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■少女たちの東京遠征(4)

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「きゃー!」
N小の児童たちから悲鳴にも似た歓声があがる。信じられないという顔をしていた小野部長が小春に背中を叩かれて、急いでステージに上がる。
 
審査員長さんから「おめでとう」と言われる。「ありがとうございます」と言って賞状を受け取る。そして高く会場に向けて掲げた。
 

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閉会の辞があり、多くの客や参加者は席を立ってホールを出るが、金賞・銀賞・銅賞を取った学校は記念撮影をする。
 
これは遠くから来ている学校優先で撮影をした。早く帰れるようにするためである。それでN小が最初にステージ上に並び、出演者(鐙さんを含む)だけで1枚、保護者たちも入って1枚、記念写真を撮ったが、保護者たちは自分たちのカメラ(*7)でも写真を撮っていた。
 
他の学校に挨拶してホールを出たが、N小の後は銀賞を取った九州代表の子たちがステージに登っていた。
 

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(*7)まだこの時代には多くの携帯にはカメラが付いていない。「写メール」の名前でカメラ付き携帯が(大々的に)売り出されたのはこの翌月2000年11月である(J-Phone J-SH04).
 
またデジカメもかなり普及しつつあったものの、この時期はまだフィルムカメラを使用している人もかなりいた。“二眼カメラ”が完全にデジカメの世界になってしまうのは2002年頃ではないかと思われる。DPE事業への依存が大きくデジカメ化に対応できなかった《カメラのドイ》が2003年8月に倒産している。また当時のデジカメはまだ解像度が低く、プロセッサの能力も低くて、結果的に連写性能が出なかったこともあり、一眼カメラのデジタル化はコンパクトカメラよりかなり遅い。ミノルタαシリーズの最初のデジタルモデルα-7 digitalが出たのは2004.11.19である。
 
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大会が終わったのが17時前で、一行は次の行程で帰途に就いた。
 
原宿17:23(山手線)17:37品川17:47(京急)18:09羽田20:05(JAS123:A300-600R)21:35新千歳(貸切バス)24:30
 
晩御飯は羽田空港内の食堂で食べた。新千歳に着いたのが21時半で、そのあと大型バス(例によって保護者が補助席に座る)で留萌に戻ったが、バスの中では寝ていなさいと言われ、車内の灯りも落としてみんな寝ていた。
 
深夜到着だが、遠征に参加した保護者の車は学校に駐めてあるし、それ以外の子の保護者も迎えに来ているので、各々の保護者の車で帰宅した(田舎は自動車社会なのでこういう時は便利である)。それにしても深夜の運行になったので、小野園子さんが運転手さんに「お疲れ様です。これ賄賂の“汚職事件”ですけど」と言って封筒を渡していた。保護者数人で出し合ったものである。
 
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10月9日(火).
 
朝の全体集会で、合唱サークルが銅賞をとったことが報告され、全校生徒から拍手される。合唱サークルの全員がサークルの制服を着てステージにあがり、馬原先生の指揮、阿部さんの伴奏で本番でも歌った2曲が披露された。(鐙さんは一週間指を使うの禁止)
 
この時、4年1組の児童が並んでいる付近で囁く声があった。
 
「村山、スカート穿いているね」
「でもあいつがスカート穿いているのは別に珍しくない気がする」
「そういえばそうだ」
 
千里は全体集会が終わった後は着換える時間が無かったので午前中はそのまま合唱サークルの制服姿で授業を受けたが、千里がスカートを穿いていても、誰も気にしなかった。更に1時間目の後でトイレに行こうとして、いつものように男子トイレに入ろうとしたら
 
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「ここは男便所。スカート穿いている奴は女便所に行け」
と言って追い出されてしまう。
 
「千里何やってんの?」
「男子トイレから追い出された」
「当たり前。千里は女の子なんだから女子トイレに入らなきゃ」
と言われて、穂花に強制連行されて女子トイレに入った。
 

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例によって女子トイレ名物の行列に並ぶが、千里が行列に並んでいても気にする女子は居ない。そもそも千里は今日はスカートなので、全く違和感が無い。千里自身も特に緊張したりはしていない。
 
「だいたい東京遠征中はずっと女子トイレ使ってたじゃん」
「学校の外だからいいかなと思って」
「千里って、学校では男子トイレ使って、学校外では女子トイレ使う訳?」
「そうかも」
 
「それ絶対変!」
と近くに居た美那にも言われていた。
 

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昼休みに給食を食べてから、他の子と一緒に音楽室に行くことにする。会合をしたあと着換えるつもりだったのだが、行く途中で
 
「4年1組の村山千里さん、職員室まで来て下さい」
という放送がある。
 
何だろうと思い、蓮菜たちと別れて職員室に行くと、教頭先生の机の前に見た記憶のある女性が立っている。
 
「空港で会った婦警さん?」
「天野と申します。一昨日は大変でしたね」
と彼女は言って、《警視庁東京空港警察署・警備課 警部補・天野貴子》と書かれた名刺を渡す。
 
「その後、体調はどうですか?」
「あ、全然平気です。お騒がせして済みません」
 
「それはよかった。でも念のため健康診断を受けてもらえませんか?捜査のために必要なんですよ」
「はい、それは構いません」
 
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それで先生にことわって、天野警部補といっしょに病院に行くことにする。
 
「あれ?パトカーじゃないんですね?」
「北海道警の車なんですよ。でも捜査で使う車両ではないのでサイレンとかの機能はついてないんです。警察無線はついてますけどね」
「へー!、でも車の屋根になんか凄いアンテナが付いていると思いました」
 
「うん。その無線のアンテナなのよね」
 

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天野さんの運転で千里は留萌市立病院に来る。
 
取り敢えずおしっこを取ってきてといわれて看護婦さんから紙コップをもらうので、トイレ(当然女子トイレ)に入り、おしっこを取った。それを提出した後、採血をされる。なんか大きな注射器なので痛そう!と思ったが、上手な人だったので、あまり痛くなかった。
 
そのあと身体全体のMRIを取られる。MRIの技師(女性)は千里にチュニックとスカートを脱ぐように言ったが、下着をチェックして「この下着は着けたままでいいです」と言った。ただ千里が付けている子ギツネの髪留めに気付き「その髪留めは外してください」と言われたので、外して合唱サークル制服の上に置いた。
 
それで初めてMRIなるものを体験するが
「何〜。このドンドンドンドンという大きな音は〜?」
と思った。結構長時間やっているようだったので、いつしか千里は機械の中で眠ってしまった。
 
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その後、心電図を取られるが、大きなクリップをまだほとんど膨らんでいない胸に取り付けられると、すごく変な気分である。
 
けっこう痛い!
 
クリップを挟むのはむろん女性の技士さんがやってくれるのだが、その技士さんが凄く胸が大きい。私ももう少しおっぱい大きくなったら、これ挟まれてもあまり痛くなくなるのかなあ、などと思った。
 
なお、千里の場合、ふつうに心電図を取るだけでは不整脈の兆候などは見られないので、心電図はごくノーマルということのようであった。
 
心電図の後は、女性の医師(内科の先生らしい)の前で裸になって、全身に傷や痣(あざ)などが無いかチェックしてもらう。実はこれがいちばん重要だったようである。
 
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千里は“女の子になってから”医師の前でオールヌードを曝すのは初めてだったので「恥ずかしい〜」と思ったものの、開きなおった。傷を確認するためなのでパンティまで脱いで完全ヌードである。
 
腕を上げ、足も開いて大の字の姿勢である。あ、これおちんちんが付いてたら「大」じゃなくて「太」かも、などと変なことを考えた。しかしお股の付近まで覗き込まれて傷をチェックされるので、マジで恥ずかしかった。
 

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背中の上の方に軽い痣が見られたので、これがたぶんぶつかった時のものだろうねと言われた。
 
「ここ痛い?」
と医師が尋ねる。
「全然痛くないです」
と千里。
 
「治療の必要とかは?」
と天野が尋ねる。
 
「必要ないと思います。今週中には消えてしまいますよ」
「過失傷害に問えますかね?」
「うーん。難しいとは思いますが、一応診断書を書きましょう」
「お願いします」
 

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それで診察が終わったので服を着てくださいということになるが、その時、千里は天野がこんなことを“思考”したのに気付いた。
 
『この子、何か不思議。ちょっと男の子と思えば男の子にも思える体つき。でも、おちんちんが付いてないから女の子なんだろうな』
 
あははは。
 
卵巣が千里の身体に入ったのは9月4日なので、千里はまだ女の子になって1ヶ月ほどしか経っていない。体つきが男の子なのは仕方ない。
 
すると天野は更に思考した。
 
『まさかこの子、性転換手術を受けているなんてことはないよね?』
 
ドキッ。
 
それで天野は医師に言った。
「この子のMRIの写真を見せていただけませんか?」
「はい?」
 
医師が写真の入った袋を取って天野に見せる。天野は写真の下腹部が写っている付近を見た。
 
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『卵巣、子宮、膣、ちゃんとあるな。やはり女の子か。二次性徴が始まる前の女の子だと、まだこういう男っぽい体格の子もいるのかな?それにさすがに小学生で性転換手術なんて受けている訳ないよね?』
 
その天野の《思考》を聞いて、千里は「あれ〜?なんで私に子宮とか膣とかもあるの?」と思った。
 
千里の右後ろで『くすくす』という声が聞こえた。
 

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病院ではこの後、婦人科医の検診も受けたが、千里がまだ生理は来ていないと言うと
 
「あなたのこのホルモン量なら、まだ来ていないのが不思議という感じ。たぶん1ヶ月以内には来るから、ナプキンとか生理用ショーツとか、お母さんに言って買ってもらうといいよ」
 
と医師は言った。
 
いや、そんなの母に頼んだら母は仰天するだろう。どうしよう?と思ったが、小春が『私が買ってあげるから大丈夫だよ』と言ったので安心した。
 

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全ての検診が終わったのはもう夕方である。天野が学校に電話を入れていたが、結局天野が自宅まで送って行ってくれることになった。
 
「今日は授業もあるのにごめんなさいね」
「いえ、天野さんこそわざわざ北海道まで済みません」
「本当はすぐ病院に連れて行きたかったけど、大会では仕方ないですもん」
 
そんなことを言いながら病院を出て駐車場方面に行こうとしていた時、千里は急に《胸騒ぎ》がした。それで自分の前を歩いている天野に
 
「天野さん」
と呼びかける。
 
「はい?」
と言って彼女が立ち止まり振り返った。
 

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その次の瞬間、廊下の前方(振り返った天野の後方)にあったスティール製の棚が、いきなり倒れてきて凄まじい音を立てた。
 
「きゃっ」
と天野が悲鳴をあげる。しかし千里はじっとその倒れた棚を見つめていた。
 
多数の人が駆けつけてくる。
 
「君たち怪我は?」
「その子を見てあげて」
と天野が言うので、千里はすぐ近くの診察室に連れ込まれ、服を脱がされて!どこか怪我していないかチェックされた。
 
天野も別の診察室に連れ込まれてチェックされたようである。
 
「大丈夫のようだけど、どこか痛くない?」
「はい、全然問題無いです」
 
天野のほうも怪我はしていないようであった。ふたりとも30分ほどで解放される。名前と連絡先だけ記録された。
 
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天野が《心の声》で語りかけてきた。
 
『村山さん、もしかしてあの棚が倒れるのが分かったの?』
 
千里も《心の声》で答える。
 
『何か感じたんです。だから呼び止めました』
『じゃ、村山さんは私の命の恩人だ』
『それ大袈裟(おおげさ)です。でも天野さん、この話し方使えるんですね?』
『村山さんもね。あの棚が倒れて来た後の、村山さんの表情が普通に驚いたのとは違っていたから、この子ひょっとしてと思って試してみた。それに、あなた全然“思考が読めない”んだもん。これって物凄く霊的なパワーのある子だという気がした』
 
『天野さん、占い師さんかなにかですか?これ使える“人間”は占い師の人しか知らなくて』
 
『私は人間ではないかも』
『じゃ神様?』
『村山さんが髪に付けている髪留めに擬態したキツネの女の子と似たような感じかな?』
 
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『え?天野さんもキツネなんですか?』
『キツネではないよ。人は私たちの種族を天女(てんにょ)と呼ぶ』
 
『天の羽衣を持っているような?』
『そうそう。私たちの中には馬に乗るのが上手くて《ワルキューレ》と呼ばれる子たちもいるけど同族』
『天野さんも馬に乗るの?』
『乗馬は得意だよ。バイクも小型のなら乗るよ。大型のはあまり自信無いけど。むしろ四輪の自動車に乗っていることが多い』
『へー』
 
『でも村山さんとはまた逢えるような気がするな』
『だったら《千里》って名前で呼んでもいいよ』
『じゃ私のことは《きーちゃん》でいいよ』
『そう?じゃ、よろしく、きーちゃん』
 
そこまで会話してから2人は診察室を出た。そして廊下で顔を合わせるとニコッと笑い、握手をした。
 
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『そうだ。通信鍵を交換しない?』
『それどうやるんですか?』
『こうやって身体を接触していると2人だけの間で成立する通信の鍵を渡せるんだよ・・・渡した』
と言ってから
『こちらで会話できる?』
といって“別の周波数”で語りかけてくる。
『はい。聞こえてくる周波数が違う感じ』
『これで遠く離れていても自由に会話できるよ』
『へー!凄い』
 
この時点では彼女はまだ別の宿主に仕えていたので、この時《きーちゃん》が千里の眷属になった訳では無い。しかしこれ以降、彼女は千里の“協力者”になったのである。このことは美鳳も知らない。
 
ふたりは片付け作業の進む廊下を通り抜けて玄関を出、駐車場に向かった。
 
 
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