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■男の娘とりかえばや物語・第二の事件(1)

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(C)Eriko Kawaguchi 2019-08-21
 
これまでのあらすじ。
 
左大臣家の息子(桜君)はおとなしい性格でいつも部屋に閉じこもって、貝合せやお絵描きなどをしています。一方の娘(橘姫)は活発な性格で、まず部屋にいるということがありません。左大臣はこの2人を「とりかへばや」(交換したい)と悩んでいたのです。ある日、橘姫はお邸の中を“冒険”していて、帳の中にいる人物を見ます。それは初めて見る兄・桜君でした。2人はお互いの顔がそっくりであることに気付き、しばしば入れ替わりをすることにしました。桜君が苦手な蹴鞠や弓比べを男装して桜君のふりをした橘姫が習い、橘姫が苦手な箏などを帳(とばり)の中で桜君が橘姫のふりをして習いました。
 
ところがある日、舞の先生が来たのに、橘姫は桜君のふりをして出かけたままです。舞の稽古は箏などと違い、帳の中で受けるということができません。橘姫の乳母は桜君に、申し訳無いが橘姫の服を着て代わりにお稽古を受けてくれないかと言いました。仰天する桜君ですが、入れ替わりがバレるとまずいので、やむなく橘姫の服を身につけ、橘姫のふりをしてお稽古を受けたのです。女の服を着るなんて恥ずかしくてたまりませんでしたが、舞の先生は「今日は動きがいいですよ」と褒めてくれました。そしてこれ以降、桜君はしばしば橘の代理を務めるために女装するハメになるのです。
 
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ふたりが時々入れ替わっていることは最初に、橘姫の母・秋姫にバレてしまいます。2人は叱られたものの、橘姫の活発な性格には理解を示しているので、この“遊び”を容認し、むしろ協力してくれました。父の左大臣はおとなしかった“桜君”が最近活発な活動をし、弓なども上達しているし、お転婆だった“橘姫”が最近おしとやかになって箏や舞の腕もあげているようなので、この2人を取り替えたいと思ったのは杞憂だった。やはり女の子は女らしく、男の子は男らしく育って行くものだと安心しました。ところがある日、大臣は2人の入れ替わりに気づいてしまったのです。大臣はショックで、もうこの2人はとても世間には出せない、出家でもさせるしかないと落ち込むのでした。
 
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ところが左大臣家の“息子”がとても男らしく、弓なども巧いし、漢籍などもたくさん読破していると聞いた帝が「五位を授けるからぜひ出仕させるように」と言ってきます。困った左大臣ですが、秋姫は笑って「橘を出仕させればよいです。女だなんてバレませんよ」と言います。それで橘姫は男子として元服して冠を付けて“涼道”の名前をもらいます。一方、そのあおりをくらって、桜君は女子として元服し、裳(スカート)を穿かされて、“花子”の名前をもらうハメになってしまいます。「なんで僕がスカートなんか穿かないといけないの?」と思うものの、橘姫が男の子として出仕する以上、桜君がその代わりに女の子のふりをする以外の道がありません。
 
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内裏(だいり)に出仕した涼道はビジネスマンとして優秀である所を見せ、大いに評価をあげました。更にはその美男子ぶりが、内裏の女官たちの人気となり、たくさんラブレターが舞い込むことになります。そして、人々の関心は、この人と顔立ちが似ていると聞く“妹君”にも集まりました。帝からまでラブコールされるのですが、まさか息子を帝の妻としてさしあげる訳にもいきません。そこで左大臣は「あれは極端な恥ずかしがり屋なので、とても主上(おかみ)の妻など務まりません」と言い訳をします。すると、帝は、行く末を案じている“軽はずみな性格”の女東宮(先帝の唯一の子供)雪子の遊び相手になってくれないかと言われ、花子は、尚侍(ないしのかみ)の役職を与えられ、内裏に女官として出仕するハメになったのでした。
 
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いくらなんでも性別がバレるのではと思った花子ですが、あっさりと女東宮にバレてしまいます。しかし女東宮・雪子は面白がり、“便利な遊び相手”として、散々女東宮に“奉仕”させられ、“慰みものにされる”日々となってしまいました(傍目にはお気に入りの女官に添い寝させているようにしか見えない)。しかしこれ以降、東宮の“軽はずみな行為”がほとんど無くなったので、主上も父である先帝も『良き遊び相手を得られた』と安心したのです(バレたら物凄くやばい!)。
 
一方、左大臣の息子で官僚としても優秀な涼道には縁談が舞い込みます。右大臣の四の君・萌子でした。左大臣はさすがに、男ではない涼道を女と結婚させるのは無茶と思ったのですが、涼道の母・秋姫は「あの四の君はウブでねんねだから気づきませんよ」などと笑って言うので、この婚儀を進めることにしました。涼道としても女と結婚なんてどうすりゃいいんだと思ったのですが、本当に四の君は結婚で男女が何をするのかを全く分かっていなかったので、何とかバレずに“初夜”を済ませ、2人は夫婦になったのでした。
 
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ところがここで問題の人物が登場します。宮廷の女官たちの人気を涼道と二分する、帝の従弟・仲昌王(宰相中将)です。彼はたくさんの女性と浮名を流していましたが、四の君、そして花子にも興味を持ち、どちらにもたくさん文を送っていたのですが、四の君は涼道と結婚してしまい、失恋することになります。それでターゲットを花子のみにして、盛んにアプローチしていましたが、花子としてはもちろん男と恋愛する気持ちなど毛頭ありません。それで兄の方から何とか攻めようと、涼道と親しくするためにあれこれ話すのですが、涼道としては、いくらなんでもこんな浮気男を姉上に会わせる訳にはいかないと思っています。
 
(ここで大きな誤解があるのは、花子は成り行きでやむを得ず女の格好をして女として宮中に仕えているものの本人としては女の子になりたいような気持ちは全く無いことです。しかし父にしても涼道にしても周囲の人はみんな、花子は女として生きたいのだろうと誤解しています。これが後に“問題解決”の大きな原動力となるのです)
 
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ある時、仲昌王は、涼道と酒でも飲もうと自宅(右大臣宅)を訪ねてきますが、生憎、涼道は入れ違いで内裏に出仕した後でした。ありゃ、だったらそちらに行こうかと思った仲昌ですが、ふと家の奥から美しい箏の音が聞こえてくるのに気づきます。
 
これはあの四の君が弾いているのだろうかと思い、一目見ようとこっそりと家の庭に忍び込みます。そして初めて見た四の君の姿はあまりにも美しく、仲昌王はそのまま家の中に進入して、四の君が抵抗するのを無理矢理、レイプしてしまったのでした。四の君は混乱します。今されたのは多分男女の最も深い秘め事だ。恐らく、本来は夫婦になった者同士がすることなのではないか?ではなぜ自分の夫(涼道)はこれをしてくれないのだろうかと。そしてこれ以降、仲昌王は度々、四の君の元を訪問するようになり、四の君自身もこの人は夫より自分を愛してくれているのかもと思い、仲昌のことを好きになってしまいます。
 
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四の君は妊娠してしまいます。これに右大臣は大喜びしますが、涼道や左大臣は困惑します。四の君が他の男を引き入れたのは確実ですが、涼道は自分が男でない負い目があるので、彼女を責めたりはしませんでした。
 
涼道はこの事件が契機となり、自分が男として生きていくのはやはり無理ではないかと考え、出家を考えるようになります。誰か良い導師がいないかと探していた所、吉野山に帝の兄上(道潟王)が出家して隠棲していること。王は学問や音楽に深い造詣があることなどを聞きます。そこで涼道はこの吉野宮の所を訪れますが、涼道が漢籍も音楽もよく学んでいるので吉野宮は彼を気に入り、2人は意気投合しました。涼道は吉野宮に自分の性別も打ち明けましたが、宮は「それは一目で分かりましたよ」と言いました。宮は深い洞察力をお持ちのようです。宮は音楽については、娘たちのほうが耳が若いから娘たちに習って下さいと言って、涼道を娘たちの私室に入れます。涼道が女だというのを聞いていない娘2人は困惑しますが、涼道の方は同性という意識があるので2人のそばですやすやと眠ってしまいます。しかし涼道は2人の内、姉の海子とは、むろん何も性的なことはしないものの、お互い恋愛じみた感情が成立していきます。
 
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やがて四の君は女の子を産みますが、その顔には仲昌の面影がありました。それで涼道は四の君を陥れたのは仲昌であったかと分かりました。生まれた子供の七日夜のお祝いの日、たくさんの来客の応対に疲れた涼道が、休んでいる萌子の所に来ると、誰か慌てて男が逃げていきました。扇が落ちており、拾い上げると見慣れた仲昌の筆跡です。涼道は萌子に「さすがに子供を産んだばかりで、しかもその子の七日夜のお祝いの日に男を引き込むのは、はしたないよ」と彼女に注意しました。
 
★この物語の主な登場人物
 
↓系図(再掲)

 
藤原重治 権大納言・大将→左大臣・関白
春姫 重治の妻 東の対に住む。花子(花久)の母。
藤原花子 春姫の息子。“桜の君”。後に尚侍(宣耀殿)。
秋姫 重治の妻 西の対に住む。涼道(涼子)の母。
藤原涼道 秋姫の娘。“橘の姫”。後に三位中将・権中納言(通常“中納言”と呼ばれる)。
 
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花子の侍女:伊勢、式部、長谷、但馬など。
涼道の侍女:少納言の君、少輔命婦、加賀の君など。
涼道の従者:兼充、俊秋、高宗(乳兄弟)など。
 
藤原博宗 重治の兄。右大臣。
一の君 睦子 朱雀院の女御
二の君 虹子 今上(朱雀院の弟)の女御(梅壺)
三の君 充子(左近大将・源利仲に嫁ぐ)
四の君 萌子 涼道の妻
 
四の君の侍女:左衛門(乳姉)、近江など
 
仲満親王 朱雀院の伯父 式部卿宮
仲昌王 仲満親王の息子 宰相中将 朱雀院の従弟
 
東宮 雪子(梨壺) 朱雀院の皇女。母はこの物語開始時点で亡くなっている。
雪子の侍女 敷島、越前など。
 
今上の妻
梨壺女御 虹子(右大臣の二の君)
麗景殿の女御(妹は楠子)
弘徽殿の女御
 
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道潟親王 先々帝の皇子(朱雀院・今上の兄)
一の君 海子
二の君 浜子
 

しばし静かな時間が流れていきました。
 
年が明け、花子と涼道は18歳になりました。
 
萌子と涼道の関係は、花子が修復の手伝いをしてあげたおかげで比較的順調です。出産して2ヶ月ほど経った頃から、夜の営みを復活させますが、入れる所まではしません(できない)。それで萌子がおねだりするのですが
 
「まだ出産からあまり日数が経っていないから、もう少しは控えようよ」
などと涼道が言い、萌子も納得していました。
 
その涼道は吉野の姫君と頻繁に文のやりとりをし、月に1度くらいは実際に出かけていき泊まってくるのですが、もちろんそちらの姫君とは何も性的なことはしません。並んで寝るのですが、萌子にするように彼女の性器を刺激したりすることはありませんでした。少なくとも涼道としては同性の友人という意識なので(海子の方は涼道を男だと思い込んでいる)あくまでプラトニック?な関係を続けていました。
 
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宰相中将(仲昌王)は、何度も萌子と会おうとしましたが、左衛門が断固として会わせず、文も取り次がないので、打つ手無しという感じでした。
 
それで仲昌王もそろそろ萌子に飽きてきた!?ことから、再度花子へのアプローチを開始しました。
 
しかしこちらもなかなかガードが難い。そもそも花子は東宮の助手をしているので、昼も夜も東宮の自室あるいは上局に行っていることが多く、本人をまず捕まえられません。文を送ってもなしのつぶてです。
 

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花子への思いが募って、どうにもできなくなった仲昌王(宰相中将)は、とうとう6月のある夜、花子が物忌みで東宮の所には行っていない夜、尚侍(ないしのかみ)の部屋に忍び込んでしまいました。
 
花子は
「呆れた人ですね」
 
などと言いながらも、身を隠したりもせず、毅然とした態度で座っています。仲昌王は随分口説いたのですが、花子は無表情で聞いているだけで、何も答えず、全くとりつく島もありません。その内、夜も明けてしまいます。
 
万一のことがあれば実力で排除しようと控えていた式部と長谷(この2人は昨年九州への旅にも連れて行ったが、わりと腕力がある。特に式部は弓や剣も使える。実は男である花子より、女の式部や長谷の方が強い)も、今度は誰かに見られて尚侍が物忌みの日に男と通じていたと思われることを心配しました。
 
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物忌みの期間は肉食なども禁止されますが、性的なことも当然禁止です。
 
そこで物忌みにかこつけて、帳台の帷子(かたびら)を全て降ろして、外からは見えないようにし、誰も尚侍のそばに寄せ付けないようにしました。
 
それで結局、仲昌王は翌日1日、花子のそばで何もできないまま過ごしたのです。
 
「お腹が空いた」
「あなたにあげる御飯はありません」
と言って尚侍は堂々と自分だけ粥を食べていました。そして2日目の夜も明けようとする時、言いました。
 
「もう物忌みが終わります。左大臣や兄も来るかも知れません。その時、あなたはどう言い訳なさるおつもりですか?」
 
「そんなつれないこと言わないで、優しくしてよ」
と仲昌王は言いますが
 
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「自分の身の上を真剣に考えられた方がいいですよ」
と毅然として尚侍が言うので、これ以上は無理かと諦めて、とうとう仲昌王は夜が明ける前に密かに退出しました。
 
こうして仲昌王の尚侍への実力行使は失敗してしまったのです。
 

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男の娘とりかえばや物語・第二の事件(1)

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