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(C)Eriko Kawaguchi 2019-03-09
涼道はこれまで女性からのラブレターに返事など出したことがないのですが、新嘗祭の夜にもらった手紙はどうも気になってしまいました。風雅な紙に書かれた手紙だったこともあり、放置するのは悪い気がして、新嘗祭の終わった後の深夜に涼道は麗景殿に行ってみました。
涼道は公卿(くぎょう)でもありますし、花子が隣の宣耀殿に住んでいる関係で、夜中にこの界隈をうろついていても誰にも怪しまれません。
それで小声で
《逢ふことは、まだ遠山の摺り目にも、静心なく見ける誰なり》
などと歌を詠んでみます。
しかし反応も無いようなので
「誰もいないかな」
などと言って帰ろうとしていたら
《珍しと見つる心は紛はねど何ならぬ身の名乗りをばせじ》
というお答えがあります。それで涼道はその近くに寄り
《名乗らずは誰と知りてか朝倉やこの世のままも契り交さむ》
と答えます。
(涼道としては随分と積極的に誘っています。やはり四の君との夫婦生活で女性との恋愛に慣れた??)
それでふたりはしばらく言葉を交わしたのですが、楽しい会話となりました。お互いにかなり際どい言葉のやりとりをするので向こうとしてはこのまま・・・してもいいけどという雰囲気ではありましたが、涼道としては少し特殊事情があるので、女性を押し倒すことができません。
(雪子も***など持っていないのに花子を押し倒していたが)
それでもまた文のやりとりくらいしてもいいかな、という雰囲気でこの夜は余韻を残して別れました。彼女は結局、麗景殿女御の妹で楠子という人でした。
後に涼道は彼女に大いに助けられることとなります。
新嘗祭の翌日は豊明節会(とよあかりのせちえ)が行われます。これは帝が主宰するパーティーで、多数の人々が参加します。この席で舞姫たちの舞の本番が行われます。
昔は庭に舞舞台を設営して舞ったらしいのですが、雨や雪が降るとできないので、最近は紫宸殿の殿上でおこなうようになっていました。大勢の前での披露ですが、もう3度目ですので、結構リラックスして舞うことができました。
全部終わった後の舞姫たちの控室。
着換えていたら、殿上人の娘2人が何か話しています。
「どうかした?」
と右大臣の女(むすめ)・充子が訊くと
「いえ。この4人の中で誰がいちばんおっぱい大きいかなという話になって」
などと言っています。
すると充子は
「触って比べてみればいい」
などと言い出します。
「え〜〜〜!?」
「誰が触るんですか?」
「誰か1人が判者(はんじゃ)になったら恨まれそうだから、全員他の3人の胸に触ってみて、順位を書くというのはどうよ?」
「あ、それならいいかも」
ということで、花子は他の3人から胸を触られ、花子も他の3人の胸を触ってみたのでした。花子は日々の雪子の教育?のおかげで女性の胸に触るのは平気です。迷ったら2度触り直したりしている人もありました。
結果発表!
参加者:大膳大夫の女・朝顔、蔵人頭の女・百合、右大臣の女・充子、左大臣の女・花子
朝顔の判定 充子>百合>花子
百合の判定 充子>花子>朝顔
充子の判定 百合>朝顔>花子
花子の判定 充子>百合>朝顔
「1位が充子ちゃんで、2位が百合ちゃんは確定」
と花子は言いました。
「花子ちゃんと朝顔ちゃんの順序が意見分かれた」
というのでその2人は再判定!になり、花子と朝顔本人も自分のと相手のとを触り比べてみます。すると花子だけが「朝顔ちゃんのが大きい」と言ったものの、他の3人はさっき朝顔が大きいと言った充子も含めて「花子ちゃんが大きい」と判定。花子は3位ということになりました。
(おっぱい偽装してて良かったぁ!と花子は思いました)
「でも朝顔ちゃん、まだ13歳(満でいえば12歳)だもん。これから大きくなるよ」
とみんな言います。
「おっぱい大きくするのってどうすればいいんですかね?」
「大豆が効くらしいよ。豆腐(*1)食べているとおっぱい大きくなるという話がある」
「豆腐ですか!」
「朝顔ちゃんのおうちなら普通に入手できるでしょう。食べてみるといいよ」
「聞いてみようかなあ」
そしてこの話を聞いた雪子は花子に
「花ちゃんはおっぱいが大きくなるように毎日豆腐を食べるように」
と言います。
「え〜〜?」
と花子は言ったものの、その日から花子の朝晩の食事には豆腐が加えられました。それで
『ボク、ほんとに胸が大きくなったらどうしよう?』
と悩むことになります。
「あと、この薬茶も飲んでね」
と言って腹心の女房・小内侍に煎れさせた薬茶を飲ませました。花子はそれを飲んでみて
「なんか癖がある」
と言います。
「それは暹羅(しゃむろ:現在のタイ)で若い娘たちがおっぱいを大きくするために飲んでいる、蔓草(つるくさ)の根をすりつぶしたものだよ」
「え〜〜?」
「早くおっぱいが大きくなるように、これも毎日飲むこと」
「あのぉ、渡来品なら、これ高いものということは?」
「そんなに高いものではない。唐茶より少し高い程度だよ。君のお小遣いでも楽に代える。でもこれは私からのプレゼント」
「その程度の値段ならいいかなあ」
と答えた花子は“おっぱいが大きくなる”という問題は、うっかり失念したのでした!
(*1)豆腐は鎌倉時代の帰化僧により湯葉などとともに伝来したという説と、平安初期に空海によって持ち込まれたという説があるが、(空海かどうかは置いておいて)遣唐使により平安時代にもたらされたという説が今の所有力である。昔は「唐府」と書かれていたとも。
なお大豆は日本を含む東アジアが原産地であり、縄文時代に既に国内で栽培が行われていたことが分かっている。
大豆は連作障害を起こすので、他の作物との輪作が必須である。現代ではホウレンソウなどと輪作するが、昔は稲や麦などと輪作したのではないかと思われる(ホウレンソウの日本への伝来は江戸時代頃)。現代でも
稲−麦−大豆−麦などという2年4作なども行われている。
年末(新嘗祭の翌月末)、右大臣の三の君・充子が結婚しました。
実を言うと話は秋頃に決まっていたのですが、新嘗祭の五節舞姫の話が舞い込んできたので、それが終わるまでは話を伏せていたのでした(万一明らかになってしまった場合は、女御になっている二の君にさせる手も考えていました。女御が五節の舞姫になった例は過去にあります)。
それで充子の相手は右近大将を務める源利仲とおっしゃる方で、向こうから是非にと望まれての結婚でした。右大臣としては充子は場合によっては、追加で帝の女御にすることも考えていたのですが、二の君・虹子が帝によく愛されているようなので、そちらに賭けることにしました。源大将は帝の又従兄弟にあたる方で、現状ではひょっとしたら将来天皇になる可能性も無きにしもあらずというお方です。
以前右近中将の地位にあったのですが、大将をしていた重治が関白左大臣になった時の補充で右近大将に昇進しました。まだ20代で大将ということは、将来大臣になり、自分や弟、および甥で婿でもある涼道のライバルになっていく可能性もある人で、そういう人と姻戚関係を結ぶのは右大臣としても望ましいことでした。
花子は五節舞の練習をしていた時「内緒だけど」と言って本人から聞いていたのですが、あらためてお祝いを贈っておきました。涼道は義姉の結婚ということで、結婚式の宴にも出席し、直接お祝いをしました。仕事場のひとつである近衛府でも直接上司にあたる人なので、実は涼道は新郎新婦双方に縁りがあったのです。もちろん宴には父・左大臣も出席しています。
年明けて花子と涼道は17歳になりました。左大臣が新年の行事に出た後、花子の居る宣耀殿に行ってみると、涼道もこちらに寄っていました。
左大臣は言いました。
「里の住まい(左大臣宅)では、お互いの母同士の張り合いもあってあまり交流できなかったかも知れないが(と左大臣は思っている)、お前たちは私のたったふたりの子供だ。色々大変なことがあるかも知れないが、ふたりで助けあって生きて行ってほしい」
この日の尚侍の服は薄い紅梅色のお召し物の上に濃い紅色の掻練襲(かいねりがさね)を着て、一番上には桜色の織物の小袿を着ています。カジュアルな格好なのに配色のセンスが良く、顔色もお邸に居た頃より随分良くなっていました。髪はつややかで乱れなく、背丈より2尺(60cm)ほど余っていて白い下着(肌着の上に着ている服)と対照的でそれがまた美を演出しています。左大臣はそのまるで絵のような美しさを見て、思わず自分の娘であることを一瞬忘れてしまうほどでした(その前に息子であることはきれいに忘れている)。
またお付きの侍女たちにしても、単衣(ひとえ)の上に五枚重ねの梅襲(うめがさね)を着せたり、紅梅の唐衣(からぎぬ)を着せたりして、配色の美を演出していました。
また中納言は紫の織物の指貫(さしぬき)に紅色の下着を出衣にして、きちんと座っている様子が凜々しくて、こちらも一時期よりは顔色が良く頼もしい感じです。それを見て左大臣は立派になったなあと思い、これも既に実は娘だということを忘れてしまっています。
それで左大臣も先のことはもう考えないことにして、このふたりを僧や尼にでもするしかないと思っていたことはいったん忘れることにしました。
せっかく2人が揃っているから、合奏しましょうということになり、涼道の笛と花子の箏で合奏を始めました。
するとその音色を聞きつけて大勢の人たちが花子の部屋に集まってきます。ふたりはリクエストに応じて色々な曲を演奏し、聴いている人たちは
「素敵だ」
と言って感動しています。その中には2ヶ月ほど前に雪子東宮の部屋で行われた合奏を聴いていた人も多かったのですが、
「何度聴いても素晴らしい」
と言っています。
宰相中将もその音を聞きつけ、やってきました。彼は東宮の部屋での合奏を見逃してしまったので、今度こそはとやってきました。尚侍の顔を見られて喜んだのも束の間、左大臣がいかめしい顔をして座っているのを見るとガッカリします。しかし宰相中将は、花子と涼道の演奏に圧倒されました。
間近で聴くと、こんなに物凄いのか・・・・と彼はあらためてふたりの技術の高さを思い知ります。涼道が気付き、
「宰相中将も琵琶で参加しませんか?」
と誘いますが
「いや、遠慮しておく」
と言いました。
ふたりの演奏が凄すぎて、自分ではとても太刀打ちできないと彼は思ったのです。そして涼道のこんな素晴らしい演奏を日常的に耳にしていたら、尚侍は自分の琵琶には興味を持ってくれないかもとも思ったのです。
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男の娘とりかえばや物語・最初の事件(1)