【春暁】(2)

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11月下旬。ほぼ完成して、検査待ちになっていた津幡“火牛”アリーナに、ふらりと〒〒テレビの石崎柚布・制作部長がやってきた。
 
ちょうど(非番だったので)私設プールに泳ぎに来てから、“プレオープン”しているムーラン津幡店でお昼を食べていた皆山幸花が気づいて
 
「お疲れ様です、部長。工事の進捗視察か何かですか?」
と尋ねる。
 
「ああ、皆山君だったね。今日は川上君は?」
「川上は水連に呼ばれて今東京に行っているんですよ」
「あらら」
 
「どうせですから、工事の進捗見ていかれませんか?」
「うん」
 
それで幸花が案内して、既に作業員はほとんどおらず、技師のような人が数人歩き回っている、火牛アリーナに案内する。
 
「広いね!」
と部長は感心していた。播磨工務店の七瀬さんが気づいてこちらに寄ってきて色々説明してくれた。部長は説明にひとつずつ頷いては感心していたようである。
 

「アクアゾーンの方は土地の購入がまた完了していないので着工していないのですが、プールの方も見られませんか?」
 
「川上君の私設プールってやつ?見てもいいの?」
「部長ならいいですよ」
 
と言って、幸花は部長を案内する。駐車場の管理室から階段を降りた所にエレベーターがあるので「秘密基地みたいだね」と面白がっていた。
 
エレベータを降りて幸花が“女子更衣室”を通過して向こうへ行こうとするので部長は立ち止まる。
 
「ごめん。男子更衣室はどこだっけ?」
「ありません」
「無いの?」
「このプールは女子専用ですから」
「そこに僕が入っていいの?」
「今だけ女子ということで」
 
「あはは。じゃ、ちょっだけ性転換して」
と部長も悪ノリして、それでもちょっと不安そうな顔で女子更衣室を通過してプールサイドに出た。
 
「これも広いね。よく地下にこれだけの施設を作ったね」
「幡山(ジャネ)さんがリクエストして、川上も、まあお金はあるしということで作っちゃったみたいです。長距離選手は1回泳ぐのにも凄い時間がかかって、その間コースを占有するのが普通のプールでは困難なんですよ。コースを共用したら思いっきり泳げないし。ここなら使っているのが10人程度ですし、実際問題として、日本代表候補の、川上、幡山さん、南野さん、永井さん、竹下さん、金堂さん、は、各々1コース独占して練習しています」
 
「それは快適だろうね」
 
「それにここは24時間使えるから、川上にしても、南野さんにしても、卒論を書きながら、空いた時間に練習できていいんですよ」
 
「他の選手が羨ましがる環境かもね」
 
「仙台の金堂さんも、ずっとここに居たいと言っていましたが、高校生は学校があるから、来週仙台に戻るらしいですよ」
 
「まあ高校生は仕方ないよね」
 

そんな話をしていた時、石崎部長はふと気づいて言った。
 
「そういえば、川上君は4月から、どこのクラブに所属するの?」
「あ、それなんですけどね」
と幸花が話しかけた時、ちょうど水からあがってきた南野里美が言った。
 
「その件なんですけど、もし可能だったら、部長さんからも言ってあげてもらえませんか?川上さんは3月で大学卒業とともに水泳はやめるって言っているんですよ」
 
「それは世間が許さん」
と石崎は言った。
 
「ですよね。川上さんは世界水泳で金メダルを取ったから、たとえ4月の日本選手権で2位以内に入らなかったとしても、日本代表に選ばれるのは確実なんですよ。そんな選手が大学卒業するから辞めます、なんて言ったら非難囂々ですよ」
と南野は言う。
 
「実は今日川上が水連に呼ばれて行ったのもその件で心配されてのことみたいで」
 
「どこか彼女が所属できそうなクラブは無いの?」
 
「幡山さんが所属している百万石スイミングクラブに入らないかと幡山さんも勧誘していたんですが、実はあそこにはASテレビの資本が入っているんですよね。1%程度ですけど。どうもそれを気にしているみたいで」
 
「ああ」
 
「全国に教場を持っているSTスイミングクラブも彼女に興味を持っているんですよ。でもあそこは北陸には教場がなくて、名古屋か京都に行かなければならないのが嫌みたいで」
 
「北陸から離れられるのは困る」
と部長。
 
「ですよね。だから私たちもどうしたものかと思って。名前だけでもいいから百万石SCに籍を置かせてもらったらと言っているんですけど」
と幸花。
 

すると、石崎部長は思いついたように言った。
 
「ねぇ、皆山君、新しいスイミングクラブを作るのって、どのくらいお金かかるの?」
 
「え?スイミングクラブを作るんですか?社団法人日本スイミングクラブ協会の審査に通る必要がありますが、この審査はわりと緩いんですよ。法人格があるのが原則ですけど、実は個人運営で加入しているクラブも存在します。基本的にはプールが存在して運営スタッフがいればOKです」
 
「会費は?」
「年会費は確か数万円だったと思います。入会費がもう少しかかるかも知れませんが」
 
「だったら、〒〒スイミングクラブとかを作っちゃおうよ」
「へー!」
 
「皆山君、君を会長に任命しよう」
「え〜〜〜〜〜!?」
 
と言ってから、幸花は小さい声で尋ねた。
 
「あのぉ、会長の報酬は?」
 
「手弁当で」
と石崎柚布は言った。
 

12月20日にケイナとマリナの“結婚式と新婚旅行”がテレビで放送されて以来、2人は多数の人から結婚祝いをもらってしまった。
 
ハワイからの帰国直後にケイ・雨宮先生・タカから頂いたのを始め、蔵田孝治さんからも、帰国した後で渡されたし、事務所の社長、事務所の他のタレントさん一同(代表:遠上笑美子のそっくりさんだけど男という、遠下美笑干)からももらう。
 
ローザ+リリンを自分たちの番組でたくさん使ってくれたネルネルの2人からも頂いたし、番組の左蔵プロデューサーや、アシスタントの内野音子さん、ローズクォーツのサト・ヤス・マキ、UTPの須藤社長と大宮副社長、なども御祝儀をくれた。
 
ローズ+リリーのマリはどういう趣味なのか、宝くじを送ってきたが、それが100万円当たったのでびっくりした!
 
多数の親戚からも、祝儀袋が送られて来た!
 
マリナは頂いた御祝儀の名義を確認してExcelで表を作り(幸いにも郵送でもらった人が多く住所が容易に確認できた)、内祝いとして商品券を送ることにした。
 
金額で悩んだのだが、ケイナは当てにならないし、事務所の社長も適当そうなのでマリナは結局ローズ+リリーのケイに相談した。それで5万円以下の人(多くは親戚)には5000円、それ以上の人(多くの人は芸能人)には3万円の商品券を送ることにした。ケイは「君たち忙しいでしょう?」と言い、サマーガールズ出版の近藤(妃美貴)さんに、この作業を代行させてくれたので助かった。この時期、マリナは本当に忙しかったのである。
 

ケイナ(慶太)のお母さんが西東京市のマンションにやってきて、
「あんたたち、国内でも披露宴しなさいよ」
と言ったが、
「今仕事か忙しくてできない」
とふたりは答えておいた。でもマリナは慶太のお母さんに
 
「ふつつかな嫁ですが、よろしくお願いします」
と挨拶する羽目になった!
 
(これに先立ち、慶太の両親は、マリナの実家を訪れて挨拶したらしい)
 

そういう訳で、マリナの性転換とケイナとの結婚は、完璧に既成事実になってしまった!!
 
またこれ以降、ふたりが東京からどこか地方に行って宿泊する時は必ずダブルルームを手配されることになった。そもそも航空券が「火野慶太・火野マリナ」の名義になっていた。マリナはもういいやと思い“火野マリナ”名義のマイレージカードも作ってしまった(従来の水崎学名義のマイレージカードは“赤”“青”ともに水崎マリナ名義に変更済みである)。
 
「なんか俺たちもう結婚したことになってしまったみたい」
と5cm空けて寝るダブルベッドの隣で慶太は言った。
 
「もういいんじゃない?私、慶太の奥さんということでいいよ」
とマリナは言ってみた。
 
「俺、ゲイじゃないんだけどなあ。。。まあいっか。どうせ今更、俺、女とは結婚できないだろうし。学のこと嫌いでもないし。なんかいつも料理とか作ってもらってるし」
 
と慶太も言った。
 
実はこの瞬間(慶太の結婚同意により)ふたりは本当に夫婦になってしまったのである。
 
(マリナ自身は結婚式で"I agree"と言った時から、慶太の妻のつもりでいる)
 

事務所(ザマーミロ鉄板)からも
「ギャラの振り込み口座の名義変更が必要だよね」
と言われたので、マリナは1個だけ(マリナ名義のクレカ決済のため)水崎マリナ名義に変更していたMS銀行の口座を事務所に届けた。実はJASRACにもこの口座を届けている。
 
「あれ?水崎なの?火野じゃないの?」
「まだ婚姻届けを出してないので?」
「まあ忙しいしね。3月で代理ボーカルが終わったら少しは時間取れるだろうから、そしたらたくさんお客さん呼んで、盛大な披露宴しようよ」
などと社長は言っていた。
 
盛大な披露宴!?恥ずかしー!とさすがのマリナも思った。
 

年明け早々に発売された『Brass Quarts flip side』はかなりの話題を呼んだ。昨年夏に発売された元の『Brass Quarts』(通称Aサイド)と聴き比べた人が多かったが、最初に指摘されたのが、
「演奏も歌も両者は重ならない」
ということだった。
 
少なくともflipサイドが、Aサイトの音源を流用し、声だけ電気的に男声に変えたもの、あるいは元々男声で吹き込んでいたもの(flipサイド)を電気的に女声に変えたのが先に発売されたAサイドであるわけではない、ということだった。
 
「伴奏も歌もちゃんと録り直している」
 
ここで10月のローズクォーツのツアーに参戦した人たちから情報が出てくる。
 
「ケイナとマリナは初日の札幌公演では男声で歌ったが、2日目の金沢以降は女声で歌っていた」
 
その内、どこからともなくこんな情報が流れてくる。
 
「『ミッドナイトはネルネル』ではケイナとマリナの声は電気的に女声に変換しています、という建前だったけど、実際には2人は撮影現場でふつうに女声で話していた」
 
恐らく出演者の誰かのリークではないかと思われた。
 

結局この問題で、ローザ+リリンは記者会見を開く羽目になった。
 
本来は事務所社長の板付が同席すべきなのだが、板付社長のビジュアルが、あまりにもヤクザっぽい(本人はそちらの世界との縁やコネは無いが、このビジュアルのおかげで、興行先のヤクザとのトラブルをいつも回避できている、チンピラなどは板付社長の顔を見ただけで「失礼しました」と言って逃げていく)ということで、板付さんから頼まれたローズクォーツのタカが同席した。
 
「どうしてタカさん、男みたいな格好してるんですか?」
という質問はスルーした上で、マリナが(女声で)説明した。
 
「実はローザ+リリンは“顔はローズ+リリーに似ているけど実は男”というのがコンセプトだったので、人前では男の声で話すという契約をしていたんです。でも実は私たちは演出上の効果を上げるために女の声を出す練習もしていて、2015年頃から、女声も出せるようになっていました。それでそれ以降のドサ廻りのショーでは、最初女声で話していて、実は男だとバラした後は男声で話すという方式に切り替えていました」
 
「実はこの2人は元々両声類だったんてすよね」
とタカが説明する。“両声類”という言葉を知らない記者もいると思われたので、タカは用意していたボードに書いたものを見せる。意味は、みんな漢字を見ただけで分かったようである。
 
「それで、ローズクォーツのライブでは、テレビでの演奏とか、お客さんの前では男声で歌ったり話したりしていましたが『Brass Quarts』の制作では、そもそも女声で歌っています」
とマリナ。
 
「また、夏以降準レギュラーに近くなった『ミッドナイトでネルネル』では、だいたい“女役”で出演することが多かったので、一般の観客がいない所でもあり、最初から女声で話していました」
 
「ところが10月のツアーの初日、札幌でいつものように男声で歌った後、私もケイナも体調を崩してしまい、急に男声が出なくなってしまったのです。逆に女声は出るのですが。これは実は女声の練習をしている人には、たまに起きることらしいです。女声を出す回路の方が安定してしまい、男声が出なくなっちゃう人は結構あるんですよ」
 
「それで契約条項には違反するのですが、事務所の了解を取り、金沢公演以降のライブでは女声で歌わせて頂きました。ところがツアーが終わってから、また男声が出るようになったので、その男声を使用して『Rose Quarts Plays Sex Change』と『Brass Quarts flip side』の収録をしたのですが、その2つのアルバムの制作が終わったら、また男声が出なくなって、現在は2人とも女声しか出ない状態です」
 
「実はケイさんからもお聞きしたのですが、ケイさんは一時期男声・女声ともに出ていて、両方の声を切り換えながら1人男女デュエットしたような曲もありましたが、その後男声は全く出なくなってしまったらしいです。それでケイさんの見解では、私たちはもう男声は出ないかも知れないということで、それで、当面はもう女声だけでやっていくことにしました」
 

「おふたりとも性転換して女性になっちゃったので、女声しか出なくなったということは?」
 
「性転換とかしてないんですけどね」
 
「でもケイナさん・マリナさんを女湯の中で見たという証言があるんですが。定山渓温泉、湯涌温泉、長島温泉、徳島温泉、宇品温泉、天拝山温泉」
と記者は名前を挙げる。
 
全部見られてるじゃん、とマリナは思った。
 
「そうですね。確かに女湯に入っていますが、少なくとも女湯にしか入れない身体でしたね、ふたりとも。男の身体なのに誤魔化して女湯に入ったりはしてませんよ」
とマリナは笑顔で答えた。
 
「つまりおふたりとも性転換しておられたということですか?」
 
「長島温泉ではアクアちゃんと遭遇しましたから、たぶんアクアちゃんと同じ性別だと思います」
とマリナが言ったのには、笑い声が多数あがった。
 
「つまりおふたりとも実は既に女性になっておられるんですね?」
 
ああ、みんなアクアは女の子だと思っているなとマリナは思った。
 
「そのあたりはご想像にお任せします」
と言ってマリナは逃げておいた。記者もあまりしつこくは訊かなかった。
 
ただ、2人は“違法なこと”はしていないのだろうと判断してもらえたようである。
 
翌日の新聞には
「ローザ+リリンは2人とも女になっていた!」
という見出しが躍り、ケイナはむせ返っていた!
 

ローズクォーツのアルバム『Rose Quarts Plays Pops』は年明け早々に制作を開始した。最終的に選んだのは次の14曲である。
 
Olivia Newton-John "Xanadu"(ザナドゥ)1980
Elaine Paige "Memory" from the musical "CATS" 1981  Highest = C6
Barbra Streisand "Woman in Love" 1980 Taylor Swift "Love Story" 2008 Katy Perry "I Kissed a Girl" 2008
Avril Lavigne "Girlfriend" 2007 The Cardigans "Carnival" 1995
Carly Rae Jepsen "Good Time" 2012
Vanessa Carlton "A Thousand Miles" 2002
C+C Music Factory "Gonna Make You Sweat (Everybody Dance Now) " 1990
t.A.T.u. "All the things she said" 2002 Eurythmics "There Must Be an Angel (Playing with My Heart)" 1985 Highest = E♭6
 
DVD Only
Village People "Y.M.C.A." 1979
SPANKERS "Sex On The Beach" 2010
 
CDの方には最後の2曲以外の12曲が入っており、DVDの方にのみ、Y.M.C.A. とSex On The Beach という“危ない”2曲が入っている。
 
元々リクエストに応じて“何でも演奏しちゃう”バンドであるローズクォーツ(推定レパートリー5000曲)に、ドサ廻りで、やはり、リクエストされたら“何でも歌う”ローザ+リリン、という組合せなので、全ての曲をほぼ1発で弾きこなし・歌いこなした。
 

「しかしマリナちゃん、よくこんな高い音が出るね」
と今回、雨宮先生に指名されてプロデューサーをしてくれた、毛利五郎さんも感心していた。
 
「玉が無くなったから出るようになったのかも。毛利先生も玉取ってみません?」
「いや、それは困る」
「本人より奥さんが困るかもね」
とヤスが言っていた。
 
今回の音源制作ではその奥さんが、フライドチキンとか、お手製の肉まんとか、いろいろ食べ物やおやつを差し入れてくれて、快適だった。
 
「毛利さん、お酒は飲まないんですか?」
「うん。結婚してから辞めた」
「へー!偉い」
「タバコも子供が煙をすったりしたら悪いから辞めたし」
「すごーい!」
 
この業界はヘビースモーカー、ヘビードリンカーが多い。ケイナとマリナは、度を過ぎない程度ならお酒は飲んでもよいことになっているものの、“女性歌手”という立ち位置から、タバコは禁止されている。元々マリナは吸っていなかったが、ケイナは最初の頃、禁煙が辛そうだった。
 

さて、その毛利さんのいう“高い声”だが、
 
マリナはCATSのテーマ『メモリー』で最高音C6を安定して歌って2オクターブ半 (G3-C6) もある歌の音域をオクターブずらしもせすにちゃんと歌っている。この曲を歌うほとんどの歌手は途中でオクターブ下げたり、また高音域の歌手と低音域の歌手が組んで2人で歌ったりする(舞台ではしばしばこの方式)。
 
またCDラストになるユーリズミックスの『There Must Be an Angel』冒頭スキャットでは一瞬だがE♭6まで出している。この音が出るのは天然女性のソプラノ歌手でも、そうそうはいない(“男の子のはず”のアクアがF6まで出しちゃうのは置いといて)。
 
ケイナも男声が出なくなって現在女声だけなのだが、E♭5くらいまでが限界で、だいたいアルト音域である。つまりマリナはケイナより1オクターブ高い所まで声が出ていることになる。
 

ローズクォーツもローザ+リリンもうまいので、毛利さんも数テイクでOKを出す。それで曲数は多いしローザ+リリンが正月の特別番組の撮影に取られる中、音源制作は自体は順調に進んで1月中には完成。2月は主としてPVの撮影になった。最後の2曲をCDには入れないというのは醍醐春海の提案らしい。これを入れるとCD自体が、中学高校などで校内放送禁止になることは確実、と醍醐は言ったという。
 
“Y.M.C.A.”は、西城秀樹『ヤングマン』のイメージから、元気で健やかな歌と思っている人もあるが、原詩を見れば“ホモ勧誘ソング”であることが一目瞭然である。今回はマリが張り切って、原詩のテイストにかなり近い訳詞を書き、ケイナもマリナも「本当にこれ歌うの?」と、随分嫌がった曲である。
 
しかしこんなのは天然女子には絶対歌わせられない歌であり、ボーカルがローザ+リリンだからこそ成立した演奏だった。2人は男声は出ないものの、アルトのいちばん低い付近の音域で歌っていて、ちょっと中性的な雰囲気に仕上がった。PVはケイが『実写はやめてね』と言ったのでモグラのアニメになっていた。
 
そしてラストの"Sex On The Beach"も、普通の女子にはなかなか歌わせられない曲である。これも平気で裸になっていた、ローザ+リリンだからこそ成り立つ演奏である。この曲のPVでは、ケイナとマリナがセクシーなビキニ姿になり、セクシーポーズで、背の高いサトの両側至近距離で“シナを作る”様子が映っている。こういう“お色気芸”も、ドサ廻りで鍛えているケイナとマリナには、わりと得意な芸である。サトが「ちょっと変な気分になった」と言っていた。
 
176cmのケイナ、172cmのマリナが、190cmのサトのそばでは小さく見えるのでとてもいい雰囲気の映像になった。
 
このビデオには、発売後「不覚にもズリネタにした」という男子たちからの声が多数あったし、女子たちからは「女の子のマリナちゃんだけじゃなくて、男の娘(*1)のケイナちゃんもセクシーだね」と評価された。
 
このPVは実は毛利さんの奥さん(以前音楽業界に居た人らしい)が監修したそうで、女性の目で制作されたことから、セクシーなのに“いやらしさ”がなく、おかげで放送禁止にはならず、テレビでも深夜の番組では結構流されていた。
 

(*1) 最近、ケイナは男の娘とみなされているようだ。おっぱいは大きくしていて睾丸は取っているという説が有力になっている模様。そして「睾丸が無くておっぱいが大きいなら女湯もギリギリ許されるよね」などと随分ネットに書かれていた。マリナは性転換して完全に女の身体になっているというのが、既に確定情報になっている。
 
「でも睾丸取ったのなら、子供は作れない訳?」
「睾丸を取る前に精液の冷凍を作ったという話を聞いた」
「マリナちゃんは?」
「性転換する前に卵子の冷凍を作ったという話を聞いた」
「性転換前には卵子は無かったのでは?」
 
でもふたりの間にはたぶん子供もできると考えている人が多いようであった。
 

ところでキャロル前田といえば、一時はアクアのライバルと言われた男性(?)アイドルだったが、2017年の春に去勢していることが報道され、本人も記者会見でそのことを認めた上で将来は女性になりたいと言った後、人気が急落。主演していた番組も途中で打ち切られ、事務所との契約も切られて、その後、しばらく芸能界から消えていた。しかし1年ほどの冷却期間をおいてから2018年秋に@@エンタテーメントと契約してロッカーとしてカムバックした。
 
“キャロル前田とアドベンチャー”というバンドを結成して活動再開。アイドル時代のファンの一部をコアとして新たなファンも付き、ロックミュージシャンとしては海外でむしろ評価されている。
 

その彼(彼女?)が、2020年1月初め、@@エンタテーメントの斉藤社長から声を掛けられた。
 
「キャロルちゃん、3月8日は空いてる?」
「今の所空いてますけど、何か?」
「いや、独立して活動しているアーティストである君にこんなこと頼むのは申し訳無いんだけど、XANFUSのmikeちゃんの妊娠が分ってね」
 
「XANFUSは次々とおめでたですね。yukiさんもこないだ2人目を産んだし」
「おかげで、XANFUSの活動が滞りがちなんだけどね」
 
「だけどyukiさん、男の娘なのに子供2人も産んじゃうって凄いですよね」
 
斉藤は「あれ?由妃ちゃんのこと知らなかったのかな?」と思ったものの、説明が面倒なのでスルーした!
 
「キャロルちゃんも赤ちゃん産みたい?」
「産みたいです!でもどうやって産んだんですかね?」
「雨宮先生によると気合いらしいよ」
「私、雨宮先生は恐いです。マジで妊娠させられそうで」
「ああ、あの人は気をつけた方がいい」
 

「まあそれで。3月8日は“08年組”の震災復興支援イベントがあるからさ」
 
「ああ、それでmikeさんの代役ですか?」
「お願いできる?実はこのイベントの性格上、ギャラ無しで、アゴ・アシ・マクラも自腹なんだけど」
 
「ああ、そんなこと言ってましたね。だったら、経済的に余裕のある人にしか頼めないんだ?」
 
「実はそうなんだよ」
「いいですよ。この夏にケイさんたちとも少し話したし」
 
それでキャロル前田は震災イベントでXANFUSのmikeに代わってギターを弾くことにしたのである。
 

年内にローズ+リリーのアルバムに関する作業が終わり、ケイはKARION用の楽曲を書いたり、和泉やコスモスとよく打ち合わせをしているし、忙しそうに飛び回っているので、マリはだいたいマンションに取り残されていた。それで暇でもあり、しばしば大林亮平のマンションに行っていた。
 
それは1月26日(日)のことであった。
 
「じゃ、『立つ』の最終回が3月24日放送だから、僕たちの結婚発表はその後の日曜の3月29日にしようか」
「うん。それでいいよ。ケイにも言っておいて」
「僕が言うの?」
「だって私、30分後には忘れているし」
 
いや、マサリンは30分後ではなく30秒後には忘れているかもと亮平は思ったが、さすがに言わない。
 
先週は宝石店の人にわざわざこのマンションに来てもらい、結婚指輪の注文をした。結婚式は6月にする予定で、式場も予約している。政子がジューンブライドになりたいと言うからである。披露宴の招待客についても、ケイさんと話し合わないといけないなあと亮平は思っていた。
 
「もう1回行こうよ」
と政子は言った。
 
「あ、ごめん。避妊具が切れちゃった」
「1回くらい大丈夫だよ。それに今日は安全日だし」
「そう?じゃそのままやっちゃおうか」
 
それでこの日2人は生でやってしまったのである。
 

逆正常位で1度した上で、政子が好きな背面座位(亮平が前!かなり抜けやすいが、その不安定なのがいいらしい)で、再度して、最後は政子が上に乗る騎乗位でフィニッシュとした。
 
(つまり政子は男役的なポジションが好きなのである。亮平は入れられることもあるが、癖になったら恐いから、あまりしないでと言ってある。むろん政子はやりたがるので月に1度だけ、ということにしている)
 
裸のまま並んで寝て、政子の敏感な部分を指で刺激してあげると気持ち良さそうである。少し眠たくなってきたが、まどろみながら政子に尋ねる。
 
「だけど今日は安全日だったんだ?マサリン、前回の生理はいつあったの?」
 
それに対して政子はこう答えた。
 
「成人の日の連休だったかな。生理から2週間経ってるから、いちばん安全な日」
 
「なんだとぉ!?」
と亮平は一気に目が覚めて叫んだ。
 

2019/2020 年末年始の主要人物の動きはこのようになっている。
 
■12/16
津幡の体育館竣工。千里2と玄子マネージャーが受けとる。(千里3は宮崎)
若葉も来訪してムーラン加越能オープン。
 
■12/20-23
青葉の自宅を桃香・千里1・彪志たちが大掃除。
 
■12/21-22
千里3は旭川で試合。
 
■12/23 青葉が卒論提出。
 
■12/24
青葉の自宅で「新人アナの御自宅拝見」撮影。花園亜津子が来訪。千里1と亜津子の対決。
夕方、青葉は自宅で友人達とクリスマス会。夜間に赤いアクアで大宮へ。
 
■12/25
アクアの新曲『あの雲の下に/白い翼で』の発売記者会見。青葉・蓮菜が出席。
青葉は26-28日は深川で泳ぐ。
 
■12/28
千里3は東京で試合。
冬子と政子はこの日まで郷愁村で『十二月』海外版の歌を収録。
 
■12/29
冬子と政子、アクアはRC大賞の授賞式。
青葉は東京から小浜に移動。
 
■12/30
冬子と政子、小浜に移動。和実も仙台から小浜へ。
 
■12/31
カウントダウンライブ。冬子・政子・青葉・千里2が出演。
和実はマベル出店。深夜京都に戻る。
アクア(M)・ありさ・ひろかは東京で紅白。和泉が付き添い。
アクア(N)は名古屋で、葉月と一緒にローズ+リリーのカウントダウンにリモート出演。
信濃町ガールズはA班は紅白、B班は小浜。
ありさ・ひろか・リズム・ローズクォーツは東京パティオで24時間ライブに出演。
 
■1/01
福岡でアクア(F)のライブ(年内に福岡に来ていた)。
冬子・政子は§§の歌手たち・信濃町B班を連れて福岡へ、
東京にいたありさ・ひろか・リズム・信濃町A班は和泉が連れて福岡へ。
名古屋で泊まった葉月はコスモスと一緒に福岡へ。
信濃町ガールズは中学生以上は全員集合。
和実は京都から仙台に戻る。
青葉は小浜から高岡に帰還。
 
■1/02
冬子・政子は東京に戻る。
アクア(M)は大阪でライブ(東京から移動)。(信濃町B班)
新人アナ自宅訪問が石川県で放送される。
 
■1/03
冬子はKARIONの制作会議
アクア(N)は名古屋でライブ(ずっと名古屋に居た)。(信濃町A班)
クレールは信濃町ガールズの定演(小学生メンバー中心)。
 
■1/04
アクア(F)は札幌ライブ(福岡から移動)(信濃町B班:大阪から移動)
冬子もライブに臨席。
千里と亜津子の対決が全国放送で流れる
 
■1/05
千里1と千里3が合体。
龍虎Nが消滅しFとMに半分ずつ吸収される(千里2に連絡→山村・コスモスも知る)。
西湖がMとFに分裂。
千里1+3は青葉・桃香と夕食を取った後、最終便で東京に戻り、川崎のマンションに入る。
夕方、桃香は北区の季里子宅に帰宅。
25:00 千里2はフランスで試合
 
■1/06
和実が宝くじに当選していることに気づく。淳を東京から呼び話し合い。
千里1+3が球団に行き“千里”と“十里”の統合を報告。66川島十里の登録は抹消。
夕方、千里1+3は西湖の所に行き、分裂に戸惑う西湖の相談に乗る(ワルツにも教える)。
 
■1/07
千里1+3が仙台に行き、和実が買うと言った土地を除霊。
 
■1/08
和実が仙台市街地に土地を購入。
 
■1/09
千里3は若葉と一緒に仙台に行き、和実と、クレール仙台ビルの設計会議。
深夜、アクアは千里2に同乗してもらい、ポルシェの試乗。
 
■1/11
アクア(M)は東京でライブ。
 

「美里ちゃん、結局いつ性転換したんだっけ?」
と鈴鹿美里の美里は随分多くの人から訊かれた。
 
性転換したのは鈴鹿の方なのだが、美里はもういいやと思った。
 
「9月に全国ツアーやったので、その直後にお医者さんにチョキンとハサミで切り落としてもらったんですよ」
 
「あれってハサミで切るんだっけ?」
 
「メスで木を切るみたいにして切るのかと思ったら、剪刀ってハサミみたいな器具でチョキンと切り落としましたね。余計な物が無くなってすっきりしましたよ。前田さんも、スッキリさせません?」
 
「いや、僕はいい。無くなると困る」
と言って、彼は思わずお股を押さえていた。
 

「だったら、手術してからまだ2〜3ヶ月?傷は痛まない?」
とも訊かれる。
 
「平気です。私は元気です」
「あれ10時間くらい掛かる大手術なんでしょ?」
 
そこまで時間はかかからないと思うが。
 
「私の場合、既に睾丸は取ってたから短時間で済んだんですよ」
「そうだったんだ?でも無理しないようにね」
 
事務所には詳しい状況を説明して、休み無しで稼働して問題ないことを了解してもらっているものの、随分いろんな人から心配してもらい、いいんだか良くないんだか分からない気もした。身体に負担がかかるのではと思われてレギュラー番組をひとつ失いそうになったのも、何とか元気さをアピールしてそのまま継続させてもらった。
 
性転換したことへの反感のようなものはほぼ無く、業界内でも、ファンの間でも「おめでとう」とか「よかったね」といった声が多く、中には「その内、鈴鹿ちゃんと同時結婚して同時出産を目指そう」なんて声まであって、美里は楽しい気分になった。
 
鈴鹿はどうも“完全な女”になったみたいだから、それあり得るかもね。双子って、わりと色々なものが連動するし、と思った。
 
しかし最初の生理の時の鈴鹿の慌てようときたら、と思うと笑いがこみあげてきた。
 

星良が性転換した日は10/7か10/8か判然としないのだが、渚はおそらく1ヶ月以内に生理が来るよと言っていたので、星良はそれを期待してナプキンを5種類!も買って、スタンバイしていた。すると最初の生理は10/22に来たので、しっかり処理した。昼用・夜用・多い夜用など何種類ものナプキンをあれこれつけて楽しんだ(生理自体は結構辛いのだが)。渚と話すと「22日に来たのなら性転換したのは8日かもね」と言われた。
 
「渚さんももう生理きたんですか?」
「私はどうも生理が来る前に妊娠しちゃったみたい」
「わぁ。おめでとうございます!っておめでとうでいいんですよね?」
「もちろん。これで結婚できるし」
 
その渚とも話し合ったのだが、星良は未成年なので、多くの当事者がするように、いったん親の戸籍から分籍した上で性別を変更するという手順が踏めない。それで、11月上旬の平日(休日はバイトがある)、学校が終わった後で新幹線で福岡に戻り、実家を訪れて、自分の性別が変わったことで両親に相談した。
 
両親は驚いたものの、
「お前は元々女の子だったし」
と言って、受け入れてくれたので、親の戸籍に入ったまま、性別訂正をすることにした。兄たちからも
「お前は小学生の内に性転換しておくべぎった」
などと言われた。
 

両親が弁護士も頼んでくれたので、あらためて病院で完全に女であるという診断書を書いてもらい、親も一筆書いた申立書とともに家庭裁判所に提出。12月には性別の訂正をすることができた。これで星良は三男から長女になった。
 
名前も変更できるということではあったが、“あきら”は女性でも時々ある名前だから問題ないと本人がいうので変更しない(*2)ことにした。
 
(*2)物凄く微妙な話なのだが、半陰陽のケースでは性別は“変更”ではなく“訂正”される。しかし半陰陽であったとしても、名前は“訂正”てはなく“変更”しなければならない。
 
それは性別に関しては出生届の時に性別を誤って届けていたためと判断されるのだが、名前については親が男児であると思って男名前を付けたのであれば、名前に関しては“届け出の誤り”があったとは認められないので、訂正ではなく変更によらなければならないのである。
 
ただし、例えば出生直後に男児と思って男名前で届けたものの、生後数日中に染色体検査などにより実は女児だったと判明したようなケースでは、性別・名前ともに“訂正”が認められる場合もある(半陰陽ではないが、鈴子の子供の弓生のケースはこれに近い)。
 
一般に出生後ある程度の期間が経ってしまうと、その名前で生きて来た実績があるため、単純な訂正は認められず、変更の手続きが必要である。
 

戸籍の性別が訂正された時点で、父は勤務先に届けて性別が女に訂正された保険証を発行してもらい星良に郵送した。また良に掛けている生命保険は向こうで性別を訂正しておくと言っていた(掛け金は変わらないらしかった)。
 
星良は訂正された戸籍謄本を提示して、まずは運転免許証の性別変更をおこなった。性別変更届けはふつうに免許センターの受付に何枚も用紙が置かれていたのでびっくりした。同時に下の名前も変更できるようになっていた。
 
旧性別 男
新性別 女
旧名前 良
新名前 同上
 
ということで戸籍謄本を添えて申請したら、書類を確認しただけですぐ手続きは終わった。性別は元々免許証の表面には記載されていないので、内部のICのデータと警察のデータベースだけ書き換えたようであった。
 
大学の学生課でもちゃんと性別変更届け(氏名変更届と共用)の用紙があったので、それに記載して提出した。過去に20人ほど性別を変更した人がいると学生課の人は言っていたが、未成年では初めてと言われた。住所変更などは学内ネットでもできるのだが、性別変更はさすがにネットにはそういう機能が無かったので、学生課で処理してもらった(結婚などによる苗字変更も窓口対応らしい)。
 
しかしこれで星良は来春からは健康診断も女子学生として受けられることになった。
 
そういうわけで2020年1月中には、星良は全ての書類を女に訂正することができた。むろんバイト先では最初から女ということになっているし、様々な会員登録も女で登録しているので、変更しなければならない所はそう多くは無かった。
 
銀行口座も大学に入ってからこちらの銀行に口座を作る時、性別女にして、運転免許証を提示したらそのまま作れたので、今回修正の必要は無かった。運転免許証には性別の記載が無いのが、便利な所だった。
 

マリナは先日も名前の変更であちこち手続きをしたばかりだったのだが、また同様の手続きをするハメになった。まずは運転免許証の書き換えに行き、パスポートも再度更新の手続きをする。結局11月に取ったパスポートは1度使っただけで、また新しいものに切り替わることになった。
 
保険会社からは「毎月の保険料が少し高くなりますが」と言われたが、それを了承したら、すぐ変更してもらえた。過去に支払った保険料の男女差額については、支払う必要はないと言われたが、このあたりは保険会社によっても違うかも知れない気がした。
 
(一般に死亡保険は男性の方が保険料は高く、医療保険は女性の方が保険料は高いところが多い。同額の所もある)
 
国民健康保険・マイナンバーカードもあらためて変更の手続きをしたが、結局11月に受けとったマイナンバーカードは1度もどこにも提示しないまま新しいものに切り替わった。
 
「短期間に2度こういう手続きするって、本当に面倒」
とマリナは思ったのだが、近い内に3度目の手続きをするハメになることをマリナはまだ認識していない。
 
クレカや銀行口座は放置でもいいかなと思ったのだが、水崎学名義のままになっている口座はこの際、全部マリナ名義に変更することにし、各銀行に書類を送って手続きをした。たいてい郵送で済んだが、2行だけ店頭に行くことになった。
 

マリナは徳島でのできごとを思い出していた。
 
あの時、温泉で醍醐春海さんを見て“霊的な力”が暴走していることにはわりとすぐ気がついた。ただ、どういう作用があるかまでは深く考えなかった。
 
お風呂の中で彼女と10分くらい話していたが、あの時、ケイナ・マリナ・醍醐さんと並んでいた。これは女湯に戸惑っているケイナを女性からできるだけ遠くするために自分が醍醐さんの近くになるようにしたからである。
 
それで入浴中にマリナは1回醍醐さんと身体が“接触”していた。
(醍醐さんの向こう側の湯船に入ってきた女性に譲るようにして、彼女がこちらに寄ったため)
 
そして別れ際に、ケイナもマリナも醍醐さんと握手をした。
 
つまり、ケイナは1回、マリナは2回、彼女と接触していたのである。
 
ホテルに戻ってシャワーを浴びようとしたら、自分の身体が男になっていたのでびっくりした。とりあえずシャワーする前にトイレしようと思い、久しぶりに立っておしっこしようと思ったのだが、便器の前に立ったら違和感を感じた。それで結局マリナは座っておしっこをした。
 

しかし男性器のある状態でおしっこしていると、何か余計なものを経由しておしっこが出ている気がした。女の身体ならもっとストレートに出ていたのに。
 
マリナは34年間生きて来て、特に女の子になりたいと思ったことは無かった。ずっと女装で生活していても、あくまでそれはただのパフォーマンスのつもりだった。ところが10日前の定山渓温泉で、突然女の身体に変わってしまった後、その後の10日間でマリナは“女の身体”に味をしめてしまった。
 
これいいじゃん!ずっとこのままでもいいな。
 
などと思っていた。
 
でも男に戻ったんだから、自分はやはり男として生きていかなきゃ。
 
と考えながらバスルームに移動して湯船の中でシャワーを浴び始める。ここしばらく女の身体になっていたけど、私男だし。
 
それで最初に久しぶりに見た、ちんちんの皮を剥いて洗っていたら、これ、なんか邪魔だなと思った。これが無いほうがスッキリしてて、いい気がした。割れ目ちゃんの中を洗うの悪くなかったな、などと思うし、洗っていた時の感触が脳内で蘇る。でもああいう体験はもうできない。
 
そんな微妙な気持ちでシャワーを浴びていたら、その洗っていたちんちんが少し小さくなった気がした。性的な興奮が落ち着いて小さくなるのではなく、それ以上に小さくなる。まるで寒い冬に縮こまってしまうような感じのサイズになる。まだ秋なのに?
 
そしてあまりにも小さくなって、皮を剥けなくなってしまった。あれ〜?と思っていたら、ちんちんは更に小さくなり、まるで小指の先くらいのサイズまで縮んでしまった。
 
なんか変だ、とここに至って、やっとマリナは“異変”に気づく。
 
ちんちんはどんどん小さくなり、皮膚の中に埋もれてしまった。そして埋もれたあとの穴が少しずつ縦に広がっていく。
 

これまるで女の子の割れ目ちゃんみたいと思ったが、睾丸も体内に入り込み、陰嚢も縮んでそれが中央に凹みができて、ちんちんが埋没してできた割れ目とつながってしまった。
 
その時マリナは自分の胸が膨らみかけているのに気づいた。定山渓に行くまでは平らだった胸が、定山渓で突然女の子みたいに豊かなバストができていた。しかしさっきこのバスルームに来た時は男のように平らになっていた。
 
それが再び膨らみ始めたのである。乳輪もいったん小さくなっていたのが大きくなり始めている、
 
お股の方は、割れ目の内部が、最初は単なる凹みだったのが、奥の方に穴ができてどんどん深くなっていく様子だ。体内に吸収された睾丸は体内で移動しているのを感じる。下腹部に手を当ててその移動を感じ取っていたら、やがて、どうも通常卵巣のある位置まで移動したようである。
 
そしてマリナは体内に女性ホルモンが分泌され始めたのを感じた。
 
マリナは自分が再び女になったことを認識した。
 
自分の身体がほんの10分ほどで男から女に変わるのを目撃する人なんて、きっとそうそう居ないだろう、とマリナは思った。むしろよく自分が冷静でいられると自分に感心した。
 

そして考えていて、性別の変化はおそらく、定山渓での丸山アイとの接触、そして今日の醍醐春海との接触によって起きたのではと想像した(後に大宮万葉と会話していて、そのことを確信した。大宮は特に明言はしなかったが)。
 
そしてあらためて考えてみると、自分は浴槽の中で1度醍醐と接触していて、あがり際に握手したから、2回接触している。だからいったん男に変わって、また女に変わったのではと思った。
 
しかしケイナは1度握手しただけである。だからたぶんケイナは男に戻っているだろうと思った。
 
それでマリナはお風呂を出てケイナと交替した。お風呂に入ったケイナは男に戻っていることに気づき歓声をあげて裸のまま出て来て、わざわざ自分の男性器をマリナに見せた。
 
「お前も男に戻った?」
「うん。まあ」
 
確かに自分も男に戻ったもんね。でも再度女になっちゃったけど。
 
「良かったなぁ。男に戻れなかったら死にたい気分だったよ」
と言って、ケイナはわざわざマリナの目の前でオナニーして射精した後でまたバスルームに戻っていった。
 
よほど嬉しかったんだろうなと思った。
 

さて自分はどうするかなと考えたが眠いので取り敢えず寝た。
 
そして翌朝起きて、トイレに行き、昨日の夕方までと同様に女子の方式でおしっこをしていて「このままでもいいかな」という気になった。多分、丸山アイか醍醐春海の所に行けば、再度性転換して男に戻してもらえる気はした。でも女の身体も悪くない気もした。
 
それでマリナは女の身体のままでいることにしたのであった。
 
正確にはその後、数日迷っていたのだが、母が勝手に自分の名前を「学」から「マリナ」に改名してしまったので、名前が女になったら、身体も女でいいような気がした。
 
一方ケイナは徳島の朝、立っておしっこをして「立ち小便できる喜び」をマリナに熱く語っていた。
 
ただふたりとも声は女の声のままだった。それはやはり醍醐さんは暴走状態で無意識に霊的な力を行使しているから、性転換が不完全だったのかもという気もした。
 
 
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【春暁】(2)