【春宵】(2)

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「産めばいいんじゃない?私ちゃんと認知するよ」
と紗希は軽く言った。
 
「だけど男名前で産婦人科に入院したら何と言われるか」
「だったら、女名前に改名する?ついでに性別変更する?現に妊娠しているのなら確実に女だと思ってもらえて、裁判所も性別変更認めてくれるよ」
「それやったら紗希との婚姻を破棄されちゃうよ」
「それは嫌だな」
と紗希も言った。
 
そしてしばらく考えてから紗希はこういう提案をした。
「しばらく入れ替わらない?」
「は?」
 
「私が満彦になって、みっちゃんが紗希になればいい」
「え〜〜?」
 
「だから、みっちゃんは武石紗希の保険証で産婦人科を受診して、それで赤ちゃんを産む。私は男装してその父親のふりをする」
「さっちゃんの男装は充分行ける気がする。でもボク女装するの?」
と満彦は心細そうに言う。
 
満彦としても女装はさんざんしているが、女装して産婦人科に通うなんて、というのが正直恥ずかしいというより恐い。
 
「女装好きなくせに。それとも世界初の男性出産とか世界中に報道されたい?」
「やだ」
「だったら出産まで入れ替わりね」
と言う紗希はとても楽しそうだった。
 

「だけどボク会社はどうしよう?」
と満彦は心配そうに言ったが
 
「産休取ればいいじゃん」
と紗希は軽く答えた。
 

夏樹は10/26は季里子と合流して、季里子がたまたま鍵を預かっていたという都内に住む友人のアパートにいったん避難した。来紗・伊鈴および季里子の両親も一緒である。会社は27日まで臨時休業で28日から営業ということだったので、27日は季里子と夏樹、季里子の父が手分けして買い出しに出た。季里子の母が子供たちの面倒は見ている。
 
それで洋服なども全部無くなってしまったので新たに買うのだが、季里子に唆されて、夏樹は女物の服しか買わなかった。会社に出ていくのに男物が要るよと言ったのだが、季里子は、会社にも女の服で出て行けばいいじゃんと言った。
 
それで10/28は、女性用のスカートスーツを着て出社したのだが、女子の同僚たちは何も言わなかった。それどころか女子更衣室を使えばいいよと言われ、夏樹は男子更衣室にあった荷物を女子更衣室に置いた段ボール箱に移し、結局その後、スカートで出勤してきては、女子更衣室で男子制服に着替え、一応社内では男子制服で勤務するという中途半端なことになってしまった。でも夏樹は女子社員たちの、お茶当番のローテーションに組み込まれ、電話にも“女声で”出るように唆された。
 
女声で
「YY楽器でございます」
と出た後で、自分の担当の顧客だったような場合
 
「はい、古庄でございますね。少々お待ちください」
と女声で言った所で男声に切り換え
 
「古庄です。おはようございます」
などとやったりするので、周囲の社員が呆れていた。
 
夏樹は会社が終わった後、スカート姿に着替えてから、他の女子社員と一緒におやつを食べに行ったりもするようになった。
 

ところで生理であるが、夏樹は9/27に道後温泉で初潮になり、すぐ松山市内で30枚入りのナプキンのパックを買っておいた。
 
(夏樹は9/24に性転換しているので本来なら14日後の10/8に初潮が来る所だったのだが、9/24に5回も性転換したので、夏樹の卵子や子宮が混乱して早く生理が来てしまったのだろう、というのが《くうちゃん》の推測である)
 
ロシア出張には、向こうではナプキンが入手できないかもとは思った(欧米はタンポン派が多くナプキンの使用者が少ないので田舎などでは売っている所が少ないとも聞いた)が1パック丸ごと持って行くのは、かさばるので、10枚だけ持って行っていた。帰国中の機内で2度目の生理が来たが、そろそろだろうとも思っていたし、用意していたナプキンで処理した。しかしアパートが流されてそこに置いていた分が無くなったので補充が必要になる。10枚あれば一応2日目くらいまでは持ちそうな気がしたが、3日目が怪しい気がした。
 
それでその3日目になる10月27日に買い出しに出た時、既に残り1枚になっていたのでナプキンも買っていたら、季里子が見とがめる。
「生理ごっこ?」
などと訊かれた。“ごっこ”ではなく本当に生理が来ているのだが、説明するのも面倒なので
「うん、見逃して」
と言っておいた。
 

“出勤のみ女装”と女子更衣室の使用を始めて一週間ほどしてから、課長に呼ばれた。
 
「ねえ、君、もしかして女性になったんだっけ?」
「はい、女性になりました。でもできたらこのままこの会社に勤めさせてください。男としてでいいですから」
 
課長は考えているようだった。
 
「僕は男女差別とかするつもりもないし、性的少数者に対する理解もある程度持っているつもりだ。それに僕にしても社長にしても、君の仕事ぶりも才能も高く評価している。僕個人としては、君が女性になったのなら、女性社員として働いたほうがいいと思う。戸籍はどうなってるの?」
 
「いづれ女性に変更するつもりですが、現時点ではまだ男のままです」
「変更はできるんだ?」
 
「できるはすです。裁判所の認可を取らないといけないので、色々大変ですけど」
「だったら、そちらは進めてもらうことにして、君の社員証とか健康保険証の性別切り換えは、戸籍の修正が終わってから考えればいいのかな」
 
夏樹は課長が自分の性別変更を理解してくれているようなので、感動した。
 
「ありがとうございます。それでいいです」
「制服はどうする?女子制服を着たいなら着てもいいよ」
「そうですね。それは少し考えさせてください」
「うん。女子制服を着たいなら、若松君にでも言ってね。用意するように言っておくから」
「ありがとうございます」
 

10月30日に桃香が高岡から戻ってきて桃香は仰天するが(夏樹もここが桃香のアパートだったと知ってびっくりした)、住んでいた所が流されたというと、だったらしばらく居ていいよと言ってくれた。夏樹は桃香と以前一度ガールズオンリーバーで会っているのだが、こちらのことを覚えていないようであった。あの時は深夜だったし、桃香さん酔ってたしなとも思った。
 
(本当は夏樹が完全な女性になってしまったので、桃香の“男の娘と女の子を見分ける”目が作動せず、男の娘だったはずの季里子の元夫とは認識されなかったので、桃香は季里子の別のガールフレンドなのだろうと思ったのである)
 
30日は居候している6人に加えて桃香と彼女の娘2人の合計9人が1DKのアパートに泊まったのだが、季里子は11/2には子供4人(来紗・伊鈴・早月・由美)を連れて、千里さんの旦那さんの実家(千葉市内)に移動した。そちらも床上浸水して大変だったらしいが、知り合いのツテ(千里さんの友人のバスケチームのメンバーらしい)で畳交換と床下清掃をしてもらえて、何とか住めるようになったということだった。
 

崩壊した夏樹のアパートに関しては、不動産屋さんとの話し合いで契約解除ということになり、敷金を返還してくれた。
 
夏樹は千葉市内に新たにアパートを借りようと思ったのだが、どうも物件が完璧に不足しているようである。
 
「千葉市内は無理だと思うよ。しばらく東京から通勤した方がいいかも」
と季里子も言うので、都内で探すことにした。
 
夏樹は11/2-4の連休に(女の格好で)都内の不動産屋さんをまわり物件を探したが、何とか千葉への通勤に比較的便利な江東区に1Kのアパートを見つけた。実は敷金と最初の2ヶ月分の家賃を払うお金が無かったのだが、季里子のお父さんが出してくれた。夏樹は「ボーナスでお返ししますね」と言ったのだが、お父さんは「君は私の娘同然なんだから、返却は不要だよ」と言った。
 
“娘”と言ってもらったのは嬉しかった。
 
それで夏樹は11月9日(土)に桃香のアパートから江東区のアパートに引越。11日(月)からは、そのアパートから千葉市内の会社に(OLとして?)出勤するようにした。
 

もっともアパートは借りたものの、物が全く無い!
 
寝具は桃香のアパートに居候している間に買っておいたものを持ち込んだのだが、最低でも洗濯機と冷蔵庫は必要なのだが、それを買うお金が無い。それで困っていたら桃香さんが「大変だろうから貸してあげるよ」と言って、返済は出世払いでいいと言って、100万円も貸してくれた。夏樹は借用証書を書いたのだが、桃香さんは「こんなの持ってても無くすし」と言って受け取らなかった。
 
(季里子によると多分実際に出してくれたのは桃香さんの元ガールフレンドの千里さんだろうということだった:ちなみに夏樹はこちらで千里に会ったことがないし、水害の後も全く会っていない!)
 
でもこの100万円のお陰で、夏樹は、冷蔵庫(280L Sharp 9万円)・洗濯機(5.5kg Sharp 7万円)・掃除機(紙パック式 日立2万円)・オーブンレンジ(Panasonic 3万円)・炊飯器(5合 Panasonic 4万円)・IHヒーター(Panasonic 1万円×2台)・ケトル(T-fal 0.7万円)・鍋やヤカン(全部で3万円)・まな板(桧製 0.5万円)・包丁(三徳・ペティナイフ・パン切り 3本で1.2万円)・ボウルや食器など(100円ショップで 0.5万円)・エアコン(6畳用 Sharp 6万円)・シーリングライト(LED式 NEC 0.6万円)・アイロン(Panasonic 0.6万円)・中古パソコン(富士通 2万円)・液タブ(Wacom 6万)・外付けハードディスク(Buffalo 1万円)に冬用の寝具(2万円)まで買いそろえることができた。
 
しかしこれだけ買っても50万円ちょっとである。残額はボーナスが出るまでリザーブしておくことにした。
 
パソコンのソフトは大半はフリーウェアだし、ATOK, オフィス, Adobeのソフトはサブスクリプションだから再ダウンロードで済み、全く費用がかからなかった、ID/Pass関係はUSBメモリに入れてロシアにも持って行っていたので無事だった。実はGoogle Keepに書いておいたものもあったのだが、スマホからも見られるので助かった。
 
季里子の方は、11/18にやっとアパートを見つけたが、こちらは子供2人に両親と5人で住むので、千葉への通勤に便利な江戸川区や江東区では確保できず、結局、北区になった。自宅を再建(保険で再建できるらしい)するまではしばらく大変そうである。引越は11/23(土祝)にあこなったが、この引越作業は、夏樹も桃香も手伝った。千里さんが借りてきてくれた2トントラックを夏樹が運転して物を運んだ。ほんの半月ほど居候していただけなのに、結構な荷物があった。
 
(この時も千里さんは朝トラックを持って来ただけで「忙しいからごめん」と言って帰ってしまったので、夏樹とは会っていない)
 
(夏樹は2000年に普通免許を取ったので現在は“中型8t限定”になっていて4トン車まで運転することができる(4t車は総重量8t)。季里子も免許を取ったのが2006年で夏樹同様“中型8t限定”だが、大型車は自信が無いと言った。桃香は“準中型5t限定”なので2トン車は運転できるが(2t車は総重量が4〜5t)、桃香には絶対に運転させられない!)
 

四国への新婚旅行中に双方性転換してしまった真倫と佐理の夫婦だが、新婚旅行中はお互い新しい性になったのが嬉しくて、観光もせずにひたすらセックスしまくっていた。
 
「まりりんは性も姓も変わったね」
などと佐理はダジャレを飛ばしていた。
 
とっても満足して10月19日(土)に米子に帰還。両親に戻って来たことの報告をして、20日(日)は松江のアパートに戻って休んだ。(休んだといっても1日中セックスしまくり、スポーツマンの佐理でもさすがに腰が痛くなった)
 
「俺たちセックスしすぎかなあ」
とさすがに佐理が言ったが
「新婚さんってこんなものだと思うよ。今夜は焼き肉ね」
と真倫は楽しそうに言った。
 
21日(月)からは元気に大学に行く。真倫は大学に改姓の届けを提出した。
 

11月下旬。真倫は頻繁に吐き気を感じるようになった。
 
「どうしたの?」
「なんかこないだから調子悪いのよね」
「病院行ってみる?」
「そうだなあ」
 
それで近所の内科に行ってみたのだが、40代の男性内科医は
「あんた妊娠してるよ。隣に行きなさい」
と言われ、隣の敷地でお姉さんが開業している産婦人科に回されてしまった。
 
「でも、私、男なんですけど」
とお姉さんの産婦人科医に真倫は訴える。
 
「あなたの身体、どう見ても女なんだけど」
「急に変わっちゃったんです。先月までは男だったのに」
「ああ。それはたまにあるんですよ。本来は女なのに、男みたいな外見で生まれてしまうケースで、自然に本来の性に戻ってしまうってことはあるんですよ。あなたは確かに女性であるという診断書を書きますから、それで裁判所に申請して性別を訂正してください」
 
「私、結婚しているんですけど、どうなるんでしょう?」
 
「相手は女性?」
「戸籍上は女性なので、私が戸籍上男性だから、ちょうどよくて婚姻できたんです。でも彼も私と同時に本当の男に変わってしまったんですよ」
 
「だったら彼はあなたと逆のケースですね。本来は男だったのに、何らかの原因で女の子みたいな外見で生まれてしまった。それが本来の男の姿に戻っただけです。たまにあるんですよ」
 
「双方が同時に本来の姿に戻るってあるんでしょうか?」
「珍しいですけど、あり得ないことではないですね」
 

真倫と佐理はこの件で双方の両親に相談した。両親たちは仰天し、弁護士さんの所にも行って相談した結果、やはり性別を訂正しようということになった。
 
なお母子手帳については、真倫の妊娠診断書も持った上で、弁護士さん同伴で市役所に行ってみた。それで状況を説明して、性別の変更をこれから申請するという前提で、市長さん決裁で母子手帳は発行してもらえた。おかげで真倫は健康保険証ではまだ男であっても母親教室などに参加することができた。
 
各々あらためて診断書を取った上で12月初旬に家庭裁判所に性別の訂正を申請。パターン化している“性別の変更”と違って“性別の訂正”は結構もめるケースもあるのだが、何と言っても真倫が妊娠しているという事実があるので、裁判所は2人の性別訂正を認めてくれた。
 
2月にふたりは晴れて、真倫は女性、佐理は男性に戸籍が訂正される(結婚式の祝詞で読み上げられたように、本当に真倫は三女、佐理は次男になった)。
 
真倫は今度は改性届けを提出した!
(学生課で尋ねたら、最近はたまに性別が変わる人がいるので、改性届けのフォームが存在するということで真倫はその届けのフォームをプリントしてもらい、記入して提出した)
佐理も同時に改性届けを提出した。学生課の人は「あなたたちが4人目と5人目ですね」などと言っていた。確かにそうそうあることではないだろう。
 
婚姻届けは無効となってしまったが、2人はあらためて、佐理が夫・真倫が妻という婚姻届けを3月3日に再提出した(前回の婚姻届けは佐理が妻・真倫が夫になっていた)。
 
離婚して再婚するのであれば普通は待婚期間(100日)が必要(民法733条)だが、同じ人と結婚する場合は必要無い。これは待婚期間というのは生まれた子供の父親が不明になるのを避けるためだからであり、同じ相手との結婚ではその恐れがないからである(法的な規定としては明文化されていないが、法律の趣旨からそのように運用されている)。そしてそもそも2人は離婚したのではなく、婚姻自体が無効になった(婚姻していなかったのと同じな)ので、待婚期間適用の対象ではない。
 
そういう訳で、ふたりの婚姻届けは問題無く受け付けられた。念のため弁護士さんにも付いていってもらったのだが、役場の受付の人は「同じ相手との結婚なら問題ないですよ」と言って受け付けてくれた。
 

真倫は2020年7月7日に可愛い女の子・花音(かのん)を出産。ふたりはパパとママになった。
 
「赤ちゃんを産むのがこんなに辛いとは思わなかった」
と真倫は泣き言を言ったが
「でも頑張ったね」
と佐理は妻をいたわった。
 
赤ちゃんの名前「かのん」はふたりが新しい性別になった時に居た町・観音寺市からとったものである。佐理は「銭形」から「ジェニー」という案を出したが、真倫が却下。真倫が提案した「かのん」を佐理も受け入れた。
 
子供を産むのにも結構お金が掛かったし、子育てにもかなりお金が必要になることが予想されたので、佐理は大学を辞めて働くと言った。しかし双方の両親は
 
「せっかく国立大学に入ったのにもったいない」
と言い、ふたりの在学中の子育て費用は双方の両親で負担してあげることにした。それで真倫も佐理も子育てしながら大学生を続けた。
 
真倫か佐理のお母さん(時には真倫のお姉さん)が大学構内の食堂などで赤ちゃんの世話をしていて、休み時間になったら、真倫がおっぱいをあげに行くなどしていた。
 
真倫は妊娠中も大学を休まず、大きなお腹を抱えたまま講義を受けた。出産の直後はさすがに出て行けなかったが、すぐ夏休みに突入したので、産褥期はのんびりと米子の実家で暮らした。(前期の試験は9月なので問題なかった)
 
そういう訳で、真倫は一度も生理を経験しないまま妊娠したので、彼女が生理を経験するのは子供を産んで1年経過した、2021年の秋になる。でもすぐに次の子を妊娠してしまったので、生理は半年くらいしか経験しないまま2度目の妊娠期間に入った。真倫は大学卒業後の2022年11月に次女・来夢(らいむ)を産んだ。真倫が再度生理を経験するのは2024年に入ってからである。
 
(ふたりは全く認識していないが実は佐理が染色体的にはXXなので、ふたりの間に生まれる子供は必ず女の子である)
 

ふたりは2022年3月に大学を卒業した。この時の成績は真倫が1番で佐理が2番だった。佐理が悔しがっていた。それで真倫は総代で卒業証書を受けとった。
 
佐理は大学を卒業後は松江市に本拠地を置く地方銀行に入社。良い給料をもらえたので、佐理は在学中の子育て費用を5年掛けて両親に返却した(5年かかったのは、来夢の妊娠中と出生後1年間は返済を保留させてもらったため)。
 
真倫は在学中には高校教諭の免許を取得。大学をトップで卒業したものの妊娠・子育てで就職できない。しかしネットを通して、主として学術系の翻訳をするようになり、そこそこの収入を得られるようになった。真倫は2024年春に母校の島根大学の大学院に入り2年間通って修士号を取得。結果的に教員免許を一種免許から専修免許に書き換えることができた。それで地元の塾の講師を経て、2028年春からは松江市内の私立高校の教師として教壇に立つことになる(そこの教師をしていた同級生が誘ってくれた)。
 
高校では新任の挨拶で
「私、生まれた時は男の子だったんですが、赤ちゃん産んだら戸籍が女になっちゃいました」
などと発言して生徒たちの度肝を抜く。
 
しかし“マドンナボーイ”と呼ばれて生徒たちに人気の教師になった。恋愛相談を持ちかける生徒も多かった。
 
佐理は真倫が妊娠した後はお金の節約のため大学のサッカー部を辞めてしまっていたのだが、銀行に就職してから、そこの会社の(男子)サッカー部に入り、練習を再開する(一応サッカー部を辞めた後も毎日10kmのジョギングや筋トレは欠かさなかった)が、すぐにエースになる。松江市内の島根地域リーグ・トップチームに勧誘されてそちらに移籍。チームは彼の活躍で翌年には中国地域リーグに昇格することができた。更にJFL昇格を夢見て土日は練習に励んでいる。
 
(女子サポーターからのファンメールが多いので、真倫は少し焼き餅を焼いている)
 
真倫と佐理のお守りは、花音が生まれてから2021年2月に一緒に再訪した“銭形”の近くで買った寛永通宝のレプリカである。これに紐を通してスマホのストラップとして使用している。
 
実はこの再訪した時に来夢を妊娠した可能性がある。2人が再訪した時に頼んだガイドさんは40代の女性であったが、この人、以前来た時に案内してもらった人の妹さんかな?なんか似てると思って2人は花音と一緒に案内を聞いていた。
 

芳野早百合は、女になって福岡に戻った後、自分の性別の変更についてネットで色々調べている内に、これは素人では手に負えないという結論に至った。それで弁護士会の法律相談に行って相談し、やはり弁護士に依頼した方がよいということになったので、性転換手術を考えて貯めていたお金から30万円支出して、市内の弁護士さんに依頼した。
 
早百合は弁護士さんに言われて、まずは市内の病院で詳細な性別診断をしてもらった。診断は様々な検査をし、内科医・婦人科医・心理士?などとたくさんお話をして丸2日がかりだった!
 
内容は早百合も予想した通りである。
 
・性染色体 XY 染色体的には男性である。
 
・性腺 卵巣を認める。組織検査により通常の卵巣であることを確認。月経は毎月来ている。睾丸は認められない。
 
・内性器 卵管・子宮を認める。前立腺は認められない。
 
・外性器 膣・大陰唇・小陰唇・陰核を認める。陰茎・陰嚢を認めない。尿道は通常の女性の位置に開口している。
 
・身体的特徴 乳房が発達しており体脂肪が女性的。髭・喉仏を認めない。第二次性徴は女性型に発現しており骨盤も女性型。身体的な特徴は完全に女性。
 
・ホルモンの状態 女性ホルモンは通常の女性の正常値の範囲。男性ホルモンも通常の女性の正常値の範囲。
 
・心理的な性 完全に女性的である。
 
・社会的な性 大学でもアルバイト先でも普通に女性として社会生活を送っている。女声コーラスグループで3年半活動している。2018年3月に早矢人から早百合に改名して以来、女性として社会的に適応している。
 
本人は夏頃までは男性器が存在したと主張しているが、医学的な検査ではそのような痕跡は認められない。性染色体がXYではあるが、女性の性腺と内性器を持って生まれたものの、染色体にひきずられる形で男性的な外見であったものと思われる。性腺・内性器が女性なので、成長に伴い、外性器も女性型に変化したものと推定される。この人は完全に女性であり、法的にも女性として扱われるべきである。
 

そういう訳で、性染色体以外、完全な女性という診断であった。それで11月に福岡家庭裁判所に性別の訂正を申請。早百合本人も裁判所に出頭して裁判官とお話をした結果、2020年1月に、早百合は性別を女性に訂正することができた。
 
そのため早百合は2020年春から、女性として就職することが可能となった。
 
早百合は“性別変更のモラトリウム”のため大学院に進学するつもりで就活は全くしていなかったのだが、唐突に女になってしまったのでお遍路から帰って以降、就職活動を始めた。
 
そもそも出遅れているし、卒論を書きながら、また性別訂正の作業を進めながらなので、なかなか時間が取れなかったものの、12月に地元の中堅企業の内定を取ることができた。
 
「なんで今頃就職活動してるの?」
と尋ねられたが(この時期にコンタクトしてくるというのは何か問題でも起こしてどこかに振られたのかとも思われたようである)、
 
「すみません。3年生の頃から就活するもんだとは全然知らなかったので」
と言ったら、呆れられたものの
 
「国立大の学生さんには時々そういうのんびりした人が居るんですよね。大学ではあまり積極的に就職のガイダンスやらないから」
と理解(?)してくれたようだった。
 

それで、就職先も決まったので、大学に入って以来続けていたロイヤルホストのバイト(4年近く勤めたので、早百合は現在、副店長の肩書きになっている)は来年3月いっぱいで辞めさせてもらうことにした。もっとも今もらっている給料の方が春から就職する先の企業の予告されている初任給より大きい!(特に民間企業では女性の給料が安い所が多い)
 
「早百合ちゃん、辞めちゃうのかぁ。僕のお嫁さんにしたかったなあ」
などと店長の有木さんは言っていたが。
 
(プロポーズではなく、ただの社交辞令だと思う、たぶん。ちなみに店長は早百合がバイト採用された時「ヨシノじゃなくてヨシナガだったら良かったのに」と言った人で多分40代だと思う。年齢のよく分からない人だが。独身ではあるようだが、さすがに恋愛対象外だよなあと早百合は思った)
 
「え〜。芳野さん、辞めちゃうんですか?まだたくさん習いたかったのに」
と言ったのは、2年前からこのお店に勤めているバイトの高橋君で、26歳らしい。
 
根は真面目なのだが、ミスが多く、しばしば早百合や他のシニアスタッフがフォローにまわっている。お客さんに叱られるのは日常茶飯事で、この子、あまり客商売に向いてないのではという気もする。
 
彼は福岡市内の私立大学を卒業した後、観光会社に就職したものの、そこが倒産して失業したらしい。なかなか次の就職先が見つからず、取り敢えずの生活費稼ぎにここのフロア係になったのだという。取り敢えずのハズが既に2年ほど経過している。
 

早百合の生理だが、お遍路から帰った後の10/4に最初の生理があり、最初は驚いたものの、物凄く嬉しかった。生理が来たことで早百合は自分が完全な女になっているという確信を持ち、性別訂正の作業を始めたのである。
 
その後、11/01 11/29 12/27 と生理は28日おきに規則的に来ている。ナプキンはまだ男の身体だった頃から時々買って“生理ごっこ”をしていたのだが、本当に生理が来始めてからは、生理用品を買うのがとても楽しくなった。
 
「生理って辛いけど、女であるという喜びを感じるんだよなあ」
と早百合は独り言を言った。
 

「生理用品買うのも、何も感じ無くなっちゃったよなあ」
 
と思いながら、水崎マリナは、ドラッグストアで生理用品が並んでいる棚から、elisの“素肌感”を取って買物籠に入れた。初期の頃は色々試行錯誤したが、ここ5年くらいはこの“素肌感”が肌に優しくて気に入っている。
 
2008年にローザ+リリンとして契約した時「あいつどこどこで男の格好をしてた」などとネットに投稿されたりしないように、完全に女性の振りをして24時間過ごすこと、という契約を結んでいる。その条項に従い、下着とか服装も全部女物にして、どこに行くのにも女の格好で出歩くようになり、運転免許証やパスボートの写真も女の格好で写っている。
 
(ローズ+リリーはアジアでの海外公演は台湾でしかしていないが、ローザ+リリンは釜山・上海・ハノイ・バンコク・メダンでも公演をしていて1000人以上の観客を集め、まさか本物と間違ってないよね?と不安になったこともある)。
 
生理についても「若い女に生理があるのは当然」と言われて、“生理日”を自分で決めて、その時期はナプキンかタンポンを付けているように言われている。マリナはちゃんと28日おきに手帳に赤いシールを貼って管理していて毎月ナプキンを3日間つけているが、ケイナはわりと適当に“生理になっている”ようである。(“適度に生理すべし”? (*2))
 
ついでにケイナは興味本位でタンポンを入れて、抜けなくなってしまい死ぬ目に遭ったことがある。そのことは彼の名誉のため他人には言わないことにしている(ステージのネタにもしない)。実はマリナも興味を持ったことはあるが、自分はしてみなくて良かったと思った。
 
(*2)ホステスさんがお客さんとの会話のネタに困った時に思い出せという言葉。
 
テ:テレビ、キ:気候、ド:道楽、ニ:ニュース、セ:生活、イ;田舎、リ:旅行、ス:スター、ベ:勉強、シ:仕事
 
営業マン用の「裏木戸に立てかけさせし衣食住」のホステス版である。
 
裏:裏話、キ:季節、ド:道楽、ニ:ニュース、タ:旅、テ:天気、カ:家庭、ケ:景気、サ:酒、セ:セックス、シ:趣味、衣食住はそのまま。
 

11月12日に4度目の生理が来た時、理都はとうとうそれを母親に知られてしまった。
 
「なんか気になってたのよね。あんた、おっぱいも大きいでしょ?」
「うん」
「ちんちんは?」
「無くなっちゃった」
「無くなるもんなの?」
「たまにそういうことあるらしいよ」
 
「いつ無くなったの?」
「夏頃、チン取り痴漢って話題になってたでしょ。私もその痴漢に会ったら、ちんちん取ってもらえないかなあと思って、行ってみたのよね」
「それで取られたんだ?」
「うん」
 
正確にはちょっと違うのだが、話が面倒なので、そういうことにしておいた。
 

母親はただちに理都を病院に連れて行った。母親もどこに行けばいいか悩んだようだが、連れて行かれたのは婦人科である。理都は内診台!に乗せられて、身体の“内部”までしっかり調べられた(さすがに中に器具を入れられた時は悲鳴をあげたい気分だった)。
 
その結果、理都は完全な女性であるという診断が出たのである。
 
理都は、両親および姉の月紗で話し合った。月紗は
「こういうケースは性別の変更ができたはず」
と言った。
 
「それって20歳以上じゃなかったんだっけ?」
と母が言う。
 
「性転換手術を受けて性別を変更する場合は20歳以上だけど、自然に変わってしまった場合は、本来は女だったのが、たまたま男みたいな外見で生まれただけで、自然に本来の姿に戻ったものと推定されるのよ。そういう場合は、男として出した出生届けが誤りだったということになるから、20歳前でも変更は可能なはず。でもこれは弁護士さんに頼まないと無理」
と姉は言った。
 
それで父親は理都に
「お前、女として生きていきたいのか?」
と再度意思の確認をし、
「うん。私は女の子」
と理都が言うので、性別訂正の手続きを進めることにした。
 

両親と一緒に弁護士さんの所に行き、先日の診断書も見せて相談する。それで弁護士さんが書類を作ってくれて、家庭裁判所に性別訂正の審判を申し立てた。
 
結果が出るまで少し時間が掛かったようだが、理都は2020年1月には晴れて長男から次女に戸籍が訂正されたのであった。
 
「これで堂々と来年は女子選手としてプレイできる」
と理都は言った。
 
「あんた実は今年も堂々と女子選手してたでしょ?」
と姉が指摘する。
 
「まあね。私が男子選手のわけがない」
「選手登録は?」
「最初から女子として登録してるよ」
「よくバレなかったね!」
「だって私、女の子だもん」
 

H君は最近両親がとても仲よさそうにしているのを見て、微笑ましく思っていた(翌年妹が生まれるとはまではこの時点では思っていない。姉はもしかしたらと予想していたようだが)。
 
もっとも最近は、父が家の中ではたいていスカートを穿いていて、休日には父が女装したまま、母と2人で、まるで女の友だち同士みたいな感じで出かけるので、少し戸惑っている。時にはそれに姉が付いていくこともある。すると女2人とその片方の娘という感じになるらしい。
 
「ついでにあんたも女装しない?そしたら双方自分の娘を連れて一緒に行動している女友達に見えるし」
などと母から言われたものの、H君は拒否した
 
「俺は男だよ」
「あら、男の子だから女装できるのに。女の子だと女装にならないじゃん」
 
と言われて、H君の身体に合う女物の(ボタンの付き方が左右逆の)ポロシャツ、スカート、可愛い女の子シャツ、そして女の子パンティ数枚まで買ってきた。
 
しかしH君が女の子の服を着るのは嫌だと言うので、結局H君は留守番することにして、両親は姉と一緒に3人で出かけた。その日は“女性のみ”のレストランで食事をするのだということだった。
 

ひとりで留守番をすることになったH君は残された女の子の服を見てドキドキした。
 
「ちょっと着てみようかな」
と思うと、彼は服を全部脱いで裸になり、まずは女の子パンティを穿いてみる。ドキドキして、チンコが大きくなってしまった。それでチンコはパンティから大きくはみ出すが、それがまたH君を興奮させた。
 
「こんなにはみ出すのどうすればいいんだろう?」
と思うが、処理の仕方を知らない。特に後ろ向きにすればいいなんてのは思いつかない。
 
女の子シャツは、飾りのレースのようなのがついている他は男のシャツとそう変わりがない。
 
スカートを穿いてみる。
 
なんか凄く頼りない感じがした。女の子はこんなのを普段穿いていて、不安じゃないのかな、などと思った。
 
そしてポロシャツを着てみるが、H君はボタンを留めることができなかったので、はめないままでいいやと思った。
 
お母さんが使っているドレッサーの鏡に自分を映してみた。
 

そこには可愛い女の子が映っている。
 
俺ってもしかして可愛い?
 
と彼はかなり危ないことを考えたのだが、それが危険な思考だということにH君は気づいていない。
 
かなりドキドキしている。
 
その時、ピンポンと鳴った。ギョッとする。
 

取り敢えず玄関に出てみると、
「ヤマト運輸でーす」
と言う。
 
H君は、女の子の服を着ていることは気になったが、宅急便屋さんくらい、このまま出てもいいよねと思った。
 
それで玄関のドアを開け、
「ハンコお願いしまーす」
と言われたので、玄関の所にいつも置いている印鑑を取り、示された場所に押印して荷物を受けとった。
 
「お嬢ちゃん、ひとりで留守番?偉いね」
と宅急便のお兄さんは言って帰った。
 
「お嬢ちゃん」と言われたその言葉が、H君の脳裏に何度もこだましていた。
 

そろそろ脱ごうかな、と思ったものの、再度自分の姿をドレッサーの鏡に映してみた。本当に可愛い気がする。もし自分がチンチンが無いのならいっそ女の子にならないかと言われた時、それに同意していたら、自分はこんな格好して暮らすことになっていたのかな、などと考えた。
 
そんなことを考えている内に、お母さんの化粧道具が気になる。
 
女の人って、お化粧するんだよなと思い、引出しを開けてみる。口紅が目に入った。ふたを開けてみる。どうすれば使えるのか最初分からなかったが、回せばいいということに気づいた。それで出して自分の唇に塗ってみた。
 
まるで大人の女の人みたい!
 
ドキドキする。
 
マニキュアが気になる。
 
これは簡単にふたが開いたが、揮発性の臭いがする。嫌な臭いだなあと思いながらも、これが大人の香りなのかもと思うとまたドキドキする。
 
指の爪に塗ってみた。結構はみ出して、きれいに塗るのが難しい。なんかあまりきれいに塗れない。でも何とか左手の指5本の爪に塗った。左手に持ち替えて、右手の指の爪に塗る。
 
もっとうまく塗れない。これ難しいよおと思った。それで何とか右手の指5本にも塗った。
 

H君はトイレに行ってみた。ふだんはおしっこする時は便器の前に立って、ちんちんを前の穴から引き出してするのだが、この日はスカートを穿いているし、女の子みたいに座ってみることにする。
 
スカートをめくり、パンティを下げておしっこしようとするが、ちんちんは大きくなっているので、おしっこができない。
 
「あ、そうか。このままではできないよな」
と思う。
 
ちんちんが何とか小さくならないかなと思ったものの。スカートを穿いて女の子みたいな格好をしていること自体、自分を興奮させている。
 
結局H君は自分のちんちんを何とか鎮めようとしている内に、逆に“して”しまった。
 

ちんちんの先から白い液体が出て来て、急速にちんちんが小さくなる。
 
そして同時に物凄い罪悪感がH君を苛んだ。
 
俺、女の服なんか着て、これ悪いことなのでは?まるで変態じゃん。
 
H君は部屋に戻ると、すぐに女の子仕様のポロシャツを脱ぎ、女の子シャツを脱ぎ、スカートを脱ぎ、女の子パンティも脱いだ。そして元の男の子の服を身につけた。口紅はティッシュで拭き取るが完全には落ちない。顔を洗えばいいかなと思い、石鹸を付けて洗ってみた。完全には取れないが、もういいことにした。
 
そしてマニキュアを拭き取ろうとするのだが取れない!
 
石鹸を付けてよく洗うのだが、どうしても取れないのである。
 
えーん。これどうすればいいんだよぉ。
 

H君の両親は帰宅すると
「これお土産。料理をフードパックに入れてきたよ」
と言って、彼にあげた。
 
「ありがとう」
と言って、H君はそれを食べ始めたが、スカートを穿きおっぱいもあるかのように装って、お化粧もし美人になっている父がH君に尋ねた。
 
「お前、なんで手袋してるの?」
「うん。別に」
と言って、H君は少年ジャンプを読みながら、手袋をした手で、持ち帰ってもらった料理を食べていた。
 
弟の顔を見て口紅が薄く唇に残っていることに気づき、手袋の真相も察した姉がおかしそうにしていた。
 

10月下旬に“ケイナとマリナの結婚式”(本当に結婚したのは芸人クラウドでは?という説もある)を放送したネルネル司会のバラエティ番組は、更にエスカレートして12月には
「ケイナとマリナを新婚旅行に行かせよう」
という企画をぶち上げた。
 
「俺たち別に結婚してないから、新婚旅行にも行かねえよ」
とケイナは言って、
「もっと女の子らしく」
とタカ子に注意され
「私たち、別に結婚してないから、新婚旅行には行かないわよ」
とケイナは言い直した。
 
思わず男言葉が出たのは、本当に迷惑だと思っているからだろう。先日の“結婚式”放送の後、あきらかにローザ+リリン宛の「おめでとう」メールや“結婚のお祝い”と称するプレゼントが増えたのである。マリナも否定していたのに!
 

「まあ半分は面白がってますよね」
とアシスタントの内野音子(うちのねこ)も鋭い指摘をしていた。
 
「だけど同性婚に対する理解が広がるかもよ」
とチャンネルは別の指摘をする。
 
「結局、マリナちゃんは戸籍を女に直したの?」
「直さない、直さない。そもそも性転換手術なんてしてないし」
と言いながら、自分は嘘はついてないよなと思う。
 
「まあ、それでもいいから、新婚旅行には行ってもらいましょう」
とケンネルが言って、ふたりは本当に旅行に行かされた。
 

番組のプロ手デューサーはローザ+リリンの事務所である“ザマーミロ鉄板”に照会して、この新婚旅行の間だけ“下着女装”を条件に、男物のスーツをケイナが着る許可を取った。
 
(この事務所名はサマーガールズ出版のもじりらしい。元は社長の名前を取ってイタヅケ芸能社と言ったが、ローザ+リリンが結構売れてしまったので改名した。ちなみに改名する時、ローズ+リリーのケイに電話しておそるおそる意向を訊いてみたら“笑ってOKしてくれた”(と板付社長は言っている))
 
それでケイナはブラジャーとショーツの上にワイシャツとズボンを着て、男性用ネクタイまで締め、新婦っぽい白いドレス姿のマリナと一緒に成田空港からハワイに飛び立ったのである(低予算番組なのによく予算が取れたものだ)。
 
ちなみにケイナはケンネルの要求で赤いプラジャーをしているので、ワイシャツからブラジャーが透けて見えている。そもそも長い年月女の格好しかしていないので、男装女子にしか見えない感じだった。マリナの方は普通に女にしか見えない雰囲気である。
 

マリナは企画を受ける代わりに、ふたりのパスポートをカメラには映さないことを要求した。これはふたりの本名が男名前であることが分かるとずっと女の振りをしているという契約条項に違反するのでとマリナは説明し、それはプロデューサーも理解してくれた。それでこのハワイまでのチケットは、代金だけ番組からもらい、自分たちで(実際にはマリナが2人分)購入したのである。
 
それで実は結果的にはマリナは自分の本名がマリナになっていることを誰にも知られずに済んだ。
 
成田での出国は自動化ゲートを通ったので、性別でトラブることはなかった。ハワイの入国では、パスポートの性別が男性になっていることを指摘されたが、マリナが
「We are gay couple」と
主張すると、ハワイの入国管理官も
「I see」
と言って、そのまま通してくれた。
(このシーンをカメラは撮したかったようだが、係官に禁止され撮影できなかった)。
 
ホテルにチェックインする時、パスポートの提示を求められる。マリナが2人分持っていたのでフロントの人に見せたが、フロントは
「Ah, He is really a man.」
とケイナの方を見ながら言った。フロントの人はケイナが男の格好をしているのに、明らかに女のようにバストがあるようなので疑問を感じたようである。マリナが
「He likes Women's clothes」
と言うと、フロントは頷いていた。
 
しかしおかげで、マリナのパスボートが男になっていることには気づかれなかったようだ。そもそもマリナは女にしか見えないし、Marina という名前は多くの国で女性名だ。
 
(このやり取りはカメラに収められたが、声までは拾っていないので、単純にパスポートの確認をしただけと、後でビデオを見たケンネルたちも、同行した内野音子も、視聴者も思ったようである)
 

部屋の入口からベッドまで“ケイナがマリナをお姫様だっこして運ぶ”というのをやらされる。
 
「お前何kgだっけ?」
「43kgだけど」
 
(ここで付いてきている内野音子が「軽ーい!」と声をあげた)
 
それでもケイナは
「俺持てるかな」
と自信無さそうである。
 
「ケイナちゃん、ここは男の子になっていいよ。頑張ろう」
と内野音子が煽り、マリナはケイナに立ったまま腕を前に出すように言って、マリナがそこに乗るようにした。
 
たぶん、しゃがんでマリナを抱えてから立つのはケイナの筋力では無理だ。
 
そしてマリナがケイナの首に抱きつくようにして自分の身体の重心をケイナの重心に重ねるようにすると、何とかケイナはマリナを抱えたまま立っていることができる。その状態で、ケイナは必死に力を振り絞り、何とかダブルベッドの所まで行き、その上にマリナを置くことができた。内野音子がパチパチパチと拍手をした。
 
「ここでキスを」
と内野音子が言うので、マリナがケイナに抱きつくようにしてキスした。
 
ふたりはいつもキスしているのでこれはお互い平気である。
 
「では邪魔者は消えますので、あとは熱い夜を。ハネムーンベイビー製造してね」
と言って、内野音子はカメラマンと一緒に部屋から退出した。
 

ダブルベッドにケイナとマリナが取り残される。
 
「どうする?」
とケイナが訊く。
 
「セックスしてもいいよ」
とマリナは言ってみた。
「そういうのやめようよ。俺ホモじゃないし」
とケイナが言う。女の形になっていた時期にたくさんマリナに入れてもらったことは、もう“無かったこと”にしているようだ。もっとも2人は男女型セックスと、レスビアン型セックスしかしていないので、ゲイ型セックスは一度もしていない。
 
「以前ダブルに泊まることになった時と同様に5cm空けて寝よう」
とマリナは改めて提案した。
 
「そうするか」
とケイナも同意する。
 
それで2人はひとりずつシャワーを浴びてきて(マリナ→ケイナの順)、その日は間を空けて睡眠を取ったのであった。
 

浜川渚は鳴門市から高野山・東寺を星良と一緒にバイクで走り、桂川PAで色々おしゃべりしてから(星良が突然女になったことで精神不安定になるのではと心配したので、色々彼女を落ち着かせるようなことを言ったのと、不安を感じたらいつでも自分に連絡するように言った)、茨木ICで別れ、10/11深夜に寝屋川市のアパートに帰還した。
 
アパートの前で竜太が待っていた。
 
「今夜帰ると言ってから」
「鍵持っているんだし中で待っていれば良かったのに」
「少しでも早く渚を見たかったから」
 
こんなキザなセリフをシレっと言うのがこの人のいいところだよなと渚は思う。
 
「私疲れたから寝たいんだけど」
「一緒に寝ようよ」
「いいけど」
 
それで一緒に部屋の中に入る。
 
「シャワー浴びてから寝ない?」
「賛成」
 
それで先に渚がシャワーを浴びて“しっかり昼間の服装で”バスルームから出てくる。
「どうぞ」
「うん」
 
竜太は裸のままでバスルームから出て来た。
 
「していいよね?」
「私眠いから寝てるけど勝手にしていいよ」
と渚は答えた。
 
竜太が布団の中に潜り込むと、渚は裸だった。
 
それで竜太は彼女にキスして抱きしめ、バストを舐める。そしてあの付近に手をやる。渚は常にタックしていて、存在する(と本人が主張している)男性器には一切触らせてないし見せたこともない。しかしそのタックの上から指で刺激してあげると渚は気持ちいいようだと竜太は認識している。
 
「クリちゃん揉んじゃおう」
と言って、あの付近を指で押さえて回転運動を掛けようとする。
 
ところがその付近の様子がいつもと違う。
 
「あれ?これ。いつもと違う」
と竜太は声を挙げた。
 
「ちょっとアレンジしてみただけ。好きなようにしていいから」
 
それで竜太は“好きなように”していたのだが、10分ほどで声を挙げた。
 
「ねぇ、渚、まるで女の子のお股みたいなんだけど」
「だって私は女の子だもん」
「まさか性転換手術しちゃったの?」
「さあね。でも“好きな所”に“好きなもの”を入れていいんだよ」
「ほんとに?」
 
それで竜太は彼の“好きなもの”を渚の(竜太が)“好きな所”に入れたのである。
 

竜太は5分ほどで逝ってしまった。
 
「ねぇ、結婚してよ」
と竜太は少し寝て起きてから言った。
 
「竜ちゃんのお母さんが許してくれたらね」
と渚は答えた。
 
そして心の中でこう思った。
「星良ちゃんごめん。きっと私も星良ちゃんも1ヶ月程度以内に生理が来るよと言ったけど、私は生理が来ないかも」
 

渚は12月には妊娠の兆候が見られ、峰子は2人の結婚を認めたので、2020年2月14日、ふたりは婚姻届けを提出した(渚は年内に性別変更の手続きを進め、2020年1月6日に渚は法的にも女性になっていた)。
 
渚は2020年7月7日、竜太の息子・大海(たいかい)を産んだ。
 
くしくも真倫が花音を産んだのと同じ日だったが、真倫と渚はお互いを知らない。ちなみに真倫は自分は死ぬかも?と思うくらい苦しんだが、渚は産気づいてからほんの5時間で出てくる超安産で、出産直後に喉が渇いたと言ってひとりで自販機にお茶を買いに行き、さすがに佐井村から来てくれていた自分の母に叱られた程だった。
 
 
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【春宵】(2)