【春変】(6)
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(C)Eriko Kawaguchi 2020-06-14
《こうちゃん》は、アクアFが自分も(女と記載された)パスポートが欲しいと言っていたなと思い、(本来の上司である美鳳さんは恐そうなので優しそうな)佳穂さんにお願いして、3人の龍虎にあわせた戸籍を作ってしまった。戸籍の創成は矛盾が起きないように親とかそのまた親とかの戸籍まで連動して作る必要があるので難易度が高い。レベルの高いハッカーなどにもかなり困難だが、神様なら、わりと容易に作ってしまう。
ちなみにこれまでの龍虎の戸籍はさいたま市(未成年後見人である長野支香と同じ所に置いている)、住民票は東京都北区赤羽にある(これはまだ代々木への引越前)。そこで、佳穂さんはFの戸籍はその赤羽に作ったが、住民票は常総ラボに置いた。そしてNの戸籍は現在千里3が住んでいる川崎市に置き、住民票も同じ場所に置いた。そして各々の戸籍・住民票に基づき、パスポートを申請したのである。
Mの戸籍:埼玉県・住所:東京都(東京都で申請している)
Fの戸籍:東京都・住所:茨城県(茨城県で申請)
Nの戸籍:神奈川県・住所:神奈川県(神奈川県で申請)
Mがパスポートを見て
「偽造?」
と尋ねたが、《こうちゃん》は
「人聞きの悪いこと言うな。そのパスポートは全て正式に発行されたものだ」
と言い、怪しまれないように都県を分散して戸籍を作成していることを説明した。
ちなみにFの戸籍は女性で作っているが、Nの戸籍も女性で作っている。女と表記された戸籍とパスポートを見てFが喜んでいるが、Nは
「私の性別も女になってる〜!」
と戸惑ったように言った。
「お前、もう女の子になりたい気分になってるだろ?」
「少し」
「男の戸籍にして後から変更するのは大変だから、手間を省いて最初から女にしといたぞ」
と《こうちゃん》は言った。きっとNは高校卒業するまでには女の子になりたいと言い出すだろうと彼は思っていた。
「じゃ私、もう戸籍に合わせて女の子にならないといけないの?」
「お前がその気なら、今からでも手術してやるけど」
「今からというのは、まだ待って!」
と焦ったようにNは言った。
浜川渚は9月21日(土)から10月14日までお休みをもらうことにしていたのだが、仕出しの注文が入ったりして、連休が全部潰れてしまい、連休明けの24日(火)も忙しくて、結局お店を退出してワルキューレに乗ったのは24日夜22時であった。
1ヶ月近く休むので、その間、自分の代わりに、ホステス時代の友人でわりと料理が上手い、中国人の愛華(アイファ)ちゃんという子に料理担当の臨時代理を頼んだ。彼女は11月に結婚する予定で、8月に結婚準備のために仕事(ユニクロに勤めていた)を辞めたものの、暇だ暇だとこぼしていた。
料理のレシピはしっかり書いておいたし、実はスープを一週間分くらい冷凍している。愛華は「これ毎日20食限定とかで出そう」などと言っていた。また、渚がマウント・フジを辞めたのではないことをお客さんに納得してもらうため、毎日のレポートをツイッターにあげることにしていた。(結果的にフォロワーが増えた)
大阪を出た渚は最初、出雲を目指した。
中国道・米子道・山陰道と夜通し走り続けて、9/25早朝に出雲に到着する。湯の川の道の駅で、施設内で寝袋にくるまって寝る。そして早朝から出雲大社にお参りして、自分と竜太が結婚できますようにとお祈りした。
それから9号線を走り続けて午後下関に至る。高速に乗って関門橋を越え、九州道・二丈浜玉道路などを経て唐津に至る。実は唐津に友人の楓が住んでいるのである。鳥取土産の“因幡の白うさぎ”を渡して
「ごめん。少し寝せて」
と言って熟睡する。ゴロ寝していたのだが、タオルケットを掛けてくれていた。
1時間くらいで起きるつもりだったのだが、翌朝まで寝ていた。
「ごめんねー」
「いいよいいよ。うちは旦那と2人暮らしだし」
「旦那さんもごめんなさい」
「うちは全然構いませんよ−」
と言っている旦那さんは、スカートを穿いているし、メイクもしている。おっぱいもあるように見えるのはフェイクか?しかし普通の人が見たら女性にしか見えない。女装趣味のある男性と結婚したとは聞いていたが、スカートが似合っていてメイクも自然だ。まあ仲良くやってるならいいよね、と渚は思った。
「へー!赤ちゃんできたんだ?」
「うん。私も年齢的にそろそろ子供産める限界だし、この人もいつまで男性機能があるか分からないから、最初で最後の子供になるかもね」
「そんなこと言って、今から10人できたりして」
「そこまで産む自信はない!10人目産む時、私いったい何歳なのよ?」
「外国では60歳くらいの出産例もあるみたいだよ。そうだ、半分は旦那さんに産んでもらったら?」
「あ、それもいいね」
などと言っていたら、旦那さんは産みたそうな!?顔をしていた。
「そうだ。蘭と会うんでしょ?これお土産に持ってって」
と言って、唐津名物の松露饅頭(太原)を預かった。
(松露饅頭の製造元は太原と宮田があり、各々ファンがいる。楓は太原派のようだ)
「ありがとう。じゃ持ってくね」
と言って朝御飯まで頂いてから出発した。
(9/26)伊万里経由で佐世保に出て、西海橋で古い友人の蘭と会った。彼女は高校時代の友人なのだが、渚が出た高校のあるむつ市大湊は海上自衛隊の基地があり、海上自衛官の息子・娘が多い。蘭は佐世保の出身で、父の転勤に伴い、大湊に来て、そこの高校に通っていた。その後、舞鶴を経て結局佐世保に舞い戻り、現在は佐世保市内で一人暮らしである。実は両親との折り合いが悪く、同じ市内に住んではいるものの、あまり行き来はないらしい。
彼女と西海橋でデートし、その後、ハウステンボスも散策した。むろんパスポート代は渚が出している。
「そうそう。これ、楓から言付かった」
「サンキュー。松露饅頭好き〜」
「こちらは来る途中の鳥取で買った」
「へー。因幡の白うさぎか」
「ところで楓、結婚とかする予定は?」
「全く無い。子供産む年齢とか考えると、いいかげん結婚したいんだけどね。私、彼氏と3ヶ月以上続かないのよ」
それはやはりこの子の性格に問題があるよなという気はする。浮気っぽい所があるのである。それで恋愛は多くしているはずだが、結婚を考える段階まで進んだことがないようだ。
実は渚が代理母を依頼するとしたら、この子がいいかもと目星を付けていたのである。(楓は第二候補だったのだが、自分たちの子供を妊娠したとあっては頼めない)
それでそれとなく、彼女の意向に探りを入れに来たのが、今回の旅のひとつの目的であった。むろん、正式に依頼する場合はあらためて会いに来るが、この日丸一日掛けて探りを入れた感じでは、報酬次第では代理母になってもいいような雰囲気であった。
ただこの子は竜太とセックスさせたら、竜太を誘惑しかねないから、やるとしたら絶対人工授精だなと渚は思った(楓なら彼女の旦那が許してくれたら竜太とセックスさせてもいい)。蘭は家庭争議を引き起こす常習犯である。
夕方、蘭と別れ、西九州道・長崎道・九州道・関門橋・中国道・山陽道と走り、夜中に広島県の宮島口に到着。予約を入れておいたビジネスホテルに泊まる。
(9/27)朝からフェリーで宮島に渡り、厳島神社でも、竜太と結婚できるように、お母さんが自分を嫁と認めてくれるようにと祈願した。フェリーで宮島口に戻り、山陽道を通って宇野へ移動する。
宇高フォリーで四国に渡り、鳴門市に到着したのが夕方である。この日は鳴門市内の旅館に泊まった。
ちなみに渚は堂々と女湯に入る。実際、胸もかなり膨らんでいるので、男湯に入るのは不可能である。
9/28朝からお遍路を始める。朝一番に霊山寺(りょうぜんじ)に行き、初日は11番・藤井寺まで打つ。
9/29は12.焼山から17.井戸寺まで。
9/30は18.恩山寺から24.最御崎寺まで打って、室戸岬近くの旅館に泊まった。むろん女湯に入る!
渚は大きなお風呂にゆっくり入った方が疲れが取れる気がして、ホテルより旅館に泊まるのを好む。男湯か女湯かという問題は、ホステス始めて2年目頃に既に解決済みである(当時はまだAカップサイズの胸しか無かったが、取り敢えず少しでも膨らんでいれば、渚の容姿なら不審に思われることはない)。
10/1は25.津照寺から高知市内の31.竹林寺まで。
10/2は32.禅師峰寺から37.岩本寺までを打ち、足摺岬まで走って、岬近くの旅館に泊まる。
10/3は足摺岬近くの38.金剛福寺から月山神社を経て40.観自在寺まで打った。
9/28 41.6km
9/29 73.2km
9/30 165.7km
10/1 115.6km
10/2 108.2km
10/3 187.9km
10月4日は、少し寝過ごしてしまい遅く起きたのだが、9時頃出発して、まずは41.龍光寺を打ち、42.佛木寺を打ってから、次の43.明石寺に進むのに歯長峠を越える愛媛県道31号を登って行く。この道は時々通れないこともあると聞いていたのだが、佛木寺のお坊さんに確認した所では今日は大丈夫ということだった(お遍路道になっていた旧道は、ずっと通行止めが続いているが、車が通れるトンネルは抜けられるので、お遍路さんも現在はここはトンネルを通る)。
それで道を走っていたら、前方に歩きお遍路の女性がいた。
急な坂道を結構な速度で歩いているが、あんな速いペースで歩いていたら、力尽きて倒れないかと心配になった。こんな所で倒れたら何時間も誰にも発見されないかも知れない。そこで渚は彼女のそばでバイクを停めた。
「お姉ちゃん、歩きなの?乗ってかない?」
「ありがとうございます。でも私は歩きお遍路なので」
「ちょっと車に乗るくらいバレないって」
「同行二人(どうぎょうににん)と言って、遍路は1人で歩いていても弘法大師様と一緒なんです。誰も見ていないと思っても、弘法大師様が見てますよ」
それで彼女と話していたら、彼女が作曲家でレーサーでもある醍醐春海であることに気づく。
「『ハートライダー』で、冬の北海道をバイクで走破したの、あんただったよね?あれ感動したよ」
と渚は言う。バイク好きならあの番組は見ている人が多い。
「あれ酷いんですよ。私が下見で1度走行してきたら、『ああ、生きて帰ってきたか。だったら番組にするかな』って」
「あはは、テレビ局ってそんなものだよ」
結局醍醐春海とは、30分近くバイクを押しながら話したが、レーサーでもある彼女なら、行き倒れになることはあるまいと渚も判断した。それで先に行かせてもらうことにする。彼女とはバイクグローブを外して(醍醐さんも軍手を外して)素手同士で握手して別れた。渚は山を降りた所で派出所(駐在所?)を見たので、念のためと思い、そこに寄ってお巡りさんに言った。
「今、歯長峠を女性のお遍路さんがひとりで歩いて越えていて、たぶん1時間程度でこのあたりまで降りてくると思いますが、もしいつまでも来ないようだったら見に行ったほうがいいかも」
実際には、千里は30分後にはこの派出所前に到達し、警官も安心した。
「ああ、無事だったね」
「お勤めご苦労様です」
「いや先行したバイクの女の子が女の歩きお遍路がいたから、ちゃんと降りてくるか気をつけててと言っていたんだよ」
「彼女とは30分くらい歩きながら話しましたが、心配してくれたんですね。お巡りさんもお気を使わせて」
「自分は仕事だからね。じゃこの先も気をつけて」
「ありがとうございます。南無大師遍照金剛」
それで千里は警官と握手して納札も渡し、先に行った。
一方渚はこの日、47.八坂寺までの191.8kmを走り、松山市内の旅館に泊まった。
10月5日朝、渚は夢を見ていた。
男として会社勤めしていた自分が朝起きたら女の子になっていて、それで仕方なくスカートスーツを着てお化粧して会社に出ていったら、
「女になったのなら、悪いけど給料下げるから」
と言われ
「男女差別反対!」
と言った夢だった。
なんか現実感のある夢だったなと、実際に目が覚めた時、渚は思った。渚は高校を出た後、男性として就職してすぐに女装癖がバレて首にされている。しかし男性用の背広とか着て会社に出ていっていた自分が今では信じられない。
「人間、自分にとって不自然な生き方をしてはいけないよ」
と自分に言い聞かせるように言った。
朝御飯前にトイレに行ってくる。いつものように女子トイレに入り、個室に入って、浴衣の裾を分け、パンティを下げて便器に座る。そしておしっこをするのだが、その時の感覚が変だった。
あれ?どうしたのかな?
と思って、自分のお股を見た渚は、それから15分近く、個室の中で固まっていた。
この日(10/5)は物凄く快調な気がした。
邪魔なものが無くなったことで、バイクに乗ること自体が凄く楽になった。実を言うと、タックしてバイクに乗っていると、結構痛いのである。しかしそれを我慢することが自分の課題だと思っていた。ところが座席と自分の身体に挟まれる余計なものが無くなり、痛みも無くなったことで、体力の消耗も小さくなった気がした。
この日は松山市内の48.西林寺から51.石手寺までを打ち、道後温泉に泊まった。お遍路は朝の内に終わってしまったのだが、道後温泉では1泊することを最初から決めていた。
渚は19歳の時からずっと女湯に入っていた。当時からおっぱいは本物であったものの、お股は“ニセモノ”であった。初期の頃は多少の罪悪感があったが、その内、全く平気になった。しかし誤魔化しているのは事実だった。だが、この日、渚は初めて、何の誤魔化しもなく女湯に入ったのである。洗い場で、割れ目ちゃんを開いて、中までシャワーで洗うことができるのは初めてのことで、物凄く感動した。
そのことにあまりにも感動していたので、湯船に浸かっていて、だいぶ立ってから、湯釜の所に“何も無い”ことに気づいた。
「あれ?無くなってる?」
と渚が声をあげて言ったので、近くにいたおばあさんが尋ねた。
「あなたどうしたの?」
「そこに、以前、恵比寿・大国の像がありませんでした?」
と渚はそのおばあんに訊く。
「あれは元の女湯だね」
「ここは女湯じゃなかったんですか」
「ここは元男湯だったけど、性転換して女湯になったんだよ」
「そうなんですか?」
「今ここ工事してるでしょ?それで女湯を潰して、そこに新しい風呂場を造っている最中なんだけど、その工事中に2つあった男湯の片方を女湯にして、暫定的に営業しているんだよ。男湯を女湯に性転換したから、その時入浴中だった男性客も巻き添えで、女に性転換されたけどね」
「ああ、親切ですね。男の身体のまま女湯にいたら痴漢になっちゃう」
「そうそう。みんな女になれて喜んでいたよ。これでお嫁さんに行けるとか言って」
「よいことです」
「そういえば、こないだ近所の共学の高校が女子高に性転換してさ、来年からは女子のみ募集するんだけど、在学している男子生徒は巻き添えで性転換して、全員女子高生になっちゃった」
「ああそれも親切ですね。男子大は少ないけど女子大は多いから、進学先が増えていいんじゃないんですか?」
「そうそう。フライトアテンダントになりたいけど、男だからなれないと言ってた生徒もこれで憧れのフライトアテンダントになれるというので、喜んでいたらしいよ」
「それは良かった。男のパーサーはほとんど採りませんからね」
と言いながら、性転換ネタの好きな婆さんだなと渚は思った。
「校内の男子トイレ・男子更衣室も女子トイレ・女子更衣室に改造したけど、女子トイレが広くなって、元々女子だった生徒には好評らしい」
男子更衣室は別に改造しなくても、女子更衣室との壁を取っ払うくらいでよくないか?
「ただ恋愛中だったカップルはレズのカップルになっちゃって困ったらしいけど」
とお婆ちゃん。
「レスビアンは時代のトレンドですよ。堂々とレズればいです」
と渚は言った。
「全校600人の男子生徒を性転換するから手術だと時間が掛かるんで、性転換薬を注射したらしいね、翌朝目が覚めたら男子高校生だったのが、女子高生に変身。なしありありから、ありなしなしに一晩でチェンジ」
「楽でいいですね。性転換手術って痛いらしいし」
と言いながら、私も性転換薬を処方されたんだっりして?と思うが、そのようなものを注射された覚えはない。しかしよく「ありなし」なんて用語を知ってるな。
「朝トイレで立ってしようとした子は、そうか、女の子になればちんちん無くなるんだと、ちょっと寂しかったらしい。でもおっぱいが膨らんだのはみんな喜んだらしいよ。女子制服は学校からプレゼント。ブラジャーやパンティはサイズがバラバラだから自己負担」
「まあそのくらいはいいでしょう」
「女子野球部になっちゃった元男子野球部は今年は特例で男子の大会に出たけど、来年からは女子の大会に出るらしいよ」
まだこのネタ続けるのかよ!?
「まあそれで恵比寿・大黒の像があったのは、その取り壊された元の女湯だね」
「なるほどー。女湯のシンボルだったのに無くなっていると思って」
「無くなっていると言うから、あんたちんちんが無くなったのかと私は思ったよ」
とおばあさん。
「ちんちんが付いてたら大変ですね。幸いにも私には付いてないですが」
と渚。
「私は付いてたけど、もう50年前に取っちゃったよ」
「マジですか?」
「冗談冗談」
しかし、元男で今70歳くらいで、50年前に性転換したのであれば、それってカルーセル麻紀さんとかの時代に性転換手術を受けたことになるぞ、と渚は思った。それに異様に性転換ネタが好きなのも納得できる。ひょっとしてベテランのゲイボーイだったりして!?胸は普通に垂れているから、シリコン豊胸した胸ではなさそうだけど(シリコンの胸は垂れないから年を取っても若い子のように形を保っている)。
「手術はやはりモロッコで?」
「当時はモロッコしか無かったね。マラケシって町でね」
「よくご存じですね。マラを消す町なんですね」
「そうそう。よくそういうダジャレを言ってた」
詳しいじゃん。この人、本当に性転換者だったりして?
でも私も年取ったら、こんな感じのおばあちゃんになれたらいいなと渚は思った。
翌日(1/6)は52.太山寺から打ち始めて、62.宝寿寺まで打った。打ち終えてからどこかで何か食べようと駅(伊予小松駅)方面に走っていたら、うどん屋さんを見たのでバイクを駐めて店内に入る。
適当に空いてる席を探していたら意外な顔を見る。5月に養父市で深夜の女湯で出会った男の娘であった。
「あ、渚さん」
「セーラちゃんだったね」
それで渚は彼女(“彼”ではなく“彼女”でいいだろう)と同じテーブルに座り、話し始めた。
「へー。バイクでお遍路ですか!すごーい」
「ふーん。君は道後温泉に行くのか」
それで渚は唐突に思い至った。
「恵比寿・大国の像を見るためとか?」
とセーラに尋ねる。
「ええ。そんな話も聞いたし」
それは女湯だけにあったのである。つまり女湯に入る気なんだ?
「今、恵比寿・大国像は見られないよ」
と渚は言った。
「そうなんですか!?」
それで渚は現在工事中で、恵比寿大国像があった女湯は取り壊して今新しい浴室を作っている所で、現在は元の男湯が2つあったのを、一方を女湯として使用していることを説明した。星良はとても残念がっていた。
しかしそれより重大な問題があった。そこで渚は訊いた。
「ところでタック覚えた?」
「あ・・・・」
と言ってから、星良は聞き返した。
「私の性別分かってました?」
「私もあんたと同類だったからね」
「そうなんですか!?」
渚は自分も男の子だったから、星良の性別はすぐ分かったことを話し、タックできるのなら、何とかなるかも知れないけど、人の少ない時間に短時間であがるように言った。星良が「タックは覚えた」というので、渚はてっきり、ちゃんと接着剤タックしているものと思ってしまったのである。
実際にはこの時点で星良はテープタックしかしていなかったのだが、テープタックはショーツには響かないようにできるが、裸になったらテープを貼っているのが一目瞭然なので、まさかそんなもので女湯に突撃するつもりとは思いも寄らない。
星良には、万が一警察に捕まった場合は、痴漢ではなく、本人が女の子になりたい子なのであることを証言してあげるから呼んでといい、スマホの番号とメールアドレスを交換した。
また渚は、四国からの帰りは一緒に大阪までツーリングしようと約束し、渚がお遍路を終える予定の10日頃に、鳴門市で落ち合うことにした。
それで渚は、この子マジで逮捕されないよな?と一抹の不安を感じながら星良と別れたのであった。
その後、渚は翌日(10/7)には63.吉祥寺から69.観音寺までを打って、夕方砂絵を見る。ちょうど渚が行った時には、40歳くらいのベテランっぽい男性ガイドさんが。30代の女性3人組を案内して砂絵の解説をしていた。
渚は長年の勘でこのガイドさん、たぶん“女の人になりたい男の人”だと感じた。今はきっと仕方なく男性として生きているのだろうけど、自分にとっての本来の姿に戻って、女として人生を送れたらいいね、と心の中でお祈りした。
夜に星良にメールしてみたが、道後温泉ではちょっとトラブルはあったものの、たまたま元男の娘という人が助けてくれて、無事逮捕されずに済んだということだった。ついでに、タックもその人にきれいに整えてもらったと言っていた。
そういえば、私もチェックしてあげたら良かったなと渚は思った。きっと接着剤の留め方が不完全で、外れそうになったのかな?などと思う。渚も初心者の頃は焦ったこともあった。しかしまさかテープで留めていて、それが完全に崩壊してしまったとまでは思わない。普通はやばいと思ったらさっさとあがってしまうものだし。あれは半分くらいまで外れると“内部のもの”の圧力で飛び出してきてしまうのだが、3割程度の外れまでは何とか女の形をキープできる(勃起能力喪失済であることが前提)。
結局セーラは1日道後温泉で過ごしてしまったので、明日(10/8)に松山市内観光してから佐田岬に行くということだった。結果的にはうまく10日に鳴門で会えそうだ。
10/8は、70.本山寺から80.國分寺までを打った。もう満願は目前である。高松市内の旅館で、大浴場(もちろん女湯)に入ってきてから星良にメールしてみると、夕方佐田岬を見て来て、今夜は八幡浜市の旅館に泊まったということであった。
八幡浜市ならホテルもたくさんあるだろうに、旅館ってわざわざ女湯に入るつもりだなと思う。しかし元男の娘にタックを直してもらったのなら大丈夫だろうと渚は思った。(まさか警察が来たとは思いもしない)
10/9は、81.白峯寺から、とうとう88大窪寺までを打った。大窪寺で結願の証を頂いた。しかしまだ88番と1番の間の道を通っていないし、霊山寺でも満願之証を頂きたい。もう夕方なので、明日朝いちばんに霊山寺に入ることにして、その日は大窪寺近くの旅館に泊まった。
星良と電話で話したが、彼女は鳴門市内の旅館に泊まっているという。どうも“女湯に入る”ことに完全に味をしめてしまったようだ。それなら、逮捕される前に、さっさとおっぱい大きくしたほうがいいぞと渚は思った。
その星良は10/7の道後温泉はヒヤヒヤだったし、10/8の八幡浜市の旅館では警察が女湯に男がいるという通報でやってきたりして焦ったものの、10/9の鳴門市の旅館では何のトラブルもなく、ゆっくりと女湯に入って身体を休めることができた。千里さんにやってもらったお股のタックは完璧で。まるで本物の女の子のお股みたいだし、なぜかバストが膨らんでいて、裸になっても女の裸にしか見えない状態である。
10/10の朝7時半頃、星良は旅館を出ると、愛車Yamaha XS250に乗って、鳴門市内・霊山寺に向かった。お寺の駐車場にバイクを駐めて門前まで行く。
何人かのお遍路さんが門が開くのを待っていた。
7:55頃、渚がやってくる。
ハグして再会を喜んだ。
「セーラちゃん、まるでおっぱいがあるみたい」
と彼女から言われる。
「なんかよく分からないんですけど、おっぱいがあるんですよね」
「おっぱいがあるの?」
「なんか突然できちゃったんですよ。よく分からないけど」
「実は女になっていたりして」
「まさか」
と星良は言ったが、渚は何か考えているようだった。
8時に門が開くので、中に入って一緒にお参りする。良は納札とか写経は持っていないので、お賽銭を入れて合掌するだけである。
それで渚は88ヶ所の御朱印が押された納経帳を提示して「四国八十八ヶ所霊場満願之証」というのをもらっていた。
「それで終了ですか?」
「高野山まで付き合わない?」
「高野山に何かあるんですか?」
「そこで89番目の御朱印をもらって、更に京都の東寺で『成満証』をもらうんだよ」
「へー!」
星良は、学校は10月15日からだし、バイトもシフトは10/16以降に入れてもらっているので、それまでは付き合えると思った。それで渚と一緒に行くことにした。
霊山寺を出て駐車場に戻る。
「あ、バイクが違う」
と星良は言った。5月に会った時、渚のバイクはCB600F Hornetだったのである。
「特別ボーナスもらったから買っちゃった」
「へー。特別ボーナスっていいなあ」
実は伊予小松で会った時は、星良が先に出発したので渚のバイクを見ていなかったのである。
ツーリングは、渚(ワルキューレ 1832cc)が先行して、星良(XS250)が後に続くことにする。もし距離が離れたら渚が待ってくれることになっているし、お互いの所在地が分からなくなったら、スマホ連絡でキロポストなどを教え合って場所を確認することにした。
それで高野山方面に向かうことにするが、その前に鳴門の渦を見にいく。
渚は「大鳴門橋の上から見るより、もっと間近にゆっくり見られる所を聞いたのよ」
と言って、自分に付いてくるように言って出発した。
県道12号を東行して海峡方面に行く。鳴門ICの案内が出るが、そちらには行かずに小鳴門海峡まで進み、小鳴門橋を越えて大毛島に渡る。ここは海峡の幅が400mくらいなので、星良はてっきり川の河口付近だと思った。後で渚に教えられて海峡と知った。やがてどこか公園の駐車場に至る。
(小鳴門海峡は四国本土と、その続きにも見える大毛島(おおげじま)・島田島(および両者に挟まれた高島)を区切る海峡で、撫養(むや)瀬戸とも言う。四国本土と大毛島の間には2本の橋が並んで架かっているが、小鳴門橋は一般道、撫養橋は高速道である)
「この先に、渦潮の絶好のビューポイントかあるんだよ」
と渚は言う。
それで大鳴門橋の下!にある道を歩いて10分ほどで“渦の道”という施設に着く。
「高速道路上は停車禁止だからね。それでも停まってる人たくさんいるけど、あれ下手したら、切符切られるから」
「それはやばい」
ここからの眺めが本当に絶景であった。すぐ真下に大きな渦潮が見える。そのあまりの凄さに星良はしばし見とれていた。
結局1時間ほどそこで過ごしてから道を戻る。バイクに乗って、鳴門北ICに行き、ここから高速に乗る。大鳴門橋を越えて淡路島に入り、淡路SAで、じゃこ天とうどんを食べる。「こここは私が出します」と言って、良が2人分の代金を払った。
「じゃこ天、すっかり好きになりました」
「美味しいよね」
それでトイレ(むろん2人とも女子トイレ)に行ってから、バイクに戻る。淡路島をひたすら走り、やがて明石海峡大橋を越えて明石に至った。
高速代金については渚は自分のバイクにETCを付けているが、星良はその手のものはつけていない。それで渚が星良に現金を渡しておいて、後で余った分は返すという方式にしている。
渚は高速代はこの先も全部自分が持つから、このまま高速を走ろうよと言った。星良も下道で大阪市内を通過するのが結構恐いので、同意する。それて2人は
神戸淡路鳴門自動車道→山陽道→中国道→近畿道→阪和道
と、大阪中心部を迂回するかのように走る。そして阪和道の和歌山北ICを降りるとひたすら国道24号を東行した。その日は橋本まで来たところで
「今日はここで休もう」
と言い、渚がホテルを取ったが、行ってみるとツインの部屋だった。
「へ、へ、へ、お嬢ちゃん、いいことしないかい?」
と渚は言った。
「渚さん、レスビアンなんですか?」
と星良は言って、期待するような目で渚を見る。この子、本当にビアンしてみたい?
「女の子と抱き合って何もせずに寝たことはあるよ。でも肉体的には私も女になってからまだ一週間だから女の子との恋愛はしてないな」
と渚は言った。
「それより、星良ちゃんのタックを見せてよ」
「いいですよ。凄く上手にしてもらって、本当に女の子みたいに見えるんですよ。これしてると、おしっこがまるで直接落ちていくような感覚なんですよね」
渚はその星良のことばで、自分の疑惑が確信に変わった。タックしている時のおしっこというのは、まわりくどい通り方をして最終的に物凄く後ろからにじみ出ていく感じなのである。しかし渚は一週間前に女の身体になってから、まさに膀胱から直接滝のように落下していく感覚のおしっこに変わった。星良も「直接落ちていく感じ」だというのは、つまり、そういうことに間違い無い。
それで星良はライダースーツを脱ぎ、パンティを脱いでお股を見せてくれた。渚はタック補正用に持ち歩いていたビニール製手袋をつけて、そこを触った。
「お嬢ちゃん、このタックは開けるじゃん」
「開けたら変なんですか?」
「タックというのは、ペニスをスクロータムの皮で包み込んで隠すのと同時に、左右から引っ張ってきた皮を中央でわざと継ぐことにより、その継ぎ目が陰唇のスリットに見えるようにするテクニックだということを、君は理解しているかい?」
「はい」
「だからそのスリットが開けるというのはおかしい」
「あれ?そういえばそうですね」
「そして君のスリットを開いても中には何も無い。君のペニスはどこに行ったのさ?」
「え?」
それで星良は自分でもそのスリットの中身をよくよく見ていた。
「あれ〜〜?そういえば私のちんちんどこに行ったのかな?」
渚は、この子、旧帝大に通ってる割には“頭が悪い”のではという気がした。
「要するに、君のちんちんは無くなったんだな」
「え?そうなんですか?」
「だって、ここにあるのはクリちゃんだろ?」
「なんかそれっぽいですね」
「おしっこはここの穴から出ていると思う」
「あ、そうかも」
「そしてここにあるのは紛うこと無きヴァギナだよ」
「まるで女の子のお股みたい」
「つまり君は女の子になったんだよ」
「嘘!?いつの間に」
「一昨日の晩、気づいたらおっぱいがあったと言ってたよね」
「はい、そうなんです」
「その時、女の子の身体に変わってしまったのでは?」
「そんなことがあるんですか?」
「私も一週間前に女の身体に変わっちゃったしね」
「ホントにそういうことあるんですね?」
「私が聞いたのでは、ドイツで男の子が手術も何もせずに女の子に変わってしまったことがあったらしいよ」
「へー!」
「その子は森で拾ったよく分からない卵を食べたら、その後熱が出て数日寝込んで、その間に身体が女の子の身体に変化してしまったらしい」
「それ卵が原因なんですか?」
「分からないね。たまたまだったかも知れないし」
「確かに」
「女から男に変わるのは昔からよくある。これは5α還元酵素欠乏症といって12-13歳くらいの女の子に突然ちんちんが生えて来て男の子に変わってしまうんだよ」
「よくあるんですか?」
「うん。そんなに珍しくもない。男の子の場合はアロマターゼ過剰症というのがあって、男の子だったはずが、15-16歳になってから急におっぱいが膨らみ始めて、女の子のような身体に変化する人がいる」
「わあ、私それになりたい」
「アロマターゼ過剰症の場合、身体の変化には数ヶ月かかるみたい。更に症例が少なすぎて男性器がどのくらいまで退化するかとか、そのあたりもよく分からない」
「でも私、道後温泉に入った時はまだ胸が無かったですよ」
「うん。そんなに短期間で女の身体になるなんて、医者でも首をひねると思う」
「でも私、この後どうしたらいいんでしょう?」
「女の身体で何か不都合ある?」
星良は少し考えたが言った。
「何も不都合はないです。むしろこの方が都合いいです」
「じゃ、そのまま女の身体で生きていけばいいね。必要なら戸籍も女に修正すればいいし」
「そうですね」
「私は大阪に戻ったらすぐ弁護士さん頼んで戸籍の訂正をするつもり。それがうまく行ったら、こちらの状況を星良ちゃんにも教えてあげるよ」
「助かります。私も弁護士さん頼んだ方がいいのかな」
「その時は、私が弁護士代も貸してあげるよ」
「ありがとうございます。お願いするかも」
まあ国立の子って、だいたい貧乏な子が多いよねと渚は思った。
「さて、このホテルは各部屋にもバスルームがついてるけど、大浴場もあるみたいだよ。一緒に行かない?」
「行きます!」
それで完全な女体になっていることを確認された星良は、一週間前から女体になってしまっていた渚と一緒に大浴場の女湯に入ったのであった。
翌日(10/11)は橋本のホテルを出てから、高野山まで行き、渚が89番目の納経印を頂いた。そのあと一緒に京都まで走り、ここで89個の納経印を提示して成満証を頂いた。その後2人は名神に乗り、桂川PAで夕食を取ってわりと長時間話した。その後、茨木ICで降りて別れた。星良は預かっていた高速代の残金を渚に返し、よくよくお礼を言って国道171号を豊中方面に向かった。
星良が自分の駐車場にバイクを駐めてからアパートに戻る。するとハガキが来ていて、バイト先のマクドナルドからである。試用期間が終わって本採用に移行したいから、健康診断書を提出してくれということであった。大学生は春に大学で受診しているだろうから、その診断書を大学から発行してもらったものでもよいと書かれていた。しかし星良は春には“男子として”大学の健康診断を受けている。そこで、あらためて病院で受けてくることにした。
近くの総合病院に電話して予約を入れる。連休明けの15日なら空いているということだったので、その日の夕方学校が終わってから行くことにし、16時に予約を入れた。バイトは16日である。
12日から14日までゆっくり休んだ。自分が女になっているというのは渚に指摘されるまで全く認識していなかったのだが、星良は、わざわざスーパー銭湯や室内プールに出かけて、女体を人前に曝す悦びを堪能していた。
「ちんちん無いっていいなあ。すっきりしてて風通しもいいし。男の子はみんなちんちんとか取っちゃえばいいと思うよ」
などと過激なことを言っている。
15日、大学の後期の授業が始まるが、星良は初めて大学にスカートを穿いて出て行った。
「あ、セーラちゃんがスカート穿いてる」
「珍しいね」
などとクラスメイトから言われる。
「たまたまそういう気分だったし」
しかしこの後、セーラはほぼ毎日スカートで大学に行くようになった。
15日は大学が終わってから健康診断を予約していた病院に行く。“つつ・あきら”性別女・19歳で申し込んでいる。健康診断は保険証は必要ないので、性別男と印刷された保険証を提示せずに済んだ。
健康診断申込書と、ほかに診察カードを作るからと言われて書類に記入する。星良・つつあきら・性別女、生年月日2000年8月31日生と記入し、住所と実家の連絡先まで記入する。それで診察カードを発行してもらい、タブレットを渡されて、その指示に従って病院内を移動した。
最初に(女子)トイレでおしっこを取り、紙コップをトイレの端にある棚に置く。これは向こう側が検査室になっており、そのまま向こう側から紙コップを取って検査してくれるのである。男性患者が女子トイレの棚に置いていたら病院のスタッフは困惑するだろうが、星良はちゃんと女子として登録されているので問題無い。
その後、検査室で脈拍・血圧を測り、採血される。それからX線検査と心電図に行く。待っている間に問診票を記入し、女性のみ答える質問にも回答する。
月経中ですか? いいえ
月経がよく乱れますか? いいえ
妊娠中またはその可能性がありますか いいえ
妊娠の経験がありますか いいえ
授乳中ですか いいえ
月経は乱れないと答えたものの、私、月経来るのかなあと不安な気持ちだ。渚さんからは、多分半月後か1ヶ月後に月経が来るかもと言われた。
心電図では女性技師さんが胸にクリップを付けてくれたが、男の患者のバストが大きかったらスタッフさんは悩んだかもなどと考えていた。
その後、眼科・耳鼻科で視力と聴力を測った。それから内科で診察を受けた。おっぱいが膨らんだ胸を出して聴診器を当てられたが、医者は特に何も言わなかった。
それで健康診断は終わり、診断書をもらったので、それを翌日バイトに行った時、店長に渡した。それで星良は正式採用となり。10月からバイト代が少しあがったので、嬉しかった。
神崎光恵は小学生の娘から言われた。
「お父ちゃん、最近いつもスカート穿いてるね」
「うん。実はお父ちゃん、女になったんだよ」
「ああ、それで。でもお父ちゃん、これまでも時々スカート穿いてたもんね」
父親がずっと男性の格好をしていたのが、突然女装を始めたら子供たちにも抵抗があるかも知れないが、光恵は子供たちが物心つくまえから普通に家庭内でスカートを穿いたりお化粧をしたりもしていた。それを見慣れているから、本当に女になってしまっても、きっと抵抗がないのだろうと光恵は思った。
「まあね。お父ちゃんは、スカート穿いてても男だったけど、女になっちゃったから、いつもスカート穿くことになったんだよ」
「それでもいいかもね」
と言ってから娘は訊いた。
「女になったのなら、お父ちゃんじゃなくてお母ちゃんと呼ばないといけない?」
「お父ちゃんでいいよ。お母ちゃんはお母ちゃんがいるじゃん」
「そうだよね!ちょっと悩んじゃった」
などと言う娘が可愛い。
「でもどうやって女の人になったの?」
「なぜか分からないけど、突然女になっちゃったんだよ」
「そんなこともあるんだ!私、突然男になったりしないかな」
「涼美は男になりたい?」
「ちんちんあったら便利そうだけど、私は女でいいや。弓希は女の子になったりしないのかなあ。あの子、よく女の子と間違われているけど」
「本人が女の子になりたいと言ったら、なってもいいんじゃない?」
「私、妹が欲しいのよね〜」
その日会社に出ていったら、社長から呼ばれた。
「君の新しい名刺ができたから」
と言われて名刺入れを渡される。
取り出してみると「○○観光・観光運転手・神崎光恵」という印刷内容はこれまでと同じなのだが、女性らしい、角がまるい紙を使用している。また文字が今まで使用していた名刺は明朝体だったが、新しい名刺は丸ゴシックだ。なんか可愛いじゃんと思った。
「それから、こちらは君の新しい健康保険証ね」
「はい?」
「性別を訂正しといたから」
「あ・・・」
渡された保険証には「神崎光恵・女」と記載されている。
「古い健康保険証は回収するから出して」
「はい」
それで神崎は運転免許証のケースに入れている保険証を出して社長に返却した。そうか、これで自分は完全に女になったんだなと思うと少し感慨深いものがあった。自分の机の引出しにあった元の名刺入れも社長に返却したが、社長はそれはポイとゴミ箱に放り込んでしまった。
“男の自分”はもう無いんだ。だからゴミ箱に捨てられちゃうんだと神崎は思った。これからは女として生きていかなければならない。
「それから年金手帳も性別女に変更しておいたから」
「変更できるんですか?」
「男と記載していたのは間違いだと主張して訂正してもらった。事務局の人も名前が光恵で男はないですよね、とか言ってたよ」
「あはは」
年金受けとる時点でトラブル起きないよね?と神崎は一抹の不安を感じた。
ローズクォーツのツアーに参加していたケイナとマリナは10月14日(体育の日)は大阪公演をしたのだが、公演会場のある公園ではこの日《ボーイズフェア大阪2019》というイベントが行われていて、公園に入る人は全員男装して下さいということで、この日のローズクォーツ公演の来場者も全員男装していた。
「君たち男装しても女の子にしか見えない」
とタカが女子大生の管楽器奏者3人に言っていたが、彼女たちからは
「タカさんも男装していても、充分女に見えますよ」
などと言われていた。
3人がタカにおやつをおごってやると言われて(開場前の)ロビーに行った後、サトがローザ+リリンの2人に言った。
「君たちもやはり男装しても女にしか見えないね」
「私たちは2008年に契約した時、どんな時も女の服を着ていること、という契約をしたので、それ以来男物の服は着たことないから」
とマリナ。
「しかしとんでもない契約だな」
「本来は公序良俗違反で無効な契約という気もします」
「ああ、するする」
「でもそれでマリナちゃんは性転換手術も受けて完全な女の子になってケイナちゃんのお嫁さんになっちゃったし、結果的には良かったのでは」
うーん。。。まず何から訂正すればいいのやら。
「マリナちゃんは、早く本当の女の子になればいいのにと僕もずっと思ってたよ」
とヤスまで言っていた。
どうも業界内部では自分の性転換とケイナとの結婚は、既成事実と思われているようだぞとマリナは想った。
大阪公演の後は次の公演地・徳島に移動した。実際には大阪公演の翌日、15日に徳島に移動しており、その日は徳島市内のホテルに泊まっている。そして16日の朝、ホテルを出てから会場入りする。午前中リハートルをしてから、お昼前に休憩する。このあと公演開始の2時間前・17:00までは自由時間だが、会場から1km以上は離れないことと言われている。マリナとケイナは、まだお客さんが集まってくる前に、公園を散歩しようと言って、甲斐窓香に声を掛けておらホールの外に出た。
「俺たちずっと女の身体のままなのかなあ」
とケイナが不安そうに言う。
「まあ万一の時は性転換手術を受けて男に戻る手もある」
「それって、完全に男に戻れるの?」
「形はほぼ完全に男だよ。さすがに生殖機能は戻せないし、チンコも
小便には使えても、立たないけどな」
「嫌だ。そんなの嫌だ。本物の男に戻りたいよぉ」
とケイナは涙まで浮かべている。
ああ、この子はもう限界っぽい。今夜はまた“入れてやって”不安心のガス抜きをしてあげようかなとマリナは思った。彼にもこれ付けて自分に入れてもいいよと言ってみたのだが、そんなの付けても自分のチンコじゃなきゃ楽しくないと言ってケイナは1度も“男役”はしていない。
それで歩いていた時、近くを大きな水槽を乗せた軽トラが通り掛かる。公園内を走っているということは許可を得た車だろう。マリナは、施設内の飲食店にでも持っていくのかなと思った。
ところがその軽トラがスリップしたのである。
「わっ」
マリナはとっさにケイナの手を握って一緒に飛び退いた。トラックは横転して、今マリナたちが居た付近に倒れた。自分がケイナの手を引いていなかったら、と思うとゾッとする。
マリナは運転席に駆け寄る。20歳前後の男性が運転席にいる。
「大丈夫ですか?」
「大丈夫・・・かな?」
と自分でも不確かなのか疑問文だ。マリナはケイナと2人で彼を運転席から引き出してあげた。
「あ、怪我してる。ケイナ、救急車」
「分かった。救急車って110番だったっけ?」
「119!」
ケイナもかなり動転してるなとマリナは思った。だからこそ彼にやらせているのだが。
騒ぎになっていたので、様子を見ようとイベンターの人と甲斐窓香が出て来た。
「どうしたの?」
「軽トラが事故って」
とマリナは答える。
「今救急車を呼んだ所だけど、なかなか来ないな」
「あれって割と時間がかかるのよねぇ」
と窓香は言ってから
「でもあなたたちずぶ濡れ」
と言った。
「軽トラの積み荷の水槽が割れたからね」
とマリナ。
「まだ時間があるから、どこかでお風呂にでも入ってきなさいよ」
と窓香が言ったら、イベンターの人が
「だったら、この公園の裏手に天然温泉がありますよ。日帰り入浴できるから、そこに行ってくるといいです」
と言った。
窓香が何かの時のために用意している替えの女物の下着と服を楽屋から取ってきてくれて、それを持って、マリナとケイナは天然温泉に行ったのである。
「お泊まりですか?」
「いえ。入浴だけです」
「あんたらずぶ濡れね」
「そこで水槽つんだ軽トラが横転して、その水をかぶっちゃったんですよ」
「ああ、救急車のサイレンが聞こえたと思ったらそれか」
それでマリナたちは料金を払って中に入った。
受付のおばちゃんに言われた通り、右手奥に廊下を歩いて行くと“湯”という暖簾がある。中で男女に分かれているのかな?と思ったのだが、暖簾をくぐった時は既に脱衣場で、多数の女性が服を脱いでいた。
女性の裸を見てもマリナは平気だが、ケイナはうつむいてしまった。
「ここ、きっと男湯と女湯が離れた場所にあるんだろうね」
とマリナは言った、むろん現時点ではマリナもケイナも男湯には入れない身体である。
それで服を脱ぐが、濡れた服は「これに入れなさい」と受付のおぱちゃんからもらったビニール袋に入れた。そして裸になって浴室に移動する。中は裸の女性ばかりである(女湯だから当然である)。
「取り敢えず身体を洗って、湯船で温まろうよ」
「そうだな」
ケイナも少しは落ち着いてきたようである。マリナは普通に頭を洗い、顔を洗い、10日前に唐突にできたバストを洗い、更にその時から女の形になってしまったお股を洗い、足を洗ってから、身体全体に掛け湯をする。そして浴槽に入った。ケイナも少し遅れて入って来た。
「お前、女の裸見ても平気なの?」
「だって、私たちも女だし」
「それはそうなんだけど」
それで10分くらい湯船に浸かっていて、結構身体が温まったのでそろそろあがってホールに戻ろうかと言っていた時、浴室内の一角で何か声があがる。どうもひとりの女性と多数の入浴客が握手しているのである。
「あれ、醍醐春海じゃん」
「どうしたんだろう?」
と言っていたら、近くにいたお婆ちゃんが言った。
「あの人、霊山寺から大窪寺、そしてまた霊山寺まで歩いて四国一周お遍路してきたばかりなんだって。そんなの生き神様みたいなものだから、みんな握手したら、きっと御利益(ごりやく)があると言って、握手してもらっているんですよ」
「へー!歩いて四国一周って凄いですね」
それでマリナたちは醍醐春海がたくさんの女性と握手しているのを見ていたのだが、やがて落ち着くと、醍醐は湯船に入ってきた。
「醍醐先生、おはようございます」
とマリナとケイナは挨拶した。
「マリとケイがなぜここにいる?と思ったら、君たちはマリナとケイナか」
「どうもお世話になっておりまして」
「でも君たちほんとによく似てるね。だけど女湯に入っているということは、実は君たち、性転換してたんだ?」
「すみません。あまり広めないでもらえませんか?」
「いいよ、いいよ。内緒にしておいてあげる。君たちは営業?」
「ローズクォーツの公演なんですよ」
「そうか。代理ボーカルってやつだ」
「そーなんですよ」
「そこは『そぅぉなんですよ』と発音しなきゃ」
「先生、さすがにネタが古いです」
「でも君たちの通常営業では、こういうネタを喜ぶ年齢層が多いでしょ?」
「“な↓んでそうな↑るの?”とか“あんたあの娘の何なのさ?”とかも頻発してます」
「ああ、やはり」
それで醍醐先生と10分くらい話したものの、そろそろ公演の集合時間なのでと言い、先にあがらせてもらうことにした。
「じゃ頑張ってね。ローズクォーツの代理ボーカルした女性デュオは、みんなその後売れてるし」
「そうそう。女性デュオは売れているんですよね」
実はこれまで代理ボーカルをした中で、男性デュオのアンミルだけが、あまり売れてないのである。
「君たちも折角性転換手術までして女性になったんだから、きっと売れるよ」
「あはは」
それでふたりは醍醐春海と“握手して”湯船からあがった。
その後、ふたりは無難にローズクォーツの公演で代理ボーカルをこなした。ライブは21:20頃終わり、2人はホテルに戻って、打ち上げに参加。30分ほどで女子大生たちと一緒に引き上げて部屋に戻った。ここはホテルなので女子大生たちは各々シングルに泊まっているが、ケイナとマリナはツインの部屋に同室である。
「さて、寝る前に再度シャワー浴びようか」
「うん。ライブで汗掻いたし」
「慶太、先にシャワー浴びる?」
「俺、後からにする。学、先にシャワーしろよ」
「じゃ先にもらうね」
それでマリナは15分ほどでシャワーを浴びて汗を流した後、ホテルの浴衣を着て出てきた。
「じゃもう先に寝てるからゆっくりシャワーしておいでよ」
「そうする」
と言って、ケイナはシャワールームに入った。その5分後、シャワールームから
「嘘ぉ!?嬉しい!!!」
という大きな慶太の声が聞こえた。マリナは微笑みながら、眠りに落ちていった。
武石満彦は最近ずっと体調が良くないなと思ったので、岡山市内の内科医院に行ってみた。尿と血を取られて、X線検査をしますと言われてレントゲン室の前で待っていたのだが、そこに看護婦さんが血相を変えて飛んできた。
「患者さん、もうレントゲンした?」
と訊く。
「いえまだですけど」
「良かった。こちらに来て」
と言われて、結局診察室に入る。老齢の医師が
「取り敢えず座って」
と言うので、患者用の椅子に座る。
「あなたはうちの病院の患者ではないね」
と医師は言った。満彦は何か大きな病気なのだろうかと青くなった。紗希もいるのにまだ死ねないと思う。
「先生、私は何の病気なのでしょうか?」
と覚悟を決めて訊く。
「病気ではないよ」
「え?だったらなぜ」
「そっち方面の病院に行かなきゃ」
「そっちというと・・・」
「病院の心当たりが無いなら、うちの娘がやってる病院を紹介しようか?」
「はい、お願いします」
それで医師から紹介状代わりの名刺と一緒に渡された病院のパンフレットを見て、満彦はクラクラっと来た。
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【春変】(6)