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■男の娘とりかえばや物語・右大将失踪(4)

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さてその宇治の邸。
 
権中納言は、人目を忍んで通っている四の君のことも気になり、昨夜またお出かけになりました。宇治の女君(涼道)の所でも出産の日が近づき、女君は起き上がることもできず、ぼんやりと物思いにふけっています。
 
「女の生活ってこんなものなのかなあ。頼み所もなく、つまらない日々だが」
と分かってくると
 
「権中納言は四の君に熱中して、こちらに5〜6日、向こうに5〜6日と籠もっている。その絶え間を、そういう経験の無い私が待ち続け、悩み暮らすというのは、いやになるほど気の揉めることだ。といって今は男姿に戻るというのも難しい。ともかくも無事出産できたら、吉野山に行って出家しよう」
 
などと考えています。
 
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こういう女君の心情を権中納言は全く分かっていません。
 

権中納言は女君(涼道)については“今は平和に夫婦になっている人”と気を許して考えていて、むしろ今にも死にそうな四の君のほうが気に掛かっています(**).
 
(右大将失踪事件で)世間の目が厳しいので、外に出歩かないまま、この2人だけの間を往復する日々でした。
 
「長年、時が経つにつれ愛情面は思うようにならぬと嘆き恨んできた恋心が満たされたことだ」
と、感じて嬉しく思っています。
 
その日権中納言が四の君が退避している家に行きますと、見馴れない食べ物や布(当時はお金代わり)などが置かれていました。
 
「これはどうしたことか?」
と権中納言が左衛門に尋ねますと
 
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「それが実は、右大将様が、四の君が勘当されたことをお聞きになったということで、不自由しているだろうからと、これらの品物を送ってきてくださったのです。右大将様のことは私も本当に心配しておりましたが、生きておられたんですね。早速姫様にも申し上げましたら、大変安堵しておられました」
と左衛門は嬉しそうに言います。
 
権中納言は驚きました。しかし同時に少し嫉妬し、また少しホッとしました。私が四の君の所に行く時、まるで嫉妬でもするかのような目をしているが、やはり自分の妻であった人のことは気に掛けているんだなと思います。右大将からの連絡で四の君が安堵したという話自体には嫉妬するものの、それは彼女が自分が四の君のお世話をすることを許してくれていることでもある、と権中納言は解釈したのです。
 
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それで彼女が四の君のことも気に掛けているのなら、他の女のことを話すのは不快だろうかと思い控えていたが、これからは積極的に四の君のことをあの人にも話すようにしよう、と権中納言は思ったのでした。
 
このことは、結果的に涼道の心に全く別の波紋を与えてしまうのですが、そのことに権中納言は思い至りません。
 

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(**)赤川次郎は、プレイボーイには、カサノヴァ型とドンファン型があると書いている。
 
カサノヴァは、女性への奉仕者であり、自分の愛した女性のためにたくさん尽くす。それで彼と恋人になったことのある女性は別れた後でもずっと彼のことが好きだ。
 
ドンファンは女性の征服者であり、女性を手に入れるまで努力を惜しまないが、手に入れたら途端に興味が薄れる。「釣り上げた魚には餌をやらない」タイプ。それでドンファンに“獲得された”女性は、みんな彼のことを恨む。
 
仲道王(権中納言)はどう見てもドンファン型である。
 
歌劇「ドン・ジョヴァンニ」ではドン・ジョヴァンニ(ドンファン)は石像に抱きしめられて死んでしまうが、なかなかこういう天罰は降りないと赤川は述べた。
 
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女君が許してくれているのならと少し長めに京に滞在してから、
「またすぐ来るからね」
と四の君に告げて、宇治に戻ってきますが、女君もたいそう苦しげにしています。
 
「大丈夫だろうか」
とこちらも心配です。
 
それで女君と話しをしていたら、侍女のひとりが
「そういえば、失踪なさった右大将様が今日、この家のそばをお通りになったんですよ」
などと言うので、そんな馬鹿なと思います。
 
「それでどうだった?」
「狩装束姿で、この家をしばらく見ておられましたが、面倒になってはいけないので静かにしておりましたら、その内、立ち去られました」
 
侍女たちが下がったら、女君に
「あなたも見たのですか?」
と訊きます。
 
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「見たこともない人がいたようです。私はよく見ていませんが、侍女たちは、右大将に似ていると騒いでましたね。もしかしたら、私の男として生きたい魂が勝手に出歩いてるのかも」
などと微笑んで答えます。
 
「やはり以前の姿でいたいという思いが深いのだ!」
と権中納言は言ってから
 
「でもどんな人でした?」
と訊きます。
「私に似ているということで想像してください」
と女君は答えて、この件は終わりにしました。
 

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一方、男君は吉野宮の邸近くまで来ると、まず長谷を行かせて
「右大将のもとから参上した人がいます」
と伝えさせます。
 
吉野宮は、失踪したということで四方の山々まで騒ぎ求めていたが、本人が4月に来訪なさった時以降、何の消息もなかったのを心配していましたので、お使いというのは、あの最初に来た人(泰明)かなと思い、どうぞ中にお連れ下さい、と言います。
 
すると、少しして、今来た女、その女と顔立ちの似た女、そして泰明と一緒に、当の右大将本人が入ってくるので、びっくりします
 
「これはどうしたことか!?」
と驚きましたが、すぐに本人ではないことに気付きます。
 
「あなたは物凄く似ているが右大将殿ではない」
 
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「私は、右大将の兄弟です。右大将はかくかくの次第で失踪なさって2ヶ月になります。こちらに時々参上しておられたし、ここを最期の住処に思っていると言っていたと告げる人がありましたので、もしや何か言い置きなどでもなさったことが無かったかと、お伺いしたくて参りました」
と申し上げました。
 
「そうか。あなたは尚侍様ですね」
「はい、そうです」
 
「男装なさっていても、あなたが女性なのは分かります。雰囲気が女ですから」
と吉野宮はおっしゃいます。
 
えーっと、私は本当は男なんだけどなあと思うものの、話が面倒になるので、いいことにしました。自分が尚侍であることは間違いありません。
 

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吉野宮は男装の尚侍をあげて、お茶を勧めてから言いました。
 
「一昨年の秋頃から、あの世までもと約束なさって、私どもの所に立ち寄り訪ねくださっていましたが、4月初めにいらっしゃった時、大体の世の中が心細く感じられるとおっしゃって、次はいつとも言い残さずにお帰りになりました」
 
「ただ六月下旬・七月上旬を過ごすことが極めて難しく思えるからそこを平穏に長らえた命が無事か否か、七月には、必ず吹く風に乗せてお便りしようとお約束なさっていました。右大将様は身を慎まなければならぬ今日この頃であるなあと想像申し上げておりました。朝夕の念誦のおりに必ず右大将様のことも念じておりますが、現世にご無事ではあるようです」
 
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と吉野の宮はおっしゃいましたた。
 
「では右大将はご無事なのですね」
「それは間違いないです」
 
尚侍もこの宮がかなり強い法力を持っていることは感じ取りましたので、その人が無事だというのであれば、間違い無く無事であろうと確信しました。それで取り敢えずは一安心というところです。
 
「兄弟とても多くはおりません。たった2人の兄弟なので、事情も分からず失踪してしまわれたのが、やり場も無い悲しいことですが、その上、老いた親が、死にそうに嘆いていますのが、身に応えております」
と尚侍が言うと
 
「あれほど素晴らしかった右大将ですから、お嘆きも当然ですよね。でもきっと探し出せるでしょう。心配なさるな」
と宮は頼もしげにおっしゃいました。
 
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花久は考えました。妹は7月には便りをすると言っていたという。今自分は京に戻って、こういう話だったと母などに報告しても仕方ない。妹が手紙を書くと言っていたのなら、ここでその手紙を待った方がいいのではと。
 
それでそのことを吉野宮に言うと
 
「嬉しいことです。どうかここで待っていて下さい。右大将殿は決して約束を違えたりはしませんよ」
とおっしゃいます。
 
それで待たせてもらうことにしましたが、自分まで消息が定かでない状態になっているとまずいので、母に手紙を書くことにしました。あわせて東宮へのお手紙も託します。
 
・ある場所で7月には手紙を書くと右大将が約束していたという人と会ったので、自分は男姿にも慣れていないし、その手紙をここで待つ。
 
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・出かける時も言ったように、私がそちらに在宅しているかのように振る舞っていて欲しい。
 

手紙を泰明に託して左大臣宅に届けさせます。春姫はまだ左大臣には話さないほうが良いだろうと考え、秋姫にこの手紙を見せました。秋姫も、涼道が無事であるのは間違い無いという便りに安堵します。
 
それで東宮様へのお手紙を侍女に持たせて宮中にいる式部の所に届けさせるとともに、秋姫から式部への手紙も届けさせて式部には事情を伝えておきます。東宮様も、涼道が無事であること、その手がかりを掴んだという話に安堵なさいました。
 
春姫と秋姫は、尚侍に
「あなたまで変なことは考えないで下さいよ」
という手紙を書き、長谷たち2人だけではさすがに不便だろうと考え、秘密を守れる侍女を5人(涼道の乳母子である小竹を含む)と、口の硬い男の下僕1名を選び、泰明と一緒に吉野宮に行かせました。花子も手の者が増えて、本当に助かりました。
 
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(花子は男装していても普通の男性が使うような尿筒(しとづつ)が使えないので、おしっこをするには女性と同様に虎子(おおつぼ)を使う必要があり、そのためには本来は侍女が5〜6人、最低でも2人は必要である。花久が秘密の行程ではあっても侍女を2人同伴したのは、実はトイレの問題もあった。ちなみに涼道は普通の男性同様に尿筒を使う!ただし現在は女装中なので自粛して不本意ながら虎子を使っているはず)
 

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小竹などは吉野の宮に着いてみると“右大将”がおられるので仰天します。
 
「私は尚侍だよ。女の姿では出歩けないから、男装しているだけ」
と説明しました。
 
「びっくりしました。本当の殿かと思いました」
「小竹殿、そなたも心配であったろう」
 
「はい。殿がご無事と聞いて本当に安堵しました。私にも告げずにどこかに行ってしまわれるなんて、私は殿に信頼されていなかったのだろうかと本当に悩みました」
などと言っています。
 
「七月には便りをよこすということだったそうだ。ここでそれを待とう」
 
「はい。尚侍様と一緒に待たせて頂きます。でも尚侍様、小さい頃はよくおふたりで入れ替わっておられましたけど、今でも男装なさると殿様とそっくりになりますね」
 
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などと小竹は感心しています。小竹はあの頃のふたりの“悪巧み”を知っている数少ない侍女のひとりです。他の侍女たちは、“涼道様のお姉様が忍び歩くために男装なさっている”と思っているようです(トイレに虎子を使うし!)。涼道の性別を知っているのも長谷以外には、この小竹だけです。
 

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吉野宮は、右大将からの連絡を待つ間、漢詩文でも勉強しませんかと花久に言いました。
 
「漢字ですかぁ。私はあの手の文字を見ると頭がくらくらします」
 
「そうおっしゃらずに。右大将は女の身であっても、とても漢詩文に深く通じておられました。あの方の妹君であるあなたにも、漢詩文はきっと理解できますよ」
 
それで吉野宮から習うのですが、宮はとても優しく指導してくれたので、それまでごく易しい漢字以外はちんぷんかんぷんだったのが、花久も少しずつ読める漢字が増えていきました。
 
漢詩文の勉強の合間に、宮は笛の手ほどきもしてくれました。それまで唄口に唇を当てて息を出してもスースーと息が通るだけで全く音の出なかった笛が、宮の指導で何とか音が出るようになり、日々練習している内に、随分まともな音になっていったのでした。
 
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「宮は良い学問の師だ」
と花久も思いました。
 
なお、花久は夜の間は、涼道同様、海子・浜子の部屋で休ませてもらっていたのですが、涼道は男だと思って緊張していた海子たちも、花久については男装していても、雰囲気で女だと分かったので、無警戒にそばで寝ていました。
 
むろん涼道が海子に手を出さなかったように、花久も海子には手を出しません。涼道の場合は肉体的に女なので海子に手を出さなかったのですが、花久の場合は宮中で女性として暮らしていたので、多くの女たちと一緒に休むのが習慣となっていたことから、そばに海子が寝ていても、特に何も感じなかったのです。そもそも花久は男装はしていても、お股の部分の偽装は普段通りなので、その偽装を解除しない限り、女性と秘め事をすること自体、不可能でした。
 
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海子は実は、念のためと思って花久が熟睡している時に、そっとお股に触ってみたのですが、何も付いていませんし、胸にも触ってみましたが、小さいながらも膨らみがあるので、ああ、やはりこの人は間違い無く女であったと安心しました。
 
 
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