【春宵】(3)

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2019年9月30日、青葉はこの日“大きな買物”をしたのだが、その夜、スマホにメールがある。見ると8月に示野で遭遇した高浜アリスである。折り入ってご相談があるのだが、お時間は取れないでしょうか?ということである。今日の大きな買物の件だろうか、などとも思いながら、連絡を取ってみる。
 
青葉が彼女に電話して、短時間であれば明日でもいいですよ、と言うと「参ります」ということであったので、彼女の便を考えて、氷見市内で会うことにした。
 
高岡市に住む青葉にとっては氷見は隣町である。R415を少し北上すればよい。
 
志賀町に住むアリスは、
 
西山IC(のと里山海道)徳田大津JCT(能越自動車道)氷見IC
 
と走ってくれば良い。1時間も掛からないであろう。
 

それで氷見市内の、うどん屋さん(氷見うどんの店:わりと高級感がある)で会ったのだが、アリスは
 
「実はドイル先生のお姉さんに四国で会ったんですよ」
と言った。
「千里姉ですか?」
「はい、そうです。それで色々相談事に乗ってくださって、私たくさん泣いたんですけど、随分心が晴れました」
 
四国で会ったとすれば、それは1番だろうなと思う。
 
「それは良かったです」
 
「亡くなった彼が、私の守護に入っていると言われました」
 
ああ、言っちゃったかと青葉は思う。お遍路を満願した時に別れが辛くなるからと思い、敢えて言わなかったのに。
 
「でも満願したら、彼は私の所から居なくなるだろうと言われました」
 
そこまて言っちゃったのか!
 
「でも私は四国を歩こうと思います。彼が次の段階に進むために私が役に立つのなら頑張ります」
 
「そこまで覚悟なさったのなら、迷わず先に進みましょう」
と青葉が言うと
 
「ああ、やはりドイル先生もご存じだったんですね」
と彼女は言う。
 
「先日ご相談させていただいた時に、ドイル先生、彼が私の守護に入っているとお考えなのではという気はしたのですが」
 
青葉は苦笑した。
 
「あなたには嘘がつけないようですね」
 
(千里や《姫様》に言わせれば、青葉の隠すのが下手なだけ!)
 
「それで今回は鳴門市から高知市まで歩いたんですが、11月くらいに今度は高知市から西予市くらいまで歩こうと思っています」
 
「頑張りますね」
 
「そして春になってから残りを歩いて、彼の命日までには満願したいなと思っているんですよ」
 
「彼の命日は、こないだ私がお会いした日?」
 
「どうして分かるんですか!?ほんとに凄い方たちですね」
とアリスは本当に驚いたように言った。
 

「それと、ご報告なんですけど、私、突然女になっちゃったんですよ」
 
青葉は頭を抱えたくなった。千里姉ったら、やっちゃったな?
 
しかし青葉は表情を変えずに笑顔で言った。
 
「それは良かったです。きっと、あなたに彼の忘れ形見を産むようにという天の思し召しかも知れませんね」
 
「先生、私が女になったと聞いても驚かれないんですか?」
 
「ええ。性別が自然に変わるって、たまにあることなんですよ。変わったのは何日ですか?」
「ちょうど千里先生にお会いした翌日、9月22日ですね」
 
青葉は手帳を見た。そして言った。
 
「だったら、きっと10月6日くらいに、初潮が来ますよ」
 
「しょちょうって」
「初めての生理ですね」
 
「やはり、私、生理が来ると思います?」
 
「来ると思いますよ。だから赤ちゃん産めますよ」
 
と青葉は答えた。千里姉のせいであれば、アリスは完全に性転換しているはずで、当然妊娠能力もあるはずなのである。
 
「でも私、何だか春の宵の夢でも見ているみたいで」
「夢なら夢でもいいじゃないですか。夢を見ている間に幸せをたっぷり味わいましょう」
「そうですね!そうします」
と高浜アリスは明るく答えた。
 

西湖たちはお昼休みに雑談をしていた。
 
「同音異義語って紛らわしいよね」
と伊代は言った。
 
「“喜捨した記者が貴社に汽車で帰社する”の世界ね」
と水希が言う。
 
「“こうしょう”とか多いよ」
と文佳が言って紙に書き始めた。
 
口承文学の口承
論功行賞の行賞
時代考証の考証
金鉱とかの鉱床
学校のマーク、校章
難しい話、高尚
匠(たくみ)の工匠
その中で特にうまい人は巧匠
士農工商の工商
海軍工廠の工廠
貴族や大臣の公相
厚生大臣の厚相
工業大臣とか鉱業大臣とかいたら、きっと工相、鉱相
公(おおやけ)に称する公称
公認の売春婦、公娼
公証人の公証
昔の高等商業学校、高商
高く飛ぶこと、高翔
高く歌うこと、高唱
相手の承諾のことを言う尊敬語、高承
公務中に怪我をした公傷
動物に噛まれた傷、咬傷
お話し合いの交渉
中国音階の音名、黄鐘
中国で使われていた紙幣の一種、交鈔
中国の昔の行政機関、行省
中国の昔の国の名前、高昌
日本で15世紀に使われた年号、康正。太田道灌が江戸城を作ったのが康正年間。
平安時代の仏師の名前、康尚
17世紀の中国の作家、洪昇
作り笑いのこと、巧笑
大笑いのこと、洪笑
大きな鐘、洪鐘
投降した将軍、降将
お坊さんの役職のひとつ、綱掌
 
と文佳は30個以上の“こうしょう”を書きながら解説した。
 
「聞いたことも見たこともない単語が多い」
と多くの子の意見。
 
「しかし随分あるね」
「多分まだある」
「高松(たかまつ)の中国語読みとか」
「おぉ凄い!」
 
「実際には音読みかもね。現代中国語なら多分カオソンくらいかな」
と瀬梨香。
「ほほぉ」
「中国語できるんだ?」
「いや、こないだ番組の撮影で台湾に行ったから」
「行ってたね!」
「あの食事代は本当に自腹?」
「自腹。今月のお給料半分になっちゃった」
「あれマジで払わされるんだ?」
「可哀想。せっかく台湾まで行って」
「負けちゃったし」
と瀬梨香は言っている。高校生に8人分の食事代をマジで払わせるとは凄い番組だな、と西湖は思った。
 
「でも到着した松山空港が、ソンシャン空港で、高雄はカオションだったから、その組合せなら高松はカオソンかなと」
「なるほどぉ」
 

「こないだ私も同音異義語でやられた」
と紀子が発言した時、多くの子が“警戒”した。この子は概して“下ネタ”が多い。
 
「“鹿島市”にある有名神社は?というからさ」
と紀子は市の名前を字で書いてみせる。
 
「ああ、分かった」
と瀬梨香が言った。
 
「鹿島なら鹿島神宮でしょ?」
と伊代が言うと
「ブッブッー」
と紀子は不正解音を発音する。
 
「祐徳(ゆうとく)稲荷だよね?」
と瀬梨香が言う。
 
「それが正解。鹿島神宮のあるのは鹿嶋市、鹿島市は佐賀県で、そちらは祐徳稲荷がある」
と紀子は解説した。
 
「それで罰ゲームは自腹でここに行ってラーメン食べてこいと言われたのよ」
と言って紀子は
“大田市”
と書く。
 
「のりちゃんも自腹か!」
と瀬梨香。
「あ、分かった」
と文佳。
 
「大田区くらい別にいいやと思って同意したらさぁ」
「大田区(おおたく)じゃなくて大田市(おおだし)なのね?」
「そうだったのよ。大田市って島根県だったのよね」
「ああ、それは大変だったね」
 
「もう私の今月お給料飛んじゃったよ」
「ああ、可哀想に。給料安いのに」
 
「ちなみに大田市に代官山動物園ってあったよ」
「へー!」
 

紀子はここでやめておけば良かった。
 
「ケンネルさんったら、しゃせい大会でもいいぞと言ったのよね」
「写生のほうが楽だったのでは?のりちゃん、わりと絵がうまいし」
と伊代は言っているが、文佳は頭を抱えている。
 
「『お前しゃせいできるのか?』と言うから『わりと好きですよ』と
言ったらさぁ」
 
「のりちゃん、そのあたりでやめなさい」
と優美が言うが、紀子は続ける。
 
「『そうか。お前ちんこ付いてたのか?ニューハーフだったのか?』と言われた」
と紀子。
 
「“しゃせい”は“しゃせい”でも、男の子専用の機能ね」
とわざわざ水希が解説する。
 
「だけど、番組撮影終了後、ケンネルさんと話してたら、男の子って、毎日しゃせいして、溜まった精子を体外に排出しないと、精子が溜まりすぎてちんちんが詰まって死んじゃうんだって?」
 
「死なない、死なない」
と瀬梨香。
 
「余った分は体内に吸収されるだけだよ」
と優美。
「え?そうなの?てっきり信じちゃったよ」
と紀子。
 
「あまりちゃんと性教育受けてなさそうな女の子をからかったんだな」
と文佳。
 
「毎日やってる子は少ないよ。普通は1週間に1回くらいらしいよ」
「週に2〜3回じゃないの?」
「いや、実際毎日してる子がほとんどらしいよ」
「あれ?そうなの?」
と女子たちの意見は分かれる。
 
「1日に2〜3回する子も結構いるらしいよ」
「そんな毎日何度もしたくなるほど楽しいものなの?」
「あれってせずにいようと思っても、してしまうらしいね。男の子はちんちんの奴隷なんだよ」
「可哀想」
「奴隷から解放してあげたいね」
「どうやって」
「支配者を身体から切り離してしまうとか?」
「まあ過激ね」
「つまり男の子辞めないと無理ということか」
 
「男の娘ってのは、ちんちんの奴隷から解放されて自由になりたいのかも」
「アクアちゃんなら週に1回くらいかもね」
「アクアちゃんは、しゃせいしないと思うな」
「男の子なら、しゃせいくらいするのでは?」
「アクアちゃんは、ちんちん付いてないはず」
「ああ、その説が有力だよね」
 
なんか凄い会話してるなという気もする。
 
西湖も、アクアさんの真実はどうなんだろう?と疑問を感じた。ちなみに西湖は今は女の子になっているので、しゃせいのしようもないが、男の子だった中学生時代にも実はほとんどしていない。それはずっとタックしていて、物理的に不可能だったからである。西湖が最後に自慰したのは小学6年生の時「念のため」と言われて精液の冷凍を作った時で、その前は、まだ§§プロと契約する前の5年生の時である。6年生の時はその精液採取以外では射精していない。
 

「射精って凄く楽しいね」
と佐理がほんとに楽しそうに言うので、真倫も
「よかったね」
と言った。
 
「まりりんもしてたんでしょ?」
「私は射精の経験は無いよ」
と真倫。
「オナニーしてなかった?」
と佐理が尋ねる。
 
「私は自分は女の子だから男の子の機能は使わないことにしようと決めてからしなくなった。実はまだ小学4年生の頃に数回したことがあったけど、当時は精液は出なかったんだよ。でも物凄く罪悪感を感じた。私、女の子なのにこんなことしてしまってと。だからしないことにしたから、それ以降1度も自慰はしていない。こないだ女の子になってから初めて女の子の自慰を経験して解放された気分だった」
 
夢精では時々出ていて、物凄く気持ち良かったことは取り敢えず内緒にしておく。
 
「女の自慰なんて大して気持ち良くないよ。男のオナニーは最高だよ」
と佐理は言う。
「私と毎日3〜4回セックスしてるのに、オナニーもするんだ?」
と真倫は呆れ気味に言う。
 
「オナニーとセックスは別だよ」
「そんなに射精してよく体力持つね。ちんちん痛くならない?」
「ちんちんは平気。まりりんが良ければ日に10回くらいしたいけど」
「やめてー。私、壊れる」
「うん。やりすぎるとまりりんが辛いかもと思って、セックスはせいぜい5回くらいにして、あとはオナニーしてる」
 
「すけちゃん、ちんちんの奴隷になってる」
「奴隷結構。ちんちんを使って使って使いまくる」
「ちんちんに使われている気がする」
 

「射精気持ちいいよぉ、嬉しいよぉ」
などと言うケイナに
「良かったね」
とマリナは微笑んで答えた。
 
「お前もしてるだろう?」
とケイナが尋ねるが
「私はオナニーあまりしないよ」
とマリナは答えておく。
 
「そうか?たくさんすればいいのに。俺たちどうせ女とは付き合えないしさ」
とケイナは言った。
 

「射精したいよぉ」
と貴司はその日も“逝く”ことができずに、嘆いた。
 
10月18日に千里から(と思っている)久しぶりに、ちんちんを返してもらったものの、睾丸は返してもらえなかった(と思っている)ので、自分で触っていても逝くことも射精することもできない。そもそも勃起しないのである。実はローターも所有しているものの、ローターの振動では確かに気持ち良くはなるものの、やはり逝くことが出来ない。
 
美映は貴司がEDだと思っているので、美映自身、そんなに性欲も無いし、貴司に求めたりもしない。貴司は夜間、市川ラボで練習した後、居室でシャワーを浴びてから寝る前にオナニーしてみる。しかし全く逝くことができずに辛い思いをしていた。
 
「やはり僕が浮気しすぎたのが悪いんだろうな」
などと独りごとを言ったりする。(その通り!)
 
「もうずっと浮気してないのに」
などとも貴司は呟いていた。
 
貴司と阿倍子の結婚は千里が貴司の浮気を悉く潰したので維持されていたが、貴司と美映の結婚は千里が貴司の男性器を取り上げたので維持されている、と《きーちゃん》は考えていた。
 

(2019年)10月25日、青葉は短水路日本選手権(10/26-27)のために東京に出て来ていたのだが、思わぬ人物から連絡があった。
 
「実はローズ+リリーのケイさんにお聞きしたら、ちょうど東京に出て来ておられるということでしたので」
とマリナが言うと
 
「どういうご用件でしょう?私、明日から大会なので、あまり精神力を使いたくないのですが」
と青葉は不快さを隠さずに答える。本当に大会前は困るのである。
 
「1時間で済みますので」
とマリナが言うので会うことにした。2人は青葉が泊まり込んでいる、江東区の深川アリーナの牛丼屋さんで会った。
 
「体育館に牛丼屋さんって珍しいですね」
「ここでライブとかしたことありませんでした?」
「ここはまだ無かったですね。ローズクォーツでは縁の無い規模の会場だし」
 
ケイナとマリナは昨年のカウントダウンなど、ローズ+リリーのライブにも何度か出ているのだが、ここではやったことが無かったようである。
 

「ところで大宮先生は、女化神社の痴漢騒動はご存じですか?」
「いえ」
 
「実は今年の6月頃から7月頃まで、棒那市の女化神社という所の前の通りに痴漢が出るという噂があったんです」
 
「はい」
 
「その痴漢が変わっていてですね。女の子からは脅してブラジャーやパンティを奪うのですが、男性からはペニスを奪ってしまうという話で」
 
「はぁ!?」
 
そんな話は初耳だった。
 
「それで私とケイナが『ミッドナイトはネルネル』という深夜番組で、この痴漢の再現ドラマの撮影に借りだされまして」
 
「すみません。あの番組、結構話題になっているようですが、北陸では放送していないので」
 
「そうでしたか。それで私とケイナが襲われる女子中学生役、芸人クラウドさんが痴漢役で、再現ドラマを撮影したんです」
 
「ああ、裸芸で話題になっている人ですね」
「ええ。でもこの番組の後、BPOからクレームが入って、彼は今裸芸が禁止になっちゃったんですよ」
「それは可哀想に。それがあの人の売りなのに」
「あの人、それ以外に芸が無いてすからね」
「トークは苦手っぽいですよね」
 
とわりと2人とも無茶苦茶言っている。
 

「それでその番組が放送された晩、私とケイナは変な夢を見まして」
と言ってマリナはその内容を語った。
 
青葉は腕を組んでその話を聞いていた。
 
「それで起きたら、実際無くなっていたと?」
 
「ケイナは男性器が無くなって女のような形状になっていました。私にはペニスがありましたが、明らかに自分のものではありませんでした」
 
「つまり夢に見たままのことが実際行われたと?」
「ケイナには悪くて、自分の身体に付いていたペニスが本来は彼のものかもということは話していません」
 
「話せませんよね!」
「ですよね」
 
大宮万葉に追認してもらって、マリナは少し肩の荷が下りた。
 

「それでしばらく、私には自分のものではない男性器が付いてて、ケイナは女の形のままで過ごしていたんです」
「ケイナさんのバストは?」
「男のように平らなままです」
「それは中途半端な」
「これでは男湯にも女湯にも入れないと嘆いていました」
「それは大変だ」
 
「ところが今月ローズクォーツのツアーが始まって、初日の札幌公演の後、定山渓温泉に泊まったのですが」
「何か起きました?」
「突然2人とも女の身体になってしまったんですよ。お股は完全に女の形だし、バストも結構大きくて」
「それで女湯に入ることができたと?」
「まあ私はお風呂に入れて助かったと思ったのですが、ケイナは女湯なんて入るのは初めてなもんで、凄く恥ずかしがっていました」
 
(実際には2人は男の身体だった時代にも数回女湯に入っているがマリナはしれっと嘘を言っている。でも青葉は気づかない)
 
「まあ心が男性なら、女湯になんて恥ずかしくて入れないでしょうね」
「ええ。心が男なのに女湯に入ったら痴漢ですよ」
とマリナが言う。
 
それで青葉はマリナは心は女なのだろうかと感じた。
 

「それで私とケイナは女の身体のままツアーを続けたんですが、女の身体になってしまったので、男声が出なくて困っちゃって」
 
「ああ、ローザ+リリンって、人前では男声で歌うポリシーでしたね」
「そうなんです。観客の居ない音源制作の時は女声で歌っていますが」
 
それで今年のローズクォーツは、CDでは女声ボーカルなのにライブでは男声ボーカルとなっていて、多くの人がローザ+リリンの声を電気的に処理して女声のように変えて音源制作しているのだろうと思っているようだ。実際には2人は男声・女声の両方が出ていた。
 
「取り敢えず仕方ないので、事務所の社長、そしてローズクォーツのタカさんの許可を取って、翌日からは女声で歌唱させてもらいました」
 
「男声が出ないのでは、おふたりにとっては商売あがったりですね」
「全くですよ」
とマリナは言う。
 
「それで今度は徳島で公演をした日なのですが」
「はい」
 
「この日、また性別が変わって男に戻っちゃったんですよ」
「ああ」
 
「でも2人とも声は戻らないんです」
「ありゃ」
 
「2人とも女声のままで。このままだとローザ+リリンはこの後、女声デュオとして、やっていくしかないかも」
 
「別にいいんじゃないですか?何か困ります?」
と青葉は言った。
 
「やはりそう思われます?実は私も女声だけで全然困らない気がしたんです」
「どっちみち、おふたりも脱ぐの禁止なんでしょ?」
「裸芸を随分やって警察に睨まれたので、絶対に裸にはならないという誓約書を出さないと興行許可をもらえないんです」
 
「でも裸芸なんて40歳や50歳までできる芸ではないですよ」
「そんな気はしていました。私たちも30代になっちゃったし」
 
「これからは本格歌手で売っていけばいいんです。せっかくローズクォーツの代理ボーカルやって、歌唱力があることを多くの人に知ってもらったんだから。何なら、代理ボーカルが終わった後、楽曲を提供しましょうか?」
 
「本当ですか!?嬉しいです。ぜひお願いします」
 
青葉は余計なこと言っちゃったかなあとは思ったものの『松本花子』に作らせればいいやと思った。
 

「でも夢に出て来たお医者さんみたいな人は何だったんだろう?というのと、私たちが温泉で性転換したのは何故だろうと思って」
 
「お医者さんのような格好で出て来たのは夢魔の一種だと思います」
「その系統ですか!」
「女化神社に出ていた痴漢は多分妖怪の類いだと思いますが、妖怪と実質的にコンタクトしたことで、魔に付け入れられやすい状態になっていたんですよ。そこをやられたんですね。変な跡が付いてますよ。これを今・・・除霊しました」
 
「ありがとうございます!」
「後日ケイナさんも連れてきてください。除霊しますから」
「よろしくお願いします。あと、ツアー中の突然の性転換の原因は?私、また突発的に性転換しないか不安で。定山渓ではお風呂に入る前、徳島では入った後だったから良かったんですが、もし女湯に入っている最中に性転換しちゃったら、痴漢で捕まっちゃうし」
 
とマリナ。
 
青葉は考えた。
 
「ツアー中に関係者以外で誰か知っている人に会いませんでした?」
 
「知っている人ですか?」
と言ってマリナは考えていたが
 
「そういえば定山渓温泉では丸山アイさんに会いましたよ。あの人は男だという説と、女だという説が飛び交ってましたけど、本当は女だったんですね」
 
ああ。。。と青葉は犯人のひとりが分かった。あの人の悪戯だろう。何かで虫の居所が悪かったのかな?
 
「名古屋公演の後では、アクアちゃんと会いましたよ」
「へー」
 
「あの子、ちんちん付いてるくせに堂々と女湯に入りますね。人のこと言えんけど」
 
「まああの子は仕方ないですね。男湯に入ろうとしても追い出されるから」
「あの晩もそんなこと言ってました。でもアクアちゃんには私たちが実は女だったと思われちゃいました」
 
「まあそれでもいいんじゃないですか?」
と青葉が言ってみると、マリナは頷いているので、青葉はマリナはやはり性別に違和感を抱えているんだなと確信した。
 
「それから徳島の公演前には。お姉さんの醍醐春海先生にお会いしましたよ」
「ああ」
 
それで青葉には“もうひとりの犯人”も分かってしまった。ただし千里1の暴走が既に停止していることは、千里3から教えてもらっている。
 
「まあだいたい事情は分かりましたが、ひとつだけ確かなことがあります」
「はい」
 
「もうおふたりの性別が変わることはないです。安心してください」
「そうですか。良かった!」
とマリナは嬉しそうだった。
 
なお、マリナはご無理を言って相談に乗ってもらったしと言って、見料に100万円も置いていった。
 
青葉はさすがに多すぎると言っただが、マリナはここ数ヶ月悩んでいた問題が解決して物凄く心が楽になったと言って、日本銀行の封印の掛かった札束を青葉に押しつけて行った。
 
「こんなにもらっちゃったら、マジであの人たちに楽曲あげないといけないなあ」
と青葉は少し悩んだ。
 

マリナが青葉と会う数日前、マリナはケイナに尋ねてみた。
 
「マリちゃんの赤ちゃん、あやめちゃんの父親は誰だと思う?」
 
「否定していたけど、上島雷太じゃないの?それ以外考えられん」
とケイナは答えた。
 
ふたりはマリと大林亮平の関係を知らない。
 
「私はたぶんケイだと思う」
とマリナは言った。
 
「ケイはもうとっくの昔に性転換してるじゃん」
「恐らく性転換前に精液を冷凍していたんだよ」
「嘘?」
「あやめちゃんの写真見た?」
「雑誌に写真が載ってたから見た」
「私は目元とかがケイに似ていると思った」
 
「まさか」
「だからきっとマリとケイはそのうち結婚する」
「ケイは戸籍を修正したから女同士じゃん」
「パートナーシップ宣言という手もあるよ」
「ああ」
 
「ローズ+リリーの2人は2014年春以来渋谷区に住んでいるけど、渋谷区では2015年11月以降、パートナーシップ宣言を受け付けるようになっているんだよ。だからその制度を使うんだと思う、そもそもふたりがあそこに引っ越したのは、渋谷区がそういう制度を導入する予定とかいう情報をキャッチしていたからかも知れないと私は思ってる」
とマリナは言った。
 
「マリとケイが結婚してもファンは誰も驚かないだろうな」
「実際、ほとんど結婚してるのも同然だし。マリちゃんは楽しそうにケイとのセックスの話をラジオとかでしているし」
「してるしてる。鞭とか蝋燭とかも言ってる。あれマリちゃんが男役なんやね」
 
「マリちゃんにしばしば男性との交際報道が流れるのは、きっとレコード会社がレスビアン婚されてはイメージが下がると思って、わざと流してるんだよ」
 
「それってありそう。今更、それでがっかりする人なんて居ないのに。そもそもローズ+リリーは初期の頃、和製t.A.T.u.とか言われてた。ステージ上でキスするのもタトゥーの真似」
 
「うん。だけど★★レコードもマリとケイの理解者の町添さんが社長になったから、堂々と2人に結婚式挙げさせて、あやめの父親も実はケイでしたと発表するかも知れない」
 
「その時は俺たちはどうなるのかな?」
とケイナは急に不安そうな顔をして言った。
 
「きっとケイナと私で結婚させられるね」
とマリナ。
 
「やめてくれー!」
とケイナは叫んだ。
 

そんな話をしたのが、ローズクォーツのツアーが終わって東京に戻った10/23のことであった。
 
(ケイナと芸人クラウドの“結婚式”はこの直後の10月29日に収録され、その様子が11/01夜に放送されて2人への結婚祝いが増加することになる)
 
7.30 女化神社前でのマリナ・ケイナ・芸人クラウドの撮影。
8.02 その様子が放送される。その夜、マリナとケイナは男性器を取られる夢を見る。
8.07 千里と京平が女化神社前の痴漢を退治する。
8.29 週刊誌がマリナの性転換、ケイナとマリナの結婚、美里の性転換を報道する。
8.30 UTPからローズクォーツのツアーの連絡がある。
10.8 ローズクォーツ札幌公演の後、定山渓温泉でケイナとマリナが丸山アイに会う。
10.13 ケイナとマリナが名古屋公演の後、女湯の中でアクアと遭遇。
10.16 ローズクォーツ徳島公演の前に、ケイナとマリナが温泉で醍醐春海に会う。
10.23 マリナがケイナに自分たちが結婚させられる可能性について話す(↑)
10.24 マリナが母から「改名が終わった」と告げられる。マリナその日の内に運転免許証を書き換え、マイナンバーカードの改名申請、パスポートの再発行手続き。
10.28 『ミッドナイトはネルネネ』でケイナ(と芸人クラウド?)の結婚式撮影。
11.01 マリナ、新しいパスポートを受けとる。
11.01 ケイナの結婚式が放送される。
11.02 板付社長、左蔵Pから新婚旅行について打診され即OKする。マリナが左蔵に条件を出す。
11.07 Marina Mizusaki 名義のVISA Goldカードを受けとる。
11.10 新婚旅行に出発。
10.カメハメハ・マノアの滝 11.ワイキキ・フラ・ハワイ島 12.ショッピング、ダイヤモンドヘッド・結婚式
 

新婚旅行の話は、ケイナの結婚式に対する反響が物凄かったことから、左蔵プロデューサーがローザ+リリンの事務所社長・板付に直接電話して打診された。板付社長は即OKした。そして左蔵は社長に、ローザ+リリンはとてもセンスがいいので、レギュラーに昇格させたいがと言って、これも即OKされる。ただしこのことは本人たちにはまだ言わないでくれと左蔵は依頼した。
 
新婚旅行の話を社長から聞いたケイナとマリナは猛烈に反発したものの、社長から「どうせジョークだからいいじゃん」と言われ、渋々承諾する。しかしマリナは左蔵プロデューサーに直接電話して、自分たちの本名が開示されることのないよう、チケットはこちらで購入したいと申し出て承諾される。
 

それで11月10日の午後、4人は成田空港の玄関前で落ち合って、航空会社のカウンターに行こうとしていた。その時、向こうの方に人だかりができていた。
 
「あ、アクアちゃんだ」
 
近くに事務所社長の秋風コスモス、それに姫路スピカと今井葉月、桜木ワルツも居る。
 
「どこか海外に行ってきたのかな?」
「お迎えにあんなに人が集まるんだ?」
「スケジュールとかは非公開だろうけど、きっと機内で気づいたファンがSNSか何かに書いて、それが広まっているんだよ」
 
「人気者は辛いね」
「あのくらい人気になってみたいね」
などとケイナはマリナが言っていたら
 
「いや、ローザ+リリンのおふたりも、かなり羨ましがられていると思いますよ」
と内野音子が言う。彼女はタレントと認識されず局アナと思い込まれていたりする。
 
「まあ私たちは、ローズ+リリー人気のおこぼれにあずかっているだけだけどね」
とマリナは言った。
 

「あれ?こちらに来る?」
 
アクアやコスモスたちがこちらに近づいてくるのである。
 
「おはようございます、ローザ+リリンさん」
とアクアが丁寧に挨拶した。
 
「おはようございます、アクアさん、秋風コスモスさん、姫路スピカさん、今井葉月さん、桜木ワルツさん」
とマリナが挨拶し、ケイナもそれに唱和するように一緒に挨拶した。
 
こういう時、名前を呼ぶ順序はわりと難しい。実はマリナも、葉月とスピカのどちらを先に呼ぶべきか一瞬悩んだ。
 
しかし彼女たちは全く順序など気にしていないようで、コスモス以下全員
 
「おはようございます、ローザ+リリンさん」
 
と言った。
 

「海外に・・・写真集撮影か何かですか?」
とマリナが尋ねると
「よくお分かりですね。実はドイツに行って来たんです」
とコスモスが答える。
 
「ローザ+リリンさんは・・・・『ミッドナイトはネルネル』ですか?」
「よく分かりますね!その取材でハワイに行く所なんです」
 
内野音子が一緒なので分かったのだろう。でも新婚旅行ですとまでは言わない。
 
「あの番組、わりと予算あるんですね!」
と桜木ワルツが驚いたように言う。
 
「今回は1時間スペシャルらしくて。年末に放送予定なんですよ」
「ああ。年末の特別番組ですか!」
「アクアもだいぶ年末の番組の撮影こなしてるね」
とスピカ。
「まだ出演したのは3本です。たぶんまだ20本くらいあります」
とアクア本人。
 
「大変そう!少しお仕事分けてほしいくらい」
とマリナは半分マジで言ってみた。
 
「あら、だったら、まだ出演者が固まっていない番組があったら、おふたりを推薦しておきましょうか」
とコスモスが言うので
 
「はい。ぜひお願いします!」
とマリナは言ったが、そのおかげで、年末年始の番組に8本も出ることになるとは、この時、マリナも思わなかった。その出演を通してローザ+リリンの人気は更に上がることになるのである。
 

マリナたちは出国手続きをして、その日の夜の飛行機でハワイに向かった。
 
NRT 11/10 22:05 (HA5391 B787) 同日10:00 HNL (6'55)
 
到着した当日は、入国手続きの後、お昼を食べてからカメハメハ大王の像・イオラニ宮殿を見学した後、マノアの滝まで歩いて往復したのだが、この映像はほとんどカットされていた(大王像の前で並ぶケイナとマリナをわずか1秒映しただけ)。そして夕食後、ケイナがマリナをお姫様抱っこしてベッドへというシーンを撮影して1日目を終了した。
 

2日目はまず2人ともビキニの水着を着て、ワイキキビーチを歩き、水浴びしたり、海で泳いだりした。この映像はまるで女友だち2人でハワイに遊びに来たかのようである(ケイナとマリナは36歳と34歳である、念のため)。
 
水泳はふたりともできるので、少し沖まで泳いで出る所をボートに乗ったカメラマンと内野音子が撮影・レポートした。ちなみに内野音子もケイナに「あなたもビキニになりなさいよ」と言われて、ビキニを着せられた。
 
「私、ビキニ持って来てないもん」
と言ったのだが、カメラマンが
「これ左蔵プロデューサーからのプレゼントです」
と言ってビキニの水着が出てきた。
 
「だけどケイナさんも、マリナさんも、素敵なビキニ姿ですね」
と内野音子は感心したように言う。
 
「身体をいじめているから」
とマリナ。内野音子のビキニ姿については敢えて論評しない!
 
ケイナもマリナも見た目はウェストがくびれていて、バストもDカップくらいあって、凸凹凸のセクシーボディである。むろん股間には膨らみのようなものは見当たらない。
 
「私たちはひたすらドサ廻りだから、このビキニ姿からビキニも脱いで、更におっぱいも外して、男の身体を露出して、観客のおばちゃんたちに『きゃーっ』て悲鳴あげられるのが定番だったんだけどね」
とマリナは説明する。
 
「でも散々警察に呼ばれて注意されたから、もう5〜6年それやってないね。絶対裸にならないって誓約書を提出しないと興行許可が取れなくてさ」
とケイナ。
 
「だけどケイナさん、これ付いてるように見えないんですが、本当に付いてるんですよね」
と内野音子はケイナのお股に触りながら!言う。
 
「隠し方があるのよ、って触るのはさすがにやめて」
とケイナ。
 
「本当に付いていないマリナさんと比べても違いが分からないし」
と内野音子は言うが
 
「私も付いてるんだけど」
とマリナ。
 
「マリナさんは手術して取っちゃったんでしょ?」
「取ってないわよ」
「はいはい、そういうことにしておきましょうね」
 
マリナはこの番組は“変な噂”を増殖させてるなと思った。
 

午後からはケイナ・マリナ、ついでに内野音子まで観光客向けのフラダンス教室に参加した。
 
3人ともフラの衣装を勧められたのだが、内野音子は「お腹が不自由なので遠慮します」と言って、普通の服の上にバウ(ギャザースカート)を穿くことにした。ケイナとマリナは、ココナッツのブラジャーに、ティーリーフのスカートである。これに3人とも手首にはイイ(ハンドタッセル)を付ける。
 
それで先生に付いて習ったのだが、先生がケイナとマリナに
「あんたたち習ったことある?」
と尋ねる。
 
「9月にタヒチアンダンスを習いました」
「それでか。だったらあんたたちはそちらの先生に習いなさい」
と言われ、5分で初心者コースを卒業して、中級コースに進んだ。
 
カメラは内野音子を放置して中級コースの教室に行く(内野音子が「行っちゃうの?」という顔をする)。
 
それで中級コースの先生に習ったが
「あなたたちスシがいいね」
などと日本語で言われていた。(きっと「筋がいい」の間違い)
 
1時間ほどのレッスンを経て、他の生徒さんたちと一緒に交替でレストランのステージで踊るが、ケイナとマリナのダンスには結構熱い拍手や歓声が送られていた。ふたりとも腰をたくさん動かして踊ることが出来る(ハワイアンの方がタヒチアンよりスローである)ので、かなり様になったようである。内野音子は他の数人の初心者さんと一緒に踊ったが、暖かい拍手送られていた。
 

夕方近くになって(定員の関係で)ケイナとマリナにカメラマンの3人だけでヘリコプターに乗り、1時間ちょっとのフライトでビッグアイランドの異称もあるハワイ列島最大の島・ハワイ島に到達する(ホノルルがあるのはオアフ島)。途中の窓から見る島々の風景も素敵だったが、ハワイ島の活火山、キラウェアとマウナロアが迫力だった。
 
ハワイの最高峰・マウナケアの山頂(4205m, 休火山)に降り立ち、ここからハワイ諸島の島々に沈んでいく夕日を見たが、物凄く美しくて、レポーター役を任されていたマリナもその時間はしゃべるのを忘れて、ただただ見詰めていた。カメラマンは仕事を忘れずに、夕日を背にして、感動している2人を撮していた。(夕日自体は固定カメラでも撮っている)
 
「だけどそもそもハワイまでの往復運賃も掛かっているし、ヘリコプターツアーとか、いつからこの番組こんなに予算が潤沢になったんですかね?」
とマリナが尋ねる。
 
「あ、そうそう。この番組、1月からゴールデンに移動するらしいですよ」
「嘘!?」
「それを機会に、ローザ+リリンのお2人もレギュラーになってもらえたらとプロデューサーが言ってました」
「ホントに?やるやる!」
と2人は乗り気である。
 
「後で左蔵からお話があると思います。でもゴールデンに行くと、下ネタとかあまり出せなくなるかも知れないけど」
「ああ。この番組の持ち味が死なないといいね」
「チャンネルさんもそれを少し心配してました」
「まあ一部危険な芸人はいるな」
 
揚浜フラフラとか、健康バッドとか、芸人クラウドとか、とマリナは考えてからこの番組の主力じゃん!と思った。
 
「あいつら全員女装させる?女装じゃあまり下ネタできないでしょ」
「女装させると別の苦情が来る人もありそうで」
「芸人クラウドの女装は私、あの夜、悪夢に見たよ」
とケイナが言っている。
 
「それで制作費が増額されるので、今回はおふたりにチャペルで結婚式をあげてもらおうという意見もあったんですが、信者さん以外は挙式料10万円かかるということだったんでそれはギブアップしたんですよ」
 
「それ本当に困ってるんだけど、私たち結婚とかしてないから」
とマリナは本当に困ったように言ったがカメラマンは
 
「だから結婚式を挙げるんでしょう?」
などと言った。
 
マリナは後日「あの時は七山さんに完全に欺された」と言っていた。
 

3日目は、午前中、ハワイ最大のショッピングモール、アラモアナ・センターに行き、ショッピングを楽しむ。おなじみのマカダミア・ナッツ、ハワイコナコーヒー、アカカフォールズファームのリリコイ・ジャム、など食品のお土産など買う。
 
内野音子が2人を乗せて、1着1200ドル(約13万円)もする素敵な絹のドレスを購入させた。青いドレスと白いドレスのペアで、ケイナ用が青、マリナ用が白である。代金は2着まとめてマリナのカード(Marina Mizusaki名義)で払った。
 
「自腹なのか」
「さすがにそこまで番組予算がありません」
「まあいいけどね」
 
この時、パスポートの提示を求められたので提示する。店員さんは名義を見比べただけで頷いていた。マリナはクレカの名義変更が間に合って良かったと思った。カメラはカードやパスポートを撮していない。
 

お昼前にアラモアナ・センターを出て、近くのBuncan Jewelry と書かれたお店に行く。名前の読み方はバンカンだろうか、ビュンカンだろうか。
 
「ねぇ、ここでもまた自腹で買物させる気?」
「新婚旅行でしょ?景気よく行きましょう」
「だから結婚してないってのに」
 
取り敢えず入ろうとするが、鍵が掛かっていて入れない。
 
「お休みかな。良かったね」
とケイナ。
「いえ、ここはセキュリティのためいつも鍵が掛かっているんです」
と内野音子。
「ちょっと待って、それ、凄く高い店なのでは?」
とマリナ。
 

でも内野音子はベルを鳴らしてドアを開けてもらう。
 
カメラマンの入店が断られる!
 
それでこの先は映像無しで、内野音子がポケットに入れていたICレコーダーによる音声録音だけの放送になった。ちなみにケイナは男装(アロハ+ホワイトスラックス)でマリナか女装(ムームー)なのでふたりはカップルに見える。内野音子(アロハ+絞り染め(タイダイ tie-dye)のスカート)はその2人のメイドか何かと思われた感じもある。
 
「これは・・・素敵なアクセサリーが並んでいる」
とマリナはマジで声を挙げた。
 
「きれいだね」
とケイナも並んでいる指輪やペンダント、ブレスレットなどに見とれている。手頃なシルバー製から、ハワイ固有種・コア(Acacia koa)の木を使用したもの、結構なお値段のするゴールド製まで色々である。
 

店員さんがマリナとケイナを歓迎するように日本語で話しかけてきた。
 
「新婚さんですか?ハワイ旅行の記念にこれなどどうです?」
と言って指し示すのは、豪華な装飾が施されたダイヤモンドのゴールドリンクである。お値段は3万ドル(327万円)だ。
 
こんなの自腹で買わされててはたまらんと思ったマリナが
「Beautiful! but, no thank you. We are poor」
と言う。
 
すると店員さんは
「だったら、これはどうです。コアの木のリングです。コアはハワイでしか育たない木で、年間の伐採量が制限されているんですよ」
と言う。
 
見ると、どうもマリッジリング仕様のようだ。2つ並べてある。彫刻が豪華だ。
 
「What is the stone on the ring?」
とマリナは尋ねてみた。
 
「男性用のに載っている大きな石はターコイズ、女性用のに載っているのは“ハワイのダイヤモンド”と呼ばれるペリドットです」
 

「I heard Peridot in Hawaii has exhausted?」
とマリナが訊く。
 
「よくご存じですね。現在ではほとんど産出されません。うちも僅かに在庫を持っていますが店頭には出していません。オーダー頂ければ特別に指輪に致しますが」
「No thank you. It seems too expensive」
 
「このターコイスもペリドットもアメリカのアリゾナ州で産出されたものです」
と店員さんは言った。
 
正直に説明してくれたことに、マリナは好感を持った。
 

「さあさあ、マリナさん、買いますか?買いませんか?」
と内野音子が煽る。
 
「じゃサイズが合ったら」
とマリナは言った。木製リングは延ばしたり継いだりできないからサイズ調整は困難なはずだ。
 
「合わせてみましょう」
と内野音子が言い、店員さんがショーケースの鍵を開けて指輪を取り出す。まず女性用の指輪をマリナの左手薬指に入れると、きれいに填まる。この瞬間、マリナは「やられた!」と思った。
 
続けて男性用をケイナの左手薬指に填める。きれいに填まる!
 
「嘘。なんでこんなにピタリと填まるの?」
とケイナは驚いている。
 
マリナは予め自分たち用に用意させていたようだと思ったが、まだケイナは気づいていないようだ。しかしわざわざ用意してくれていたものを買わないわけにもいかない。取材先に迷惑を掛けないのが、芸人魂だ。
 
「だったらドレス代は私が出したから、これはケイナが買ってよ」
と言う。
 
「え〜?買うの?」
と言っているケイナは全く気づいていないようである。
 
「まあいいか。こないだのツアーのギャラももらったし」
と言って、ケイナが自分のVISAカード(Keita Hino名義)でそのペアリングを買った。お値段は2個セット、メッセージ入れ込みで1800ドル(19.6万円)である。
 
もっともドル表示なので、ケイナは金額をよく理解していないかも、とマリナは思った。海外ではそれでわりと買物しすぎたりする。
 
指輪はメッセージ(from K with love, from M with faith)を入れるので、今日の夕方以降に取りに来てということで、控えをもらった。内野音子が「スタッフに取りに行かせますよ」というので彼女に控えを渡した。
 

近くのステーキ・レストランで昼食を食べた。食事代は番組持ちである。
 
「しかし素敵なドレスも買ったし、素敵な指輪も買ったし、あとは結婚式だけですね」
などと内野音子は言っている。
 
「だからそんなのしないって」
とケイナ。
「もっともケイナはこないだ、芸人クラウドと結婚したのではという説もあるけど」
とマリナ。
「あれは錯誤無効だろう(*3)?」
とケイナは言った。
 
(*3)民法95条により、錯誤による契約は無効である。契約が無効になるのは、他に、公序良俗違反(90条)、心裡留保(93条)などのケースがある。
 
あの“結婚式”では結婚の相手が芸人クラウドにすり替わっているとはケイナは思いもしなかったので錯誤が主張できるハズ。
 
公序良俗違反→愛人契約・奴隷契約・殺人依頼のようなもの
 
心裡留保→契約の“双方”が本気でないと認識していた場合。
例えば「5000兆円ちょうだい」「いいよ。明日振り込むね」みたいな類いのもの。
 

「そうそう。今日の夕方、ハワイで結婚式をあげる日本人のカップルがあるんですよ。その結婚式を見学しませんか?」
 
「そんなの私たちが出席していいの?」
「はい。取材の許可を取ってあります」
と内野音子は言った。これは嘘ではない。ちゃんと彼女らの“事務所”に許可を取っていた。
 
それで夕方からその結婚式を見にいくことにし、午後はダイヤモンドヘッドの登山!をさせられる。登山口までは車(現地スタッフが運転するHONDA CR-V)で行ってから、登山道を1時間歩く。この取材にはカメラマンだけが同行し、内野音子は「私体力無いから」と言ってパスした。
 
(実は夕方の結婚式の準備をしていたのである)
 
「私たちも体力無いんだけど」
「一昨日もマノアの滝まで往復2時間歩いたのに」
と文句言いながらも、ケイナとマリナはカメラマンと一緒に頑張って登山道を登った。
 
「ここなんでダイヤモンドヘッドっていうんだっけ?」
とケイナ。
 
「この山頂付近で産出するカルサイトがダイヤモンドと似てるから、ここに来たヨーロッパ人が間違えて、ダイヤの出る山ということでそういう名前をつけたらしいですよ」
と七山カメラマン。
 
「ああ、間違ったのか」
「本来の名前はレアヒ(Le'ahi)山らしいです」
「欧米人は結構勝手に名前を付けてるからなあ」
 
「最近、元の名前が復活してきていますよね。エベレストがチョモランマとか、マドラスがチェンナイとか、ヴィクトリア湖もニアンザ湖と呼ぶべきという人がありますし、エンゼルフォールもチャベス大統領が、ケレパクパイ・メルーと呼ぶようにすると発表してました」
とカメラマン。
 
「よくそんな名前、覚えてましたね」
「昨夜頑張って覚えました」
と七山さんが言うので、マリナも苦笑する。むろん台本である。
 
でもこの後、ケイナとマリナは“口(くち)ギター”でベンチャーズの"Diamond Head"を“演奏”したが七山さんが「凄い」と言って拍手してくれた。温泉や田舎の旅館でやっている芸のひとつだが、これは放送時にも視聴者に随分評価されていた。
 

1時間半ほどで山頂に到達した。頑張って登っただけあって、ダイヤモンドヘッド(レアヒ)の山上から見た風景は素晴らしかった。
 
「あそこがワイキキ・ビーチか」
「おふたりのビキニ姿、素晴らしかったです」
「まあ、私たちはそれを人に見せるのが商売だから」
「身体が資本なんですね」
「ビキニまでは女に見えるけど脱いだら実は・・・というお仕事だからね」
 
「でもその先を見せられなくなったから、商売の仕方が難しい」
「身体が資本というのは、スポーツマンと同じかな?」
と七山が言うと
「そんなこと言ったら、スポーツマンの方々に叱られますよ」
とケイナは言った。
 

休憩を兼ねて山上で1時間近く滞在しながらおしゃべりをしたが、この部分はほぼカットされていた。その後、1時間ほど掛けて登山口まで歩いて降りた。現地テレビ局スタッフの運転するCR-Vでホノルル市街地まで戻る。
 
「ケイナさん、マリナさん、汗掻いたでしょう?結婚式に出席する前にシャワー浴びるといいですよ」
と七山さんが言うので、ふたりは“悪だくみ”には全く気づかず
「そうさせてもらおうかな」
と言ってホテルに戻り部屋でシャワーを浴びた。2人が汗を流した後で部屋で少し休んでいると、内野音子から電話が入る。
 
「せっかくだから、午前中に買ったワンピースを着てきてくださいよ」
「あれ少し豪華すぎない?」
「大丈夫です。新郎新婦はもっと豪華な服を着ますから」
「だったら大丈夫ね」
 
それで2人は午前中に買った2着で26万円もしたシルクドレスを着た。ケイナが青、マリナが白である。
 
それでロビーまで降りて行くと、自身も黄色いドレスを着た内野音子が待っている。
 
「ネコちゃんも素敵なドレスじゃん」
「これは番組の衣装です」
「ああ、私たちも番組衣装で良かったんだけど」
「せっかく買ったんだから使いましょう」
 

ホテルの前にリンカーン・ナビゲーターが停まっているので仰天する。
 
「これに乗っていくの?」
「出席者にも豪華な車に乗ってもらおうというサービスなんですよ」
 
放送時には、このあたりで番組の先を予測した視聴者もあったようだが、ケイナもマリナもこの時は全く気づかなかった。
 
ともかくもケイナとマリナはリンカーンの3列目に並んで座り、内野音子は2列目に乗って、ワイキキ市内の教会に行った。結婚式はここのチャペルで行われるということだった。
 

ケイナとマリナが内野音子に先導されてチャペルの中に入る。
 
すると突然物凄い拍手が起きる。
 
「え?え?」
と2人は戸惑う。
 
「さあさ、おふたりともバージンロードをお進みください」
「ちょっと待って、まさかこれって?」
「ケイナさんとマリナさんの結婚式に決まってるじゃないですか?」
「予算が無いとか言ってなかった?」
「スポンサーさんが特別予算を出してくれました」
「うっそー!?」
 
ふたりのそばに、男性と女性(?)が近づいてくる。
 
見ると蔵田孝治先生(黒いスーツ)と雨宮三森先生(白いイヴニングドレス)である!
 
なんでこんな大物がここにいる訳?
 
ここでケイナとマリナは思考停止してしまい、蔵田たちに促されるまま、白いバージンロードを進んだ。蔵田がケイナの手を握り、雨宮がマリナの手を握って歩く。
 
(普通は新郎は1人で歩いて行き、新婦は父親に付き添われて進んで祭壇前で新郎に引き渡されるが、今回は2人とも“新婦”なので変形バージョンになった)
 
教会に置かれたエレクトーン(Yamaha STAGEA)が演奏される。参列者!が賛美歌312番(慈しみ深き)を歌う。日本では唱歌「星の界(ほしのよ)」として知られている歌である。
 
慈しみ深き What a Friend We Have in Jesus
words by Joseph M. Scriven (1819-1886)
music by Charles C. Converse (1832-1918)
 
What a Friend we have in Jesus,
all our sins and griefs to bear!
What a privilege to carry
everything to God in prayer!
 
大意 なんと素晴らしい友なのでしょう、イエス様は。
私たちが負う全ての罪と悲しみを取ってくださる。
祈る者の全てを神に委ねることは
なんと素敵なことなのでしょう。
 
日本語賛美歌の歌詞例(宗派?などによりバリエーションが多い)
 
慈しみ深き友なるイエスは
罪・とが・憂いを取り去りたまう
心の嘆きを包まず述べて
などかは降ろさぬ、負える重荷を
 
「星の界(ほしのよ)」杉谷代水(1874-1915)作詞
 
月無き御空に、きらめく光
嗚呼その星影、希望のすがた
人智は果(はて)なし、無窮(むきゅう)の遠(おち)に
いざその星影、きわめも行かん
 
この歌にはもうひとつ、川路柳虹(1888-1959)作詞の「星の世界」(歌い出し:かがやく夜空の星の光よ)もあるが、こちらはまだ著作権が切れていないので歌詞を紹介できない。
 

賛美歌が終わると、牧師さん(?)が何か祝福の言葉を述べているようだが、英語がわりとできるマリナにも半分くらいしか聞き取れない。あまり英語ができないケイナはさっぱり分からない!
 
祝福の言葉が終わったっぽい所で牧師は青いドレスのケイナを見ながら言った。
 
「Keita Hino. Dost thou take this woman Marina Mizusaki as thy wife and hold, from this day forward, for better, for worse, for richer, for poorer, in sickness and in health, to love and to cherish, till death do you part?」
 
ケイナはチンプンカンプンである。傍にいる蔵田孝治が「アグリーと言いなさい」と言う。それでケイナは訳も分からずに
「アグリー」
と言った。(本当はDost thouと訊いているから I do で良い)
 
牧師はマリナに向かって言う。
 
「Marina Mizusaki. Dost thou take this man Keita Hino as thy husband and hold, from this day forward, for better, for worse, for richer, for poorer, in sickness and in health, to love and to cherish, till death do you part?」
 
マリナは、まぁいっかと思った。それで
「I agree」
と言った。雨宮三森が頷いている。
 
すると牧師は「God bless you」と言って十字を切った。つられてケイナとマリナも十字を切る。この時マリナはちゃんと頭→胸→左肩→右肩と切ったが、ケイナはよく分かってないので、頭→胸→右肩→左肩と切っちゃった。牧師さんが一瞬嫌な顔をしたものの、スルーした!(右→左は正教式の切り方である)
 
なおここで牧師はKeita Hino(火野慶太)、Marina Mizusaki(水崎マリナ)と、2人を戸籍名で呼んでいるのだが、多くの視聴者は Keina Hino と聞き取り、各々の芸名で呼んだのだろうと思った。マリナが本名であることを知っていたのは、制作の都合でマリナの戸籍を閲覧した左蔵プロデューサーと内野音子だけだが、ふたりとも個人情報保護の観点から、このことを誰にも言わず、マリナの本名の件は誰にも知られなかった。
 
しかしマリナが本名を変更していたことを知った左蔵と内野音子は、やはり、マリナは実際に性転換したので、戸籍を変更したのだろうと解釈した!
 

さて式の続きである。
 
誓いの言葉が終わった所で、指輪を内野音子が小さな台に載せて差し出す。
 
「あぁ!」
とケイナが声をあげる。今日のお昼に買ったばかりの指輪である。スタッフが代理で取りに行きますよとか言ってた。マリナも、なるほど全部仕組まれていたわけかと思った。
 
「指輪の交換を」
と内野音子が言う。
 
ケイナは蔵田にも促され、小さい方の指輪(でもペリドットだから高い)をマリナの左手薬指に填めてあげる。続いてマリナは何も言われないまま、大きい方の指輪(ターコイス)をケイナの左手薬指に填めてあげた。
 
「誓いのキスを」
と内野音子。
 
それでケイナとマリナはキスをした(いつもしているので、お互いこれは平気)。
 
参列者から大きな拍手が起きた。それで牧師さんが2人の結婚が成立したことを宣言し(例によってケイナは何を言われたか分からない)、更に参列者から拍手がある。そして雨宮三森に促されて、2人は手を繋いで(雨宮は腕を組めと言ったのだが)一緒にバージンロードを退場した。
 

「おめでとうございます。ちゃんと結婚式できましたね」
と内野音子が2人を祝福する。
 
「この結婚式って・・・無効だよね?」
とケイナが心細そそうに言う。心裡留保が主張できる気がした。
 
(法的にはもしマリナがケイナに自分との結婚の意思が無かったと認識していたらこの結婚は無効になる。民法93条。つまりマリナ次第)
 
「有効です。牧師さんが結婚証明書に署名してくださいましたよ」
と内野音子は言って、書類を見せる。Certificate of Marriage(結婚証明書)と書かれている。
 
「で、でも海外結婚式って日本国内で結婚して婚姻届提出証明書か何かを持って来ないと、挙げられないのでは?」
とケイナが焦って言うが
 
「はい、そういう教会が多いですが、ここの教会は証明書提出しなくてもOKなんです」
と内野音子。
 
「だいたい俺たち男同士なのに」
とケイナ。
「2人のお写真を見せたら、最初、女性同士の結婚式はうちではやってないと言われました。それでケイナさんの戸籍謄本をお見せしたら、女装であっても男性であるのならOKと言われました」
と内野音子。
 
「俺の戸籍謄本、勝手に取ったの?」
とケイナが男言葉になっているのに気づかず文句を言う。
 
「ケイナさんのお母さんにお願いしたら、取ってくださいました」
「お袋か!」
と言って、ケイナは天を仰ぐ。つまりこの結婚は親も承知な訳だ!
 
「でもマリナは?」
「マリナさんの写真を見て、牧師さんは女でないとは疑いもしませんでした」
「あはは」
 
「そういう訳でご結婚、おめでとうございます。これでおふたりは晴れて夫婦デュオになりましたね」
 
マリナは苦笑した。
 
「あの出席者は?」と訊いてみる。
 
「昨日、ハワイのテレビ局で募集した、偶然ハワイに来ていた日本人旅行者です」
「蔵田先生や雨宮先生は?」
「偶然ハワイに滞在なさっていました。おふたりが結婚すると聞いて、先導役を買って出てくださいました」
 
そういう訳で、ケイナとマリナは、正式に?結婚式を挙げてしまったのであった。ちなみにその夜も、ケイナとマリナはダブルベッドの上で5cm間を空けて寝た。
 
 
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【春宵】(3)