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■夏の日の想い出・パイレーツ(1)

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(C)Eriko Kawaguchi 2012-10-03
 
いわゆる「海賊版」には、大きく分けて三種類がある。
 
ひとつは「カウンターフィット」と言って正規の商品をそのままコピーして作られたものである。counterfeit という単語はラテン語の contra(反する)と facere(作る)の合成語で、正規の製造者ではない所が作ったものという意味である。
 
しばしば特定のアーティストのCDが特定の地域で販売されていないような時に、余所から持ち込まれたコピー商品が蔓延することがある。かつて日本の歌手のレコードやCDがアジア地域で大量に違法コピーされて販売されていたが、当時はその地域にきちんとした日本の歌手のCDを販売する体制が無かった故であった。
 
次に「パイレーツ」と呼ばれるものがある。パイレーツ(pirates)は文字通り海賊で、狭義の海賊版ともいうべきもの。これは市販されているCD/レコードなどの音源を勝手に編集してCDやカセットテープなどにまとめて流通させているものでしばしば有名歌手のシングルを何個かまとめた独自?アルバムなどが出回ることがある。
 
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最後に「ブートレッグ」というのがある。これは長靴の脚の部分のことで、アメリカの禁酒法時代に、長靴の中に酒を隠して持ち運んでいたことに由来するもので、非公開・未公開の音源が流出したものを使用したものである。この手のモノの中には後に貴重な音源として資料価値の出てくるものも希にある。
 
多くはアルバム制作途中の音源が関係者によってコピーされたものが管理の甘さから第三者の手に渡ったり、デモ版として作ったものを電車などに忘れたりしたものが流通したり、あるいは誤ってプレスしたものを廃棄したはずが、完全に廃棄されずに流出したりしたものとも言われている。
 

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ローズ+リリーのCDは2009年6月に出た『長い道』から2011年7月に出た『夏の日の思い出』まで、25ヶ月ものリリース・ブランクがあった。
 
しかしその間にも実は「書類上」リリースされたCDが2つある。
 
2010年9月にリリースされたことになっている『恋座流星群』と2011年1月にリリースされたことになっている『Spell on You』である。
 
これらは放送局などへのリクエストに応えるため、日本国内のFM/AM/TV放送局、有線放送、カラオケ配信元、限定で頒布したもので、一般発売はしていない。「出荷数0」のCDである。(実際には2000枚ほどプレスしている)
 
人気歌手のCDが一般発売されないまま、このような形で音源公開されたらどうなるか?
 
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当然海賊版が出るに決まっている。
 
実際2010年夏に『恋座流星群』が、一般発売をせずにそういう形で限定頒布するということが決まった時、2chなどでは海賊版の出現を期待する声が高まった。実際問題として、その時点で既に、5月の放送を録音した音源を使用した海賊版が数種類出たものの、速攻で法的な処置をして国内ではほとんど出回らせなかった。
 

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おりしも、2010年8月13日、私はサマー・ロック・フェスティルを「観客として」
見に行っていて、出番直前に倒れたスカイヤーズのボーカルBunBunの代役で8万人の前でステージに立って歌った。
 
このことで、当時ローズ+リリーの最後のシングルであった『甘い蜜』、最後のアルバムになっていた『長い道』の売上げ・DLが急上昇し、どちらもレコード会社が急遽追加プレスをすることになった。
 
しかも、8月29日にはFMで「ローズ+リリー特集」が組まれることになっていた。
 
そんな時期の8月19日(木)の夕方。私たちの事務所、UTPに★★レコードの町添さんから電話が掛かってきた。
 
「済みません、須藤が今出かけておりまして」
とお留守番をしていた私は電話を取って答えた。
 
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「ああ・・・。むしろ、須藤君よりケイちゃんと話した方がいい気がするから、ちょっと出てこない?」
「はい、どちらまで」
「表参道の駅まで出てこれる?」
「40分以内に行けると思います」
 
「どこで乗り換えるんだっけ?」
「九段下から半蔵門線です」
と私は《乗換案内》の表示を見ながら言う。
 
「じゃ九段下まで来たら僕の携帯にメールちょうだい」
「分かりました」
「あ、それから僕と会うということを須藤君に言わないようにしてくれる?」
「かしこまりました」
 
私は応接室のソファーで裸のまま寝ていた(なぜ裸だったかは置いといて)政子に声を掛け、後のお留守番を頼むと、オフィスを出て地下鉄を乗り継ぎ、表参道まで行く。表参道の駅で町添さんと落ち合い、近くの喫茶店に入ると、私たちは個室に入った。
 
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町添さんが盗聴防止器をセットする。
 

「実はね。ちょっと知恵を借りたいと思って」と町添さんは切り出した。
 
「今度の『恋座流星群』だけど、あれは今のまま頒布すれば1ヶ月以内には丸ごとコピーした海賊版が出ると思うんだよね」
「でしょうね」
 
「何かうまい海賊版防止策が無いかと思って」
「ああ」
 
「本来はこのCD自体をそのまま一般発売すれば一番問題が少ないのだけど、今君たちはこれを出したくないんだっけ?」
「うーん。私もマリもどちらかというと一般発売したいですが、事務所の意向として、まだ売りたくないようですね」
 
「うん。ケイちゃんはそのあたりを正直に言ってくれるから話が早いね」
「町添さんが口が硬いことは、これまでのお付き合いで充分承知しているので」
 
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「なぜ須藤君はローズ+リリーの新譜を出したくないの?」
「マリの気持ちの問題があります。取り敢えずプロ契約はしましたけど、本人のテンションが低いもので無理強いして活動させても、ということでローズ+リリーの方はのんびりやっていこうかというムードになっていて。それで当面ローズクォーツの方を事務所の営業の中心に据えたいのですよね」
「うんうん」
 
「そういう状況でローズ+リリーの方のCDを出すと、ローズ+リリーの完全復活に期待が高まって、それ自体がマリにプレッシャーになってしまうという問題と、ローズ+リリーが活動再開するなら、ローズクォーツは一時的なユニットと思われて、ほとんど売れないのではないかという懸念があるんです」
「ああ」
 
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「それで来年1月くらいに考えているローズクォーツの最初のアルバムが出るまで、ローズ+リリーの新譜は出さないようにしようかということになっていまして」
 
「しかし、ファンはそんなに長く待ってくれないよ。君たちが活動停止してから既に1年8ヶ月。最後のCDが出てからでも1年2ヶ月経っている。そろそろ新譜を出さないと、ファン層が瓦解してしまう」
「昨年は私とマリが受験勉強中ということでファンも我慢してくれたと思うのですが、大学に入ったからには、復帰してくれるのだろうと思ってますよね」
 
「うん・・・マリちゃんはCDを出すことには抵抗はないの?」
「はい。ライブ活動する自信は無いと言ってますが、ファンの人からもたくさんお便りもらって、CDは出したいなあと言っています」
 
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「ふむ。何か搦め手(からめて)が必要かも知れんなあ・・・・・」
 
「済みません。私もどうしたらいいか今晩一晩考えさせてください」
「うん」
「明日ご連絡します」
「僕の携帯に直接メールして。須藤君には言わないで」
「分かりました」
 
そうして私と町添さんはその夕方の会談を終えた。
 

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町添さんと別れた後、考え事をしながら道を歩いていたら、いつの間にか渋谷駅前まで来ていた。映像にはコピーガード信号を混ぜる手もあるけど、音声には使えないしなぁ・・・などと考えながら、とりあえず山手線に乗って新宿へ移動する。電車を降りてホームに立ってから「あれ?なんで私はここで降りたんだ?」と考えてしまった。(マンションに戻るには高田馬場で乗り換える)
 
まあ、いいや、中央線で途中まで行ってから歩いて帰ろう・・・と思いながら、なにげなく中央線の上りホームに行ったつもりが、よく見ると下りホームだ!ああ!自分は何やってんだ!?と思い、階段の方に戻ろうとした時、「冬〜!」
と呼ぶ声がした。みると、今ホームに入ってきた電車の乗降口の所に、親友の若葉がいて、手を振っている。
 
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私は顔がほころび、とりあえずその電車に乗ってしまった!
 
「今帰る所?」と私は訊く。
「うん。今日は早番だったからね」と若葉。
「大変だね」
「いや、冬の方こそ大変そう。新宿でお仕事?」
 
「うーんと、青山だったんだけどね」
「あ、じゃ今日は政子さんとこか実家に戻るのね?」
「あ・・・・自分のマンションに戻るつもりだったんだけど。政子はたぶんそろそろマンションに戻ってお腹を空かせて私の帰りを待っている」
 
「・・・・それがなぜ新宿駅の中央線下りホームに・・・」
「いや、考え事してたら、自分でもよく分からない行動取ってた」
「ああ、あるよねぇ。。。それとも何か悩み事?」
「うん。ちょっと難題を抱えてて」
 
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「何なら、私と少し話してみる? 人に話してたら頭の中が整理されるよ」
「そうだなあ。それもいいかな」
「じゃ、私の家にでも来る?」
「うん。若葉の家なら微妙な話しても安全だろうね。あ、しまった!政子に御飯あげないと」
 
若葉が吹き出す。
「どうしたの?」
「政子さん、まるで冬のペットみたい」
「だって、あの子、大学に入って以来、全然料理作らなくなったんだもん。高校時代はまだ、私にいろいろ教えられて少しは作ってたのに」
「じゃ、政子さんも呼んだら?」
「あ、そうしよう。メール送っちゃえ」
 
ということで、私は政子の携帯に若葉の家に行くので、御飯食べたかったらこちらまで来るように、とメールした。「すぐ行く!」という返信が速攻であった。
 
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若葉の実家はとても素敵なお家である。
 
ここを訪問するのも何度か目なので、向こうのお母さんにもにこやかに迎え入れられ、おいしいお茶と和菓子を出してもらい、応接室で若葉とふたりにしてくれた。この家には盗聴防止システムが働いているので盗み聞きされる心配は無い。さて、政子が来るのは多分1時間後くらいだろう。政子には聞かせられない話だから、それまでに若葉に話していて少し考えがまとまれば良いのだが。
 
私は今のローズ+リリーの置かれた状況、事務所の事情などを素直に話し、そういう状況で、CDの一般発売が困難な中、どうやって海賊版の防止策を取ればいいか、悩んでいるということを話した。
 
こんな内部事情を話してもいいと思ったのは、若葉という子が物凄く口の硬い子だからである。若葉は他の友人の個人的な話なども一切語らない。
 
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「ふーん。でも、ローズ+リリーのファンは、ふたりの新譜が出るのを本当に心待ちにしているよ。事務所の内部事情はあるだろうけど、私はむしろ事務所の社長さんを何とか説得しても、一般発売するべきだと思うなあ」
と若葉は素直な感想を言った。
 
「やはりそうだよねぇ。でもそれやると、下手するとホントにローズクォーツの方がコケちゃうから。ローズクォーツのメンバーには9月いっぱいで各自の昼間の仕事を辞めて専業になってくれと要求してるのに」
 
「お金の問題なら、そのメンバーに1人1000万か2000万くらいずつ渡して御免なさいと言う手もあるよ。資金足りなかったら、私が銀行に口聞いてもいいよ」
 
「うん。最悪そういうコースも考えた。でもローズクォーツというのも面白い企画ではあるとは思ってるんだよね」
「どっちみち、両方のユニットを続けて行くのは無理だと思うけどな」
「うん。でもやれる所までやりたい気分なんだよね」
 
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「それにさ。ローズクォーツの方を優先して、ローズ+リリーのCDを出さないという事情が知られると、ローズ+リリーのファンがローズクォーツや事務所に反発して、逆に不買とかし始めるよ」
「うん。それは早くローズ+リリーのCDを出さないと、そういうファンが出てくるなとは思ってる」
 

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「なんか冬って、欲張りだよね」
「え?」
「冬って、小学生の時点で既にほとんど女の子だったのに、今年の春に去勢手術するまでは、男と女の両方生きようとしてたでしょ?」
「・・・・」
「そんなの無理だとみんな思ってたのに」
「うーん・・・」
 
「そうだ。高校の冬服、私がずっと預かったままだけど、そろそろ返そうか?」
「ごめん。あれはずっと預かっててくれない? 存在を友人に知られたくないから」
「いいよ。場所はたくさんあるし」
「ありがとう」
 
「冬は、今もローズ+リリーとローズクォーツの両方をしようとしてる。いや、ひょっとして、冬は更にもうひとつくらい何かし始める気もするな」
「さすがにオーバーフローするよ」
 
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「政子さんは、ローズ+リリーしながら学生すること自体にも負荷を感じてるんでしょ? それが普通の感覚であって、学生しながらローズ+リリーと更にローズクォーツをしようとしている冬がパワフルすぎるよ」
 
「でも学生しながらバイトしてる子は大勢居るし。若葉だってそうだ。私より明らかに忙しいはずの理学部なのに」
「まあね。でも冬って器用だもんね」
「そうかもね」
 

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