【東雲】(4)
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(C)Eriko Kawaguchi 2020-08-09
2020年2月23日から24日に掛けて、青葉と千里はここしばらく石川・富山県下で出没していた“幻のワゴン車”の封印に成功した。それを受けて〒〒テレビではこの事件の顛末記を2月28日まで掛けて撮影した。JR西日本にも協力してもらって火牛神社の杉を植え替えたことにより、完全な封印ができた。
この事件が解決した時、火牛神社を800年ほど守っている“小枝”が倶利伽羅峠の歌を歌った。それを聴いた千里は青葉と共同でこの歌を書き留め、それをコスモスのところに持ち込み、リセエンヌ・ド・オの4人に歌わせられないかと打診した。
「あの子たちもいい加減CDくらい出してもいいよね」
とコスモスも言う。
「そういえば、佐藤ゆかちゃん、高校卒業しちゃうけど、グループの名前はどうすんの?」
“リセエンヌ・ド・オ”(lyceennes d'or)とは“黄金の女子高生”という意味である。
「誰かひとりでも女子高生である間はそのままで」
「なるほど」
4人の学年は現在、佐藤ゆかが高3、南田容子が高2、高島瑞絵と山口暢香が高1である。
「誰かが男子高校生になっちゃったら、少し考える」
ちなみにリセエンヌ(lycéenne)は女子高校生であり、男子高校生はリセアン(lycéen)となる。
(芳本美代子か誰かに「ゴーゴー・リセエンヌ」みたいな感じの曲があったと思うのだが、検索に引っかからない。誰か別の歌手だったかも)
「男の子になりたい子とか、いたっけ?」
「そういえば、うちにはFTMのタレントがいないなあ」
などとコスモスは言っている。
「そうだ。ゆかちゃん、どこの大学に行くの?」
「諦めたらしい」
「へ?」
「アクアが2人になって以来、仕事の負荷が増えたから、彼女にも随分代役をしてもらったり、一部はアクアに来ていた話をあの子に振り替えたりしているんだけど、おかげで全く受験勉強できなかったらしい」
「それは気の毒なことしたね」
「それにこのペースで仕事が入っていたら、どっちみち大学の授業に出られないと」
「それは言えるなあ」
「だけどデビュー予備軍も増えてるよね」
「うん。それで山下ルンバみたいに売り出しのタイミングを逸してしまった子もいる」
「でもあの子、今レギュラー3本も持ってるじゃん」
「あの子にリハーサル役が必要かもという気がしてきてる」
「それはあの子が倒れない内に考えてあげて」
「そうだね。早急に検討しよう」
と言ってコスモスは自分のスマホにメモを書き込んだ。
「いっそ“ジャニーズ・ジュニア”みたいな形にして、正式デビューさせる前からどんどん売り出していくとかの手もあるかもね」
「うん。実はそれこないだケイさんとも話した」
「ああ」
「それで4月から“信濃町ミューズ”というのを発足させようかと。基本的には、信濃町ガールズを卒業した子をそちらに加入させる」
「ミューズなんだ!」
確かに今§§ミュージックには、信濃町ガールズを卒業したものの、デビューの予定もないまま在籍している子が10人は居るはずである。
「ガールズの上って何だろうと思ったんだけどね。シスターズも考えたけど、男の子も少数居るし」
「ミューズも随分女の子っぽい名前だと思うけど」
と千里は言っておいた。
2月26日、日本のバスケット女子Wリーグは、今シーズンの残り全試合の開催中止を決定した。
フランスの女子バスケット・リーグLFBも、3月7日の試合を最後に、以降の試合の全中止を決定した。
2月28日、感染拡大の続く北海道は、道民に外出自粛を求める「新型コロナウイルス緊急事態宣言」を出した。
あちこちで大きなコンサートの中止決定の報道が相次ぐ中、千里は所属するレッド・インパルスの部長にお願いをした。
「ヨーロッパで友人のチームが急遽建てた練習場が使える気がするんです。あれと同じのを作りたいから、私に少し土地を貸してもらえませんか?建設費は私が出しますから」
「だったら、体育館の隣の旧テニスコートの場所を使ってもいいよ」
それで千里はそこに播磨工務店の“赤組”のメンツを動員して、一晩で軽量鉄骨構造の小型体育館を建ててしまった。前日の夕方まで何も無かったのが朝来てみると立派な建物ができているので、みんなびっくりする。
そしてこの体育館の中に“感染対策”を施した練習施設を1日半で作りあげたのである。
広さは中学や高校の体育館くらいのサイズだが、長さ32m幅3mの“ストラップ”20個に別れており、その間がビニールシートで区切られている。ストラップの端には換気扇がついていて強力に換気する、排出された空気はこの練習場の周囲に作られた緩衝領域の中で、細かい目のフィルターを三重に通した上で屋外に排出される。
1軍選手は15人しか居ないので、20個もストラップがあれば、各々を1人ずつが完全独占して使用できる。
実を言うと、最初ストラップの境界はアクリル板で考えていたのだが、アクリル板はボールがぶつかったり、選手!がぶつかったりして、簡単に割れるということに思い至り、ビニールシートの方がよいという結論に達した。それで津幡で余ったビニールシートが使えると考えたのである。
ストラップの両端にはゴールがある。ゴールは向きが各々ボタンで変えられるようになっていて、様々な角度からのシュートが練習できる。床には、ノーチャージライン、フリースローライン、3ポイントライン、センターラインなどがペイントされている。
このストラップの途中には相手選手に見立てた木の板で作られた人形が置かれていて、敵の防御をかいくぐって進行する練習をすることができる。横向きのネットが張られた人形もあり、この人形を使ってパスの練習もできる。この人形が各ストラップごとに7体置かれている。この人形は実は必要になると思って、2月の頭から、栃木県の自己所有製材所で作らせていたものである。
そして、このストラップを区切るビニールシートは、長さ32m 高さ4m で張ったのでそれを19セット、32×4×19 = 2432m
2使用した。火牛アリーナを仕切るビニールシートは2m×1mだったので、1216枚分(121万円)をこれで消費したのである。
わずか3日ほどでこれだけの施設が出来たのを見て、部長は驚いていたが千里に言った。
「予算取るから、アメフト部用のも建ててくれない?」
「土地さえあれば」
「確保する!」
それでレッドインパルスの兄弟チームである男子アメフト部用の“個別練習場”も作ることになった。サイズはやはり幅3m高さ4mで長さは50mにした。選手が33人いるので、予備を含めて36ストラップ(広さ50m×108m)作った。これは旧工場の跡地に建てたが、千里は“実費”で2000万円だけ請求した。
「そんなに安くていいいの?」
常識的な感覚なら5-6億掛かってもおかしくない。
「ビニールシートはある場所で余っていたのを平米単価500円で買い取ってきたものですし、お人形は私が所有している製材所で作らせたもので1体2000円ですし」
「製材所持ってるんだ!お祖父さんか誰かから相続したの?」
などと部長は言っている。
使用したビニールシートは50×4×35 = 7000 m
2で、衝立3500枚分(350万円)を消費した。人形は各ストラップごとに12体ずつで420体(84万円)使用である。実は人形はネットを取り付けるパス練習用以外は型抜きした後、塗料槽につけ乾燥させる程度なので、やすりを掛けたり、土台と接続する作業はあるが、だいたい1日に50体くらい生産できる。千里は臨時の作業者を5人雇って製造してもらっているが、コロナで減収している人たちが応募してきて工場は活気にあふれている。
「建物は?」
「建物建てるのが趣味の友人がいるので、材料費だけで。あとは換気扇とかの費用が主たるものですね。赤は出てませんよ」
アメフト部からは
「スクラム練習用の重量級人形とか作れない?」
と訊かれたので、若葉の知人で、静岡でフィギュアを製作している会社に照会し、試作してもらった。チームのラインマンのひとりにそこの会社に行ってもらい、彼の意見を入れながら試行錯誤したところ、強化プラスチック製の人形に水!を入れたものがいい感じになったのでまずは試作品として2体納入してもらった。これがわりと好評だった(色々な選手に試してもらうため、使う度に消毒するのが大変だった)ので多少の改良をした上で12人のラインマン用に12体を1体10万円(試作品も含めて140万円)で導入した。
千里はその後、同様の個別練習場を、千里2が所属するマルセイユ、最近スタッフとして色々関わっているスペイン・セビリアのゲパルダ(gueparda)、佐藤玲央美が日本で所属するジョイフルゴールド・フランスで所属するオルレアン、貴司が所属するTT事務機、自分の母校の旭川N高校、玲央美に頼まれて彼女の母校の札幌P高校、更には女形ズのために火牛アリーナに1個、仙台コシネルズと仙台グリーンリーブズのために若林植物公園に2個、その他、小浜ラボ、市川ラボにも1個ずつ、更に紫微さんにも頼まれて行田(ぎょうだ)トルネーズのためにも1個と、結局13個も建てることになり、最終的には衝立18000枚分程度のビニールシートを消費して、火牛アリーナの地下にストックしていた衝立は全て無くなることになった。それで冬子は大いに助かったのであった。播磨工務店のメンバーもたくさん建設が出来て楽しそうであった。
(フランスやスペインに建てた分は材料の密輸!)
3月2日に高校を卒業したアクアであるが、早速翌日からハードなお仕事が入っていた。某自動車メーカーが発売する“アクアのアクア”のCF撮影である。
これは3月3日には東京のアクアライン、4日には静岡の富士スピードウェイ、5日は石川県のなぎさドライブウェイ(砂浜!)、6日は北海道の稚内港・北防波堤ドームで、いづれも一度千里2か運転する車に同乗した上で、アクアが運転している。(カメラマンが助手席に同乗して運転中のアクアを撮影→アクアの単独運転:ただし万一の時のために後部座席に千里が乗っていた)
今回の移動は、アクアのデビュー前からの熱烈なファンである江藤愛来(会員番号36)さんの所有するプライベートジェットG650で飛んでいる(羽田空港→静岡空港→のと空港→稚内空港→羽田空港)。
現在、羽田が空いているのでプライベートジェットも使いやすい。
撮影で使用した車体は3日に東京で使用した車体(No.1)をカーキャリアで石川県に運んだが、静岡(No.2)と北海道(No.3)で使用した車体は予め運んでおいたものである。
北海道の撮影で使用した車体(Np.3)は再整備の上、下旬の発売日当日にメーカーからもらった(経理的にはギャラの一部)ので、それ以降、アクアの移動はボルボから、1年半ぶりにアクアに戻ることになった。このアクアは通常のアクアより鉄板が厚く防弾ガラスを入れたVIP仕様のものである(燃費は悪い)。
6日に北海道に日帰りしてきた翌日と翌々日の3月7-8日は、都内足立区の§§ミュージック研修所(兼女子寮)のスタジオから、震災イベントの歌唱をした。さすがにきつかったので、7日の午後は女子寮内の部屋でぐっすり寝ていた。9日以降もぎっしり予定が入っているのでアクアは
「やはり学校卒業したから、この後は全然休めないみたい」
と思った。
もっとも北海道に行って来たのはMで7日にスタジオから歌唱したのはFである。Fはなぎさドライブウェイで運転した後、いったんプライベートジェットで稚内に飛んでから、稚内空港から東京に転送されて、マンションで寝ている。
(旅で疲れている状態で運転してはいけないので、入れ替えは現地に到着した後でやる、というのが千里と《こうちゃん》の方針である)
ところでKARIONのアルバムであるが、震災イベントまでにテーマを決めようということになっていたのだが、7日の日に和泉・美空・蘭子・小風の4人と鷲尾さんで集まり、話した。
美空は
「また食べ物の歌の特集したいな」
と言った。ちょうど震災の頃に、KARIONは『食生活』というアルバムを出している。それで美空のお勧めは今度は『おやつ』というものであった。
蘭子(ケイ)は
「こないだも言ったけど"Love Song For You"で」
小風は
「こないだは『花言葉』と言ったけどもっと広くして『Plant(植物)』とか、どうかな」
と言った。
「和泉は?」
「今のご時世では、みんな家の中に閉じこもってないといけないからさ、ゲームとかどうかな。室内で色々なゲームをする」
と言った。
「みんな色々意見が出たね。どれにしようか」
と小風は言ったが。蘭子が
「和泉のゲームに1票」
と言った。
すると鷲尾さんが
「ではゲームで」
と言った。
「え〜〜〜〜!?」
と小風が言うが
「リーダーが言ってるんだから、それでいいじゃん」
と蘭子が言い、美空も
「こないだから、私だいぶゲーム三昧になってる」
と言って、次のアルバムのタイトルは『Game』ということになった。
「木製ゲームというのは?」
などと美空が言うので、小風にそういうタイトルで1曲書くように鷲尾さんは言った。
「おやつゲームとかは?」
「じゃそういうタイトルで美空ちゃん1曲書いて」
「頑張る!」
「制作は前回も言ったように、曲ができたらトラベリングベルズに伴奏を作ってもらった後、各自の予定が取れる時にスタジオに入って1人ずつ歌唱して録音する」
と鷲尾さん。
「そういうやり方って、これまでは邪道と思われていたけど、コロナの時世では、そのやり方が主流になるかもですね」
と蘭子は言う。
「それをきっかけに時代が変わるかもね」
と鷲尾さんも言う。
「多重録音とかも当初は邪道だったかも知れないけど、今は普通だしね」
と少々不満な顔の小風も言った。
3月3日、マリは結局大林亮平と別れてしまった。翌日のローズ+リリーの新曲発表記者会見の席で、マリは自分が妊娠していることと、相手の男性とは別れたので結婚しないということを語った。
昨日別れたばかりで、まだ復縁の可能性もあるのではと思っていたケイはマリがもう全て済んだことのように語るのを戸惑いの気持ちで見ていた。
3月5日、昨日の記者会見を見て驚いた原野妃登美がマリを訪ねて来た。そしてマリが亮平と別れたのなら、自分がアタックしていいかというのでマリは了承してしまう。すると妃登美は「亮平の買い取り代金」と言って例の500万円をマリの前に積み上げる。マリはびっくりしたが、妃登美の“事情”を聞くと、この“金銭トレード”を面白がり、出産費用とかは亮平に出してもらえばいいよと妃登美を煽っておいた。そして亮平が受け取りを拒否して扱いに困っていた婚約指輪を、亮平のマンションの鍵とともに妃登美に渡したのである。
亮平は帰宅すると妃登美がいるのでびっくりする。彼女が作ってくれた御飯を食べながら話を聞くと、自分はマリから妃登美に“トレード”されたというので「うっそー!?」と叫んだ。そんなのありなのか?妃登美はマリに渡したはずのダイヤの指輪も持っていた。
妃登美は「私、亮平の奥さんでいいよね?」などと言う。数日前にマリと別れたばかりで節操がない気がしたものの、マリと妃登美の間で話がまとまってしまっているのなら、いいかなと思った。そして妃登美を抱いて満足して、うとうととしていた時、妃登美は言った。
「ねぇ、りょう、お願いがあるの」
「何だい?」
「あのね、あのね、りょう怒ると思うんだけど」
「聞いてあげるから、言ってごらんよ」
「実はね。私のお腹の中にいる赤ちゃんのパパになって欲しいの」
「なんだとぉ!?」
怒るというより仰天した亮平だったが、妃登美が語る“事情”を聞くと彼女が不憫に思えた。それで、妃登美が妊娠している子供の父親になってあげることを了承するのである。
彼女の妊娠週数が進んでいるので、早めに結婚を発表したいと思った。事務所の社長に「彼女を妊娠させてしまったので結婚したい」と連絡すると「仕方ないねぇ」と言って了承してくれた。社長は亮平がマリと交際中だったことを知らない。
しかし彼がマリと交際していたことを知っている人は、彼が妃登美と結婚することにして、しかも妃登美が妊娠中と聞いたら激怒するだろう。亮平はそういう人たちに事情を説明せざるを得ないと思った。
彼はまずWoodem Fourのメンバーに状況を説明した。3人とも亮平の方針に賛意を示してくれて、結婚の御祝儀までくれた。本騨真樹から話を聞いた彼の奥さん・山村星歌も、「大林さん、格好良いと思うよ」と亮平の方針を応援してくれた。
亮平はケイ、∞∞プロの鈴木社長、千里(青葉にも伝えてくれるよう頼んだ)、丸山アイと鹿島信子(フェイ・ヒロシにも伝えてくれるよう頼んだ)、カノンとリノン、和泉・小風・美空、など結果的に10人ほどの人に説明するハメになった。本当は妃登美の妊娠事情はあまり多くの人には知られたくないのだが、説明しないと激怒して非難されるのは確実なので、説明せざるを得なかったのである。
ケイは実はWooden Fourのメンバー、鈴木社長の次、3番目に亮平からこの話を聞いたのだが、これをまずは風花、詩津紅・妃美貴の姉妹、スターキッズのメンバー、氷川さん、鱒渕・玄子・竜木、コスモスなどにも伝えた。みんな「この話を聞かずに大林亮平さんの結婚記者会見を聞いたら激怒していたと思う」と言い、また亮平の方針に賛成すると言った。
ケイは青葉にも電話して伝えたのだが、彼女は既に千里から聞いたということで青葉も亮平さん偉いと思うと言っていた。
そういう訳でこの話は3月15日に亮平が記者会見を開いて妃登美との結婚を発表するまでの間に100人近い人が知るところとなるのである。マリが亮平と親密にしている所、一緒に泊まったりしている所をそのくらいの人が見ているので、やむを得なかった。
コロナに感染して自宅療養していた筒石君康は、実際には一週間で熱は下がった(もとより本人はずっと元気でマンション内で筋トレなどやっていた)。水連の指示で発病から2週間様子を見ることにしたが、その間2度のPCR検査をしたものの陰性で3月8日に外出許可が出た。
そして「ちょっと出てくる」とジャネ(実はマラ)に言うと、出かけて来て、デパートの紙袋を持って帰宅した。
「何買ってきたの?」
「ジャネ、指を出して?」
「へ?」
と言って、ジャネ(マラ)が右手を出すと
「違ーう。左手だよ」
と言う。そしてジャネ(マラ)が左手を出すと、君康は紙袋から出した白いビニール袋の中から青い宝石ケースを出す。ジャネ(マラ)がびっくりしている。君康は、宝石ケースのふたを開けてダイヤの指輪を取り出すと、ジャネ(マラ)の左手薬指にその指輪を填めたのである。
「もう長いこと一緒に暮らしていたのに、これあげるの忘れてた。ごめんな」
「いや、こんなものもらえるって思ってもいなかったから、びっくりしてる」
「結婚式もあげない?」
「じゃロス・オリンピックの後で」
「8年も先なの〜〜〜!?」
「だって、私オリンピックに出たいから、赤ちゃんとか産んでられないし」
「うん。赤ちゃんはそれからでいいよ」
「だけど指のサイズがよく分からなかったから適当に買ったけど入ったね」
などと君康は言っている。
幽霊だから実体が無いので、どんな指輪のサイズでも入るものの、これはマソ(ジャネ本体)に入るように調整する必要があるなとマラは思った。
それで双方の両親に報告するために、君康とジャネは一時帰省することにした。翌日の夜、ジャネ(マラ)が筒石のVolvo XC90 T8 を運転して関越・北陸道を走って、金沢まで帰省したのである(筒石は免許は持っているものの絶望的に運転が下手である。彼は水泳以外の才能がほとんど無いようだ)。
(実は日中マラはマソと位置交換し、マソが宝石店に行き指輪のサイズ合わせをしておいた。君康が「日本代表のスポーツ選手だから指も太いから」と言ってかなり大きいサイズで作らせていたので、調整は短時間で済んだ)
朝から、まずは筒石の実家を訪問して報告。更にジャネの実家を訪問して報告。お昼を仕出しを取って、火牛アリーナの会議室で両家で会食したのだが、ここの仕様にびっくりする。
テーブルの中央にビニールシートが貼ってある。席と席の間にもビニールシートの衝立が置かれている。そして椅子は1m間隔に置かれていて、その位置は“互い違い”になるようになっている。つまり向かい合いが生じないようにしているのである。更にビニールシートで飛沫の飛行をできるだけ阻止している。むろん部屋には強烈な換気が掛けられている。
「これラーメンの一蘭の仕様に似てる」
と君康のお父さんが言った。
「はい。あれも参考にしました。ここはお互いが見えるように透明ですけど」
と若葉。
ラーメンの一蘭は客同士のプライバシー確保のため、席が(不透明の)板で区切られている。
「皆さん、お食事が終わったら、マスクしてくださいね。それと食べるのを休む時は食事にカバーを掛けてください」
と言って、配膳を指揮した若葉が食事のトレイ(透明アクリル製のカバー付き)と一緒にマスクを配る。両親たちは若葉たちの格好にも驚いている。
「なんか未来的デザインだね」
「うちではプラスチック・スタイルと呼んでいます。お客さんにはわりと好評なんですよ」
と若葉は言っている。若葉自身も、また手伝っている2人の女性スタッフもクレールで採用したのと同じプラスチック・スタイルのメイド服?を着ているのである。
「頭に付いているのはもしかして個人識別用?」
「そうなんです。これを着ていると誰が誰なのか、性別さえ分かりませんから」
若葉の頭には双葉のフィギュア?、あとの2人には、ひまわり?と卓球のラケット?のフィギュアが付いている。
「宇宙服にも見える」
とジャネの母・幡山自由(くろみ)が言う。
「はい、宇宙服みたいとか防護服みたいという意見もありました」
「そうか。これ防護服なのか!」
「スタッフの感染を絶対に防がないと、スタッフが感染してそこからお客様に感染させたらお詫びのしようもありませんから」
「それが恐くて今外食産業はバイトが来ないらしいね」
「まあ恐いですよね。でもこの衣装のおかげでうちは応募はたくさん来てますよ」
と若葉は言っていた。
「それ重くない?」
「衣装だけで2kgほどあります。ダイエットにいいですよ」
「確かにダイエットにはなるかもね」
2020年3月9日、お茶の水女子大の合格発表があり、桐絵は合格していた。
「どっち行くの?」
と彩佳は尋ねた。
「早稲田かなぁ。女子大ではボーイフレンド見つけられないし」
「どういう基準で選んでるのよ?」
「フィアンセの近くの大学に行こうとしているアヤに言われたくないな」
「別にフィアンセという訳ではないんだけど」
「夫だっけ?」
「妻だったりして」
「まあ今どきレスビアン婚も悪くないと思うよ。この本あげるね」
と言って、桐絵は彩佳に
"Lesbian sex for beginners"
という本を渡した。彩佳が目を丸くする。
「どこでこんな本を」
「神保町で昨日見つけた。図解がたくさん入ってるよ」
3月10日、東大の合格発表があり、彩佳は落ちていた。自己採点では合格水準ギリギリくらいの気がしたのだが、たぶん微妙に届かなかったのだろう。
これで彩佳は青山学院大への進学が確定した。
2人は宏恵と連絡を取ってみた。
「ああ、宏恵はお茶の水合格したんだ」
「うん。4月からは東京生活。でも家賃高そうだね」
「それでさ、今こちらで言ってたんだけど、3人でひとつのマンション借りない?」
「あ、それいいね。どのあたりにするの?」
「いくつか候補はあるんだよね。今私たちが通っている高校の近く、赤羽付近は、駅から少し歩く場所ならわりと安い物件がある。あと都心だけど、早稲田大学や明治大学の近くはけっこう安い学生向け物件もある。あと意外に便利なのが副都心線の沿線。池袋・新宿・渋谷にダイレクトにアクセスできる」
「じゃ、そちらに任せた。池袋にアクセスできれば私は問題無い」
「OKOK。それで家賃・光熱費は3分割で」
「うん。それで」
なお、彩佳たちの高校女子寮は3月24日までに退去すればよいことになっている。
3月10日、政府は新型コロナウイルス感染拡大を歴史的緊急事態に指定した。
3月11日、WHOは新型コロナウイルスの流行についてパンデミック相当である、との見解を示した。
3月9日、★★レコードの町添社長は、無観客演奏と別途定める厳しい基準をクリアした方式での演奏を除く、全てのライブ・サイン会の中止要請を出した。
この基準というのがなかなか厳しい。50項目以上にわたる基準が定められているが、主な点だけあげても
・窓を開放するか換気扇を動かしていて、建築基準法に定められている必要換気量30m
3/人時 を確実にクリアしていること。
・演奏中は窓やドアを必ず開放して演奏する。騒音問題で許されない場合は、そういう会場は使用しない。
・空調を使用したり空気清浄機を使う場合はULPA以上のフィルターを使用する。
・演奏中は立ち上がり、声援、一緒に歌うこと禁止。テープなどを投げること禁止。客同士で肩を組んだりするの禁止。ウェーブ禁止。
・客からのお花・プレゼント禁止。客との握手やハイタッチ禁止。
・サイン会をする場合はシールド設置・手袋着用。握手は“エア握手”まで。
・スタッフは全員マスク・手袋着用。
・入口に赤外線方式の検温設備を設置し、熱のある観客を確実に排除すること。
・座席は最低1m以上の間隔をあける。立見方式は禁止。
・トイレの感染防止対策(それができない会場は使用しない)。
・物販では客と声でのやりとりが発生しないようにする。レンタルビデオ店のようにタグと商品を交換する方式推奨。現金のやりとり禁止。スマホ決済推奨。
社内に医師の資格を持つスタッフを含む審査委員会を設け、その審査に通らない限り実施は許可しないものとした。
取り敢えず仙台のクレール若林店はこの基準合格の第1号となった。エヴォン銀座店は落とされた!それで永井が仙台まで来て、和実からクレールで取った対策に付いて聞いたが「そこまでしてるのか!」と絶句していた。クレールのメイド衣装“プラスチック・スタイル”にもギョッとしていた。
しかし永井は500万円掛けて銀座店の改装をして5月頭には再審査で合格した!メイド衣装もプラスチックスタイルは採用しなかったものの、フェイスシールドと手袋着用は3月中に即導入した。またクレールにならって、オムレツにメッセージを描くのは客席ではなく厨房でおこなう方式とした(注文時に指定してもらう)。
エヴォンは銀座店のみならず全店“飲食店営業”なので、営業自粛要請の対象外である。他の飲食店同様、店舗営業は夜8時までとし、その後夜10時までテイクアウトのみの運用としたが、このテイクアウトが物凄い売上になり永井は驚いた。
しかし小規模のライブハウスで審査合格した所は希だったので、エヴォン銀座店はセミプロのミュージシャンにとって貴重なライブスペースになったようである。(但しエヴォンの自主基準で管楽器の使用を当面の間禁止とした)
これはテレビでも報道されたので、見学に来るライブハウス経営者も多かったが、物凄い改装費用が掛かる上に、入れられる客数が少なくなるので、二の足を踏むライブハウスが多かったようである(そもそもライブハウスは厳しい経営状況の所が多い)。
ローザ+リリンは3月8日に仙台で震災イベントの仕事をした後、ドライバー会社の矢鳴さんの運転するアテンザで東京に戻った(千里は青葉と一緒にオーリスで高岡に向かった)
3月9-10日(月火)はローズクォーツの音源制作に参加する。この日は『Rose Quarts Plays Pops』の残っている曲を保留して、先に『Rose Quaars Best』の中の曲を4曲収録した。これまでケイ以外のボーカルには歌えなかった『雨の夜』、『空中都市』、『ウォータードラゴン』、そして『夏の日の想い出』という難曲である。どれも声域が2オクターブ半以上ある曲ばかりである。
難しい曲が続いたが、『ウォータードラゴン』の譜面を見たケイナは
「マリナとパート交替していて良かった」
と言った。さすがのマリナもこの曲を仕上げるには4時間掛かった。この曲は偶然スタジオの横を通り掛かった丸山アイが
「ボクに監修させて」
と言って、伴奏も一部録り直させた上で、メインメロディーを歌うマリナに細かい指示を出していたが、本当に龍が水面から飛びあがっていくような演奏にしあがり
「これ、ケイのオリジナル版より格好良い」
とヤスが驚いていた。
最後の『夏の日の想い出』はローズ+リリーのレパートリーでもあり、ローザ+リリンは“耳を塞いでいても歌える”くらい歌い込んでいるので1発でOKが出る。丸山アイも
「君たち、よく歌い込んでいるね」
と褒めていた。
「なんとかこれで完成しましたね」
「でも『Rose Quarts Plays Pops』もまだ少し残っているし『Rose Quaars Best』の他の曲はもう録音する時間がないですね」
とケイナが言うと
「来週はPopsの曲の残りをやって、下旬からBestの作業本格的に始めるから」
とタカがいう。
「下旬から始めて3月中に何曲いけますかね?」
「4月いっぱいには全部終わると思う」
「あのぉ、私たち3月までですけど」
「5月まで延長されてるけど」
「え〜〜〜!?」
それでケイナとマリナは契約が取り敢えず5月まで延長されたことを知ったのであった。板付社長に電話すると
「あ、ごめーん。言うの忘れてた」
などと言っていた。
「でも、私妊娠しちゃったから、代理ボーカルが終わったら、仕事のペースを落とさせてもらおうと思っていたんですが」
とマリナが言うと
「あれ?赤ちゃんできたんだ。おめでとー」
とタカは言った上で
「今年はどっちみちもうライブできないから問題無いよ。音源制作では座って歌えばいいし」
などと言っていた。
それで打ち上げ代わりに、甲斐窓香が全員に軽食(スタバのサンドイッチ)と飲み物(コーヒーまたはビール)を配り
「祝杯は各自の家でお願いします」
などと言っていた時、スタジオの傍を通り掛かった!雨宮先生が入ってくる。
「いい人たちがいた」
と雨宮先生は言った。
「さ、みんな帰ろうか」
とタカは言ったが、雨宮先生は
「君たちにおいしい仕事をあげるよ」
などと言っている。
タカが出ていこうとするので、他のメンツもいいのかな?と思いながらスタジオを出ようとする。しかし雨宮先生はスタジオの入口に立って
「頼む。ちょっと助けてくれ」
と言った。
「一体何ですか?」
とサトが尋ねる。
「実は、明日の夕方までに、WindFly20のCDの音源制作を終えないといけないのに、月村山斗さんが入院したんだよ。新型コロナで」
「え〜〜〜!?」
「それで曲が無いんだ。君たちで作ってくれないか?」
「シングルですか?」
「アルバムだ。最低12曲は必要だ」
「あのぉ。それいつ収録するんですか?」
「明日」
「1日で12曲吹き込むんですか!?」
「あの子たちの音源制作はいつもそんなものだよ。どうせ聴く人なんて居ないし。ファンは店頭で各自10枚20枚買ってきて押し入れに放り込む」
「うーん・・・」
「なんか間違ってるなあ」
「だけど月村先生は一晩で12曲作るおつもりだったんですか?」
「本当は締め切りは半月前だった」
「ああ」
「だけど月村さんもオーバーワークだからさ、遅れに遅れて、もう限界と言っていたところで倒れたんだよ。それで高熱が続くからもしかしてというのでPCR検査したら陽性だった。今面会謝絶。家族さえも会えない」
「大丈夫ですかね」
「祈るしかないね」
「月村さんが歌詞を書いたらすぐ曲を書かせるつもりでアマチュアの作曲家を12人スタンバイさせていたらしいが、歌詞がないと依頼できん」
「その人たちに歌詞も書かせたら?」
「無名作曲家の作詞作曲作品なんて使えん。あんたたちなら一応ミュージシャンとして名前が通っているから使える」
「名前が必要なのか」
「まあね。この業界で大きな力を持つ月村山斗が歌詞を書いた作品で、有名なWindFly20が歌うから商品になる」
「やはり何か間違ってるなあ」
「とにかく体裁は整えないといけない。だから駄作でもいいから、一応曲として形のある曲を揃えないといけない。既存曲ではないものを12曲ね。今、毛利に1曲、ゆまに1曲、松居美奈と長尾泰華にも1曲ずつ頼んで、千里に4曲頼もうとしたら、あいつ口がうまいから1曲に減らされた」
と雨宮先生が言うので、みんな吹き出しそうになったのをこらえた。
丸山アイは4曲程度を断ったというのは2番だろうなと思った。3番なら松本花子を動員すれば1晩で8曲くらい作れるだろう。もっとも、雨宮さんは、あまり“甘やかしては”いけないが。
その時、雨宮はアイに気づいた。
「アイちゃんがいるじゃーん。アイちゃん朝までに2曲くらい作れない?」
「作曲料を印税にプラスして1曲200万円頂きますが」
「100万に負けてよ」
「だったら1曲だけなら」
「取り敢えずそれでいい。頼む」
「じゃ、他の方にも1曲100万円で」
「仕方ないわね。レコード会社に払わせる」
緊急事態だし、きっと出してくれるのだろう。WindFly20のCDは間違い無く100万枚は売れるから、その程度の予算は出るはずだ。今Fly20系の中でも最も勢いのあるグループだ。
もっともここにいるメンツの中には、窓香のように全く作曲の素養など無いし“名の通ったミュージシャン”には該当しないメンツもいる。それで話し合って、下記のメンバーが1曲ずつ朝までに書くことにした。
タカ、ヤス、マキ、マリナ、丸山アイ。
「書く」のレベルは時間が無いので最低限手書きのコード譜まであれば良いことにした。
その後は仕事の速いアレンジャー(4人スタンバイさせているらしい)を使って編曲させ、WindFly20・・・・の坂出モナ、佐藤小百合、鈴木ひかり、岸下クリム、中村大希の5人に歌わせる。実はWindfly20のメンバーの中でまともな歌唱ができるのはこの5人だけである。他のメンバーはライブではコーラスをするが、音源制作の時は、女子音大生がコーラスをする。でないとまともな音源にならないらしい。
しかしこれで5曲できるので、雨宮が既に依頼している毛利五郎・鮎川ゆま・松居美奈・長尾泰華・醍醐春海と合わせて10曲になる。
「あと2曲は雨宮先生がお書きになりますか?」
とタカが尋ねる。
「あんた誰か筆の速い子知らない?一応名前の通ってる子で」
「そうだなあ」
とタカが悩んでいたら、アイが
「1人心当たりがあります。印税+100万円で依頼していいですか?」
と尋ねた。
「私が知ってる名前?」
「琴沢幸穂ですよ」
「ああ、彼ならOK。頼んで」
「女だと思いますが」
「ほんとに女なの?男の娘じゃなくて?」
(琴沢幸穂と実際に会ったことのあるのは、秋風コスモスとケイくらいである。丸山アイはそもそも千里の分裂劇の“影の仕掛け人”なので当然知っている)
「脱がせてみたことはないですけど、女にしか見えませんけどね」
と言って丸山アイは3番に電話した。千里3は快諾して
「1番に書かせるね」
と言った。彼女はこの話を知らないふうだったので、やはり雨宮先生が連絡したのは2番だったようだなとアイは思った。
この夜、龍虎のマンションでは、久しぶりにNが実体化したので、Fが物凄く喜び、3人で焼肉をして一緒に食べた。Mも抑えてはいるものの嬉しそうだった。
この夜、西湖のアパートでは、食事の途中で1人になってしまったので、戸惑う。Fの食べかけを自分で食べてから食器の片付けをしていたら
「宿題やっといてね」という“内面からの声”がある。それで西湖は、久しぶりに宿題に取り組んだ。
自分にできるかな?と思ったものの、Fが日々勉強している内容が頭に入っているので、西湖は何とか連立一次方程式を“たすき掛け”法で解くことができて「これ面白ーい」と思った。気体の体積問題もモル数に22.4を掛けたら体積になるというのが、すーっと頭の中から出て来たので、ちゃんと解くことができたものの「22.4って何の数字だろう?」と疑問は感じた。
この夜、東京北区の季里子のアパートでは、季里子が夜食を持って部屋に入ると桃香が居なかった。桃香が絵本を読んであげていたはずの来紗と伊鈴だけが居る。トイレにでも行ったのかな?と思ってしばらく待っているものの戻って来ないので、季里子が絵本の続きを読んであげた。しかし5分もした頃、桃香からメールがある。
《すまん。緊急の仕事で出てくる。今夜は戻れないかも》
と書かれているので
《お疲れ様》
と返信しておいた。でもいつ出て行ったんだろう?私居間にいたのにと思った。朝起きると、桃香は自分と同じ布団の隣に寝ていた。
マリナは夜中すぎまで掛けて曲を書き上げたが、妊娠中なのでケイナが心配そうにしている。それでケイナに
「これCubaseに入力できる?」
と訊く。
「できると思う」
「じゃ、よろしくー」
と言ってマリナはひとりでダブルベッドに潜り込むとぐっすり寝た。
(3/11)朝6時に起きてみると、ケイナが入力しながらパソコンの前で寝ていた。見るとほぼ入力は終わっている。それでケイナに毛布を掛けてあげて、残り数小節は自分で入力した。それから入力ミスがないか目と試奏で確認した上でコードを指定し、自動で伴奏を生成する。
その上で数ヶ所自分の好みの伴奏に修正して8時頃には完成。雨宮先生にメールした。これが『三角屋根の雨宿り』という可愛い作品である。
雨宮先生からは
「可愛くできたね。それにここまで作ってもらえたら助かる。このまますぐ歌唱させられるから、これを一番に歌わせるよ。ありがとう」
という返信があった。
それで朝御飯を作り、ケイナを起こして一緒に食べていたら雨宮先生から電話がある。
「すまん。マキがギブアップしたらしい。もう1曲書けない?」
というので
「夕方までなら」
と答え、それでいいと言うので、もう1曲書くことにした。本当はこの日は1件仕事があったのだが、雨宮先生が美咲マネージャーと交渉し、ケイナとデンデン・クラウド!の2人で行ってくることにさせてもらった。
それでこの日マリナはずっと自宅に居て作曲作業をした。夕方16時頃に『灰色のバスケットシューズ』という、スポーツ男子に憧れる女の子の心情を描いた曲を書き上げる。これもCubaseで伴奏まで作っている。むろん伴奏の大半はオートである。それで送信すると
「これが8曲目。助かった」
という連絡があった。つまりまだ4曲揃ってないのか!?
結局この時は、毛利五郎さんと、雨宮先生が最後に依頼した人物もギブアップし、マリナ・醍醐春海・琴沢幸穂の3人が2曲ずつ書いたようである。坂出モナたちは夜中すぎまで歌唱をしていたらしい。
(琴沢幸穂の1曲目は千里1が書いたが、2曲目は千里3が書いた。つまり千里は結局3人とも書いたのである)
3月15日、時節柄ネット中継方式で行われた大林亮平と原野妃登美の結婚記者会見では、Wooden Fourのメンバーだけでなく、“震災イベント”繋がりでケイとマリが亮平と妃登美を祝福する様子がネットに中継される。マリは妃登美に笑顔で
「一緒にママになろうね」
とまで発言していた。
こうしておけば、万一この事情を知らなかった人が会見を見ても「マリちゃんも祝福しているのだから、よいのだろう」と思ってくれることを期待している。
なおマリと妃登美のつながりについて、ケイが
「実はマリはローズ+リリーでデビューする前に、原野妃登美ちゃんのバックダンサーをしていた時期があるんですよ。私も妃登美ちゃんの歌の伴奏をしたことがありますし」
とも説明した。このことはほとんど知られていなかったので、驚いた人も多かったようである。
亮平が妃登美との結婚を発表する前日、3月14日、八雲春朗と高木佳南は、連名でFAXを報道各社に送り、結婚すること、佳南は妊娠中であること、佳南は出産明けまで女優業を休業することを発表した(多くの人が実際にはそのまま引退だろうと考えた)。佳南がエンゲージリングをしているところの写真も添えられていたが、それを見て妃登美は「勝った」と独り言を言った。
なお亮平からは「マリのおさがりの指輪だけでは申し訳無いし」と言って、あのダイヤの指輪のほかに、豪華な誕生石の指輪も買ってもらっている。
「みつりん、誕生石って何だったっけ?」
知り合ったばかりという訳でもないのにそんなのも知らないというのが、この人らしいなと妃登美は思った。
「そうね。誕生石ならルビーなの」
と妃登美は言った。
マリが「俺に返すつもりなら捨ててくれ」と言われたというのを聞いていたのでその“アンサー”である!
(どちらも寺尾聰『ルビーの指環』の中のセリフ)
しかしそれで妃登美は700万円もする大粒のスタールビーの指輪を買ってもらったのである。そして記者会見ではルビーの指輪を右手薬指、ダイヤの指輪を左手薬指につけていたので、多くの人が、ルビーの指輪はエンゲージリングを買うまでの“つなぎ”に買ってもらったもので、ふたりの交際は長かったのだろうと思ったようであった。
ところで、亮平と妃登美の記者会見の時にリモートでなく直接2人の前に現れて、2人に花束を渡したマリがしていた大粒のパールのネックレスが結構ネットでは話題になっていた。
「新しい彼氏からもらったもの?」
「お腹の中の赤ちゃんの父親が結婚できないお詫びにくれたものでは?」
などという意見もあったが、マリの財力なら楽に買えるものだろうし、指輪ではなくネックレスだし、単なるファッションアイテムだろうという意見に落ち着いた。
(直接亮平たちの所に登場したのは、Wooden Fourの残り3人の他は、マリ&ケイのみである)
実はこれはケイがマリからねだられて買ってあげたものである。それはケイが亮平と会い“事情”を聞いた翌日、3月10日のことであった。
マリはいつものように昼過ぎに起きてくると、唐突にケイに後から首の所に抱きつき、甘えるような声で言った。
「ねぇ、まいはにー、指輪買ってぇ」
「それ松山君に言いなよ」
「冬、なんで私が松山君と会ったの知ってるのよ!?」
「やはり松山君だったんだ?」
マリが昨日誰かとデートしたようだったので、相手は誰だろうと思ったのだが、あてずっぽに言ったのが当たったようだ。
「貴昭とは別に何でもないんだよ。偶然遭遇して、それで私を慰めてくれただけだよ。それに貴昭は結婚しているし」
「でも時々会ってるんでしょ?」
マリが亮平と一緒に暮らすつもりで建てていた、実家の離れを、マリは「ボーイフレンドとデートするのに便利」だから、このまま建てると言った。ボーイフレンドというのは、実際には松山君のことだろうと冬子は想像した。
「会ったことは認めるけど、彼が結婚した後は昨日までは1度もしてなかったんだよ」
つまり昨日は、したのか。
「まあ不倫はやめといた方がいいと思うね。今は妊娠しないだろうけどさ」
マリは妊娠中は誰とセックスしても更に妊娠することはない、などと言っていた。
「昨日は、貴昭から、また奥さんから疑われているからお腹の中の子のDNA鑑定をして欲しいと頼まれただけよ」
「それは検査会社に連絡しておくけど、その話しただけ?」
「まあ、したけどね。妊娠しないし」
きっと「妊娠しないからいいじゃん」とか言って彼を誘惑したのだろう。
「昨日のこともお互い忘れることにしたし」
「私も忘れてあげるよ」
「だから、冬、私に指輪を買ってよ」
「でもダイヤの指輪はその内、結婚することになった男性に買ってもらいなよ」
「うん。ダイヤの指輪はそうするから、冬は私の誕生石の指輪を買って」
冬子は少し呆れたもの
「まあいいよ。買ってあげるよ」
と言って、一緒に銀座の田崎真珠まで出かけたのである。マリはパールの指輪に興味を持っていたのだが、店の奥に大粒のパールをあしらったネックレスがあるのに気づくと「これもいいなあ」と言った。
それでケイも
「豪華な指輪をつけて妃登美ちゃんの前に出たら悪いじゃん。ネックレスにしときなよ」
と言ったので、結局その12mmの本真珠が3粒も使用されているネックレス(700万円)を購入したのである(それ以外の珠も10mmクラス)。
アコヤガイという貝自体が、そんなに大きく育つ貝ではないので、本真珠は普通7-8mmで、大きいものでも10mmくらいが限界である。あちこちの王室に伝わる伝統の王冠に20mm-30mmという巨大な真珠が載っていることもあるが、あれはだいたい南洋で採れる白蝶貝の真珠だろうと言われる。それもさすがに最近はもう採れないはず。つまり12mmの本真珠というのは、それ自体が奇跡であり、きわめてレアで高価なものである。
それでもケイは不安になったので、実は妃登美に直接連絡して、おそるおそるマリがそういう大粒のネックレスを付けて会見の席に行ってもいいかと尋ねてみた。
すると彼女は「マリちゃんから譲られた指輪以外に、亮平からあらためて700万円のルビーの指輪をもらったから、全然問題無い」
と明るく答えてくれたので、ケイはマリがこの豪華なネックレスをつけて会見に出ることを容認したのであった。
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【東雲】(4)