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(C)Eriko Kawaguchi 2012-01-08
高2の時期、和実は一応男子の制服で通学はしていたものの、7月初旬に自分の学校の女子制服を購入。夏休み中には学校の図書館に女子制服でかなり出て行ったし、野球部の試合の応援に女子制服で行ったりして、2学期頃からはしばしば放課後に校内で女子制服を着ていたりした。
それが3学期になると、放課後には女子制服を着ている時の方が多くなってくる。ある日和実が「いつものバイト」を終えて、家に戻ってきた時、母が和実に言った。まだ父は帰宅していなかった。
「和実、あんた最近学校でけっこう女の子の制服を着てるのね」
「あ、うーんと。言ってなくてごめん」
「その制服ってどうしたの?」
「うん。夏に買っちゃった」
「あんたバイトでけっこう稼いでるみたいだもんね」
「家にお金入れなくてごめんね」
「貯金してる?」
「うん。月に1万円だけ普通預金に入れて残りは定期積立にしてる。制服は2ヶ月分貯めて7月に夏服買って、9月にまた2ヶ月分使って冬服を買った。大学の入学金とか授業料は貯金してる分から払うから、お父さん・お母さんには迷惑掛けなくて済むと思う」
「貯金してるなら問題無い。うちの家計のことは気にしなくていいよ。父ちゃんが頑張って稼いでるから」
「うん」
「あんた最近、制服以外でもけっこう女の子の服着てるよね?」
「うん、まあね」
「女の子になりたいの?」
「もうほとんどなっちゃってるかも」
「そうか」
「お父さんにもその内ちゃんと言うよ」
「そうだね。。。大学に入ったら性転換とかしちゃうの?」
「自分としては既に女の子になってるつもりだから別に手術とかしなくても構わない気もするけど、でもたぶんしちゃうと思う」
「実は今日学校の小比類巻先生から電話があって」
「あぁ・・・・」
「先生は最初ジョークかと思ってたらしいけど、かなり頻繁にあんたが女子の制服を着ているので、もしかして性同一性障害のケースではという気がしてきたということで」
「うん」
「あの子、もともと声が女の子っぽい声なんで、女の子の服を着るのも好きみたいで、冗談の範囲とは思いますが、女の子の服を着ているほうが本人も精神的に落ち着く場合もあるようなので、よかったら女子制服を着るのは黙認してあげてください、と返事しておいた」
「ありがとう。私、あまり自分の性別のことではそんなに深刻には悩んでないけど、女の子の服を着ている時のほうが落ち着く気分なのは確か」
「実際、悩んでる風には見えないね」
「これお姉ちゃんからは殴られたんだけどね」
と言うと和実はブラの中からパッドを抜いた上で、母の手を取って自分の胸に当てた。パッドを取り出した時点で母がギョッとするのを感じたが、母は和実の胸に触ると、ほんとうに驚いた顔をする。
「あんた、おっぱい作っちゃったの?」
「うん。その作り方で姉ちゃんから叱られた」
「危険なことしたんでしょ?」
「うん」
「胡桃が殴るなんて、よほどのことだもん」
「取り敢えず姉ちゃんとは、高校卒業するまではホルモン飲んだり手術したりしないこと約束した。女子制服はね、姉ちゃんからはもうそれで通学したら?と煽られたんだけど、まだしばらくは男子制服で通おうかな、と」
「あんたがよく胡桃の部屋に入ってるなと思ってたのよね」
「姉ちゃんから、自分のタンスは自由に使っていいと言われてたから」
「そこに女の子の服とか下着とか置いてるんだ」
「うん。サイズが違うから紛れることないからね」
「あんた、かなりウェスト細いよね」
「今ウェスト59くらいかな」
「女の子としてもかなり細いよね」
「そうだね。Sサイズのスカートでもウェストが余るから」
「胡桃のタンス使わずに自分のタンスに入れときなさい。どうせ父ちゃんがタンスをのぞいたりすることは無いから」
「ありがとう」
「お父ちゃんにはさ・・・」
「うん」
「大学に入った後で言いなさいよ。大学入る前に揉めると、ややこしいことになるかも知れないし」
「そうだね。そのほうがいいかもね」
「で、結局、△△△大学にしたのね」
「うん。前言ってた3つの中でそこにしようかなと。梓も△△△に決めたから、科は物理と数学で違うけど、授業はかなり一緒に受けられそう。特に1年の内は学科の区別が無いからね。あそこ、学科が決まるのは2年生になる時なんだよね」
「その件でも昨日、梓ちゃんのお母さんから電話もらったのよ。和実と同じ大学なら、心強いし、またよろしくお願いしますって」
「うんうん。女の子ひとりで東京にやれない、なんて言われてると言ってたから、援護射撃してきた」
「お正月に梓ちゃんちに行ったのがそれね。梓ちゃんとはどういう関係なの?」
「友だち。恋愛要素は無いよ。これは昔からだけど」
「2年生になった頃から梓ちゃんとかなり仲良くしてるなとは思ってたけど、なんか恋人とかいうのとは違うみたいだなという気はしてたのよね」
「むしろ、私が女の子の面をカムアウトしていったことで、梓とはまた仲良くなれたんだよね」
「なるほどね」
「梓とは恋愛の話もするけど、お互い恋愛の理想が全然違うね、なんてよく言ってる」
「へー」
和実の通う学校では、修学旅行は2年生の3学期、終業式の後に行われる。バリバリの進学校というほどではないのだが、3年生になると1学期から受検一色になり、クラブ活動も2年生で終了になるので、修学旅行も2年生のうちにやってしまうのである。
その年の修学旅行の行き先は京都・奈良であった。朝6時の新幹線に乗り、お昼頃京都に入る。京都では清水寺・比叡山・金閣寺などのおなじみのポイントを1日半かけて見学し、3日目は希望により、嵯峨野・大原・太秦など幾つかのコースに別れて散策、4日目は奈良に移動して、東大寺・法隆寺・薬師寺などを見て、5日目は午前中に京都御所を見てからお昼の新幹線で戻るというコースであった。
和実は出発の朝、まだ早朝で父が寝ていたのをいいことに、女子制服を着て家から盛岡駅に行った。出がけに母から
「あんた、それで修学旅行に行くの?」
と呆れられたが
「うん。着替えの下着も女の子下着しか持ってないよ」
と平然とした顔で言うと、
「じゃね。お土産は八つ橋でいい?」
などと言って出かけた。
集合場所に和実が女子制服で来たのを見た小比類巻先生は明らかに焦った様子。
「あ・・・えっと、君そちらで来たの?」
「あ、先生気にしないで下さい。特別な扱いは不要ですから」
「そ、そう?」
梓と奈津も近寄って来て言う。
「修学旅行に女子制服で来るとは大胆だね。そのまま記念写真に写っちゃうよ」
「むしろ男子制服で写りたくなかった」
「あ、そうか」
「それとトイレの問題考えたらこっちだなと思って」
「ああ、和実、もう男子トイレ使ってないよね」
「うん」
和実は2学期の終わり頃から男子トイレの使用をやめ、男子制服を着ている時は男女共用の多目的トイレを使っている。
新幹線の座席は男女別で割り振られていたので、東京までの新幹線では和実は3列シートの真ん中で、右は小野寺君、左は近藤君だった。和実はふだんは女子の友人たちと話していることが多いものの、男子の友人ともよく話すので、彼らともたくさん会話をした。和実は下ネタでも野球や女性アイドルの話でも何でも平気なので、彼らのたいていの話題に付いていく。
「工藤とAKB48で盛り上がれるとは思わなかった」
「あの子たちけっこううまいよ。特によく表に出て来てる子はね」
「工藤のイチオシは誰?」
「柏木由紀」
「どの子だっけ?」
「まだあまり表には出て来てないのよね。でもあの子、頭角を現してくるよ」
「へー。帰ったら見てみよう」
朝が早いのでみんな朝食用におにぎりやサンドイッチを持って来ている。和実が自分のおにぎりを取り出して食べようとしたら、小野寺君から
「わあ、可愛い!」と言われた。
「ハート型のおにぎり、すげー」と近藤君も言う。
「何?食べたい?交換しようか?」
「してして」
というので、1個ずつ、近藤君と小野寺君のと交換した。
「うまーい。なんかおばあちゃんが作ったおにぎりって感じの懐かしい味がする」
「おおげさな」
「これ型か何かで作るの?」
「手で握るよ。おにぎりってね、手で握るのがいちばん美味しいの。手袋とかはめて握ったらこの味は出ない」
「型とか使わずにこの形にできるのか!凄いな。工藤自分で作ったの?」
「そうだよ。ハート型のハンバーグの応用。私、料理とか、お菓子作りは自信あるから」
「何か彼女にしたくなった」
「あはは、告白されたら考えてもいいよ」
「工藤、恋愛対象は男?」
「もちろん。あ、でも私処女じゃないからね、念のため」
「えー!?経験済みなの?」
「相手はどんな奴?」
「2つ上の学年の人だよ。もう1年前に卒業しちゃった。もっともやっちゃったのは向こうが卒業した後だけどね。1ヶ月くらい付き合って別れた」
「へー」
「でも工藤、こんな格好してると可愛いから男でも構わんって奴いるだろうな」
と近藤君。
「いや、俺、工藤が男でも構わん」と小野寺君。
「ふふふ。私、ヴァギナは持ってないけど、満足させてあげる自信はあるよ」
「満足させられてみてー!」
和実は別に男の子たちと一緒でも構わなかったのだが、先生たちで話し合ったようで、東京からの新幹線では席替えが行われて、和実は女子のほうの席に座るように言われた。
「ただいまー」と言って和実は席に付いた。
「おかえりー」と奈津。
「東京までは2人席で私たち2人だったのよね」と梓。
今回の席は和実が真ん中で窓側に奈津、通路側に梓である。
「でも和実って女の子とも男の子ともおしゃべりできるよね」
「雑学だからね。たいていの話題に付いていける。下ネタを恥ずかしがるほどのウブでもないし」
「お店でもお客さんとあれこれ会話するの?」
「うちは風俗営業じゃなくて飲食店営業だからね。お客さんとしていいのは、儀礼的な挨拶や、若干の世間話まで。長時間会話するのは違反。基本的には世間話はオムレツに文字を書いている時間プラス3分以内にしろって店長から言われてる」
「カラータイマーが必要だね」
「全スタッフにそれ付けさせようかという案もあったんだけどね」
「きゃー」
「それやると、趣旨が変わってしまいそうだから」
「ウルトラ・カフェだよね」
「そうそう」
名古屋を出たところでお昼御飯の駅弁が配られる。食べながらおしゃべりしていたが、おしゃべりに夢中になりすぎて、そろそろ京都に着くという時間になっても、和実も奈津もまだお弁当が終わっていなかった。慌てて口の中に押し込んで下車した。おかずは何とか食べたが御飯が間に合わなかったので、和実が自分の分と奈津の分を速攻でおにぎりにして、後で食べた。
京都ではバスに乗り換える。初日は駅のそばの東寺を見てから三十三間堂・清水寺・下鴨神社とまわった。清水寺では1枚目の記念写真を撮る。ここで左側が男子、右側が女子という感じに並んだ。和実は最初男子の方に並ぼうとしたが、梓に引っ張って行かれて女子の方に並んで写った。
「女子制服着てきたんだから、そろそろ自分が女子だという自覚を持とうか」
「そうだねー」
写真撮影の後、「清水の舞台」を見てから、裏手、音羽の滝にも行った。
「右から順に、長寿・美貌・出世に利くんだって」
「どれかひとつだけかあ」
「私、美貌にしよっ」と言って和実は真ん中の滝の水を飲んだ。
「和実、今でも充分美人なのに!」
「私は長寿だな」と言って梓は右の滝の水を飲む。
「だって長く生きていれば、きっといいことあるもん」
「私は左のを飲もう」と奈津。
「おお、キャリア志向だ!」
「志望校は東大文一と書いて出したからね」
「本気なんだ!?」
照葉は美貌、弥生は長寿、美春は美貌、由紀は出世を選んだ。