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「かぐや姫。あの時私はおとなになったらそなたに求婚したいと言った。今でもその気持ちは変わらないぞ。今すぐ朕と一緒に宮中へ参ろう」
と帝は言う。
「申し訳ありません。あの時のことは感謝しておりますが、私は陛下と一緒に宮中に参る訳にはいきません」
それで帝はかぐや姫を捕まえようとするのだが、姫はするりと逃げてしまう。ふたりはしばらく部屋の中で鬼ごっこのようなことをしたものの、どうしても帝はかぐや姫を捕まえることができなかった。
「そなたなんて足が速いのだ。とても女人の足とは思えん」
と帝はハアハア息を吐きながら言った。
「そうですね。私は女人ではなく男かも知れませんよ」
「それは戯れがすぎるぞ、姫。こんな美人の男がいる訳が無い。男だと言うのであれば朕に確かめさせろ」
「私を陛下おひとりで捕まえることができたら、男なのか女なのかを確かめてもよいですよ」
「よし。捕まえてやる。者共手伝うなよ」
と供の者に釘を刺してから、また鬼ごっこをするものの、どうしても姫が捕まえられない。
「分かった。今日の所はそなたを連れていくのを諦める」
と、とうとう帝は疲れ果てて言った。
《帰るさの行幸もの憂く思ほえて背きてとまるかぐや姫ゆゑ》
(私の意に背いて家に留まろうとするかぐや姫のせいで帰りの行幸が辛く思える)
と歌を詠むと、かぐや姫はその場でお返事をする
《葎はふ下にも年は経ぬる身の何かは玉の台をも見む》
(雑草の生い茂るような身分の低い家で育った私のようなものがどうして帝の所になど参ることができますでしょう)
しかしこの行幸を機会に、帝は度々かぐや姫に文を送るようになり、かぐや姫も帝の文にはきちんと毎回お返事を書いた。
誰にも手紙の返事など書かなかったかぐや姫が帝の恋文には返事をしているらしいという噂が立つ。
「帝を狙っていたから、大臣様の求婚も大納言様の求婚も断り続けたのか」
「いや、それが元々帝は小さい頃に、かぐや姫と会ったことがあったらしいぞ」
「そんなことがあったのか」
「なんでもお互いまだ幼かったのに、帝、当時はまだ東宮であらせられたのだけど、その場でかぐや姫に求婚なさっていたらしい」
「そうか。かぐや姫は既に帝に求婚されていたから、他の男の求婚を断り続けたのか」
「だったら、それは純情物語ではないか」
今まで冷たい女だ、男を滅ぼす酷い女だと言われていたかぐや姫の株が、この話でかなり上がった雰囲気もあった。
「でもだったらなぜかぐや姫はすぐに帝と結婚しないのだ?」
「お前、陛下と結婚しないの?」
と耶穂は姫に尋ねた。
「身体をどうにかしないと結婚できないよぉ」
とかぐや姫は困ったように言う。
「思い切ってえいやと切り落としてしまおうか?」
とかぐや姫は思い詰めたように言う。
「切り落とすだけでは、殿方と交われませんよ」
「だよねぇ。何とかして女の身体に変わる方法って無いのかなあ」
かぐや姫と帝が文を取り交わすようになって3年が過ぎた。
7月15日の満月の晩、かぐや姫はその月を見て涙を流していた。
「お前、一体どうしたの?」
と母の耶穂が心配して言う。
「いえ、何でも」
と最初はかぐや姫も言っていたものの、その後毎晩のように月が出るのを見ては涙を流しているので、とうとう翁が
「お前は月を見てはならない」
と禁止してしまう。
月を見ることを禁じられたかぐや姫が、その後、ずっと自分の部屋で物悲しい様子をしているので、母は心配して再度かぐや姫を問い糾す。すると姫は驚くべきことを言った。
「来月の満月の夜、月から使者が来ます」
「え? お前、月の物が来るのかい?」
と母は驚いて言う。元々男の身体であったかぐや姫に月経が来る訳がないと耶穂は思っていたのである。
かぐや姫は泣いていたのをつい苦笑してしまい母に告げる。
「いえ、月の物が来たらいいのですけど。そうではなくて、月から私を迎えに使者がやってくるのです」
「どういうこと?」
「先月の満月の夜、封印されていた記憶が蘇りました。私は元々月の住人だったのです。それが悪いことをして罰としてこちらの世界に転生しました。しかし罰の期間が終わってしまうので、私は月に戻らなければならないのです」
驚いた耶穂は夫に相談し、それで驚いた翁は帝にそのことを申し上げた。
「ここまでわが心を奪われたかぐや姫を、やすやすと月の者に渡す訳にはいかない」
とおっしゃって、2000人の兵を率いてかぐや姫の家に行き、警護に当たった。
そして8月15日の夜。
帝の兵が警戒する中、突然月がふだんの満月の十倍ほどの明るさに輝き、まるで昼間のように明るくなるとともに、その月の中から貴人がひとり降りてきた。
帝の兵たちは弓矢を射ようとするものの、ほとんどの者がその雰囲気に圧倒されて身動きできない。数人気丈な者が何とか弓を引いたものの、矢はあらぬ方向に飛んで行き、貴人には当たらない。
やがて貴人が地上まで降りてくると、近くに居た者は全て石のように固まってしまった。木の葉が落ちる途中で停止している。時というもの自体が止まってしまっているようである。
「さあ、迦具也彦、帰るぞ」
と貴人は言ったのだが、家の中から出てきたかぐや姫を見て戸惑うように言う。
「なぜそなたは、まるで女のような格好をしているのだ?」
「私はこの24年間、こちらの世界では女として暮らしておりました」
「何とまあ。お前は月の世界では乱暴な男で8人も人を殺した故、優しい心を持つことを誓わせて地の世界に落としたはずが」
「優しい心を持った結果、女の心になってしまったのかも」
「しかし、お前、男の印が付いていたのでは?」
「ええ。でもそのような物が付いていても、私の心はもう女なのです。ですからこの世界では女として生きてきました」
「そういえばお前、なぜヒゲが生えていない。なぜ女のような声をしてる?」
「私が女の心を持っていることを知ったこちらの世界での母が、医者に頼んで男の素(もと)の玉を取り除いてくれました。おかげで私は女のように育つことができました」
「徹底しているな」
「それとごめんなさい。私、こちらの世界では女ゆえに、男を随分惑わせて、死なせてしまいました」
「なぜそうなる?」
「だって私、女としては不完全で、男の方の妻にはなれない身体だから、どんなに熱心に求婚されても、それを受け入れられないのです」
「うむむむ」
「それで求婚をお断りしている内に、皆さん亡くなってしまって」
「お前それでは罪を償うどころか、罪が増えてしまっているではないか」
「自分が完全な女でないことが心苦しかったです」
「何人殺した?」
と貴人はかぐや姫に訊いた。
「あ、えっと・・・庫持皇子が山に入って多分自殺なさったようですし、石上中納言様は事故でお亡くなりになりました。大伴大納言様はかなり身体を痛められ治るのに2年ほど掛かりました。石作皇子様は、私に思いが届かなかったのを苦に男を辞めて女になってしまわれました。あと、私の部屋に忍び込もうとして木や屋根から落ちて亡くなった方が3人、穴を掘って侵入しようとして埋もれて亡くなった方が2人、ほかに恋い焦がれて衰弱して死んでしまった方が10人ほど」
「お前、大量殺人しているではないか?」
「済みません。私が完全な女だったら、早い内にどなたかの妻になることでそのような悲劇は防げたのですが」
貴人は腕を組んで悩んでいた。
「とりあえずお前の刑期は延長する」
「はい」
「17人殺して、1人大怪我して、1人男を辞めるはめになったのであれば、殺した者1人につき3年、怪我した者1年、女になってしまった者2年で合計54年、刑期を延長する。だからあと54年こちらの世界に居ろ」
「分かりました。ありがとうございます」
「しかしそなたが、今のような身体のままなら、更に死者が出そうだな」
「帝も危ないです」
「仕方ない。お前、完全な女になれ」
「はい!」
それで貴人は懐から赤い薬と青い薬を取り出した。
「赤い薬は附女(ふじょ)の薬、青い薬は附士(ふし)の薬だ。附女の薬を飲めばお前は本当の女になる。青い薬を飲めば完全な男に戻る」
「附女の薬、頂きます」
とかぐや姫は言うと、赤い薬を飲んだ。
すると姫の胸のあたりが膨らみ始め、ふつうの大人の女ほどの乳房ができた。お股の所にあった男の印がどんどん小さくなり、やがて身体の中に吸い込まれ、そこが穴になってしまう。穴はどんどん広がって皮膚を引っ張るので、やがてお股の所には縦の割れ目ができてしまった。
かぐや姫は自分が完全な女の身体になったことを認識し、物凄く嬉しい気持ちになった。
「あら?どこか怪我したのかしら」
とかぐや姫はつぶやく。お股の所に血が流れている。
「それは月の物だよ。お前女になったからな」
「ちょっとお待ちを。処置しなければ」
と言ってかぐや姫はその部分に布を当て、服を汚したりしないようにした。こんなことをするのは初めてだが、やり方は知らないと変に思われると言われて、母から習っていた。
「嬉しいです。月の物は大変そうだけど、これがあることは女の証です」
「では54年後に再度迎えに来る。それまでにお前、殺してしまった男たちの菩提でも弔うとよい」
「はい。あの父上」
「うん?」
「私のせいで女になってしまわれた石作皇女様ですが、いっそあの方も完全な女にしてあげられませんでしょうか?」
「では赤い薬をもうひとつやるから、お前が届ければ良い」
「はい!」
それでかぐや姫はもうひとつ赤い薬を受け取った。
「では帰る」
と言って、貴人はまた天に登って行った。月の明るさが元の程度に戻った時、竹取の翁たち、帝たち、兵たちが意識を取り戻した。空中で止まっていた木の葉も地面に落ちた。
「これはどうしたことじゃ? 月の使者はどこに行った?」
と帝が言うので、かぐや姫は
「帝の軍勢に恐れをなして帰って行ってしまいました」
と答える。
「おお、そうか!」
「陛下、私は本当は月に帰る所だったのに、陛下に邪魔されてしまいました。責任を取って、私を陛下のおそばに置いてください」
「おお、それは責任を取ってやるから、朕の妻になれ」
「はい!」
完全な女の身体になり、もう男の求婚を断らなくてもよくなったかぐや姫は明るく元気に返事をした。
帝とかぐや姫のやりとりを聞いた竹取の翁と妻の耶穂もたいそう喜んだ。
「かぐや姫を育てて二十余年になります。やっと結婚してくれてほっとしました」
と翁は言った。
「父上、ほっとして逝ってしまわないでくださいね」
「お前の子供が成人するまでは頑張る」
と翁は言うが、媼はその件に関しては心配そうな顔をしていた。
「それで月の使者から妙薬を頂いたのですが」
と言って、かぐや姫は帝に青い丸薬を見せる。
「これは女が飲むと、身体が男に変わってしまう孵士(ふし)の薬というものだそうです。これを私、飲んでもいいですか?」
「とんでもない!そなたが男になってしまったら、朕は女にならなければ結婚できなくなるではないか」
「女になるのも良いですよ」
「良くない。その薬を貸せ。お前がこんな変な物を間違っても飲んだりしないよう、この薬は焼いてしまおう」
帝はそう言って、その薬を駿河の国にある高い山の頂上まで持って行き焼かせた。附士の薬を焼いた煙はそれからかなり長い間、頂上からたなびいていたが、その煙にあたると、女が男に変わるらしいという噂が立ち、男になりたい女が何人もその山に登ったという。これが今の富士山である。
またかぐや姫は赤い薬の方を清原の中将に手紙を添えて送った。それを受け取った中将はひそかに石作皇女に飲ませた。
「え?私どうしちゃったの? きゃー!胸が膨らんでくる。あっ、おちんちんが短くなっていく!」
本人が驚いている間に身体はみるみる内に変化して、完全に女になってしまった。
「いやーん。私何だか女みたいな身体になっちゃった」
「だから私の真の妻になればいいのだよ」
と言って中将は石作皇女に口付けをし、抱きしめた。
一方のかぐや姫は帝と盛大な結婚式を挙げた。
たくさんの臣下から多数の贈り物が届けられた。かぐや姫はその中にあの庫持皇子からの贈り物と歌があるのに驚いた。
生きておられたのか! でも月の父君には黙ってよう。皇子様が生きていたら、私、刑期を3年減らされて51年後に月の世界に戻らなければならなくなってしまうもの、とかぐや姫は考えた。
帝の女御(*9)となったかぐや姫は、本来の周囲を明るくする性格を発揮した。姫に付いた女官たちは、最初は「多数の男たちを死に至らしめた冷たい女」と聞いていたので緊張したものの、姫が優しく接してくれるので、すぐに打ち解け、かぐや姫が住まう殿舎(*10)はいつも朗らかな笑いで満ちるようになった。
また、かぐや姫は何かに付けて他の妃や女御たちを立てたし、贈り物も欠かさなかったので、最初は帝のお渡りが圧倒的に多いかぐや姫に嫉妬していた彼女たちも次第に姫に優しくするようになっていった。
1年後、かぐや姫は玉のような王子を産み落とした。帝は政治的な面倒を避けるためすぐに臣籍降下させたものの、たいそうな可愛がりようで、何度も出産のため宿下がりしている姫を訪ねてきた。
「お前、本当に子供を産んだね」
と耶穂は言った。
「私、月の神様に本当の女にしてもらったんだよ」
「そうだったのか。だったら、また月読神社にお参りに行かねば」
「うん、お願い。私が出歩くとお供や警護で大袈裟なことになっちゃうし」
「でも母上」
「なんだい?」
「女の身体って、すっごくいいね」
すると耶穂は
「私は男になったことがないから分からないけど、まぐわいは気持ちいいよね」
と笑って言った。
「うん、凄く気持ちいい!女になって本当に良かったなあと思っているよ」
とかぐや姫は笑顔で答えた。