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■女の子たちのボイストレーニング(4)

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それで千里と美鳳さんはプリウスの後部座席に一緒に乗り込んで話をした。
 
「しかしあんた、こんなに無免許運転やってたら、その内マジで捕まるよ」
「すみませーん」
「判決。去勢の刑に処す」
「もう判決出るんですか?去勢は13日までなら歓迎だったんですけど」
 
「1月13日のあんたの体内時刻は2007年10月31日だった。翌日の2007年11月1日の体内時刻になるのは歴史的には2011年7月19日。この日、あんたは最後の精子採取をした上で去勢手術を受ける」
「じゃ、あれって去勢の前日に声変わりが来ちゃったんですか!?」
 
「あんたに声変わりが来ることは最初から決まっていたから、それは動かせなかったんだよ。ごめんね」
 
「いえ。私いろいろ助けてもらっていて、凄く恵まれていると思います」
「まあ、あんたは私たちのおもちゃだから」
 
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「私時々、自分はほんとにこの世に存在しているんだろうかと思うことあります」
「あんたが存在していると思っている限り、存在しているんだよ」
 
「うーん・・・・」
 
それって敏美さんが言っていた『蜘蛛の糸』の話に似ているのかなという気もした。
 
「まあ100年くらい経ったらもう一度考えてみるといい」
「そうですね〜」
 
美鳳さんは自分たちも千里が女声を出せるようになる手助け自体はできないと言った。それは神様がしてあげることではなく、千里が自分で見つけ出さなければならないものだと言う。
 
「バスケの練習なんかと同じですね」
「そうそう。環境は整えてあげられるけど、バスケの練習するのは千里自身」
 
「昨日からずっと練習したりイメージトレーニングしたりしている時に思ったんですけど、完全に女声に聞こえる声より、中性的な声のほうが早く到達できる気がします」
 
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「うん。そうだと思うよ。だから取り敢えず中性的な声の出し方を覚えて、それからあんたの新しい女声をしっかり構成していく手もある」
 
「以前おっしゃっていたおとなの女の声ってやつですね?」
「そうそう。あんたももう今まで使っていた少女の声からは卒業すべき時なんだよ」
 
「それは今回声変わりが来てみて、最初に思いました」
 
千里がこれまで使っていた声は小学5年生の頃から「可愛い声でありたい」と思って努力して調整して作り上げていったものである。中学生くらいならそういう声でもいいが、18歳にもなったら、もっとおとなの女の声になるべきではというのは、自分でも思っていた。
 
美鳳さんは出羽山中奥深い所にある喉のメンテに効く温泉を紹介してくれた。
 
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「温泉とはいうけど、すごく冷たいんですけど!?」
と千里は手を入れて言う。
 
「まあ1月だからね。凍ってないだけマシ。入らない?」
「入ります」
 
それで千里は裸になってその冷たい温泉に入った。
 
「頑張るなあ。この温泉にためらわずに入った子は初めて見たよ」
と美鳳さんは温泉の外で着衣のまま言う。
 
「だってできるだけ早く女の声を取り戻したいから」
「でもあんた、引き締まったいい身体してるね」
 
千里は美鳳さんの言葉に性的なニュアンスを感じた。
 
「美鳳さん、私の身体に欲情してませんよね?」
「私、バイだけど」
「うーん・・・」
 
「人間の女の子を妊娠させたこともある」
「え〜〜〜!?」
「女同士で子供を作るとさ、どちらも染色体がXXだから、女の子しか生まれないんだよね」
「へー!」
と言いながらも千里は疑問を感じる。
 
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「美鳳さん、おちんちんは無いですよね?」
「私の裸は見てるでしょ?」
「ちょっと安心した」
「別に妊娠させるのにおちんちんも精子も必要無いし、女同士でもセックスはできるし」
「そのあたりの原理ってのがどうもよく分からないんですけど!?」
 
「ふふふ。その内実地で学べるよ」
「うーん・・・・」
「一度妊娠してみる?」
 
千里は目をぱちくりさせた。
 
「私妊娠できるんですか?」
「知ってるくせに」
「うーん・・・・・・」
 

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美鳳さんは喉に良く効く飴もくれた。物凄く苦かったが、効きそうな気がした。
 
結局出羽には半日滞在し、夕方千里は帰途に就いた。帰りは《きーちゃん》に運転をお願いして千里はほとんど寝ていた。《きーちゃん》は途中、錦秋湖SAと滝沢SAで休憩して青森まで運転してくれた。
 
『ごめんね。こうちゃんが戻ってくれば交代で運転してもらえるのに』
『勾陳たち、そういえばなかなか戻ってこないな』
『怪我の治療時間が掛かってるのかな。あ、私、せっかく出羽に来たのに、場所を聞いてお見舞いしてくれば良かった』
 
『千里、勾陳たちが怪我して出羽で治療しているなんて嘘だから』
『え〜〜!?』
『とっくに気づいていると思ってたのに』
『じゃ、こうちゃんたちどこで何してんの?』
『まあ色々よけいなお世話をしているみたいよ』
『ん?』
 
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その頃、紺色のブレザーにチェックの膝丈スカートなどという服に身を包み女子高生の振りをした《せいちゃん》は貴司がカフェに入って来たのを見て立ち上がって、笑顔で手を振った。
 
「待った?」
と笑顔で尋ねる貴司に
「ううん。私も今来た所」
と可愛い笑顔を作って女声で答えながら《せいちゃん》は
 
『嫌だ、嫌だ、嫌だ。もう女装なんてしたくないよー』
と心の中で悲鳴をあげていた
 
この日は貴司が芦耶とデートするのを潰すために、貴司のファンの女子高生を名乗って、お茶でも飲みながら少しお話しできたら、などと貴司に働きかけたのであった。
 
(先日は《げんちゃん》がやはり女装してOLを演じて居酒屋に行った。その数日前には《こうちゃん》が子供もいると称した中年女性ファンを演じて一緒に文楽を見に行った)
 
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《せいちゃん》は女装に全然慣れていないので、さっきは女子高生の制服のまま男子トイレにうっかり入ってしまい、ちょっとパニックを引き起こしてしまった。しかしそのあと女子トイレに入ったら、まず女子トイレ名物の行列の洗礼を受けて「なんでこんなに列ができてるんだ〜?」と叫びたくなり、「女の香り」にむせ返りそうなのを我慢し、やっと個室に入ってから、座ったままおしっこするってどうやるんだっけ?とまた悩んでしまった。結局、スカートを脱いで!立ってした。
 
(スカートを穿いたままでは、スカートにおしっこが飛びそうなのである)
 

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女子高生に扮した《せいちゃん》はバスケットの話をひたすら4時間ほど貴司から聞くことになった。それを聞いていて《せいちゃん》は、貴司君って本当にバスケット以外には何も興味無いんだなというのをあらためて感じた。普通の女の子が好むような話ができない。こういう会話を退屈に思わないのって、ひょっとしたら千里くらいじゃないのか?というのも感じた。
 
「あ、ごめん。バスケの話ばかりして」
と貴司。
「いえ。とっても楽しいです」
と《せいちゃん》は笑顔で答える。
 
「でも細川さんって、こんなにバスケットができるんだもん。恋人はおられるんでしょう?」
と《せいちゃん》は貴司の本心を探るかのように訊く。
 
すると貴司は少し考えるようにしていた。
 
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「ずっと思っている人がいる」
「中学か高校の同級生ですか?」
「うん。中学の時の1つ下の学年の子なんだよ」
「へー。じゃもう長い付き合いなんですね」
 
「そうだなあ。恋人として付き合っていた時期もあるし、友だちに戻った時期もある。実は数日前、また友だちに戻りたいと言われてしまったんだよ。あ、ごめん。こんな話しちゃって」
 
「いえ。かえって、私みたいにお互い知らない同士の方が、そういう話ってできるもんですよ」
「かも知れないね」
 
「じゃ、その人と恋人としては別れちゃうんですか?」
「自分は僕の恋人の資格を失ったと言われてしまったんだよね」
「彼女から言われたんですか?」
「うん。ちょっと病気みたいなもので。いや命や生活などには影響無い病気なんだけど」
「よく分からないけど、恋人になるのに資格なんて無いと思う」
 
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「だよね−」
と言って貴司は遠くを見るような顔をした。
 
「でも僕は、きれいごとで、君がどんな状態になっても愛し続けると彼女に言う勇気が無い。今の状態の彼女を愛していく自信が無いんだよ」
 
「でもその人のこと、好きなんでしょ?」
「うん」
 
「だったら、ずっと思っていればいいんですよ。病気なら治るまで待ってあげればいいし」
「あ、そうだよね!」
 
貴司はそのことに初めて気づいたように言った。
 
確か以前千里は言っていた。声変わりしてしまっても実は女の声を出す方法は存在するんだと。米良美一さんの歌声なんて、女の人の声にしか聞こえないじゃん。だったら千里はまた女の声を取り戻すこともあるのではないか?
 
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《せいちゃん》にも言ったように、貴司は正直な所、男の声で話す千里というのを想像して、どうしても自分の心の中に受け入れることができなかったのである。でも千里が頑張って女声を習得してくれたら、また自分の恋人にすることができるような気がした。
 

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一方千里は深夜のフェリーで函館に渡り、1/16 函館704-1018札幌1030-1150旭川 というルートで帰還した。プリウスの車内やフェリー内では寝ていたものの、函館駅で始発の電車を待つ時間、そして電車の中では参考音源をヘッドホンで聴きながらずっと受験勉強をしていた。千里は一応受験生である。そして明日はとうとうセンター試験である。
 
16日の夕方、千里が自宅でやはり参考音源を聴きながら最後の追い込みの勉強をしていたら電話が掛かってくる。見ると貴司である。戸惑う思いでそれを黙殺する。するとメールが入った。携帯を開いてみる。
 
《千里、自分の声を聞かせたくないのだったら何も返事をしないでもいい。ただ僕の言葉を聞いて欲しいから電話に出てくれないか?》
 
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それで次に音声通話の着信があった所で千里は携帯をオフフックした。
 
「センター試験の直前に動揺させるような電話してごめんね。でもどうしても話しておきたくて」
 
と貴司は切り出した。
 
「千里、君が声変わりしたという話を聞いて僕は正直ショックを受けた。声変わりしたら別れようなんて話は君が中学1年の時に、軽い気持ちで約束したんだけど、実際にはそんな事態は到来しないと思い込んでいた。ずっと千里は可愛い声の千里のままだと思っていた。だから君が男の子であったとしても僕は実質女の子として君のことを捉えていた」
 
千里は黙って聞いている。
 
「ここ3日ほどずっと考えていたんだけど、やはり男の声で話す千里って自分の恋人だと思うことができないと思う」
 
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そのことをあらためて言われると千里としてはちょっとショックだ。
 
「でも恋人としては思えなくても、友だちならありかなと思うんだ。だから取り敢えず僕と友だちで居てくれるなら、受話器を指でトントントンと3回叩いてくれない?ノーだったらトンと1回」
 
千里はちょっとだけ考えてトントントンと3回指で叩いた。
 
「ありがとう。僕と千里って、どういうつながりかという形は変わったとしてもきっと一生付き合いが続く間柄だと思うんだよね。それでさ、千里以前言ってたよね。男でも訓練次第では女の声が出るんだって」
 
千里は心が緩む思いがした。
 
「今はさ、受験勉強でとてもそれどころじゃないだろうけど、大学受験が終わって一息ついたら、千里その練習をしない? 千里東京に出て行くんなら、そういうボイストレーニングしてくれる先生もきっとそちらに居るんじゃないかと思う。費用がかかりそうだったら僕がレッスン代出すから、そういうレッスンを受けてみない? そして千里がまた女の子の声が出せるようになったら、その時、またふたりの関係を少し考え直してみない?」
 
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千里は微笑んでトントントンと3回指で携帯を打った。
 
「良かった。だから僕たちは今は取り敢えず友だち。でも将来もしかしたらまた恋人になるかも、という関係で居ない?」
 
千里は携帯を3回打つ。
 
「だから友だちということで、千里僕も覚悟して聞くから千里の声をちょっとだけ聞かせてよ」
 
千里は渋い顔をして1回だけトンと叩いた。
 
「そうか。僕も覚悟を決めて聞こうと思ったけど、まだお互いそれは聞かない方がいいのかも知れないな」
 
3回トントントンと叩く。
 
「でもとにかく僕はいつも千里のそばに居る。それは変わらない。だから明日の試験頑張れよ」
 
千里は微笑んで3回トントントンと叩いた上で、ツーツートン・ツーツー、ツーツートン、トン・ツートン・トン、トン・トン、トン・トン・ツートン・トン、と携帯を打った。
 
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貴司は最初意味が分からないようだったが、千里がもう一度繰り返し始めると「あっ」と言い「ちょっと待って」と言って何か資料を探しているようである。
 
「モールス信号の一覧表見付けた。もう一度お願い」
 
それで千里が再度信号を打つと
 
「『ありがと』か。うん。なんか僕も千里とこうやって電話で話ができて安心した。また落ち着いたら話そう。今日はありがとう。千里好きだよ」
 
それで千里もツーツーツートン・ツー、ツートン・ツートン・トンとモールス信号で『すき』と送って会話を終えた。
 
 
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