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(C) Eriko Kawaguchi 2022-01-03
2003年4月7日(月).
留萌市立S中学校では入学式が行われ、蓮菜や美那などがセーラー服の女子制服を着て、新入生として入学した。
「千里遅いなあ」
などと美那が言っている。新入生は入口の所でクラス分けの表を見て各々振り分けられたクラスの教室にいったん入って待機している。千里は蓮菜や恵香・美那と同じ1年1組になっていた。
「ほんとにちゃんとセーラー服着てくるか、楽しみにしてるのに」
「でも学生服を着てくることはあり得ないと思わない?」
と恵香。
「うん。千里が学生服を着てきたら天変地異が起きるよ」
と優美絵。
やがて担任になる先生が入ってくる。
「ようこそ、S中へ。君たちを1年間担任する菅田厚宏だ。よろしく」
と先生はごく簡単に自己紹介をした。
恵香や美那は。先生が入って来たのに、まだ千里が来てないことで首を傾げている。
「それからお知らせだ。このクラスに割り当てられている生徒の中で、高山君、原田君、村山さんの3人が風邪を引いたとかでお休みらしい」
教室内にざわめきが起きる。
「念のため3人とも今話題になってるSARSの検査も受けたけど、全員陰性だったらしい。入学式ではこの3人の名前も読み上げるけど『今日は欠席です』と言うから」
と先生は言っていた。
「何か休んでる3人に共通のものを感じない?」
「でも千里は昨日も神社には出て来てたのに」
「普段と特に変わらなかったよね」
「千里はセーラー服を着て出てくる勇気がなくて、取り敢えず今日は休んだんだったりしてね」
などと美那が言うが
「卒業式でセーラー服を着ていたのに、入学式にそれで出てくる勇気がないというのは全くありえない」
と恵香は言っている。
「だいたい、蓮菜と千里と小春と3人並んでセーラー服着て記念写真とか撮ってたし」
「髪を短く切ってしまったから、それをみんなに見られるのが恥ずかしくて出て来てないとかは?」
「髪はちゃんと中学の規則に合わせて切ると言ってたし、それを恥ずかしがるような子じゃないよ」
と蓮菜は言う。
「その“中学の規則に合わせて切る”って男子の規則?女子の規則?」
「千里が男子の規則の長さまで切ることはありえない」
「ね、ね、髪を切るといったらさ、るみちゃんが五分刈りにしてるの見た?」
「へ?るみちゃん、普通の長さだと思ったけど。女子としてまあギリギリくらいの長さだったから、休み中ずっと伸ばしてたんだろうね」
「いや。それがあの子、ウィッグつけてるのよ。そのウィッグを外すと、その下は丸刈り」
「うっそー!?」
「お母さんが絶句したらしい」
「私、お母さんに同情する」
「全く全く」
「ねぇねぇ、あの子髪を切るのに悩んで、髪じゃなくて、ちんちんを切って、女子中学生になれるようにしたとかは?その傷がまだ治ってなくて出て来てないとか」
「それは沙苗ならあり得ることだが、千里ではあり得ない」
「うん。千里はとっくの昔に、ちんちんなんて無かったから今更」
「そもそも、千里の書類は女子になってたから、思い詰めるほど悩む必要は全く無い」
「そういえば、性別女と書かれた入学案内を見せてもらった」
「就学通知の段階では性別男にされてたらしい。でもその後訂正されて女になったと聞いたよ」
「それがまた訂正されて男に戻されたとか?」
「それは無いと思うけどなあ」
「山形だか山口の小学校で、女子として通学したいという児童を女児扱いにしてトイレも女子トイレの使用を認めて、修学旅行とかも他の女子児童と同じ班で行動させたというのがニュースになってるの見たよ。たぶん今の時代はそういうの柔軟に対応するようになってきているんだと思う」
「そういう子は元々既に女子としてみんなに溶け込んでいたと思うな」
「千里もまさにそういう状態だったよね。あの子が戸籍上男だなんてのは、みんなほぼ忘れていた」
「トイレは3年生頃までは男子トイレも使ってたけど、4年生頃からは女子のほうに必ず来るようになったね」
「それ以前から、こちらに来なよと言ってたのに、本人は結構恥ずかしがってた」
「男子たちも千里が男子トイレ使うのは迷惑そうだったけど」
「たぶん4年生くらいから本人も自分の性別意識が明確になって来たんだと思うよ」
「小さい頃は親から言われて男子トイレ使ってたんだろうけどね」
「性的なアイデンティティの確立だね」
と玖美子が難しいことを言った。
「やはり4年生くらいで、男の娘から女の娘に進化したんだな」
「先生!女の娘というのが分かりません」
蓮菜は入学式の後、千里の自宅に電話してみたが誰も出なかった。4時頃に再度電話すると妹の玲羅が出て、千里が入院して高熱が続いており、お母さんも仕事を休んで病院に詰めていると聞いた。
「玲羅ちゃん、御飯は?」
「さっきカップ麺を食べた」
「何なら、うちに来る?御飯くらい食べさせてあげるから」
「行く行く!」
それで結局、千里が退院するまで、玲羅は蓮菜の家に泊まり込むことになった。千里たちのお母さんも、買物とかもできないし、助かると言っていた。しかし蓮菜は玲羅を手元に置き、毎日千里の母と電話で話すことで、千里の病状を最も正確に把握し続けたのであった。
蓮菜は小春の携帯に掛けてみたが、小春も実は昨夜急に体調が悪くなって、今日は寝ているという話であった。
蓮菜は、千里の体調不良と小春の体調不良は連動したものではないかと感じた。しかし小春は言った。
「蓮菜さん、お願いがあります。私はもう寿命が尽きようとしてるのかも知れない」
「そういえば、あんた人間でいえば70-80歳くらいに相当するんだと言ってたね」
小春は13歳の“キタキツネ”である。
「千里も倒れてるんですが、私絶対に千里を助けます。でも私は死ぬかも知れない。こんなこと頼めるのは蓮菜さん以外にありません。まだ若い小町だけでは不安だから、私が消滅した後、千里さんのことをできるだけ見ていてあげられませんか」
「千里とは友だちだから、ずっと見てるよ。でも小春ちゃんも無理しないで」
「はい、ありがとうございます」
蓮菜が“肉体を持つ”小春と話したのはこれが最後になった。
また小春のガードが掛かっていたため、蓮菜は4/10早朝に行われた“記憶操作”の影響を受けず、それまでの全ての記憶を正確に保持することができた。
千里は入学式があった7日(月)だけでなく、8日(火)も9日(水)も休んでいた。蓮菜は毎日千里の母と電話で話したが、なかなか熱が下がらず、お医者さんも首をひねっているらしい。ちなみにウィルス検査は数回したが、インフルエンザのウィルスも、今世界的な大問題になっている SARS のウィルスも検出されなかったということだった。
しかしこれだけ熱が下がらないのは危険なので、明日10日(木)も症状が変わらない場合は、札幌の大学病院に移そうという話になっているらしい。
蓮菜は千里のお母さんに頼まれて、千里の着替えなどを病院に持っていってあげたのだが(家の鍵は玲羅が持っている)、その時、病院内で偶然にも沙苗のお母さんに遭遇した。
「もしかして、沙苗ちゃん入院しているんですか?」
「実は・・・」
と言って、沙苗の母が話してくれたのでは、沙苗は6日午後に家出し、深夜に雪道(正確には地蔵堂)に倒れているのを発見されていたのだが、怪我や凍傷は無いものの、身体が衰弱し、意識も朦朧として危険な状態が続いているということだった。
どちらも面会謝絶状態ではあったが、感染などの危険は無いので、蓮菜は2人の病室に入ってお見舞いをし、各々の手まで握って、意識のない状態の各々に
「早く元気になってね」
と声を掛けた。
そういう訳で、千里と沙苗がどちらも「風邪で学校を休んでいる」という話になっている間、蓮菜は偶然にもその双方の病状を知ることとなったし、その2人と実際に接触した、唯一の人間にもなったのである。
「千里も沙苗も死ぬなよ」
と蓮菜は親友たちの安否を気遣った。
なお蓮菜は千里の母から頼まれて、玲羅には
「たぶん、お姉ちゃんは今週いっぱいくらいで退院できるんじゃないかな」
と言っておいた。
なお、沙苗の妹・笑梨(えみり:4歳)は、伯母さん(沙苗の母の姉)が預かってくれているらしい。
蓮菜は居ても立ってもいられない気分になり、(9日)夕方5時頃、P神社に行ってみた。小町が忙しくしていて
「蓮菜さん、手伝って下さい」
と言われる。
それで巫女控室に行って自分の巫女衣装に着替えようと思ったのだが、ふと考えて、自分の巫女衣装ではなく、千里のロッカーから巫女衣装を出して、それを着た。普通の服なら千里の服はとても蓮菜に入らないのだが、巫女衣装だとわりと何とかなる。
小町が巫女控室に走り込んで来る。
「蓮菜さん、笛吹けます?」
「私は無理。じゃ恵香を呼ぶよ。お客さんにはお菓子でも出して10分くらい待ってもらって」
「すみません」
それで蓮菜は携帯で恵香を呼び出した。
「千里が倒れてるから手が足りないのよ。手伝ってくれない?」
「OKOK」
それで恵香が5分くらいで来てくれたので、昇殿祈祷は恵香に任せ、蓮菜は神社の庭に出た。
バスケットのゴールをいつも置いている場所に跡がついている。ゴールは冬の間は倉庫に入れておき、春になると出してくる(積雪してるとドリブルもできない!)。今日は雪が消えているので跡が分かるが、積雪していると場所もよく分からなくなる。
思えば、ここにバスケットのゴール(タマラのお父さんの手作り)ができてから、自分や恵香はここで千里たちと一緒に遊ぶようになったんだったなと思った。当時は誰もバスケットのルールを知らなかったから物凄く勝手なルールで遊んでいた。あの頃の友だちも随分居なくなってしまった。みんな留萌から出ていく。市の人口もどんどん減っていっている。今年の春、小学校が1つ消えた。この後、もっと学校の数は減っていくだろう。
この町はこの後、どうなるんだろうと不安に思う。
そういう感傷に浸りながら境内を歩いていたら、社務所の門柱の所に組み込まれているランプが左右とも消えていることに気付いた。
「ダメじゃん。この灯りはずっと燃やし続けてないといけないのに」
と独り言のように言うと社務所玄関に置かれている鍵を使ってランプ外側のガラスのカバーを開ける。そして中のランプをふたつとも取り出した。
玄関の所に燃料が置かれているので、取り敢えずそれを補充した。この燃料補充はいつも小春がしていたはずだが、小春がダウンしているので途切れてしまったのかもしれない。後で小町によく言っておかなくちゃと思う。
このランプの火の予備は、社務所内の囲炉裏で維持されているはずである。蓮菜は社務所にあがると、そこに行こうと思ったのだが、蓮菜が半ばぼんやりと歩いていたら、いつの間にか見たこともないような場所に来ていた。
「え?ここどこ?」
と思うが、蓮菜が静かに歩いて行くと、赤い通路の奥に広間があり、そこに燈台が3つ三角形状に並び、3つの炎が燃えていた。
蓮菜は誘われるように、その燈台の前に行き、∴の形に3つ並んでいる燈台の内、いちばん奥の燈台から火を2つのランプに移した。
そして今来た赤い道を戻ると、いつの間にか社務所の玄関に出ていた。
蓮菜は2つのランプを門柱の所に置くと、ガラス製のカバーを閉じて鍵をしめた。
これが4/9 18:00頃であった。
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女子中学生たちのフェイルセーフ(1)