【春暁】(4)

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2020年3月9日(月)。
 
八雲礼朗(礼江)は愛車ポロで静岡方面に向かおうとしていた。が、ふとその人影に気づいてハザードを焚いて車を停める。クラクション鳴らす。
 
「はるちゃん、どこ行くの?」
「あれ?のりちゃんだ。実家に行こうと思って」
と春朗はマスクを外して答えた。
 
2人は兄弟(兄妹?)ではあっても同学年でもあり礼朗(礼江)が春朗を「お兄ちゃん」などと呼ぶことは無い。「はるちゃん」「のりちゃん」である。親しい関係なので「ちゃん」無しでもいいくらいだが、お互い“異性”という感覚があるので「ちゃん」が付く。
 
「ボクも実家に行く所だよ。乗っていかない?今の時期、公共交通機関は恐いよ」
「実はそれ思ってた、じゃ乗せてもらおうかな」
 
春朗は車を持っていないのである。実際都会に住んでいると車を使う機会は少ない。礼朗(礼江)の場合は、仕事柄、非常識な時間に公共交通の貧弱な場所への移動が多いので車が無いと辛い。なお、公用で使った分のガソリン代は距離(または出発点と到着点)をスマホから手動または"GPS AUTO"で報告すれば、届けている車種に応じた計算式で計算した金額を月に1度給与と一緒に振り込んでくれる。
 

それで、春朗は礼朗(礼江)の車の助手席に乗り込んだ。その時身体が振れる。礼朗(礼江)は一瞬、高校時代に彼からレイプされたのをきっかけに、しばしば彼の性欲処理をさせられていた頃のことを思い出しキュンと心が痛む。
 
「やめてよ、こういうの」
「妊娠しないんだから、いいじゃん」
 
でもセックスしない範囲では春朗とのデートは楽しかった。女の子の格好をして春朗と映画を見にいったり浜辺を一緒に歩いたりした。女の子水着を着けて海水浴に行ったのなど良い想い出だ。可愛いアクセとかも買ってもらったし。キスとかドキドキしたし。しかし結局自分は春朗のことを好きだったのかどうか、自分でも分からない。
 
ふたりの関係を母はどうも察していたようだった。それで礼朗(礼江)が高校を出たら東京の大学に行きたいと言うと母は賛成してくれた。そして高校を卒業した時点で春朗との関係は解消し、そういう関係を持っていたこと自体、お互い忘れる約束をした。(以上は礼江的見解)
 
あれからもう15年経った。しかし女の子を同時に2人妊娠させるなんて、冷静で緻密なはるちゃんらしくないミスだなと礼江は内心思った。
 

助手席に乗り込んだ春朗は、座席を少し後にずらして足を楽にする。昨日は150cmのビンゴ・アキちゃんを乗せたからな、と礼朗(礼江)は思った。
 
ハザードを消し、右ウィンカーを点けて、後方を確認してから発進する。首都高の入口に向かう。
 
「そういえば実家に何の用?」
と礼朗(礼江)は尋ねてみた(分かってるけど)。
 
「実は結婚することにしたんだよ。それでその報告に行くんだ」
「あれ〜?奇遇だね。ボクも結婚することにしたから、報告に行くんだよ」
「へー。お前がね」
「はるちゃんも結婚するのなら、一緒に報告しようよ」
「まあいいけどね」
 
と春朗は言ってから、おもむろに尋ねた。
 
「ちなみに相手は・・・男だよな?」
「まさか。ボクはゲイじゃないし。相手は女性だよ」
「つまり、レスビアン婚か?」
「そうなるんだっけ?」
 
「だってお前・・・性転換してるだろ?」
「何を今更。でも大した問題じゃないと思うけど」
「大した問題のような気がする」
 

2人はお互いに恋愛関係にあった時期のことは忘れることにしているので、音楽業界のことや、新型コロナウィルスのことなどで意見を交わした。
 
「物凄い騒ぎになってるけど、まだ序ノ口だよな」
「たぶんね。町添社長が、全てのライブの中止要請を出した。オリンピックもできないよね」
 
「まあ中止か最低でも延期だろうな」
 

礼朗(礼江)が運転するポロは快調に東名を走り、3時間ほどで静岡県沼津市の実家に到着した。
 
エントランスの前で母の携帯を鳴らして開けてもらい、上の階に昇る。
 
ちなみに昔はマンション内に2つ部屋を確保していて、八雲信幸家と八雲信繁家になっていたのだが、礼朗が大学進学で東京に出て行き、春朗も作詩家の仕事の都合で東京に引っ越した後、“京が向こうの家に泊まっている夜は寂しい”という問題から、その2つのマンションを売却し、新たに別の所に3LDKのマンションを購入して、そこで3人一緒に暮らすことにした。
 
3つの部屋を、信幸・京・信繁が各々使う。京は日替わりで、信幸または信繁の部屋に行って同衾する。生理中や気分の乗らない時は、京は自分の部屋で寝る、というシステムである。京がその日どちらと寝るのかは、完全に京に決める権利があり、夫の側からのリクエストは禁止!である。ひとり寝することになる側には、京はテンガをプレゼントしてあげる。
 
「今夜はひとりで寝るね。何ならのぶちゃんとのぶちゃんでセックスしてもいいよ。そのくらい許す」
 
「いやいい」
「遠慮する」
 
「でも2人がセックスする時はどちらが女役?」
と京は尋ねた。
 
信幸と信繁は一瞬顔を見合わせたが
「セックスすること自体があり得ないから、考えなくてもいい」
と答えた。
 
「特に難しく考えなくても、お互いが気持ちよくなれるようにすればいいだけなのに。セックスなんて、ミューチャル・マスターベーションだよ」
 
「それに俺たち兄弟だし」
「好きだったら兄弟でも構わないと思うけどなあ」
と京は他人事なので言った。
 

御飯などは3人一緒に食べているが、京としては、2家体制だった頃のように作った御飯をもうひとつの家に運ばなくても済むから楽、という。
 
それでつまり、現在、春朗の実家=礼朗(礼江)の実家なのである。
 
「ただいまあ」
と言って春朗と礼朗(礼江)は、鍵があけてあったドアを開けて中に入る。
 
「2人一緒に帰ってくるって珍しいね。何かあったの?」
とふたりの母は笑顔で尋ねた。
 
それで春朗と礼朗は言った。
 
「実は僕たち結婚することにしたから、その報告に来たんだよ」
 
息子たち(息子と娘?)の言葉に衝撃を受けて、京は手に持っていた林檎を落としてしまった。
 

3週間ほど前の2月17日(月).
 
「妊娠してたよ〜」
と、あっかるい声で政子は大林亮平に連絡した。
 
「どうしよう?僕、鱒渕さんに、春まではちゃんと避妊しますと言ってたのに」
 
「避妊してても失敬はあるんだから仕方ないよ。それにどうせ結婚するんだから赤ちゃん出来たっていいじゃん。『立つ!』の放送は3月までだけど、撮影は終わっちゃったから、撮影には影響無いしね」
 
「それはそうかも知れないけど、ローズ+リリーの活動に影響でない?今も全国ツアー中だし」
 
「まだ妊娠初期だから大丈夫」
「妊娠初期こそ大事にしないといけないんだけど」
 
亮平は、なんでこの子はここまで性に関する知識が無いんだ?と思った。
 
(性教育の時間にいつも眠っていたからである)
 

大林亮平は翌2月18日、コロナ対策でかなりの多忙状態にあるのは承知でケイを都内の料亭に呼び出した。そして避妊に失敗して政子を妊娠させてしまったことを謝った。ケイは驚いたものの、
 
「どうせ結婚するんだから構いませんよ」
と言った。現在実行中のツアーに関しては、マリの体調がよくないのでと称して、この後は、座らせて歌わせましょうと言ってくれた。
 
「今、ふたりの新居になる、離れも建築中ですから」
「すみません。なんか工務店とかの交渉も全部ケイさんにしてもらって」
「マリに任せたら、出入り口がなくて窓から出入りしないといけない家とかができちゃいますから」
 
「それ、ありそうで恐い」
 

ケイは大林亮平と話した後、その場に鱒渕マネージャーも呼んだ。
 
ケイと違って鱒渕は亮平に
「困りますよ」
と強い調子で苦情を言った。
 
「本当にすみません。気をつけていたつもりだったのですが、手とかに付着した精液が浸入しちゃったのかも」
などと亮平は言い訳をする。
 
ほんとうは政子の「安全日だから」という言葉に欺されて、生でやっているのだから、手に付着も何もあったものではない。
 
「まあどっちみち結婚するんだから、いいことにしましょうよ。この後のツアーではマリは椅子に座って歌わせて」
とケイは言ってくれた。
 
「仕方ないですね。じゃ、そのあたりの演出を七星さん・秋乃さん・氷川さんと4人で詰めますから」
 
「本当に済みません」
と亮平は謝りっぱなしだった。
 
「ツアーの後、休業期間が必要ですよね」
「予定日が10月18日らしいので、5月くらいから、来年の2月くらいまでお休みにしましょうか。2021年の震災復興イベントで復帰」
とケイ。
 
「そんな所ですかねぇ」
と鱒渕は渋い顔で答えた。
 
ケイとしては、政子が結婚してしまえば、さすがに人気が落ちて、カウントダウンライブかできるほどの客を集めることはできないだろうと考えている。もし、ゴールデンシックスかハイライトセブンスターズあたりがしたいと言ったら、譲ってもいい。しかしそもそもコロナの今の状況では、そういう巨大ライブ自体無理かも知れない気もする。今年の震災復興イベントもできるかどうか微妙だし(中止決定は2月21日。今日は2月18日)、来年のイベントも微妙だが、来年までにはワクチンができていることを期待したい、とケイは思った。
 

2月中旬、高木佳南は産婦人科で検診を受け、
「今の所順調ですよ」
 
と言われ、楽しい気分で窓口で精算すると病院を出た。本当は検診には彼にも付き添ってほしいけど、まだふたりの結婚は発表してないから、仕方ないよねと自分を納得させる。
 
それでも八雲春朗は近い内に、君のお父さん(東郷誠一)に挨拶に行きたいと言っていたので日程を調整してもらわなきゃと思った。
 
「だけど、はるちゃんが誰と付き合ってたか知らないけど、これで勝てた感じね。ニードルワークって利くなぁ」
 
などと佳南は呟いた。
 
1年近く付き合っているのに、なかなか結婚を言い出してくれないのに、しびれを切らし、春朗が机の中に入れている避妊具にこっそりニードルワークしておいたのである。その結果、佳南は妊娠し、彼からも「結婚しようか」という言葉を引き出すことができた。婚約指輪については「ちょっと整理しないといけないものがあるから少し待って」と言われて保留になっている。
 
「整理」するものって、別の彼女との関係かなあ、などと佳南は想像していた。
 
佳南は相手の名前や顔こそ知らないものの、春朗の言動から、自分以外に恋人が最低2人は居ることを感じ取っていた。人気作詩家は寄ってくる女も多いんだろうなと佳南は思っていた。
 
そして佳南のニードルワークが、自分だけでなく、別の彼女まで妊娠させることになったことを、佳南は知るよしも無い。
 
(なぜその事態を想像できないのかは知るよしも無い)
 

芸人クラウドは先週“芸者クラウド”に強制改名され「次回からは芸者の格好で出て来い」と言われてしまったので、1月23日の『夜はネルネル』の撮影ではテレビ局の衣装を借りて芸者の格好をして出演した。しかしそもそも和服を着慣れてないので、転ぶ転ぶ。
 
「お前、歩くより転がった方がいいな」
「だったら車輪付けて転がそう」
「電車みたいなものか」
「よし。お前は“電車クラウド”と改名するから、来週は電車の格好して出てこい」
などと言われてしまった。
「電車ですかぁ」
と情け無さそうな顔で言って撮影を終えたが、収録後、揚浜フラフラから言われた。
 
「お前さあ、リアクション悪すぎ。何か無茶なこと言われたら、一発何でもいいから、面白いこと言って笑いを取れよ。それを期待してケンネルさんはお前に無茶振りしてんだぞ。お前、きっと来週も強制改名されるだろうから、そこで外してもいいから何か言え」
 
「分かりました。何か考えておきます」
 

そんなことを言って放送局を出たものの、芸人クラウド(現在は電車クラウド?)は
 
「なーんにも思いつかないよぉ。それに何と改名されるか分からないなら、何を考えておけばいいのさ」
 
などとつぶやきながら、電車で最寄り駅まで帰り、自宅のボロアパート(家賃6000円!でも駅から30分歩く)への道を、とぼとぼと歩いていた。
 
小さな橋を渡る。ふと川の流れを見た。夜中だというのに川は昼間と同様に流れている。芸人クラウドはその流れをじっと見ていた。
 
「いっそ、飛び込んじゃおうかな」
という気持ちが心をよぎる。
 
俺どうせ売れそうにもないし。“この身体”のまま生きて行くのも辛いし。
 
その時、足音がしたので、振り返る。女子高生くらいの女の子である。こんな遅くに塾の帰りだろうか。
 
ところが芸人クラウドが彼女を見た途端、女子高生は突然
「キャー!」
と悲鳴を挙げた。
 
ちょっと待て。なぜ?
 
「君、俺は何もしないよ。ただ川を見てただけだよ」
と言って、女子高生の方に歩み寄ろうとする。
 

ところが女子高生は
「やめてぇ!」
と叫ぶと逃げ出した。
 
「ちょっと誤解だよぉ」
と言って、芸人クラウドは彼女の後を追う。追いかけられた女子高生は
「助けてぇ!」
などと声を挙げて走って行く。そのスピードが速い!
 
彼女と芸人クラウドの距離はどんどん離れていく。
 
やがて駅の近く、街明かりのある付近まで来た時
「君どうした?」
と言って、警官が飛び出してきた。
 
え?
 

「お巡りさん、助けて、追いかけられてるんです」
と女子高生。
 
待てぇ!俺は無実だ!
 
そう思ったものの、警官がこちらに走り寄るので、芸人クラウドは逆を向き走り出した。
「こら待たんか?止まらないと撃つぞ」
 
え〜〜〜!?俺、死にたくないよぉ。
 
(さっき川に飛び込もうかと思っていたことはもう忘れている)
 
そこに突然救急車が来て、芸人クラウドのそばに停まった。
 
え?
 
救急車から、ショッカーみたいに覆面をした男?が2人降りてくると、芸人クラウドを拉致し、救急車に連れ込む。そして救急車は警官を置き去りにして走り去った。
 

「あのぉ。これ何かの撮影ですか?」
 
救急車の寝台に身体を横たえられ器具で手足と胴体を拘束されたまま、芸人クラウド(電車クラウド)は尋ねた。
 
「我々はショッカーだ。君をこれからゴキブリ男に改造する」
「ゴキブリ?いやだぁ!!」
 
「チーター女でもよいが」
 
芸人クラウドの頭の中で、ゴキブリ男のイメージとチーター女のイメージが浮かぶ。
 
「すみません。その選択ならゴキブリ男でいいです」
 
「ゴキブリ男になると殺虫剤に弱くなるが良いか?」
「女より男がいいです」
「チーター女になれば時速90kmで走れるようになって車とか要らないのに」
 
「それ疲れそう。それに俺チンコが欲しいから」
「ああ。別にチンコなんて無くてもいいのに」
「ゴムホースでもつけとけばいいよね」
 
「ゴムホースは嫌です。チンコが欲しいです」
「だけどゴキブリのチンコは小さいよ」
 
と言われて、芸人クラウドは急に不安になった。
 
「あのぉ、小さいって5-6cmとか?」
「体長2cmのゴキブリのチンコが5cmもあるわけない」
「あ、そうか」
「だいたい0.1mmくらいだな」
 
芸人クラウドは0.1mmのチンコを想像してみた。
 
「いやだぁ!!!!」
 

それで芸人クラウドはアイマスクで目隠しをされ、どこかの建物の中に連れ込まれた。廊下のようなところを歩く。消毒薬の臭いがする。何やら堅いベッドの上に寝せられる。
 
「麻酔打った方がいい?」
「できたらお願いします」
「で、結局ゴキブリ男にしようか?チーター女にしようか?」
 
どうもショッカー戦闘員?の間でまだ意見がまとまっていないようだ。
 
「じゃ、間を取って、カタツムリ人間で」
「へ!?」
「カタツムリは両性体だから、チンコもマンコもあるから良かったね」
「え〜〜〜!?」
「男になるか女になるか悩まなくて済むよ」
 
それで芸人クラウドは何か注射をされて意識を失った。
 

目が覚めた時、芸人クラウドは自分がどこにいるか分からなかった。
 
急に気になって、“そこ”に手をやる。
 
「チンコがある!嬉しい!!」
 
変な夢を見て、チンコが突然消滅してから3ヶ月ほど。それは苦難の日々だった。生理も辛かったし、最初は処理の仕方が分からなくて苦労したし。
 
起き上がってみると、どこかのホテルのようである。
 
取り敢えずトイレに行く。便座を上げて立ち小便をする。
 
「ああ、この感覚。やっはりチンコあるといいなあ」
と芸人クラウドは思った。
 
汗を掻いているようなので、裸になってシャワーを浴びることにする。
 
服を脱ぐとバストが小さいながらもあることに気づく。
 
「昨日までよりずっと小さい」
 
昨日まではCカップサイズのバストがあったので、それを隠すのに苦労していた。このバストは多分Aカップくらいとみた。このくらいなら、俺太っているからと言い訳できそう、などと思った。
 

シャワーでチンコを洗っていて違和感がある。
 
「あ、玉が無い」
 
チンコの後にあるべき玉と袋が無いのである。
 
「でも取り敢えずいいかな」
と彼は思った、チンコに比べたら、玉はなくてもこの際、いいことにしよう。なんかこれまでに比べたら、随分マシな気がした。
 
「あ・・・」
 
芸人クラウドは、チンコの後に“割れ目”があることに気づいた。
 
「嘘・・・俺まだ女なの?」
 
いったんシャワーを停めて、自分の“身体”をよくよく観察した。すると、チンコの後に昨日までと同様の“二重の割れ目”があり、奥の方には“大きな穴”があるようである。しかし昨日まであった“小さな穴”はなくなっており、おしっこは穴からではなく、チンコの先から出るようになっている。
 
要するにこの身体はどうも男と女の中間体のようである。
 
芸人クラウドは少し考えたが
「まいっか」
と思った。
 
チンコがあれば他はわりとどうでもいいや。
 
なんか女の身体で過ごした3ヶ月のおかげで自分が大胆になった気がした。
 

シャワーを終えてバスルームを出る、裸のまま窓の外の風景を見たら、ここが名古屋の栄のようであることに気づいた。
 
「何で俺、名古屋とかにいるんだろう?」
 
それを考えていた時、昨夜自分が痴漢に間違われ、その後、救急車で拉致されて、ゴキブリ男かチーター女に改造すると言われて・・・
 
そうだった!カタツムリ人間に改造すると言われたんだった!と思い出す。
 
ここまであまりにも非現実的なことだったので、忘れていたのである。そしてハッとする。
 
「カタツムリは両性体だから、チンコもマンコもあるから良かったね」
と言われたではないか。
 
今、自分の身体には、チンコもマンコもある。
 
ということは、俺、本当にカタツムリ人間に改造されてしまったんだったりして!?
 
どうしよう?何かの拍子にカタツムリの姿に変身してしまったりするんだろうか?
 

その時、スマホが鳴った。
 
見ると事務所の社長からである。
 
「おはようございます。芸人クラウドです」
「お前今どこに居る?」
「あ、すみません。今名古屋なんですが」
 
「よかった。実は今朝、揚浜フラフラさんが名古屋の“モーニング・シャッチー”という番組に出る予定だったらしいんだけど、うっかりダブルブッキングして、仙台の朝の番組“朝だぁべがるたぁ”という番組にも出ることになっていて、今彼は仙台にいるらしい。確かクラウドさんが名古屋に行くと言っていた気がしたから、もし名古屋におられたら代わってもらえませんかということなんだよ」
 
「分かりました。どこの局ですか?」
 
それで芸人クラウドはテレビ局を聞いてそこに急行し、番組のゲストで・・・サッカーボール役を演じた!
 

埼玉県**町で発生した女子高生痴漢未遂事件であるが・・・・
 
“被害者”の女子高生がいつの間にか居なくなってしまっていたので、結局犯人?を追いかけた警官も報告書だけ書き、事件は捜査もされなかった。
 

芸人クラウドは、今回の事件について、誰かに相談したい気持ちになり、ケンネルに連絡してみたら、
「何でも相談にのるぞ」
 
と言ってもらったので、名古屋でサッカーボール役をした翌日、東京のネルネルの所属する事務所の会議室で彼と会った。
 
「信じられないことでしょうけれど」
と前提を言ってから芸人クラウドは、一昨夜のことを彼に話した。
 
「お前は女子高生に弁解しようと近づく必要は無かった。勝手に逃げて行くのを放置しておけば良かった」
 
「それで後からちょっと来いと言われませんかね」
「それこそ自分は川を眺めていただけだと言えば良い。女子高生を見ただけで痴漢が成立するなら、日本中の男が痴漢だ」
「そうですね!」
 
「お前は本当に判断力が悪い。気をつけないと、いつか無実の罪に問われるぞ」
「俺、やはり才能無いですかねぇ」
 

ケンネルはしばらく考えていたが言った。
 
「それで、お前カタツムリ人間に改造されたんだって?」
 
芸人クラウドは自分の股間をケンネルに見せた。ケンネルは息を呑んだ。
 
「お前、一度医者に診せたほうがいい」
「そうしたらどうなりますかね」
「そうだなあ。チンコ以外は女みたいだから、チンコを切ってくれて完全な女にしてくれるかも」
「それ嫌です。俺、女になりたくないですし、チンコ無くしたくないです」
 
「女になりたくないというか、既にほぼ女という気がする」
「でもチンコありますし」
「女性半陰陽と言って、クリトリスがでかくなって、チンコみたい見える病気があるんだよ」
 
でも芸人クラウドは病院には行きたくないと言ったのでケンネルもお前の気持ちに任せると言った。
 
「しかしもう裸芸はできんな」
「俺もあれは卒業することにします。でも、チンコとマンコの両方があるのはいいとして、俺凄く不安なんです。何かの拍子にカタツムリに変身したりしないか」
 

ケンネルは自分のスマホを取り出すと、どこかに電話した。
 
「ああ、千夏ちゃん?ちょっと食塩のストックがあったら1袋持って来てくんない?」
 
それで事務の女の子がJTの食塩1kgの袋を持ってくる。するとケンネルはその袋を開封し、芸人クラウドの頭から掛けた。
 
「わっ」
 
「ほら、溶けない。お前がカタツムリになっていたのなら、塩を掛けたら溶けるはず。だからお前はカタツムリじゃなくて人間だ」
 
「そ、そうですよね!良かった」
 
芸人クラウドがホッとしているようなので、ケンネルも微笑んだ。
 

1月30日の『夜はネルネル』の収録。前回の指示に従って電車のコスプレ?で出て来た芸人クラウドは「動きが遅すぎる」と言われる。それで
 
「そんなに遅いんじゃ、お前は電車じゃなくてデンデンムシだ」
 
と言われ、“電車クラウド”から“デンデン・クラウド”に強制改名されてしまった。するとクラウドは
 
「え〜?俺の爺さんは電電公社に勤めていたけど」
と言った。
 
一応ケンネルが笑ってくれたので、ああ、こんな感じで良かったのかなと思った。実際、フラフラからも「今日の反応は少しはマシだったぞ」と言われ、少しだけ自信が持てた。
 
それで芸人クラウドは以降、“デンデン・クラウド”として、背中にカタツムリの殻を背負って出演することになった(自分が男だという意識があるのなら、もう女装とかお化粧はやめろとケンネルに言われたので、以降は男の格好に戻した)。
 
ケンネルは芸人クラウドの事務所の社長にも言い、彼を正式に“デンデン・クラウド”と改名させ、事務所のホームページにも“デンデン・クラウド”の名前で掲載されるようにした。テレビ番組でも“デンデン・クラウド”とクレジットされるようになった。
 

そしてこのカタツムリの殻を背負った格好が、裸芸に代わる、彼のスタイルになったのである。
 
「昔、安岡力也さんは“ホタテマン”と言って、ホタテ貝を背負った格好で人気になったから、お前も頑張れ」
とケンネルは言った。
 
「なんでホタテ貝なんですか?」
 
「バラエティ番組で山伏の格好して“ホラ貝を吹いて”というセリフがあったのを間違って“ホタテ貝を吹いて”と言っちゃったんだよ。それで、ビートたけしさんから『お前はホタテ貝でも背負ってろ』と言われて、そのスタイルになってしまった」
 
「言い間違いが発端ですか」
「だからお前はカタツムリに関するギャグをたくさん考えて、カタツムリといえばお前というイメージを持たれるまで頑張れ」
 
「はい、頑張ります!」
と“デンデン・クラウド”は明るく答えた。そこには半月ほど前に自殺を考えていた売れない芸人の顔は無かった。
 

3月9日に、春都と礼江(母的にはいつも女の子名前で呼んであげている)が一緒に帰省してきたかと思ったら
 
「実は僕たち結婚することにしたから、その報告に来たんだよ」
 
と言うので、京はショックのあまり、手に持っていた林檎を落としてしまった。
 
「お母ちゃん、どうしたの?」
と春朗も礼江も不思議そうである。
 
「あんたたち、お願いだから考え直して。あなたたちは血を分けた兄妹なのよ」
 
「いや、僕もちょっとびっくりしたんだよ。僕が結婚しようと思ったのと、ほとんど同時に、のりちゃんも結婚しようと思ったと言うからさ」
 
「だってあなたたち、セックスするのはまだ見ない振りしてあけるけど、兄と妹で結婚するなんて、世間が許さないわ」
と母は言う。
 

ここで、やっと春朗も礼江も母の勘違いに気づいた。
 
「お母ちゃん、違うよ。僕が礼朗と結婚する訳ないじゃん。僕は僕で、礼朗は礼朗で、各々別の人と結婚するんだよ」
 
「え〜〜!?そうだったの?」
と京は声を挙げた。
 
「で・・・春朗の相手は・・・女の人?」
「女だけど」
「礼江の相手は、男の人だよね?」
「女だけど」
「なんであんた、女と結婚するのよ?」
「はるちゃんによれば、レスビアン婚になるらしい」
「ああ。そのくらいいいわ。最近は珍しくもないし。兄妹で結婚するのでなかったらそのくらい許してあげる」
と母は言った。
 

「で、いつ頃結婚するの?」
「実はうっかり彼女を妊娠させちゃって。だから向こうのお父さんが許してくれたら今月中に籍だけでも入れようかと。結婚式はいつできるか分からない」
「今の状況じゃね。で、どんな人?」
「東郷誠一って作曲家さんの娘で高木佳南というんだよ」
「あら?女優さんかなんかだっけ?」
「そうそう」
 
「礼江のほうの予定は?」
「実はボクも彼女を妊娠させちゃったから、向こうの御両親が許してくれたら、今月中にも籍だけでも入れるつもり。どっちみち、今は友人呼んで披露宴とかできないし」
と礼江が言うと、母は言った。
 
「妊娠してるのは・・・あんただよね?」
「違うよ。彼女だよ」
「なんであんたの彼女が妊娠するのよ。あんた女なのに」
「女同士でも妊娠することはあるんだよ」
 
「最近はよく分からないなあ。で、何て方?」
 
と母が訊いたので、礼江が
「会社の同僚というより実は上司なんだけど、年齢は5つ下で、氷川真友子さんというんだよ」
 
と答えた時、春朗はショックのあまり、手に持っていたアップル・iPhoneを落としてしまった。
 

1月11日(土)の関東ドームでのアクアライブで、幕間で最初に出て来た、ラピスラズリに扮する?ローザ+リリンのマリナと「本物は私たち」と言って出てきたラピスラズリの町田朱美が「どちらが本物か」ジャンケンで勝負して決めた問題は、結構な波紋を呼んだ。
 
マリナは退場する時
「ちなみに今のジャンケンはマジだから」
と言い残して退場した。
 
常識的に考えると、ラピスラズリが負ける訳にはいかないから、最初からお互い出す手を決めておいて、ラピスラズリが勝つようにしていたのだろうと思う。
 
実際、
「出す手は決めてたんじゃないの?」
という声が圧倒的だった。
 
しかし会場に居た人たちの間では
「あれは真剣勝負に見えた」
という声が、かなりあったのである。
 
「作為があるようには見えなかった。それに朱美ちゃんは少し不安そうな顔をしてた。あれは本気勝負だったのかも」
 
「本気勝負して万一ラピスが負けたらどうするんだよ?」
「その時は、あらためてラピスラズリの名前を取り返すイベントをする手がある」
「ああ、そういう演出で盛り上げるのは確かにひとつの手かも」
 

そんな議論がネットでなされていた時、ローザ+リリンをよく知る、ネルネルのケンネルがコメントした。
 
「俺はその勝負見てないけど、マジ勝負というのはあり得る。マリナは無茶苦茶じゃんけんが強いんだよ。俺、一度もあいつに勝てたことがない。絶対に勝てるということは負けようと思えば、ほぼ確実に負けられるということだと思う」
 
「そういう人、時々いるんだよね。丸山アイちゃんもジャンケンが凄く強い。たぶんアイちゃんに勝てる人はいないと思う」
とチャンネルもコメントした。
 
「だったら、マリナちゃんと丸山アイちゃんのじゃんけん勝負を見てみたい」
という声が多数あがった。
 
それでその対戦が行われることになったのである。
 

お昼のバラエティ番組が場を提供した。出場者はローザ+リリンのマリナ、丸山アイ、同様にじゃんけんが強いという噂のある作曲家の醍醐春海、そして偶然来日していた、ジャンケン世界大会のチャンピオン、パトリシア・ブラウンさん(カナダ)である。
 
放送前に顔を合わせた3人は
「なんか性別の曖昧な人ばかり」
と言い合った。
 
「マリナちゃん、女の身体はどう?」
「調子いいわよ。男の子は1度は性転換してみるべきね」
「まあ、過激ネ」
 
「もう法的な性別は変えたんだっけ?」
と千里が訊く。
 
「変えましたよー」
と言ってマリナは2人に「性別女」と記載されたマイナンバーカードを見せた。そしてアイに一礼する。アイは微笑んでいる。
 
「おめおめ」
とと2人とも言ってくれた。
 

「ところで芸人クラウドやばくないですか?」
とマリナは2人に相談した。
 
マリナが彼は多分女になっていると言った。自分とケイナがやられた夢魔に彼もやられた可能性が高いとマリナは言う。
 
「女のままでいい気がする。男にしておくと、絶対性犯罪するタイプ」
と千里は言った。
 
「でもあのままだと多分自殺しますよ」
「それも夢見が悪いなあ」
「仕方ない。救済するか」
と丸山アイ。
 
「どっちが助ける?」
と千里がアイに訊く。
 
「ジャンケンで決めようか」
とアイが言うと
 
「それ意味無ーい」
と千里は文句を言った。
 

しかし3人は番組の収録が終わった後、千里の“顔”で都内の料亭に入り密談。計画を立てた。これが1/23の夜のできごとにつながる。
 
あの事件は3人の共犯であり、救急車を運転していたのはマリナ、芸人クラウドを拉致したのが丸山アイと千里で、3人は“被害者”を都内の廃病院に連れ込み次のような操作をした。
 
・まずは全身麻酔。
 
・アイが「人体実験したい」と言って《自動性転換機(F→M)》で男の形に変える。
 
・千里が***の法を掛ける。どちらの形になるか、アイも千里も不確かだったが、芸人クラウドの股間は女の形に戻ったので、やはり夢魔にやられても根本の性別は変わらないのだということを2人は認識した。
 
・ここで“夢魔の跡”を千里が眷属に命じて除霊させた。
 
・丸山アイが***の法を掛ける。すると今度は彼の股間は男の形になった。
 
・丸山アイの“実験台”にされて《自動去勢機》で睾丸を除去される。「この睾丸は保存しておくよ。彼が父親にもなれるように」とアイは言っていた。
 
・丸山アイが再度***の法を掛けるが、途中で停めた。それで芸人クラウドの股間の形は男と女の中間の形になった。
 
「性腺は・・・卵巣ができてるね」
「うん。卵巣ができる所まで進めたから、子宮もだいぶ大きくなっちゃった。妊娠できるかも」
 
「まあいいんじゃない?生理もあるよね?」
「あるはず」
 
「でもちんちんがあれば、きっと彼は満足すると思う。彼には睾丸は無い方がいい。でないと、こいつ絶対その内、レイプ事件起こして逮捕される」
とマリナは言った。
 
「その点はこの3人の意見が一致するね」
 
そして最後に芸人クラウドは、丸山アイが名古屋に転送したのである。ホテルは千里が自分の眷属に取らせておいた。なおフラフラに「名古屋の友だちの所に行って来ます」と言ったのは、芸人クラウドに仮装したアイの眷属である。この仕組みは、万一、芸人クラウドが痴漢犯と疑われて捜査された場合のアリバイ作りのためにセッティングした。
 
(フラフラは“友だち”というのは恋人のことなのだろうと解釈した)
 

さて、ジャンケン大会の方に話を戻す。
 
3人がこそこそと話している内に、放送が始まる。生放送である。
 
一般参加者も募集したので、ジャンケンに自信があるという人が80人もテレビ局に集まった。マリナ、アイ、醍醐、パトリシアの4人がこの80人とジャンケン勝負した所、マリナ、アイ、醍醐の3人は全勝!した。パトリシアは60勝20敗である。
 
世界チャンピオンでも75%しか勝てないのに、マリナもアイも醍醐春海も不敗だったので、この3人の物凄さが分かる。
 
続いて「負けようとしてください」と言って、負ける勝負をしたら、マリナ、アイ、醍醐春海は全敗であるのに対して、世界チャンピオンは15勝65敗だった。
 
「やはりジャンケン発祥の国・日本は物凄いですね。完敗です」
と言って、世界チャンピオンが退場する。
 
これで、やはり関東ドームでの町田朱美とのジャンケンはマジだったんだ、というのが多くの視聴者の認識する所となった。
 
しかし対戦者が居なくなってしまったので、テレビ局は、
「本当は優勝者と対戦させるつもりだったんですが」
 
と言って、京葉大学の先生が作った“勝率100%”のジャンケンロボットを連れてきた(持ち込ませた?)。でも実は最初からこの展開を予想して対戦者の1人として使うつもりだったのである。
 

「くじで組合せを決めます」
と言って、“3人”にくじを引いてもらう(あいにくジャンケンロボには、くじを引く機能が無い)。
 
それでトーナメントの組合せは、醍醐春海−丸山アイ、マリナ−ロボット、ということになった。勝負は11回勝負で、1回でも多く勝った方の勝ちである。これが物凄い勝負になった。
 
最初にマリナとロボットが対決する。マリナはマジ100%である。絶対に負けないはずのロボットが負ける負ける。結局8勝3敗でマリナが勝ち抜けた。ロボットを開発した大学の先生は「出直します」と言ってロボットを連れて帰っていった。
 
この時点でマリナのジャンケンの強さが視聴者に強烈にアピールされた。
 
そして醍醐春海と丸山アイの対決は、両者1歩も譲らない凄い勝負になった。勝敗の数が全く開かない。10戦終わって5勝5敗である。そして最後の1戦。
 
「負けたぁ」
とグーを出した千里がそのグーを掲げた手にぶらさがるようにして天を仰ぐ。しかしパーで勝った丸山アイに笑顔は無かった。
 
「勝てた気がしない」
と言って、丸山アイは大きく息をついていた。
 

そして決勝戦、丸山アイとマリナの勝負が始まる。
 
これも一進一退の厳しい勝負となる。8戦終わって4勝4敗である。9戦目。丸山アイの勝ち。そして10戦目。アイの勝ち。
 
この時点でアイの優勝が決定した。
 
しかし勝負は最後までやる。両者マジ100%である。
 
最後の勝負はマリナが勝った。
 
それで結局、丸山アイは6勝5敗で優勝ということになった。
 
「おめでとうございます」
 
と言ってマリナは笑顔で丸山アイと握手した。準決勝でアイに負けた醍醐春海もマリナ、アイと握手した。
 
「アイさん、ひとこと」
 
「私が優勝になりましたけど、この3人の誰が優勝してもおかしくなかったです。3人の実力は横一線だと思います」
 
それは多くの視聴者が感じたことでもある。
 
「ここに大宮万葉も連れてこられたら良かったんですけどね。彼女もジャンケン強いんですよ。でもオリンピックまでは時間が取れないみたいだから」
 
「それは見たかったですね」
 
と司会者が言ってジャンケン特集は終わった。結局この日はこの番組の枠1時間を全部ジャンケンで消費してしまった。しかし視聴率が物凄かった。
 

楽屋に帰ってから、丸山アイはマリナと醍醐春海の双方から非難された。
 
「番組盛り上げるのはいいけど、全勝できる所をわざわざ6勝5敗にすることないじゃん」
 
「え?マジだよぉ」
とアイは弁解するが
 
「アイちゃんは罰として、大陸の創成を諦めてもらおう」
と千里は言う。
 
「何ですか?その大陸創成って」
とマリナが尋ねる。
 
「アイちゃんは、太平洋のど真ん中に新しい大陸を作りたいらしい」
「ムー大陸ですか」
 
「まあ新ムー大陸かもね」
 
「そんな凄い広い土地を作るのに、埋め立てる土はどこから持ってくるんですか?」
とマリナが尋ねる。
 
「どこかから運ぶ」
 
「それ大変そうだから、船をたくさん浮かべるというのはではダメですか」
とマリナ。
 
「君、面白いこと言うね」
 
「だって大陸になるほど埋め立てしたら大変じゃないですか。海流も変わって気象にも影響が出ますよ。広い土地が必要なら、船を浮かべて広い面積の土地みたいなものを作ったらどうかと思って。費用も小さいですよ」
 
「その提案は採用させてもらうかも」
 
それで丸山アイは、マリナの提案に添って、無人島をひとつ買い、その周囲に船を浮かべ始めたのであった。むろん実作業をするのは《こうちゃん》である!
 

3月9日の夜、春朗は礼江に言った。
 
「なんでお前が真友子と結婚するんだよ?」
 
「ボクは前から真友子が好きだった。でもはるちゃんが結婚するのかと思ってたから遠慮してた。はるちゃんが高木佳南を選ぶのなら、ボクが真友子はもらうよ」
 
「お前、女なのに認知できないだろう?」
「戸籍上は男だからね。できるはず。それにボクが認知しても遺伝子的には矛盾は起きないはずなんだよ。血液型も同じだしさ」
 
春朗はしばらく考えていた。
 
「すまない。借りを作ったな」
 
「そんなことない。ボクは真友子が好きだから彼女にプロポーズしただけ」
 
「指輪は贈った?」
 
「1.2ctのティファニーのダイヤのゴールドリングを贈ったよ」
「俺は1.2ctのカルティエのダイヤのプラチナリングを贈った」
 
「悪いけど、はるちゃんの振りしてカルティエに行って、実物を確認して、石のサイズを揃えた」
 
春朗は怒るかと思ったら吹き出した。
 
「昔よく入れ替わったな」
と春朗は言った。
 
「色々悪いことしたね」
と礼江も楽しそうに言った、
 

春朗と礼江が母に結婚することにしたことを報告に行ったのより6日前。
 
マリがデートに行ったので朝帰りだろうとケイは思っていたのだが、マリは0時前に帰宅した。
 
「どうしたの?」
「別れた」
「は?」
「結婚はしない。婚約解消」
「なんで?」
「私が男と別れるのに理由はない。冷めちゃったし」
とマリは言った。
 
「赤ちゃんはどうするの?」
「もちろん産むよ。シングルマザー。どうせあやめで既にシングルマザーになっているし」
 
「亮平さんと一緒に住む予定だった離れは?」
「もちろん建てるよ。ボーイフレンドとデートするのに便利だし」
「他にもボーイフレンドいるの?」
「いないけど、妊娠中は更に妊娠することないから、生でセックスし放題じゃん」
「マリって男の発想だ」
「何を今更。ローディド・シップ(loaded ship)って言うじゃん」
「何だっけ?」
 
「ローマ(初代)皇帝アウグストゥスの娘ユリアは、自分の夫(アウグストゥスの盟友マルクス・ウィプサニウス・アグリッパ)以外にも、たくさんボーイフレンドいたけど、産んだ子供はみんな夫に似ていたんだって。なぜ器用に夫の子供だけ産めるのかと訊かれたユリアが答えて言ったのには・・・」
 
「荷物が満杯の船には、更に荷物を載せることはできないということか!」
とケイは呆れたように言った。
 
 
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【春暁】(4)