【春変】(2)

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芳野早百合のお遍路は毎年秋に続いていた。
 
3年目の昨年(2018年)は最も距離の長い土佐路(439.2km)であった。23番薬王寺(徳島の最後の札所)から前年の出発点である39番延光寺までである。この年は直前に大阪で食のフェアがあったのに(バイト先のロイヤルホストから)派遣されていて、その帰りに四国に渡ったので、神戸からの“ジャンボフェリー”を使った。
 
JR三宮駅前(連絡バス)神戸三宮FT 19:45-24:00 高松港(市内泊)/
高松8:23-9:36徳島10:10-11:31日和佐
 
それで徳島最後の札所(来年満願の地になるはず)から歩き始め、晴天に恵まれたこともあり予定通りの日数で昨年の出発点である延光寺に辿り着いた。
 
帰りは瀬戸大橋ではなく、その隣の宇高ルートを使った。
 
平田17:10-17:30中村17:45-19:28高知19:31-21:42高松(泊)高松港7:50-8:55宇野港/
宇野9:03-9:27茶屋町9:33-9:47岡山11:12-12:53博多
 
(↑の時刻は2018.8の時刻表による)
 
宇高国道フェリーもいつまであるか分からないし、乗れる内に乗っておこうというのでこのルート選択になった。ここは国道30号の海上ルートである。国道30号は岡山市から高松市に至る国道だが、その途中、宇野港から高松港までが海上ルートになっていた。今回は四国に入るのも出るのも航路を使ったことになる。
 
(宇高国道フェリーは2019年12月15日の運行を持って廃止された)
 

そして2019年、4年目の秋、早百合はとうとう最後の阿波路を歩くことにして博多を出たのである。今回の四国入りのルートはこれである。
 
博多6:10-8:26新神戸8:55(神姫バス)11:17徳島12:06-12:19志度/JR志度駅12:49-14:05大窪寺
 
阿波路(あわじ)を歩くから淡路(あわじ)経由で行こうというダジャレだった。でもこれで四国三橋を制覇した。
 
初日(9/15)は大窪寺から1番札所・霊山寺までの38,8kmを歩き、お参りしてから近くの旅館に投宿した。
 

翌日(9/16)は朝、一応昨日お参りしているのだが、まだ開く前の霊山寺門前で一礼してから吉野川に沿って西行するルートを歩いて行く。9番・法輪寺まで打った所で、今日はこのくらいにしておこうかと思い、目星を付けていた旅館まで行ったら満室だと言われた。
 
早百合は基本的に旅館の予約はしない。予定通りの日程では行けないことがしばしばあるからである。しかし困った。ここは他に近くに旅館が無いのである。焼山用にビバークの装備は持って来ている。野宿するかなとも考えたのだが、年配の女性が声を掛けてきた。
 
「もしよろしかったら、うちにお泊まりになりませんか?御接待しますよ」
「助かります!」
 
女性は「しばらく待っててね」と言って、その後宿に到着して同様に断られた女性2人に声を掛け、結局、歩きお遍路3人を伴って、御自宅に案内してくれた。
 
ここは昔この集落の組頭をしていた家で、部屋がたくさんあるのだということだった。この日、御接待を受けることになったのは、早百合と、25-26歳くらいのスポーツ選手っぽい人、それに40代の少しひよわな感じのする女性の3人である。
 
お食事を頂きながら話をしたが、25-26歳の女性はバスケット選手で以前日本代表にもなったことのある人で、千里さんと言った。なるほどー、バスケットかと思う。身体の均整が取れているので多分全身を使うスポーツだろうと思ったのである。
 
40代の女性は大病を克服して退院してまだ半年ということだった。全行程歩くつもりということで「大丈夫ですか?」と早百合も千里さんも心配したが、自分は死の淵から神仏の加護で助けられた、というよりほとんど1度死んだようなものだから、その再出発の旅なのだということだった。無理しない範囲で歩きますよと言っていたが「今年は阿波路だけにして、続きは来年になさっては」と早百合などは提案しておいた。1200kmの旅は普通の人にも過酷である。
 
(実際問題としてこの人の体力で焼山を越えられるとは、とても思えない)
 

翌朝(9/17)、御飯を頂いてから出発しようとしたら、偶然にも千里さんと一緒になった。千里さんは昨日9番札所に到着したのがもう遅かったのでお参りしていないということでそのお参りから始めるということだった。何となく付き合って再度お参りする。それでその後も、何となく一緒に歩くが、ペースが速い!
 
元陸上選手でマラソンを完走したこともある早百合だって、かなり速いペースである(と思う)。2年前に遭遇したワンダーフォーゲル出身の人も、昨年会った AJWC (All Japan Walking Cup) 47全都道府県完歩したという人も、早百合のペースに付いてこられなかった。でも千里さんはその早百合よりも速いのである。
 
負けそうと思ったが、何とか頑張って10番切幡寺 11番藤井寺とお参りする。この時点で13.1km歩いて現在10時半だが、次の焼山寺はお遍路の中でも最大の難所と言われるルートである。距離だけなら、わずか12.9kmであるが、アップダウンが凄まじい。普通の人なら8時間以上掛かるので、ここで一泊して焼山は明日にした方がいい。千里さんがチラッとこちらを見て訊く。
 
「行く?」
「行きます」
 
それで2人で一緒に焼山越えを歩き始めた。千里さんが「今夜は宿を予約しておくよ」と言い、電話を旅館に入れてくれた。でもガラケーだ!
 
「私、静電体質だからスマホは触っただけで爆発するのよ」
「それは難儀ですね!でもガラケーは2022年だかで終了するのでは?」
「どこかオールプラスチック製のスマホでも出さないかな」
「電気が通らないと思います」
 

しかし険しい山道である。さすがに千里さんのペースも落ちる。それで何とか早百合も付いていくことができた。このルートはアップダウンの高低差が合計1800mくらいある恐ろしいルートなのである。一般に山道では高低差はその十倍の水平距離相当(高低差1kmなら10kmプラス)と言われるが、早百合はもっとあるかも知れないと思う。なにより精神力が削られる。せっかく降りてきたのでもうピークは越えたかと思ったら、また昇らなければならないというのはとても辛い。途中、足の筋肉が悲鳴をあげるので立ち止まってアンメルツを塗ったが、その間は千里さんも待ってくれた。また千里さんがチョコとかカロリーメイトを分けてくれたので、それを適宜頂いた。
 
途中、長戸庵・柳水庵・浄蓮庵とお参りしていき、16時頃焼山寺に到着。
 
取り敢えずビバークしなくて済んだ!
 
ここでは焼山寺の御朱印だけでなく、柳水庵・浄蓮庵の御朱印も一緒に頂くことができた。
 
「よく付いてこれたね」
と千里さんが褒めてくれた。
 
「置いてかれてこんな山の中で1人になりたくなかったから頑張りました」
「それにしても凄い。スポーツしてた?」
「陸上の長距離走ってたんです」
「それでか。特に降りる時の体重の使いかたがうまいと思ったよ。私が見習わせてもらった」
「あれはロードレースの坂道を走る要領なんですけど、重力による身体の降下に足を合わせていくんですよ。実は歩くのではなく落ちて行っているんです」
「なるほどー。落ちていくのには体力使わないもんね」
「そうなんですよ。ちょっと恐いですけどね」
「ジェットコースターみたいな感覚」
「似てます!」
 

早百合が持って来ていたコンデジ、Canon Power Shotで記念写真を撮った。セルフタイマーでも撮ったし、2人で写真を撮っていたら、男子大学生という感じの人が寄ってきて「撮ってあげましょうか」と言い、2人並んでいる所を撮ってくれた。千里さんのスマホに転送してあげようと思ったら、向こうはガラケーだった!それで後日メールで送るか、ネットディスクを利用して渡すかしてあげることにした。
 
焼山寺の後は衛門三郎終焉の地・杖杉庵に寄り、そのあと山道を4km降りて、神山町の旅館に到着。かなり人が多かったが、予約していたので無事泊まることができた。
 
「でも千里さんこれだけ歩けたら、山伏にでもなれるかも」
と早百合が言うと
「私、女山伏の鑑札持ってるよ」
と言って見せてくれた。
 
「すごーい!出羽ですか」
「早百合ちゃんも一度“表の”女山伏修行に参加しない?早百合ちゃんならできると思うよ」
「ちょっと興味ありますね」
と言いつつ、それはさすがに身体を“直して”からでないと無理だろうなと思った。
 
今年満願したら、このあと2年くらいかけてお金を貯めてタイで性転換手術を受けてこようかな、などと早百合は考えていた。法的な性別を変更するまで就職が困難だから、2年間大学院に行ってモラトリウムをむさぼることも考えている。一応指導教官には大学院への進学を考えるかもということは伝えている(どうも早百合の大学の大学院は「入りたい」と言えば全員入れてくれるようではある)。
 

早百合は結局、このあと阿波路をずっと千里さんと一緒に歩くことにした。9/18は13番・大日寺から18番恩山寺、9/19は19番立江寺からお遍路第二の難所・20.鶴林寺、第三の難所・21.太龍寺のダブルパンチを踏破する。どちらも大変な道ではあるが、焼山寺に比べればまだ楽である。しかしこの2つを1日で歩く人は多分、他にいないだろうと思った。
 
そして9/20は22.平等寺、23.薬王寺と打った。
 
「結願(けちがん)おめでとう」
「ありがとうございます」
 
これで早百合は4年がかりで88個の札所を全部打ち終えたのである。
 
千里が握手を求めるので、握手したが力強い手である。シューターの握力はさすが強いよなと思う。
 
「じゃこの後、高野山に行きます」
「うん。頑張って。どういうルートで行くの?」
「徳島から和歌山にフェリーで渡ろうかと思っていたのですが」
「ああ、なるほど」
「でも疲れたから、瀬戸大橋越えて新幹線で寝ていこうかな」
「新幹線のシートって凄く楽だもんね」
「そうなんですよ」
「快適すぎて東京まで行ってしまわないように」
「それはちょっと恐いです」
 
早百合は当初は四国との主な出入りルートの中でまだ使用していなかった徳島−和歌山航路で高野山に行くつもりでいた。しかし今回は焼山・鶴・大龍で疲れたことから(千里さんと一緒に歩いたからかも?)、素直にあまり体力を使わない瀬戸大橋線で移動しようと考えたのである。
 
それで町内のお好み焼き屋さんで一緒にお昼を食べた後、日和佐(ひわさ)駅で彼女に見送りしてもらって徳島方面の列車に乗った。これが9/20 12時半頃である。
 
(当初予定していたルート)
日和佐(牟岐線)徳島(高徳線)板東(霊山寺に行き満願之証をもらう)
板東(高徳線)徳島(フェリー)和歌山(JR)橋本(南海)極乱橋(ケーブルカー)高野山
 
(変更したルート)
日和佐(牟岐線)徳島(高徳線)板東(霊山寺に行き満願之証をもらう)
板東(高徳線)徳島(瀬戸大橋線)岡山(新幹線)大阪(泊)/
大阪(南海)極乱橋(ケーブルカー)高野山
 
つまりフェリーの中で寝ていくところを大阪泊に変更したようなものである。
 

ところがである。
 
牟岐線に乗って徳島まで来てから、そのまま霊山寺に行くのに板東方面に乗り継ごうとしたら急にお腹が痛くなった。やはり無理しすぎて体調崩したかと思い、結局その日は板東(霊山寺)には行かず、徳島駅近くの旅館に入り、食事にもお風呂にも行かずにひたすら寝た(夕食は結局部屋に持って来てくれた)。
 
早百合は真夜中過ぎに目を覚ました。
 
お腹の痛みはもう消えている。
 
うん。たくさん寝たから治ったのかなと思う。トイレに行ってくる。この時、何か違和感があったのだが、何だろうと思い、あまり深くは考えなかった。それでお茶でも飲んでから、もってきてもらっていた食事を食べる。食べながらスマホで友人の書き込みなど見ていたら、お風呂に入っていないことに気づいた。
 
確かここはお風呂は24時間入れますよということだったはずである。
 
お風呂行ってからまた寝ようかなと思う。
 
お風呂に行く前にタックを補修しておこうかなと思った。早百合は高校時代にタックを覚え、もう5年以上、常時タックしている。それでお遍路ではいつも女湯に入っていて、もう既に女湯に入るのが普通になっている。
 
しかしお湯につかると、どうしても接着剤で留めた部分が弛みやすい。入浴中にタックが外れたら、下手すると通報される危険もあるので、入浴前にタックの確認と補修をするのが常になっている。だから早百合は瞬間接着剤を常に携行している。実は生理用品入れにナプキンやパンティライナーと一緒に入れている。
 

それで壁に背中をもたれてからパンティを脱ぎ、お股を開いてそこを確認する。
 
あれ?
 
なんかタックの状況が変なのである。
 
「これまるで本物の女の子みたい」
などと呟く。
 
接着剤で留めた“人工割れ目”が左右分離している。
 
やばいやばい。分離したら“中身”が出て来ちゃう、と思い、PVC製(*1)の使い捨て手袋をし、接着剤を少し出してそこに塗ろうとした。
 
(*1)タックをする場合、どうしても接着剤が手に付着しやすいので、使い捨て手袋を使うのは必須である。この時、安いポリエチレン製の手袋だと、手に密着しないので、接着剤がつくと手から外れてしまい、むしろ股間にくつついてしまって、うまく作業ができない。それでちゃんと密着してくれるPVC製を使用する。使い捨て手袋のお値段は一般に NBR > NR > PVC >>> PE で、PVC製は手にちゃんと密着するタイプの使い捨て手袋の中では最も安い。筆者の近くのお店では(2020年1月頃までは)100枚入り400円くらいで買えていた。
 
PE = poly-ethylene ポリエチレン
PVC = poly-vinyl chloride ポリ塩化ビニル(しばしばプラスチック製と書かれている)
NR = Natural Rubber 天然ゴム
NBR = Nitrile butadiene rubber ニトリルゴム
 

それで早百合はタックを補修しようとしたのだが、手が止まる。
 
え?
 
早百合は接着剤のフタをし、使い捨て手袋を外した。そして素手で直接その“人工割れ目”を触った。これは皮膚を接着して強引に割目に見えるようにしているものなので、くっついていて、本来分離できないはずのものである。
 
ところが分離できるのである。
 
早百合はそこを指で開いてみた。“人工割れ目”の中には本来はペニスが隠れているはずである。
 
ところがどうもペニスらしきものが見当たらない。
 
なんで無いんだろう?
 
そういえばさっきおしっこをした時、妙におしっこが“ストレートに”出てくる感じであったことを思いだした。
 
「おちんちん無くなったんだったりして」
と自分で言ってからしばらく考えていたが、早百合は大きな事実に気づいた。
 
「おちんちん無くなってる!」
 

あらためて自分のお股の状態を確認する。
 
股間には縦のスリットがあり、その中を指の感触と見える範囲は目で確認する。スリットのいちばん手前にはコリコリした部分があり、触ると気持ち良い。まるで女の子のクリちゃんみたい。その少し向こう側にどうも小さな穴のようなものがある。女の子なら多分この付近に尿道口があるよねと思う。更に指を向こう側に進めていくと、直接目では見えないのだが、わりと大きな穴があることに気づく。むろんお尻の穴より手前である。女の子ならたぶんこの付近にヴァギナがあるんじゃないかなあ。
 
スリット自体が二層構造になっている。これってまるで女の子の大陰唇と小陰唇みたい、などと思う。内側のスリット、女の子なら小陰唇に相当する部分は触ると気持ちいいような気もする。
 
早百合はそのスリットの中をあちこち触っていたが、やがて重大な結論に到達する。
 
「これはまるで女の子の形だ」
 
更に早百合はたぶん10分くらい考えていたが、やがてもっと大きな結論に到達した。
 
「私、女の子になってる!」
 

そしてその3秒後、早百合は決めた。
 
「女湯に入ってこよう」
 
わざわざ「女湯に」と言わなくても、早百合はもう10年くらい前から男湯には入れない身体になっている。女湯にはもう慣れっこだが、若干の後ろめたさも持っていた。しかしこの夜初めて早百合は、何のうしろめたさも無い状態で女湯に入ることができたのである。
 

タオルと着替えを持ち、食事のお盆も持って1階に降りる。厨房の前にお盆を置いた上で、案内に従い浴場へ行く。男湯・女湯の暖簾がある。何の迷いもなく女湯の暖簾をくぐる。
 
どちらに入るべきか悩んでいたのは小学生の時までだよなと早百合は思った。小学校の修学旅行の時は、裸を友人たちに見られたくないので、本来の入浴時間をずらして男湯に入った。当時はちんちんを隠す方法とかも知らなかったし。それでも「あんた女の子なんじゃないの?男湯に入ってはダメだよ」と言われ、やむを得ず男性器を見せたが、凄く恥ずかしかった。それで男湯に入れてもらったものの、周囲から凄い視線が来るし、本人としてもここは自分の居場所ではないという気持ちが強かった。少し膨らみかけの胸を曝すのも恥ずかしかった。
 
中学の修学旅行は泊まったのがホテルで部屋にバスが付いていた。男子のクラスメイトと同じ部屋だったので着替える時は他の子が後ろを向いていてくれたが、入浴自体には問題は無かった。(でも男子と同じ部屋で、襲われたりしないよね?という不安から熟睡できなかった)
 
高校の修学旅行は小学校の時とは別の理由で裸を友人に見られたくなかったので、時間帯をずらして女湯に入ったが、何の問題もなく入浴できた。ただ当時は自分は本当に女湯に入っていいのかという物凄い葛藤があった。
 
でも大学に入って、お遍路を始めたら、何の躊躇もなく女湯に入るようになった。実際女湯に入らないということはお風呂に入らないということで、それではとても身体がもたない。早百合は女にならざるを得なかったのである。これってお遍路をしたいちばん大きな進歩(?)かもしれない気がした。
 
都会ってわりと曖昧な性別のまま暮らすことができる。でもお遍路はいわば数百年前の世界に身を委ねるようなもの。そこでは男と女が厳密に分離されて中間あるいは曖昧な状態は許されない。それなら自分は女だと思った。だから女としてずっと行動してきた。それで早百合は自分が女であることに自信、やがて確信を持つようになった。
 
そんなことを考えながら、早百合は服を脱いで浴室に移動し、洗い場で髪を洗い、顔を洗い、胸を洗い、腕を洗い、やがてお股を洗う。
 
これいいなあ。なんで私、女の子になっちゃったんだろう?
 

足を洗ってまた身体全体にお湯を掛けてから浴槽に浸かる。そしてまた考えた。
 
八十八箇所を始める前に見た夢のことを思い出す。あの時、八十八箇所を踏破したら「あなたは88万8888人目の満願者です。お祝いに性転換手術をプレゼントします」と言われて、そのまま病院に運ばれ、手術室に運び込まれて手術されちゃうなんてのを妄想した。
 
でも本当に八十八箇所を満願したら女の子になっちゃった!
 
本当に、なんで女の子になっちゃったんだろう?
 
眠っている内に性転換手術されちゃった?それにしては痛みとか無いけど。
 
明日霊山寺に行ったら、満願之証と一緒に成女之証とかもらえたりして?
 

あれこれ妄想しながら結局1時間近く浴槽につかっていた気もする。
 
それであがって身体を拭き、洗濯済みの下着をつけ浴衣を着て部屋に戻る。さすがに眠いので寝ることにする。女の子になった記念にオナニーしてみたかったが、毎回お遍路の最中はHなことはしないことにしているので、東寺にお参りするまでは我慢しようと思った。でもオナニーしなくても流石に疲れが物凄いので、深く眠ることができた。
 

翌朝(9/21)、早百合は今回のお遍路の最中の着替えた服とかを宿の人にもらった段ボール箱に詰め、自宅宛に配達日時指定して宅急便で送った(結局使わなかったビバークの装備などは途中の宿から送っている)。
 
それから霊山寺まで行き、無事満願之証を頂いた。ちなみに成女之証!?はもらえなかったが!自分の身体が女の証(あかし)だもんと思う。
 
だけどわざわざタイまで行って性転換手術受ける必要なくなったなと思う。150万くらい儲けた、などと思いながら、もし性転換手術代の請求書が後で送られて来たらどうしよう?などと思った。
 
払えないなら風俗で働いてもらうぞ、とか言われたりして?
 
と思った次の瞬間、風俗で女として働くのもそう悪くない気がしてしまった(ほとんど不純な動機)。
 

ぐっすり眠って元気なので、再度予定を変更し、フェリーで和歌山に行くことにした。これで四国8ルート踏破になる。まだ使ってないのは、神戸→新居浜、大阪南港→東予港、東京→徳島、北九州→徳島くらいだろうか。
 
(東京(川崎)→高知→宮崎の航路は現在は運行されていない)
 
そういうわけで、早百合の帰りのルートは次のようになったのである。
 
9/20 日和佐12:38-14:11徳島
 
9/21 徳島7:06-7:38板東(霊山寺で満願之証をもらう)板東9:46-10:07徳島/徳島駅10:15-10:32南海フェリー前/徳島港11:00-13:05和歌山港13:22-13:43和歌山駅(泊)
 
9/22 和歌山5:35-6:46橋本6:50-7:34極楽橋7:38-7:43高野山/
高野山駅前7:48-8:09奥の院(89番目の納経印)/
奥の院10:05-10:26高野山駅前/高野山10:37-10:42極楽橋10:47-12:25南海難波/なんば12:34-12:43梅田/大阪13:00-13:29京都(東寺で成満証をもらう)/京都16:49-19:33博多
 
これで四国の出入り8ルート踏破である。
 
2016 しまなみ海道/瀬戸大橋
2017 佐賀関三崎国道フェリー/大三島忠海フェリー
2018 神戸高松フェリー/宇高フェリー
2019 明石海峡大橋・大鳴門橋/徳島和歌山フェリー
 

タイに行っての性転換手術というのがキャンセルになったので、早百合はもう大学院には行かずに、4年で大学を出ようと思った。
 
だったら就活しなきゃ!
 
帰りの新幹線で幸福感に満ちてスヤスヤと眠る早百合は、まだ10月上旬に起きてその後28日おきに来る事象について、何も考えていない。
 

古庄夏樹(モニカ)は、9/24-26に有休を取り、土日・祝日・会社の創立記念日も合わせて、9/21-29の9連休にして、その間にお遍路に行ってくる予定を立てていた。
 
9/21-22 土日
9/23 敬老の日
9/24-26 有休
9/27 創立記念日
9.28-29 土日
 
9/20(金)に仕事が終わった後、バイクに飛び乗り夜通し走って徳島に至り、9/21朝霊山寺を出発して順打ちで88ヶ所を回って、9/29の夕方霊山寺に戻ってきたら、また夜通しバイクで走って千葉に戻り、9/30(月)はちゃんと会社に出社するという計画である。
 
ところがである。
 
9月9日の月曜日、夏樹は課長に呼ばれた。
 
「古庄君、ちょっとパイプオルガンの調子がおかしいと言っているクライアントがあるんだよ。君、技術者と一緒にちょっと行ってきてくれない?」
 
「技術者だけじゃダメなんですか?」
「営業的な話もあるからさ。こんなに簡単に壊れるなら残金は払わない、って先方がゴネてるんだよ」
「ああ。分かりました。技術は誰が行くんです?」
「坂本君に行ってもらう」
「坂本課長が行かれるんですか!」
「何があっても対処できるのは彼くらいだから。でも彼は営業的な交渉はできないし、中国語もできないから」
 
「ちょっと待ってください。中国語って、クライアントはどこなんです?」
「じゅうけいとかいう所なんだけどね」
「えっと済みません。漢字で書いてください」
 
それで課長は“重慶”と書いてみせた。
 
「ああ。Chongqing (チョンチン)ですね。大丈夫です。あそこは北京語が通じます」
「通じるってことは、北京語の地域ではないの?」
「あそこは西南官話(Xinan guanhua)の地域ですが、この西南官話自体が北京語と同じ北方語に属していて、元々近いですし、ビジネスとかに関わるような人であれば、北京語も学んでいるから、普通に会話できるはずです」
 
「じゃ、やはり君が適任みたいだね。よろしく」
 

夏樹は“エンド”が気になった。
 
「あのぉ、これ何日くらいかかるでしょうか」
「それは行ってみないと分からないね」
「私、21日から29日まで休みたいのですが」
「ああ、24-26日に休み取っていたね。じゃずれこんだ場合は、その3日間の有休もその後にずらすということで」
 
「私、連休とか創立記念日に合わせてお休みを取って9連休にしていたんですが」
 
「ああ、お遍路に行くと言ってたね。じゃそのあたりは中国から戻ってきてから再検討で」
「分かりました」
 
場合によっては有休の日数も増やしてくれるような口ぶりであるが、今回あまり有休を取ると、12月に予定している性転換手術の時に有休が取れないのにと、夏樹は少し不安になった。(性転換手術を受けるとは話していない。単に海外旅行に行ってきたいとだけ話している)
 
ともかくもそれで夏樹はその日は坂本課長と色々打ち合わせ、夏樹が通訳を務めて坂本課長が向こうの担当者から状況をできるだけ尋ね、それで必要になるかも知れない道具や部品なども用意して、翌9月10日の便で、重慶(チョンチン)に旅立ったのである。
 
9/10(Tue) NRT 10:00 (IJ357 B737) 14:15 CKG (5'15)
 

高浜アリスは9/11日に霊山寺を出発し、このような予定で歩くことにしていた。
 
だいたい1日20kmだが、難所は1日がかりである。この阿波路にはお遍路の難所ハード3(焼鶴龍)が揃っているのである(多くの人はここでくじける)。
 
9/11 1-8番 21.85km
9/12 9-11番 37.65km
9/13 12(焼) 55.55km
9/14 13-17 76.15km
9/15 18-19 98.95
9/16 20(鶴) 112.05
9/17 21(龍) 118.75
9/18 22番 125.75
9/19 23番 145.45
9/20 (牟岐) 161.20
9/21 (生見) 185.55
9/22 (佐喜浜) 204.15
6/23 24番 222.05
9/24 25-26 232.35
9/25 27番 259.85
9/26 (赤野甲) 279.90
9/27 28番 297.35
9/28 29-31 326.45
 
最初は札所と札所の間も近く、楽しく歩いて行った。
 
しかし焼山はほんとうに辛くて、もう中止して帰ろうかと思ったものの、山の中からワープして帰る方法はないので何とか歩ききった。焼山路の入口には
 
《健脚5時間・平均6時間・弱足8時間》
 
と書いてあったが、アリスは実際には途中の休憩も入れて10時間掛かってしまった。念のためと思い朝5時に出たから良かった。最後の方は低血糖になり、非常用に持って来ていたチョコレートもブドウ糖も食べ尽くして、フラフラになりながら、焼山寺に辿り着いた。お寺の人がおにぎりを恵んでくれて、それで随分落ち着いた。
 
しかし焼山を越えたことで自信がつき、お鶴も大龍も何とか歩ききることができた。そして9/19日には讃岐路最後の札所23番・薬王寺に辿り着く。
 
ここで帰ることも考えたのだが(実際彼氏のお父さんも1年目は阿波だけでいいかもと言っていた)、ここまで歩いて来て、自分は結構いけるという自信がついてきた。それで当初の予定通り、高知市まで行くことにした。
 

薬王寺(日和佐)と次の札所である、室戸岬そばの最御崎寺(ほつみさきじ)の間は75kmもあり、普通の人は3日掛けて歩くらしいが、アリスは自分は普通のお遍路に比べるとかなり遅いというのを自覚していたので4日掛けて歩こうと思っていた。
 
日和佐(薬王寺)16km 牟岐 24km 生見 19km 佐喜浜 18km 室戸岬(最御崎寺)
 
9/20 日和佐から牟岐(むぎ)までは短く、牟岐から生見までが少し距離があるのだが、ここは牟岐より先に適当な宿泊できそうな集落がないのでしかたない。アリスは来年までには30km/日くらい歩けるようになっておきたいなと思った。
 
日和佐にはお店などもあるので、ここで非常用のガーナチョコ・カロリーメイトをたくさん買い、装備も確認して出発する。初日は距離も短いのでチョコも1つ消費しただけで4時間ほどで到着することができた。牟岐は大きな町で、ホテルに泊まることができたので、シャワーで汗を流し、バスタブにお湯を溜めて身体をお湯に沈めると、本当に疲れが取れていく気がした。
 
やはり9/11に霊山寺を出て以来、なかなかホテルが無く、アリスは入浴がままならない状況で歩いて来た。ウェットシートで身体を拭けば汗はぬぐえるものの、やはり疲れが充分には取れない感じである。
 
それでこの日はちゃんと入浴できたことで、ぐっすり眠るこどできた。
 

そして、あまりにも熟睡してしまったので、翌日(9/21)は昼近くまで寝ていて、11時すぎ、ホテルのフロントから「宿泊延長なさいますか?」と電話が掛かってきて、飛び起きた。
 
「すみません。チェックアウトします」
と返事して、急いで荷物をまとめる。そして部屋を出てフロントで精算する。
 
本来は10時を過ぎたら、レイトチェックアウト料金を取られる所なのだが、フロントの人は「このくらいいいですよ」と言って、追加料金は請求されなかった。1階の食堂でランチを食べてから12時すぎに出発した。
 
雨が降りそうな気配だったが、折りたたみ傘を頭陀袋(ずだぶくろ)に入れているから平気と思った。
 
それで歩いて行くが今日は24kmもあるので時間が掛かるし辛い。アリスの平均歩行速度は4km/hくらいである。それに30分歩いたら休憩してカロリーメイトをたべてお茶も飲むようにしていた。
 
お遍路の行程では実はトイレにも困る。男の人なら、その辺でしちゃうのだろうが、女はそういう訳にもいかない。トイレが借りられそうな所があったら確実に行っておくが、時には結構つらい時もあった。
 
(千里や早百合などは汗で出てしまうので、途中でトイレに寄る必要はほとんど無いのだが、アリスはペースが遅いので、汗の量も少なく、トイレに行かざるを得なくなるのである)
 

牟岐を出て3時間ほど歩き、15時をすぎた頃、雨が当たり始めた。
 
アリスは最初は気にせずそのまま歩いていたが、結構落ちてくるので、傘を差そうと思った。
 
それでいったん立ち止まり、頭陀袋から傘を取り出す。
 
。。。。つもりだったのだが、傘が見当たらない!?
 
嘘?なんで?
 
と考える。
 
あ・・・・
 
傘は・・・もしかしたら朝から使うかもと思い、頭陀袋から出してベッドのヘッドボードの所に置いた気がする。
 
そして急いで出たので、忘れてきたのか!
 

どうしよう?と思うが、無いものは仕方ない。
 
アリスはできるだけ早く今日の予定地の生見(いくみ)に辿り着こうと、歩くペースをあげた。せめてもの雨避けに、頭にタオルをかぶった。
 

雨脚は次第に強くなってきた。16時頃には既にアリスはもうずぶ濡れの状態になったが、本来のペーより速く歩いているので、身体も熱を帯び、それで何とかなっていた。
 
しかし17時頃になると、雨も強くなり、身体も冷えてきた。自分でもやばいなと思うが、立ち止まっても仕方ない。身体はきついが歩くしかない。アリスは次第に頭の中が空白になり、全神経を歩くことだけに集中した。
 
そんな状態で、もうどのくらい歩いているか分からない状態のまま歩いていた時、やがて集落が見えてくる。
 
生見!
 
助かった!と思うと、どっと疲れが出てくる。それでも頑張って、この集落にあるはずの民宿に向かう。スマホでナビしながら民宿前まで辿り着いた時、アリスは涙が出て来た。
 
良かったぁ!生きて辿り着けたよ。
 

玄関の戸を開けて中に入る、
 
「いらっしゃい」
と40代くらいの女将(おかみ)さんが声を掛ける。
 
「すみません、部屋は空いてますか?」
 
「ええ。ちょうど残り1つでした」
 
良かったぁ!!
 
「でもあなたずぶ濡れ。お部屋に案内する前にお風呂に入った方がいいわ」
と女将さんが言う。
 
それは助かると思ったが、アリスはここで重大な問題に気づく。
 
「もしかしてお風呂は共同浴場ですかね?」
「ええ。うちは古い民宿なので」
 
「共同のお風呂って男女別ですよね?」
「まあ普通そうですね。男の方と女の人を一緒に入れる訳にはいきませんし」
と女将は戸惑うような顔で言う。
 
今時混浴の所とかは無いだろう。
 
「どうしよう?」
とアリスが悩むように言った時、先に入っていたお客さんだろうか、22-23歳くらいの長身女性が
 
「今から他の客はみんな食事なんですよ。あなた、その間に入っちゃったら?」
と言った。
 
「あ・・・それならいいかな?」
とアリスも言う。
 
「今、女湯は空いてますよね?」
と長身女性が女将さんに訊く。
 
「女性のお客様は、今日はあなたがたおふたりだけですから」
と女将さん。
 
つまりこの女性と自分の2人だけらしい。そしてこの女性は今から食事をする。それなら今お風呂に入れば誰にも裸を見られなくて済む!!
 
「だったら、泊めて下さい」
とアリスは言った。
 

それで宿泊手続きをした。宿泊料金があまりに安くてびっくりする。いいの?こんなに安くて。
 
ところでアリスは荷物が全部濡れてしまったので(無事なのはジップロックに入れていた納経帳とお遍路地図だけ)、着替えが無いと言ったら、緊急用の下着を用意しているからお貸ししますよということだった。それを借りて、今夜は浴衣を着ていればいい。濡れてしまった服や着替えは洗濯してあげますよということだったので、それもお願いした。財布も濡れてしまっていたのだが、お札はアイロンかけてあげますよと言われたので、信用できそうな女将さんだし、それもお願いした。
 
そいうわけで、アリスは借りた下着と旅館の浴衣を持ち案内されてお風呂場に行ったのである。
 
そして女湯に入る。(どきどき)
 

アリスは実は女湯に入るのはこれがまだ2度目である。
 
以前1度だけ、長野の田舎の温泉宿で、深夜、女湯に入ったことがある。こんな夜中なら誰もこないだろうと思い、女湯使用を決行したのだが、それ以来である。
 
濡れた服はこれに入れてくださいね、と言われてプラスチック製のたらいを渡されたので、脱いだ服はそこに入れる。そして裸になって浴室に移動した。
 
小さい民宿なだけにお風呂場は狭い。洗い場も3つしかない。しかし問題無い。
 
まずは湯船のお湯を身体に掛ける。
 
熱い!でも生き返るようだ。
 
それで少し身体が温まった所で洗い場で身体を洗った。シャンプーをして流した後、コンディショナーを掛け、そのままにして顔を手に石鹸をつけて洗い、ついでに耳の後ろ、首、更に胸まで洗う。この胸を大きくしたいなあと思う。顔と胸の石鹸を洗い流した後、お股を洗う。身体が冷えているので、おちんちんが物凄く小さくなっている。実は毛の中に隠れてしまう感じで、これなら人が見ても、お股に何も無いように見えるかもという気もした。このまま小さくなって消えてしまえばいいのにと思う。
 
この夜はあまりにも小さくなっていて“剥く”のが困難だったので、中まで洗うのは諦めた。指もかじかんでいて、自由に動かないし。
 
その後、足を洗い、特に足の指の間を洗うと、凄く気持ちいい。
 
最後に髪のコンディショナーを洗い流し、身体全体にシャワーを掛けてから浴槽に浸かった。ほんとに今日はどうなることかと思ったけど、何とかなったなあと思った。
 
そのまま10分くらい浸かっていたら、脱衣室に誰か入ってきた音がするので焦る。更にその人物は浴室との間の引き戸も開けちゃった。
 
キャーと悲鳴をあげたくなる気分だったが、女将さんである。
 
「この濡れている服、洗濯機に入れますね」
「あ、はい。お願いします」
 
それで女将さんは出て行った。
 
良かったぁ!浴槽に入っていて。身体を洗っている最中だったら、男みたいな裸を見られていたところだった。
 

アリスは冷えた身体を温めようと結局20分くらい浴槽につかってから上がった。
 
用意してもらっていたバスタオルで身体を拭き、貸してもらった下着を身につける。ちょっとサイズが大きかったが気にしない。ただ、いわゆるおばちゃんパンツなので、布にゆとりがありすぎて、男性器の形がもろに出てしまう。アリスが普段穿いているビキニ・ショーツなら、後ろに向けた男性器をしっかり押さえてくれるので、穿いた状態を見ると、まるで何も付いてないように見えるのだが。
 
早くこういう邪魔なものは取ってしまいたいと思う。彼との仲があのまま進んでいたら、去年くらいにアリスは性転換手術を受けて、今年くらいに結婚していたはずだった。でも彼の命日に金沢ドイルさんと遭遇したのは、きっと彼の導きなんだろうなと思う。金沢ドイルさんは、そのあたりを曖昧にした感じがあったけど、彼は多分私の守護に入ってくれている。だから、このお遍路の旅は、彼と私の新婚旅行なんだと思っていた。
 
ハネムーンベビー、できちゃったりして!?
 
私も赤ちゃん産みたいなあ。
 
私に妊娠能力があったら、絶対彼が遺した精子を自分で受精するんだけど。
 

お風呂からあがってロビーに行くと、さっきの長身女性が居た。
 
「今あがりました」
と報告する。
 
「ありがとう。お腹の内容物が少し落ち着いてからいこうかな。あなたは食事に行くといいですよ」
 
「ちょっと雨に濡れて疲れたので、もう少し休んでからにします。今食べると全部吐いてしまいそう」
 
「ああ。それはあるかもね」
 
それで彼女としばらく話していた。彼女は千里さんと言ったが、こちらの性別には気づいていたようだ。それで食事の間にお風呂に入ってしまうことを提案してくれたようだ。
 
「私、リードされたの初めて」
とアリスが言うと
「私も元男の子だから」
と彼女は言った。これにはびっくりした!アリスは自分がそうなので、本物の女性と、男の娘を見分ける目はかなり発達している。そのアリスにも彼女は天然女性にしか見えなかった。
 
彼女は既に性転換手術も終えて、戸籍も女性になっているらしい。
 

「いいなあ」
「アリスちゃんも早く手術しちゃいなよ」
「手術したいです!」
 
「でも千里さんはどうしてお遍路しているんですか?」
とアリスは尋ねた。
 
「実は2年前に結婚したんだけどさ」
「相手は男性ですか?女性ですか?」
「男性。でもその彼、建築会社に勤めていたんだけど、新婚3ヶ月で工事現場で事故死しちゃって」
 
「え〜〜〜!?」
「ショックで私、3ヶ月くらい茫然自失だったよ」
 
「それ私も同じです」
と言って、アリスは婚約者が自分との結婚を両親に反対されて、思い悩み、自殺してしまったことを語った。それで自分も3ヶ月くらい茫然自失で、その間の記憶が飛んでいることも。
 
「やはりお遍路に来る人ってみんな何か悲しみを抱えているよね」
「そうかも知れない気がします」
 

「でも彼が死んだこと、自分のせいだと思わない方がいいよ」
と千里さんは言った。
 
「はい?」
 
「彼、病気だったでしょ?」
「よく分かりますね。そんなこと言ってないのに」
「彼はたぶん病気・・・癌かな?それのせいで、余命幾ばくも無かったと思う。闘病で物凄い苦しみをしないといけないから、そうなる前に死んだんだよ」
 
「嘘!?」
「帰ったら、彼の御両親に訊いてみなよ。きっと御両親は知っていると思う。元々余命があまり無かったことをあなたが知ったら辛いだろうと配慮して、真相は言ってなかったんじゃないかな」
 
「そんなこと言われると、急にそんな気がしてきました」
 
多少思いあたるふしがある。
 
「だから、このお遍路は彼が新たな段階に進むために必要なものかもね」
「新たな段階・・・彼はやはり成仏してないんでしょうか?」
「彼・・・昭聡さんかな?昭和の昭に、池田聡の聡で“あきさと”」
「なんでそんなのが分かるんです!?」
 
「彼はちゃんと成仏してるよ。そして今、あなたの守護に入っている」
「それはそんな気がしていました」
 
「だからこの旅が終わった時、きっと博美さんも昭聡さんも新たな段階に進むことになると思う」
 
「私の本名も言ってないのに」
とアリスは言った。
 

「あ、ごめん。アリスちゃんだったよね。私は本人を見れば本名はすぐ分かるよ。ちなみに戸籍名は博隆だけど、もう長いこと、通称の博美で過ごしてるね」
 
「なんでそんなことまで分かるんです!?」
 
「私の妹はもっと凄いよ。あの子に見詰められたら、一瞬で全てを見通されてしまう」
 
「もしかして姉妹で霊能者か何かですか?」
 
「妹は霊能者してるよ。川上瞬葉というのだけど、最近は金沢ドイルという名前のほうが通っているかな」
 
「金沢ドイルさんのお姉さんでしたか!」
 
「ドイルと会ったの?」
「実はお遍路の旅を勧めてくれたのが、ドイルさんなんです」
 
「そうだったんだ!」
「菩提を弔うのにいいと言われたのですが」
「たぶんドイルは今私が言ったようなことを全部見透かした上で、お遍路が、博美ちゃんにとっても、昭聡さんにとっても有用だと思って、勧めたのだと思う。ふたりで一緒に旅するから、ハネムーンみたいなものかもね」
 
「あ、それは少し考えていました」
 
「ただ、残念なことに、このハネムーンが終わったら、彼はより高いレベルの霊に進化して、博美ちゃんの守護からは離れると思う。それでもこの旅を続ける?」
 
アリスは一瞬躊躇した。彼とまた別れないといけない?
 
「続けます。それが彼にとって必要なことであれば、私は彼のために努力します」
 
「そして博美ちゃんは、きっとママになるね。私、こういう予言は割と当たるんだよ」
 
これだけの霊的感覚の発達している人の言葉なら当たるかも知れない気がした。やはり代理母さんにアキちゃんの精子で妊娠してもらうプロジェクトは進めよう。日本国内では難しいだろうけど、東南アジアに行けば、やってくれる病院は多分ある。
 

結局アリスは千里と1時間以上話していた。その間にぼろぼろ涙が出たが、千里さんはアリスが泣くにまかせておいてくれた。
 
「今日千里さんと話せて良かった」
「心の中にあまり色々溜め込まないほうがいいよ。あなた自分のご両親とは絶縁状態みたいだけど、彼の御両親が色々相談に乗ってくれているなら、そちらを頼りなさいよ」
 
さり気なく、また当ててるし!
 
「そうします。今日は本当にありがとうございました」
「私も旦那亡くしてからずいぶん泣いたしもね」
「そうでした!本当に大変でしたね」
 
「私も自分に区切りをつけるためにこの旅をしているんだよ。博美ちゃんも頑張ってね」
「ありがとうございました。そうだ、今日の見料は?」
「私はただの素人だから、そんなの料金とか取らないよ。今日は夫を亡くした女同士、少しおしゃべりしただけ。私そもそも大して霊感があるわけでもないし」
 
これだけ当てまくって“霊感が無い”というのは、さすがに無い。
 
でも最後は千里さんとハグして別れた。それで食堂に行ったら、食事を出してくれた。
 
「川島さんと随分長く話してましたね」
「なんか似たような境遇だったので、共感してしまって」
「お遍路に来られる方って、みんな色々抱えているんですよ。でもいろんな苦しみはこの1200kmの旅路の中に置いて帰ればいいです」
「ありがとうございます。そうします」
 

アリスは雨に濡れながら長時間歩行してクタクタに疲れていたこと、お風呂にゆっくり浸かったこと、そして千里さんと話して、物凄く心が楽になったこと、などもあり、ぐっすり眠った。
 
目が覚めた時、今自分がどこにいるか分からなかった。ふとスマホを見る。
 
17:50 !??
 
えっと・・・・・
 
トントンと障子をノックされ、女将さんが顔を出した。
 
「あら、高浜さん、目が覚めました?」
「すみません。こんなに寝過ごすとは」
「いえ、構いませんよ。もう1泊なさる?」
「お願いします!」
 
「あなたの服、朝までには乾いてなかったからどうしようと思ったんだけど、今もうだいたい乾きましたよ」
 
「ありがとうございます!ちなみに千里さんはもう出ましたよね?」
「ええ。朝出かけられましたよ。今日は最御崎寺まで歩くとおっしゃってましたが、もう着いて、今頃は室戸岬付近で宿に入っておられるでしょうね」
 
ああ。やはり普通のお遍路さんはそのくらい歩くんだな。私も来年までにはもっと身体を鍛えよう、とアリスは思った。
 

「そろそろお食事ですから、食堂にいらしてくださいね」
と言って、女将さんは下がった。
 
取り敢えずトイレに行こうとアリスは思った。かなり溜まっている感覚だ。たぶん20時間近く眠っているから当然である。よく漏らさなかったものだ。
 
(実際には昨日水分不足の状態で長時間運動しているので摂取した水分はその不足した分の補充にほとんど使われてしまっている)
 
それでトイレに入る。お風呂は女湯に入れないアリスだが、トイレは小学5年生の時に「自分はこちらを使う」と決めて以来、ずっと女子トイレしか使っていない。
 
個室に入り、浴衣のすそをめくり、パンツを下げて便器に座る。
 
物凄い量のおしっこが出る。わあ、凄いと思いながら、アリスは何か違和感を感じていた。
 
何だろう?
 
と思ったものの、あまり深く考えないまま、トイレットペーパーを取って、あれの先を拭こうとした。
 
え?
 
その拭こうとした“あれ”が見当たらないのである。
 
何で?
 
と思って、自分のお股をよくよく見たアリスは思わず声を挙げそうになった。
 
何これ〜〜〜!?
 

その夜(9/22)、高浜アリスは初めて堂々と女湯に入ることができた。
 
その日は40代の2人組の女性客も泊まり、お風呂の中でも彼女たちと一緒になったものの。彼女たちとお風呂の中でおしゃべりをする余裕もあった。
 
そしてアリスは9/23以降、元気いっぱいに遍路道を歩き、結局生見で余分に1日泊まった以外は予定通り歩いて、9/29夕方、高知市の五台山竹林寺(31番札所)で、今年のお遍路を打ち上げた。
 

アリスはいったん志賀町に戻ってから、毎日ウォーキングを続け、11月にまた四国に来て、9月にいったん打ち上げた竹林寺から、43番明石寺(西予市)までの約400kmを歩く。そして2020年春に続きを歩こうと思っていたのだが、コロナ騒動で延期せざるを得なくなった。
 
「どうせ身動きできないし、昭聡さんの赤ちゃん産んじゃっていいですか?」
「あなた妊娠できるの!?」
 
アリスは昭聡の親友だった男性に父親の振りをしてもらってお医者さんを欺し、まんまと昭聡の冷凍精液を自分の子宮に投入してもらって妊娠に成功した。妊娠中は、ずっと昭聡の実家で過ごし、2020年12月、昭聡の忘れ形見・聡美を出産した
 
聡美の父親欄は空白である。昭聡が死んだ後に妊娠しているから、認知は不可能である。しかし、耳の形が昭聡にそっくりだったこともあり、昭聡の両親は、物凄く喜び、凄い可愛がりようであった。またこの出産をきっかけにアリスは自分の両親との仲も修復に向かうことになる。
 
ちなみに、聡美の出生届は、アリスが戸籍上男性だったため一旦保留されたが、妊娠・出産の事実をもって(裁判所の審判を経て)アリスの戸籍上の性別は半ば強制的に女性に変更され(ついでに名前も博隆から博美に変更が認められる)、その上で博美の子供として、聡美は無事戸籍に記載された。
 
博美がお遍路を満願したのは、聡美が1歳になった後、2022年の春であった。
 
「昭聡さんの霊は、聡美ちゃんの守護に入ったみたいだよ」
と《きーちゃん》から報告を受け、千里は
 
「まあ、奥さんより娘の方が可愛いかもね」
と言った。
 
「聡美ちゃんは男の子だけど」
「そうだっけ?女の子に変えてあげようか?」
「余計な親切はやめよう」
 
 
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【春変】(2)