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翌朝、和実たち、滝田先生の言うところの「超進学部屋」の5人は、隣の部屋の弥生・美春・リコ・愛、更には途中ロビーでたまたま遭遇した綾乃まで加えて10人でぞろぞろと旅館から数百メートル離れた所にある北野天満宮までお参りに行った。
「綾乃は志望校どこだったっけ?」
「東北大の医学部。奈津が受ける所の次に難関かも」
「わあ。女医さんってのもいいなあ」と和実。
「和実の成績なら岩手医科大ならそのまま通るし、少し頑張れば東北大医学部も射程距離に入ると思うけど」と綾乃。
「お医者さんになって自分で自分の身体を性転換手術しちゃうとか」
「それはさすがに無理」
弥生と美春は岩大、リコと愛は県立大の志望である。
「でも新学期からは受検一色だよね」
「朝の補講、午後の補講と始まるみたいだからね」
「授業も受験科目だけに絞られるみたいだし」
「ほとんど予備校状態だよね」
「和実は例のバイトどうすんの?」
「続けるよ。補講が終わってから9時くらいまで。私、チーフになっちゃったし」
「えー?チーフって凄い」
「唯一の創業時メンバーになったしね。それが終わってからたぶん夜2時くらいまで勉強。成績を落とさないことがバイトを続ける絶対条件って言われてるから。偏差値70以上はキープしないと」
「頑張るなあ」
「和実の場合はメイドさんやってることで逆に勉強に気合いが入っている気がするよ」と由紀。
「うん。確かに。あのバイトを始める前は、私成績は下から数えた方が早かったからね」と和実。
「だからお母さんはバイトを続けさせてくれるんだよ」と梓。
その日のコースでは朝最初に西陣織会館に行った。
「ここで各クラス1名ずつ、着物の着付け体験ができます。各クラス1人選んでください」
「女子だけですか?」
「女物の着物ですけど、男子でも着たいという人がいたら拒否はしません」
「よし、俺も参加しよう」と伊藤君。彼はこういうノリが良い。
和実たちのクラスでは、男子のクラス委員の細川君が
「みんな、僕とジャンケンしましょう。勝った人が残っていってください」
と言う。和実も含めて女子全員、それに伊藤君が細川君とのジャンケンに挑む。伊藤君は3回目で脱落した。
梓も和実も4回目まで残った。残っているのは5人である。
「この人数になったら、お互いジャンケンして決めましょう」と細川君。5人でジャンケンして、3回目で勝敗が決まり2人が脱落した。残っているのは梓と和実と千佳子である。
次のジャンケンで梓が脱落。最後の和実と千佳子の勝負。3度あいこになった末、和実が勝った。
「やった!」と自分のことのように喜ぶ梓。
「負けた!」と言った千佳子とも握手をして健闘を称える。
着付けをしているところも女子は見学できるということで、みんなでぞろぞろと着付けルームに行く。まずはカーテンで仕切られた所に入っていったん全部裸になり、肌襦袢をつけてもらう。それからカーテンの外に出てきてから、タオルを使って補正をした上で、長襦袢を着せられ、小紋の着物を着せられ、帯を締められた。帯の結びは可愛く利休で結んでくれた。
「ウェストにたくさんタオル巻かれてたね」
「お客さん、ウェストが細いから補正がたいへんでした。和服は寸胴体型の方がうまく着れるんですよ」
「あ、じゃ私、胸が小さいのは有利ですね」と和実。
「あ、そこは楽でした」と着付け担当の女性も女子高生相手の気楽さで軽口を叩いて笑う。
みんながデジカメや携帯で和実の小紋姿を写す。和実も自分の携帯で梓に写真を取ってもらった。
そのあとそのままの格好で見学コースを回る。女子が着付け見学をしていた間男子たちはビデオを見ていたようであった。手織りを実演している所を見学し、また資料室などを案内された。最後に「きものショー」を見てから、元の服に戻った。
西陣織会館の後はバスに乗って比叡山に登る。根本中堂で法話を聞き、国宝殿を見てから延暦寺会館で昼食になった。人数の都合上、1〜4組はこの順序だったが、5〜8組は、食事のあと見学であった。ここで2日目の記念写真を撮った。山を下りてから金閣寺→竜安寺→仁和寺→木嶋坐天照御魂神社と流れて宿に戻るコースとなった。
金閣寺で見学コースを歩いていると、伊藤君がニヤニヤしながら寄ってきた。「伊藤、あんたが今何を言いたいか分かる」と梓。
「いや、金閣寺って○隠しってのに通じるなと思って」と伊藤君。
「やっぱり言っちゃったか。下鴨神社といい、あんた神社冒涜やらかしすぎ」と梓。「工藤もうまく○隠ししてるんだよな」と更に伊藤君。
和実は吹き出した。
「伊藤君もしてあげようか?女湯に入れるかもよ」と和実。
「おお、興味ある」
「その代わり、機能障害が起きやすいから、男の子としてダメになるかもね」
「それは困る!」
「なんなら女湯に入っても間違って立っちゃったりしないように女性ホルモンも一緒に飲ませてあげようか?」
「いや、男辞める気はないし」
「和実、女性ホルモン飲んでるんだっけ?」と梓。
「飲まないけど、いつも持ってる。どうにも我慢できなくなったら飲んじゃおうと自分に言い聞かせていると、少し辛いことがあった時に我慢できる。ふだんはエステミックスしか飲まないよ」
「それで辛くなって女性ホルモン飲んだことはあるの?」
「まだ無い。瓶からふたに3粒取り出してみるところまではしたことあるけど。でも飲まないのに持ってるのは無駄といえば無駄だね」
「工藤、辛くなったら俺の胸に飛び込んで来いよ。抱きしめてやるから」と伊藤君。「ありがとう。その気持ちだけ受け取っておく」と和実は微笑んで答えた。
「辛くなった時に電話できるように携帯の番号交換しない?」
「うん、いいよ」
といって和実は伊藤君と携帯の番号とアドレスを交換した。
今日は比叡山往復が入ったので、宿に戻ってあまりたたないうちに晩御飯となる。今日の晩御飯では、和実たちの3組と4組が余興担当であった。
「さ、和実行くよ」と言って梓が和実の手を引きステージに登る。
携帯に入れておいた外国某アイドルの曲を流す。前奏が終わった所で歌い始める。「金返せ」「金返せ」
「借りたなら」「返すのが」「当たり前」
「金返せ」「金返せ」
「借りたなら」「返すのが」「当たり前」
「This is NOT ENOUGH!!」
ここでどっと爆笑が来た。和実はここで爆笑してもらえるのがさすが進学校と思った。
「借りる時ゃ、猫撫で声、低姿勢、下手に出て」
「貸した後は、でかい顔、偉そうに、無駄遣い」
会場はかなり受けていた。そのあと、やはり携帯に入れていたローズ+リリーの『遙かな夢』を流して、こちらはふつうに歌った。この曲はケイが2種類の声で歌っていてトリプルボーカルの曲なのだが、和実がふだんの声と、少し高めの声色の2種類を使って歌い分け、けっこうそれっぽい雰囲気になって、こちらはまじめに拍手を受けた。
2人が下がって席に戻ると、伊藤君がわざわざ和実たちのそばまで来て「受けたよ!」
と言う。
「どうせならキスもすればよかったのに」
「いやそれはさすがにちょっと」
「だってレスビアン・デュオの曲を2曲だし」
「どちらもレスビアンってのは宣伝用のフェイクだと思うけどなあ」
ステージには和実たちの次は奈津や照葉たち5人が上がり、AKB48の『会いたかった』
を歌う。同世代の子たちが歌っている歌だけあって、すごく合っている感じになっていた。そのあと青山テルマの『そばにいるね』を歌った。
「なんか可愛いね」と伊藤君。
「うん。私には出せない可愛さだ」と和実。
「工藤も平田も大人っぽいもんなあ」と伊藤君。
「それ褒めてんのか、けなしてんのか?」と梓。
「工藤は非処女だって言ってたけど、平田も?」
「あんたね・・・・その内セクハラで訴えられるよ!」と梓。
その伊藤君は小野寺君・江頭君と組んで「人文字」を作り、これもけっこう受けていた。
その日は食事が終わった後、素直に梓たちと一緒にお風呂に行った。
「でもさ、和実、新学期からどうすんの?もう女子制服で通学してくる?」
「迷ってるんだけどねー」
「修学旅行、女子制服で参加してしまった以上、もう後戻りできない気がするけど」
「だよねー。でもそれやるには、お父ちゃんと一戦交えないといけないからな」
「お母さんとお姉ちゃんには認めてもらったんだっけ」
「うん。姉ちゃんは煽ってる感じだけどね。お母ちゃんは、お父ちゃんへのカムアウトは大学に合格してからのほうがいいかもねとは言ってる」
「ああ、受検前に揉めるのは面倒かもね」
「入学願書にハンコ押さないとか言われたりすると大変だし。やはり少なくとも家を出る時と帰宅する時は学生服かな、と」
「でもどこかで女学生になっちゃうんだ」
「中身的には2年生の初め頃から女学生のつもりでいたけどね」
「ちょうど1年前くらいだよね。和実の雰囲気変わっちゃったの」
「うん。でも当初は男の子モードと女の子モードを切り替えてた」
「ああ、日によって違ってたね」
「でも2年生になってからはずっと女の子モードのまま。もう男の子モードに戻せないかも」
「でも和実って、男の子してた頃、例のバイト始める以前でも、私と話す時とかは、けっこう女の子っぽい雰囲気だったよ」と梓。
「え?そう?」
「あ、私と話す時もそうだった」と奈津。
「私、一時期、和実との恋愛の可能性を考えちゃったことあるんだけどね」と梓。
「そう?」
「でも和実を見てたら、ああこの子は女の子なんだって思ったから純粋に友だちとして付き合うようにした」
「ごめん、私、梓を恋愛対象として意識したことないかも。ずっと友だちのつもりだったから」と和実。
「うん、それでいいと思うよ」と梓は微笑んで答えた。
湯船につかったまま、梓たちと話していたら、突然後ろから抱きつかれて胸を触られた。
「きゃっ」と思わず声を上げる。
「和実〜。バストマッサージしてあげようか?」と麗華。
「いや、自分で毎日してるから大丈夫」
「でも、こういうちっちゃいおっぱいを見てると揉んであげたくなるよ」
「麗華ってレズじゃないよね?」と奈津。
「あ、ちょっと怪しいかも」と麗華。
「和実はわりとレズっぽいよね」
「あはは、私一応男の子、女の子、どちらとも経験あるよ。レズのテクもだいぶ叩き込まれた」
「和実がタチだったの?」
「基本的には私がネコだったけどね。やる方のやり方も覚えときなって言われて」
「あれ?両方できる人はリゾとかいうんだっけ?」と奈津。
「リバだよ。リバーシブル」と和実。
「あっそうか」
「うーん。1度デートに誘っちゃおうかな」と麗華。
「レズのテクを伝授してもらうの?」
「そうそう」
「でも、相手が女の子なら、和実が男の子としてもできたんじゃないの?」
「あ、その発想は無かったな。向こうも私を女の子としか見てなかったし」
「なるほどー」
「そもそも当時もう既に私の男の子機能は消えてたしね」
お風呂からあがった後、おやつを少し調達しておこうと近くの商店街まで行き、お店を眺めていた時、和実は後ろから声を掛けられた。
「はるかちゃん?」
「あ!紺野さん」
「今年もヴァレンタインのチョコ、ありがとうね。何か言う機会が無くて」
「いえ」
「あ、一緒に少し散歩しようか」
「はい!」と言って和実は頬を赤らめる。
ふたりは少し歩いて、近くの神社の境内に入った。商店街の中にあるので夜でも参拝客がけっこういる。
「紺野さん、狙っている子たくさんいるから、見られたら嫉妬されそう」
「はるかちゃん、この1年ですごく成長した感じ」
「そうですか!?」
「去年のヴァレンタインの時は、大人っぽいメイド服なんか着てても、まだ乙女って感じだったのに、今年のヴァレンタインでは可愛いワンピースを着てたけど、むしろ僕より大人びた感じだった。今もそうして女子制服着てても、おとなの女を感じる」
「へへへ。おとなになっちゃいました」
「恋をした?」
「2度。どちらも向こうから言い寄られて。1ヶ月くらいで別れちゃったけど」
「恋は人を成長させるからね」
「でも紺野さんを好きになったのがいちばん自分を成長させたかも。実質的に初恋だったし。凄く短い恋だったけど」
「君って不思議な魅力を持ってるから、それを感じ取った人は近づいてくるんだろうね。でも、多分君の方から好きになって告白してって感じになった時のほうが、長続きする恋になると思う。僕は応えてあげられないけど」
和実は頷いていた。
「私・・・20歳くらいまでには自分のベストパートナーに出会えるかも、なんて予感があるんです。こういう性別なのに厚かましいかも知れないけど」
「性別にコンプレックス持つ必要はないと思うよ。君は自分が女の子だという自信を持ったほうがいい」
「はい」
「それに、みんなけっこう厚かましく生きているもんだよ」
「そうですよね!」
「僕も随分たくさん女の子泣かせちゃってるかも知れないけど、厚かましく生きてるから」
「たぶん・・・紺野さんに振られた女の子は、ずっと紺野さんのことに感謝してると思う」
「だといいね。あ、そうだ。お返しのホワイトデーはできないけど、代わりに握手しない?」
「わあ、いいんですか?」
和実はまた頬を赤らめると、紺野君と握手をした。
「あ、そうだ、これ。今そこで買ったものだけど」
と言って、和実はメルティーキッスを1箱渡した。
「ありがとう」
と言って、紺野君は微笑んだ。
「じゃ、私先に帰ります」
「うん」
和実は神社の鳥居の方に歩きながら、背中に紺野君の優しい視線を感じた。