広告:まりあ†ほりっく 第2巻 [DVD]
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■男の娘とりかえばや物語・右大将失踪(1)

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4月になります。
 
涼道は、お腹も大きくなってきて(涼道はもうすぐ8ヶ月目である)、いよいよ身体も動かしにくくなってきました。そろそろ何とかしなければと涼道は考えていました。
 
権中納言(仲道王)は
「このままでは人の目にも奇異に思われますよ。早く女の姿になって、私のところに来て下さい」
と何度も言って来ていますが、涼道はなかなか決断ができませんでした。
 

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「おい花子」
と東宮は言いました。
 
「どうかなさいましたか」
「どうもこないだのが当たってしまったようだ」
「は?」
「どうも私は孕んでしまったようだ」
「え〜〜〜?どうするんですか?」
 
「さすがに東宮が子供を産むことは許されん。花子、お前が代わりに産んでくれ」
「無茶な。だいたいどこから産めばいいんですか」
「取り敢えず玉を抜こう。午後から山伏で玉抜きに慣れているものを呼ぶことにするから」
 
「それ拒否します。でも山伏が玉抜きに慣れてるんですか」
「仏道の世界では、あれは修行の邪魔になる魔羅(悪魔)と呼んで、邪念を持たないようにするため切り落とす者がおるらしい」
 
「へー!よくやりますね」
「玉だけ取る方法と棒も一緒に取る方法があるが、お前、どちらがいい?」
「どちらもお断りです」
 
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権中納言の父・式部卿宮の御領地が宇治にあり、風雅な邸があったので、権中納言はそこを整備させて、女の姿に戻った右大将(涼道)を迎える準備を進めていました。
 
しかし涼道は悩んでいました。
 
取り敢えず、権中納言と一緒にずっと暮らすなんて気持ちは毛頭無い。だから本当は彼の所にも行きたくない。
 
吉野の宮に行くことも考えてみたものの、自分の身一つであればあそこに身を寄せることもできようが、身重の身であの聖なる地に行くのは、よくない。
 
乳母の家も考えてみたが、そこまで彼女に迷惑を掛けるのは申し訳無い。
 
ということで、どこかに消えたいのだが、その行き先が見当たらないのです。
 

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結局不本意だが、権中納言のところに行くしかないのだろうか?などと悩みつつ、右大将は自分の周囲の人にさりげなく別れを告げてこようと思いました。右大将が最初に行ったのは吉野です。
 
吉野宮と初めて会った時以来、涼道は姫たちのお道具などが不足しないようにと、多大な支援をしてきているので、今回の訪問も吉野宮は大歓迎してくれました。あまりにも歓迎されるので、もうこれが別れだなどとは言えず、ただ自分は体調が悪いのでいつまで生きていられるかなどというと、宮は
 
「間違ってもとんでもないこと(死ぬこと)にはなりますまい」
と言って、たくさん祈祷をしてくれました。
 
姫たちとも会うが、涼道は言います。
 
「3ヶ月ほどは来ることができないと思います。そのまま死んでしまったら申し訳無いが、自分がもし生きていたら、どんな姿に変わっていても、またこちらに寄せてもらいます」
 
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つまり涼道は、この時点で、もう自殺するという道は断念し、不本意ながら権中納言の元で女の姿で出産することを決意しています。そしてその後、こちらにもう一度来るつもりではありますが、その時自分が男の姿のままか今度は女の姿になっているかは分からないと思っていました。ここではそのことを曖昧な形で言っているのです。
 
姫たちは自分たちがゆくゆく頼りにしようと思っていた人から意外なことばを聞き、最初は冗談か何かかと思ったものの、かなりマジな様子なので、一緒に涙を流しながら
「頑張って下さい。死んではいけませんよ」
と励ましてくれました。
 
そして吉野宮や姫たちと歌なども交わして、涼道はいったん都に戻りました。
 
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両親の元に行くと、父も母も嬉しそうにしてくれます。2人とも右大将が自慢のようです。
 
右大臣の所に行きますと、右大臣は彼を褒めたり恨んだり忙しい。自分のことを(妻の四の君に冷たい)本当に酷い奴だと思っているだろうなと思うと、涼道は本当に申し訳ない気持ちでした。
 
四の君はお腹がだいぶ大きくなってきて、愛らしい様子です。このお腹の中の子供が自分の姉(花子)と権中納言のどちらの子供かは分からないが、自分がもし女の姿になってしまったとしても、この人が不自由しないようにしてあげなければと思い、彼女をいたわる気持ちで接しました。
 
長女の小夜は、やっと何かにつかまって立てるようになった所でその様子も愛らしく感じました。
 
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自分がもし女の姿になってしまったら、父や母にはまた会えるかも知れないが、この人とはもう会うことはなくなってしまうだろう、などと思うと切なくなってきました。それでつい彼女に言ってしまいましたる
 
「私がもし死んでしまったら、少しでも哀れと思ってくれるだろうか」
 
すると彼女は歌を詠みました。
 
遅るべきわが身の憂さにあらばこそ、人をあはれとかけてしのばめ
 
(死に後れる辛さに私がなお生きていけるものなら、あなたを可哀想と思うかも知れませんが(きっと私は生き延びれないでしょう):あなたがもし死んでしまったら私は悲しすぎてきっと私も死んでしまいます)
 
それで涼道は感動して
 
しのばれむ我が身と思はばいかばかり君をあはれと思ひ置かまし
 
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(おっしゃるようにあなたに思い起こされる我が身と信じられたら、どれほどあなたを愛しい思うでしょう)
 
それでふたりはこの日は涙を流し、それから愛しみ合うようにいたわって一夜を過ごしたのでした。
 

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涼道は自分の侍女でありながら、現在は仲道(権中納言)の愛人のひとりにもなっている、筑紫の君をおそばに呼び、彼女に特命を与えました。
 
「私は本当に今体調が悪くて、正直、四の君が出産するまで生きていられるか自信が無い」
 
「そんな、殿様、情けないことをおっしゃいますな」
 
「できるだけ頑張るつもりだし、神仏に祈って何とかしたいと思う。しかし自分でもどうにもならない場合もある。もし私に何かがあり、その間に四の君が危急の場合は、そのことを尚侍の侍女の式部に伝えなさい。あの子ならきっと何とかしてくれるはず」
 
「分かりました。私は尚侍様の女房頭の伊勢様の前には顔を出せませんが、式部様なら、何とか私の話を聞いて下さるかも知れません」
 
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「そなたが妻を守る頼りだ。頼む」
「分かりました」
 

翌朝、涼道は最後に姉上の所に行ってこようと思いました。体調が悪そうな涼道を心配して、四の君は
 
「侍女たち。御前に伺候せよ。今日は殿の体調が心配である」
と言って、侍女たちを付き添わせました。
 
幼い姫君(小夜)が手をひろげて、涼道の後を追います。涼道も微笑んでしゃがみこみ、小夜を優しく見ながら
 
「この子と私は他人が見れば普通の親子に見えるだろうが、これを限りに他人になってしまう」
 
などと思うと、また涙ぐんでしまいました。
 
涼道の今日のお顔はとても美しい。今19歳。そして四の君は3つ年上です。涼道の魅力は衣服の端まで満ちているようで、
 
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翠竹辺夕鳥声(翠竹の辺の夕の鳥の声)
 
と漢詩を詠う様は魅力的です。
 

宣耀殿に行ってみると、尚侍(花子)のもとにはあまり侍女がおらず、庭を見ようと高さ三尺の御几帳だけを引き寄せて、その中におられました。
 
ふたりが話し合っていると、侍女たちは席を外してくれて、姉と2人だけになります。
 
「去年の秋頃から、ずっと体調がよくなく、これも自分の寿命なのかも知れないなどと思っていました。もうこの世の別れなのかと思うと、父母以外では兄弟は、姉上だけだと思い至り、私がいなくなったら姉上が
どんなにお嘆きになるだろうと思って胸がつぶれる思いでした」
 
涼道が涙汲んでいるので、尚侍まで涙ぐんでいます。
 
無邪気だった子供のころと違ってお互い成人して世の中のことを知るにつれ、この気持ちが分かるのはこの2人だけなのだというのをあらためて感じあいます。
 
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「あなたが深山にでも行ってしまいたいという気持ちは私も身に染みて分かります。私もどこかに消えてしまいたい気分になることがあるもの。今は何とかやっていますが、ずっとこのままではいられないことは間違いないですし」
 
といって尚侍も泣き出してしまいます。
 
正直、花子としては、身体が男性化してしまったら、もう女官として東宮に仕えることはできないので、どこかに消えてしまうか、あるいは東宮の言うように男性化しないよう睾丸を取るかの二択だと思いつつも、その決断はできない状態でした。それと同時に東宮の妊娠をどう処理するかは重大な問題となっていました。
 

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尚侍が、藤色の御几帳をそばに、撫子重ねのお召し物、青朽葉色の小袿を着ている姿は美しく、本当は自分がこういう格好をしていなければならなかったのにと涼道は申し訳無く思いました。
 
尚侍としては、右大将が華やかに匂いたち、美しかったお顔が随分やつれているのに、それでも充分美しいので「公的な場できっぱりとふるまっているのを見ると男らしく見えるが、こうして沈んでいる所を見ると、やはり女の弱さが出ているのだろう」
 
などと思っていました。
 
「なんにしても普通ではない私たちです。私こそ男の格好をしてあなたがしているようなことをしなければならなかったのに」
と花子も言います。
 
お互いに色々な思いを打ち明けあい、2人は日が暮れるまで、長く話していました。右大将はそろそろ帰らなければと席を立ちます。そして(席を外してくれていた)尚侍の侍女を呼びよせてから退出しました。
 
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尚侍は「いつにない姿を見せたなあ」と思いながら弟を見送りました。
 

「今宵は宣耀殿に伺候していなければならないので」
と言って供の者はみんな帰してしまっていました。
 
権中納言が網代車(粗末な車)を北の陣に入れていましたので、右大将はその車に乗って内裏を出ました。
 
(本来は大内裏に車を入れることは許されない。帝の従弟という立場の特権を使ったか??なお、北の陣は内裏外郭・北側の朔平門の所にあるので、内裏内郭の玄輝門を通り朔平門を出てから車に乗り、そのまま大内裏の北側の偉鑒門(いかいもん)を出たものと思われる。つまり右大将が権中納言と一緒に門を出たのは警備の兵士には見られているはずである−むろん彼らはそのことを上司の源大将以外には言わないはず)
 
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涼道は、こんな形で宮中を出るなんてと悲しく思います。
 
宇治への道中も心は暗いままです。幼い頃から好んで吹いてきた笛も今後はもう吹けなくなるのだろうかなどと思うとますます暗い気持ちになります。
 
たまたま持っていた笛を吹きます。
 
美しい調べに合わせて、権中納言も「豊浦の寺」を謡っておられました。
 

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涼道はこの道中の車の中で男の服を脱ぎ、隠していた長い髪もそのまま露出させ、そして用意されていた女の服を身につけました。
 
女の服なんてもう久しく着ていなかったので、こんなかったるい服をよく昔は着ていたよなあと思いましたが、同時にこういう服をこの後はずっと着ていなければならないのだろうかと思うと、憂鬱な気分になるのでした。
 
到着してみると風雅な所にしかるべき工夫をして邸を建ててあります。
 
室内装飾も優美に造られています。侍女がいなくては不便だろうと、権中納言の乳母子2名と、世間のことを全く知らない若い侍女や女童などを予め連れてきています。
 
車から降りてすぐに涼道は
「なぜ自分はここに来てしまったのだろう」
と後悔の念にかられました。
 
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しかし帰りたいといっても、身重の身体では、もう帰られるものでもありません。権中納言もこうして連れてきたからには絶対に帰すはずもありません。涼道は情けない気持ちでいました。
 

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少し仮眠して起きた時、涼道はあらためて、ここにいることが自分で信じられない思いでした。
 
権中納言は侍女たちに命じて右大将の髪を洗わせます。そして眉を抜いて描き眉し、お歯黒もすると愛らしい姿になりました。
 
(この時代はお歯黒をしていたのは既婚女性のみ。男性貴族はしていない)
 
涼道は「こんな姿になるなんて」と嘆き、更に憂鬱な気分になりました。
 
しかし権中納言は言います。
 
「こういう姿こそ正常なのですよ。男みたいな格好をして世間に出歩き、仕事もしているのは立派ではあっても、あなたの本性に反していたのです。最初は慣れないでしょうが、こうしているのが普通なのです。父君の耳に入っても、決して悪いとは思われないでしょう」
 
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そんなことを言われると、権中納言の言い分が正しいような気もしないでもないので涼道は悩んでしまいました。
 

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さて、京では“宿直するから”と言って昨日返された涼道の従者たちが朝になって殿を迎えに来たのですが、宣耀殿の侍女たちから
 
「夜更けにお帰りになりましたよ」
と言われます。
 
それで右大将はどこに居られる?というので探すのですが見つかりません。
 
「毎月5〜6日休んでおられた時は殿はどこにおられたのだ?」
と問う者があり、六条辺りの家にいつも付き添っていた者たちが、緊急事態のようなので、すぐにそちらに行ってみたものの、そこにも涼道の姿はありませんでした。
 
花子は「あいつ何やってんだ?」と困惑の思いでした。思えば昨夜は自分に別れを告げに来たのだろう。しかし何もこんな騒ぎになるような姿の消し方をしなくても、もう少し曖昧な身の処し方もあったろうにと憤慨していました。これではカバーのしようもありません。
 
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吉野の宮に行く時に必ず連れていく泰明も残っており、花子は念のため彼に命じて吉野の宮まで馬で行かせましたが、そこにも涼道の姿はありませんでした。
 

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