【春暁】(1)

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水崎マリナは窓口で料金を支払ってから、病院内のコメダ珈琲に入ると、店内て飲むウィンナーコーヒーと、テイクアウトするサンドイッチを頼んだ。空いているテーブルの所に座り、クリームたっぶりだが、砂糖は入れてないコーヒーを飲みながら、もらった2通の診断書の内、1通を開封してしまった。2ヶ所に提出すると称して2枚発行してもらい、その内の1通を自分で見ようという魂胆だった。
 
マリナは診断書に目を通してふっと溜息をついた。そして封筒に戻すと、2通とも、今テイクアウト用に買ったサンドイッチの入った紙袋の中に放り込んだ。
 

2019年11月14日、(本家の)ケイとマリはこの所、熊谷市の郷愁村に籠もってアルバム『十二月(じゅうにつき)』の制作をしていたのだが、BH音楽賞の授賞式を兼ねたスペシャル番組に出演するため、大阪に向かった。
 
それが終わってから大阪で1泊し、翌日の午前中いったん東京恵比寿の自宅マンションに戻ってみると、雨宮先生、ローズクォーツのタカ、それにローザ+リリンのケイナ・マリナが来ていた。お留守番の大町ライトによれば、昨日、雨宮先生が連れてきて、一晩飲み明かしたということだった。どうも無料で飲める居酒屋くらいに思っているなあとケイは思った。しかし、この場でローズクォーツが5年前に出した『Rose Quarts Plays Sex Change』のリブート版が制作される話がまとまってしまった。
 
ところで、来訪していた人たちの中で、雨宮先生とローザ+リリンはハワイから戻って来たところということで、ローザ+リリンは現地で結婚式を挙げたというのでケイは驚いた。彼女たちの仲が進行しているらしいというのは夏頃から噂に流れていたのだが、とうとう結婚に踏み切ったということで、ケイは驚いたものの彼女たちを祝福し、御祝儀を渡した。雨宮先生とタカも、ケイからお金を借りて御祝儀を渡していた。
 
しかし、XANFUSの音羽と光帆も結婚式をあげることを計画しているようだし、最近は同性婚もみんな堂々とやるようになってきたなとケイは思う。もっともローザ+リリンの場合、男同士の結婚なのか、女同士の結婚なのか判然としない感じもある。友人では、淳と和実のケースは、元々2人が(戸籍上)男同士の時に知り合い、和実が性転換して(法的にも)女になった所で結婚し、その後、淳も性転換して女になったので、最終的には女同士の夫婦になってしまった。彼女たちは、結婚維持のため、淳の法的な性別は変更しない。
 
ローザ+リリンの場合、2人の内、マリナは8月に性転換手術を受けたという話も聞いていたので(本人は曖昧な言い方をしているが明確に否定もしない)、ひょっとしたら実は単純な男女型の結婚なのかもという気もした。その日、ケイは実際にケイナ・マリナと話していて、マリナが自分を女として意識しているのを感じた。マリも、マリナちゃんは凄く女の子っぽいと以前から言っていたので、ケイナは単なる女装者だが、マリナは実は元々女の子になりたかったのかもという気もした。
 
しかしマリナが実際に性転換したのであれば、法的な性別も変更してケイナとちゃんと法的にも婚姻すればいいのにとケイは思った。
 

(2019年の)9月頃、ケイは秋風コスモスと話した。
 
「今年のロックギャルコンテストで優勝した、月乃岬ちゃんだけど、芸名はもう決めたんだっけ?」
 
「“東雲(しののめ)はるこ”というのを考えています。そして実は3位だった落合茜ちゃんとのデュオで売り出そうかと思って」
 
「へー!デュオというのはこの事務所では初めて・・・かな?」
「初めてですね。今までは全員ソロでした」
と言ってから、コスモスは説明した。
 
「実を言うと、彼女は音楽的な才能が物凄く高かったので優勝させたんですが、ここ数ヶ月あの子を見てて、どうも精神的に弱いなと思って」
 
「ああ、それは少し感じたことはある」
 
「このままデビューさせると、明智ヒバリみたいに、プレッシャーに耐えられずに破綻する危険もあるなと思って。これに対して茜ちゃんは、凄くしっかりした子で、元々親友でもあるし、一緒にやらせたら、お互いに支え合ってやっていけるんじゃないかと思ったんですよ」
 
「うん。それはいいかも知れないね。実は私もちょっと、コスモスちゃんのお姉さんを一瞬イメージした」
 
「姉はステージ度胸が無かったんですよね。何度もステージ上であがってしまって足が震えて立っていられなくなり、座り込んでしまうというのをやっちゃったから、なかなかデビューの話に到達できなかった」
 
「確かにメロディちゃんは、初めて見た時に、すごく儚げな印象はあった」
「美人なのはいいんですけどね〜。姉はよく、立てば芍薬・座れば牡丹・歩く姿は百合の花と言われたんです。妹の私は、立てば韮崎観音・座れば鎌倉大仏、歩く姿は大魔神と言われて」
 
「なんかありがたい存在じゃん!」
 
(韮崎観音が出てくるのは多分コスモスの出身地に近いからだろう。彼女は山梨県の生まれ)
 

「ところで“しののめ”ってどういう意味だったっけ?東の雲と書いて“しののめ”と読むのは知っているけど」
 
「よくマンガとかに出てくる学校の名前にありますよね。東雲高校とか」
「ありがちありがち」
 
「私も姉からの受け売りなんですが、朝の時間帯を古い時代には、あかつき(暁)・しののめ(東雲)・あけぼの(曙)・あさぼらけ、と分けたらしいです」
 
「へー」
 
「あかつき(暁)はまだ明るくなる前、別のことばで言えば“未明”ですね」
「ああ」
「しののめ(東雲)が、明るくなり始めてからで、完全に朝になると、あけぼの(曙)。朝ぼらけは日は昇ったものの、まだ高度が低い時間帯らしいです」
 
「日本語はなんか美しいね!」
とケイは言った。
 
「それで今はまだ未完成だけど、少しずつ大物に育って行って欲しいということで、東雲というのを考えたんですよ」
 
「なるほどー。“はる”も夏に向かって行く季節ということね」
「はい、そうです」
 

「茜ちゃんの方はどうするの?」
 
「彼女は、岬ちゃんを引っ張っていくポジションだろうと思って、しののめのひとつ先の“あけぼの”ということで」
 
「男の子みたいな名前だね」
 
「ええ。それはさすがに可哀想なので、女の子に性転換して、“あけみ”ということにしました」
 
「それは名前だね。苗字は?」
「町田ということで」
「どこからそんな名前が?」
 
「彼女のボーイフレンドが町田市生まれなんですよ」
「ボーイフレンドとか居ていいの?」
 
「若い子だから交際禁止しても守るわけないから、妊娠だけはしないように確実に避妊しろと、山下ルンバに言わせました。さすがに私が言う訳にはいかないので」
 
「中学生なのにセックスしてるの〜〜?]
「今どき珍しくないでしょ」
とコスモスは言った。
 
しかしあの子がしっかりしているのは、既に“大人”だからなのかも知れないとケイは思った。逆に黙認することで、彼女の精神力が高まると策士のコスモスは読んだのだろう。
 
「避妊具もルンバから渡してあげることにしました。買っている所を誰かに見られて投稿されると困るので」
 
その彼氏は中学の元同級生で、この春に、病気治療のために東京の学校に転校してきていたらしい。つまり茜は東京に出てくることで、いったん離れ離れになっていた彼氏と簡単に会えるようになった訳だ。茜が研修生になることに積極的であった理由が分かった、ともケイは思った。
 
しかしボーイフレンドの出身地とか、芸名に使っていいのか??
 

「あけぼの(曙)とあかつき(暁)の違いですか?北に行くか、西に行くかの違いですね」
と白鳥リズムは言った。列車マニアの彼女らしい返事である。
 
「“あけぼの”は、上野から福島・山形・秋田経由で青森まで走っていた特急です。この列車が、秋田−青森間では、金沢発・秋田行きの急行しらゆきの一部の車両を併結して青森まで行っていたんですよ。だから金沢から青森に行きたい人は、秋田行きのしらゆきに乗っておけば、秋田終着なのに、終点の秋田駅で降りずに待っていると、ちゃんと青森まで連れていってもらえたんです」
 
「そうか。リズムちゃんの“白鳥”の由来になった列車だ!」
 
この“急行しらゆき”が後に“特急白鳥”になったので、“雪が鳥に変身した”と言われたのである。
 
「そうなんですよね。一方の“あかつき”は東京−大阪間の夜行急行の名前だったんですが、その列車が廃止された後、今度は京都−長崎・佐世保間を結ぶ寝台特急としてその名前が使用されました。どっちみち西に行く列車ですね」
 
とリズムは説明した。
 
「花ちゃん(山下ルンバ)のお母さんが、若い頃に佐賀から東京に出てくる時、いつも夜行のあかつきで新大阪に出て、朝の新幹線に乗り継いでいたらしいですよ」
 
「寝台列車もいいよね」
 

11月20日(木)、ケイは小浜に行き、建築中(実際には工事はほぼ終わって検査待ちになっていた)の小浜ミューズシアターの下見に行き、播磨工務店の青池さん、ミューズセンターの太原さんから説明を聞いた。
 
帰りには偶然和実と遭遇して東京まで一緒だったのだが、先日会った時は、彼女のお店クレールのそばに巨大ショッピングセンターができるらしいというので悩んでいたが、今回はだいぶ明るくなっていたので安心した。
 
「あそこがダメなら仙台市街地に支店を作っちゃえばいい」
などと積極的なことも言っていた。その彼女は言った。
 
「あけぼのとあかつきの違い?男か女かの違いだね」
 
「ほほぉ」
 
「曙といえば、やはりお相撲さんの曙。男の名前」
「ふむふむ」
 
「あかつきといえば、仏檀に備える、銅製の水を入れる器のこと」
「あれ、あかつきと言うんだっけ?」
「漢字ではこう書く」
と言って、和実は書いて見せた。
 
“閼伽坏”
 
「へー!アクアの坏か!」
 
「そうそう。あの器はどう見ても♀でしょ?」
「まあ確かに」
 
「アクアも女の子だという疑惑が濃厚だけどね」
「あはは」
 

東京駅で和実と別れて、さて郷愁村に戻るかと思っていたら、政子から電話がある。
 
「もうびっくりしたぁ。死んだかと思った」
「何があったのさ」
 
政子の言葉は、しばしば主題が無くて、さっぱり意味が分からない。
 
「うちのお隣の家が爆発したのよ」
「はぁ?」
 
「私寝てたのに、戦闘機で爆撃でもされたかと思った」
「ガス爆発か何か?」
「どうもそうみたい」
「そちらに行く」
 
それでケイは電車で、政子の実家まで行ってみた。
 

お隣の家が完全に崩壊していた。政子の家の建物は爆発した家から双方の庭をはさんでおり、10mくらい離れていたし、境界(のこちら側)には槇の木が5本並んでいたので、こちらの家屋には被害は無かったらしい。ただ、槇の木は5本の内3本が完全に折れ、残りの木も多数の枝が折れていた。また、ガレージの屋根に向こうの家の破片が何個か突き刺さっていた。どうも槇の木がクッションになってくれたようである。
 
「槇の木さん、ありがとうって言ったの。折れた木は建てる離れの建材に使えないかなと思ったんだけど、木は伐採した後、半年くらい乾燥させてからでないと建材に使えないんだって」
 
「うん。生きている木は大量の水分を含んでいるから、乾燥させずに使ったら建てた後で曲がっちゃうんだよ。半年というのも人工乾燥の場合だね。自然乾燥なら10年くらい置く必要がある」
 
「そんなに掛かるんだ!あと、このガレージは崩す予定だったし」
「確かに」
 

実は政子が、来春に結婚する予定の大林亮平君と一緒に住むのに、ここに離れを建てるつもりで、このガレージは実は来週にも取り壊す予定だったのである。
 
なお、この実家は、現在政子のお母さんがひとりで住んでいる。政子のお父さんは仙台でデパートの店長さんをしているのだが、単身赴任である。政子は、普段は恵比寿のケイのマンションに住んでいるのだが、ケイが小浜に行ってくるので、その間、(食事の心配をしなくて済む)実家に戻っていて、偶然この爆発事故を身近に体験することになった。
 
なお、政子の実家はそういう訳で実質被害は庭木だけだったのだが、反対側の隣の家、真向かいの家・裏隣の家では、窓ガラスが割れ、室内にあるものも落下して壊れたりして結構な被害が出たらしい。特に真向かいの家は玄関のドアがひしゃげていて、爆発の威力をまざまざと見せつけていた。政子の家も庭木が無かったら家屋に被害が出て、政子も怪我したりしていたかも知れない。
 
爆発した家の人も含めて近所の人たちがみんな外出中だったため、この爆発で誰も怪我人が無かったというのが奇跡的である。結局爆発箇所から最も近くに居たのが政子だったようである。
 

西湖は古典の授業を受けていた。
 
「春はあけぼの。やうやう白くなり行く山ぎは、すこしあかりて、紫だちたる雲のほそくたなびきたる」
 
「夏は夜。月のころはさらなり。闇もなほ螢のおほく飛びちがひたる。またただ一つ二つなど、ほのかにうち光りて行くもをかし。雨など降るもをかし」
 
 
「秋は夕暮、夕日のさして山の端いと近うなりたるに、烏の寝どころへ行くとて、三つ四つ、二つ三つなど飛びいそぐさへあはれなり。まいて雁などのつらねたるが、いとちひさく見ゆるは、いとをかし。日入りはてて、風の音、蟲の音など、はたいふべきにあらず」
 
「冬はつとめて。雪の降りたるは、いふべきにもあらず。霜のいと白きも、またさらでも、いと寒きに、火など急ぎおこして、炭もてわたるも、いとつきづきし。晝になりて、ぬるくゆるびもていけば、火桶の火も、白き灰がちになりて、わろし」
 
(旺文社・対訳古典シリーズ「枕草子」より。但し一部の句読点を変更)
 

「取り敢えず、最初の所、現代語に訳してみろ、野仲」
 
「はい」
と言って、典絵は立ち上がった。
 
「春は曙(あけぼの)の頃が素敵だ。だんだん白くなっていく山際(やまぎわ)が少し赤味を帯びて、紫色っぽくなった雲が細くたなびいてる所は美しい」
 
「“山ぎは”の所、ちゃんと解釈できたな。時々この“は”を助詞と思って、“山ぎが白くなっていくのは”と訳しちゃう人がいるけど、ここは“山の際”なんだよな。“山ぎ”では意味不明だ」
 
ボクも助詞と思った!と西湖は思った。
 
「紫立ちたる、という意味は分かるか?」
 
「はい。私、テニス部でよく朝練に出るんですけど、朝焼けが終わって空が青くなっていく、その微妙な時間、ほんの数分だけ、朝焼けの赤と昼間の空の色の青が混じって空が紫色になる時間帯があるんです。その状態だと思います」
 
「そうそう。これは早起きしている人だけが見ることのできる風景なんだよな。みんな持っている古語辞典の47ページを開けるように」
 
それで西湖も古語辞典(ベネッセ全訳古語辞典改訂版)の47ページを開ける。
 
「そこに1日の時間帯がまとめてある。最も早い時間帯が“あかつき”で、これはだいたい午前3時から5時頃。まだ夜明け前だな。夜明け近くなったところが、“かはたれどき”“あけぼの”“しののめ”とそこには書いてあるが、実際には空が白くなってきたものの、まだ太陽が昇ってない時間帯が“しののめ”で、太陽がもう顔を出すという時間帯から上がってすぐの頃が“あけぼの”、そしてどんどん明るくなっていく時間帯が“あさぼらけ”だな。その時点でまだ月が残っていたら“有明”の月になる」
 
と先生は説明した。
 

その時先生は青島瀬梨香が寝ていることに気づいた。それで指名する。
 
「青島」
「は、はい」
と言って、瀬梨香は慌てて起きる。
 
「百人一首で“あけぼの”が入っている歌は?」
 
「え、えっと・・・」
と瀬梨香は悩んだ末にこう言った。
 
「有明のつれなく見えし別れより曙ばかり憂きものはなし」
 
文佳や優美が頭を抱えている。あ、何か違ったのかな?と西湖は思った。
 
「その歌、良く覚えていたな。しかしそこは曙(あけぼの)ではなく暁(あかつき)だ」
 
「あれ〜〜〜?」
 
「青島は古語辞典の47ページをよく見ておくように。菊池は分かるか?」
 
「百人一首には“曙”を詠んだ歌は無かったと思います」
と由美奈は答える。
 
「それが正解。では百人一首でなくてもいいから、曙を詠んだ歌、何か知ってる?」
 
「藤原俊成の歌。又や見む、交野(かたの)の御野の桜狩り、花の雪散る春の曙」
と由美奈。
 
教室のあちこちから「あぁ」という声があがる。この歌を知っている人が結構いたようである。西湖は聞いたこともないが!
 
「百人一首で“朝ぼらけ”の出てくる歌を全部言える人?」
 
ここで紀子が手を挙げるので先生が「立花」と指名する。西湖はびっくりした。だいたい成績の“悪さ”では、西湖・紀子・伊代あたりがビリを競っているのに。
 
「朝ぼらけ。有明の月と見るまでに、吉野の里に降れる白雪、
朝ぼらけ、宇治の川霧たえだえに、現れわたる瀬々の網代木、
明けぬれば暮るるものとは知りながら、なほ恨めしき朝ぼらけかな」
 
教室から「すごーい!」という声が多数あがる。
 
先生も褒めた。
 
「よく覚えてたな。特に最後の藤原道信の歌は忘れがちだ」
と言っている。
 
「今度出るお正月のスペシャル番組で百人一首やるので、今頑張って覚えている最中です」
 
「おお、それは頑張れ」
と先生も応援してあげた。
 
「そっかー。お正月番組かぁ。またたくさん出ないといけないなあ」
と西湖は思った。
 

ローザ+リリンは、また年末年始のスペシャル番組で“アイドルを連れて初詣”という番組に出演した。
 
出演するのは月村山斗さんがプロデュースしている集団アイドル FireFly20, WaterFly20, TerraFly20, ColdFly20, WindFly20 (以上デビュー順)の各々ピックアップメンバーの15-16人ずつである。引率するのは、この5人であった。
 
FireFly20 原野妃登美
WaterFly20 近藤うさぎ
TerraFly20 魚みちる
ColdFly20 ケイナ
WindFly20 マリナ
 
人選は30代の女性歌手で、そこそこに名前が通っている人、ということのようだった。
 
原野妃登美は2004年デビューの32歳、昨年の上島騒動で引退した(させられた)ものの、今年、事実上の自主制作で現役復帰した。過去の知名度もあり、そこそこ売れているようである。昔の固定ファンがまたCDを買ってくれているようだし、かえって『昔よりいい』という意見も多い。FMでは割と取り上げられる人だ。実はデビュー前のマリが彼女のバックダンサーをしていた時期がある。このことはあまり知られていないが、ローズ+リリーの研究者!?であるケイナとマリナは知っている。(マリは湘南トリコロールのバックダンサーもしたことがある)
 
近藤うさぎ・魚みちるは元マリンシスタで、2004年頃デビュー(本人たちもよく覚えていないらしい)の37歳と38歳。ふたりともマリンシスタをやめた後で、様々なバラエティに出ていたが、しばしばこの2人はペア扱いされていた。実際元々仲も良かったらしい。一時期忘れられかけていたものの、2014年夏にローズ+リリーのライブ(苗場ロックフェス)に出場したのを機に再び認知度が上昇。“うさぎょ”のユニット名で、マリ&ケイから提供された曲を歌ったCD『小さな花』は7-8万枚も売るヒットとなり、歌手としての認識も高まった。
 
最近はアメリカのフォークソングやフォスター作曲の歌・ディズニー系の歌などをメインにしたライブツアーをしていて、年間100本以上のコンサートをしている。しばしば中学・高校などに招かれてのミニライブもしており、実は10代に知名度が高い。
 
近藤うさぎは元男性で性転換手術をして女性になったことを公表している。それでケイナもマリモも気が楽だった。(ケイナは多分性転換していないはずだが)
 
実はこの2人と原野妃登美は、XANFUSを抱える@@エンタテーメントの所属である。
 
ローザ+リリンは2008年デビューで、ケイナが36歳、マリナが34歳である。(マリナが早生まれなので2人は学年は1つ違い)
 
今回は最も歴史の長いFireFly20を、“元・有名歌手”の原野妃登美に任せ、年齢の高いメンバーが多く癖の強いColdFly20をバラエティセンスがあるケイナ、最も新しいグループで若い子の多いWindFly20を“優しいお姉さん”のイメージがあるマリナに任せたとプロデューサーは2人に説明した。
 

各々の行き先は下記である。2020年の干支“子年”を意識している。
 
FireFly20+原野妃登美 甲斐國一宮浅間神社
WaterFly20+近藤うさぎ 大豊神社
TerraFly20+魚みちる 子之神社
ColdFly20+ケイナ 慈恩寺
WindFly20+マリナ 出雲大社
 
甲斐國一宮浅間神社(山梨県笛吹市)は、富士山の神・木花開耶姫(このはなさくやひめ)を祭る山梨県側の神社で、静岡県側の富士山本宮浅間大社(富士宮市)と対になる神社だが、境内に十二支の石像があることでも知られており、メンバーにこの石像を見せるのが目的であった。
 
大豊神社(京都市)は少彦名命(すくなひこなのみこと)を祀る神社だが、境内に少彦名命の相棒である大国主命(おおくにぬしのみこと)を祀る大国社があり、ここに狛犬ならぬ“狛ねずみ”がいるのである。狛ねずみのいる神社は、他にも大阪市の敷津松之宮、横浜市の戸部杉山神社などもあるが、そばにある哲学の道の風景を映したいということで、ここが選ばれた。
 
子之神社という神社は実は神奈川県内に多数あるのだが、今回の取材ではその中の横須賀市汐入町の神社を訪れている。
 

今回唯一のお寺となった慈恩寺 (寒河江市)には、十二神将の像(国指定重文)がある。十二神将の名前は、宮毘羅大将・伐折羅大将などのようになっているところ(新薬師寺など)と、子神将・丑神将などのようになっているところがあり、慈恩寺のは、子・丑方式であるために、今回の訪問先に選ばれた。
 
低予算番組なので東京から貸し切りバスでの往復となった。若い子たちは元気だが、ケイナは正直辛かった。でもユンケルを飲んで頑張った!
 
ケイナは、ColdFly20のメンバーは、みんな他の集団アイドルやバックダンサーなどの経験者ばかりと聞いていたので、うまい子が多くて、自分が食われるかもと思って出て行ったのだが、あまりにも“使えない子”ばかりで参った!どうもあちこちをリストラされたメンバーばかりということのようだ。
 
何とかなったのがリーダーで元§§ミュージック研修生の米本愛心、サブリーダーで元FireFly20の田倉友利恵、最近加入したらしい中学生の花咲鈴美という子、くらいで、他の子は何もしゃべってくれないし、何か声を掛けても全く受け応えができないので、放置することにした!それでケイナはこの3人とだけもっぱらおしゃべりしていた。
 

後から聞いたのでは、ColdFly20の音源は、最近まで米本愛心と田倉友利恵の2人だけで作っており、コーラスはスタジオミュージシャンの女性3〜4人に歌わせていたらしい(つまり他の子たちはコーラスもできないほど下手)。
 
他の子はひたすらダンスの練習をさせていると聞いた。初期の頃はダンスのできるメンバーもほとんどいなかったので、愛心の後方に直立不動で並んでいたらしいが、ダンスのできる子を6人加入させて、他の子には彼女たちのマネをしろと指示して、今は何とかなっているらしい。最近、花咲鈴美(誰か知らないがお母さんも元歌手らしく歌がとても上手いしトークセンスもある)が加入したので、米本たちの負荷がかなり減ったという話だった。
 
この3人の給料が月80万円(年1000万円)、ダンサーの6人は月30万円だが、残りのメンバーは給料ゼロ!で逆にレッスン代を毎月2万円徴収しているらしい。でもテレビに出られるだけで満足でギャラ無しでもいいという子たちが残存しているとも聞いた。きっと前の所属グループで華やかな生活を送ったので“夢をもう一度”という気持ちで残っているのだろう。
 
なお今回の旅にはダンサー6人は、新曲のフォーメーションを組み立てるのに居残りしたいということで、同行していない(ギャラ節約ではという気もした)。
 

そういう訳でケイナは苦労したのだが、途中の石段で転びそっになった子がいて「大丈夫?」と訊いたら「何とか生きてます」と答えたので、それを機に彼女を会話に引き込むことに成功する。
 
「君は、栗原リアだったっけ?」
「はい、そうです!覚えていてくださって光栄です」
「そりゃ覚えてるけどさ」
とケイナは言う、引率する子の名前が分からなかったらまずいので、昨日、必死で名前と写真を並べて見比べ、全員の名前を写真を見ただけで言えるようにしておいたのである。
 
「だけどリアって変わった名前だね。うっかりマリアかと思った」
「よく言われます。マ抜けのリアです」
「ああ、マが抜けた顔してるよ」
 
これで向こうも調子が出たようで、かなり会話に参加してくれるようになり、後半は5人での会話になった。
 
そしてこれがこの子のブレイクのきっかけとなり、10年後の大女優・栗原リアを生み出すことになるとは、さすがのケイナにも予想できなかった。
 

一方、マリナはいちばん若い子たちで構成されている(ギャラも安い)WindFly20のメンバーを連れて今回の旅では最も遠い、出雲大社(島根県)まで出かけて行った。実は遠くまで行くので、一番ギャラの安い子たちを動員したようだ。
 
ねずみは大国主命(おおくにぬしのみこと:だいこく様)のお使いなので、その大国主命を祭る神社の総本社である、ここ出雲大社までいくのである。
 
低予算番組なので、マリナと中核メンバーの数人(佐藤小百合・坂出モナ・鈴木ひかり等)だけがサンライズ出雲(東京22:00-9:58出雲市)での移動で、他のメンバーは高速バス(東京駅19:10-7:21出雲市駅)で来ており、移動だけで体力を消耗していた。
 
しかし出雲大社近くの食堂で出雲ぜんざいを食べ、ついでに朝御飯に“わっぱ飯”も食べたら、高速バスで移動してきたメンバーも、ご機嫌になり、このシーンでは多数のメンバーから、いい感じの反応を引き出すことができ、マリナは随分ホッとした。
 
それを機会に、ふだん目立たないメンバーからも明るい言葉が出てくるので、とても楽しい旅行になった。出雲大社の沿道にある多数のモニュメントでも各々が様々な役になりきって、楽しい映像を撮ることができた。今回の番組では、この出雲大社組の映像がいちばん良かったとも評された。
 

拝殿の所では、注意書きも出ているがマリナはみんなに
「ここは他の神社と違って、二拝四拍一拝だから」
と注意した。
 
「何だっけ?」
 
「普通の神社では、二拝二拍一拝だけど、ここは2回お辞儀した後、4回拍手(はくしゅ)して、最後にまた1回お辞儀する」
 
「私、お賽銭入れたら、パンパンと2回手を打ってから目を瞑ってお願い事唱えていた」
 
「本当はその前後にお辞儀が入るんだよね」
「そうだったのか」
 
「あれ拍手(はくしゅ)っていうんですか?柏手(かしわで)と思ってた」
 
「それは“拍手”(はくしゅ)を誰かが読み間違って“かしわで”と言ったのが広まってしまったもので、正しくは拍手(はくしゅ)だよ」
 
「そうだったのか」
 
実は今回の番組で正しく「はくしゅ」と言ったのは、マリナ組だけだった!これも放送時に結構な反響があった。
 
プロデューサーはマリナ組の映像を先頭に置くつもりで企画していたのだが、メンバーの表情も良かったし、元々精神世界のことに知識があるマリナの解説が充実していたのでこの映像を5つの映像の中で最後に置くことにし。事務所側の許可も取って放送時間も14分取った(他の4組は12分間)。事務所側も最も若くて知名度の低いグループだからそのプロモーションと考えたようである。
 

「ここ、縁結びの神様だから、みんないい彼氏ができますようにとお祈りしておくといいよ」
とマリナは言った。
 
「でも彼氏できたら辞めないといけないしなあ」
と小百合が言っている。
 
「最近は赤ちゃん産んだ後もママドルとかいって現役復帰する人もいるよ」
「松田聖子さんみたいになれたらいいですよね」
とモナが言っていた。
 
あれ?この子、彼氏いるのかな?とマリナは感じたが、むろん何も触れなかった。
 
マリナは(モナを含む)何人か“精神的に疲れてるな”と思ったメンバーに声を掛けると、休憩中に、本殿裏手の素鵞社(そがのやしろ)に連れていった。お参りした上で、中にある岩に触らせる。
 
「あ、なんか気持ちいい」
とモナが言った。
 
「癒されていく感じ」
と岸下クリム。
 

そのままマリナも含めて全員5分くらい岩肌に振れていたが、涙を流している子もあった。
 
「ここは特に女の子に効くんただよ」
「へー」
 
「じゃこの中に女装してるけど男の子が混じってたら、その子にはあまり効かない?」
「どうだろうね?いつも女装していて女の子アイドルのメンバーになっているほどの子なら、心が女の子だろうから、ちゃんと効くかもね」
 
「そうか。心が大事なのか」
 
「肉体的に女でも心が男の子だと逆に効かないかもね」
「それはちょっと心当たりがある」
「うん。誰とは言わないけど」
 
「ここまた来よう」
などとモナは言っていた。
 

だいたい取材が終わった所で帰ることにする。800kmも旅してきたのに、恐ろしいことに0泊である。
 
それで寝台特急組(出雲市18:51→7:08東京)と高速バス組(出雲市19:10-7:01東京駅)に別れることになる。その前に食堂に入り、一緒にみんなで宍道湖七珍の料理を食べながらわいわいやって、それも撮影していたら、そこに一般客が入ってくる。
 
普通のお店で貸し切りにもせずに撮影しているので、一般客が入ってくるのは問題無いのだが、入ってきたのが、フェイ・ヒロシ・丸山アイ・城崎綾香・鹿島信子、それに他に知らない顔の女性3人であったことから、歓声があがった。カメラマンがカメラを回す。ADが飛んで行って「撮影してもいい?」と言って許可を取る。彼女たちはお友達8人で山陰に蟹を食べに来て、出雲大社にも寄ったらしい。
 
撮影は快諾してもらえたので、WindFly20のメンバーが、(主として)ヒロシの周囲に群がる所が映像に残ることになる。彼は(フェイと)結婚したとはいえ、若い女子たちには充分人気である。自分の夫に女の子たちが群がっていても、フェイは特に嫉妬している様子もない。やはり“愛情”が理解できない性格というのは本当のようだとマリナは思った。
 

食堂を出て、出雲市駅に行くことにするが、この時、丸山アイが
「マリナちゃん、ちょっと」
と呼ぶので、ADさんに声を掛けてから、アイと一緒に離れたテーブルの所に座った。
 
「これ、君、忘れ物してたから確保しておいた」
とコメダ珈琲店の紙袋を渡す。
 
「わ、ありがとうございます!どこに忘れたんだろうと思ってた」
「東京地方裁判所立川支部の玄関のそばの棚」
「わっ」
「声を掛けたんだけど気づかなかったみたいで」
「すみませーん」
 
「中に入っていた書類、たぶん出すんだろうと思ったから出しといたから」
「え〜〜〜〜!?」
 
紙袋の中を確認すると、コメダ珈琲のサンドイッチ、開封された診断書だけが残っており、未開封の診断書と予め大阪の友人に教えてもらって書いておいた申立書、戸籍謄本は入っていない。
 
「出したかったんでしょ?」
「それは出そうかと思っていたんですが・・・・」
 
実は裁判所までは行ったものの、恐くなって帰ってしまったのである。
 
「出したら、私が当事者かと思われてさ」
「あら」
「色々訊かれたから適当に答えておいたから」
「え〜〜!?」
「あれ受け答えする内容、だいたい決まっているし」
「まあそうかも知れませんけど」
 

この人に「勝手なことして」と怒っても仕方ないと思った。この人には善悪とか常識とか倫理とか、していいこと・してはいけないこと、といった感覚が存在しない。自分が好きか嫌いかだけで行動するタイプである。きっと、親切のつもりだったのだろう。
 
「まあいいかな」
とマリナは言った。自分ひとりではいつまでも出せなかったかも知れない。出してもらってよかったのかも知れない。
 
「多分、結果は1ヶ月程度で出せると言っていたから、きっと年明けにも通知があると思うよ。恐らく、その間にマリナちゃんの生まれて以降の戸籍を全部確認するんだよ」
 
「面接とか・・・なかったんでしたっけ?」
「提出時に色々お話ししたから、それでもうOKということだった。最近申請する人が多いから、どんどん処理したいんじゃない?」
「あはは」
 
マリナは「ありがとうございました」と言って席を立った、彼が握手を求めたが
 
「すみません。もう一度家庭裁判所に行くはめにはなりたくないので」
と言って謝絶したら、彼は笑っていた。
 
「こないだみたいにバリヤを張ってガードできるんだから、平気だろうに」
 
「私の素人霊鎧が“虚空”さんの本気パワーに対抗できる訳がありません」
 
こないだの山中温泉でケイナを守った時は、向こうも本気ではなく戯れのような感じだった。だから簡単なガードで何とかなった。
 
「あはは、その名前を知っているって凄いじゃん。またね」
と言ってアイは手を振って笑顔で去って行った。
 
ところでこのサンドイッチ、もしかして半月前のもの??
 
(さすがにこのサンドイッチは捨てようと思ったのだが、モナが「私、胃が丈夫なのが取り柄なんです。コメダのサンドイッチ好きです」と言って食べちゃった!その後で特にお腹を壊した様子もなく、凄い子がいるもんだとマリナは思った。このエピソードも放送されだが「モナは人間ではなくアンドロイドなので人間の皆さんはマネしないで下さい」というテロップが入った!)
 

青葉は、10月26-27日に短水路日本選手権に参加した後、27日の夕方、外出してマリナ・ケイナと会い。ケイナの(夢魔の跡の)除霊をしてあげた。マリナはあらためて謝礼を払おうとしたが「一昨日頂いたので充分ですよ」と言って、受けとらなかった。
 
その後、28日にはバスで他の代表候補長距離組と一緒に長野県の標高1750mにある「GMOアスリーツパーク湯の丸屋内プール」で合宿をした。その後、青葉が津幡に作った“私設プール”に他の女子代表候補(ジャネ・竹下リル・金堂多江・永井蒔恵・南野里美)を招き、自主的な合宿の続きをした。
 
11月下旬、青葉は日本水連から呼ばれて東京に出て来た。実は青葉の来年4月以降の所属先が不明確なので、もし行き先が無いなら、どこか斡旋するけどという話であった。金堂さんが仙台教場に所属し、南野さんも4月から東京教場に所属することになっているSTスイミングクラブが青葉に興味を持っているという話も聞いた。ここは全国に30以上の教場を持っており、北陸には無いものの、金堂や南野とぶつからないように、愛知か京都あたりに所属してもらってもいいという話だった。
 
青葉は3月いっぱいで大学卒業とともに水泳はやめるつもりだったので、曖昧な答えに終始したが、向こうが本当に心配してるようなので、幡山(ジャネ)さんからも地元のスイミングクラブに勧誘されているので、もしかしたらそちらにお世話になるかもと言って、やっと解放してもらえた。
 

取り敢えず大宮に行き、彪志の所に泊まって翌日高岡に帰ろうと思っていたら冬子から連絡があり「東京に出て来ているなら音源制作に協力して」と言われる。
 
「私忙しいんですけど」とは言ったものの、結局東京発の新幹線を大宮では降りずに熊谷まで行き、旅館・昭和(郷愁村で若葉が経営している旅館)の特別送迎車(マイバッハS650カブリオレ! 全世界で300台限定の特別仕様車。普段はここで結婚式を挙げるカップルや1泊50万円のインペリアルスイートの宿泊客用)で迎えに来てもらう。貧乏性(貧乏症?)の青葉は、物凄く落ち着かなかったが、こんな車で迎えてもらったら、少しは協力しないといけないかなという気になった。
 
それでローズ+リリーの制作中のアルバムの中の曲『紅葉の道』に龍笛を入れた。龍笛はローズ+リリー特製の“ドレミ調律”の龍笛(花梨製)を1本プレゼントされた。この春から、冬子さんと千里姉が共同で開発していたものらしい。制作にあたっては、その2人の他に、今田七美花・秋乃風花・鈴木真知子・町田朱美といった人たちも関わっているらしい。
 
「煤竹製のをプレゼントしたいけど、制作に時間がかかるんだよ」
「いえ、私はいつも花梨製を吹いているので、この方が気楽です。でもそのままドレミが出るって凄いですね」
 
このドレミ龍笛は10月に完成したばかりで、先月制作した『うぐいす』の制作でも使用したということだった。そちらでドレミ龍笛を吹いたのは千里姉だが、冬子さんは「2番か3番かはよく分からない」と言った。一応、2番さん用と3番さん用に1本ずつプレゼントしたらしい。「1番さんに吹かせたら、多分スタジオが爆発するから」などと冬子さんは言っていた。
 

「そういえば、政子さん、ガス爆発は大変でしたね」
と青葉はお見舞いを言った。
 
「あれ、ほんとにびっくりしたよ。F-22で爆撃されたかと思った」
などと政子は言っている。
 
「でも政子さんのご実家は被害無かったんでしょう?」
「そうそう。うちは庭木が3本折れただけ。でも向いの家とか反対側の隣の家は、あれ以来、雨漏りがするようになってさ」
「ありゃあ」
 
「江戸時代に作られた掛け軸が雨漏りで塗れて、修復に数百万円かかるって」
「ヒェー!」
 
「結局、3軒とも家を建て直すことにしたらしい」
「だったら補償額が凄まじいのでは?」
「3軒合わせて3億6000万円。それとうちにも、庭木が折れた分の補償+お詫び賃で500万円、合計3億6500万円、補償するということで話がまとまったみたい。掛け軸の修復代は別途」
 
「凄い金額だ」
「さすがにそれだけ補償すると自分の所まで再建できないし、ここに引き続き住むのも申し訳無いということで、あの土地を売るという話だったから、私が買ったんだよ。現金で1億8千万円渡したから「助かります」と言って、取り敢えず、補償しないといけない3軒にまずは6000万ずつ払ったみたい」
 
「まあポンと現金で2億払える人は少ないですからね」
と言いつつ、青葉は自分もこないだ7億円の土地を現金で買っちゃったなと思った。
 
「その家のおじちゃんには、小さい頃、縁日とか連れていってもらったこともあったし、こういう時は助け合いだよね」
「いいと思いますよ」
 
「それでさ、明日でいいから、土地の浄霊とかしてくれない。ガス爆発が起きた土地をそのまま使うのは、問題がありそうな気がしてさ」
 
「何かあるかも知れませんね。行きますよ」
と青葉は答えた。
 

それで夜通しの音源制作が終わった後、明け方少し仮眠してから、妃美貴さんの運転するリーフ(政子の車)で、政子の実家に行ってみた。
 
青葉は現地を見てから腕を組んだ。これは・・・手に負えない。よくこんな所に人間が住んでいられたものだ。
 
『姫様?』
『千里を呼ぶというのに1票』
『ですね』
 
姫様の力でなら浄化できると思ったのだが、やはりわざわざ自分の手を煩わせるのは好きではないようだ。それに人間界のことは人間で何とかしろというのが、姫様のポリシーでもある。
 
それで青葉は、政子の家に入ると、千里1を呼び出した。1番に頼んだのは、2も3もちょうど試合に掛かっていたのと、元々土地関係の処理は1番が最も得意だからである。
 

1番さんは来てくれはしたものの土地を見ると腕を組んで
「ここに住む気?」
と政子に訊いた。
 
「取り敢えず駐車場にしようと思っているんだけど」
と政子。
 
政子には細かい説明ができないので、政子のお母さんが代わって説明してくれた。
 
元々自宅のガレージを潰して、そこに離れを建てるつもりだった。それで車は近くの月極駐車場に駐めるつもりだった。ガレージを崩そうと言っていた時に、隣のガス爆発があった。それで、離れは予定通りガレージ跡に建て、政子が購入した隣の土地には簡易車庫を建てて、車を置こうかと思っていると。
 
「まあ車を置くくらいならいいか。人が住めるようにするには、2〜3年かかる」
と千里1は言った。
 
「よほど凄いんだ!」
と政子も驚いている。
 
「少しずつ浄化されていくようになる仕掛けを作っておくよ。車を駐めるのは最短でも3月以降にして。浄化が間に合わない」
 
3ヶ月でそこまで浄化するつもりか。凄いなと青葉は思った。
 
「分かった!4月くらいから置くことにするよ」
と政子。
 
「それがいいね。ガレージ作る時は、コンクリートの床の厚さを最低50cm以上に」
「お母さん、覚えておいて」
と政子は自分の母に言った。政子が覚えてる訳が無い。
 
「了解です」
と政子のお母さんも言った。
 

それで千里1は知人(?)を呼んで何かを持ってこさせ、それを使って何か仕掛けを作ったようであったが、青葉には良くは分からなかった。どうも四隅に何かを埋めたようだが、他にも何か色々していた。また、折れた槇の木の代わりの木は知り合いの植木業者さん?に電話して持って来させ、すぐに植えてしまった。その新しい槇の木はどうやって育てたのか、神聖な空気を漂わせていた。折れた3本の木については
 
「私が持っている製材所で乾燥させていい?」
というので政子もOKした。千里は栃木県内に製材所を持っているらしい。
 
「急いで乾燥させるから、春以降にここにガレージ建てる時に建材に使うといいよ。そしたら車を守ってくれる」
 
「ああ、それは理想的」
と政子も同意した。
 
「これ幾ら払えばいい?」
と政子は訊いた。
 
「たぶん実費で1000万円かかったよね?」
と青葉は姉に訊いた。
 
「まあ仕掛けの材料費が1200万円かな。あれを作れる所は日本には2ヶ所しかなくて」
と言って、青葉をチラっと見たので、“2ヶ所”の内のひとつは、高野山の瞬醒さんか!と察した。でも「私には使い方分からないよぉ」と青葉は思う。
 
「だったら2000万円払うよ!」
 
と政子は言い、お母さんにスマホを操作してもらって、千里姉の口座に2000万円振り込んだ。すると、千里姉は福島県の神社の名前が入った額面2000万円の受領書を政子に渡した。
 
「税務処理の時は寄付金として処理できるはず」
「お母さん、これ会計士さんに渡して」
 
と政子はその受領書をお母さんに渡した。確かに本人が持っておくと危ない。しかし神社に払ったのが2000万円ということは、千里姉の取り分は無し?
 
と思ったら、お母さんがそのことに気づいて言った。
 
「政子、千里さんと青葉さんに、プラス500万円くらいずつ払いなさいよ」
「うん、そうする」
 
それでまたお母さんにスマホを操作してもらい、500万円ずつ、千里姉の口座と青葉の口座に振り込んでくれた。私何もしてないけど!と青葉は思った。
 

それで高岡に帰ろうと思っていたら、秋風コスモスから連絡がある。千里姉もいるなら、ぜひ一緒にと言うが、政子は「私も付いて行っていい?」と訊く。それでコスモスの了承(嫌そうだったが)を取り、結局3人で一緒に信濃町の§§ミュージックの事務所に出て行った。
 
「実は、先日はケイさんからも意見を聞いたのですが」
と言って、来春にデビューさせる予定の、東雲はるこ・町田朱美のペアの名前を決めたいということだった。
 
「2人組で出すんですか!」
と青葉は初耳だったので驚いたが、千里姉は
 
「ああ、それはいいですね。はるこちゃんは歌もダンスも上手いけど、精神的に弱い面があるから、親友の朱美ちゃんと一緒なら大丈夫」
と賛意を示した。
 
「町田朱美ちゃんって、元男の子で性転換手術して女の子になったんだったっけ?」
などと政子が訊く。
 
「朱美ちゃんは生まれながらの女の子だよ」
と千里姉は答える。
 
「あれ〜?はるこちゃんの方だっけ?」
「彼女も天然女子ですけど。ちゃんと生理もありますし」
とコスモス。
 
「あれれ?誰と混同したんだろう?」
「アクアでは?」
などとコスモスは言っている。
 
「アクア、いつ性転換手術したの?」
 
「性転換手術を受ける場合、3ヶ月くらい休ませないといけないので、本人に意向を再確認したのですが、手術を受ける気はないと言うので、代わりにドイツに行って写真集を撮ってきたんですよ」
とコスモスは言った。
 
「写真集撮ったの?見せて見せて」
「まだ編集中なんですけどね」
 
と言ってコスモスがデータの入っているDVDを政子に渡すと、政子は事務所のパソコンを借りて、それを閲覧して「可愛い!」とか「もうこのまま女の子に改造したい」とか言いながら見ている。
 

それで、コスモス、千里姉(千里1)、青葉の3人で話し合った。
 
「東雲はるこ・町田朱美って、名前は、朝の時間帯を表す、しののめ・あけぼのから採ったんだったよね」
と千里姉は言った。
 
「そうなんですよね」
「だったら、その時間帯のことを詠んだ、枕草子の一節」
と言って、千里姉はその部分を暗誦した。
 
「春はあけぼの。やうやう白くなりゆく山際、少し明かりて紫だちたる雲の細くたなびきたる」
 
「この紫だちたる雲、という風景が素敵だと思うんだよ。だから何か紫色を連想するような名前をつけたらどうだろう」
 
「ああ、それはいいですね」
とコスモスも感心したように言う。
 
するとアクアの写真を熱心に見ていた政子が
「紫式部とか?」
などというので、
 
「ライバルの名前はやめましょうよ」
とコスモスは言った。
 
「それもそうか。だったらアメジストとか、タンザナイトとか、アイオライトとか」
と政子はなおもアクアの写真を見ながら鉱物の名前をあげる。
 
「花の名前もいいですよね。ラベンダーとかあやめとか、すみれとか」
と青葉は植物系の候補をあげる。
 
が、ここで千里姉はひとこと言った。
 
「ラピスラズリ」
 
「ああ!」
 
「ラベンダーもアメジストも悪くないけど、2人組だから、合成語っぽい名前がいいと思う。それにラベンダーは、元モー娘。の田中れいなちゃんが作ったLoVendoЯ(ラベンダー)もあるし」
と千里姉は説明した。
 
すると明らかに危ない妄想をしながらアクアの写真を見ている政子も
 
「ラピスラズリも悪くないね」
と言ったので、彼女たちのユニット名は“ラピスラズリ”と決まった。
 

ケイナとマリナは年末を前にして、ここの所、あまりにも多忙で、なかなか自宅にも戻れなかったのだが、少しだけ時間が取れたので、どちらかが郵便物のチェックで自宅まで往復してくることにする。じゃんけんしたらマリナが負けたので、マリナはUTPの桜川悠子が運転する車で西東京市の自宅マンションまで連れていってもらった。
 
電車に乗ると寝過ごしそうだし、自分で車を運転すると事故りそうだし、タクシーではあまりにも高いしと悩んでいたら、UTP副社長の大宮さんが悠子に
「彼女を運んであげて。女性を運ぶから女性がいいでしょう」
などと言ってくれた。
 
自分はこの事務所では女性扱いなんだなとマリナは思った。
 
(ギャラはUTP→ザマーミロ鉄板→水崎学名義の口座と振り込まれるので、マリナの新しい本名はどちらの事務所にも開示していない)
 
「そういえば悠子さん、離婚なさったということで、大変でしたね」
と道すがらマリナは彼女に言った。
 
「いや、離婚してホッとしました」
「そうなんですか?」
 
「結婚するまでは優しい人だったんですよ。でも結婚してみたら、お酒を飲むと乱暴する癖があって」
 
「ああ・・・」
 
「赤ちゃん産むまでは我慢してたけど、赤ちゃん産んでからは、子供にも暴力振るうから、もう生後1ヶ月で逃げ出すように別居して。その後、母に頼んで弁護士つけてもらって交渉して、養育費3万円で妥結して離婚したんです」
 
「ああ。お母さんが支援してくれたんですね。でも3万円じゃ足りないでしょう?」
「離婚交渉をこれ以上長引かせたくなかったから」
「ほんとに大変でしたね!」
 
「私は仕事に生きる女です。頑張ります」
「いや、ほんとにそれは頑張って下さい」
とマリナは彼女に同情した。
 

それで悠子がマンション近くのコンビニに車を駐めて待っている間にマリナはマンションに行き、郵便物をチェックした。水道料金の督促状が来ているのでゲッと思う。ここは家賃(約7万)をマリナの口座から、水道・ガス・電気・NHK・NTT・プロバイダ料金(以前は合計5万程あったが今年はあまり家に居ないので、毎月2万程度)はケイナ(火野慶太)名義の口座からの引き落としにしている。
 
「あいつ、たくさんギャラもらっているはずなのに、なんで残高不足になるんだよ?」
と文句を言う。停められては困るので、振込票を持って出て、コンビニで払おうと思った。
 
ふと1通の手紙に気づく。
 
家庭裁判所からである。
 
マリナは自分が来て良かったと思った。まだこれはケイナには知られたくない。
 
開封する。
 
大きく息をつく。
 
ああ。とうとう虹を越えちゃった、とマリナは思った。
 
 
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【春暁】(1)