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■男の娘とりかえばや物語・最初の事件(4)

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東宮たちは太宰府に一週間滞在しました。
 
2日目以降は実務的な内容の打合せ(主として待遇改善問題や防人増員問題、都府楼と水城(みずき*2)の改修問題を含む予算増額要求への対応)になり、これには花子と東宮の秘書で達筆な越前という女房が記録係として同席しました。東宮は水城の改修は急務なのですぐ予算を取ると約束しました。海賊対策のための防人増員や大型船建造については、都に持ち帰り検討することにします。
 
打合せがだいたい終わった所で帰ることにしますが、近衛府の兵を清原和成少将の指揮下50人程だけ(当然精鋭)残します。彼らは1ヶ月後に帰還させることにしました。
 

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(*2)水城(みずき)は白村江(はくすきのえ)の戦い(663)で敗戦した後、唐・新羅が万一日本に攻めてきた時のための防衛線として築いたもの。海岸から12kmほどの山と山の間の狭い部分に築かれている。その後、唐・新羅とは国交が回復するが、使節をわざわざ水城を通過させて太宰府の都府楼に招き、日本の防衛体制を見せて、簡単には攻撃できないぞとアピールしていた。
 
なお福岡市の海岸線に残る“防塁”は鎌倉時代の元寇・文永の役(1274)の後で構築された同様の構造物で、このおかげで弘安の役(1281)ではモンゴル軍の博多上陸を防ぐことができた。
 

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それで帰路ですが、兵士たちはまたひたすら歩き、東宮や花子たちは馬での行程をして、半月掛けて3月10日頃に都に帰り着きました。
 
遠征の一団は帝から直接ねぎらいの言葉を掛けてもらい、ご褒美ももらうと、兵士たちの間には笑顔が出ていました。
 
「九州までの往復は大変だったけど、実戦は無かったからいいことにしよう」
と兵士たちは言っていました。彼らは場合によっては太宰府の兵と一戦交える可能性もあったのです。それ故の1000人もの人数でした。
 
もう上巳(じょうし:3月3日)も終わっていますが、平安時代は上巳の節句はふつうに節句として祝うだけで、雛人形で遊ぶようなこともありませんし、女の子の節句という考え方もありません。現代につながる雛祭りは江戸時代に始まったものです。
 
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なお、雪子は都に帰り着いてからまもなく月のものが訪れ
「花子ちゃんを妊娠させる計画失敗!」
などと言っていました。
 
一方、右大臣の四の君ですが、こちらは4月に入った頃、妊娠しているのが発覚しました。
 
四の君に付いている侍女たちがそのことに気付き、右大臣にも報告しますが、右大臣は物凄い喜びようでした。
 
「そうか。ここしばらく体調がすぐれないでいたのは、妊娠だったのか!」
とこれまでの心配が歓喜に変わります。
 
「安産の祈祷をしなければ」
などといって大騒ぎです。右大臣は四の君に言いました。
 
「中納言の愛情はひたすらだったよ。あれほどの男なら何人も女を作ってもいいだろうに、そのような浮気もせず(**1)少しの迷いもなく、お前を愛してくれていた。あのように真面目な男はみんなの手本にしたいくらいだ。これであの男に似た子供が生まれれば、わが家の光となるだろう」
 
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(**1.麗景殿の女のことは誰にも知られていない)
 
しかし四の君は自分で妊娠に気付いていなかったので(彼女はやはりウブである)、これを夫が知ったらどう思うだろうと青くなっています。顔を伏せているので
 
「全くお前はあきれた恥ずかしがり屋さんだね」
などと右大臣は言い、フルーツなども取り寄せたりして舞い上がっています。
 
四の君の母が
「少し騒ぎすぎですよ」
とたしなめても
 
「お前も女御になった娘や大将の妻になった娘のことが気になっていただろうが、今度はお前の娘の番だぞ。まさに我が世の春が来た気分だ」
 
と右大臣は言っています。何といっても右大臣にとっては初孫なのです。男の子であれば涼道の跡継ぎとして出世街道に、女の子であればその時の帝に女御として差し上げて、と右大臣の頭の中はかなり先のことまで計画が練られているのでした。
 
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やがて中納言が帰宅します。右大臣は有頂天で言いました。
 
「おめでとう。萌子が妊娠したんだね」
(右大臣は涼道はとっくに知っていたと思っている)
 
「娘を帝の妃にしたって大したことない。君のようなしっかりした男の妻になるのが幸せなんだよ」
などと言っています。
 
涼道は萌子が妊娠したと聞いて仰天しますが、顔色が変わったのをみんなはまだ若いから恥ずかしがっているのだろうと思ったようです。
 
ふたりは同じ部屋でいつものように一緒に夜を過ごしますが、萌子はとうとう自分の裏切りが夫にバレたことで、申し訳ない気持ちで寝具をかぶっています。しかし中納言は妻を責めたりする気持ちは全くありません。むしろ自分を責めています。自分に男としての機能がないばかりに妻を苦しめてしまった。申し訳無いと思っているのです。
 
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それで涼道が萌子を責めたりせず、むしろ「ごめんな。僕が君をちゃんと普通に愛してあげることができなくて」などと自分に謝っているのを聞き、萌子はなぜ夫は自分に謝るのだ?と理解できずに悩んでしまいました。
 
ふたりの会話は続きますがお互いへの思いやりがすれ違ったまま、夜は更けていきました。
 
中納言は悩んでいました。自分はやはり父上が昔言っていたように出家してしまった方がいいのだろうかと。そして気持ちを静めるように彼は読経をしました。その声を聞いて、萌子はますます気持ちが辛くなっていくのでした。
 

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中納言は父の左大臣にも妻の妊娠の報告をしますが、左大臣は大いに困惑しました。しかし世間体もあるので、普通の親のように喜んでいるふりをしていました。
 
左大臣は秋姫に相談しました。秋姫はあっさりと言いました。
 
「あの子が女と交われないから、奥方が寂しくなって、間男をしたんでしょ。でも好都合じゃないですか。これで奥方が出産すれば、桔梗(涼道)は一人前の男として世間にも認知されます。間男だって、萌子さんの子供が自分の種か涼道の種かはきっと判断しかねますから、何も行動は起こせませんよ。結果的に丸く収まるんじゃないですか?」
 
「だったら、奥方が産んだ子供を涼道の子、わしの孫として受け入れろと?」
「それで何か問題あります?世の中、奥方が子供を産んだからといって、その夫の種かどうかなんて、分からないですよ」
「それでいいのか?」
 
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秋姫が開き直っているのに対して、左大臣はそこまで割り切れない気分でした。
 

左大臣は宮中に行き、花子に相談してみました。花子は大笑いします。
 
「笑うことか?」
 
「いいじゃん、いいじゃん、きっとあの子ちんちんが生えて来たんだよ」
「そうなのか!?」
 
「それとも間男されたかね」
「そっちだという気がするんだけど」
 
「まあこうなった以上は開き直ればいいんじゃない?萌子さんの気持ち次第だけど、彼女が橘(涼道)を夫のままにしてくれているのであれば、そのまま自分の子供として育てて行けばいいし。これまでも夫のふりしていたのだから、これからも普通に夫、そして父親だという顔をしていればいいんだよ」
 
「お前、宮中に出仕してから大胆になったな」
「東宮は凄い人だよ。まあさすがに帝になる気は無いと思うけどね。皇太子が不在では、よからぬことを企む人も出るから名前だけの皇太子をしている。今の人臣が納まっているのは、東宮の力が大きいと思う」
 
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「そうなんだよ。今東宮様の力が大きいから、騒ぎを起こしそうな連中も静かにしている。あれだけ荒れていた太宰府も鎮まったし、それを聞いて関東で騒ぎ掛けてた連中も静かになった。私はまだ大殿(左大臣・右大臣の父)ほどの力が無いよ。それを東宮様がしっかり睨みを利かせているんだよ」
と左大臣は言っています。
 
「でも東宮は優秀な副官であって、自ら頂点(帝)に立つつもりは無い。政治的な野心も無いし、帝に男の子ができたら、東宮の地位はさっさと譲るつもりでいるよ」
と花子。
 
「ああ、そういうことか」
 
「梅壺女御も弘徽殿女御も熱心だから、たぶん遠くない内にどちらかは妊娠すると思うけどなあ。私が妊娠してもいいけど」
 
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「お前、妊娠できるの!?」
「橘が父親になれるんだもん。私だって母親になるよ」
 
「わしは頭が痛くなってきた・・・」
 
「東宮からも僕の赤ちゃん産んでねと言われてるし。そうなったら私は東宮の妻かな」
 
「え?まさか、御子様にはちんちんがあるの?」
「私だいぶ抵抗したんだけどねぇ。何度かやられちゃったよ。私が妊娠したらちゃんと自分の子供だと言うから心配するなと言われている」
 
左大臣は訳が分からず
「すまん。頭が痛くなってきた」
「風邪じゃないの?季節の変わり目は体調崩しやすいよ」
 
それで左大臣は訳が分からない思いのまま退出して帰宅したのです。
 

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そういう訳でこの問題について悩んでいるのは、涼道>萌子>宰相中将>左大臣>左衛門で、浮かれているのが右大臣、何とかなるのではと楽天的に見ているのが秋姫と花子だったのです。ちなみに萌子の母は、何かおかしい気がするものの、何がおかしいのか分からない状態でした。
 
また左衛門は全部自分の責任だから死んでお詫びをしたいと言ったものの、萌子から
「死ぬことは許さん。全ての事情を知っているあなたがいなかったら、私はどうにもできなくなる。一生、私の傍に付いていて欲しい」
 
と乞われ、彼女は泣いて
「どんなに非難されようとも生きて姫様のために一生を献げます」
と誓いました。
 
そこには1年ほど前のウブで無知なお姫様の姿はありませんでした。彼女もこの妊娠という事態で精神的に成長したのです。
 
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涼道は宮中に出仕して仕事をしながらも、どこかにただ1人真実を知っている男がいて、自分のことを笑っているのかも知れないなどと思います。そしてどんどん気持ちは出家に傾いていくのでした。
 
そして中納言は自分は萌子にとって不要な存在なのかも、萌子はその子供の父親と契りたいのかも、などと思い悩み、萌子の所にあまり顔を出さなくなってしまいます。進んで宿直をして宮中に留まっていたり、あるいは実家に行ったり、あるいはお寺で読経していたりして、なかなか右大臣宅に来ません。右大臣は子供ができたのだから、愛情は深まると思っていたのに、反応が逆であることに大いに困惑しました。
 
一方の宰相中将は萌子が妊娠したことを知り、ますます萌子への思いは熱くなります。いっそのこと萌子を盗み出してしまおうかとも思いますが、そこまで軽はずみなことはしてはいけないと自制します
 
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涼道は、ここの所、宰相中将が随分思い悩んでいる様子、そして自分と目を合わせたがらないのを感じ、そういえばこいつは元々萌子のことが好きだったなと思い至ります。
 
それで涼道は、ひょっとして、妻を妊娠させたのは彼ではないのかと考えました。しかし彼に対して不思議と怒りなどの気持ちは起きません。「やはり私が男ではないからだ」と自分自身を責める気持ちの方が強く、涼道の心中で「出家」の2文字が強くなっていくのです。
 
 
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