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■少女たちの東京遠征(3)

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それで結局鐙さんは園子さんと若い係の人に連れられて医務室の方に行く。馬原先生が
 
「それじゃ申し訳ないけど阿部さん、ピアノお願い」
と言うと、彼女は引き締まった顔で
「はい。頑張ります」
と言った。
 
「譜めくりは自分でできる?」
「はい。自宅で練習する時はそれでしてたので」
 
それでお偉いさんに誘導されてステージ脇に行く。その人はステージ脇まで行った所でN小のメンバーを置いて審査員席に行き、審査員長に何か囁いていた。たぶんピアニストの交替を認めたことを告げたのだろう。
 
トラぶったので既に前の学校の演奏は終了し、N小学校を紹介するビデオが放映されていた。このビデオが終わればもうステージに上がらなければならない。
 
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小春はみんなの顔を見回した。全員物凄く緊張している。それでなくても緊張するところで鐙さんのトラブルまで起きた。小野部長まで完璧にあがってしまっている感じだ。
 
小春は「やばいな」と思った。このままでは全く実力を出せない気がする。それどころか演奏に失敗するかも。チラッと蓮菜を見ると彼女も腕を組んで悩んでいるよう。ふたりの視線が合う。
 

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蓮菜は千里の後ろに回ると、いきなり抱きつくようにして両手で胸を触った。
 
「きゃっ!」
と千里が悲鳴をあげる。
 
「何すんのよ!?」
 
「昨夜はあそこは見たんだけど、上半身は見てなかったなと思って、おっぱいの状態を確認してみた」
などと蓮菜は言っている。
 
「そういう話はホテルに戻ってからでもいいじゃん」
「今日はこのまま夕方の便で帰るしね」
「じゃ、留萌に帰ってからでも」
 
「これ微かに膨らんできてない?」
と蓮菜。
 
「そんなことないと思うけど」
と千里が言ったが、小春が
「どれどれ、私にも触らせて」
と言って、やはり千里の胸に触る。
 
「これジュニアブラ付けてもいいくらいだと思う」
と小春。
 
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「え?千里、もうそんなに胸があるの?」
「女性ホルモンとか飲んでるんだっけ?」
「え?ホルモンとか飲まなくても、4年生の女子なら胸が膨らんできていても不思議では無い」
 
ここには千里の性別のことを知っている子と知らない子が混じっている。
 
「取り敢えず触ってみてごらんよ」
などと小春が言うので、結局4年生の女子が全員千里の胸に触ってみる。
 
それで千里が「ちょっとぉ」「やめてー」などと言っているので、小野部長がこちらにやってきて
 
「あんたたち何やってんのよ?」
と言う。
 
「すみませーん。おっぱいの触りっこです」
「部長もひとついかがですか?この子の胸、けっこう柔らかいですよ」
「そんなのは帰ってからにしなさい!」
と言って小野部長は4年生たちを叱ったが、部長自身これでけっこう緊張が解けた感じもあった。
 
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この騒ぎを見て、苦笑している5年生・6年生もおり、その子たちはみんな緊張がほぐれたようである。
 

その時、N小紹介のビデオが終わり「ステージに上がって下さい」と言われる。
 
先頭を務めたのは小野部長で、譜面を指揮台の所に置いていく役目ももらっていた。彼女はさっきまで足が少し震えている感じだったのに、4年生たちの“おっぱいの触りっこ”を注意したので緊張が解けたようで引き締まった顔をしている。
 
部長はソプラノなので譜面を置いた後は、前列の中央付近に立つ。その後アルトの子たちが入って行き舞台の上手(客席から見て右)側に並び、ソプラノの子たちが続いて入って行き下手(客席から見て左)側に並ぶ。ピアニストを突然することになった阿部さんも制服姿のままピアノの前に座る。彼女がおそらくいちばん緊張していたろうが、彼女も“おっぱいの触りっこ”のおかげで緊張が解けている。普段通りの気持ちでピアノの前に座ることができたようだ。
 
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最後に入って来て指揮台の所に就いた馬原先生が阿部さんとアイコンタクトを取り、先生の指揮棒と同時に阿部さんのピアノ前奏が始まる。
 
そしてN小合唱サークルのメンツは課題曲『大すき』を歌い始めた。
 
直前の小さな事件のおかげで、みんな適度の気持ちの集中ができた感じであった。
 
この曲はダイエーホークス(当時)の応援歌『いざゆけ若鷹軍団』の作曲者でもある山本健司さんの作品だが、結構難しい歌である。それでもN小のメンツは堂々とこの歌を歌って行った。
 
やがて終曲。
 
会場から拍手がある。部員たちもお互いに笑顔で顔を見合わせる。かなり上手く行ったという感触があった。
 
小春が小野部長の隣から出て行き、指揮者である馬原先生の傍で篠笛を構える。再び馬原先生と阿部さんのアイコンタクトで自由曲『キタキツネ』の前奏が始まる。小春の篠笛も優しく鳴り響く。そして歌が始まる。
 
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これぞ合唱の醍醐味という感じの、ハーモニーの美しい曲である。それにチョロチョロと走り回るかのような小春の篠笛の音が彩りを添える。課題曲がけっこううまく行ったこともあり、みんな楽しんでこの歌を歌うことができた。コーダで可愛らしい篠笛のモチーフの流れる中、スケール的な動きのソプラノとアルトの声がやがて美しい和音を作って終了する。
 
会場から物凄く大きな拍手が送られた。
 

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「うまく行った、うまく行った」
とステージから降りたメンバーは大喜びである。ただ阿部さんが
「8ヶ所も間違ったぁ!」
と言って頭を抱えていた。
 
「気にしない気にしない」
「気付いた人は少ないよ」
とみんなで彼女に声を掛けた。
 
「だって急に弾くことになったんだもん。心の準備もできなかったろうし」
「でも1時間前に言われたら緊張して自滅していたかも」
 
「ああ、緊張する暇も無かったよね」
 
正確には緊張しかかっていた所を“おっぱい”騒動で気持ちを切り替えることができたというところか。
 
医務室に行った鐙さんの方だが、単純な突き指ということで取り敢えずアイシングし、テーピングされた上で、しばらく指を心臓より上に掲げたままにしておくよう言われたらしい。
 
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「それで頭に手をやっているけど、なんか馬鹿みたい」
「いや、その姿勢をキープしておけば早く治るから」
と医学的な知識に詳しい蓮菜が言っている。
 
「寝る時はお腹の上で手を組んでおくといいよ」
「それで心臓より上になるわけか」
 
「一週間は指動かしてはいけないといわれた」
「親指使えないと大変だね」
「でもその程度で済んでよかった」
 
「鐙さん、市内のクリスマス・コンサートに出よう。そこで伴奏してくれない?」
と馬原先生が言う。
 
「はい!」
と彼女は嬉しそうに答えた。
 

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馬原先生は会場の席に戻ると保護者たちの所に行って、鐙さんがステージに行く直前に突き指をしてしまったのでピアニストを交替したことを説明した。
 
「あらぁ、郁子ちゃん可哀相に」
「でも光恵ちゃんも頑張ったね」
 
ステージ上では次々と出場校がビデオで紹介されてはその後演奏が行われる。10校全部の演奏が終わったのは16時すぎである。コンクールは審査に入る。
 
ここでN小の中から、小野部長、野田副部長、深谷さんの6年生3人が席を立って別室に移動した。
 
この日の出場校からの「選抜メンバー」で「スペシャル合唱団」を結成して1曲30分ほど練習してから演奏するのである。この大会独自のお楽しみイベントである。各校3名と言われていたので、馬原先生がその3人を指名していた。
 
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そして審査を待つ間、まずは会場全体で今年の課題曲『大すき』の合唱が行われた。予め指名されていた、最初に演奏した学校の部長さんと2番目に演奏した学校のピアニストがステージに登り、その2人の指揮とピアノで大合唱をした。
 

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その後は有志によるパフォーマンスの時間となる。進行係の人が
 
「何かしたい人、どんどんステージに来てパフォーマンスしてください」
と呼びかけるので会場の数ヶ所から数人単位で立ち上がり、ステージに向かう。どうも過去に全国大会に出たことのある学校では、このフリーステージでの出し物も用意していたようである。
 
「うちも誰か出よう」
と右手を頭の上にあげたままの鐙さんが言う。
 
「よし、千里、小春、穂花、おいでよ」
と蓮菜がその3人を誘うので千里も立ち上がって一緒にステージ前方に行った。
 
「何するの?」
「『恋のダンスサイト』」
「え〜〜!?」
「歌えるよね?」
「歌えると思うけど」
「穂花、セクシービーム担当で」
「あははは」
「千里ピアノ弾いて、小春、笛吹いてよ」
「いいよ」
「歌にも2人とも参加してね」
「私さすがに笛吹きながらは歌えない」
「それはそうか。千里はピアノ弾きながら歌えるよね?」
「その曲なら大丈夫と思う」
 
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それで千里たちは5番目のパフォーマーとなった。それまでの4組がピアノ伴奏でグノーの『アヴェマリア』、アカペラで『アメイジング・グレイス』、ギター伴奏で『スカボロ・フェア』、男女のデュエットで『美女と野獣』と続いていたので、突然出てきた流行歌に会場がざわめく。
 
千里はかなりスウィングした感じでピアノを弾く。小春はどこに持っていたのかフルートを取り出して吹いて、装飾音をたくさん入れる。それで蓮菜と穂花がメインで歌うが千里もピアノを弾きながらそばに持って来たスタンドマイクに向かって「Uh! Ha! Uh! Ha!」とか「マジっすか?」といったバックコーラスや合いの手を入れる。
 
実はこの曲は先日転校して行ったリサの家に外人の子供半分、日本人の子供半分で集まってよく様々な歌を歌っていた時のレパートリーのひとつなのである。それで千里もピアノを弾きながら合いの手を入れるのを随分やっていた。この4人の中で穂花はその集まりに参加していなかったが、メインの歌を歌うのは問題無い。
 
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4人がステージ上でパフォーマンスをしていたら会場全体からたくさん手拍子がうたれ、会場は物凄く盛り上がって、最後は盛大な拍手が送られた。
 
4人は会場全体に手を振ってステージを降りたが、この後フリー演奏の参加者がどっと増えて、大半がポップス系の歌を歌った。
 

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「まだまだ歌いたい人はあるでしょうが、お時間になりましたので」
と進行係の人がパフォーマンスを区切った上で、スペシャル合唱団(*6)が登場した。
 
演奏曲目は『竹田の子守唄』である。
 
東京都のプロ合唱団指揮者が指揮し、その合唱団のピアニストが伴奏してこの有名な歌を歌い上げた。
 
参加者は全員この歌自体は知っていたと思うが、それでもわずか30分で、初めて集まったメンバーの歌をまともな合唱にまとめるのは、かなり大変だったのではないかという気がした。
 
その美しいハーモニーが終わった所で会場全体から大きな拍手があった。
 

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(*6)このコンクールのモデルにしているNHKコンクールで実際にスペシャル合唱団のパフォーマンスが行われるようになったのは2004年からでこの時期はまだ行われていませんでした。
 

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そして結果発表となる。
 
「金賞から発表します。金賞は関東甲信越代表・東京都A小学校」
 
物凄い歓声があがって、代表が2名ステージにあがった。そして賞状とトロフィーをもらう。
 
馬原先生が小野部長に何か言っている。それが伝言ゲームで全部員に伝わった。
 
「このA小学校はこれでこの大会3連覇だって」
「すごっ!」
 
「上手いなあと思ったよ」
「うん。やはり凄かったもん」
と千里たちは言い合った。
 

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「銀賞、九州代表・熊本県Z小学校」
 
歓声があがり、代表の人がステージにあがって表彰される。賞状と楯をもらう。
 
「最後に銅賞です。銅賞、関東甲信越代表・長野県K小学校」
 
歓声があがり、代表の人がステージにあがる。賞状をもらって高く掲げている。
 
「同じく銅賞、関東甲信越代表・東京都O小学校」
 
やはり歓声があがり、代表の人がステージにあがる。やはり賞状をもらう。
 
このコンクールは通常、金賞1校、銀賞1校、銅賞2校で残りは優秀賞が与えられる。それでこれでもう終わりだろうと思い、席を立つ人もある。千里たちも「帰ろ帰ろ」と言っていたのだが、司会者は言った。
 
「今年は審査の結果実は3校が同順になってしまいまして、今年だけ特に銅賞がもう1校あります」
 
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会場内がざわめき、会場を出ようとしていた人たちが立ち止まる。
 
「同じく銅賞、北海道代表・留萌N小学校」
 

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少女たちの東京遠征(3)

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