【春変】(3)

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古庄夏樹は、性転換手術を受けるのに先だって、消滅する“息子の夏樹”の菩提を弔うため、父との約束に基づき9/21-29の予定でお遍路に行くことにしていた。しかしその直前に中国の重慶(チョンチン)への出張が入ってしまった。
 
夏樹の会社が納入したパイプオルガンの調子がおかしいというので技術の坂本さんと一緒に行ったのだが、電圧が不安定になる事象が頻発するようで、結局楽器は置いて2人で手分けして電源系統を調べた。
 
重慶入りした9月10日から3日がかりで調べて、やっと原因を特定できた。結局そのホールに電気を供給している変電施設の問題と分かり、現地の電機会社を呼んで、電圧を安定させる設備を導入してもらった。これが9月17日(火)のことである。
 
それで解決したかと思ったら、電源が安定しているのに、やはり調子がおかしい。これを坂本さんが調べている間、夏樹は会社の担当者さんや幹部さんを連れて連日飲みに行き、たくさんごちそうする。これが実は夏樹の今回の主たる役目だったのである。毎日ごちそうされて、向こうの幹部さんたちのご機嫌はよくなったものの、夏樹は二日酔い・三日酔い・四日酔いで辛かった。
 
9/19日の朝になって、やっと原因が分かる。
 
「これ、うちが工事したものと違うと思うのですが」
「ああ、バンドの人がここで躓いて転んで断線させてしまったので、電気に詳しい社員が、このくらいなら直せるよといって修理したんですが」
「そういう時はうちを呼んでもらえませんか?そのために保守契約しているんですから」
「知道了(チータオラ)」
 

原因が完璧に向こうの勝手な改造であることが分かり、さすがに向こうの社長さんは恐縮していたが、おかげで、夏樹たちは帰国することができた。
 
0/19(Thu) CKG 15:15 (IJ358 B737-800) 20:45 NRT
 
会社に辿り着いたのは22時である。課長は言った。
 
「お疲れさん。14-16日の土日祝も働いてもらったから、その代休で明日と、24-25日も休んでいいよ。だから有休使用は26日だけ」
 
「助かります」
 

それで夏樹は中国出張から戻ったばかりなのに、(普段の着替えは出張で使い切ったので)替えの下着を買って、その日の夜1時過ぎに、愛用のバイク Yamaha YZF-R3 に飛び乗ると、一路徳島を目指したのであった。
 
なお、出張で使った服の洗濯については(元妻の)季里子に電話して打診してみたら「うちに持って来て」ということだったので、真夜中で申し訳なかったが、彼女の家に持って行き洗濯を依頼した。そのまま置いておけば、1週間後にはカビだらけになっているのは確実だった。季里子は「途中で食べて」と言って、おにきりまでくれたので
 
「ありがとう。南無大師遍照金剛」
と唱えて、納札(中国滞在中に200枚書いた)を1枚渡したが
 
「古庄モニカなの!?」
と呆れていた。
 
納札には“千葉県・古庄モニカ”と書かれている。
 
「だって、女の子だもん」
(『魔女っ子メグ』のイントネーションで)
 
「88周したら、本当の女の子になったりしてね」
「88周もするの!?」
「あ、間違い。さすがにそれは無茶だよね。88ヶ所一周。でも早く女の子になれるようお祈りしてきなよ」
 
「そうする」
 
(季里子には年末に性転換手術を受けに行く予定であることは、まだ言ってない)
 

夏樹が当初予定していたのは、このようなスケジュールであった。
 
9/20の夜 千葉→徳島 700km
9/21 1.霊山寺〜11.藤井寺 42km
9/22 12.焼山寺〜20.鶴林寺 119km
9/23 21.太龍寺〜30.安楽寺 228km
9/24 31.竹林寺〜38.金剛福寺 200km
9/25 39.延光寺〜46.浄瑠璃寺 274km
9/26 47.八坂寺〜61.香園寺 130km
9/27 62.宝寿寺〜69.観音寺 97km
9/28 70.本山寺〜83.一宮寺 94km
9/29 84.屋島寺〜1.霊山寺 99km
9/29の夜 徳島〜千葉 700km
 
移動速度60km/h 各寺の滞在時間20分で、Excelで計算して作った計画表である。参拝時間は8:00-17:00なので、17時を過ぎたらどこか適当な所で寝る(旅館や遍路宿があったら泊まるが、野宿前提)。朝は8:00に最初の札所に到着できるように、場合によっては朝6時くらいに出発する、という計画である。夏樹は“男湯にも女湯にも入れない身体”なので、はなっからお風呂など入るつもりは無い。汗はトイレの中で、からだ拭きシートで拭けばいいと思っている。
 
実は我ながら、少し無茶な計画かもという気はしていた。しかし今回の出張のおかげで9/20を余分に休むことができて10連休になったので、その1日の余裕があれば何とかなるかもという気がした。
 

夏樹が新東名・伊勢湾岸道・新名神・神戸淡路鳴門自動車道などを通り、徳島県鳴門市に辿り着いたのは9/20 11時頃である。さすがにきつかったので、途中3ヶ所のPAで1時間くらいずつ仮眠している。1度変な男に襲われそうになったので、思いっきりキンタマを蹴り上げてやった。玉を押さえてうごめいていたが、潰すつもりで蹴ったので、ひょっとすると男を廃業したかも知れない。
 
初日(9/20)は1.霊山寺から8.熊谷寺までを回った。予定では11番の藤井寺まで初日に行くつもりだったが、11時から打ち始めたのだから仕方ないと思った。初日の移動距離は23kmである。熊谷寺はすぐそばに徳島自動車道の土成(どなり)インターがあるので、そこから乗って、阿波PAの施設内で寝た。翌日は脇町ICで降りて、次の札所に向かった。(夏樹は顔のムダ毛は永久脱毛しているので、朝、顔のムダ毛の処理をする必要は無い)
 
9/21は、9.法輪寺から、最大の難所と言われる焼山を越えて、杖杉庵にお参りしたところで打ち上げた。藤井寺から焼山に至る道は、歩きお遍路なら山を突っ切って12.9kmだが、バイクや車の場合は、大きく迂回して35.2kmになる。3倍以上の道のりだし、その迂回路も“かなり”の道なので、さすがの夏樹も慎重に走って時間がかかった。そして精神的にも消耗した。それでこの日はここで打ち切ったのである。
 
翌日(9/22)は、13.大日寺から20.鶴林寺・21.大龍寺まで行くが、この鶴・龍のダブルパンチはなかなかである。特に鶴林寺から大龍寺に至る道は、歩きのお遍路道では6.7km だが、車道では13.7kmと倍以上になるし、また例によって凄い道である。焼山同様に消耗した。
 
しかし三大難所を越えたことで、夏樹は少しだけ自信ができた。
 

9/23は、22.平等寺から室戸岬(最御崎寺:ほつみさきじ)を経て、27.神峯寺まで進む。室戸岬の眺望が素晴らしく、弘法大師って、こういう場所で悟りを開いたのかと思うと、ちょっとした感動であった。
 
夏樹のここまでの軌跡。
 
9/20 1-8 23.0km
9/21 9-12 54.8km
9/22 13-21 96.4km
9/23 22-27 152.0km
 
しかし夏樹はこれは9/29までに終わらないかもという気がしてきた。今のペースで進むと10月1日くらいまでかかりそうなのである。進行状況次第では、会社に電話して課長と交渉する必要があるなと夏樹は思った。この日はこの後の体力をキープするため少し身体を休めようと思い、香南市内のホテルに泊まり、シャワーで汗を流し、バスタブに30分くらい浸かって、その後柔らかいベッドでぐっすり眠った。
 

9月24日は朝から雨だった。雨の中でも走行はできるが、体力を消耗するので、できれば雨の間は休もうと思っていた。それで取り敢えずホテルから近い28番・大日寺まで行き、お参りしてから境内で雨があがるのを待つ。そこに
 
「お接待しますのでどうぞ」
 
という声があり、テントが張られた所で、暖かいお茶と和菓子を頂いた。こういう時、甘い物はとても助かる。
 
お接待を受けているのは20人近くいた。なんか悲しみを抱えた人も多いなあとそのメンツを見ながら思ったが、その中でフルムーンっぽい品のいい夫婦は少し異彩を放っていた。他に23-24歳くらいかな?という感じのスポーツ選手っぽい女子がいる。この人はどうも歩きお遍路のようである。
 
歩きお遍路だということに気づいた人が「握手したらご利益(りやく)ありそう」と言い出したので、彼女はその場にいた全員と握手して納札も配っていた。“千葉県・川島千里”と書かれていた。へー、千葉県か。
 
「千葉県のどこですか?」
「千葉市内なんですけどね」
「あ、私も千葉市ですよ」
と言ったら、彼女と2度目の握手をすることになる。
 
この歩きお遍路の女性が出羽山の女山伏の鑑札を持っているということで、見せてくれたので夏樹も見たが、女山伏なんてのもいるんだなあと思った。山伏なんて厳しい男の世界かと思っていた。
 
彼女はこれまで坂東33ヶ所、西国33ヶ所、秩父34ヶ所をやっており、仕上げに四国88ヶ所に来たらしい。もっとも歩いているのは今回だけで、板東と西国は車で、秩父はバイクでやったらしい。
 
「バイクは何ですか?」
と夏樹が訊く。
「ヤマハのYZF-R25というバイクなんですが」
「あ、私はYZF-R3ですよ」
「姉妹車ですね!」
ということで夏樹は川島さんと3度目の握手をする。
 
「バイクでお遍路って20日間くらいですか?」
という質問がある。
 
「いえ。あまり仕事休めないから、金曜日に千葉からこちらまで走って来て、一週間かけて88ヶ所まわって日曜の夜に千葉に戻る予定です」
 
「若くなきゃできない!」
という声があがる。
 
それで夏樹に握手を求める人が多数あり、夏樹も全員と握手して納札を配る。結果的に川島さんとも4度目の握手をした。
 
やがて雨があかるので、各々出発しようということになる。歩きお遍路の川島さんが「お気を付けて」と声を掛けてくれたので「そちらこそお気を付けて」とこちらも言い、それで彼女とまた(5度目の)握手をした。
 

それで夏樹は10時頃に大日寺を出た後、10:20 国分寺、11:05 善楽寺、11:50 安楽寺 12:30 竹林寺と打っていった。
 
ところが、竹林寺の後、次の禅師峰寺に行こうとした時に、急にお腹が痛くなった。ありゃや体調崩したかなと思い、寺の中で座り込んでいたら、お坊さんが寄ってきた。
 
「どうなさいました?」
「済みません。気分が悪くなって。ちょっと疲れが溜まってたかなあ」
「こちらでお休みなさい」
と言って、寺の中の部屋に案内してくれて、毛布ももらったので、夏樹はそこで毛布をかぶってすこし休ませてもらった。
 
お腹の痛みは10分ほどもすると収まった感じがあった。
 
「良かった。治った。やはりスケジュールが無茶すぎるかなあ。でも長期間休む訳にもいかないし」
などと思う。
 

トイレを借りてから、御礼を言って出発しようと思う。それで毛布を畳んでそれを持ち、廊下を歩く。東司と書かれた所がある。これトイレのことだよね?と思って中に入ってみると、男女に別れているようである。もちろん女の方に入る。それで個室に入る。洋式である。お寺も進歩しているんだなあと思う。
 
それでおしっこをしていたら何か変だ。それでお股を見てみて夏樹は仰天した。
 

個室の中に15分くらい滞在した。籠もっているのに誰か気づいたら、気分が悪くなっているのではと心配するかもと思ったが、誰も夏樹がトイレに入っていたことには気づかなかったようである。
 
でもどうしてこういうことになったのかなあ。これ凄く嬉しいけど、こんなことってあるんだろうか?と夏樹は自分の“身体の変化”に不安を感じた。
 
トイレの外に置いていた毛布を持ち、こちらが出口だったよね?と思う方向に廊下を歩いていたら、60歳くらいのお坊さんと遇う。
 
「ありがとうございました。体調が悪くなって少し休ませてもらいましたが、回復しましたので出発します」
と言った。
 
「それは良かった。あんたを守護するお経をあげてやろう」
と言って、お坊さんは夏樹をお堂に案内してくれた。
 
そして御本尊?を前にして、夏樹を座らせ、その夏樹の後ろから!お経をあげてくれたのである。お経がとても心地良い。内容はさっぱり分からないのだが、ベテランのお坊さんだけあって、その音だけでとても快適な気分になるのである。
 
お経は15分くらい続いたろうか。
 
「ありがとうございました。とても心地良いお経でした。凄く気分もよくなりした」
「よかった、よかった。これは女人成仏のお経だから、女性にはよく効くはずだよ」
「にょにんじょうぶつって何ですか?」
「誰でも仏になることができるが、女人はどうしても成仏しにくい。そこで、女人は変成男子(へんじょうなんし)といって、いったん男の身になってからなら成仏しやすいと言われている。あんたもきっと変成男子して成仏できるよ」
 
男に変わる!?嫌だ。絶対嫌だ。
 
せっかく女の子になれたのに!
 
と思ったが、取り敢えず夏樹はお坊さんにお礼を言ってお寺を出た。
 

お寺で結局2時間近く過ごしてしまったようで、もう14時すぎである。次の札所32.禅師峰寺に行く。ここで納経した後、次の札所に行こうとしたら、また急にお腹が痛くなった。
 
座り込んでいると、お坊さんが寄ってきて、少し休んでいきなさいと言う。
 
「すみませーん」
 
それで案内してもらって、お寺の部屋の中でしばらく寝せてもらった。15分くらいで収まった感じなので、お礼を言って、お寺の建物を出る。
 
あ、トイレに行ってこようと思い、境内のトイレに入る。むろん女子トイレに入るのだが、夏樹は楽しみだった。なぜか知らないけど、女の子の身体になっちゃったから、その女の子のお股からおしっこができると思うと、かなり不純な動機で楽しみだったのである。
 
それで個室に入り、ライダースーツのズボンを脱ぎ、パンティを下げて便器に座ろうとしたのだが、パンティを下げた時、夏樹の視界にとんでもないものが飛び込んで来た。
 
嘘!?
 
なんでこんなものが付いてるの?
 
嫌だよぉ、こんなの要らないのに!
 

夏樹は物凄く悲しくなった。
 
せっかく女の子になれたと思ったら、また男に戻っちゃった。それとも女の子になったような気がしたのは夢だったのだろうか?
 
夏樹は自分のバストまで消失していることに気づいた。
 
やだあ。長年の女性ホルモン服用でせっかく育ててきていたのに。
 
まさか、へんじょうなんし、とかのお経を聞いたから、男になっちゃった??
 
これどうしたらいいんだろう?
 
取り敢えず、長年見慣れた排尿器官から排尿したものの、夏樹は物凄く落ち込んだ。
 

夏樹は今日はここで打ち切ろうと思った。
 
おっぱいまで無くなってしまうというのは困った事態だ。これからのことを再度考えなければならない気がした。それで高知市内のホテルを楽天トラベルで予約し、そちらに向かって、チェックインした。バイクは駐車場に駐めるスペースがあった。
 
それで鍵をもらって部屋に入るが、部屋に入った途端、三度(みたび)お腹が痛くなった。ライダースーツを脱ぎ、ベッドに潜り込む。そして目を瞑ってお腹に手を当て、しばらくじっとしていたら、15分くらいで落ち着いた感じである。
 
夏樹はもう3度目なので、ちよっとある種の予感、というより期待を持って自分のお股に手をやる。
 
無くなっている!
 
ちゃんと女の子になれた。良かったぁ。男になっちゃった時はどうしようかと思ったよ。
 
バストも戻っている。
 
というより以前より大きくなっている!
 
これまでの夏樹のバストはBカップ程度だったのが、今はCカップくらいあるのである。
 
嬉しい!でもブラジャー買い直さなくちゃと思った。
 

しかし夏樹は不安になった。突然女の子になり、また突然男に戻り、更にまた突然女の子になった。また男に戻ったりしないだろうか?
 
取り敢えず今日は行程を32.禅師峰寺で打ち切ってしまったので、このあとの計画を組み直すことにする。そして有休の延長をお願いしようと思った。
 
パソコンを持って来ていないので、スマホにメモした内容を元に手書きで日程の組み替えをする。
 
最初の計画では札所と札所の移動は60km/hのつもりだったのだが、やはり道が悪いので、こんなに速度が出せない。移動の記録を分析してみると、まともな道でも45km/h, 山道では平均25km/hくらいまで落ちていることを認識する。また各札所の滞在時間もだいたい30分くらいは掛かっている。それでこの後の日程を計算してみたら、やはり思っていたように、10/1まで掛かりそうだという計算になった。
 
「ボクの身体、このまま女の子のままでいられたら、性転換手術受けに行く手間が省けて12月の有休取らなくて済むんだけどなあ」
などと考えていたら、突然お腹が痛くなった。
 

「嫌だ。男なんかになりたくない」
と思うが、痛みは止めようも無い。苦しいので夏樹はベッドに潜り込む。
 
15分ほどで痛みは治まったが、おそるおそるお股に手をやると、
 
男に戻っていた。
 
嫌だ、嫌だ、男の身体なんて嫌だ。女の子になりたいよぉ。
 
夏樹がこれほどまで女になりたいという気持ちを強く持ったのは初めてだったかも知れない。これまでは自分の性別にずっと不安があった。正直、男になるのか女になるのか、ちゃんと決めきれないところがあって、それでも、あまり男として生きていく気にはなれなかったし、周囲の友人から唆されたりしたのもあり、夏樹はやはり自分は女として生きていきたいという方向に、やや消極的に振れていたのでる。
 
夏樹はまた男に戻ってしまった自分の股間を見て、今すぐカミソリか何かで切り落としたい気分になった。
 
例によって、胸も平らになってしまっている。
 

夏樹は考えた。
 
女になって、男になって、女になって、また男になった。
 
もう1回女になったりしないかな?
 
それで夏樹は待つことにした。
 
最初女になったのが13時頃、男になったのは15時頃、女に戻ったのは16時過ぎ、再度男になったのは、18時頃。
 
また1〜2時間したら、女になったりして?
 
それで夏樹は心を静めるため、写経をすることにした。写経の用紙は予備を20枚ほど持って来ている。それでお手本を置き、マイネームを出して、夏樹は写経を始めた。写経は本来は毛筆で書くのだろうが、筆では紙ににじんでしまい、うまく行かない。筆ペンも使ってみたのだが、使い慣れてないせいか、柔らかすぎてまともな字にならない。ボールペンはしっかり書けるけど字が細すぎる。色々試行錯誤して辿り着いたのがマイネームである。邪道かもしれないが、夏樹としてはこれがいちばんきれいに書けた。
 

観自在菩薩行深般若波羅蜜多時(観音様が般若波羅蜜多を深く考察なさった時)
照見五蘊皆空度一切苦厄。(全ての物は空であることにお気づきになられました。一切の苦厄も同じように空なのです)
舎利子、色不異空。空不異色、(舎利子よ、物は空と変わらず、また空は物と変わらないのです)
色即是空、空即是色(物はそのまま空であり、空かそのまま物なのです)
・・・・・
 
考えてみると、原子なんて真ん中に原子核(陽子と中性子)があり、その周囲を電子が回っているが、電子の最も内側の軌道(S)のサイズは100pm程度であるのに対して、原子核の大きさは、0.01pm程度である。太陽系にたとえて、原子核のサイズを太陽と思えば電子が回っている位置というのは、冥王星(39au)より更に遠い50au程度の軌道付近に相当する。
 
(pm = pico metre = 1兆分の1m)
 
つまり水素原子というのは、太陽と冥王星だけからなる惑星システムみたいなもので、中身はスカスカである。
 
物質の基本粒子である原子がこんなにスカスカということは、全ての物体はスカスカだと言ってよい。その原子核にしてもだいたいその10分の1スケールの陽子・中性子が集まってできており、その陽子や中性子を作るクォークは陽子や中性子の更に1000分の1スケールのだいたい0.000001pm程度と考えられている。つまり陽子や中性子も中身がスカスカの物体である。クォークの内部構造は現時点では不明だが、きっとそれもスカスカなのだろう。だから実はそもそも物体の中には空虚しか存在しないのかも知れない。
 
色不異空、色即是空は、現代物理学の結果を見通していたかのようである。
 

夏樹はそんな文字を書きながら、様々なことを考えていた。
 
この世が全て空であるのなら、男である状態も空であり、女である状態も空だろうから、男から女、女から男というのも、一旦“空”という状態を経由すれば、変化できるのではないか(不思議なメルモ的世界)、男も女も実は“空”の一形態に過ぎないのでは、などと考えた。
 
だから自分はきっともう一度女になれる。
 
夏樹は何枚も般若心経を書いている内に、そういう気持ちが固まってきた。
 
そして4枚目の般若心経を「羯諦羯諦波羅羯諦、波羅僧羯諦、菩提娑婆訶、般若心經、古庄モニカ筆」と書き終えた時、唐突にお腹に痛みが来た。
 

「やった、来た!」
と夏樹は嬉しい思いで、ベッドに潜り込んだ。この痛み自体は結構苦しい。夏樹はこの痛みを今日はもう5度も経験した。お腹に手を当て、目を瞑り、静かにしている。
 
痛みは15分ほどで終わった。
 
おそるおそるお股に手をやる。
 
やった!!! また女の子になれた!!!!!
 
バストも復活している。これ前より更に大きくなってる。これはDカップくらいありそう。お店でバストサイズ測ってもらって新しいブラジャーを買おうと夏樹は思った。
 

女の子になれた記念にトイレに行って、女の子のおしっこを再度体験してから、夏樹は急に不安になった。
 
また男になったりしない??
 
その時、唐突に夏樹は思った。
 
「きっと22時までに般若心経を5枚書いたら、もう男には戻らない」
 
それで夏樹はデスクの椅子に座ると、お手本を前にして、般若心経を
一心不乱に書き始めたのである。
 
スピードをあげても、字がおざなりになってはいけないので、ちゃんと丁寧に1字1字書いていく。さっき4枚書いた時は、結構あれこれ考えながら書いてたのだが、夏樹は今、何も考えず、ただ字を書くことだけに集中した。
 
20:24に1枚目完成。20:48に2枚目、21:12に3枚目、21:36に4枚目、どうもギリギリの感じだ。頑張る。そして21:59:57に5枚目の
「古庄モニカ筆」という所まで書き上げた。
 
やった!これできっともうボクは男の子には戻らない。
 
夏樹はなぜか不思議な確信があった。
 
実際、女に戻れたあと2時間ほど経っているけど、女の子のままじゃん。
 

それで夏樹はお風呂に入り、ゆっくりと女体を堪能しながら身体を洗い、そしてバスタブにゆっくり浸かった。
 
女の子になれたという幸福感でいっぱいである。きっと、また男に戻ることはない。だって2時間で般若心経5枚書いたもん、などと思っている。
 
夏樹は1時間ほど浴槽に浸かっていたが、やがてあがると身体を拭き、この夜は、裸でベッドに潜り込み、朝まで熟睡した。
 

9/25朝、夏樹は爽快に目を覚ました。少し不安な気持ちでお股を触り、そこが女の子の形のままであることに安心する。バストもちゃんとある。
 
嬉しい気持ちで浴室に行き、熱いシャワーを女体に掛けると、とても気持ちが良かった。これって、女湯にも入れるんじゃない?だったら、旅館とかに泊まってもお風呂に入れるじゃんと夏樹は思った。
 
この日は昨日の続きで高知市内の33.雪蹊寺から足摺岬そばの38.金剛福寺までを打ち、足摺岬そばの旅館に泊まった。
 

これまでは泊まる場合はできるだけホテルを選んでいたし、足摺岬付近には立派なホテルもあるのだが、この日はわざわざ旅館を選んだ。
 
そして張り切って大浴場に行き、少しドキドキしながら、女と描かれた暖簾をくぐる。脱衣所には60-70代の女性(女性じゃなかったら大変だ)が2人いる。心はドキドキしているのだが、夏樹は平静を装って服を脱ぎ、そのまま浴室に移動した。
 
中には50代から70代くらいまでの女性が、ざっと見た感じ10人くらい居た。夏樹は身体をよく洗う(お股を洗う時はドキドキする)と、浴槽に身体を鎮めた。
 

なんだ、女湯に入るなんて、大したことないじゃん、と思った。
 
でも若い人全然いないなあ、と思っていたら、
 
「おまさん、どこから来られた?」
と声を掛けてくる70代の女性が居る。
 
「千葉です」
と答える。
 
「こちらには観光?」
「いえ。お遍路をしているんですよ」
「歩いて?」
「歩いて回りたい所ですが、お休みが取れないから、バイクで一週間ちょっとかな」
 
「ああ。そがなのもええかもね。最近は観光バスでどーんと来る人たちが多うて」
「まあそれはお遍路ではなく、ただの観光でしかないですね」
 
何となくそのお婆さんと30分くらいおしゃべりしていいた。しかし
おかげで、夏樹は女湯にすっかり馴染んでしまい、この後は女湯に
入っても平気なようになったのであった。
 

お婆さんが、金剛福寺の次はどこに行くか?と訊かれたので、次の札所は土佐路最後の延光寺だから、大崎まで打ち戻ってから、(なかなか楽しそうな)県道21号・土佐清水宿毛線を通って、延光寺のある平田まで行くつもりだと言った。すると
「月山には寄らんのか?」
とお婆さんは訊く。
 
「月山って山形のですか?」
「いや、この近く、海沿いの道の途中に月山神社という所があるんやよ。お遍路さんは必ずそこにもお参りしていくことになっちゅる」
「へー。近くなら寄ってみようかな」
 

お風呂からあがった夏樹は、会社の課長の携帯に電話して、どうしても予定通り進行できず、日曜日(9/29)までに終わらないようなので、有休の延長を願いできないかと話した。
 
そんなの困るよとか言われるかなと思ったので
「代わりに12月にお願いしていた有休は無しでいいですので」
とも言ったのだが、課長は何だかご機嫌がいい。
 
「ああ、お遍路を1週間ってのは、無茶な気がしたよ。無理せずに走ってね。君が無理して怪我でもされたら、その方が困るよ」
 
随分優しいじゃん。
 
「どのくらいまで掛かりそうなの?」
「今のペースだと、火曜日の夕方か、ひょっとすると水曜日の朝までかかりそうなので、その日の日中走って帰って、10月3日から出社させて頂ければと」
 
「だったら、10月6日の日曜まで休んでいいからさ、そちらにいい温泉あったじゃん。えっと、有馬温泉だっけ?」
 
「有馬温泉は兵庫県です。四国は道後温泉です」
 
「あ、それそれ。温泉にでもつかって、ゆっくり身体を休めておいでよ」
 
夏樹はこれはもしかして首の通告では?もう永久に出社しなくていいよとでも言われないかと不安になった。ところが課長は思わぬことを言った。
 
「それで君が四国から戻ってからでいいから、ちょっと行ってきて欲しい所があるんだよ。ここもパイプオルガンの納入先なんだけど、やはり最近調子が悪いみたいでさ。これもう40年前に導入した所だから、場合によっては新しいものに更新することも考えないといけないかも知れない」
「40年前って、かなりのものですね。それで場所はどこですか?」
 
「チタなんだけどね」
「ああ、知多ですか」
 
国内ならいいやと思った。こないだの中国は大変だった。
 
「ケノ湖とかいう、美しい湖のそばの教会なんだよ。この教会自体の建築が高名な建築家の設計らしくて、美しいという話」
 
「へー。それは楽しみですね」
と言いながら、夏樹は、知多半島に湖とかあったっけ?と考えていた。毛野湖??
 
(知多半島の湖というと、美浜町に鵜の池という外周1.8kmほどの池がある)
 

「ところで君、ロシア語はできたよね。確か一度レニングラードだかにも行ってもらったことあったし」
 
レニングラード??ロシア語??
 
「ペレストロイカ以降、元のサンクト・ペテルブルグの名前に戻ったんですが。あの・・・・知多って、愛知県の知多ですよね?」
 
夏樹は急に不安になった。
 
「いや、そちらの知多じゃなくて、ザバイカリエの首都なんだけどね」
「座倍狩江(?)って愛知県のどのあたりですか?」
 
夏樹は国内の案件であってほしいと思った。
 
「バイカル湖の東300kmくらいの場所なんだよ。ザバイカリエって東バイカルという意味。ここは日本と同じ時間帯に属している。つまり時差が無いんだな。日本から直行便があれば、2700kmくらいだから、ジェット機で3時間半もあれば着くと思うんだけど、日本からの直行便が無いから、いったんモスクワまで7400kmほど西行してから4700kmほど東行しないといけない。なんか無駄だけど仕方ないね。また坂本君と2人で頼む」
 
夏樹の淡い夢は打ち砕かれた。ああ。老酒(ラオチュー)や白酒(パイチュー)が終わったと思ったら、今度はウォッカか!
 
もう酔った勢いで女装したら叱られるかしら??
 

追って課長からメールがあり「10月7日出発でチケットを取っておくから、もしそれまでに四国が終わらなかったら、一度戻って来て、チタの案件が終わってから続きをやって欲しい」ということだった。
 
10/07(Mon) NRT 12:15 (SU263 777-300ER) 16:05 SVO (9'50 時差-6h)
10/08(Tue) DME 20:05 (U693 A320) 10/09 8:10 HTA (6'05 時差+6h)
 
NRT:成田国際空港
SVO:シェレメーチエヴォ国際空港
DME:ドモジェドヴォ空港(国内線)
HTA:チタ・カダラ空港
 
確かに時差6時間の距離を西行した後、時差6時間の距離を東行するのは無駄な気がするが、夏樹は焼山・お鶴・大龍で充分登ったり降りたりをしたので、それに比べればまだマシな気がした。
 
同じモスクワ近郊でも、シェレメーチエヴォ国際空港とドモジェドヴォ空港の間は90kmほど離れており、両空港間の移動時間は最低でも3時間、運が悪いと6時間かかることもあると聞く。月曜日の16:05に到着して、その日の20:05のチタ行きに乗るのは、“物凄く運がよい”場合を除いて不可能だろう。ロシアではそういうのは期待しないほうがいいので素直に翌日にすべきである。
 
結局、日本からモスクワに飛ぶ便は(日本の)お昼に出発してからモスクワに(同日)夕方到着する便しか無く、モスクワからチタへは、(モスクワの)夕方出て(チタの)翌日朝に到着するものしかない。日本から行くのにどうしても足かけ3日かかるという何とも大変な所である。マイル数は
 
NRT-SVO 4660 miles
DME-HTA 2940 miles
 
となり合計7600 mile. 地球0.3周の距離である(地球1周は4万km≒25000マイル)
 

福岡から大阪に出て来て豊中市内の大学に通う星良(つつ・あきら)は、4-5月の10連休の間に働いたバイト代で諸経費込み5万円という爆安バイク(Yamaha XS250 1986年?式)を衝動買いしてしまった。しかしその後も、ちゃんと大学に通う傍らバイトにも励んで、5月から9月までのバイト代が30万円に及んた。内20万は学費に使ったものの、残り10万ほどの資金で、バイクの遠出をしてこようと思った。
 
前期の試験が10月3日までに終わり、良はひとつも落とさなかったので、後期の授業が始まる10月15日までの間、10日ほど時間的余裕がある。それでこういう計画を立てた。
 
10/5 大阪→香川(高松か善通寺あたりで泊・讃岐うどんを食べる)
10/6 香川→愛媛(銭形を見て、じゃこ天を食べて、道後温泉泊)
10/7 佐田岬を見る。
10/8-9 大阪に帰る
 
なんともアバウトな計画だが、無理せずに『疲れたら休む』という方針で走ろうという趣旨である。要するに目的地は四国西端の佐田岬である。
 

四国に渡るルートとして、良は最初“大鳴門橋で四国に渡り、しまなみ海道で帰ってくる”という計画を立てた。鳴門の渦が見たかったし、しまなみ海道はとても美しいと聞いた。
 
ところが
「本四連絡橋って料金高いよね」
という話を聞く。
 
それで確認したら、片道4000円もすると知り、青くなる。
 
(神戸鳴門は4580円、瀬戸大橋は3480円、しまなみ海道は3980円)
 
それで景色は諦めることにして、フェリーを使おうというのを考えた、大阪から行くのなら、神戸からのジャンボフェリーが楽かなと思う。料金も2000円だし(と思った)。ところがよくよく料金表を見ると、バイクの場合、バイク料金に加え、一般旅客運短が必要なことが分かる。一般旅客運賃は1800円で、結局、橋を使うのと大差無くなる。
 
そこで宇高フェリーを使うことにした。これだと片道1430円で、これには運転手の運賃も含まれている。
 

良は10月4日の夜22時に豊中市のマンション近くの駐車場を出た。4日の午後に買物をして非常食などを買いそろえ、夕方から仮眠しており、充分な体力をもっての出発である。
 
大阪中央環状線から、伊丹市で国道171号に乗り南西に進む。西宮で国道43号に移り、少し行った所で国道2号に乗る。良は夜中に出て来てよかったと思った。この道を昼間走る勇気は無い。
 
国道2号を150kmほど走るのだが、良は途中2ヶ所、沿線のコンビニで休憩した。そして夜中3時すぎに岡山市の青江交差点から国道30号を南下。午後4時前に宇野港に到着した。
 

(10/5)朝1番の便(宇野6:25-7:30高松)に乗ることができた。良は船内ではひたすら寝ていた。
 
高松に着くと、朝からやっているうどん屋さんに入り、朝御飯に讃岐うどんを食べる。良は、やわらかうどん(うろん)文化の博多の出身ではあるが、元々博多では腰の強い“牧のうどん”のファンだったので、讃岐うどんは自分の好みだと思った。ぶっかけを頼んだのだが、こういう、うどんの食べ方があったのかと新鮮な驚きだった。
 
午前中は市内の有名観光スポット・栗林(りつりん)公園を散策する。可愛い手鞠のストラップがあったので記念に買っていく。焼き団子を食べて一息つく。
 
お昼は市内のうどん店で、また讃岐うどんを食べる。そして午後は国道32号を走って琴平町(ことひらちょう)に行き、金刀比羅宮(ことひらぐう)を見学した(参拝する気持ちは無い)。
 

町営駐車場(1時間100円)に駐めて、取り敢えず階段下まで歩いて行く。最初は商店などが左右に並んでいる階段を登り始める。
 
「これは・・・・結構あるな」
と登りながら思う。
 
やがて備前焼の狛犬さんがいる(ここまで113段)。この段階ではまだ余裕である。もうかなり登ったぞというところに大きな門がある(365段). 門があるから、ここに神社があるのかなと思うが、そうではないようだ。更に登ると、巨大なスクリューが置かれている広場があった(431段)。写真を撮っていたら、50代くらいのご夫婦が「写真撮ってもらえませんか?」と声を掛けてきて、スクリューを背景に、ご夫婦のコンデジで写真を撮ってあげた。そのお礼に良も自分のスマホで、ご夫婦の奥さんの方がやはりスクリュー前で良の写真を撮ってくれた。奥さんの方が撮るんだなと思う。夫のほうは下手なのかな?
 
本宮はまだ上ということなので、更に階段を登る。
 
「かなり来たぞ。そろそろかな」
と思った所に神社があるので、やっと着いたかと思ったら、それはまだ本宮ではなく旭社というところだった(628段)。更に登って、やっと本宮に到着。ここまで785段である。時間も駐車場を出てから1時間ほど掛かっている。
 

取り敢えずお賽銭を100円入れ、手を2回叩いてお参りする。それで本宮の写真を撮っていたら、30代くらいの女性が「撮ってあげようか」と言って、本宮を背景にして良の写真を撮ってくれた。
 
「でも大変な所ですね。階段登るので疲れて、普段の運動不足を感じました。少し休んでから降りなきゃ」
などと言ったら
 
「奥社には行かないの?」
と訊かれる。
 
「おく?」
 
「この更に上に奥社があるんだよ。ここからまた階段を600段くらい登るけどね」
「ここまで既に600段くらい登った気がするんですけど」
「うん。それと同じくらいある」
「ひぇー」
「もう帰る?」
「いえ。せっかく来たから登ります」
 

この奥社への階段の位置が少し分かりにくい。その女性に教えてもらったが、この人と言葉を交わしていなかったら、気づかずにこのまま帰っていてかもと思った。道は今までより狭く、通っている人の数も少ない。しかし良は階段を登っていった。
 
「これは・・・本当に・・・辛い」
 
良はやはり朝のジョギングとかした方がいいのかなぁ、などと思った。実をいうと、筋肉が付いて男っぽくなりたくないという理由で、これまでむしろあまり運動をしないようにしていたのである。
 
そして良が本宮の所から階段を登り始めて40分ほどして、やっと奥社に到達する。ここまで本宮から583段、いちばん下からは1368段である。
 
「着いたぁ!」
と思わず声をあげる。
 
取り敢えず100円入れてから手を2回打つ。目を瞑ってお祈りする。
 
何お祈りするんだっけ?と思ったが、分からないのでいいことにした。ここで20分くらい休んでから降り始めるが、その時になってから
 
「あ、早く女の子になれますように、とお祈りすれば良かった」
と思いついた。
 
まあいいや、神社やお寺でお祈りして翌朝起きたら女の子になってた、なんてことはないだろうし、などと思う。なお、写真はまた例によって、40歳くらいの性別微妙な人が撮ってくれた。
 
この人は、見た感じも性別曖昧だが、声も男女どちらにでも取れる感じだった。自分も性別曖昧なタイプかな?などとも思うが、あまり男と思われたことはない気もする。中高生時代は男子制服を着てても「応援団か何かですか」と言われ、男装女子中高生と思われていた感じがあった。むろん普段着で出歩いていると、ブティックの前で店員さんから声を掛けられたり、化粧品のサンプルもらったり、美容室のチラシもらったり、一度は生理用品のサンプルまでもらい、自分が女性に分類されていることを自覚していた。
 
あの時もらった生理用品のサンプルは記念にバッグの中に入れたままにしている。
 

下りは上りよりは速いものの、結局1時間くらい掛けて、階段のいちばん下まで辿り着いて。
 
「だめ。この状態でバイクに乗ったら事故る」
と思ったので、手近な所にあったうどん屋さんに入り、じゃこ天を乗せたうどんを食べた。ここで結局1時間近くぼーっとしていた。
 
時刻はもう17時すぎである。
 
「今日はここで泊まった方がいいな」
と思い、ネットで検索して近くのホテルに予約を入れ、そこに行ってチェックインした。
 
旅館に泊まって、大浴場に行くというのも、やってみたい気がしたが、少し恐い気もして、個室にお風呂が付いているはずのホテルにしたのである。
 

翌日(10/6)は、朝7時に起きたが、ぐっすり眠って疲れは取れている感じだった。コンビニで買ってきた朝御飯を食べ、9時に出発。国道319号を北上して、善通寺(ぜんつうじ)に行く。
 
ここをまた見学する(例によって参拝する気は無い)。
 
境内を歩き回り、適当にスマホで写真を撮っていたら、自分と似たような年の男の子が「撮ってあげるよ」と言って、五重塔を背景に写真を撮ってくれた。
 

善通寺を11時頃出た後は、国道11号を西行し、道後温泉を目指す。実は今回の目的地のひとつである。道後温泉に行ってみたいと思ったのは、高校時代に英語劇で『坊ちゃん』に友情出演して、興味があったことと、5月に山陰(に行く途中)の温泉宿で出会った渚さんという女性と、道後温泉のことを話したからである。
 
それで「女湯だけにある」という“えびす・だいこく”の像を見てみたいという気がしていた(女湯に入るための自分に対する言い訳)。
 
この時点で、良のイメージとしては、何か田舎の温泉っぽいから、きっと人も少なく、うまい時間帯を狙えば女湯に入れるかも、という下心があったのである。
 
(良は松山が大観光地であることを知らない)
 
5月の頃からの進歩としては、タックを覚えたので、これなら“付いてない”かのように装えるかもという気もした。タックでこの夏はプールで女子水着デビューも果たしている。もっとも水着の場合は、胸にはパッドを入れて胸があるかのように装うことができたのに対して、お風呂ではそれができないので難易度が高い気がした。
 

お昼近く、観音寺市で“銭形”に寄る。バイクは道の駅に駐めて少し歩いて展望台まで登る。寛永通宝の砂絵が見える。『銭形平次』という昔の時代劇でここが映されていたという話は聞いていたのだが、てっきりテレビの撮影のために作ったものかと思ったら、江戸時代からあるものと聞いて驚いた。
 
良が行った時、2組の観光客が来ていた。女性のガイドさんに連れられた10人くらいのグループと、男性のガイドさんに連れられて3人組である。最初、女性のガイドさんのグループが人数が多く紛れやすいので、その近くで解説を聞いていたが、先に移動してしまったので、単に近くで眺めているだけの振りをして後は男性のガイドさんの説明を聞いた。
 
2人のガイドさんの説明によれば、寛永10年に丸亀藩主・イコマ何とか公が、この地に巡行してこられた時に、町民たちが藩主を歓迎して一晩で作り上げたものということであった。ただ困ったことに、寛永通宝が作られるようになったのは寛永13年から!ということである。
 
まあそういうパターンの話は、よくあるよなと思った。
 
女の子の服を買いたい男の娘は、女物の服の売場に行くのに女装したいけど、その女装するための服が最初は無いとか!?
 
そういうのホジュンとか言ったっけ?などと考えていた(*2)。
 
(*2)きっと“矛盾(むじゅん)”の誤り。
 

しかし前半は女のガイドさん、後半は男のガイドさんの話を聞いたが、男のガイドさんのほうがうまいし、知識も豊富だと思った。でもガイドさんって圧倒的に女性が多いよね、などとも思う。何か世の中、女しかなれない仕事って多い。バスガイドもだし、看護師とか保育士、フライトアテンダントなども絶対的な女社会だし、会社の事務職(雑用係)みたいなのも、事実上、女しか雇ってくれない。
 
良はフライトアテンダンになりたいなあと思い、英語も一所懸命勉強しているが、雇ってくれるかどうか不安だった。
 
(男の)ガイドさんが、案内していた客の記念写真を撮っている。それをなにげなく眺めていたら
「お客さんも、記念写真撮りましょうか」
とそのガイドさんから声を掛けられた。
 
「え?でも私、料金払ってないのに」
「写真撮るくらいで料金は取りませんよ」
「そうですか?じゃお願いします」
と言って、スマホの写真アプリを起動して渡した。
 

それで撮影してくれる。
「ありがとうございます」
 
「何かお願いごとの旅ですか?」
と訊かれた。
「そうですね。お願いごとはあるけど」
 
「かなうといいですね」
「ありがとうございます」
 
早く本物の女の子になれたらいいなあ、と良は思った。
 

道の駅で可愛い一筆箋があったので買い、遅めの昼食にまた讃岐うどんを食べてから先に進む。これが14時すぎだった。
 
2時間ほど走り、16時半頃、伊予小松駅前をすぎたあたりで、道路沿いに、うどん屋さんを見る。ちょっと休憩しようかなと思い、バイクを駐めて店内に入った。それでうどんを食べていたら、自分と同様ライダースーツを着た女性が店内に入ってくる。
 
「あ」
「あ、セーラちゃんだったね?」
「渚さん!」
 
それは5月に養父市の温泉で会った渚さんだった。
 
「奇遇だね」
「ツーリングですか?」
「うん。今回はお遍路中。バイクで四国一周」
「すごーい!」
「君は?」
「道後温泉に行ってみようと思って」
「ああ」
と渚は考えるようにしてから
「恵比寿・大国の像を見るためとか?」
と尋ねる。
 
「ええ。そんな話も聞いたし」
 

結局渚さんは星良と同じ席に座る。そしてまずは通告した。
 
「今、恵比寿・大国像は見られないよ」
「そうなんですか!?」
 
「今、道後温泉本館は工事中なんだよ。元々は神の湯、霊の湯というのがあって、神の湯は男湯が2個と女湯が1個あった。つまり5個の浴室があったのだけど、その内、神の湯の女湯と霊の湯が取り壊されて、新しい浴室を今作っている最中」
 
「だったら男の人しか入れないんですか?」
「2つの男湯の内、東浴室を男湯、西浴室を女湯として使用している」
「ああ!」
「それで男湯の脱衣場は真ん中に壁を作って、男女分離。そのままでは使えないからね」
 
「男女同じ所で脱いでくれというのは困ります」
「まあ警察から叱られるよね。だから、今道後温泉に行くと、女は元男湯の西浴室だったのを性転換して女湯になった所に誘導されるから、元の女湯にあった、恵比寿大国は見られないんだな。入ってみてから『あ、無い!』と思ったよ。女湯のシンボルだったのに」
 
良は“シンボル”が“あ、無い!”という渚の言葉に、勝手にドキドキしていた。
 
「それは残念ですね」
 

しかし渚は言った。
 
「ところでタック覚えた?」
 
「あ・・・・」
と良は声を挙げる。
 
「私の性別分かってました?」
「私もあんたと同類だったからね」
「そうなんですか!?」
「でないと普通気づかないと思う。人間が男女を見分ける時、一番のヒントは何だと思う?」
と渚。
 
「それ私も考えて見たことあるんですが、背丈かもという気がしました」
 
「背丈は結構ある。私は162cmだし、あんたも165cmくらいだよね。だから結構女で通る。まあスカート穿いてるかとか、胸があるかとか、眉毛が細いかとかも大きなヒントだけど、それは二次的なヒントでしかない。それより背丈を先に見ているんだよね」
 
「そうなんですよ、胸を最初に見るかなと思ったんですが、背丈が先のように思いました」
 
「でもね。いちばん大きな要素は実は“雰囲気”なんだよ」
と渚は言う。
 
良はしばらく考えていたが、やがて
「確かにそうかも」
と答えた。
 
「あんたは雰囲気が完璧に女の子なんだな。胸が無くたって、雰囲気が女の子だから、みんな女の子だと思ってくれる」
 

「胸は大きくしたいと思っているんですが、女性ホルモンが入手できなくて。大阪市内の大きなドラッグストアとか行ってみたのですが、女性ホルモンはお医者さんの処方箋が無いと売れないと言われたんですよ」
 
「あんた何歳だっけ?」
「19歳になりました」
「だったらまだダメか。お医者さんに行って、GIDだって診断してもらったら女性ホルモンは処方してもらえるけど、治療は20歳以上でないとだめなんだよね」
 
「あまり遅くしたくないです。後になればなるほど身体が男性化しちゃう」
「ほんと時間との戦いだよね。女性ホルモンの入手法は私が教えてあげるよ。大阪に帰ってから、また1度会わない?」
「はい、ぜひ」
 
それで良は渚と、スマホの電話番号・メールアドレスを交換した。
 
「でも渚さんも同類だったなんて、全然気づかなかった。おっぱいも大きいし」
「私、もう女になっちゃったよ」
「あ、性転換手術してたんですか?5月の時は女にしか見えなかったから」
「いや、5月の時点ではまだ男の身体だったんだよ。でも昨日の朝、目がさめたら女になっていたんだよ」
 
「そんなことがあるんですか!?」
「たまにあるらしいよ。さすがにびっくりしたけど、性転換手術代もうけた」
「私にもそんなことが起きたらいいなあ」
「起きるかもね」
 

渚はタックができてるのならいいけど、あまり長時間滞在せずに、短時間であがればバレにくいとアドバイスしてくれた。またお昼とか夕方とかは混むから、できるだけ空いている時間を狙うことと言われた。
 
(この時点で渚は、星良がちゃんと接着剤タックできているものと思っている。まさかテープタックで女湯に突撃しようと星良が考えているとは夢にも思っていない。気づいたら、渚の手でちゃんとタックしてあげていただろう)
 
「まあ万一逮捕されたら私を呼んでよ。明日はこの近くの63番吉祥寺から打ち始めて、69番観音寺まで打つつもりだけど、まあ道後には1時間半くらいで駆け付けられると思うから、この子は精神的に女だと証言してあげるから」
 
「ありがとうございます。そういう事態にはならないようにしたいですが。でも“うつ”って何ですか?」
 
「お遍路では、各々の札所にお参りすることを“打つ”と言うんだよ」
「へー!」
「順番に時計回りにお参りするのは順打ち、逆向きに反時計回りにお参りするのは逆打ち、ルートの途中で道を戻るのは“打ち戻る”などと言う」
 
「面白いですね」
「きっと昔はお参りした証拠に自分の名前を書いた木の納札(おさめふだ)をお寺の建物に打ち付けていたからかもね」
「何か乱暴な気がします」
「建物が傷むよね。今は打ち付けるのは禁止。代わりに紙の納札を、用意されている納札箱の中に入れてくる。これ1枚あげるよ」
と言って、渚は良にきれいな薔薇模様の納札をくれた。
 

「きれーい!」
と良は声を挙げる。
 
「自分でイラレでデザインしてプリンタで印刷したからね。名前はちゃんと1枚1枚手書きした」
 
納札には「寝屋川市・浜川渚」と書かれている。
 
「これ頂いていいんですか」
「いいよ。出会った記念。南無大師遍照金剛」
 
「なま・・・?」
「南無大師・遍照金剛」
と渚はその納札に字で書いてくれた。
 
「南無(なむ)は帰依しますということ。大師(だいし)は弘法大師(こうぼうだいし)のことで、この霊場を開いた、弘法大師・空海のこと」
 
「あ、日本に仏教を伝えた人でしたっけ?」
「あんた、日本史に弱いね?」
「理系なもので。入試は地理と倫理で受けました」
 

「日本に仏教が伝えられたのは538年、ご参拝に行く仏教伝来」
「わあ」
「弘法大師空海が伝えたのは真言宗。806年・空よ晴れろ!と祈る空海真言宗。その前年に伝教大師・最澄は天台宗を伝えた」
 
「ああ、最澄と空海という名前は何となく。弘法も筆を誤るの弘法ですかね?」
「そうそう。この四国の出身なんだよ。生まれた場所に立っているのが高松の近くの善通寺というお寺で、機会があったら寄ってみるといい」
 
「午前中に見学して来ました!」
 
「その時、こういう話とか聞かなかった?」
「ガイドさんとか頼まずにひとりで見学していたので」
 
「なるほどね。それで、最澄が伝えた天台宗は、別名台密、空海が伝えた真言宗は京都の東寺を本拠地にしたので別名東密。これは密教の2大宗派になっているんだよ」
 
「みっきょっって仏教とは違うんですか?」
「仏教の派閥のひとつ。正確にはどんな宗教にも各々の密教と呼ばれる傾向のものがある」
「へー!」
 
「日本の仏教は、奈良時代まで盛んだった五派(*3)以外では、密教、浄土教、禅宗、日蓮宗、などに分類される。浄土教には浄土真宗・浄土宗など、禅宗には曹洞(そうとう)宗・臨済(りんざい)宗・黄檗(おうばく)宗などがある」
 
「へー!」
 
(*3)渚は勘違いしている。五派ではなく六派である。三論宗、成実宗、法相宗、倶舎宗、華厳宗、律宗の6つで、しばしば南都六宗と呼ばれる。“奈良の大仏”の東大寺が華厳宗。
 

「それで遍照金剛とは弘法大師さんの称号だよ」
と渚は説明する。
 
「お遍路は、その途中で会った人、お世話になった人にこの札を配るんよ。まあ名刺代わりやね」
 
「なるほどー」
 
「道後温泉の後はどこに行くの?」
「佐田岬に行ってから帰ろうと思っています」
 
「だったら、9日か10日くらいには帰るよね?」
「はい、そのつもりです」
「だったら四国からの帰り、徳島から大阪まで一緒にツーリングしない?私も9日か10日くらいに鳴門市で、88ヶ所打ち終える予定なんだよ」
 
「はい。あ、でも私、お金が無くて宇高フェリーを使うつもりなんですが」
「高速代おごってあげるからさ、大鳴門橋を越えようよ。それで渦を見ようよ」
「わあ、いいんですか?」
「若い内はおごられていればいい。その内、あんたも後輩におごってあげればいいんだよ」
「そうですね」
 
それで良は9日か10日くらいに鳴門市で落ち合う約束をしたのである。
 
 
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【春変】(3)