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■少女たちの予定は未定(4)

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千里の歌はまだまだ続いていた。
 
死神(?)はイライラしてはいたものの、歌が終わってから生命の火を地獄に持っていけばいいと思い、ひたすら待っている。
 
「建築材に必要の、石切り出す登別。山には全国類い無き壮観奇絶の出湯あり」
「幌別(ほろべつ)輪西(わにし)打ち過ぎて、はや室蘭に着きにけり」
「青森までは海ひとつ、ウニは、この地の名産ぞ」
 
そこで千里が沈黙したので
「もしかして終わった?」
と死神(?)は訊いた。
 
「終わった」
 
死神(?)は泣いている。
 
「どうしたの?黒い衣裳の人?」
「これでやっと、お前の生命の火を地獄に持って行ける」
「よかったね」
「じゃ、お前の生命の火をもらうぞ」
と言って、死神(?)は、千里の身体に手を入れようとした。
 
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「あれ?」
「どうしたの?」
「身体の中に手が入らない。命の火を取れない」
「どうしたのかな?」
「おかしいな。4月9日23:51の予定だけど、その日の内なら奪えるはずなのに」
「今4月10日2:12だけど」
「何〜〜〜!?」
と言って死神(?)は時計を見た。
 
鉄道唱歌は、東海道66 山陽九州68 奥州磐城64 北陸72 関西参宮南海64 北海道20 で合計354番まである。曲は2/4拍子で16小節、つまり4分音符32個分の長さである。これをテンポ80で歌唱した場合、
 
354×32÷80 = 141.6
 
となり、2時間21分36秒かかる計算になる。
 
まあ千里もよく歌ったものである。
 
「えーん。日付が変わったから、もう生命の火を奪えないよぉ」
と死神(?)は言っている。
 
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「叱られる?」
「3日くらいメシ抜きかも」
「可哀想。よかったらこれでも食べて」
と言って千里は死神(?)に、母が買ってきたものの、まだ食べていなかったコロッケパンをあげた。
 
「ありがとう。何て優しいお嬢ちゃんなんだ。あんた死ぬ予定がキャンセルになったから、200-300年経っても死なないけど、達者でな」
 
と言って、死神(?)は、どこかに去って行った。
 

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翌朝(4/10朝)、千里の熱はきれいに下がってしまっていた。ただ喉が荒れていると言われた(そりゃ2時間も歌えばね)。これはトローチをもらった。
 
医師はこの急激な変化に首をひねり、丸一日掛けて検査する。
 
千里は入院以来、カテーテルを入れて導尿していたのだが、千里が歩けそうなので、お昼には導尿を終了し、おしっこはトイレでしてねということになった。
 
「カテーテル入れられてたんですね」
 
「あんた、とても動けなさそうだったからね」
 
と40代の女性看護師さんは言い、膀胱内で開いているバルーンをしぼませ、千里の身体からゆっくりとカテーテルを抜いた。
 
「結構短いもんなんですね」
「大人の人だと6-7cm入れるけど、子供の場合は4-5cmくらいだからね」
「へー」
 
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抜いた後、看護師さんは尿道口の周囲および小陰唇などを清浄綿で消毒してくれた。
 

お昼御飯(おかゆではあったが、固形物を食べたのも入院してから初めて)を食べた後、トイレに行った。千里が男子トイレに入ろうとしたら、中から出て来た50歳くらいの男性が驚いたような顔をして
 
「君、ここは男便所。女の子は向こう」
 
と言う。千里は
 
「すみません!間違いました」
 
と言って、男子トイレを飛び出す。その勢いで女子トイレに入り、個室に入って、スボンとパンティを下げ、おしっこする。
 
私、女子トイレに入ってたら叱られないかなあ、と少し不安になったが、女子トイレとか、しょっちゅう使っていたような気もした。
 
また、ちんちんの先からおしっこするのが久しぶりのような気がした。3日間導尿されてたからかな?いやでも2-3年、ちんちんの先からおしっこしてない気がした。でもちんちんの先からおしっこしないなら、おしっこ出す所無いよね??
 
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やはり高熱が出ていたせいで、色々記憶が混乱してるんだろうなと千里は思った。
 

4月10日、意識を回復した沙苗があれこれ検査を受け、お昼休みは3Fの病室に戻って休んでいたら、千里が来室するので、びっくりする。
 
「沙苗(さなえ)ちゃん、具合はどう?」
「特に異常はないらしい。まだ身体自体はきついけど」
「ゆっくり身体を休めてから学校には出て来てね」
「うん。ありがとう」
「そうそう。これあげる」
と言って千里は紙袋を渡した。
 
「セーラー服!?」
「私、だぶってもらっちゃったんだよ。でもこれ私には少し大きいから、沙苗(さなえ)ちゃんなら合うかもと思って。ちょっと着てみて」
 
それで沙苗は千里から渡されたセーラー服を取り敢えず病院着の上に身につけてみた。リボンは千里が結んであげた。
 
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「着れるね」
「うん」
「じゃあげるね」
「ありがとう」
 
「それとエストロゲンも1箱あげるから、毎日1錠飲みなよ」
と言ってエストロモンの箱を1箱あげた。
 
「ありがとう。これ飲むと凄く気持ちが落ち着く」
と言って、早速一錠飲んでいる。
 
「でも飲み過ぎたらダメだよ。1日1錠を守って」
「うん」
 
「じゃ、また」
と言って千里は病室を出て行った。
 
それと入れ替わるように母が入ってきた。母が見るとベッド横にセーラー服の少女が立っている。
 
「あら、こんにちは。うちの沙苗(まさなわ) のお見舞いに来てくださったんですか?ありがとうございます」
と言う。
 
「お母ちゃん。私だよ」
と沙苗(さなえ)が言うと、母はじっと彼女を見詰めてから
 
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「女の子の友だちかと思った!!」
と驚いたような声をあげた。
 

一方、千里の方は、夕方まで掛けて検査されたが、どこも異常はないということになる。体力も充分あるようである。すると病院に留め置く理由もないので、あっさり退院の許可が出た。
 
千里は同室の患者さんたちに挨拶した。
「何とか回復したので、退院します」
 
「良かったね。お大事にね」
と向いのベッドに寝ている24-25歳の女性が言った。
 
「若い子はやはり体力あるから、すぐ回復するね」
と左隣のベッドに居る70歳くらいの女性は言った。
 
左向いの50代の女性、右隣の30歳くらいの女性、右向いの80代の女性もみんな「良かったね」とか「退院おめでとう」などと言ってくれた。それで千里は4Fの病室を出て、退院した。
 
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「お薬出しておきますね」
と言われて出されたお薬の明細を見ると、プレマリン・プロベラと書かれている。きゃはは。飲んじゃおう!
 
それで千里は以降、女性ホルモンを飲むことで、男性機能が停止し、身体が女性化して、胸も少しずつ膨らんでいくことになる。
 
母の車で自宅に戻る。
「今週いっぱいは休んでようか」
と母も言うので、千里も
「うん」
と同意した。それで退院した翌日の4/11(金)も休み、学校には4/14(月)から出ていくことにした。みんなより一週間遅れの登校である。
 
「病み上がりだし、髪の毛ももう少し体調回復してから切らせてもらうことにしようよ。お母ちゃん、学校に電話しとくよ」
と母は言った。
 
「うん、お願い」
と言って千里は自分の布団に入った。
 
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父は4月11日(金)夕方に帰港したが、大漁旗を立てていた。何でも今週は9日まで全く不漁だったのが、10-11日の2日間で物凄く漁獲があって、結果的に豊漁になったらしい。しかし、週の前半は海がしけて、父は不眠不休で船を動かしていたということで、かなり体力を消耗したようであった。
 
(千里は父の船の守護女神なので、守護女神がダウンしていると、船も大変なことになる)
 
父は、千里が3日間高熱が続いたものの、4日目には嘘のように良くなったと聞くと
「普段ちゃんと飯食ってないから倒れたんじゃないのか?」
などとは言っていたものの、千里の回復に安心した様子であった。でも
 
「まだ病み上がりなら、俺に風邪移すなよ」
と言って、父は土日は寝ていた。
 
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父は4月14日(月)早朝、今週は津気子に見送られて出港していった。
 

千里はこの日から中学に出て行くので、不本意ながら学生服を着ようとしたのだが、学生服は全く千里の身体に合わなかった。ワイシャツもボタンが留められない。ズボンもファスナーが上がらない。
 
「なんで合わないのかねぇ」
と母も首を傾げた。
 
「仕方ないから体操服着ていく」
「そうだね」
 
それで千里はその日は、体操服で登校した。母は千里に付いて行くと言ったのだが、千里は、たくさん会社休ませたから今日はひとりで大丈夫だよと言って、ひとりでバスに乗って登校した。
 

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「おお、やっと出て来たか」
と蓮菜が言った。
 
「でもなんで体操服なの?」
と美那が訊く。
 
「それが不思議なんだけど、学生服が全然サイズ合わなかったんだよ」
と千里。
「千里の体型に合う学生服が存在するわけない」
と蓮菜。
「ちゃんとセーラー服を着てくればよい」
と美那。
「えー。そんなの着たら叱られるよぉ」
と千里。
 
そんな会話をしておら、千里は「あれ?なんかこんな話を以前にもしなかったっけ?」と疑問を感じた。
 
「でも髪は長いままなんだ?」
「うん。体調が完全に回復してから切ろうと思って」
 

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やがて担任の菅田先生が教室に入ってくると千里は、前に出て行って母の署名捺印のある欠席届を提出した。その上で
 
「一週間休んですみませんでした」
と言ってから
 
「髪の毛ですが、まだ病み上がりなので、もう少し体調が回復してから切りに行ってもいいですか?」
とお願いした。
 
「うん。それでいいよ。お母さんからの電話で聞いた。無理しないでね」
 
ちなみに、菅田先生は“女子の規則”でも長すぎる髪を切るのを待つという意味で了承しているのだが、千里は“男子の規則”違反かと思っている。だいたい女子にしか見えない外見の子が女の子の声で話していれば、女子生徒としか思わない!
 
ともかくも千里は、胸付近まである髪のまま、中学生生活をスタートすることになったのである。ただし、長い髪をそのままにしておくのはダメと、英語の鶴野先生(女性)から言われ、千里はこの髪をツインテールにして、小春が渡してくれた青い玉付きの髪ゴムで各々結んでおいた。
 
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千里はクラス分けの名簿を見ていた。千里は1組である。
 
「佳美やるみちゃんは2組、穂花や杏子ちゃんは3組か」
「けっこうバラバラになったね」
 
千里は名簿を見ていて「あれ?」と思った。
 
「沙苗(さなえ)はこのクラスなんだ?」
と言って教室を見回すが、沙苗の顔が見当たらない。
 
蓮菜は回りを見回すと、
「ちょっと」
と言って、千里を連れて教室の外に出た。
 
「それ大変だったんだよ」
と蓮菜が小さな声で言う。
 
「沙苗(さなえ)は千里同様に入学式も休んだし、その後ずっと休んでる」
「何かあったの?」
 
「この情報は厳しく管理されている。このこと知ってるのは私と恵香に、ごく少数の先生だけ。美那や玖美子も知らない。でも千里は知っておいたほうがいいと思って」
 
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「うん」
 

「あの子、家出したんだよ」
「え〜〜〜!?」
「静かに」
「ごめん」
「一応、千里同様、病気で入院しているということになってる」
 
「どういう状況?」
「雪の中で倒れているのを発見されて、病院に運びこまれた。多分死ぬつもりだったんじゃないかと思う。3日くらい意識を失っていたけど、木曜日にやっと意識回復したらしい。怪我とかは無い」
 
「良かった」
 
「書き置きもあった。自分は男子中学生にはなりたくない。学生服とかで通学したくない。髪を切って男の子みたいな姿になるのは嫌だって」
 
「それ全然他人事(ひとごと)じゃない。その気持ち痛いほど分かる。私がそうしてたかも。お見舞いに行きたい」
「じゃ放課後一緒に行こう。千里の顔見たら、きっと元気出るよ」
「うん。少しでも力(ちから)になれたら」
「千里は力(ちから)になると思ったから打ち明けた。他の子には言わないでね」
「もちろん」
 
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でも沙苗が無事だったのは本当に良かった、と千里は思った。自分が高熱にうなされている時に、何度か彼女の夢を見たのは、何か自分と共鳴したのかも知れないなと千里は思った。
 

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4月27日(日)の留萌新聞に、このような記事が載った。
 
昨日開かれた中体連剣道・留萌支庁大会で、男子の部に女性剣士のAさん(12)が出場し、個人戦で3位の成績を収め、笑顔で賞状を受け取った。Aさんは留萌市内の中学にセーラー服で通学する女子生徒ではあるものの、大会の規定で女子の部に出場できず、男子の部に出場した。白い道着・袴姿で、居並ぶ紺色道着・袴姿の男性剣士を次々と倒し、歓声があがっていた。彼女は団体戦でも男子チームの先鋒を務め無敗で、チームのBEST4入りに貢献した。
 
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少女たちの予定は未定(4)

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