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■夏の日の想い出・パイレーツ(2)
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「あるいは・・・・」と若葉は何か思いついたように言った。
「日本のレコード会社から出せなかったら、どこか海外のレコード会社で売る手もあるかもね」
「へ?」
「ローズ+リリーという名前の権利は、冬と政子さんが持ってるんでしょ?」
「うん。そういう決着になった。私たちが高校2年生の夏に活動し始めた時、ローズ+リリーに関する権利は△△社に属する、という契約書を交わしたんだけど、その契約書は私たちの保護者の承諾を得ていなかった。それで音楽制作者の連盟の会議の席上討議されて、無効な契約書であったと認定されて、私たちはどことも契約したことは無い、ということになってしまったんだ」
「うんうん」
「それでローズ+リリーとかマリとかケイとかいった名前や、そのレコードや楽譜の出版権・上演権について、今年の春にあらためて私と政子の顧問弁護士さんに動いてもらって確認した所、ローズ+リリーに関する全ての権利は私と政子が共同で占有しているということを、△△社、○○プロ、★★レコードの三者が認めてくれた。私たちはUTPと契約した時点でも、これらの権利をこちら側に留保していて、UTPは事務的な作業の代行をするだけという契約になってる」
「だったら、どこのレコード会社から出したって自由じゃん」
「うん。自由ではあるけど、浮き世の義理があるからね」
「ね。CDを出したいと思っているのは、冬と政子さんもだけど、多分レコード会社もだよね」
「うん。レコード会社は最初今回のCDを当然一般発売するものと思っていたみたいで、発売しないという方針に反発して、場合によっては私たちを強引にどこか他の事務所に移籍させろという意見もあったみたい。これ裏情報で。町添さんがそういう過激派の意見を押さえてくれているんだと思う」
「だったら、レコード会社のトップと話を付けて、密約を結んだ上で、海外のレコード会社に出版させて、それを逆輸入すればいいのよ。表面的には海賊版ってことにして」
「えー!?」
「海賊版を防止するのにはどうすればいいかって、冬、言ったよね?」
「うん」
「海賊版を出させないためには、先手を打ってこちらが海賊版を売っちゃえばいいのよ」
「はあ・・・」
「すごく音質がよくて、曲もしっかりフルコーラス入ってる海賊版が既に存在していたら、それの丸ごとコピーを作るところは出てくるだろうけど、放送とかライブを録音したような、劣悪な海賊版は駆逐されるでしょ?」
「なんか理にかなってる気がしてきた!」
若葉は自分の携帯で、商事会社を経営している伯母に電話し、友人が海外でCDをプレスし、国内に逆輸入するプランを考えているのだが、協力は可能かというのを打診した。全然問題無いが、いっそ国内のレーベルを紹介しようかなどと言われる。それが実は国内でメジャーと契約しているアーティストの海賊出版を考えているのだと言うと、楽しそう! と言った。
私は町添さんに電話して、この「奇案」を提示してみた。町添さんは興味を示した。
「毒をもって毒を制す。海賊版をもって海賊版を制す。その手法はアリだよ」
と町添さんは言った。
「大きい声じゃ言えないけど、実は過去にも似たことをやったことある」
「へー」
「その海外のレコード会社というのはどこか当てがあるの?」
「これを出すためだけに作り、作り終わったら解散させちゃえばいいと言っています」
「それはまたいかにも海賊版だね」
「一度、こちらと話してみたりはしませんか? 別にその方法にこだわらずに別の方法になってもいいですし、この話は無かったということにしてもいいです。先方はとても口の硬い人です」
「その話を持って来たのは、ケイちゃんの知り合い?」
「部長は****という会社をご存じですか?」
「もちろん知っているけど」
「今私のそばにいる友人は、その社長の姪御さんです」
「なるほど!」
「社長さんにも彼女がこちらの個人名を出さずに状況を説明したのですが、協力できるものは協力していいと言って下さいました」
「そういうことなら、内密になら1度会ってみてもいいかな」
私と町添さん、若葉と伯母さんの電話でのやりとりを何度かした末に、4日後に私と町添さん、若葉と伯母さんの4人で、都内の料亭で極秘会談をすることで話がまとまった。
そこまで話がまとまった所で、政子が到着した。
「お邪魔しまーす。お腹空いた−」
と政子は開口一番に言った。
8月29日(日曜日)。 N*K-FMでローズ+リリー特集(ナビゲート役はAYA)が放送され、★★レコードが貸し出した音源から『恋座流星群』『私にもいつか』
『ふわふわ気分』『天使に逢えたら』『影たちの夜』の新曲5曲、『明るい水』
のアコスティック・バージョン、『ふたりの愛ランド』の新バージョンなどが流された。
この時、この時点では年末か年明けにでもリリースする計画のあった
『天使に逢えたら』と『影たちの夜』の2曲については、1コーラス半だけの公開となった。しかも、曲が流れている最中のほとんどの時間、AYAは曲にかぶせてナレーションをした。
翌8月30日・月曜日、前日の放送で流した7曲の新音源の内、『恋座流星群』
『私にもいつか』『ふわふわ気分』『明るい水』『ふたりの愛ランド』を収録した限定CDを★★レコードは頒布希望した放送局・有線などに向けて発送し、放送に使用するのは9月1日0時以降でお願いしますということにした。またカラオケ配信元には私自身が出演した映像付きで、これら5曲のMIDIデータを送った。
『私にもいつか』と『ふたりの愛ランド』には私の高校の制服姿までサービスで入っている。『私にもいつか』は冬服、『ふたりの愛ランド』は夏服で、この映像を見た友人達から
「女子制服姿、可愛い〜」
「まだ現役女子高生を装えるよ」
などと言われた。
この映像には、私自身の他に、別の女性が、やはり制服姿で後ろ姿だけ出てくる。これが一体誰だ? というので、その映像をしっかり見ようと何度も続けてカラオケの再生をする利用者が相次ぎ、かなり話題になったようであった。
2chやtwitterでも、かなり議論されたようであったが、一週間もしないうちに「マリちゃんではない」という結論に到達したようであった。結論が出た所で私はtwitterでその「ネタばらし」をした。
「みんな期待させてごめんね〜。あの後ろ姿は小野寺イルザちゃんと言って近日デビュー予定の新人歌手です。とても歌のうまい子なので新曲が出たら、良かったら聴いてあげてね」
というツイートをする。
「プロモーションだったのか!」ということでネットの反応は概ね好意的であった。★★レコードも小野寺イルザの画像を公開し、
「11月デビュー予定・新曲『夢見る17歳(仮題)』」
というメッセージを添えた。
またカラオケ屋さんに渡したのと別のバージョンの私とイルザが出ている映像を入れた『恋座流星群』のPVをyoutubeに掲載した。こちらにはイルザの顔も映していた。
さて、この「限定版CD」が放送解禁になったのが9月1日・水曜日であるが、このCDは放送局などの他、上島先生・下川先生など、ローズ+リリーがお世話になっている人や、ローズクォーツのメンバー、○○社の社長、△△社の社長など一部の関係者に贈呈した。贈呈した枚数は9月中にだいたい100枚程度である。
そして、ひとりのネットワーカーが「その登録」に気付いたのは本人の弁によると9月21日(火)の21時半すぎであった。
大手の音楽ダウンロード・ストアに
『Rosa mas Azucena / Amords』
という登録があった。
彼はラテンミュージックのファンだったが、聞いたことのないアーティスト名だったので、新人かな?と思い、試しにタイトル曲の『Amords』(200円)だけダウンロードして聴いてみて驚く。
「おい、『恋座流星群』が公開されてるぞ」
と彼が2chに書き込んだのが22:03のタイムスタンプになっている。
彼はあらためてアルバムをまるごと(1000円)ダウンロードしてみる。
『Amords』は『恋座流星群』、『Un dia tengo』は『私にもいつか』、『Sensacion Blanda』は『ふわふわ気分』、『Agua Ligera』は『明るい水』、『Isla del amor』は『ふたりの愛ランド』『En esa esquina』は『あの街角で』
であったことが分かった。中身は全てマリとケイが日本語で歌った歌である。
後にそのダウンロードストアが調査した所によると、このアルバムは21日の日本時間21:00(アルゼンチン時刻21日9:00)に同ストアのアルゼンチン支店から登録されていた。そして、この2chでの書き込みをきっかけに日本時間の22時台に約1000件、23時台に2000件、朝までに1万件、ダウンロードされ、22日水曜日の24時までに3万件、23日(祝)をはさんで、24日(金)・25日(土)もダウンロードは続き、26日(日)までの累計ダウンロードは10万件を越えた。
しかし「無名の新人」の「洋楽」作品であるため、日本からアクセスした場合特にトップに表示されることもなく、日本の利用者は、このアーティスト名かアルバム名を知らない限り、この作品に到達することは困難であった。
ファンたちは、これがあまり騒ぎにならないように、静かに静かにファンの間でのみ情報を流していった。そして27日・月曜日になって★★レコードは電話による通報を受け、ローズ+リリーの非公開のはずのCDがまるごとアップロードされていることを確認、ダウンロードストアに公開停止の要請をした。
しかしこの楽曲がアルゼンチン支店の管轄であったため、★★レコードからの要請はアルゼンチンが朝9時になった、その日の日本時間21時になってようやく受理。しかし向こうでの事務処理は決して速くなく、現地支店がこのアルバムを公開停止したのは、10月1日金曜日の午後2時(日本時間の2日午前2時)になってからであった。
それまでの間に、この楽曲は日本国内で10日間に20万件がダウンロードされ、香港・台湾・フィリピン・シンガポールなど、ローズ+リリーのファンがいる他のアジアの地域でも合計3万件がダウンロードされていた。
アルゼンチン支店はこの音源を持ち込んだアーティストについて調査したが、登録されている住所には該当する人物がいないことを確認。売上げについては登録されているアーティストには支払わないことを決定。その後日本支店との話し合いにより、売上は本来の原盤権利者である★★レコードに支払うこと、また作詞作曲印税に関しては JASRAC 経由で、本来の作詞作曲者に支払われることが決定した。これによりローズ+リリーは5%の歌唱印税と、8%の作者印税(の6分の4)を手にすることになった。(6分の1は『明るい水』の作者である鍋島康平の遺族に、6分の1は『ふたりの愛ランド』の作者であるチャゲ・松井五郎に渡される)
ところで、この大手ダウンロードストアに登録されたアルバムは6曲構成で、放送局などに限定頒布した5曲入りのアルバムより1曲多かった。その多かった曲が『あの街角で』である。他の5曲は★★レコードの調査で、限定版CDに入っていた音源がそのまま使用されていることが分かったのだが、『あの街角で』
はそのCDには入っていない音源であった。そしてレコード会社はこの音源の出処について首をひねった。
『あの街角で』は、この年8月3日に発売されたローズクォーツの『萌える想い』
に収録された版(下川編曲:ケイのみが歌う)と、9月末に録音だけされたもの未発売の『After 2 years』収録の版(はらちえみ編曲:マリとケイが歌う)があるが、このCDに収録されているものは、マリとケイの2人で歌っているものの、アレンジが『After 2 years』版とは異なる。
そもそも、この「アルゼンチン・アルバム」が登録されたのは『After 2 years』
のアルバム制作の真っ最中で、登録された時点でまだそちらの音源はできていなかったのである。
これがいわゆる「ブートレグ」であることは間違いないとされたものの、その元データをどうしても特定することができず、結果的に流出元の特定もできなかった。レコード会社はかなり調査したものの結局音源の出所は不明という結論(?)を出した。不明であるため、結局誰も責任を問われなかった。
そして何よりも、この「アルゼンチン・アルバム」は海賊版を駆逐した。良質の音源がダウンロード出来る状態では、放送を録音したような音質の悪いCDなど作っても売れなかったし、海賊版まで買おうと思うようなファンはほぼ全員入手できていたので、需要が無かったのである。
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