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■夏の日の想い出・修学旅行編(1)

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(C)Eriko Kawaguchi 2011-11-23/改訂 2012-11-11
 
ボクの高校ではその年から修学旅行は2年生の11月に行われることになった。それまでは3年生の6月に行われていたのだが、ボクたちの2つ上の学年の入試成績がよくなかったため、今年からは2年生のうちにやってしまおうということになったのである。そういうことで、その年は(6月の予定を少し繰り上げて)5月に3年生が修学旅行に行き、11月に2年生のボクたちが修学旅行に行くということになった。
 
行き先は九州であった。三連休明けの月曜日、ボクは東京駅に集合時刻の6時半に行った時、政子と顔を見合わせてお互いため息を着いた。その月、ボクたちはローズ+リリーのコンサートツアーで全国を飛び回っており、前日・前々日も飛行機やら新幹線やらに長時間乗っていたのであった。
 
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「一昨日福岡だったし、もうそのまま福岡に居たかった感じだね」
「ほんと、ほんと」
と言ってから政子はじっとボクの身体を見つめた。
 
「ね、冬、もしかしてブレストフォーム付けたまま?」
「うん。もう昨日くたくたに疲れてて、そのまま寝たから」
「じゃ、もしかして、タックもしたまま?」
「うん」
「どうするの?お風呂とか?」
 
「あはは、どうしよう」
「私、助けてあげないからね」
「体調悪いことにしてお風呂パスするよ」
「3日間?」
 
「それにさ」
「うん?」
「もう男湯には入りたくない気分なんだよね」
「・・・ふーん」
政子は興味深そうな顔でそんなボクの顔を眺めた。
 
新幹線の座席はクラスごと、男女別・名簿順であったので、ボクは隣がわりと話の合う佐野君で、彼の巧みな話術にうまく巻き込まれて、ボクはまだ土日の疲れが残ってはいたものの、新幹線の中では楽しい時間を過ごすことができた。
 
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それでもやはり疲れが出たのか、静岡を過ぎたあたりで眠ってしまった。起きたのはちょうど京都を出た所だった。
「あ、眠っちゃってた」
「なんか凄く疲れてるみたい」と佐野君。
「うん、ちょっとね」
「最近、放課後もすぐ帰ってるみたいだし、塾か何か?」
「あ、うん、えーっと」
「まあ、いいけど、無理するなよ」
「ありがとう」
 
ボクは少し寝たせいかトイレに行きたくなって、デッキの方へ歩いていった。あいにく広いトイレは使用中であった。しばらく待っていたら、佐野君が来た。「俺もションベン」と言って、ボクの隣に並んだが、「あれ?男トイレ、空いてるぜ」と言う。
「あ、えっと。。。ボクはそちらの方で」
「あ、大か?」
「いや、そうじゃないんだけど・・・・」
すると佐野君は「あぁあ」と何かに納得したような顔をすると、男子用トイレの方に入った。そしてすぐ出てくると、手を振って座席の方に戻っていった。
 
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やがて広いトイレが空く。ボクは何となく出て来た女性に会釈して中に入った。タックをしたままなのでボクは座ってしかトイレをすることができない。剥がせばいいといえばいいのだが、何となくそういう気分では無かった。昨日・一昨日はハードスケジュールで岡山・福岡・仙台と移動してで3日連続のコンサートをしたので、剥がれにくい、防水テープでタックをしていた。過去の経験からすると、このテープは自分で剥がそうとしなければ、10日くらいもつ。
 
タックを覚えたのは9月末だったのだが、この頃にはこの不思議な感覚にハマってしまっていた。取り敢えず見た感じは女の子の股間にしか見えないし、便器に腰掛けておしっこをする時に、おしっこが後ろの方に飛んでいくので、最初こそ戸惑ったものの、慣れるとこの方が普通で、タックを外した状態で、おしっこが前の方に飛んでいくのは、凄く変な気がした。
 
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しかしこのタックをしている限りは、立っておしっこをすることはできないし、当然男子用小便器を使うことはできないのである。
 
トイレを終えて座席に戻ると、佐野君が小さな声でささやいた。
「もしかして、立ってションベンできない状態?」
「あ、うん」
「今日もブラ付けてる?」
「・・・付けてる」
「分かった。俺に任せとけ」
「うん・・・」
 
彼とは体育の時間にいつも柔軟体操で組んでいるので、ボクがいつもブラを付けていることに、最初に気付いたのが彼だった。しかし彼はそれを面白く言いふらしたりすることもなく、そっとしておいてくれた。ただ、この時期、他にも数人、偶然身体が接触したりして、ボクがブラをしていることに気付いた感じの男子はいた。
 
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博多でお昼を食べた後、トイレに行きたくなった時は、食事をしたお店に男女共用の多目的トイレがあったので、そこで用を達した。この修学旅行の間、トイレにはけっこう神経を使った。この頃、学校では何度かうっかり女子トイレに入ってしまったことがあったが、学校では「こっち違うよ」と言って追い出されるだけで済むものの、一般の場所でそれをやると、痴漢扱いされる危険がある。
 
この時期プライベートで外出する時はいつも女の子の格好だったので、ふつうに女子トイレに入っていたし、逆にうっかり女の子の格好のままで男子トイレに入ってしまうミスをすることはあった。それは特に騒ぎにはならないが、逆はやばいのである。
 
吉野ヶ里をひたすら歩いて見学したあとバスに戻り、車は九州横断道を走って長崎に到着する(バスの中でもほとんど寝ていた)。バスはボクたちが泊まるホテルに入った。ボクたちは4人ずつ部屋が割り当てられていた。佐野君がささやいた。
「お前、部屋に入ったら、さりげなくいちばん奥の窓際の布団に行け。俺がその隣を取るから」
「うん」
 
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部屋には既に4つの布団が並べて敷かれていた。佐野君に言われた通り、ボクはいちばん奥の布団のところまで行って自分の荷物を置いた。佐野君がその隣に陣取る。白川君と杉山君は特にまだ場所を決めてない感じだった。
 
「着換える時は言えよ。他の奴らがお前の方を見てないタイミングを教えてやるから」
「ありがとう」
 
そういう感じで、この修学旅行の初日、佐野君はかなりボクをガードしてくれたのであった。おかげでボクは着替えに関しては何とかなった。
 
この初日の宿は各部屋にお風呂が付いていた。しかし4人共同の部屋だから、入浴している間に他の子が乱入してくる危険がある。佐野君はさりげなく、他の2人を先に風呂に入れ、それからボクに入るように言った。ボクがお風呂に入っている間に、佐野君は他の2人を誘ってトランプを始め、おかげでボクは、乱入されて、一見女の子の裸に見える裸体を見られたりせずに済んだ。ボクがあがってから、佐野君はお風呂に入った。
 
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お風呂から上がる時、ボクはホテルの浴衣を着たので、その浴衣のまま夕食に行った。浴衣はゆるめに着て、バストが目立たないようにしている。
 
。。。と思ったのだが、食事をする大広間で政子が寄ってきた。
「冬、気をつけて見るとバストがあるの分かる」
「え?分かる?目立たないように浴衣ゆるく着たのに」
「男の子には分からないかも知れないね。でも女の子には結構バレバレ」
「そう?」
「まあ、この機会にカムアウトするつもりなら問題無いけど」
「うーん。。。」
 
食事の後、佐野君は他の男子と一緒に何かしに行ってしまい、政子はどこかに消えてしまった感じでつかまらず、仕方ないので、ボクは浴衣のまま、ホテルの中庭に出て少し散歩してみた。
 
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「君、女の子がひとりではぶっそうだよ」
という声がして振り向く。あれ?これは確か政子と同じクラスの男の子で、確か・・・・・
「あ、大丈夫です。私、男の子だから」と彼の名前を思い出しながら答えたが・・・
 
あれ?なんでボクはこんな所で女声を使ってしまう?それに『私』だなんて。
 
「面白い冗談を言う子だね。男っぽい性格とか友だちにからかわれてんの?」
「松山君でしたね」
「あ、僕の名前知ってた?」
「友だちに同じクラスの子がいるから」
「へー」
「あ、そうか。実力テストの成績順位で、いつも10位以内に入ってますよね」
「あはは、僕は実力テストだけで、中間や期末の成績が悪いんだ」
「授業あまり聞いてないタイプなのかな」
「うんうん。どうも授業のペースが僕には合わなくて」
 
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「天才型なんですね」
「そうそう。もっと褒めて」
「ふふふ。面白い人」
「君も面白そうな子だ。名前教えてよ」
 
「7組の唐本冬彦です。ごめんなさい。私、ホントに男の子なの」
「・・・でも女の子の声だ」
「私、男の子の声も女の子の声も出せるから。でもどうしてかな。松山君の前で反射的に女の子の声で答えちゃった」
「それはきっと君が本質的には女の子だからさ」
 
「私、最近自分が男なのか女なのか、分からなくなって来てるの」
「ふーん。。。。ね、僕とキスしてみない?」
「えー!?」
「もし男同士なら別に恋愛とか考えなくてもいいだろ?」
「あ、えっと・・・」
 
松山君は私の肩を掴むと、そっと私の唇にキスをした。私はなぜか抵抗しなかった。でも心臓がドキドキしている。
 
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「やはり君は女の子だよ。だって君にキスしたら、心臓がドキドキしちゃった」
「私も心臓ドキドキしちゃった」
「暗いから、顔がよく見えないけど、だから君の本質が見える気がする。君が漂わせてる雰囲気が女の子だしね」
 
「だけど・・・」
「ん?」
「やはり、ここぶっそうだったんですね。私キスされちゃったし」
「ははは。でも唐本さん、キスされたの初めてじゃないでしょ?」
「松山君もキスしたの初めてじゃないですよね?」
「だって落ち着いてるから」と私たちは同時に言って笑った。
 
「私まだ自分の性別のこと、クラスメイトとかにもカムアウトしてなくて、私の実態知ってる友だち少ないんだけど、松山君、お友達になってくれません?」
「うん、いいよ。何か唐本さんとは話が合いそう」
 
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私たちはそのまま20分くらい話をしてから本館に戻った。館内に入り明るい照明の下で私を見た彼は
「あれー、やっぱり唐本さん、女の子だよね」と言った。
「男の子ですよ」
「でも、パッと見た第一印象が女の子という感じ」
「そう?」
「胸・・・・あるよね」
「そのあたりは色々工作が・・・」
「ふーん、でもいいや。ちょっと変わった女の子と、君のことは思っておくから」
 
そのまままた色々と話をしながら自分たちの部屋の方に歩いて行っていると、バッタリと政子に会った。
「ハーイ!」と言って手を振る。
「あれ?松山君とデート?」と政子。
「ちょっと30分くらい話してた」と私。
「へー、いつの間にそんな仲に?」
「あれ?僕のクラスにいる友だちって、中田さんだったんだ」
「そうそう」
 
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「ね、中田さん、唐本さんが自分は男の子だと言ってるんだけど。女の子にしか見えないのに」
「今日は浴衣だから、本人の雰囲気がそのまま出てるよね。私は冬は女の子と思ってるから友だちとして付き合ってるけど、まあ、普段は学生服着てるよ」
「へー、そうなんだ」
 
ボクたちは、近くにある自販機の前のベンチに座って話をしようということになった。
 
「いや、さっき中庭散歩してたら、女の子がひとりでボーっとしてたんで声を掛けたら唐本さんだったんだ」
「この子、いろいろ無自覚で無防備だからね」
「そう?」
「自分が可愛い女の子であるという自覚に欠けてるからさあ、男の子に突然抱きしめられてキス奪われたりしたって、知らないんだから」
ボクは咳き込んだ。
 
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「どうしたの?風邪?湯冷めした?」
「いや、何でもない。大丈夫」
松山君のほうはそんな話を聞いても涼しい顔をしている。ああ、男の子ってこのくらい太い神経持ってるのかな、などとボクは思った。
 
「だけど、せっかく九州に来るならハウステンボスとかスペースワールドとか見たい感じなのにね」
「ほんと、ほんと。なんか30年前の観光コースって感じだよね」
「ハーモニーランドとか、うみたまごでもいいし」
「ハーモニーランドは男の子は楽しくないかもね」
「僕、去年の夏休みにピューロランドに連れて行かれたけど楽しかったよ」
と松山君がいうと
「それは男の子にしては珍しいかも」と政子。
 
「そろそろ部屋に戻る?」
「私、もうしばらくこの辺にいる」
「でも疲れてない?金土日で合計3000km弱、今日も1000km移動したしさ」
「でも部屋が男の子ばかりだから。一応佐野君が私のこと認識してくれててガードしてくれてるんだけど、それでもちょっと」
 
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「そっか・・・男の子の部屋じゃ、ゆっくり休めないのか」
「常時緊張してる感じで。別に襲われたりはしないだろうけど。できるだけ遅く部屋に戻って、後は移動するバスの中とかで足りない睡眠を補う」
「疲れ取れないよ、それでは。今日はお風呂は結局どうしたの?」
「佐野君がうまくやってくれて、ひとりで無事入れた」
「良かったね」
 
「じゃ、私はもう部屋に戻って寝るよ。さすがに眠い」
「うん、お休み。松山君もまたね」
「うん。あまり遅くならないうちに部屋に戻りなよ」
「ありがとう」
 

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