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■夏の日の想い出・修学旅行編(4)
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目次 8
時間索引 #
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翌日は朝8時くらいまで寝ていて、琴絵に「そろそろ起きようか」などといって揺り起こされた。顔を洗ってトイレもしてから学生服に着替えた。「何か今日の冬ちゃん、学生服を着てても女の子に見える」と秋山さん。「昨日もそう思ったけど、今日は更に女度が高いなあ」と琴絵。
「ヒゲ伸びてないね」
「ボクのヒゲ、伸びる日と伸びない日があるの。土曜日の朝処理した後、全然伸びてない」
「へー」
その日は九州を横断し、車窓から阿蘇を見て、竹田市でお昼を取るコースである。初日の新幹線でも、昨日のバスでもボクはひたすら寝ていたので、その日はじめて起きて景色を見ていた。しかし阿蘇に近づくと霧が凄くて、何も見えない真っ白な空間を走ることも多々あった。
「この近くに今回は通りませんが、ミルクロードという道路があり、そこはほんとに霧が深くて、ミルクの中を走っているようなので、その名前があります」などとバスガイドさんが解説してくれた。
「私もミルクロードはよく走るのですが、ほぼ毎回そういう濃い霧に
遭遇します」などとも言っていた。
何かボクの創作意欲を刺激するような感じだった。
やがて道路の近くに可愛いきれいな円錐状の山が見える。
「あの山は米塚といいまして、とても可愛い形をしていますね。2000年ほど前に数ヶ月程度の火山噴火により形成されたものでスコリア丘と呼ばれるものです。スコリア丘は火山活動により数時間で形成されることもあるのですが、そういう短期間で形成されたものは短期間で崩れてしまうことも多いようです。米塚の場合は数ヶ月掛けて形成されたために、今に残るものとなりました。高さ100mほどですので、15分もあれば登れるのですが、現在は景観保護のため登山禁止となっております」
この米塚も強烈にボクの創作意欲を刺激する。ボクはたまらず荷物の中からスケッチブックを出すと、鉛筆で5分ほどで今見た米塚のスケッチをした。更にその横に定規で五線を引くと、そこに思いつくままにメロディーを書き綴ってみた。
「へー、唐本って作曲とかするんだ?」と隣の席の佐野君。
「うん。たまにね」
「Meet Angel?」
「うん。あの米塚の上で天使が遊んでるような気がしたから」
「へー」
この時思いついたモチーフを使用した『天使に逢えたら』という可愛い曲は実際にはその日泊まったホテルの、ロビーに置かれていたピアノを使って完成させ、歌詞付けを政子に依頼した。政子はその歌詞を翌月の初め頃に書いた。この曲のことは実はボクも政子もきれいに忘れていて!大学に入った年にFM番組でボクたちの歌を流すという企画が生まれた時、政子の部屋の押し入れから譜面を発掘して使用したのであった。
実際にこの曲がCDとしてリリースされたのは、大学3年生の春で、FM放送での公開から2年、作詞作曲をした時からは3年4ヶ月の月日が経っていた。
さて、阿蘇の雄大な自然を満喫した後は、竹田市まで降りていき、昼食となった。トイレに行きたくなったのでトイレマークのあるところまで行ってみたのだが、困ったことにここには多目的トイレが無い!昨日お昼を食べた長崎中華街のお店にはあったのに。困ったな、次の休憩スポットまで我慢しようかな。。。と思っていた時、そこに秋山さんが来た。
「ん?トイレ?」
「うん」
「ああ・・・男子トイレに入りたくないのね」
「うん」
「ちょっと待って」と言うと秋山さんは女子トイレの中をのぞく。
「中は手洗い場の奥に個室1個だけ。今誰もいない。私がここで見てるから、入ってくるといいよ」
「ありがとう」
そういう訳でボクは秋山さんが外に立って見ていてくれる間に女子トイレにさっと入って用を済ませ急いで手を洗って出て来た。秋山さんのアドバイスで、念のため学生服を脱いで、下のワイシャツだけの状態で中には入った。ワイシャツ姿だと明らかにバストがあるのが見える。
秋山さんは預かってくれていた学生服をボクに返すと「じゃ、またね」と言って女子トイレの中に消えた。
その日は4時に別府に到着し、地獄巡りをしてからホテルに入った。今日も先に食事をした後、大浴場でのお風呂(温泉)ということだった。ボクの件は昨夜の内に片岡先生たちから男の先生たちにも伝達され、今日は最初から琴絵たちと同じ部屋に入るように言われた。また女先生たちの部屋には浴室が付いているので、そこでお風呂に入るようにということだった。
ボクは部屋に入ると、琴絵たちとわいわいやりながら浴衣に着替えた。
「今朝はバタバタしててよく見なかったけど、冬ちゃん、おっぱいあるし、ウェストくびれてるし、足には無駄毛が無いし、それに足が細いし」
「魅力的なプロポーションしてるよね」
「えーっと。胸は偽乳です。足はソイエしてまーす。足の細さとウェストのくびれは元からでーす」
「わあ。でもソイエって痛くない?」
「痛い。でも剃ったのではどうしても剃り残しが出るしね。スカート穿いた時に生足さらすには、ソイエしておく以外の選択肢がないよ。それかもうレーザー脱毛しちゃうか」
「そうか!スカート穿くんだ?」
「うん。ほぼ毎日。ミニスカとかもよく穿いてる」
「わあ」
食事の席に行くと、今日食事をする大広間にはカラオケのセットがあり、先に入ったクラスの子がカラオケで歌っていた。
「それでは次6組の人よろしく」
どうやらリレー方式で各クラスから何人か出て歌っているようだ。
6組の子が何人か歌った後、政子に指名が来た。政子は頭を掻きながら壇上に上がる。
「えーっと最近、私、ローズ+リリーのマリちゃんに似てるとか言われて、ちょっと困ってるんですけど、私音痴だから、それ絶対あり得ないって」
などと言うと
「大丈夫、マリちゃんも歌下手だから」なんて声が飛ぶ。ボクは心の中で苦笑していた。
「ということで、やけくそでローズ+リリーの『遙かな夢』を歌います」
といって番号をセットして歌い出す。
「なんか顔だけじゃなくて声質もマリちゃんと似てるね」と琴絵。
「でも明らかに別人だよ。だって政子の方がマリちゃんよりずっと上手いもん」
ボクは心の中で笑っていた。『遙かな夢』の音源を制作したのは9月のことである。しかしそれから毎日、ボクらは放課後にライブ会場や放送局に向かう須藤さんの車の中で最低でも30分、音階を歌う練習など基本的な練習をさせられていた。目的地に30分もかからずに付く場合は、わざわざ迂回しても最低30分歌わされた。また帰りの車の中では、口をしっかり開けて言葉を明確に発音する練習をさせられていた。その結果、明らかに政子は9月頃よりずっと歌が上手くなっていた。だからCDで聴くマリの歌より、今、生で聴く政子の歌の方がずっとうまいのである。
歌い終わって拍手を受ける。
「じゃ、次7組の人、冬ちゃーん、女の子の声で歌ってみよう」
ぽりぽりと頭を掻きながらボクは壇に上がって、政子からマイクを受け取る。
「えーっと、女の子の声も出るけど、今日は男の子の声でね」
と男声で言う。
「じゃ、目を瞑って選曲します」と言うと、ボクは目を瞑ってカラオケの索引ブックを適当に開き、適当に指を当てた所の番号を打ち込んだ。タイトルも見なかったが、前奏を聴くと・・・・これは『WINDING ROAD』だ!コブクロと絢香の共演による歌だ。
「こうなったらひとりデュエット!」と政子が声を掛ける。
ボクは政子に手を振った。
ボクはまず初めの付近の男性パートを男声で歌い始める。そして少し経ったあたりで入る女性パートを女声に切り替えて歌った。
「えー!?」という声があちこちから沸き起こる。男女一緒に歌うところは適当に男声か女声で歌って最後まで歌いきった。
「すごーい!」などという声とともにたくさん拍手が来る。
「じゃ、次は○○さん」と女の子のクラスメイトを指名してボクは壇を降りた。
「凄いね」とまだ拍手しながら琴絵。
「宴会芸だよ」と笑いながら言う。
このひとりデュエットというのは、10月にキャンペーンで大阪に行った時に、面白い芸をする人がいるからと言われて、現地のイベンターさんに連れられて見に行ったイベントで、二種類の声色を使い分けてひとりでデュエットしているのを見て知ったテクニックだった。それを聴いてから政子はボクに「冬なら男の子の声と女の子の声使ってデュエット曲歌えるんじゃない?などと言われ、ホテルで休んでいる時などにおふざけで練習した。まさかそれを本当に2年後にCDに吹き込むことになろうとは、この頃は夢にも思わなかったのであったが。
この日の夕食は7組の生徒が合計5人歌ったところで8組にリレーしてから各々の部屋に引き上げた。琴絵たちは大浴場に行き、ボクは女先生の部屋に行って入浴させてもらった。ボクが戻って来て少しすると琴絵たちも戻って来たので、色々おしゃべりをして「少し疲れが溜まってきたね」などと言い消灯時間少し前に寝た。
前日にかなりたっぷり寝ていたせいか、その日は5時頃目が覚めてしまった。他のみんなはまだ寝ているので、浴衣のまま、ボクは静かに起き出して館内を少し散歩してみた。
ロビーにピアノがあったので、昨日米塚のところで書いた曲を完成させようと思い、ピアノで音をさぐりながら見つけ出したメロディーラインとコードを、持ってきていたバッグの中に入れたメモ帳にABC譜方式で書いていく。曲は30分ほどで完成した。
ソファーに座って少し休んでいた時、70歳くらいかなという感じのおばあさんが入ってきた。
「あ、すみません。大浴場はどちらでしたでしょう?」
などと訊かれたので、
「そちらの通路を進んでいって左手に行ったところだと思います」
と答える。しかし少し様子が変な感じがした。
「あれ、おばさん、もしかして目が・・・」
「ええ。ほとんど見えません。でもだいたい勘で動き回っていますから」
と言う。
「介護の人とかと一緒じゃないんですか?」
「よく娘が付き添ってくれるのですが、別府は何度も来てるから大丈夫と言ってひとりで出て来たんですよ。でもいつも泊まる宿が満杯で、そちらからここを紹介されてきたんですが勝手が分からなくて。昨夜は従業員さんに連れていってもらったのですが、朝早くてまだ人がおられないみたいで」
「お風呂まで連れて行ってあげます」とボクは言って、おばあさんにボクの肩に手を置くように言って、一緒に歩き出した。
「あ、この歩き方、何だか楽です。手を握られることが多いのですが、手を握られてしまうと、けっこう歩くペースが難しくて」
「肩に手を置かせろというのは、数年前に目の手術をした大叔母の見舞いに行った時に眼科の先生から教えられたんです」
「へー」
大浴場まで来る。ボクは一瞬だけためらったが、おばあさんを連れて姫様と書かれた暖簾のほうをくぐった。
「このあたりにロッカーがあります。あと行けますか?」
「はい、後は何とかなると思います」
と言ったものの、おばあさんはいきなりロッカーの端にぶつかった。
「大丈夫ですか?」
「ええ、なんとか」
ボクはこのおばあさんを放置できないと判断した。
「私、一緒に入ります」
「え?いいんですか?」
「ええ。せっかく温泉に来たんだから、たくさん入らなくちゃ」
「そうですね」
ボクはロッカーをひとつ開けておばあさんにここですよ、と教えるとともに、隣のロッカーを開け、自分の服を脱いでそこに入れる。そしておばあさんが脱いだ服を全部そこに収め終わるのを待って、そのロッカーも締め、両方のロッカーの鍵を自分に腕に付けた。
おばあさんの手を握って一緒に浴室に入る。
浴室は早朝から、10人くらいの客が入っていたが、女性の裸を見てもボクは特に何も感じない。以前政子と一緒に女湯に入った時は客は2〜3人だった。これだけの女性の中で自分の裸を晒すのは初めてだ。でもボクはおばあさんを安全に誘導することに集中していたので、恥ずかしさとか不安とかは感じなかった。
ボクはおばあさんを誘導してシャワーの所に連れていき体を洗わせ、自分もまた身体を洗う。そして一緒に浴槽に入った。
「おばさん、どちらからいらしたんですか?」
「黒崎からなんですよ。て分かるかしら」
「小倉の少し先でしたっけ?」
「そうそう」
「でも九州はいい温泉多いですよね。昨夜は菊池温泉に泊まりましたが、以前湯の児温泉に泊まったことあります」
「ああ、湯の児もいいところね。あなたアクセントが標準語。東京のほうの人?」
「ええ。修学旅行で来たんですよ」
「私目が見えないけど雰囲気で感じとれる。あなたとても可愛い女の子ね」
「ありがとうございます」
ボクはしばらくおばあさんとのおしゃべりに付き合った。やがて身体が温まったところであがることにする。ここのホテルは脱衣場に自由に使えるバスタオルが置いてあるので、それを2枚持ってきて、1枚をおばあさんに渡し、1枚は自分で使った。脱衣場は先程は人がいなかったもののも今は20人くらいの女性が服を脱ぎ掛けている。長居は無用という感じだった。ロッカーを開け服を着る。
ここで、おばあさんがコーヒー牛乳を飲みたいというので、財布を預かり、自販機で買ってきて、ストローを挿して渡した。それを飲み終わった所で、脱衣場を出てロビーの所まで戻った。戻る途中でお風呂に行くふうの別のクラスの女子とすれ違った。おお、ニアミス!
「この先はひとりで帰れると思います。ありがとうございました」
「はい。お気を付けて。良い旅を」
おばあさんが戻っていくのを見送って、ボクは部屋に戻ることにした。ロビーの時計を見ると6時半だ。そろそろ誰か起き出しているかも知れない。
果たして部屋に戻ると、琴絵と秋山さんが起きていた。
「おはよう」
と言ってボクが自分の布団の所まで戻ると、琴絵が
「あれ?もしかして冬、お風呂入ってきた?」と言う。
「うん。入ってきた」
「まさか女湯?」
「ボクが男湯に入る訳無いよ」
「えー?でも誰か同じ学校の生徒に遭遇したら」
ボクは目の不自由なおばあさんを誘導してたら結局一緒に入ることになったということを説明した。
「なるほどー。冬がもう我慢できなくなって女湯に突撃したのかと思った」
「けっこう突撃したい気分はあったけどね。でも早朝だし、生徒はいないだろうと思ったのよね。中にいたのは30〜40代の女性10人くらいだったよ」
「へー」
「でも脱衣場を出て戻ってくる最中に、2組の米山さんとすれちがった」
「おお、危ないとこだったね」
そういう訳でこの修学旅行の最後にボクはめでたく?女湯に入ることもできたのであった。
旅行の最終日はバスで熊野の磨崖仏を見てから小倉まで移動し、14時の「のぞみ」
で東京に帰還(東京駅到着19時)というコースであった。席を少し組み替えてもらっていたので、ボクはバスは琴絵と隣同士。新幹線では3席の所に、ボク・琴絵・秋山さんで座り、ひたすらおしゃべりを続けて東京に帰着した。
東京駅で学年主任のお話があり解散する。初日にいろいろしてくれた佐野君、それから少しだけ親しくなってフェリーの中とか、地獄巡りとかの時にまた少し話した松山君などにも声を掛ける。政子は他の子と話していたので手だけ振っておいた。政子とはどうせまた明日から2日間一緒である。明日は土曜日。新幹線で朝から移動して名古屋でコンサートがある。今日は早めに寝てぐっすり休んでおかなくちゃなどと思っていた時、琴絵が「ちょっと話がある」と言って、みんなから少し離れた柱の影にボクを引っ張っていった。
「私やっと分かったよ」
「何が?」
「冬と政子がしているバイト」
「え?」
「ふたりがローズ+リリーなんだね。ケイちゃんって女装歌手だったんだ」
ボクは参ったという表情をした。
「誰にも言わないでね」
「もちろん」
「そしてふたりの関係も分かった」
「え?」
「冬と政子、ケイとマリってレスビアンなんだ!」
「えー!?ただの友だちだよ」
「そんな話は信じません」
と言って琴絵は笑った。
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夏の日の想い出・修学旅行編(4)