【春宵】(4)

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2019年11月。ハワイに“新婚旅行”に行った、ケイナとマリナは、ホノルル市内で行われた“結婚式”の翌日、午前中の便で帰国した。
 
HNL 11/13 10:15 (HA5394 767) 11/14 14:30 NRT (9'15)
 
HAはハワイアン航空である(実際にはJALのコードシェア便)
 
成田で入国手続きをして、スカイライナーに乗ろうと駅に向かっていたら
「君たち、おめでとう」
と声を掛ける人がいる。振り返ると、雨宮三森である!
 
「おはようございます。昨日はたいへんお世話になりました」
と2人は挨拶する(日付変更線を越えているから本当は一昨日)。
 
「もう帰ってきたのね。ハワイで1年くらいゆっくりしてくれば良かったのに」
「1年も居たら、首になります」
「あんたたちも大変ね。ハネムーンベイビーは製造できた?」
「それ無理です。私たち2人とも男だし」
とケイナが言うと
「あら、私、男の娘をはらませて2人も子供産ませたわよ」
などと雨宮は言う。
 
「男の娘をはらませるって、雨宮先生、女性なのにどうやってはらませるんですか?」
とケイナが尋ねると、雨宮は言った。
 
「何言ってるの?私は男よ」
「ご冗談を」
「私が男にみえない?」
 
「女性に見えます!」
と先生の性別を知っていたマリナも言う。
 
「あんたたち、目が悪いんじゃない?眼科に行った方がいいわよ」
と雨宮先生。
 
「しかし先生がもし男性であったとしても、男の娘は妊娠できないと思いますが」
「そんなの気合いよ。マリナちゃんも気合いで妊娠して、ケイナの赤ちゃんを産んであげるといいね」
 
「そうですねぇ。まあセックスしたら妊娠するかもしれませんが」
とマリナは言ったが
 
「すみません。私はゲイではないので、男同士のセックスはできません」
とケイナ。
 
「あら、ふたりとも性転換手術受けて女性になったのに、ケイナちゃんはマリナちゃんを奥さんにするために、わざわざ、また、ちんちんを付ける手術したんでしょ?そのちんちんでセックスすればいいじゃん」
 
「なんか物凄く誤解されている気が」
とケイナは言ったが、マリナはドキッとした顔をしていた。
 

「そうだ。あんたたち、ちょっと付き合いなさい」
「はい」
 
雨宮先生は上島先生の権威が墜ちてしまった今、この芸能界で最も力を持っている作曲家のひとりでもある。その先生に「付き合いなさい」と言われたら、芸能界では下っ端(内野音子によれば“中の下”)のローザ+リリンとしては付いて行かざるを得ない。実は事務所から戻って来たら話があると言われていたものの、そちらにはメールを入れて、雨宮先生に付き合うことにした。
 
それで付いていくと、銀座の高そうなお店に入るが、雨宮先生はここはおごってくれた。ここで夕食を食べる、ついでにお酒(ドンペリを2本も開けた)も飲むが、ケイナは先生に相伴したものの、マリナは「妊娠していたら赤ちゃんに良くないから」と言ってお酒は遠慮させてもらった。
 
「そうそう。新婚妻はお酒は控えたほうが無難よね」
と先生も理解を示してくれて、しつこくは勧めなかった。
 
銀座のお店では、如何にして男の娘を孕ませるか、という講義を拝聴することになったが、正直、訳の分からない話ばかりだった!
 

お店で3時間くらい飲み食いして(伝票をチラ見したら、代金が50万円もしたのでマリナも驚いた。いくらドンペリ2本開けたとしても、全く恐ろしいお店だ)、
 
先生は
 
「河岸(かし)を替えよう」
と言い、タクシーに乗る。
 
「あれ?ここは」
「うん。ケイのマンションだね」
 
エントランスで呼び鈴を鳴らすかと思ったら、雨宮先生は“持っている鍵”をタッチして、エントランスを開け、エレベータで32階に上がる。そして“鍵”でドアを開けて中に入ってしまった。ケイナとマリナは顔を見合わせたが、先生に続いて中に入った。
 
入っていった時、エントランスの近くに三毛猫が居て、こちらを見て「ニャー」と鳴くと、トコトコと奥の方に走って行った。
 
「あの子がお留守番かな?」
とケイナ。
「ひとりで餌とか大丈夫なのかな?」
とマリナは心配する。
 
雨宮先生は
「ここの所、ケイもマリも郷愁村に籠もって『十二月(じゅうにつき)』の制作やってるから、ここは留守なのよ」
と言っている。
 
「それで鍵を預かっているんですか?」
「いんや。私はリダン♂♀(リダンリダンと読む)の信子から預かった」
「鹿島信子さんが、いつもここの鍵を持っているんですか?」
「いんや。信子は山森水絵ちゃんから預かったと言ってた」
「人間関係が分からない!」
 
「要するに、ケイさんたちの知らない所で、鍵が流通してるんですか?」
「まあ、ここはたまり場だからね。お酒も勝手に飲んでいいし」
と言って、先生が棚から勝手にレミー・マルタンを取り出していたら
 
「いらっしゃいませ、雨宮先生、ローザ+リリンさん」
と声がある。
 
雨宮先生がギョッとして、その高そうなレミー・マルタンの瓶を落としそうになったが、3人の中で唯一アルコールの入っていないマリナが何とかキャッチした。
 
「サンクス」
「いえいえ」
 
それで声のした方を見ると、女子高生くらいの女の子が立っている。
 
「私はお留守番の左倉アキです。すみません。つい眠ってしまっていたので、応対に出るのが遅れました」
 
「いや、鍵持っていたので勝手に入らせてもらったけど」
「はい、雨宮先生でしたら、いつでもどうぞ」
「よしよし」
 

アキがリビングのソファを勧めるので3人ともそちらに座る。アキは冷えた“キリン・アルカリイオンの水”と氷を持って来てくれたが、女子高生に酌をさせるわけにはいかないので、マリナが水割りを作って、先生とケイナに勧めた。
 
「ケイ先生・マリ先生は、ここのところ熊谷市の郷愁村にずっと籠もっておられたのですが、今日はBH音楽賞があるので大阪に行っておられるんですよ。明日のお昼くらいに一度こちらに戻られると思います」
 
「そうか。だったら、明日のお昼まで飲み明かそう」
「え〜〜!?」
と声をあげたのはケイナである。
 
「ところでアキちゃんは何歳?」
とマリナが尋ねた。
 
「19歳になりました」
 
「惜しい!今年が2022年なら、18歳成人でお酒が飲めるのに」
と雨宮先生が言うが、
「先生、2022年になっても、飲酒・喫煙は20歳以上です」
とマリナは注意する。
 
「そうだっけ?」
「飲酒・喫煙のほか、ギャンブル、あと大型免許とかも20歳以上ですね。性別変更は18歳からできるようになりますが」
 
「あれこれ面倒くさいね」
「混乱すると思いますよ」
 
「でもアキちゃんは寝ててね。酔っ払いさんたちのお世話は私がするから」
とマリナは言ったのだが、
 
「妊婦に無理はさせられない。お世話係を呼ぶ」
と言って、雨宮先生は誰かを呼び出していた。
 

やってきたのはローズクォーツのタカである。
 
「あんた、なんで男みたいな格好してるのよ?」
と雨宮先生は文句を言う。
 
「あれは番組の演出です。私は女装の趣味はありません」
「せっかく、あんたのために性転換手術の予約をしてあげたのに」
「それは先生が手術受けられてください」
 
しかしともかくも“代わり”が来たので、アキもマリナも奥の部屋で休ませてもらい(実際マリナは旅疲れで眠かった)、その夜は、雨宮先生・ケイナ・タカの3人で飲み明かしたのであった。
 
「この3人、全員外見は女に見えるのに、実は3人ともちんちん付いてるのが凄い」
などとケイナが言っていたが、タカは
「今日は女装してないけど」
と言っていた。
 

マリナが翌朝起きてリビングに出てくると3人ともダウンしていた。テーブルに、レミーマルタンの空き瓶、響30年の空き瓶、ジョニーウォーカーブルーラベルの空き瓶が転がっている。高いお酒を飲んでるなあと思う。マリもケイもお酒は飲まないが、ファンから送られてくるので、もっぱらここによく出入りしている、鮎川ゆま、音羽・光帆などが飲んでいるし、しばしば段ボール箱に詰めて持ち帰ったりしているとは聞いていたが。
 
アキちゃんが朝御飯を作るのでマリナも彼女を手伝った。タカは目を覚まして一緒に朝御飯を食べたが、ケイナと雨宮先生は酔い潰れているので放置した。
 
「でも響30年が凄く美味しいと思ったよ」
とタカは言っていた。
 
9時頃、日中のお留守番役をしている作詩家の大町ライトさんが来たので、アキちゃんは交替で帰宅した。大町さんは大宮万葉さんの親友らしい。
 
11時頃、ローズ+リリーの2人が帰宅する。
 
「おはようございます。お邪魔しております」
とマリナは挨拶したが、大町さんが
「雨宮先生に連れて来られたらしいんですよ」
と説明してくれた。
 
「ああ、いつものことだ」
とケイも半ば呆れているようである。
 

「だけどこうして見比べてみると、マリナちゃん、本当にマリさんに似てる」
と大町ライトさんが感心していた。
 
「ああ、マリナちゃんって凄く女性的な雰囲気持ってるから、特に似てるように感じるよね」
とケイも言っている。
 
「でも私、骨格が男なんですよね〜。だからビキニになると、見る人が見ると『男じゃん』と思われるみたい」
 
「それは仕方ないですよ。ケイちゃんみたいに、小学生の内に去勢して女性ホルモン摂っていた人みたいには、いかないもん」
と大町さんが言うので、マリは笑ってているが、ケイは困ったような顔をしている。ああ、ケイさんも色々勝手に思われている部分があるよなとマリナは思った。
 
「結局、マリナちゃん、性転換手術受けたんだっけ?ここだけの話」
とケイが尋ねる。
 
「少なくとも手術はしてないですね。『ミッドナイトはネルネル』で映された私の股間はCGで加工したものですよ」
 
「だとは思っていたけどね」
とケイが言ったところで、
 
「でもケイナとマリナは正式に結婚式を挙げたんだよ」
という声がある。
 
酔い潰れていた雨宮先生である。
 
「ほんとに?それはおめでとう!」
とケイが言った。
 

「一昨日、ハワイで結婚式を挙げたんだよ。私と蔵田孝治が立会人を務めた」
と雨宮先生。
 
(今日は11月15日で結婚式は12日なので本当は3日前。日付変更線を越えているので、雨宮も感覚がくるっている)。
 
「すごーい。ちゃん結婚したんだ?ふたりともウェディングドレス?」
とマリが尋ねる。
 
「困ったなあ。一応ふたりともドレスです」
とマリナは本当に困ったような顔をして答える。
 
「でもマリナちゃんがお嫁さんなんでしょう?」
「牧師さんの誓約の言葉では、私がwife, ケイナが husband と呼ばれました」
とマリナ。
 
「ハワイに新婚旅行に行って、旅先で挙式したのよ」
と雨宮先生。
 
「それは知らなかった。そうだ、お祝いあげるよ」
と言って、ケイは金庫を開けると。現金の入った祝儀袋(祝儀袋自体が、普通の御祝儀の分くらいの値段がしそうだ)をマリナに渡そうとする。
 
マリナは受けとらずに説明した。
 
「済みません。テレビ局の番組の撮影だったんですよ。私もケイナも結婚式やるなんて全然知らなくて、日本人カップルの結婚式があるから見学しませんかと言われて行ったら、私たちの結婚式だったんです」
 
「ああ、よくある話だ」
とタカ。
 
「でもそれで結婚したんでしょ?」
とマリ。
 
「結婚したことになっちゃったみたい」
とマリナ。
 
「だったら問題無いね」
と行ってケイが再度マリナに御祝儀を渡すので、マリナも受けとった。
 
「なんか凄い重いんですけど」
「芸能界ではこのくらいが普通だし」
 
「ああ。そういえば私も御祝儀渡してないや。ケイ、貸しといてよ」
と雨宮先生。
「いいですよ」
「ケイ、俺にも貸しといて。後で返すから」
とタカ。
「いいですよ」
 
と言って、ケイはまた金庫から祝儀袋2つと現金を出してきて、いったんタカと雨宮先生に渡す。そして2人が各々「星居隆明」「雨宮三森」と自筆して、マリナにその祝儀袋を渡した。
 
「こんなの受けとったら、ケイナが起きたら叱られそう」
とマリナは悩んでいる。
 
「今どき、女同士の結婚式なんて珍しくないよ。気にすることないって」
とケイ。
 
「私たち、結局女同士になるんですかね?」
とマリナは疑問を感じた。
 
「少なくとも男同士には見えない」
とマリ。
 
「ふたりとも10年以上、女として社会生活を送っているんだから、もう既に社会的には女性だと思う」
 
「そんなこと、先日、大宮万葉さんにも言われました」
 
「実はふたりとも性転換手術して、女の身体になっていたらしいけど、結婚するために、ケイナはわざわざまたちんちんを付ける手術したらしいよ」
と雨宮先生が言うので
 
「また変な噂を広めないで下さい」
とマリナは言ったが、
 
「大変だね」
とマリは信じている感じだ。
 
「でもこないだのローズクォーツのツアーの最中は、女子大生のミュージシャンたちと一緒に女湯に入っていたよね」
とタカがバラしてしまう。
 
「そうですね。あの時は、女湯にしか入れない状態だったから」
「やはり2人とも性転換してたんだ?」
「そのあたりはどう説明したらいいものか。あまりにも不思議なことが起きて」
とマリナは困っている。
 

雨宮先生は唐突に言った。
 
「そうだ。タカ、ローズクォーツで10年くらい前にリリースした『Rose Quarts Plays Sex Change』をこの子たちにも歌わせない?」
 
「10年前ってことはないです。あれは2014年だから、5年前ですよ」
とタカは答える。
 
(現在は2019年11月15日である)
 
「せっかくタカが性転換するものと思ってタカに歌わせたのに、一向に性転換しないんだもん。実際に性転換したばかりのこの子たちに歌わせたら、反響があると思うよ」
 
と雨宮先生は言う。
 
ケイナはまだ酔い潰れて寝ているが、マリナは嫌な顔をする。
 
「ついでにさ」
と雨宮先生は言った。
 
「当時、さすがにこの歌詞はまずいのではと氷川が言って歌詞を改変した所があったじゃん。あれをオリジナルに戻そうよ」
 
「賛成!あれ不満だったのよ」
とマリが言っている。
 
「それとタイトルも元に戻す」
「それも大賛成」
 
マリは大喜びしているが、ケイは頭を抱えている。マリナは後でケイナにどう説明しようかと悩んだ。
 

そういう訳で急遽『Rose Quarts Plays Sex Change −性転換しちゃいました』の制作が決定したのであった。曲目ラインナップは↓である。全曲、作詞作曲はマリ&ケイである。
 
『女子力向上委員会』
『ペティコート・パニッシュメント』
『お化粧しようね』
『去勢しちゃうぞ』(『After 1』収録時は『虚勢しちゃうぞ』)
『胸を膨らませる君』
『美少女製造計画』
『男子絶滅計画』
『女の子にしてあげる』
『邪魔な物は取っチャオ』(前作では『取っチャオ』)
『もうおちんちんは要らない』(前作では『もう要らない』)
『お股は軽やかに』(前作では『軽やかに』)
『ハサミでチョキン☆』(前作では『改造貯金計画』)
 
「だけど、完全に同じ曲のラインナップではゲイが無いわね。何か追加するような曲無いかしら?」
と雨宮先生が言うと
 
「ぜひこれを加えて」
とマリが言って、テーブルの中から1枚の紙を出してくる。
 
「『珠と鉾の歌』というの。アクアに歌わせようとしたら拒否されたのよ」
とマリは言っている。
 
「それ私たちもお断りしたはずですが」
とマリナは嫌な顔をして言う(2015年秋のことである)が、歌詞を見た雨宮先生は
「これ凄くいい。是非入れよう」
と言った。
 
ケイもマリナも頭を抱えた(ケイナはまだ寝ている)。
 
珠(たま)と鉾(ほこ)の歌(伏字解除版)
 
珍鉾、切って女になろう。
珍鉾、珍鉾、ばーいばい。
禁珠、取って男をやめよう。
禁珠、禁珠、いーらない。
乙杯、育てて女になろう。
乙杯、乙杯、ほーしい。
満幸、掘ってお嫁さんになろう。
満幸、満幸、作りたい。
 
雨宮先生は「他の言葉はまだいいけど」と言い「満幸」だけ『脇菜』に変えようと提案し、マリも了承した。更に「禁珠」も「玉珠」または「紅顔」の方がいいと言ったが、これは再度検討することになった。
 

なおこの歌詞を載せる曲は、ケイが制作を拒否したので、雨宮先生がマリナに「あんたが書きなさい」と言った。マリナは一週間がかりでラテンっぽい曲をつけた。それでこのアルバムの中でこの曲だけがマリ&ケイではなく、マリ&マリナとクレジットされた。
 
それで前代未聞の曲がメジャーレーベルから発売されることになったのである。発売後、全国のほとんどの中学・高校で校内放送禁止になった。テレビやラジオでも全局で放送禁止曲に指定された。
 
でもカラオケで物凄い数歌われて(かなり酔ってきた所で歌われる歌になった模様)、マリナは目をこすりたくなるような金額の印税収入を得ることになる(最初JASRACから通知があった時、2桁も桁を読み間違えた)。
 

「でも私、ケイナにどう説明すればいいのか」
とマリナが悩むように言うと
 
「寝ているのが悪いのよ。罰として、折角取り付けたちんちん、もう一度切ってもらって再度女になってもらおうか」
などと雨宮先生は言っている。
 
もしケイナが再度男性器を失ったら、今度こそ発狂するだろうなとマリナは思った。
 
「何なら匿名で歌う?」
とマリが言う。
 
「バレバレだと思いますが」
「例えば“無いさ+ありん”とか」
「どこから、そんな名前が?」
 
「だって、ケイナちゃんは、ちんちんがあって、マリナちゃんはちんちんが無いから、“無いさ+ありん”。最初“ありさ+無いん”というのも考えたけど“ありさ”という名前は実際にそういう名前の女の子が結構いるから悪いかなと思って」
とマリは説明する。
 
マリとケイの音源制作やライブなどで音響の管理をしている彼女たちの親友も有咲さんである。
 
「今年のローズクォーツのボーカルは私たちだから、ローザ+リリンのままでいいと思いますよ」
 
「うん、それでいい」
と雨宮先生も追認した。
 

雨宮先生は言った。
 
「だけど、女の格好して暮らしているメリットはドラッグストアとかで生理用品を買っても変に思われないことだよね。60歳くらいになって買ってたらさすがに変に思われるかもしれないけど」
 
「何を唐突に」
 
「あんたたちも生理用品買ってるでしょ?」
と雨宮先生はマリナやケイを見ながら訊く。
 
「私はナプキン使いますよ。実際生理あるから」
とケイ。
 
「私もナプキン普通に買ってますよ。生理の処理に必要だから」
とマリナ。
 
「あんたたち、実は本当の女なのでは?」
 
「さあ、どうでしょう」
とマリナは曖昧な言葉を言っておく。
 
「ケイナにも生理あるの?」
「事務所からは若い女に生理があるのは当然だから、50歳になるまでは毎月生理の処理をするように言われていますが、あの子適当だから、思い出したらナプキンつけてるみたいですね。だけど夏は蒸れるから、夏の間は生理止めてるみたいですが」
 
「私も夏の間は生理がこないことにしてる」
と雨宮先生が言うので
 
「なんか都合のいい身体ですね」
とタカが言っていた。
 
「あんたも生理用品買うでしょ?」
「私は買いませんよぉ。私は男だから生理無いし」
とタカ。
 
「やはり、本当に生理があるらしい、ケイやマリナは本物の女確定だな」
と雨宮先生は言っていた。
 
ケイは不思議そうな顔でマリナを見ていた。
 

なお、今年ローズクォーツは夏に『Brass Quarts』をリリースし、年明けくらいに『Rose Quarts Plays Pops』をリリースする予定だったが、これは3月くらいまで延期することになった。それでローザ+リリンのスケジュールもかなり詰まってきた。
 
『Rose Quarts Plays Pops』の収録候補曲:
 
The 5th Dimension "Aquarius" from the musical "Hair"
Starship "Sara" (セーラ)
Sylvie Vartan "La plus belle pour aller danser" from the movie " Cherchez l'idole" (アイドルを探せ)
Wilma Goich, "In un fiore" (「花のささやき」マインブロイのCM)
Michel Polnareff "Tout, tout pour ma cherie" (シェリーに口付け)
Mireille Mathieu "Corsica"
The Carpenters "Top of the world"
Olivia Newton-John "Xanadu"(ザナドゥ)
The Drifters "Save the Last Dance for Me"(ラストダンスは私と)
The Nolans "I'm In the Mood for Dancing"(邦題:ダンシング・シスター)
Arabesque "Parties In A Penthouse" (邦題:恋のペントハウス)
B. J. Thomas "Raindrops Keep Fallin' on My Head" (雨だれこぞうさん)from the movie "明日に向かって撃て(Butch Cassidy and the Sundance Kid)"
The Shocking Blue "Venus"
Gazebo "I Like Chopin"
Dolly Parton "9 to 5"
Elaine Paige "Memory" from the musical "CATS"
Barbra Streisand "Woman in Love"
The Supremes "Stop In The Name Of Love"
Leon Russell "This Masquerade"
t.A.T.u. "All the things she said"
Stevie Wonder "I just called to say I love you"
Taylor Swift "Love Story"
Avril Lavigne "Girlfriend"
Adele "Skyfall"
Carly Rae Jepsen "Good Time"
 

雨宮先生はその日の夕方には、★★レコードを訪れ、町添社長と直談判してこのアルバム『Rose Quarts Plays Sex Change "Reboot" 性転換しちゃいました』の発売を認めさせてしまった。氷川さんが頭を抱えていたが、町添社長だからこそ通った企画だろう。村上さんなら絶対に拒否していた。
 
「よくOK取れましたね」
とまだケイのマンションに居残りしていたタカが呆れたように言った。
 
「バーターでローズクォーツのベスト盤を出すことになったから」
「何です、それ?」
 
「ローズクォーツも随分長く活動してきているのに、まだベスト盤を出したことなかったからね。出してもいいのではないかと」
 
「それいつ録音するんです?」
 
マリナも困惑している。『Rose Quarts Plays Sex Change』の制作が割り込んだことで、スケジュールにはほとんど空きが無くなっている。
 
「ボーカルは歴代の代理ボーカルに歌わせる。ローズ+リリー、鈴鹿美里、覆面の魔女、Ozma Dream、ミルクチョコレート、アンミル、メグとノン、透明姉妹、ローザ+リリン。おっ、来年は10代目じゃん」
と雨宮先生。
 
「よく全部言えますね」
とマリナは感心して言ったが
 
「ローズ+リリーも代理ボーカルなんですか?」
とワーキングデスクで卒論を書いていた大町ライトが質問する。
 
「世間ではそう思っているよ」
と雨宮先生は言った。
 
「実際、ローズ+リリーがローズクォーツのボーカルを務めたのは、2010年の夏から2011年夏までですからね。その後は、ローズ+リリー自体の活動が再開されたから、ローズクォーツの方にはあまり参加しなくなっていますし」
とマリナまで言っている。
 
「そうそう。ローズ+リリーがローズクォーツのボーカルを務めたのは、2010年8月の『萌える想い』から2011年7月の『夢見るクリスタル』まで。ローズ+リリーはその直後の『夏の日の想い出』で復活して独自の活動を再開している。2012年以降は2人はローズクォーツの活動からは離れたからローズクォーツの番組にも出なくなったし、音源制作も全て別録りになったはず」
と雨宮先生。
 
「うーん。私の見解とは違うのだけど」
とケイは言っているが、タカの方は
 
「先生の御認識でよいと思います」
と言っている。
 

ここで、夜間のお留守番役の左倉アキが来たので、大町ライトは帰宅する。もっともアキにはケイが「ここは大丈夫」と言ったので、アキは奥の部屋で休んだようである。
 
「結局、既存音源で構成ですか?」
とタカは尋ねた。
 
「まあそういうことになるね。9組しか居ないから、ローザ+リリンの声で3曲くらい新規に録音して補充すればよい」
 
「まあ3曲くらいなら頑張りますよ」
とマリナも言った。
 
「だけど本当にローザ+リリンは頑張っているね。凄く精力的に活動しているみたい。ローズクォーツも今年は活動が普段の2〜3割増しになっているみたいだし、それに加えて、よくバラエティに出ているし。君たちが頑張っているから、私とマリも負けずに頑張らなきゃという気持ちになるよ」
 
とケイが言う。
 
「それは恐れ多いです」
とマリナが言ったが、
 
「下手すると、doces flocos と doces flores みたいな関係になっちゃったりしてね」
と雨宮先生。
 
「ああならないように頑張りますよ」
とケイ。
 
「なんでしたっけ?」
とタカは尋ねる。
 
「元々は doces flores という女の子2人のデュオがいたんだけど、それのそっくりさんで doces flocos という男の子のペアを別のプロダクションが売り出した」
 
「男の子なんですか?」
 
「そうそう。でもあまり男っぽくなると、そっくりさんとして売れなくなるからといわれて、速攻で去勢されちゃったけどね」
と雨宮先生が言うと、やっと起きてきていたケイナか「ひぇー」と言って、お股を押さえている。
 
「まあブラジルは過激ですね」
とケイ。
 
「ところが、このそっくりさんのdoces flocosの方が大きく売れてしまったんだよ」
「ああ」
 
「それで最近は両者はいつも組んでライブをする。あくまで、そっくりさんのdoces flocos が前座で、doces flores が真打ちという建前。でも演奏時間は、doces flocos が2時間歌ったあと、doces flores が15分歌うとか。ギャラもそっくりさんの doces flocos のほうが 本家の doces flores の10倍くらいもらう」
 
「完全に逆転してますね」
 
「それどころか、doces flores の2人は、doces flocos から、性的なサービスを求められたら応じなければならないという契約になっているらしい」
 
「日本なら無効な契約だな」
 
「もっとも doces flocrsの2人は12歳で去勢されちゃってるから、ちんちんは立たないし性欲も無くて、性的な要求をすることはないと言っていた」
 
「まあ玉が無ければ仕方無いね。普通の人は立たないし」
とタカが言うが
 
「あら。私は玉が無いけど、ちゃんと立つわよ」
と雨宮先生。これについてはケイが
 
「それは先生が非常識なだけです」
と言っていた。
 
「あの子たち、おっぱいも大きくしてるし、日常的に女性ホルモン飲んでるから、凄く女らしかったね。声変わり前に去勢しているし、外見上は女にしか見えない。性別を疑われたら、ステージ上で、ちんちん見せて男の証明をする」
とマリが言う。
 
「ちんちん見せるって、私たちがやってたのと同じか」
とケイナ。
 
「そのちんちん取って、本当の女の子になるつもりはないの?と訊いたけど、自分達は男だから、女にはなりたくないです、と言っていた」
「アイデンティティの問題ですね」
とマリナ。
 
「ローザ+リリンはもうアイデンティテイも女になっている気がする」
とマリが言うが
 
「私、男ですよぉ」
とケイナは反対する。
 
「マリナちゃんは女の子だよね?」
とマリは尋ねたが、マリナはそれには答えず
 
「まあ私たちもローズ+リリーを追い越して、ローズ+リリーを私たちの性奴隷にできるくらい頑張ろうよ」
と言った。
 
ケイも微笑んで
「うん。その勢いで頑張って。まあ私たちは追い越されないけどね」
と答えた。
 

マリナは『Rose Quarts Plays Sex Change』を制作する点でひとつだけ問題があると言った。それは先日のツアー以降、自分たちは男声が出なくなってしまったという問題である。
 
「女声で歌わせます?」
とタカが訊いたが
 
「それでは興ざめよね。ちょっと待って。そのあたりの調整ができる人を知ってる」
と言って、どこかに電話していた。
 
それで翌日!の11月16日から、都内のスタジオで始まった制作にやってきたのが丸山アイである。
 
「おはようございます。お世話になります」
と挨拶する。マリナは先日の大宮万葉との会話から、自分たちが女性に変わってしまったのは、この人の悪戯ではないかと想像していた。そのことはケイナには言っていない。
 
(なお、ケイナは短水路選手権が終わった後で、大宮万葉のところに連れていき、“夢魔の跡”は除霊してもらっている)
 
「男の声が出るようにしたいのね」
「はい」
 
「でもあなたたち、女の声で歌う方がいいのでは?」
「このアルバムは男声で出したいんですよ」
と言って、アルバムの内容を説明したら、丸山アイは大笑いしていた。
 
「これタカさんがOzma Dream と一緒に歌った版も買ったよ。もうちんちん切られる所を想像して興奮して、オナニーしまくりだった」
などと言っている。ちんちんあるのか!?
 
「それで自動性転換機とか作ったんだけど、ケイナちゃん要らない?」
「要りません!」
「誰かで実験してみたいのに。高校生時代のケイにも訊いたけど、あの子、既に性転換したから要らないと言ったし」
 
要するに実験台か?しかし時系列的に矛盾している気がするが。
 
「今回もあの時と同様に、ダウンロード販売のみで、18歳以上でないと買えません」
とタカが説明する。
 
「まあ中学生が聴くアルバムではないよね」
とアイも理解を示した。
 
「じゃあ、1ヶ月くらい男声も出るようにしてあげるから、その間に『Brass Quarts』の男声版も出しなよ」
とアイ。
 
「ああ、それは面白いかも」
と雨宮先生も言った。
 
「これはちょっとした気功なのよ」
と丸山アイはケイナとマリナの喉の所にしばらく手を当てていたが、すると2人とも男声が出るようになった。
 
「あのぉ、女声が出ない気がするんですが」
「出るはずよ。女声を出していた時の感覚を思い出して」
 
「あ、こうかな」
とマリナが女声を出してみた。
 
「そうそう、それ」
「声を通す場所が違う気がします」
「ちょっと待って」
とケイナも悩んでいたが
「こうかな?あ、出た」
ということで、ケイナもちゃんと女声を出すことができた。それでしばらく2人は両声類することになる。
 

コスモスが頑張って営業してくれたお陰で、ケイナとマリナは11月下旬から12月に掛けて、多数の番組(多くが年末年始の特別番組)に出演することになり、午前中スタジオに入ってボーカルの吹き込みをしたら、午後からはテレビ局に行って、番組の撮影をするなどというのをこなした。
 
毎年好例の芸能人クォリティ評価番組にも出してもらったが、他の出演者が★★★からスタートするのに対して、ローザ+リリンは最初から「そっくりさん」ランクになっている。1回でも間違えると“映す価値無し”に落とされて画面から消える。
 
「君たちは存在そのものがそっくりさんだから、ここでいいよね」
と司会者が言うのに対して
「はい、いいです」
とケイナもマリナも笑顔で答える。
 
ところが第1問のワインをきちんと正解したので「偉い。偉い。ランクあげてあげるよ」と言われて★(シングルスター)芸人にランクアップ。この番組には本来ランクアップルールは無かったのだが「そっくりさん」スタートだったので、ローザ+リリンだけ、ランクアップが適用された。
 
第2問の吹奏楽も正解して★★に上昇。計3問の社交ダンスは間違えて★に落とされ、第4問の味覚でも間違って「そっくりさん」に舞い戻るものの、第5問の弦楽四重奏で正解して★にランクアップ。そして最後の牛肉問題でも美事正解して特に2ランクアップしてもらえて★★★で終わることとなった。
 
そういうわけで「映す価値無し」になって画面から消える芸能人が相次ぐ中で、最後まで消えずに持ちこたえ、司会者から褒めてもらった。
 
この番組にはアクアと西宮ネオンのペアも出ていたのだが、ふたりは連続して4問間違えて最速で“映す価値無し”になり、画面から消滅。全国のアクアファンから悲鳴があがった。(アクアは未成年なのでワインの問題はネオンが回答。小さい頃から良い楽器の音を聴いて育ち、ストラディヴァリウスやグァルネリの生音(なまおと)も何度も聴いているはずのアクアが、ヴァイオリンの音も吹奏楽も間違えた!)
 

ローザ+リリンは、温泉を訪ねる旅番組にも出演した。石川県の山中温泉・山代温泉を訪ねる内容で、ふたりは「見た目は女だけど、実は男」なので、温泉に入るのは困難というのは事前に言ってあり、実際に温泉に入るのは、ステラジオのホシとナミの予定だった。
 
ところが・・・2人は旅先で体調を崩してしまった。ホシが完璧に風邪っぽい症状で、料理を食べるシーンはこなしたものの、温泉に入る撮影は厳しい状況だった。医師を呼んで診察してもらったらインフルエンザという診断である。念のため、いつも一緒に行動しているナミもウィルス検査を受けさせたら、彼女も陽性だった。まだ症状は出ていないものの、数時間以内に発症する可能性があると医師は言った。ふたりとも一応タミフルを処方してもらった。
 
それで2人ともお風呂に入るシーンは無理だ。
 
番組スタッフはローザ+リリンに打診した。
 
「君たち2人とも性転換したという噂があったけど、だったら女湯に入れる?」
「他のお客さんもいるんですか?」
とマリナは尋ねた。
 
「実は女湯だけを1時間貸し切りにしていて、そこで撮影する予定だった。旅館に照会してみたけど、今日は男性の団体さんが入っているから、男湯の貸し切りは無理らしい」
「貸し切りならいいよね?」
とマリナはケイナに訊く。
 
「私たち、性転換しているわけではないのですが、女体偽装しているので、実は男湯に入るのは困難なんですよ。といって、他のお客さんがいる時に女湯に入るのは、倫理上の問題がありますけど、貸し切りなら問題ないと思います」
 
「直接おっぱいとかは映さないけど、水面下にあるバストが多少映り込んだりする可能性はあるけど」
 
「それは全く問題ありません」
「私たち5〜6年前までは裸芸やってたし、今更です」
 

それで2人はその時間にこの温泉宿の女湯に、撮影隊と一緒に行ったのである。
 
貸し切りにしているということだったので、誰も居ないだろうと思っていたら、脱衣場に人影があったので、全員慌てて外に出る。
 
「あ、ごめんなさい。10時から11時まで貸し切りになると聞いてたから、それまでに上がるつもりだったのが、遅くなっちゃって」
と言って出て来たのは、丸山アイであった。
 
「丸山アイさん!こちらへはお仕事ですか?」
とプロデューサーが尋ねる。
 
「ちょっと知り合いに会いに来たんだけど、会えなかった」
「もしお時間があったら、うちの番組に出てもらえません?今ここで出会ったという設定で」
と言いながらマリナを見るのでマリナも頷く。
 
プロデューサーとしては、ローザ+リリンでは出演者として軽すぎるので、一応料理シーンにステラジオは出てはいるものの、温泉シーンにアイのレベルの芸人さんに出てもらえたら、折角の正月番組の体裁が取れるという所だろう。
 
アイは言った。
「設定も何も本当に今ここで会ったね。この子たちとは定山渓温泉でも一緒にお風呂に入った仲だよ」
 

それで今お風呂からあがったばかりの丸山アイが、そのまま女湯に逆戻りし、ローザ+リリンと一緒にお風呂シーンに出演することになった。
 
まずはローザ+リリンの2人が女湯に入ろうとしていたら、そこから丸山アイが偶然出て来て「一緒に入りましょう」という話になるという、再現ドラマを撮影してから中のシーンに移る。
 
撮影スタッフは男性が多いので、まずはスタッフの中の女性がローザ+リリン、丸山アイと一緒に中に入った。(彼女は着衣)
 
マリナはケイナに「絶対にアイちゃんの身体に触れたり、握手したりするなよ」
と小声で注意した。ケイナは訳が分からないようだったが「うん」と頷いた。
 
洗い場で身体を洗ってから、湯船に入る時、丸山アイがマリナの身体をじろじろ見ていた。
 
3人が湯船に浸かった所で女性スタッフが、他の男性スタッフたちを呼んで来る。そして撮影は開始された。
 

お風呂の中の設備、広い湯船(楊貴妃の湯)の他、傾城西施の湯(薬草湯)、虞美人の湯(泡風呂)、そしてガラス戸の向こうには露天風呂の王昭君の湯と並んでいる。“中国四大美女の湯で、あなたも美人に”などと、能書き?が書かれている。
 
「中国四大美女って、こういう組合せでしたっけ?」
とマリナが博識そうなアイに尋ねる。
 
「色々説はあるけど、この4人の名前が挙げられることもある。他には、貂蝉、卓文君あたり」
「なるほどー。そのあたりも美人っぽい。でも貂蝉って三国志演義の中の登場人物ですよね?」
 
「そうそう。日本四大美人に額田王(ぬかたのおおきみ)・小野小町(おののこまち)・衣通姫(そとおりひめ)に加えて、かぐや姫が入っているみたいなもの」
と丸山アイ。
 
額田王と小野小町はいいとして、衣通姫(そとおりひめ)の名前が出てくるのがさすがアイだなとマリナは思ったが、案の定ケイナは知らなかったようである。
 
「そとおり姫ってだれだっけ?」
「允恭(いんぎょう)天皇の奥さんの妹で、別名・おとひめ。天皇が彼女に熱をあげて通ったので、お姉さんである皇后が凄い嫉妬したらしい」
とマリナは説明した。
 
「いんぎょう天皇??」
ケイナはこの天皇の名前自体を知らないようだ。
 

「仁徳天皇の息子で、雄略天皇のお父ちゃん・・・でしたよね?」
とマリナは最後はアイに確認する。
 
「正解。ちなみに衣通姫にはもうひとつの説があるよね」
 
「はい。允恭天皇の娘・軽大郎女(かるのおおいらつめ)という説もあります。こちらはお兄さんの軽王子(かるのみこ)が実の妹である彼女を好きになってしまって、兄妹なのに結婚しちゃうんです」
 
「兄妹婚はまずいな」
とケイナ。
 
「それが原因で軽王子は皇位を継げなかった」
とマリナ。
 
「そうそう。マリナちゃん、日本史に詳しいみたい」
「古代史が好きなだけです。実は鎌倉以降はよく分かっていません」
 
「ああ、そういう人は結構いる。マリナちゃんなら日本四大美女にもうひとり誰を入れる?」
 
「丸山アイさんを入れたいですね」
 
「ボク、その手のお世辞が嫌いなんだけど。それにボクは男の子だから対象外」
「アイさんって、男の子でしたっけ?」
「ケイナちゃんも男の子だよね。堂々と女湯に入っているけど、この中で実は女の子はマリナちゃんだけ」
「まあ貸し切りだから、いいでしょう」
とマリナはその言葉をスルーした上で
 
「丸山アイさんを入れないなら、藤原道綱の母かな」
と言った。
 

するとケイナは
「あ、高校の古典で習った。更級(さらしな)日記の作者だっけ?」
と言うので、マリナは
「蜻蛉(かげろう)日記だよ」
と訂正した。
 
「あれ〜?」
 
「更級日記は、菅原孝標女(すがわらたかすえのむすめ)だよ。ちなみに、更級日記の作者は、蜻蛉日記の作者の姪にあたる」
「へー!」
 
この時、アイはさりげなく、ケイナの身体に触ろうとしたのだが、マリナが自分の手で遮って阻止した!アイが意味ありげな視線でマリナを見るが、マリナは微笑みで返した。
 
なお、この場面は、放送時には、小野小町・額田王・衣通姫・藤原道綱母・菅原孝標女の肖像が挿入された。
 

さて、ローズクォーツのアルバム制作だが、制作期間を短縮して、クォーツの4人、結果的にはローザ+リリンの負荷も減らすため、5年前の伴奏音源の上にローザ+リリンの歌を乗せる方式で制作は進む(後日一部の伴奏を録り直した)。
 
2人とも上手いので、11月中に『珠と鉾の歌』を含めて『plays Sex Change』の制作は完了し、12月に入ると『Brass Quarts』の伴奏音源に男声で歌を入れる作業に入る。これは1週間で終わって、おかげで年が明けたら、すぐ、『Rose Quats plays Pops』の制作に入れる態勢になった。
 
ケイナとマリナはここまで男声で歌ったのだが、12/15以降は、どうやっても男声は出なくなった。
 
「そういえば1ヶ月くらいだけ出るようにしてあげるとアイさん、言ってたもんなあ」
とマリナは言った。
 
「丸山アイさんにまたお願いできないかな」
とケイナは言うが
 
「ついでに身体は女に変えられるかもよ」
とマリナが言うと
 
「やはり、あれアイさんのせいだったの?」
と訊く、ケイナも若干疑っていたようだ。
 
「あの人、不思議な力を持っているみたいね。醍醐春海さんがそれをキャンセルしてくれたんだよ。あの人も、大宮万葉さんのお姉さんだけあって、ある程度の霊的力があるみたいだから」
 
「そうだったのか!」
とケイナも納得したようである。
 
「でも声はこのまま?」
「女の声で特に不便なことは無いし」
「そうだな。ちんこさえあれば、声はどうでもいいや」
とケイナも納得したようであった。
 

しかしそういう訳で、今年度のローズクォーツは、かなり精力的にアルバムを出すことになったのである。
 
2019.07『Brass Quarts』(女声)
2020.01『Rose Quarts Plays Sex Change "Reboot" −女になりました』(男声)
2020.01『Brass Quarts flip side』(男声)
2020.04『Rose Quarts Plays Pops』(女声)
2020.06『Rose Quaars Best』(vocal:ローズ+リリー、鈴鹿美里、覆面の魔女、Ozma Dream, Milk Chocolate, アンミル、メグとノン、透明姉妹、Rosa+Lilin) Aside:歴代ボーカル Bside:Rosa+Lilin
 
なお、2020年の春はコロナ騒動のせいで、新たな代理ボーカルの選任が保留され、ローザ+リリンは契約期間を半年間延長して、9月まで代理ボーカルを務めることになった。それでベスト盤の新規録音は、4-5月に、ローザ+リリン“のみ”スタジオに入って録音作業をしたのである。ベスト盤は2枚組で、
 
Disk A : 歴代ボーカル
Disk B : ローザ+リリンが全歌唱
 
という構成になっている。
 
ローザ+リリンの負荷が大きいことから、Aサイドの追加録音は、鈴鹿美里の2人にお願いした。実はそもそも鈴鹿美里が歌ったローズクォーツの音源自体が存在しなかったのである。元々この2人は1日だけライブで代理を務めただけであった。それでAサイドには鈴鹿美里が歌った曲が4曲入ることになった。
 
「そういえば鈴鹿ちゃんはいつ性転換するの?」
とサトが訊いたら
 
「もう性転換しちゃったんですよ」
と言うので、びっくりした。
 
「いつの間に?」
 
「ちょっと改造するだけだから、すぐ済みましたね」
と美里が言うので
 
「簡単に言ってる」
とタカが呆れていた。
 
「手術は国内?」
「はい。性転換したのは高松でした」
「へー。四国にそういう病院があるんだ?」
 

12月はアルバムの制作を進める一方、ローザ+リリンは多数の年末年始の番組に出演した。
 
「なんか凄く忙しい」
「でも頑張ろう」
 
『ミッドナイトはネルネル』は夜9:00-10;00の時間帯に移動し『夜はネルネル』と改題された。進行役はもちろんネルネルで、サブの位置にこの時点ではほとんど無名だった、めろでぇず(Melowdays)の2人、そしてローザ+リリンはその次くらいに位置づけられていたので、2人は驚いた。
 
深夜番組時代の中核だった、貝割横浜・貝割川崎のコンビ、揚浜フラフラ、健康バッドなどはそのままである。ローザ+リリンは、貝割横浜・川崎の方が自分たちより上の位置づけと思っていたので、板付社長と一緒に2人のところに“お詫び”に行ったが、彼らはサバサバしていて
 
「俺たちは2012年のデビューだけど、ローザ+リリンさんは2008年のデビュー。ローザ+リリンさんの方が俺たちより先輩だし、実際面白いよ。番組は楽しく制作すればいいのであって、ランクとか気にせずに、お互い頑張ろう」
と言ってくれた。
 
なお、アシスタントは内野音子のままである。
 

そしていちばんびっくりしたのが、芸人クラウドである。彼はなんと女装での参加であった。
 
「誰かと思った」
「性転換したの?」
「いや、お前は性転換だけはやめた方がいい」
「もしかして痴漢で捕まって去勢刑をくらったとか?」
 
「すみません。裸芸が禁止されたから、しばらく女装キャラで売ることにしました」
と彼は言っていた。
 
例の結婚式の時のお化粧は、放送事故とまで言われたのだが、女装キャラを演じるために、わさわざカルチャーセンターのメイク講座を受けて勉強したということで、この程度のおばちゃんはいるかもという程度にはなっていた。
 
「女装している時は女子トイレ使ってもいいかと尋ねたんですがダメと言われました」
 
「そりゃそうだ。お前みたいなのが女子トイレに居たら即通報されて逮捕されるぞ」
とフラフラから言われている。
 
「でもこの格好では小便器使えないので、男子トイレの個室使うことにします」
「まあ、スカートでは立ち小便できないだろうな」
「ガードルもつけてるんで、立ってするのは不可能です」
 
「ああ、それは分かる」
とケイナが言っていた。
 
「ガードルくらい付けさせておかないと、女の格好してるから女と思い込んだ若い女性アイドルが気を許して襲われたりしたら、あかんからな」
と健康バッドから言われている。
 
「俺、そんな悪いことしませんよぉ」
「いや、しそうな顔をしている」
「そもそも、いくらスカート穿いてても、この顔見て女だと思う娘はいないって」
と有斗興梠(ありとこおろぎ)。
 
「ああ、そうかも」
 
などと、芸人クラウドはみんなから無茶苦茶言われていた。
 

ケイナとマリナの新婚旅行・結婚式は12月20日の1時間半スペシャルで放送された。
 
「だけど本当に結婚おめでとう」
とケンネルが言うので、もうケイナもマリナも、“いいことにした”。
 
「これで晴れて夫婦漫才(めおとまんざい)になったんやね」
と揚浜フラフラが言う。
 
「私たち、漫才じゃなくて歌手なんですけど」
「だったら夫婦デュオか。以前いたね。カズンだっけ?」
「カズンは従姉弟ですよぉ」
とマリナ。
「ルクプル(le couple)が夫婦デュオですね」
と内野音子がフォローした。
「チェリッシュもだよね?」
とケンネルが言う。
「そうそう。あの人たちも夫婦です」
と内野音子。
 
「雷鳥も夫婦だっけ?」
「あの2人は姉弟ですよ」
「なんだ」
「結婚せんの?」
「姉弟は結婚できないでしょ」
 
「だけど、******は兄妹だけど結婚してたんだろ?」
というチャンネルの発言は放送時にピーで消された。
 
「それ噂はあったらしいですね。兄妹でも結婚できる国に行って結婚式を挙げたという説。でも関係者はみんな否定していますよ」
とここはマリナが語った。
 
「別に好きだったら兄妹で結婚してもいいと思うけどな。昔、父娘で結婚するドラマもあったぞ(*4)」
とチャンネルはまだ言っている。
 
「お前、妹がいなくて残念だったな」
とケンネル。
 
「弟が性転換したら結婚考えてもいい」
「お前が性転換したら?」
 
(*4)石立鉄男と大場久美子が主演した「秘密のデカちゃん」である。この設定にはかなり視聴者の反感があったのか、途中で「父娘として暮らしてはいたが、実は(血の繋がらない)兄妹であった」と設定変更された。民法上は血が繋がっていなければ兄妹は結婚可能だが、父娘はたとえ血縁関係がなくて、親子関係を解消しても、結婚できない:だから同性カップルが戸籍をひとつにするために養子縁組していた場合、将来同性婚が認められるようになっても、そのケースでは養子縁組を解消しても結婚はできないことになる。親子関係というのは物凄く重いのである。
 

ハワイで撮影した映像が流れた後で、スタジオでケンネルから言われる。
 
「君たち指輪はしないの?」
 
「持ってはいるんですが」
「つけるといいね」
 
それで、2人は各々自分のパッグから指輪を出すと自分の指に填める。
 
出演者たちがパチパチと拍手をして2人を祝福した。
 
「某作曲家さんから聞いたけど、2人とも性転換して女になっていたけど、結婚するために、ケイナは切り取ってから、念のため冷凍保存していたちんちんを、再度つける手術を受けたんだって?」
 
某作曲家って、雨宮先生だろうなとケイナは思った。あれって切断してから冷凍保存とかできるんだっけ?その説は初めて聞いた。
 
(性転換するために切り取ったペニス・睾丸を冷凍保存しておき、後でまたつけるという話は『鏡の国のアリス』(広瀬正)や『逢魔がホラーショー』(千之ナイフ)に出てくる。どちらも本当に女になりたい訳ではなく、本人の性別意識も男だが、一時的に女の身体になりたいだけだった。但し前者は実際には性転換手術をせず(男の身体のまま誤魔化して女湯に入っちゃう)、後者は女の身体にハマってしまい、女になったまま男には戻らなかった)
 

「私、手術とかしてないんですけど、なんか反論する気力が無くなりました」
とケイナは言っている。
 
ケイナとマリナが結婚したという噂は8月頃から出始めて、もうほとんど既成事実と思われている。御祝儀も20人以上からもらっている(親戚からももらっている!)。マリナが女になったというのも既にwikipediaにまで「複数の証言があり、幾つもの報道がある」として記載されている。仕上げに今回の“新婚旅行・結婚式”である。(その日の内にwikipediaには「ふたりは夫婦である」と記載された!)
 
「ハネムーンベイビーできた?」
と女性タレントの準レギュラー、篠崎夏奈子から尋ねられる。
 
「3月まではローズクォーツの代理ボーカルで忙しいから妊娠できません」
とマリナは答えた。
 
「ああ。ちゃんと避妊してるのね。ケイナは結婚した以上、生でやりたいだろうけど」
「じゃ、4月になってから製造するんだ?」
「4月に仕込んだら、産まれるのは、年明けくらいかな」
「それだと紅白歌合戦に出られませんね」
とマリナが言ってみた。すると
 
「だったら2月くらいに仕込んじゃえばいいよ。そしたら11月くらいに出産できるから、紅白は問題無いよ」
と貝割横浜が言っていた。
 

この放送は物凄い反響を呼んだ。
 
中にはあからさまに嫌悪感を表現する人もあったものの、プロデューサーが期待した通り“女性同士の結婚”にはそれほど強い反感は無かったようである。しかもマリナは本当の女になったらしいという噂もあることで、実は普通に男女の結婚と考えた人も多かったようである。ツイッターなどでも「おめでとう」と書いている人が大半だった。
 
ケイナとマリナのアカウントのフォロワーもあっという間に1万人を越えた。女性のフォロワーが多く、たぶんビアンの人も多いのではと想像された。やはり自分達は、女同士の結婚とみなされているなとマリナも思った。
 
また、ケイナとマリナへのファンからの結婚祝いのプレゼントも20-30倍に膨れ上がり、板付社長は、プレゼントの整理をする係を5人も雇った。中には変なものを仕込んだプレゼントもあることが予想されたので、ローズ+リリーの紹介で、金属探知機・X線透過機などを持っている○○プロに危険物のチェックをお願いすることにした。また、ケイのアドバイスに従って、個人発送の物は全て廃棄させてもらうことにした(すぐホームページにその旨の記載をした)。
 
 
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【春宵】(4)