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■女たちの復活の日(2)

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2017年5月、ローズ+リリーのケイ(唐本冬子)は、今年のローズ+リリーのアルバムは『Four Seasons』というタイトルで行きたいとして企画会議で承認を求めたのだが、これが否決されてしまった!
 
それは冬子(ケイ)の受難の始まりであった。
 
企画会議が、代わって★★レコードの村上社長(2016.6就任)が指定したのは『郷愁』というタイトルである。しかも、最近のローズ+リリーのアルバムは発売時期が年末年始に掛かっていて、プロモーションがやりにくいので11月までに発売してほしいと要請された。
 
アルバムは実際の制作期間は半年程度であっても、実際にはその前段階の準備は数年前から始まっている。冬子は2017年に『Four Seasons』を制作すべく数年前から構想を練り、それに入れる曲も少しずつ準備していた。
 
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それを否定され、いきなり聞いたこともないタイトルを指定されても作れるものではない。そもそも曲を揃えるの自体で数ヶ月かかる。一方11月に発売するためには9月にはマスターができていないとダメで結果的に8月くらいに1ヶ月程度で集中して音源制作をする必要があった。
 
冬子は親友でお金持ちの若葉を頼り、彼女の協力で埼玉県熊谷市に土地を借り(最終的には若葉はここを買い取ってしまう)、そこに演奏者を集めて集中的に制作を行おうとした。
 
しかし失敗した!
 
いくらなんでも本来は半年くらいかかる作業を1ヶ月でやってしまうというのは不可能だった。
 
この件は結局、アクアの新しいマネージャーになった山村が村上社長を説得してくれて、制作期限は(2018年の)春までに延ばしてもらえた。
 
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2018年1月。
 
1月2日はKARIONのデビュー10周年であった。それを記念する全国ツアーをこの日の東京公演を皮切りに全国5ヶ所のホールで行った。本当は最低10ヶ所くらいでやりたかったのだが、蘭子=ケイがローズ+リリーのアルバム『郷愁』の制作の追い込みをしていて、とても時間が取れなかったので5ヶ所のみのツアーとなった。
 
KARIONのライブ動員はさすがにここ数年少しずつ減ってきてはいたのだが、この年のツアーは10周年ということで、しばらくライブに足を運んでいなかった人も来てくれて、全公演ソールドアウトであった。
 

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アルバム制作スケジュールの件で山村をはじめ、和泉・コスモスなど冬子の周囲の人物は、ローズ+リリーには、まともなマネージャーがおらず、それが交渉力不足にもなっているし、冬子の負荷も大きくなっていると指摘した。結局アクアの前マネージャーである鱒渕が、ローズ+リリーのマネージャーになってくれることになり、冬子の負荷は大いに軽減されたのであった。
 
『郷愁』は2018年3月に発売された。
 

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それでホッとした所に、衝撃的な事件が起きる。
 
年間1000曲ほども楽曲を書いていた上島雷太が不公正な土地取引事件に連座して無期限の謹慎をすることになったのである。
 
そのため上島の作品が使えなくなり、大量のCD回収騒ぎが起きるとともに、上島から楽曲の提供を受けていた歌手が活動不能に陥ってしまった。
 
その事態を打開しようと、◇◇テレビの響原部長が音頭を取り、上島の代替を多くの作曲家でやるプロジェクト"UDP"を立ち上げる。それで多数の作曲家が集められ、各自可能な限り楽曲を書いて欲しいと依頼される。ケイは★★レコードの町添専務にうまく乗せられ、200曲くらい書きますと言ってしまった。
 

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冬子は元々毎年自分の作品を年間60-70曲書いている多作な作曲家である。それに加えて200曲提供するというのは270曲書くことになり、普段の4倍近い量になる。これは無茶すぎた。
 
鱒渕は響原部長主催の会議に、冬子本人を出席させたことを後悔したが、何とかしなければならない。それで冬子があまりの忙しさに自分がどのくらい作品を書いたか分からなくなっているのをいいことに、台湾の作曲家や、上島雷太ゆかりのミュージシャンなどにケイの名前で作品を書いてもらうようにし、それをどんどんUDPに納入した。
 
そんな中で冬子は丸山アイから、スーパーコンピュータで動かす人工知能に作曲をさせるというプロジェクトに誘われる。冬子は資金的な協力もして仕様や運用方法についても様々な提案をし、夏すぎから“夢紗蒼依”による作曲が開始された。
 
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夢紗蒼依作品の一部は、七星さんや花野子・和泉ら、周囲の人物によりケイ風にアレンジされ、ケイの名前で提供された。別口で動き始めた“松本花子”のプロジェクトからも同様にケイ名義の作品が提供されるようになった。
 
そしてこれを機会に和泉・政子・コスモスらは冬子に当面の作曲を禁止した。
 
和泉は冬子がここまでのわずか4ヶ月ほどの間に200曲も書いていて、これはふだんの年間作曲数の3倍あり、このペースで作曲を続けたらもう2度と曲を書けなくなると警告した。
 
実際には鱒渕の努力で大量のゴーストライターが活動しており、またケイの過去の作品に新たな歌詞を乗せ編曲も変えた作品などもあったので本当にケイが4月以来書いたのは50曲程度ではあった。それでも普段の倍くらいのペースで、かなり無理をしていた。
 
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実際和泉たちにより禁止された後、冬子は自分が何にも思いつかなくなっているのを認識した。
 

政子は、冬子に、どこかゆったりとした時間の流れる所に身を置くとよいのではないかと勧める。それでふたりが選んだのが宮古島であった。
 
政子と冬子は、あやめを伴い、羽田から2時間半掛けて那覇に飛ぶ。そして玉泉洞や美ら海水族館・首里城などをのんびりと見学して那覇市内で2泊した後、那覇空港からまた1時間掛けて宮古島に飛ぶ。
 
冬子はこの日窓際の席に座っていた。いつもはだいたい政子を窓側に乗せて、冬子は通路側に座るのだが、政子が「景色眺めるのもいいよ」と言って窓側に座らせたのである。冬子が通路側にいつも座っていたのは、パソコンを使っていたからというのもあった。窓側だと外からの光のせいで液晶画面が見にくいのである。
 
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那覇を離陸してすぐ、すぐそばに美しい環礁が見えた。
 
「ね、あれ何?」
「ああ。なんだか宮古島に行く時はいつも見えてたね。なんか珍しいもの?」
「あんなにきれいな環礁は珍しいよ!」
 
それで冬子はちょうど近くまで来た客席乗務員さんをつかまえて尋ねてみた。
 
「あれはルカン礁です」
と客席乗務員さんは教えてくれた。
 
航路のすぐそばにあるので、みるみるうちに後方に行ってしまうのだが、冬子はその環礁と礁湖の碧色の水に見とれていた。
 

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宮古島空港で、3人は宮古島在住の元芸能プロ社長・紅川勘四郎さんに迎えられる。紅川さんは「歌の下手なアイドル」を量産したことで知られる§§プロの創業者社長で、同プロからは、立川ピアノ・春風アルト・秋風コスモス・川崎ゆりこなど、多数の人気アイドルを輩出したが、昨年桜野みちるが引退したのを機に、在籍中の歌手・タレントを担当マネージャーごと∞∞プロに引き受けてもらって会社を畳み、母の実家があった宮古島に移住したのである。
 
なお、みちるより下の世代の歌手は数年前に秋風コスモスが社長を務める§§ミュージックに移管されている。また紅川が所有していた§§ホールディングの株式はケイが全部買い取っている。
 
冬子はまだローズ+リリーとしてデビューする以前に、紅川さんから「君の性別のことは承知の上で可愛いアイドルとして売り出してあげるから。性別のことでも君が恥を掻かないようにうまく処理するから」などと随分熱心に勧誘されていたし、ローズ+リリーが「公式には活動停止中」であった2009-2011年には何度も仲介してもらって、あちこちのイベントに「こっそり出演」して、政子の「ステージ恐怖症」のリハビリに協力してもらったのである。
 
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「その節はほんとうにお世話になりました」
と政子も冬子もあらためて御礼を言う。
 
「マリちゃんが名も無き歌い手として歌った数々のステージが懐かしいね」
と紅川さんは本当に昔を懐かしむようであった。
 

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紅川さんの家は大きな家で、紅川さん夫妻、紅川さんのお母さん、紅川さんの娘夫婦に、その子供2人(5歳と3歳)、という4世代が同居している。以前紅川さんの息子夫婦(現在は福岡市在住)が住んでいたという離れが空いていたので、そこにしばらく冬子と政子・あやめは、居候させてもらうことにしていた。
 
「この島って南の島らしからぬ、何か普通っぽい雰囲気ですね。気持ちいい。お散歩したい」
と政子は言った。
 
「宮古八重山地方というのは、沖縄本土とは別の文化圏に属しているんだよ。だから、やまとんちゅーの人たちには沖縄本島より過ごしやすいと思うよ」
と紅川さんは言う。
 
「この島ってハブは居るんでしたっけ?」
と冬子は確認する。
 
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「居ないよ」
と紅川さん。
 
「もしかしてハブの居る島と居ない島があるんだっけ?」
「そうそう。色々原因は言われているけど、だいたい1つおきにハブが居るとか、地形のなだらかな島には居ないとか、土壌の性質の問題とか色々説はあるね」
「へー」
 
「宮古島にはハブは居ないけど、石垣島には居る。でも与那国島には居ない」
「面白いですね」
 

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冬子たちが宮古島に居た時期の2019年6月27日(木)、東京では★★レコードの株主総会が開かれた。そしてここでクーデターが起きたのである。
 
この日の議案としては、傘下のレコード会社・TKRの経営統合の件、似鳥取締役の退任と後任に黒岩氏の取締役就任の提案、鑑査役の選任の件が挙げられており、あとは前年度の決算と配当の報告、来年度の事業計画が村上社長から報告された。
 
「第一号議案、TKRの経営統合の件、ネット投票では既に約31%の賛成票を頂いておりますが、ご承認頂ける場合は拍手をお願いします」
という村上社長の発言に会場内から拍手が湧く。
 
「ご承認ありがとうございます。では次に第二号議案、取締役の退任・選任の件。ネット投票では約20%の賛成を頂いておりますが」
と村上社長が発言したところで質問する株主が居る。
 
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「ネット投票の数字をちゃんと出してください」
 
事務方に照会する。
「ネットでは35.8%の投票権が行使されております。賛成票が19.6%、反対票が16.2%ございます」
 
この数字に会場がざわめく。
 
「それかなり拮抗しているのではないでしょうか?」
 
ここでひとりの株主が意見を述べる。
「私は反対票を投じるつもりでこの会場に来ました」
と述べたのは某プロダクションの社長で、★★レコードの0.7%の株を持つ大株主さんである。音楽業界への影響力も結構ある人なので、この発言に、ざわめきが起きる。
 
「★★レコードは村上さんが社長になられて以来、年々売上を落としています。音楽業界全体の売上が落ちているからという説明もありましたが、その中でも新興のЮЮレコードのようにかえって売上を伸ばしている所もあります。私は村上さんのやり方は、古いやり方にこだわりすぎだと思う。ЮЮレコードの売上の主力はモバイル機器のBGM配信事業です。そういう中で★★レコードの成長期を担った松前相談役に近い似鳥さんが退任し、営業成績を落としている村上社長に近い黒岩さんの選任という提案には賛成しかねます」
 
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この株主の意見陳述に始まり、他にも意見を述べる株主が出てくる。中には村上社長を擁護する発言もあったが、批判する発言の方が多い。そしてとうとう4.3%もの株を持つ創業者の娘・鈴木片子さんから動議(株主提案)が提出される。
 
「私、この提案を出そうと根回しをしていたら妨害されて、直接私を説得する方もあり、私も昨日の段階ではいったんは矛を収めたのですが、やはり提出します。村上社長と佐田副社長を解任し、新たに現在No.3である町添専務を社長に、経営統合するTKRの社長の朝田さんを専務に推します。以下、取締役の案は下記です」
 
と言って、名前を読み上げる。村上派の取締役全員を含む8名もの取締役を退任させ、松前派・町添派、また通信会社出身の人などで経営陣を固める案であった。取締役の人数自体も12人から9人へと減量、平均年齢も10歳若返ることになる。昨日いったん断念したなどと言っていたので新任になる社外の人の了解は全て取っていたのであろう。
 
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そして出席している株主でその場で投票した所、この提案が通ってしまったのである。村上氏は顔面蒼白であった。村上社長、佐田副社長など、解任された取締役、新取締役になる予定だった黒岩さんらが退場する。新任の取締役たちはその場で会合(臨時取締役会)を開き、鈴木さんが言ったように町添を社長に選出した。町添が議長席に就く。
 
「思いがけないことで社長を拝命し、まだ戸惑っておりますが、社長になりましたからには、★★レコードの売上を3年で倍増させ、★★レコードを復活させるべく取り組んで行きたいと思います。新しい事業計画については早急にまとめたいと思いします」
 
と述べ、大きな拍手をもらった。
 

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