌日2月2日には東京に戻り、羽田から東郷誠一先生の御自宅に直行した。
例によって町田朱美のピアノ生伴奏で歌う曲は、夏風ロビンのほぼ唯一のヒット曲である『駆けるスカイロビン』(2008)である。
夏風ロビンは過去に§§プロとトラブルを起こした人物であり、本当にこの曲を使ってよいのか、青葉はコスモス社長に確認した。しかしコスモスは
「全然問題無い。白鳥リズムのデビュー曲もロビンちゃんに書いてもらったよ」
と、あっかるく言っていた。
「そうでしたね!」
それでこの曲を使わせてもらったのだが、放送の時にはかなりの波紋を呼んだ。
東郷先生がこの曲を指定したのは、やはりひとつには夏風ロビンが既に§§プロと和解していることを再アピールしたかったこと(東郷先生は当時の騒動の時、紅川さんと夏風ロビンの和解に尽力してくれた)、そして実は極めて少ない、東郷先生の真筆のヒット曲だからである。
東郷誠一先生は年間数百曲の曲を書いていることになっているが、だいたい99%くらいが誰かの代筆である。実は青葉も東郷先生の名前で年間数曲書いている。元々先生は“量産型”の作曲家で、本人が書いた作品には、あまりパッとした作品が無い。「可も無く不可も無い」曲、千里姉がいうところの「埋め曲」作りの天才である。そのため実は真筆にはヒット曲が極めて少なく、夏風ロビンが歌った『駆けるスカイロビン』は恐らく、現時点で最新の真筆ヒット曲なのである。
そういう訳でこの曲が選ばれたのだが、2人の歌唱に東郷先生は随分嬉しそうに拍手を送っていた。
「この子たちのアルバムでもいいから、この曲入れてくれない?」
「先生がそうおっしゃっていたと、コスモスに伝えます」
「うん、よろしくー」
シングルに入れてくれと言われなくて良かったぁ!と青葉は思った。この調子で各先生に気に入られて、これ歌って、あれ歌って、と言われているとラピスラズリは毎月のようにシングルを出さなければならなくなる。
2月15日の朝、電話が掛かってきたあと、ケイナの様子が変なので、まだ半分眠っていたマリナが声を掛けた。
「どうしたの?」
「どうしよう?税務申告で1100万くらい追納が発生するって」
「ああ、ケイナきちんと経費つけてないんだもん。経費引かないとそのくらい発生するだろうね。だって今年は最高税率来ると思ってたから。源泉徴収されるのは20%にすぎないもん。私何度か言ったけど聞いてないみたいだったし」
そういえば言われた気がするけど、税務処理は税理士さんがしてくれるからと安心していた。(いかに優秀な税理士でも領収証もない費用は計上できない)
「お前は用意してた?」
「当然」
「俺金無ぇよー」
「払わないと差し押さえ食らうし、不祥事ということでテレビ局とかからも干される」
「それは困る」
「私も困る」
とマリナは本当に困ったように言った。
「分割払とかできないの?」
とケイナは訊く。
「できる。半額だけ3月15日までに納めれば、残りは5月くらいまでに払えば良かったはず」
「半額?600万円も無いよぉ」
困ったなあとマリナは思った。
「だいたい、毎月300万くらい報酬もらってるのに、なんでお金が無いのさ」
とマリナは訊く。
「いや、借金の返済がきつくて」
「それ気になってた。どれだけどこに借金があるか。全部書き出して」
「うん」
それでケイナが様々な請求書や返済レシートなどを見ながら書きだしたものを総計してみると、借金は3000万円もあった。これを返済していれば確かにお金がないわけだ。
「これ引き直しができるものがあると思う」
「引き直し?」
「法定利率を超えた利息は無効なんだよ。でもこの交渉は弁護士でないと無理」
と言って、マリナはローズ+リリーのケイに電話してみた。
「おはようございます。ローザ+リリンのマリナです。ちょっとご相談があるのですが」
と言って、マリナはケイナが多額の借金を抱えているが、その中に法定利率を超えるものが多数あるので、引き直しをさせたいと話す。
「それと実はやや怪しげな業者もあるみたいなんですよ」
「だったら、うちのを行かせるよ」
と言って、ケイは翌日のお昼過ぎ、彼女の婚約者である弁護士・木原正望さんを2人の新しいマンションに寄こしてくれた。
「ああ、これはかなり減りますよ」
と木原さんは請求書や返済明細などを見て言った。
「たぶん1500万くらいあれば完済できると思いますが、資金はありますか?」
と木原さんが言うのでマリナは
「今手元に1000万円くらいはあるのですが」
と言う。実際は2000万ほどあるが全部使うと自分が追納金を払えなくなる。
「だったら、差額は私が立て替えておきますから、あとでケイに返してください」
「助かります!」
それでその日の午後から翌日いっぱいまで掛けて、ケイナとマリナは木原弁護士と一緒にクレジット会社やサラ金・ヤミ金などを回ったのである。
ヤミ金の中にはかなりヤバそうな雰囲気の所もあったが、弁護士バッジを見るとおとなしく法定利率で引き直してくれて、マリナは残額を支払って精算書を受けとり、あるいは借用証書を返してもらった。数社、過払いの返還が生じたものもあり、マリナは正直助かったと思った。なお、クレジット会社などは、カード自体を返却して解約になった。
しかし返済額は結局1300万円ほどで済み、更に200万円ほどの返還金があったので、マリナは木原さんからお金を借りなくても全額を払うことができた。実はその内の400万円くらいは結婚の御祝儀で芸能人関係からもらったお金である(マリからもらった宝くじが当たった100万を含む)。この400万円は2人の共有財産なので、マリナは自分が出した分の700万円分のみ、借用証書をケイナに書かせた。
(マリナは税理士に任せず自分できちんとExcelで帳簿を付けていたし、経費は確実に記録して1200万円ほど計上しており、“所得”額はケイナより低い4300万円、追納額は800万円ほどで済んでいる。先日の2000万円の買物をした後でもちょうどギリギリ、ケイナの借金の精算資金を立て替えてあげられるだけの余裕があった)
「すみません。弁護士代を払うお金が無くなってしまって。着手金は払いますから、それ以外については、1ヶ月くらい待ってもらえませんか?」
とマリナは言った。
この手の案件は圧縮金額の10%+返還額の20%くらいが成功報酬の目安(弁護士により違う)なので、1700万円圧縮してもらい、200万の返還を受けたので成功報酬は
1700×0.1+200×0.2 = 170+40 = 210
となり、210万円になる。業者が20社あった(よく借りたものだ)ので、基本料金を1社あたり2万円、着手金を30万円として、
2×20+210+30 = 280
となり、弁護士料金は多分280万円くらいかなとマリナは思った。
(借金の整理にもお金が掛かるのである)
「ああ、全然構いませんよ」
と木原さんは言う。
それでマリナは木原さんへの支払いは着手金としてその場で30万だけ払い、残りは3月に払うことにさせてもらった。当然ケイナに払わせる!
(実際には木原さんは残り200万しか請求してこなかった。計算がよく分からないが、業者ごとの基本料金をまけてくれたのかも)
「でも、税務申告の方は大丈夫ですか?」
と木原さんは更に心配してくれた。
「銀行から借りて払おうかと思うのですが」
とケイナが言うと
「火野さんは、借金の引き直しをしたから銀行は貸してくれないと思います」
と木原さんは指摘する。
「あ、そうか!」
借金の整理などをした記録は信用調査機関に登録され、5年程度は記録が残るので、その間、ローンを組んだりカードを作ることはどこの金融機関でも不可能になる。むろん整理をした当該金融会社では永久にカードを作れなくなる。
「やはり1200万円貸しましょうか?って貸すのは僕じゃなくてケイですけどね」
「借りちゃおうかな」
それで結局、ケイナの確定申告のための追納額1100万円はケイから借りて払ったのである。ケイナは「唐本冬子様」宛の借用証書を書いて木原さんに渡した。マリナへの借金も入れて2020年度は“マイナス1800万円”からのスタートとなった!
(先日の2000万円の買物が無かったら全額マリナが立て替えてあげられたのだが、むしろケイさんからお金を借りることになって良かったかもという気もマリナはした。ケイナとマリナの間の借金だと曖昧にされてケイナは返済せず、結果的にケイナの借金体質は是正されなかったかも知れない)
結局ケイナは、ケイへの借金は夏までに、マリナへの借金も年末までには返済することができた。来年同様のことにならないよう、受けとった報酬の9割!を毎月強制的に別口座に移動させた(id/passをマリナに渡してマリナにやってもらった)。どうも昨年は見たこともないような大金を手にして金銭感覚がくるってしまったのも失敗の原因だったようである。ケイナはギャンブルとかはしないので、本来毎月の生活費は、後輩におごってあげたりする費用を入れても20-30万もあれば充分なのである(どこかの先生とは違い銀座で豪遊したりはしない)。
また航空券やJR券購入の控え、ステージ衣装の領収書などはマリナが自分のと一緒に管理するようにした。(芸人の場合、普段着としては着られないような服−例えば腰元に扮する衣装など−の購入費は業務上の経費として認められる)
なおカードが無いとAmazonなどの通販にしろ、航空券や新幹線チケットの購入にしろ、いろいろ不便なので、ケイナには、銀行のVISAデビッドを作らせた。(auウォレットはあるのだが、割と使えない所が多い。例えばGSは出光でしか使えない)
青葉が津幡町に“勢いで”買ってしまった土地に建設している“火牛スポーツセンター”(正式名はエグゼルシス・デ・ファイユ津幡)だが、そこに珍しい黄色い彼岸花(正確には鍾馗水仙という近隣種らしい)が自生していたことことから『北陸霊界探訪』の取材班では、これを工事の邪魔にならないようにいったんプランターに移植した上で、取り敢えずプランターのまま南側の場所に並べていた。またZZ町の集会所に咲いていた白い彼岸花(白曼珠沙華)も分けてもらい、やはりプランターに植えて、一緒に敷地の南側に並べておいた。
この彼岸花については、真珠が
「この敷地の周囲を赤・黄・白の彼岸花で囲むときれいかもね」
と言ったので、その後、金沢市内・某川のほとりに咲いているふつうの赤い彼岸花も分けてもらってきて、これも取り敢えずプランターに植えて並べておいた。
しかし12月末に町側から周囲の土地まで売ってもらい、このスポーツセンターの領域が確定したことから、1月中旬、まだ地面への植え替えはしないものの(彼岸花の移植はだいたい6-7月頃がいいらしい)、プランターのまま土地の周辺にぐるっと並べようということになった。
この作業は、金沢ドイル(青葉)は多忙で出て来られないものの、霊界3人娘?の、皆山幸花・沢口明恵・伊勢真珠の3人、およびテレビ局が募集して集まってくれた20人ほどのボランティアの手により行われた。
「単に場所を移動するだけと思ったけど」
「これはわりと重労働です」
などと明恵や真珠は言っていた。
しかし並べ終わると、なかなかの壮観である。
「秋に周囲のジョギングコースを走ると、3色の彼岸花を代わる代わる楽しめるんですね」
と真珠が言うと
「よし、若い子2人で走ってみよう」
などと幸花に言われる。
「えー!?」
「まだ咲いてないですよー」
「プランターに赤・黄・白のシール貼ってるから、それを見ながら走ろう」
ということで、2人は外周1周1200mを走らされた。もっとも一緒に走るはめになった森下カメラマンもお疲れであった。
火牛スポーツセンターは、11月に“プライベートプール”、年末に体育館が竣工しており、年明けから体育館本体と、地下1階に置かれたトレーラー・レストラン“ムーラン”の営業が始まっていた。地下に入居予定のスポーツクラブは現在開店準備中である。またジョギングコースも利用できるようになっていて、雨や雪を気にせず走れることから、結構ジョギングする人の姿が見られていた。
2月、体育館を所有運営するサマーフェニックスは、感染症対策のため、次のような改造を急遽おこなった。
・体育館に大量の換気用の窓を開ける。
・利用者がいる時間は、この窓を全部開放しておく。ただし無風状態の時は換気扇を回して強制換気する。
・トイレの出入り口は常時開放。個室のドアは自動開閉。トイレットペーパーフォルダーのカバーを全撤去。全個室に便座除菌クリーナー設置。男子小便器に飛散防止ドームを投入。
・体育館の入口にゲートと赤外線センサーを設置し、ひとりずつ通ってもらって体温の高い人は通れないようにする。(ウォーミングアップで体温があがっている人は係員が確認して通す)
・周囲のジョギングコースのドアを開放して風通しをよくする(本来は熊猪避けのため外周ドアは閉鎖していた)。
・更にジョギングコース内に大量の扇風機を取り付け、換気を良くする。
・ジョギングコースに入る人数を制限するため予約制にする。
・ムーランのトレーラーは地下に入れず、体育館前の地上で営業する。
アクアゾーンを建設していたムーランは、アクアゾーンのオープンを無期限延期することを表明。また体育館地下に入居予定だったスポーツジムはオープンを延期(最終的には出店を取り消した)。また春以降に建設予定だった、室内テニスコート・室内グラウンドゴルフ場は取り敢えず建設保留。
ただしアクアゾーンの建設は続けることにして、ムーラン建設では感染予防のため、現場に入る作業員の人数を減らしてペースを落とした状態で作業を継続した。
しかしそれでは仕事のない作業員さんが困るので、結局室内テニスコートの基礎工事をすることにして、これも本来の半分の人数でゆっくりと作業を進めた。
なお作業員さんには全員に体温計を配って毎日検温してもらい、また外部に出る時はマスクを付けてくれるよう言って、マスクは全員に無料配布した。
また風俗店などに行くことを自粛してほしいと言い、独身の男性スタッフには無料でテンガを配布した。ラブドールも希望者には格安価格(それでも結構高い)で提供すると言ったら、10人も希望者がいた。内2人は男性型のラブドールを希望した。むろん誰が買ったかは分からないように情報管理をしっかりやっている。
「自動オナニーマシンも欲しい人には1万円で提供します。女の私には分かりませんが、物凄く気持ちいいそうです。ただこのマシンはまだ実験中なので、低確率で男性器を破損する可能性もあるそうです」
と言ったら、これには希望者がいなかった!丸山アイから照会されたものだが、“低確率”というのが怪しいよなと若葉も思った。まあ、万が一ちんちんが切れちゃったり、睾丸が潰れちゃったら、修復してあげるんだろうけど、ほぼ人体実験をしたくてたまらないでいるんだろう。
その他、お酒も希望のものを仕入れ価格で分けてあげたが、このお酒の配給がわりと好評だった。
千里は2月上旬、栃木県S町に所有している製材所の所長さんから連絡を受けた。S町の町長さんが相談したいことがあるというのである。
「村山さんは、化学工場とかマスク工場とかもお持ちだと聞いたものですから」
「化学工場は滋賀県にあるのですが、マスク工場は今富山県にまだ建設中なんですよ」
マスク工場建設の話はつい数日前に若葉と話して決めて、今工場の基礎工事をやらせている所なのだが、きっと製材所長が町長に話したんだろうなと千里は思った。
「今マスク不足が深刻になりつつあるのですが、うちの町にも少し供給できたりしませんよね?」
「その工場はだいたい3月下旬くらいに稼働させられたらと思っているんですよ。製材の過程で出る、樹皮とか小枝とかを原料に生産するつもりで。どのくらいの生産余力が出るかは分かりませんが、多少は供給できると思いますよ」
「それはぜひお願いします」
「病院関係には現在でも別ルートで入手できると思うマスクをお分けできると思います。必要な数を言ってください。完全に満たすことはできないかも知れませんし、N95マスクなどは手に入りませんが、普通のマスクなら多少お渡しできると思います」
「助かります。それすぐに町立病院の方から数字を出させますので」
「では大島(製材所長)の方に連絡してください」
「ところでトイレットペーパーとかは大丈夫でしょうかね?」
「へ?」
千里は思いも寄らない品目をあげられたので驚いた。
「いえ、ちょっと噂がありまして。マスクが不足しているからその増産するのにパルプを大量に使うから、パルプで作るトイレットペーパーが不足しないだろうかと」
「あり得ないと思いますよ。マスクの材料になる不織布にはパルプも使いますが、材料の大半は、石油から作るポリプロピレンです。トイレットペーパーとか関係無いと思いますけどね。もっとも富山で私が友人と作ろうとしている工場は、端材や樹皮を化学分解して作ったセルロースを原料にするもので、材料としてはかなり珍しい部類になると思います」
「ああ、やはりセルロース原料の不織布もあるんですね」
「ありますけど、本当に特殊ですよ。原料費がかさんで採算が取りにくいから、あまりやっているところはないと思います。ポリプロピレンは石油精製の過程で出る副産物を原料にするから安いんですよ」
「なるほどー。いやそれで先日、自治会長の会合で話題になったのですが、町内のG地区に5年前に倒産した再生紙のトイレットペーパー工場がありましてね。あれが活用できないかという話が出たんですよ」
「ああ、それは機械がどのくらい傷んでいるかと、債務関係でしょうね」
「債務関係は町で責任持って処理させますよ」
「じゃちょっとその工場を見ましょうか」
千里は《きーちゃん》に頼んで、北海道にいる《せいちゃん》を呼び寄せた。《せいちゃん》は突然転送されたのでキョロキョロしている。そして女装だ!
「あれ?そちらは?」
「うちの技術長で五島節子です」
「へー。女社長に、女技術長さんって凄いですね。やはり女の時代ですね」
などと町長さんは感心している。
それでその倒産した工場を見てみた。
「どう?」
と千里が《せいちゃん》に訊く。
「機械が古い。かなり更新する必要がある」
「その費用と期間は?」
「更新の費用は・・・たぶん5億円くらい。期間は・・・3ヶ月かな」
「今の機械を何とかして動かせない?」
「うーん・・・」
と《せいちゃん》は悩んでから
「機械が錆ついているんですよ。この錆を落とせば、ひょっとしてら何とか」
と言った。
「それ町の若い人を動員してやらせますよ」
と町長さん。
「試してみようか。でも五島さん、更新のための5億は出すからすぐ機械を発注してくれない?」
「分かった」
町長の号令で、町の青年団や消防団のメンバーが動き、半月ほど掛けて機械の錆を落としたら、機械は本当に動くようになった。それでこの工場は2月下旬から稼働し始めた。材料は新聞紙・雑誌、たまごの緩衝材、牛乳パック、段ボール、オフィスから出るシュレッダーに掛けられた紙、などなどである。近隣のY市にも声を掛けて、その手の素材を集めた。新聞紙や段ボールなどを混ぜると紙が白くならず、市場での商品価値は低いのだが、エコを旗印に、町主導の再生紙ブランドということで広報すると、わりと買ってもらえた。
それでトイレットペーパー騒動が起きた2月下旬、この町や周辺の市町ではトイレットペーパー不足は起きなかったのであった。そもそもトイレットペーパー騒動は、心理的なものに過ぎず、実数は充分足りている。その上、地元にトイレットペーパーの生産工場があり、たくさん生産しているというのがあると、安心感があるので、この地区では誰も買い貯めに走らず、パニックが避けられたのである。
「しかしこの機械、動きはしたけど、いつ壊れるか分からないよ」
と《せいちゃん》は言う。
「まあ6月かそのくらいまで動き続けてくれたら」
と千里は言った。
なお、債務関係は地域の信用金庫が主導して債務整理をおこない、とりあえず管財人さんの許可を得て工場は使用してよいことになり、町主導で操業を続けた。コロナの影響で仕事を失った人などを積極的に雇用した。
最終的には千里が8月に1億円で債権者からここの土地と建物を買い取ることになったが、運営は町と千里が出資しあった第三セクター方式での運用となった。
機械は結局7月に更新したが、小枝や樹皮なども材料として使用できるプラントを10億円掛けて追加したので、製材所の多いS町の多くの製材所から歓迎された(副産物としてアルコールもできる)。またこの更新の時、白い紙材料を灰色の紙材料を背景に絵として浮き出させる加工をするようにしたら、これが東京のテレビや雑誌に紹介されて、照会が増えることになる。
それで当初は毎月1000万円程度の赤字を出しながら営業していたのが、夏以降は逆に黒字が出るようになり、町の財政にも寄与することとなった。
青葉は、2月2日の東郷先生の取材を終えた後、柳田プロデューサーと一緒に夕方ケイのマンションを訪ねて、木ノ下先生と東郷先生のところで取材したビデオを見てもらった。そして放送してはいけない箇所について意見を聞いた(マリは外出中だった。おそらく大林亮平さんの所に行っているのだろうと青葉は思った)。
それで柳田さんが〒〒テレビの漆野報道部長とも電話で連絡した上で、まずい部分は◇◇テレビの責任でカットすることにし、テレビ局に行って、柳田さん自身が青葉に確認しながらデータを編集した。オリジナルは青葉の見ている前で柳田さんが消去した。
(特にはるこが元男の子であることをバラした部分、内瀬さんの放火未遂事件、コスモスのレイプ未遂事件(本人は気にしてないし加害者の男性俳優はもう芸能界から消えて久しいのだが)などは万が一にも流出すると、物凄くまずい)
この日は遅くなったので、大宮の彪志のアパートで1泊する(ついでにバレンタインを渡す)。そして2月3日朝の新幹線で金沢に戻って〒〒テレビにまずい部分をカットしたビデオを提出した。
この日は朋子の誕生日、そして定年退職の日だったので、桃香・千里と一緒に「お疲れ様会」をした。
青葉もこの週はたっぷり津幡のプライベートプールで泳いだ。ここのメンツは12/1に仙台の金堂が離脱、1/15には永井も離脱して、今泳いでいる五輪候補のメンバーは、青葉・ジャネ・南野・竹下の4人である。
「南野さん、卒論は終わってますよね?」
と尋ねてみたが
「うちは提出期限が遅いから、今月中に提出する」
などと言っていた。
へー。そんなに遅くまでいい所もあるんだ、と青葉は思っていた。青葉は既に12/23に卒論は提出している。
2月7日(金)には、また東京に出る。そして2月8日(土)はラピスラズリを連れてテレビ局のスタッフと一緒に山本大左(やまもと・だいすけ)先生の御自宅を訪問した。
ふたりは山本先生が書いて坂本旬子がヒットさせた『港町・恋の町』を、例によって町田朱美のピアノ伴奏で歌った。
「あんた若い癖にしっかりこぶしが回っている」
と言って先生は褒めてくれた。このこぶしの部分は実は朱美が歌っている。“正統派”のはるこは、精密すぎる音感が邪魔して、こぶしが回せなかったのである。
「よし。その朱美ちゃんだっけ?囲碁を打とう」
「囲碁なんですか?私下手ですよ」
「僕も下手だから大丈夫」
それで仕方ないので打ち始めたが、30分ほどの対局で朱美が勝っちゃった。
「私、勝って良かったのかな」
と急に不安になった朱美が言ったが
「心配しないでいいよ。僕が勝てるのは東郷誠一くらいだから」
などとおっしゃっている。
「でも私、囲碁部の友人から、あんたの囲碁は50級くらいと言われたのに」
と朱美は言うが
「ローズ+リリーのマリさんによると、東郷先生や山本先生の囲碁は150級くらいらしいですよ」
と青葉が言う。すると
「僕は昔君の囲碁は300級くらいと言われたことあるけど、マリちゃんの見立てて150級なら、少しは進歩したかね?」
などと言って山本先生は笑っている。
「山本先生と東郷先生の囲碁対局が始まると、おふたりとも全然お仕事をしなくなるので、レコード会社の担当さんが困るんだよ」
と青葉は笑って言った。
「あいつとは棋力がちょうど同じくらいだから、楽しいけど、打ち始めるとあっという間に2〜3ヶ月経ってる」
「そんなにお仕事しないと、本当にレコード会社さんが困りますよ」
と朱美。
「そんな時は、大宮万葉君に代行してもらおう」
「え〜〜?私、演歌は書けません」
「修行が足りんな。演歌大辞典を聴きなさい」
「では100年後に」
しかし東郷先生のところでわりと緊張した青葉や朱美も、山本先生は脱線が多いので、楽しくインタビューをすることができた。
翌日、2月9日(日)は、すずくりこ先生の御自宅を訪問したが、すず先生は耳が聞こえないのもあり、相棒の作詩家ゆきみすず先生も同席するということだった。
しかし青葉たちがすず先生の御自宅に着いてベルを鳴らすと、すず先生たちの親友・しまうららさんが出てくるので、青葉もさすがにびっくりした。
「しま先生おはようございます」
と朱美が言ったので助かった!と青葉は思った。はるこも朱美と一緒にお辞儀をした。年齢層的に考えて、今の中学生なら、しまうららを知らなくても不思議ではない。
「しまさんもいらっしゃってたんですか?」
「うん。期待の新人中学生デュオが来るというので、私も会いたーいと言って押しかけて来た」
などとしまうららは言っている。
それで案内されて応接室に行くと、すずくりこさんと、ゆきみすずさんがお揃いのセーラー服を着ている。
またかい!
と青葉も朱美も思った。
「私たち、女子中学生デュオのラピスラズリでーす」
などと、おふたりは言っている。
朱美が呆れたように
「最近ニセモノが多いな」
と言った。
「よし。どちらが本物のラピスラズリか私が判定してあげるよ」
としまうららさんが言う。
「じゃんけん勝負?」
とゆきみすずさんが言うが、
「いや。クイズを出す」
としまうららは言った。
「第1問。インドの首都はどこ?」
ゆき先生は「ニューデリー」
朱美は「デリー」
と答えた。
「はい、デリーが正解」
「嘘!?首都引っ越したの?」
などとゆき先生は言っている。
「第2問。鎌倉幕府が始まったのは何年?」
ゆき先生は「いい国作ろう鎌倉幕府で1192年」
朱美は「いい箱作ろう鎌倉幕府で1185年」
と答えた。
「はい、1185年が正解」
「嘘。なんでー!?」
とゆき先生。
「太陽系の惑星を全部あげてください」
ゆき先生は「水金地火木土天海冥だから、水星・金星・地球・火星・木星・土星・天王星・海王星・冥王星」
朱美は「水金地火木土天海だから、水星・金星・地球・火星・木星・土星・天王星・海王星」
と答えた。
「はい。冥王星は違います。海王星までです」
「なんで!?冥王星は爆発した?」
とゆき先生。
「最後の問題。大阪府堺市にある世界最大面積のお墓の名前は?」
ゆき先生は「仁徳天皇陵(にんとくてんのうりょう)」
朱美は「大仙古墳(だいせんこふん)」
と答えた。
「大仙古墳が正解です」
「嘘!?仁徳天皇陵より大きなお墓が発掘された?」
などとゆき先生は言っている。
「以上を持ちましてこちらの2人が現役女子中学生と判定されました」
と言って、しまうららさんは、東雲はるこの手を持って高く掲げた。
青葉は笑って
「でも、しまさん、最近の教科書の改訂内容をよくご存じですね」
と言う。
「一番下の娘が高校生だからね。宿題とかに付き合っていて覚えた」
「ああ、やはり現役学生がいると、こういうのが分かりますよね」
と青葉も言った。
しかしこの“偽ラピスラズリ”とクイズ大会で10分くらい使ってしまった。
でもその後のインタビューも、ゆき先生と、しまうららさんが大いに盛り上げて楽しいものになった。
最後はゆきみすず作詞・すずくりこ作曲でKARIONが歌った『四つの鐘』を、青葉自身のキーボード(持参品)(*2) 伴奏に、スノーベル+ラピスラズリの4人で一緒に歌唱して楽しくまとめた。
朱美は耳の聞こえないすずくりこ先生がしっかり歌うのでびっくりしていた(*3)。
(*2)すずくりこさんは耳が聞こえないので“ピアノを弾きながら作曲”ということができない。すずくりこは全て頭の中で作曲して、ゆきみすずに楽譜を送り、音の誤認などを確認してもらっている。それで御自宅にはピアノが無い。
(*3)すずくりこは絶対音感持ちで、元々指定された音名の音をいきなり歌うことができた。更に★★レコード時代の則竹さんが制作した、歌った音を音名として表示する装置(最新盤ではスマホに表示できる)をいつも補助に使用している。
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【東雲】(2)