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■女たちの復活の日(4)

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埼玉県大宮市生まれで岩手県大船渡市で育った青葉は、小学6年生の時に、鈴江彪志と知り合った。彼の父の除霊をしたのがきっかけである。彼はすぐに転校していったものの、青葉と彼は手紙でのやりとりを続けていた。
 
2011年3月11日の東日本大震災で、青葉は姉、両親、祖父母を一気に失い天涯孤独になったが、避難所で偶然遭遇した女子大生、高園桃香と村山千里の2人が青葉を保護してくれて、青葉は桃香の母・朋子に未成年後見人になってもらい、朋子が暮らす富山県高岡市で暮らすようになった。
 
震災から2ヶ月経った5月、青葉は親友たちと会うため、東北に向かったが、そこで久しぶりに彪志と会った青葉は彼から恋人になって欲しいと言われる。もうひとり求愛してきた男の子との間で心が揺れたものの、結局彪志の愛を受け入れることにし、7月に再会した時は、セックスまでしてしまった。
 
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息子が“男の子”を恋人にしたことに、彪志の父・宗司は
「青葉ちゃんはいい子だよ」
と言って受け入れてくれたが、彪志の母・文月は表面的には女の子にしか見えない青葉に優しくしてはくれるものの、色々妨害工作もしてきた。
 

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2015年には彪志の従妹・愛奈を唆して、彪志をデートに誘って誘惑しようとしたが、千里が察知して、青葉を2人が会ってすぐの所に行かせ、結局これは彪志と愛奈のデートではなく、彪志と青葉の“カップル”が愛奈を東京見物させる観光に変えてしまった。愛奈も後ろめたい気持ちがあったので、文月からもらったお金を返し、その後は彪志と青葉の味方になってくれた。
 
そして2018年6月、文月は用事があるとだけ言って彪志を盛岡の実家に呼ぶと見合いをさせようとする。彪志は怒ってそのまま東京に戻ったが、この件で彪志と青葉は喧嘩になり、話がこじれて、もう別れるなんて話にまでなってしまった。
 
ついでに青葉はムシャクシャしていたので、その怒りを競技にぶつける形で東京パンパシフィック選手権で金メダルを取ってしまった。
 
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この件についても千里が介入し、文月も折れる形で、“青葉と彪志のお見合い”を設定することで、2人は仲直りすることができた。文月も青葉に謝罪した。
 
しかし青葉は今回の件では仲直りはできたものの自分に対する自信を失いそうな気分だった。おりしも千里が結婚した相手の男性・川島信次が新婚4ヶ月で事故死したのもあり、自分たちのような元男の女の子って幸せになることはできないのだろうか、などという気分になりかけていた。
 

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しかし2017年7月に事故に遭って以来、霊的な力を喪失していた千里が2019年5月、1年10ヶ月ぶりに能力を回復させたことで、青葉も明るい気持ちになることができた。
 
そして2019年7月。
 
青葉は川島信次の一周忌法要の後、桃香のアパートで一息つくと「子供連れは大変だから見送り不要」と言って、ひとりで成田空港に出かけた。夕方のロサンゼルス行きに搭乗する。
 
約10時間のフライトで同じ日付6月30日のお昼、ロサンゼルスに到着。そこからペルーのリマ行きに乗り継ぎ8時間半のフライトで真夜中リマに着く。更にトランジットで、チリのサンティアゴ行きの便に乗り継ぎ、3時間半のフライトで7月1日の朝、サンティアゴのアルトゥーロ・メリノ・ベニテス国際空港に到着。更にここからチリの国内便に乗り継ぎ、1時間のフライトで7月1日のお昼に、ラ・セレナのラ・フロリダ空港に到着した。
 
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飛行機を4つ乗り継ぎ、滞空時間だけでも23時間に及ぶ長旅である。ラ・セレナは観光地で、元々ある程度の乗客はいるのだが、今回の旅ではロサンゼルスから先は全部満員だった。実は個人では飛行機もホテルも予約が取れなかったので、ロケハンに必要といって、★★レコードに頼んで旅行代理店のVIP枠を押さえてもらったのである。その代わり帰ってくるまでに5曲書かないといけない!
 
市内のホテルはどこも満杯で、体育館に簡易宿泊所が設置されたりしていた。野宿している人も大量に見かけた。青葉も昔は野宿大好きだったのだが、桃香の教育のおかげで、大分ホテル泊になれてきている。その日もホテルのベッドでぐっすり寝て、翌日ゆったりと朝御飯を食べた後、西側が開けている海岸に出かけた。
 
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ラ・セレナは南緯30度。日本の屋久島が北緯30度なので、夏は暑い都市のような気がするのだが、実はここは夏でも摂氏20度くらいにしかならない涼しい町である。気候だけでいえば北海道並みの涼しさだ。しかも今は7月で真冬である。最高気温は15度くらいなので、青葉はしっかり防寒用のコートを着て行った。
 
こういう涼しい都市の冬の海岸には、ふつう人は居ないのだが、今日はここが人、人、人で埋まっていた。みると、やはり距離的なものか、北米から来た人が多い雰囲気だったが、近くで大阪弁でしゃべっている、おばちゃん4人のグループが居て青葉は微笑んだ。
 
そのグループが青葉を見つけて寄ってきた。
「ね、ね、もしかしてあんた日本人?」
「そうですけど」
 
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「なんでここ、こんなに寒いの? 南米なんて、ずっと南にあるから無茶苦茶暑いと思ったのに」
「それに7月だと真夏だから、ビキニの水着でも着ちゃおうかと思ってたのに」
 
「赤道を過ぎると、南の方にいくほど寒くなりますから。南極は極寒でしょ?」
「あ、確かにそうだ!」
「でもなんでだろ?」
「それに南半球は7月8月が真冬で、1月2月が真夏ですよ」
「え?うそ!?」
 
青葉は日本の理科や社会の教育は改善しなければならないのではと思った。
 

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半袖で来ている女性が2人いる。何か防寒具持ってない?などというので、予備に持っていた折り畳みのレインコートとカーディガンを貸してあげると「だいぶまし!」「助かった!ありがとう」と言っていた。
 
「そうだ? あんたチリ語できる?」
「チリ語というよりスペイン語ですよ、ここは」
「へー?ここスペインなの?」
「今は独立国ですけど、昔はスペインの植民地だったからスペイン語が通じるんですよ」
「へー! 実はあそこの屋台で売ってる餃子みたいなの欲しいんだけど、あの人日本語分からないみたいで」
 
青葉は笑いたいのをこらえて
 
「エンパナーダですね。買ってあげますよ。4つでいいですか?」
「2個ずつ!」
 
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青葉はそれでその出店に行って、エンパナーダを10個買った。その内2個取り8個をおばちゃんたちに渡す。
 
「ね、ね、今の屋台の人、男か女か分からなかったんだけど、どっちだと思う?」
「声を聞いた感じでは男の人だと思いましたよ」
 
確かにやや性別が曖昧な声だったよなと青葉は思った。
 
「えー! そうだったんだ」
「なんか意見が別れてたんだよね」
「ひょっとしたら、女の子になりたい男の子かも」
「ああ、最近そういうの多いもんね」
「うちの隣んちの娘さんの従姉の友だちの先輩の同級生の子のお兄さんがこないだ手術して女の子になっちゃったらしいよ」
 
何だか限りなく無関係な人のような気がする。
 
「まあ性別なんて自分で選べばいいですから」
「そういう時代かもね」
「私も男になっちゃおうかなあ」
「ああ、いいんじゃないですか?」
「でもちんちん、どうやって作るんだろ?」
「腕の皮膚から作ったりするみたいですよ」
「へー」
 
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「あ、そうそういくら?」
「1個2000ペソでしたから、8個で16000ペソです」
「ごめん。千円札とか1万円札とかしか持ってないんだけど」
 
日本円で日本語で、チリの地方都市の出店で買物しようとした根性はなかなか大したものだと青葉は思った。
 
「1ペソはだいたい18銭ですから、16000ペソは2880円ですね」
「あ、じゃ3000円でいい?」
「はいはい。じゃ、お釣り120円」
と言って青葉はバッグの底に入れていた小銭入れから日本の硬貨を出して渡した。まさかここで日本円を使うことになるとは思わなかった。
 

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結局そのおばちゃんたちと、あれこれおしゃべりしながら「その時」を待つことになる。青葉は自分をアルファ状態にしてこの天体ショーを見たかったのだが、無理なようである。
 
「Antes de treinta minutos!」
という声が近くで掛かる。
 
「何て言った?」
「あと30分です」
 
それは青葉は自分の時計を見ても認識できる。
 

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突如ざわめきが大きくなる。
 
「始まった!」
 
太陽の左下がわずかに欠け始めたのが分かる。時計を見るとチリ時刻で15:23である。予定通りだ。
 
青葉は太陽観測グラスを使ってじっと太陽を見詰める。おばちゃんたちも、ちゃんと観測グラスを使っている。これをまともに見続けたら目がやられる。
 
「そんなに急に欠けていくもんでもないのね」
「そうですね。皆既になるまであと70分くらいありますよ」
「そんなに!」
 

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お腹が空いたという声が掛かり、今度は「あそこのおでんが食べたい」という声が掛かるので、青葉が、クラントを5人分買って来た。
 
それを一緒に食べながら太陽が欠けていくのを時々眺める。周囲もけっこうがやがやしていて、笛を吹いたり踊ったりしている人もいる。カメラでずっと撮影している人もいるが、青葉たちは写真も撮らずにじっと太陽を眺めていた。
 
1時間ほどたった16:25頃。太陽は三日月のような形になる。そして16:38。一瞬ダイヤモンドリングが光ったあと、太陽は完全に欠けてしまった。
 
鳥が騒ぐ。
 
あたりは夕方のように真っ暗である。南北の空を見ると、遠くの方に明るい部分がある。あのあたりは日食が無いのだろう。
 
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皆既はわずか2分ほどで終わり、再びダイヤモンドリングが光った後、左下に三日月のような太陽が現れる。
 
そして太陽はどんどん太くなっていく。周囲も明るさを取り戻す。
 
「すごかった」
「なんか感動した」
とおばちゃんたちが言う。
 
青葉も感動していた。日食を見たのは2012年に日本国内で見られた金環食以来だが、金環食と皆既食は別物だと思った。「金環食は部分食にすぎないから」と言っていた人がいたが、その言葉に納得する思いだった。
 
次第に欠けの小さくなっていく太陽はどんどん水平線に近づいて行く。そして西の海に沈む直前、完全に丸い形を取り戻した。
 

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青葉は7月2日は、夕食を大阪のおばちゃんたちと賑やかに取り、ホテルで休んでから、翌3日にラ・フロリダ空港を飛び立った。来た時と逆にサンティアゴ・リマ・ロサンゼルスと乗り継ぎ、7月5日(金)の夕方、成田空港に戻ってきた。課題になっていた曲は6曲書き上げていた。
 
入国手続きをして、ロビーに出て来る。ちょっとだけ何かを期待したのだが、誰もいないので「ふう」と大きくため息をつくと、京成の乗り場へと降りて行く。するとエスカレーターを降りてすぐの所に千里と彪志の姿があった。
 
戸惑った顔をする青葉に、彪志は
「何時頃、どこに出てくるかというのを千里さんが予測してくれたんだ」
と言った。
 
千里は青葉の荷物を手に取ると
「これ運んでおいてあげるね」
と言って手を振り、ひとりで先に帰る。
 
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青葉は彪志と見つめ合った。
 
彪志は黙って青いビロードのジュエリーケースを差し出す。青葉は戸惑いながら受け取る。
 
「葉っぱの模様がついてるんだ?」
「スペシャルオーダー。青い箱に葉の模様で青葉」
「へー!!」
 
青葉は笑顔でケースを開けた。燦然と輝くダイヤのプラチナリングが入っている。
 
「高かったでしょ?」
「今月出るはずのボーナスでちょうど決済できる予定」
 
「期待した額出なかったら?」
「霊障相談の助手して返済する」
 
「他のローンとかは大丈夫?」
「青葉の忠告で借金はしてないから」
「お母さんにはお金あげなくていいの?」
「勘弁してもらう」
「ふふ」
 
「受け取ってくれる?」
と彪志は訊いた。
 
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「うん」
と青葉は可愛く頷いた。
 
青葉は指輪を手に取って左手薬指に填める。
 
ふたりは人目も気にせず静かにキスをした。
 

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そしてこの夜、ふたりはもちろん一緒にホテルに泊まったのだが、ふたりはセックスすることができなかった。青葉が物凄い腹痛に苦しんだからである。
 
しかしその腹痛から回復した時、青葉は“性転換手術で造られた人工膣を持つ女性”ではなく、卵巣・子宮・天然の膣を持つ、完全な女性に変化してしまっていたのだが、そのことを青葉が認識するのは数ヶ月先である。
 
 
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