【東雲】(5)

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その日の「夜はネルネル」では、“サイン”が話題になっていた。ネルネルの2人のサイン(実はレアもの:この2人はめったにサインしないことで有名)、めろでぇずの2人の物凄く可愛いサイン、貝割横浜・貝割川崎のサイン(似顔絵付き)、揚浜フラフラのサイン(普通の文字でフラフラと書いてあるだけ)、健康バッドのサイン(普通に芸能人風)、有斗興梠のサイン(蟻の絵と蟋蟀の絵が描かれている)、更に内野音子のサイン(可愛い白猫の絵付き)、なども披露され、各々の色紙がコルクボードに貼られたが、デンデン・クラウドが「俺サイン無い」と言い出す。
 
「だって俺サインなんて求められたこと無いし」
などと言っている。
 
「お前も芸能人の足の爪先の端くれなら、サインくらい作りなさい」
と揚浜フラフラが言う。
 

それで結局、全員でデンデン・クラウドのサインを考えてあげることにする。当然みんな無茶苦茶なサインを提案して「いやだぁ」と本人から言われている。健康バッドが書いたサインは放送時にモザイクが入っていた!
 
最終的には内野音子が作ってあげたDen Den というのが丸文字っぽい書体で書かれ、クラウドは雲の絵になっているというサインが、チャンネルの独断で採用される(ケンネルは健康バッド提案のものを推したが、左蔵プロデューサーから「それはさすがにダメ」という声が掛かった)。
 
それで練習させるが、全然可愛い丸文字が書けない!
 
それで来週までにちゃんと練習してこいと言われた。
 

最後にローザ+リリンのサインが披露されるが
 
「ローズ+リリーのサインに似てる」
と、めろでえずのロックが指摘する。
 
「私たちローズ+リリーのそっくりさんだし」
「そういえばそうだった」
「だからサインも似てる」
 
ここでローズ+リリーの直筆サインが、さっと出てくるのが計画的な所である。
 
「違いが分からん」
と言って結局各々をスキャナでパソコンに取り込み画像として重ね合わせてみる。
 
「ああ、この付近が違うのか」
「当然。ローズ+リリーのサインは Rose + Lily と書かれている。ローザ+リリンのサインは Rosa + Lilinと書かれている。 e, a が違うし、 in, y が違う」
とケイナ。
 
「でも似てる」
「似るように書いているからね」
とケイナは言ったが
 
「ちなみにローズ+リリーのサインも書ける」
と言って、ケイナとマリナが色紙にさっと書いてみせる。
 
スキャナで取り込んで重ねてみると、きれいに本物と重なる。
 
「だったら、お前ら、ローズ+リリーの偽サインも作れるの?」
「作れるけど作らない。詐欺罪になる」
「これ、鑑定番組とかに出したら、本物と認定されるかな?」
「絶対バレる。筆勢が違うから」
とマリナ。
 
「あぁ」
 
「写真では重なるけど、内野音子ちゃん、この2つの色紙を見比べてみてよ。人間の感覚では違いが分かるでしょ?」
と言ってマリナは2枚の色紙を内野音子に渡す。
 
内野音子はしばらく眺めていたが
「こちらが本物?」
と言って右手に持つサインを掲げた。
 
「正解。ケイちゃんもマリちゃんも書道三段だから、文字自体が美しい。私たちは書道3級だから、同じ筆跡を辿っていても、筆勢の違いで、ローズ+リリーの本物サインの方が美しいんだよ」
とマリナは解説した。
 
「三段と3級の違いか!?」
 
「なるほどねー」
と内野音子は感心していたが、この2つの違いを見分けられたのはこの日のメンツの中では、めろでえずの2人とチャンネルだけで、他の男性メンバーはケンネルも含めて、見分けがつかないようだった。
 

「ここで視聴者の皆様にプレゼントのお知らせです」
とチャンネルが言った。
 
「視聴者の中から抽選で50名様に“ローザ+リリン直筆”のローズ+リリーのサイン色紙をプレゼントします。これはローザ+リリンが書いたものであることが分かり、ローズ+リリーの本物サインと紛れないように、色紙の隅にローザ+リリンのロゴマークが入ったものを使用します。ご希望の方はぜひご応募ください。宛先はこちらです」
 
と言って内野音子が手に持つ宛先が書かれたフリップボードを映す。
 
「ご応募なさる方は、必ず“だれだれさん江”という宛名を指定してください。指定されていない場合は、返送先のお名前を書きます。なお外れた方の中から300名様には、デンデン・クラウドのサイン色紙が届きます」
 
とチャンネルは言ったが、ネットでは
「デンデンのは要らん」
という声が圧倒的であった。
 
「めろでえずか内野音子のなら欲しいけど」
という声もあった。
 
しかしこのお陰で、デンデン・クラウドは、多分届いてもそのまま捨てられる運命のサイン色紙を300枚も書くハメになった!もっともその前に、ケイナの感覚で“まともなサイン”と認定されるようになるまで画用紙に500回くらい書いている。そもそもその前に「字の練習しろ」と言われてペン習字のテキストを3冊やらされた。
 
(でも1枚100円!で3万円ももらって「ありがたいです」と言っていた。デンデン・クラウドの標準的な月収は5万円である!)
 

なおこの放送の直後から、お正月のものまね歌番組で、ローザ+リリンが出場者に渡したローズ+リリーのサインは本物だったのか?それとも
ローザ+リリンが書いたものだったのか?という疑問がツイッターなどに挙げられるが、気づいたケイがマリに
「あれは本物だよ〜」
というコメントを書かせて、騒動はすぐ鎮静化した。
 
「それに、あの日は私たち、震災イベントの打ち合わせで仙台に行っていたから出られなかったんだよ。ごめんねー」
とマリは追記していた。
 

龍虎の親友で、小学校以来の同級生である、南川彩佳と入野桐絵は、高校時代は学校の寮に住んでいたものの、卒業し4月から女子大生になるので、どこかに引っ越さなければならない。しかし東京は家賃が高いので、2人と、中学までの同級生で都内の大学に進学する北山宏恵と3人で共同で1部屋借りようということにした。
 
しかし18歳の世間知らず?の女子2人で部屋探しなどしていると、変な物件を借りてしまうようなことはないかと不安だった。2人の両親もずっと熊谷に住んでいて、東京の事情には明るくなさそうである。
 
それで、2人は龍虎の“姉貴分”を自称する佐々木川南に頼ったのである。
 
「おお、君たちもとうとう女子大生か」
と言って、川南さんは喜んで協力してくれた。
 
「龍虎も大学に進学していれば立派な女子大生になれたものを」
などと言っている。
 
「川南さんだけに見せてあげます」
と言って、彩佳は卒業式の記念写真を見せる。
 
「おお、あの子、ちゃんと女子高生として卒業したんだな。よしよし」
と川南さんは大いに喜んでいた。
 

普段ならマクドナルドかロッテリアあたりで打ち合わせる所だが、コロナの情勢があるので、川南さんが住む国立市内のマンションにお邪魔して打ち合わせをした。
 
「私ずっと、ここ“こくりつし”だと思ってた」
と桐絵が言う。
 
「国立音楽大学も“こくりつおんがくだいがく”だと思ってる人、結構いるよな」
「国立(こくりつ)の音楽大学は、東京芸大なんですよねー」
「そうそう。国立(くにたち)音楽大学は私立」
 
「それで、君たちどこの大学に行くの?」
と訊かれるので、彩佳は青山学院大(最寄り駅:渋谷)、桐絵は早稲田(最寄り駅:早稲田)、宏恵はお茶の水女子大(最寄り駅:茗荷谷or護国寺)と説明する。川南はパソコンから東京都の地図をプリントし、マーカーで印を付ける。
 
「だったら副都心線だな」
「やはりそうなりますよねー」
 
「副都心線なら、赤塚とか成増あたりまで行くと、かなり安いぞ」
「やはりその付近になりますか」
「赤塚から、渋谷へは30分、早稲田へは飯田橋乗り換えで30分、茗荷谷へは池袋乗り換えで20分」
 
「お茶女がいちばん近いのか」
「いちばん北にあるからな」
 

「彩佳には龍の所に同棲したら?とかからかってたんですけどね」
「そういえば青山は、龍のマンションからも近いな」
「アヤは、そもそも龍のマンションに近いから、早稲田を蹴って青山を選んだんですよ」
と桐絵が言う。
 
すると、川南さんは少し考えているようである。
 
「君たち狭いマンションでもいい?」
「全然構いません」
 
「だったら渋谷近辺に借りたら?そしたら代々木の龍のマンションにも歩いて到達できるぞ」
 
「でも高いのでは?」
「渋谷でも、古くて狭いマンションなら安いのさ」
「へー!」
 

それで川南はネットで検索していたが
 
「これとかどう?」
と言ってひとつの物件を見せる。
 
渋谷駅まで徒歩5分!という凄い所にあるものの家賃がわずか8万円である。
 
「こんな物件があるんだ!」
「古くて狭いけどな」
 
見ると築45年とある。つまり1975年の建築である。占有面積もわずか18平米しかない。一応オートロックで、光回線が入っている。
 
「これ見にいきたい」
「よし。ちょっと専門家を呼ぼう」
「専門家?」
 

それで川南が呼び出したのは、梨乃(ゴールデンシックスのリノン)と千里である!
 
「きゃー、最高に忙しい人を2人も」
と彩佳が恐縮している。
 
「龍を女の子に改造する相談と聞いたから来た」
と梨乃。
 
「龍も高校卒業したし、そろそろ男の子から卒業してもいいよね」
と千里。
 
「まあ改造計画は置いといて、取り敢えず龍を改造手術するのに拉致するための前線基地を作ろうという相談なのだよ」
と川南は言っている。
 
5人は北区のスーパーの駐車場に集まっている。ここから千里のセリナに全員で乗って、目を付けていた物件を管理している不動産屋さんの近くまで行った。Timesの駐車場に駐め、お店に入る。それで川南がプリントしておいた物件に興味があると言った。
 

「現在1階と3階と8階に空き部屋があるのですが」
「8階がいいかな」
と千里が言う。
 
その言い方から、川南はたぶん下の階には“何か”あるなと思ったが、千里がいれば大丈夫だろう。
 
物件の条件などを確認した上で現地に行ってみる。
 
「これはかなりのボロだ」
と梨乃が言っている。
 
「でも安ければいいです」
と彩佳。
 
途中で止まったりしないか?と少し不安になるようなエレベータで8階まで昇る。それで804号室の鍵を開けてもらって中に入ろうとしたが、千里が言った。
 
「この階に、もうひとつ空き部屋がありましたよね」
「はい。でもどちらも同じ仕様ですよ」
「そちらを見たいです」
「分かりました」
 
それで不動産屋さんのスタッフ(実際には出入りの便利屋さんらしい)はもうひとつの空き部屋、807号室に案内してくれた。通路のいちばん先である。
 
「梨乃どう?」
 
以前不動産屋に勤めていた梨乃があちこちチェックしている。
 
「ここの扉が開きにくいです」
「ああ。確かに。入居なさる場合は事前に交換させますよ」
と言ってスタッフさんはメモして写真も撮っている。
 
フランス窓を開けてベランダにも出てみる。
 
「千里、あれどう思う?」
と梨乃が指さす先に、渋谷スクランブルスクエアが見える。
 
「角には面してないから大丈夫。気になるなら金魚鉢でも置くか八卦鏡でもぶらさげればいい」
 
「じゃあまり問題無いかな」
「804号だと、あの角が向いていると思う」
「なるほどー。そういうことだったのか」
「ここはわりと環境いいよ。」
 
「だったらここに決めていいかな?」
と川南が訊く。
「いいとも」
 
それでスタッフさんがこの部屋を仮押さえしてくれた。
 

事務所に戻って契約する。契約は彩佳の名義ですることにした。保護者は来ていないのだが、千里が保証人になってあげた。電気・ガス・水道・NTTの契約については、不動産屋さんがガイドをくれたので、それにそって彩佳が連絡することにした。
 
不動産屋さんを出てから、取り敢えず文京区の花野子!のマンションに向かう。花野子の所に行くのは、いちばん近い場所にあるからである。花野子は今日仕事で出ているのだが、花野子のマンションの鍵は梨乃も持っている。
 
「さて、これで前線基地は出来たから、あとは龍をあそこに拉致してくるだけだな」
「拉致してきたら、改造手術してくれるお医者さんは手配してあげるね」
などと梨乃と千里は言っている。
 
「じゃ取り敢えず拉致を目指そう」
「まあ龍のちんちんは20歳になるまでもたないかもね」
「ああ。拉致改造しようと狙ってる人多いですよね」
「精液は保存しているんだから、別にちんちんは無くてもいいよね」
などと勝手なことを言っている。
 
「アヤはレスビアンのテクを覚えておくといいね」
などと桐絵は楽しそうに言っている。
 

「何ならクロロホルム要る?」
と言って、千里が薬品の入ったガラス瓶を出す。
 
「なんか恐いものが」
「悪用しないように」
と言って千里は彩佳に瓶を渡すが
 
「すみません。悪用以外の使い道を思いつきません」
と桐絵が言う。
 
「これほんとにハンカチとかに染み込ませて鼻に当てたら意識失います?」
とマジで彩佳は訊いている!
 
「まず無理。あれはドラマの中のお話だよ。あんな簡単に効く訳無いし、そこまで強力なら、犯人も気を失うよ」
 
「あ、それ疑問に思ったことある。自分は平気なのかって」
 
「かなり大量に吸わせない限り意識を失うことはない。そして吸わせすぎると、意識ではなく命が無くなる」
と千里。
 
「素人には扱えない気がする」
と運転している梨乃が言う。
 
「千里、それ違法ではないのか?」
と川南が訊いてる。
 
「劇物に指定されているから、お巡りさんに見つからないように。あとこれって溶剤だから、皮膚につくと、ただれて一生治らないから気をつけてね」
 
「それ恐い」
 
「千里、それ回収しろ」
と川南。
 
「しょうがないなあ」
と言って、千里は彩佳から瓶を返してもらったが、彩佳は惜しそうな顔をしていた!
 

マンションは一週間後の3月19日(木)以降に入居可ということだったので、その日、彩佳たちは高校の女子寮からの引っ越しをおこなった。
 
朝、彩佳が不動産屋さんで鍵を受け取り、宏恵にそれを預けて午前中は彼女と彼女の両親に留守番をしておいてもらう。この午前中に、ヤマダ電機で手配していた冷蔵庫・電子レンジ・IHヒーター・ケトル・洗濯機、カーマで手配していた寝具、本棚やカラーボックス・テーブル板!、調理器具などを受け取り、大物は計画していた位置に置いてもらう。洗濯機の給水・排水の接続をしてもらう。
 
カラーボックスは後で手分けして組み立てるつもりだったが、宏恵のお父さんが電動ドライバーを使って全部組み立ててくれていたので彩佳たちは手が省けて助かった。
 
そして彩佳たちは、川南さんが借りてきた2トントラックに、女子寮で彩佳と桐絵の荷物を積み込み(作業は彩佳・桐絵・川南と、彩佳・桐絵のお母さん、桐絵のお姉さんの6人で行った:宏恵のお父さんは女子寮には入れないので、新居の待機組に回った)、川南の運転で渋谷に向かった(トラックは川南が運転し、助手席に彩佳が乗る。他の4人は桐絵のお母さんが熊谷から運転してきたソリオに乗った)が、現地付近まで来ると、お母さんたちは
 
「よくこんな便利な場所に借りたね」
と驚いていた。
 
でも実際のマンションを見ると
「これ崩れないよね?」
と不安そうに言っていた。
 

そして中に入ると
「狭い!」
「もう空きスペースが無い!」
と驚かれる。
 
「まあ家賃8万だし」
「なんかもう簡易宿泊所の雰囲気だ」
「テレビ要らないと言った訳が分かった」
「まあテレビなんて置くスペースは無いよね」
 

 
「トイレとお風呂は別なのね」
と桐絵の母が訊く。
「別でないと、誰かがお風呂入っている時、トイレパニックになります」
「そうよね!」
 

「この机は面白い」
 
「カラーボックスを並べて、その上にテーブル板を渡すだけでワーキングデスクが3人分完成。既製の机だとちょうどハマるサイズが無かったのよね。この板はジャストサイズにカーマで切ってもらった」
 
「ただしテーブルの端に乗ってはいけない。板がひっくり返るから」
「ああ。それは気をつけないと」
「反対側の端の子がコーヒーとか飲んでたら悲惨になる」
 
「でも、これってお布団敷けるの?」
と彩佳の母が訊く。
 
「寝る時は、机の椅子を上にあげて、机の下に足を伸ばす」
「真ん中に寝る彩佳は逆向きに寝るから、机の下に頭を入れる」
「アヤちゃんだけ逆向きなの?」
「3人とも同じ向きだと酸素が足りなくなるんです」
「なるほどー」
「濃厚接触も避けられるし」
「ああ、保育所とかもお昼寝は互い違いの向きに寝せてると聞いた」
「大変ですよね」
 
「“寝て一畳・起きて半畳”の世界だね」
と宏恵のお父さんが言っている。
 
「それ千里さんも言ってましたよ」
 
(禅寺の修行僧たちは、厳しい生活環境で過ごすという修行を課される。それで修行僧たち1人に割り当てられるスペースが、寝る時は1人1畳、起きている時は半畳なのである。つまり彩佳たちは禅寺の修行僧なみ?の生活をこれから4年間することになる)
 
「三段ベッドも考えたんですけど、寝相の悪い子が転落しそうで」
「それに上の子が寝返りするとうるさいし」
「まあ安眠できないかもね」
と宏恵のお母さん。
 

「オナニーも安心してできないよね」
と桐絵のお姉さんが言う。
 
「その意見もありました」
「まあ振動を感じても黙殺する約束で」
などと娘たちが言うのは、お母さんたちは聞かなかったふりをしている。宏恵のお父さんなど困ったような顔をしている。
 
「ボーイフレンドも連れ込めないし」
などと桐絵のお姉さん。
 
「龍を拉致して激務に耐えられるようスーパーガールに改造する計画はあるんですが」
「ガールに改造するんだ!?」
「スーパーボーイに改造したらファンから苦情が来るので」
「アクアは女の子らしさに存在意義があるし」
「アクアが性転換して女の子になっても誰も驚かない」
 
「まあ犯罪者にならない範囲で」
と彩佳のお母さんは笑っていた。
 

なお、形殺の問題であるが、金魚鉢を置くのは困難なので、テーブル板の真ん中付近に、外側を向けて八卦鏡(凸面鏡:殺気を拡散させないといけないので凸面鏡を使用する。ちなみに凹面鏡だと火事を起こす!)をぶら下げておくことにし、その八卦鏡も千里さんが調達してきてくれた。
 
(吊り下げる位置は、彩佳は「真ん中といったら、この付近かな」という位置に下げておいたのだが、後日千里さんが来て「少し違う」と言い、彩佳が取り付けた位置から5cmほど左に移動した)
 
引越がだいたい落ち着いたところで、彩佳・桐絵たちはC学園の女子寮に戻り、お掃除をしてから、鍵を寮母さんに返却。御礼を言って退出した。
 

なお、今回の引越先が狭いので、実は彩佳と桐絵が高校時代に過ごした寮にあった荷物で入りきれない荷物が随分あった。ずっと制服で済ませていたので洋服は大してなかったものの、本やCD、こたつ、ビニールロッカー、洗濯物干しなどの類い、中身がよく分からない!段ボール箱群、更に桐絵が大量に買っていたアイスクリーム!などが収納できなかった。
 
それで実はこれらは、どうせ近くだしということで、龍虎のマンションに持って行ったのである。「昼間だし、龍は出てるだろうから」などと言って、彩佳が持っている鍵で勝手に開けて中に入ったら、龍虎は居なかったものの、山村マネージャーが居た。
 
(実はこの日はFが仕事に出てMが休んでいたのだが、彩佳たちが来たことに気付き、山村に連絡して交替したのである)
 
誰もいないと思っていたら部屋に人がいるので、びっくりして
「こんにちはー」
と挨拶する。
 
「ああ、アヤカちゃんと、キリコちゃんだったっけ?」
「すみません。桐絵(きりえ)です」
「ごめーん」
 
「私たち引っ越したんですけど、引越先が狭くて荷物が全部入らないので少し置かせてもらおうと思って」
 
「ああ、だったらここに入れるといいよ」
と言って、山村マネージャーは、“M”!というシールの貼られた部屋を示すので、2人と川南は、アイスクリーム以外は、そこに運び入れた。
 

「ここ3部屋あるのね」
と桐絵が言う。そして他の部屋も覗いてみて
「あれ?どの部屋にも広いベッドが置かれている」
と言う。
 
「誰かと3人で暮らしてるんだっけ?」
と桐絵が言うと、山村は
「ああ。アクアは7人いて、曜日ごとに別のアクアが仕事に行っているから、そのためなんだよ」
などと言う。
 
「そうだったんですか!?」
と桐絵が驚いているが、川南は
 
「その説は緑川マネージャーさんからも聞いたことある」
などと言っている。
 
「7人で部屋が3つなんですか?」
「Aqua Monday, Aqua Tuesday がMの部屋、Aqua Wednesday, Aqua ThursdayがNの部屋、Aqua Friday, Aqua SaturdayがFの部屋に、各々ひとつのベッドで並んで寝る」
 
「Aqua Sundayはどうするんですか?」
「居間でひとり寂しく寝る」
「だったら、彩佳、Aqua Sundayと寝てあげなよ」
と桐絵。
 
「寝てもいいけど、今アクアが女の子を妊娠させたなどということになったら大騒ぎになるから寝る時はこれを使いなさい」
と言って、山村マネージャーは彩佳に避妊具の箱を1箱渡した!
 
「じゃ寝る時にもしアクアにちんちんがあったら、付けますね」
と彩佳は言って受けとる。
 
「まあ、アクアにちんちんがある確率は2分の1かもね」
などと山村さんも言っている。
 
そういう訳で、彩佳はアクアとセックスしてもよいと山村さんから公認された!
 

そんなことを言っていた時、アクアMが帰宅する。実はマンション内のロビーに退避していたのを、今帰ったふうを装って戻って来たのである。
 
自分の部屋にたくさん荷物が置かれているのを見るが、彩佳たちの新しい部屋に入りきれなかった荷物と聞くと「ああ、全然問題無い。必要なものがあったら、いつでも鍵開けて取りに来て」
とMは彩佳に言った。
 
「そうそう、龍にこれも渡しておくね」
と言って桐絵が楕円形の電子鍵を渡す。
 
「これは?」
 
「私たちのマンションの鍵。オートロックだから、これが無いとエントランスも通れないから」
 
彩佳たちのマンションの鍵は、彩佳・桐絵・宏恵が1枚ずつ持つほか、不動産会社に頼み4枚合鍵を作ってもらった(電子鍵なので町の鍵屋さんではコピーできない)ので、各々のお母さんに1枚ずつ渡し、もう1枚を龍虎に渡すことにしたのである。
 
「いや訪問する時はスマホ鳴らすから要らないよ」
と龍虎(M)は言ったが
 
「彩佳の奥さんにはやはり渡しておこうと」
と桐絵が言う。
 
「ボクが彩佳の奥さんなの〜〜?」
「夫には見えないし」
と桐絵は、スカート姿の龍虎(M)に言った。
 

彩佳たちが帰ってから、龍虎Mは《こうちゃんさん》(山村マネージャー)に文句を言った。
 
「なんで僕の部屋なのさ?」
 
「Fの部屋に入れたらFから文句言われるだろう?Nの部屋に入れたらFが怒るだろう?だから消去法でお前の部屋にした」
と《こうちゃんさん》。
 
Mは考えた。確かにNの部屋に勝手に荷物を入れたらFが酷く怒る気がする。
 
「分かった。ここでいいよ」
とMは言った。
 
「冬服とか、入りきれなかった下着とかも置いてあるから、彩佳の分は龍虎が着たり舐めたりそれでチンコ掴んだりしてもいいと言ってたぞ。彩佳の分は赤いテープ、桐絵の分は黄色いテープが貼ってあるから間違うなよ」
 
「下着を舐める趣味は無いよ」
「女の子の下着舐めると臭いが素晴らしいぞ」
などと《こうちゃんさん》が言うので、こいつ、その内、絶対に痴漢で逮捕されるな、と龍虎は思うのであった。《じゅうちゃんさん》も危ないけど!
 
「でも下着でおちんちん掴むってどういうこと?」
「オナニーする時にチンコを女のパンティやブラジャーで掴むことないか?」
「何それ?こうちゃんさん、そんなことするの?」
 
「いや、しないならいい」
と《こうちゃん》は逃げておいた。実は自分がアクアの下着でそんなことしているのがバレたらやばいと思った。
 
なお熊谷からの宏恵の引越は翌日の3/20(金)に行われた。宏恵のお父さんが荷物を車に積んで再度渋谷まで来た。
 

龍虎Fは千里に言った。
 
「ねえ、千里さん。ボクの卵子を冷凍保存しておけないかな」
「なんで?あれ凄く辛いよ」
 
と京平を作る時に経験している千里は言う。
 
「辛いのは構わない」
と言ってから、Fは言った。
 
「ボクたちずっと3人のままやっていくのかと思ってた。でもNが消えて、いづれは1人になるんだということを再認識した。次に消えるのはボクだと思う。本当は消える前に子供を産んで、自分が生きた証(あかし)を残したいけど、人気アイドル・アクアの妊娠なんて許されないし。だから卵子を冷凍保存しておけば、将来誰か代理母さんに妊娠してもらえる可能性があると思うんだ」
と龍虎Fは言った。
 
「なぜ自分が消えると思う?」
「じゃMが消えるの?」
「さあね」
 
「やはりボクだよね?だって“龍虎”はやはり男の子として生きて行くんだと思うし」
「そんなこと考えてたら、今すぐ消えるぞ」
と千里は警告した。
 
「多分、MもFもそのまま生きて行くんだよ」
と千里は言う。
 
「ずっと2人のままということ?」
「たぶん1年以内には1人になる」
 
Fは少し青ざめている。1人に戻るのがそんなに早いとは思わなかった。でも昔、あれは確か2017年秋に、大勢の関係者と一緒に厄払いツアーをした時、お伊勢さんでFが『私たちは1つに戻れますか?』と尋ねたら、左斜め前の方角から『3』という声が聞こえた気がした。あれからあと半年で3年経つ。そうか。とうとう1人に戻る時が来るのか。
 

「お願い。卵子の冷凍したい」
「いいけど、本当に辛いよ」
「頑張る」
 
この件では、FだけでなくMも排卵抑制剤・排卵誘発剤の副作用に苦しむことになる!
 
「ところで、Fちゃん、ゲッターロボって知ってる?」
「知らない」
 
「もう50年近く前のアニメでさ、今ならスーパー戦隊シリーズとかでやっているような、合体ロボものの元祖みたいな作品だよ」
 
「へー」
 
「それでさ、イーグル、ジャガー、ベアー、という3機の飛行機が合体して巨大ロボットになるんだけど、組合せによって別の機能を持つんだよ」
 
「組合せ?」
「3種類の組合せがあって」
と千里がいうと
「3機の組合せなら6通りでは?」
とFが言う。
 

「さすがアクアだね。これが葉月Mなら3機の組合せは3通りだと思っちゃう」
「あの子、学校のお勉強する時間が全く無かったから仕方ないよ」
 
「まあアニメでは3種類の組合せが出て来た」
と言って千里は書き出した。
 
ゲッター1(空陸戦闘)頭=イーグル、胴=ジャガー、脚=ベアー
ゲッター2(地中活動)頭=ジャガー、胴=ベアー、脚=イーグル
ゲッター3(水中活動)頭=ベアー、胴=イーグル、脚=ジャガー
 
「最初から3種類の戦闘ロボを作ればいいのであって、わざわざ組み合わせるのって無駄だし、無理も出ると思う。接続部分は絶対に弱点になる」
とFが言うが
 
「まあそれでこの手のものは後には、あまり出なかったのかもね」
と千里も言う。
 
「でも3つのマシンが合体して1つになるわけだけど、その形態が組合せによって変わるってのが、物語のひとつのポイントでもあったんだよ」
 
「ふーん」
とFは興味無さそうに言った。
 

ところでアクアは昨年11月に高校近くの赤羽の賃貸マンションから、今後の仕事での便を考えて代々木の分譲マンションに引っ越したのだが、引っ越してまもなく、意外な“お隣さん”がいることに気づいた。ある日、珍しく夜10時で仕事が終わり、緑川マネージャーにボルボで送ってもらい、御礼を言ってマンション前で降りたら、ちょうどエントランスを入ろうとする、AYAのゆみさんがいたのである。
 
「おはようございます」
「おはようございます」
と挨拶を交わす。緑川マネージャーは会った相手がAYAと認識し、大丈夫だろうと判断して車を出した。これが松浦紗雪とかだったら、そのまま拉致されて改造手術されてしまう危険があるので、場合によっては駆け付けて保護する必要がある!
 
一緒にエントランスを通り中に入る。エレベータを待ちながら会話する。
 
「ゆみさん、こちらにお住まいだったんですか?」
「うん。アクアちゃんもだったのね」
「私は11月に引っ越してきたんですよ」
「へー。私は3年くらい前にこのマンションが出来た時からだけどね」
 
ゴンドラが来たので一緒に中に入る。アクアは自分の階のボタン10を押してから、ゆみに
「何階ですか?」
と尋ねる。
「18」
それでアクアが18のボタンを押す。
 
「ありがとう」
とゆみは言ってから
 
「ずいぶん低い階に住んでるね」
と言う。
 
「消防車のハシゴが届く階に住んでくれと言われたんです」
「ああ。私はそんなこと全然考えずに、部屋が広いから18階を選んだ」
「そういえば最上階の設備は凄いと聞きました」
「何なら見る?」
「済みません。女性芸能人さんの部屋に単独で行ってはいけないと言われているので」
「アクアちゃんの場合は、むしろ男性タレントさんの部屋に行ってはいけない」
「あはは」
 
やがて10階に着いたので、ゆみに「おやすみなさい」と言い、自分で閉ボタンを押して降りた。
 

3月9日(月)静岡の実家に結婚の報告に行った八雲礼江(戸籍上は礼朗)は11日(水)には、真友子の実家に挨拶に行くことにした。
 
それで「妻の名において命じ」られて、振袖を着た!
 
「だって結婚したら振袖着られなくなるからね。今の内に着なきゃ」
と言われたのである。真友子自身も振袖を着る。
 
それで2人で、礼江のポロに乗って、東村山市にある真友子の実家に行ったのであった。
 
ポロを家の前に駐める。
 
「ただいまぁ。結婚相手連れて来たよぉ」
と真友子はあっかるく声を掛けて家の中に入った。母が出てくる。
 
「初めまして。八雲と申します」
と礼江が挨拶すると
「あら、美人さんじゃん」
と母は楽しそうに言った。
 
礼江が美人なせいか、真友子のお父さんもご機嫌だった。礼江が
 
「変態で済みません」
などと言うと、お父さんは
「だいじょぶだァー」
などと明るいノリで答えていた。
 
本当に男性なんですか?と訊かれるので、礼江は“八雲礼朗”名義の運転免許証を見せる。
 
「ちゃんと普通に女の格好で写真写ってるのね」
「はい。パスポートもそうです」
と言って、礼江はパスポートも見せた。
 
「パスポートは仕事柄必要なので作っていますが、マイナンバーカードは作ってないんですよね。性別:男と大きく書かれるのが嫌で」
 
「将来は性転換するの?」
 
「それはまだ分かりませんけど、真友子さんとの結婚生活を維持したいから、性転換したとしても、戸籍上の性別は変更しませんよ」
「ああ、女同士では結婚できないもんね。不便ね」
とお母さんが言った。
 
この日は、礼江のまじめな人柄が真友子の両親には気に入られたようであった。
 
「でも避妊に失敗して、真友子さんを妊娠させてしまって申し訳ありません」
と礼江は謝ったが、
 
「でも妊娠してなかったら、この子、結婚する気にならなかったかも知れないからね。この子、課長になったからこの先10年は結婚できないなんて言ってたし」
とお母さん。
 
「課長の仕事してたら、あっという間に10年経ちそうな気もしたんだけどね」
と真友子。
 
この日は豪華な仕出しが取ってあったので、それを一緒に頂いた。礼江は次はうちの両親を連れてきますと言い、また日程を調整することにした。
 

真友子の週数が進んでいるので、話は早く進めることになった。礼江も真友子も仕事が忙しく日程の調整が大変だったので、結局その週の内に、礼江の両親は東村山市の真友子の実家に、真友子も礼江も抜きで挨拶に行った。
 
実は八雲信幸・信繁・京の3人で、信幸の車(14代目クラウン)に乗り込んで東京に出て来て、金曜日(3/13)は信幸と京で田園調布の高木家に挨拶に行き、土曜日(3/14)は信繁と京で東村山市の氷川家に挨拶に行ったのである。
 
(佳南の父は土日は忙しいので平日の方がよく、真友子の父は勤め人なので土日の方が良い)
 
信幸と京が高木家に挨拶に行くと、佳南の父・高木真(東郷誠一)は
「僕の方が先にそちらに挨拶に行くべきだったのに申し訳無い」
などと京に謝っていた。
 
「いえ、こちらこそ昨年の父の葬儀の時は、年末のお忙しい時だったのに、本当にお世話になりました」
 
と京は挨拶する。昨年末に亡くなった京の父・上田正は、東堂千一夜の弟弟子で、東堂千一夜は東郷誠一の師匠の師匠である。葬儀の時は、東堂千一夜が葬儀委員長を務め、東郷誠一が実際の葬儀の進行や手配などをしている。
 
「しかしこれでまたお互いに関わりができましたね」
と東郷誠一と京は、感慨深げに話し合っていた。
 

翌日、信繁と京で氷川家に行くと、真友子の父は
「堅苦しい挨拶は抜きで、楽しくやっていきましょう」
 
などと言って、取り敢えずホットプレートで焼肉が始まってしまう。
 
信繁と京は、礼朗(礼江)の性別問題をどう言い訳しようと悩んでいたのに拍子抜けする。そして、ふたりとも、昨日の高木家では緊張したものの、この日はリラックスして真友子の両親と楽しくお話しすることができた。それでホッとしたことと、真友子の母の勧め方がうまいので、うっかり信繁も京もふたりともビールを飲んでしまい、帰りは調布に住む真友子の姉を呼び出して車を運転してもらうことになってしまった。
 
でも氷川家の膨大なCD/LPコレクションを見た京は「うちの父(作曲家・上田正)より凄い」と驚いていた。国内でここ50年ほどに出たクラシックやジャズのLP/CDがほとんどあるのでは?と思うくらい充実していた。
 
(現在、上田家は空き家で、月に1度くらい京が掃除と郵便物チェックに行っている)
 

この2日間の親同士の話し合いで、どちらも結婚式は3月中に挙げてしまおうということになった。時節柄、いづれもネット中継方式で披露宴をおこなう。その話がまとまってしまったので、3/14日に高木佳南は報道各社にFAXを送って、結婚の予定であることを発表したのである。
 

2020年3月12日(木)、Wリーグは、3月23日から4月6日まで予定していたプレイオフを4月5日までに日程短縮した上で、無観客で実施すると発表した。(既に通常シーズンの試合は全中止になっている)
 
2020年3月13日(金)、日本水連は4月2-8日に予定していた日本選手権の日程短縮(4/2-7)と無観客実施を発表。選手権自体の延期もあり得るとした。
 

その日、千里と若葉が、若林植物公園の工事問題で仙台市役所を訪問して土木課と協議した後、クレール(若林店)に寄ったら、和実が何だか悩んでいた。
 
「次のボニアート・アサドのライブ、どうしよう?」
と和実は言っている。
 
「集まる人数が凄いですからね」
とマキコが言う。
 
3月のライブは駐車場に立てた大型スクリーンにリアルタイム中継して乗り切ったものの、雨などが降ったらその方式もとれない。この先、特に梅雨時は難しそうだ。
 
「まあ最悪はネット中継じゃないの?」
「ネット中継は多人数が見られるから、ギャラをかなり払わないといけないみたいで」
「ああ」
 
同じくここで定演している信濃町ガールズの場合は、社長のコスモスが、冬子や千里の同志に近い関係であることもあって、交通費と食事提供のみの、実質ノーギャラで公演している。信濃町ガールズにステージ度胸をつけさせるという名目である。しかしボニアート・アサドのζζプロの場合は、そういう訳にはいかない。社長の観世さんもオーナー社長ではないので、あまり勝手なことができない。
 
「今までは立見方式にして400人くらい入れてたけど、座席方式でしかも間引きしているから、お店に入るのは、50人にすぎない」
 
「ホールとかでも、だいたい大きく間引きして公演している。だいたい定員の4分の1くらいで実施しているみたいね」
 
「まあソーシャル・ディスタントを確保するには、4分の1にせざるを得ないよね」
 

そんなことを言っていたら、サブチーフ(4月からチーフ昇格予定)のナタリーが言った。
 
「4分の1しか入れられないということは、来る人数の4倍の会場があれば、入れられるということですかね」
 
「ん?」
と言って、和実や千里・若葉が顔を見合わせる。
 
「それひとつの手だよね」
と千里が言う。
 
「ボニアート・アサドって、だいたい何人集まるの?」
と若葉が尋ねる。
 
「ここが定員470人で消防署には届けているけど、実際には400人原則で運用している。でも実際には毎回、公演の30分くらい前には満員御礼の札を出すから、入れなくて、なごりおしそうに駐車場にたむろしている人たちが結構いる。400人のつもりでも伝票を確認すると420-430人くらい入っていたりする」
 
「ボニアート・アサドだもんね〜」
 
「すると600人くらいは来る?」
「今の倍来たりして」
「もし800人来るのなら、定員3200人の会場があれば800人を収容できるわけだ」
 
「市民会館とかを借りますか?」
「それだと高額ギャラ払わないといけないよね?」
「そうなる。ボニアート・アサドのクラスで市民会館なら多分300万円くらいはギャラが必要」
 

「だからクレール若林店の面積を広げればいいのさ」
と千里は言った。
 
「まあ場所はあるよね」
と若葉も言っている。
 
「若林植物公園の一部をクレールで買うの?でも今ちょっと資金が」
 
「植物公園を削るのは仙台市との関係上できない。でも地下という手がある」
「へ?」
 
「だから、クレールに隣接する、若林植物公園の地下、たぶん1000平米くらい使って“クレール若林店・2号館”を作ってしまえばいい」
 
「え〜〜〜!?」
と和実が叫ぶ。ナタリーも自分の発言が発端で凄い話が出て来たのでびっくりしている。
 
「1000平米なら付属施設を入れても30m×40mくらいかな。意外に小さいね」
「トイレはたくさん作ってね」
「それも充分な感染対策したものを」
 
「よし作ろう」
「費用は〜〜?」
「お金が余って困っている人が出してくれるよ」
「それって10億もあれば建つよね?」
「まだ盛り土とかの作業もする前だから5億で行けると思う」
「よし作ろう」
 
「ちょっとぉ」
と和実が焦っていた。
 
「大丈夫だよ。建設費を和実に請求したりはしないから」
「賃料だけ払ってもらえばいいね」
 
(ちなみに5億円は若葉にとっては普通の人の5000円くらいの感覚である。既に和実が宝くじの1等を当てたことなど、どうでもよくなっている)
 

それで唐突にクレール若林店の現在の店舗に接続する形(渡り廊下で結んだ)で“クレール若林店・2号館”が作られることになってしまったのである。
 
それに若葉と千里は若林公園に建てる予定の2つの体育館“牽牛”“織姫”の施工前に、感染対策を施した、理想的な建築物のテストをしてみたかったのもある。若林植物公園の本格的な整備は、雪解け後、5月から始める予定だったが、その前の4月にこの“2号館”の建設をすることにした。経理的には、千里の土地に若葉が建物を建てて、クレールに賃貸で貸す形にした。賃料は破格の月20万円とすることで3人は合意した(和実が払った賃料を若葉と千里で折半する)。
 
普通のコンサートホールは8-12席が1集まりになっているが、このホールは4席単位を基本として、通路をたくさん設ける。座席と座席の前後間隔を普通のホールの倍の1m間隔とし、しかも並びは小浜や津幡と同様のスタッガードだから、実質前の人と2m空くことになる。飲食店の座席なので、各座席の前にはテーブルがあるから、単に座席がまばらに置かれているのとは違って、客も安定感を感じることができる。そして飛沫対策として各テーブルの前面には、透明アクリル(千里の草津工場で生産できる)の板をとりつける(コロナ騒動が落ち着いたら取り外してもいい)。
 
このホール(?)は広さ的には3000人クラスの会場だが、定員は800人なのでJASRACに支払う著作権使用料も安くて済む!
 
床は細かい穴の空いた木製ブロック(千里の製材所で製造する)を敷き詰め、床下から空気を吸引することで、観客が吐いた空気の多くが地下に吸収され、室内には漂わないようにする。ブロックの吸気穴は風音が出にくいスパイラル形状にしている。ホールを火牛アリーナや深川アリーナ同様の二重構造にすることで、ドアを開けたままの演奏ができるようにする。そもそもこのホールを地下(になる予定の場所)に作り込むことで、外には音が漏れにくい。
 

「これ結婚式とかにも使えるよね?」
「使える。ここまで感染対策してれば、安心して披露宴ができると思う」
「ライブが無い日は、そういう予約を受けてもいいかもね」
 
「ねえ。こんな広い店舗作ったら、メイドがたくさん必要なのでは?」
「よし。募集かけよう」
 
「先生!女子寮を増設してください」
とマキコが言う。
 
「よし。女子寮ももう1棟建てよう」
と千里が言うが、むろんお金を出すのは若葉である!
 
そういう訳で女子寮の2号棟を建てることになり、マキコの命名で1号棟は“ピーチ”、2号棟は“レモン”と呼ばれることになった。
 

アクアと西湖は、は震災イベントでアクアが2日間歌った(西湖も7日だけ歌った)翌日の3月9日『少年探偵団III』の撮影に参加し、今年のこのシリーズの撮影はこれでクランクアップした。視聴率が好調だったことから「来年もやりましょう。皆さんよろしく」とプロデューサーさんが言って解散した。そして翌日からは少し前から撮影が開始されていた『ほのぼの奉行所物語』の撮影に参加した。
 
これまでのアクアのレギュラードラマ
 
2015春−秋『ときめき病院物語』
2015秋−16春『狙われた学園』(主演)
2016春−秋『ときめき病院物語II』
2016秋−17春『時のどこかで』(主演)
2017春−秋『ときめき病院物語III』
2017冬−18春『少年探偵団』(主演)
2018春−秋『ほのぼの奉行所物語』
2018冬−19春『少年探偵団II』(主演)
2019春−秋『ほのぼの奉行所物語II』
2019冬−20春『少年探偵団III』(主演)
2020春−秋『ほのぼの奉行所物語III』
 
今回は前シーズンの“中町奉行所”に関する騒動の後なので、今回の北町奉行所というのは、元の中町奉行所で、北山啓吾(演:光山明剛)や立花勘兵衛(演:佐川伝二)が務めている。今回の南町奉行所は元の北町奉行所なので、南川昇平(演:香川満夫)や鳥居元衛門(演:片原元祐★主人公)などが勤めている。
 
つまり第1シーズンでは、北町奉行所与力の南川と、南町奉行所与力の北山という、“南北反転”の名前だったのが、中町奉行所の騒動を経て、北町奉行所の北山と南町奉行所の南川という形に落ち着いたのである。
 
アクアが演じているのは、南町与力・南川昇平の息子・和之介(20)と娘しの(18)の2役である。
 

今回の物語は振袖火事の話から始まる。この物語はこれまで死者を描くことがほとんど無かったのだが、今回は冒頭で“振袖火事”で多くの人が亡くなり、焼け出された所から話が始まる。
 
振袖火事というのは、その振袖を着た娘が相次いで変死したことから、この振袖は呪われているのではということになり、本郷丸山の本妙寺でお焚き上げしようとした所、燃やしている最中の振袖が唐突に空中に舞い上がり、建物に燃え移ってそれが大火となった、というものである。江戸市街地のほぼ全域が焼け、死者数は3万とも10万とも言われる。この時江戸城の天守閣も焼失し、その後2度と再建されなかった。
 
これを機会に、江戸幕府では、火事に強い新たな建築基準を設けたり、延焼を防ぐために広い道路を設置するなどの都市改革が一気に進んだのである。これは結果的には中世の“世界一の都市”江戸を築く基礎になった都市計画であり、そのため、この火事は実は幕府による放火ではという説もくすぶっている。(火元の本妙寺は全く処分を受けていないどころか色々優遇されている。また現代の研究によればこの時、火元は実は数ヶ所あり、同時にあちこちから燃え始めていたことが判明している)
 
歴史的には実は振袖火事は1657年に起きたもので、昨年放送された中町奉行所の話(1702-1719)より50年ほど前の話であり、時代が逆転しているのだが、そのあたりは適当に誤魔化しておく。
 
今回はこの大火をきっかけに、防火のための対策が色々練られていく過程を描いていくことになる。火事に乗じて出没する盗賊団“赤蜥蜴”を何とか捕縛しようとする探索の様子も描かれる。また20歳に達したアクア演じる和之介の就職問題、18歳になった同じくアクア演じるしのの結婚問題などもサブストーリーとして描かれていくことになる。
 
つまり、アクアはたくさんの男性とお見合いすることになる!
 
(男性アイドルグループ・XETIMA(ゼティマ)のメンバーが週交替で出演する予定である)
 

3月18日(水)に発売されたWindFly20の初アルバム(わずか6日前の3/12に1日で作ったとは誰も思いもよらない)は初日だけで50万枚、3/20-22の連休で100万枚を超えて、大きな話題になったが、ファンの間でも、またラジオのナビゲーターなどからも「良曲が多い」という指摘があった。
 
今回、Fly20系全てのプロデューサーであり全ての歌詞を書いていた月村山斗が関わっていないことについて、3/18発売当日に代表で記者会見に臨んだ、チームリーダーの佐藤小百合の口から、月村山斗が過労で倒れたため、盟友の横居剣一さん(*5)から多数のミュージシャンに協力要請があり、今回は“友情提供”の形で制作したことが説明された。
 
(*5)横居剣一は30年ほど前に月村山斗と一緒にグリナーズという集団アイドルをプロデュースし、それ以来の月村の親友である。現在は別の集団アイドルホワイト▽キャッツをプロデュースしている。
 
「月村山斗さんは今はもうお元気なんですか?」
「まだ入院中です」
 
とレコード会社の担当者が述べたが、どうも月村さんが新型コロナで入院していることを、レコード会社側では公表したくないようである。月村さんは、3月9日に入院したらしいのだが、まだ意識不明の状態が続いているらしい。月村さんと接触のあったFireFly20のメンバー3人がPCR検査を受けたものの、陰性だったらしい。
 

今回のアルバムの中で特に評判になったのが、琴沢幸穂から提供された『さよなら恋愛音痴』というメロディアスな曲と、ローザ+リリンのマリナが書いた『三角屋根の雨宿り』という可愛い曲で、この2曲の個別ダウンロード数が群を抜いていたし、ラジオでのオンエアも多かった。
 
レコード会社ではこの2曲をシングルカットして、4月上旬に発売するということであった。
 

3月17日(火)、日本サッカー協会の田嶋幸三会長がコロナ陽性と判明したことが発表され、スポーツ関係者に激震が走った。というのも、実は田嶋氏の夫人・土肥美智子さんは、JISSに勤務するスポーツドクターなのである。JISSで合宿している多数のトップアスリートたちと接触している。万一、奥さんにも感染していたらというので、衝撃を与えたのである。
 
ただし実際には、田嶋会長はアメリカに遠征していた女子サッカーチームの激励などで、ヨーロッパ・アメリカを訪問していて、その間にどこかで感染したものと思われた。田嶋氏は、医師であり衛生に関する見識もしっかりした土居さんにより“家庭内隔離”されてしまったので、幸いにも土居さんは無事であり、JISSにも影響は無かった。田嶋夫妻は隔離中、食事なども置き配方式で、通常の会話も家庭内でスマホを通しておこなっていたらしい。
 
東京オリンピックの延期論が世界的に高まる中、3月17日、IOCのバッハ会長は、東京オリンピックは予定通り実施すると発表した。しかし19日になるとバッハ会長は「もちろん異なるシナリオは複数検討している」と発言。初めて延期を示唆した。
 
3月20日(金)、ザ・ドリフターズの志村けんが、新型コロナに感染して入院したことが明らかになった。17日に発病していた。この時点では元気であるかのような報道がなされていいたものの、実際にはかなりの重症だったことが後に判明している。志村けんは21日にはもう意識がなくなってしまった。
 
3月20日(金)、アメリカ水泳連盟がアメリカ・オリンピック委員会に東京オリンピックの1年延期を要請した。フランスの水泳連盟からも同様に延期を求める声が出た。3月21日(土)、IOC理事会が来週開催されるという報道があった。
 
 
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【東雲】(5)