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■夏の日の想い出・歌を紡ぐ人たち(4)

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2011年8月16日。私は12日の夏フェスでローズクォーツの一員として8万人の前で歌った。その疲れを休める間もなく、明日から半月ほどにわたってレコーディングに入る予定であった。17〜18日は ELFILIES で、19日から28日まではローズ+リリーの新しいアルバム『After 3 years』である。その自分たちのアルバム用に、上島先生に何か曲を頂けないかと打診していたのだが、ギリギリのこの日の夕方になって「曲をあげるからちょっと来て」という電話が掛かってきた。
 
上島先生のこういう言葉は「もしかしたら今夜作曲する時間ができるかも知れないから来てみて」という意味である。行っても他の用事で結局作ってもらえないこともあるのだが、とにかく呼ばれたからには行かなければならない。
 
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明日はスリファーズのファーストアルバム『遥カナル波斯』の発売日でもあるので、午前中にその発売イベントに顔を出す予定だったので、今夜は徹夜はしたくなかったのだが仕方無い。
 
そういう訳で私は「明日があるから寝てる」と言う政子をマンションに置いて、ひとりで上島先生の御自宅に向かった。
 
行くと AYA が来ていた。私と顔を見合わせて軽く手を振る。AYAもたぶん新曲をあげるからと言われて来ているのだろう。しかし上島先生はその日は顧問弁護士の先生と何やら話し込んでいた。ああ、これはやはり徹夜だなと覚悟を決め込み AYA とおしゃべりをしていた。
 
その AYA がトイレに立っていた時、テーブルに置かれていた先生の携帯が鳴った。
 
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「ごめーん、ケイちゃん。たぶん鹿野(しかの)さんだと思う。取って用件聞いてくれない?」と上島先生が言う。
 
鹿野さんというのは演歌系のレコード会社の担当者の女性だ。これはどうも今夜はかなり先生の仕事は溜まっているようだ。今夜は曲はもらえないかも知れないなあ、と思いながら私は電話を取った。
 
「お待たせしました。上島です」
「あ、えっと。あなた奥さんじゃないわね?」
「お世話になっております。ローズ+リリーのケイと申します。ちょっと今先生が手が離せないので、用件を伺っておくように言われたのですが」
 
「ふーん。あ、わたし《しか》だけど」
 
私はこの時、相手の名前を「しか」だけ聞いて、「しかの」さんだと思い込んでしまった。
 
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「明日、22、大森、と伝えて。上島先生に直接ね。あ、これ復唱しないで」
「はい、分かりました」
 
私は聞いた内容をメモに書いて先生にお渡しした。先生はびっくりしたような様子で「あ、ありがとね、ケイちゃん」と言って、メモをねじるようにしてゴミ箱に捨てた。
 
私はその先生の表情と慌てぶりを見て、今のは先生の彼女だ!ということに気付いた。
 
「あ、ケイちゃん、相手は何て名乗ってた?」
「すみません。《しか》と聞いたのですが、てっきり《しかの》様かと思い込んでしまいました」
「あ、いいよ、大丈夫。ありがとう」
 

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その日、上島先生と弁護士さんの話し合いは23時頃終わった。
 
上島先生はそれから私とAYAに「ごめんねー、今作るからね」と言い、作曲作業に入った。そして AYA用に『Katyusha』、ローズ+リリー用に『Anastasia』という曲を書いてくれた。
 
「ケイちゃん。今日は1曲が限界。明日か明後日くらいまでにもう1曲書いて送るから」
「ありがとうございます。レコーディングは28日までやってますから、それまでに頂ければ大丈夫です」
 
と私は言ったのだが、2曲目は本当に28日に送られてきた!
 
「でも今日はトルストイですか?」と私は先生に訊いた。
「よく分かったね」
「何、何?」とAYA。
 
「カチューシャというのは、トルストイの『復活』のヒロインの名前なんだよ。髪飾りのカチューシャは、昔カチューシャ役を演じた人気女優さんがそういう髪飾りをしてたから。そしてアナスタシアというのは、ずばり復活という意味」
「へー!」
 
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「いや、実は昼間、古い友人に招かれて演劇を見に行ったんだけど、それがトルストイの『復活』だったんだよ」
「なるほど!」
「先生の創作って割と刺激に忠実なんですね」とAYA。
 
「ああ、マリよりいいと思うな。マリなんて、岡山でぶどう食べたらマスカットって曲を書いて、札幌でほたてステーキ食べたら恋のステーキハウスなんて曲を書いたからね」
 
「あはは。でもマリちゃんは天才詩人だと思うよ。なんか発想が凄いんだよ。ここでこんな言葉、ふつう思いつかない!って感じの言葉が綴られてるからね」
と先生はマリを褒めていた。
 

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「あ、そうそう。町に出たついでに、CDショップで明日発売のスリファーズのアルバム買ってきたよ」
と言って先生は、棚から1枚CDを取りだした。先生の場合、棚に収められているということは、全曲聴いたことを意味する。つまらない曲だったら先生は捨ててしまうし、まだ聴いてないものはカバンに入っている。
 
「曲の品質もいいけど、まとめ方がうまいね。これ並みのプロデューサーがまとめてたら10万枚も売れない所だと思うな」と上島先生。
「へー。スリファーズはちょっと面白いサウンドですよね。それに春奈ちゃんってどう見ても男の子には見えないのに。先生の予想としては何枚行きますか?」
とAYA。
 
「これはプラチナ行くね」
「わあ」
 
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「ありがとうございます。でもアルバムのプロデュースをひとりでやったのは初めてで」
 
「今度の君たちのアルバムもケイちゃんが指揮しなよ。君のプロデュース能力は高いというのを、このアルバム聴いて思った」
「はい」
「僕もちょっと裏工作してあげるからさ」
「えー!?」
 
そしてこの『After 3 years, Long Vacation』の制作中、美智子はあれこれ用事ができて頻繁にレコード会社や○○プロ、また放送局などから呼び出され、結局アルバムの制作指揮は事実上私がしたのである。
 
「高校時代に作ったベストアルバムも、あれ半分くらいはケイちゃんがプロデュースしたみたいなものでしょ? 下川も一枚噛んでるし、町添さんが昔取った杵柄で、かなり頑張ったみたいだけどね」
 
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町添さんは元々プロデューサー出身で、★★レコードを立ち上げた頃は、かなりのCD制作を直接指揮していたし、自分でバンドアレンジ譜なども書いていた。
 
「今回のアルバムに使う曲、今データ持ってる?」
「あ、はい。タイトル曲にはこれを使おうかと」
 
と言って、私はパソコンを取り出すと『Long Vacation』のMIDIを流してそれに合わせて歌った。
 
AYAもそして先生までも涙ぐんでいるので驚く。
 
「僕ちょっとメール打つ」
と言って先生はどこかにメールを打った。多分明日の恋人とのデートをキャンセルしたな、と私は思った。
 
「それと今渡した曲、作り直す」
と言って、先生は楽譜に手を入れ始め、結局最初のものとは似ても似つかぬ曲に仕上がった。
 
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「なんか、この曲凄いです! こんなの頂いていいんですか?」
「凄く美しい曲を聴かせてもらったからね」
 
「先生、ついでに私にもう1曲作ってください」とAYA。
「よし」
 
と言って、先生はAYA用にももう1曲書き始める。AYAは明日・明後日でシングルのレコーディングの予定だったのである。さっきまでは2曲目は明日書くつもりだったようである。
 
そこで先生が書き上げたのは『Balalaika』という、郷愁あふれる曲だった。
 
6時の時報が鳴った。私はAYAと一緒に先生の御自宅を辞し、自宅に帰ると、出かけなければならない時刻まで、ひたすら寝た。
 

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2012年2月16日。私はローズクォーツの全国ツアーで仙台に来ていた。
 
今回のツアーでは那覇公演と福岡公演の間に、上島先生と恋人との密会写真が新聞に載り、そのため翌日の朝のアニメの主題歌を差し替えなければならないという事態が起きて、たいへんだったのだが、この仙台公演が終わればあとは東京と横浜でやって、ツアーも打ち上げである。
 
その日は平日で私は大学があるので、授業に出たあと新幹線に飛び乗って仙台に来て、18時からのライブをして、終わったら打ち上げは欠席して新幹線で東京に戻る。
 
ライブが終わった後、クォーツのみんなと別れて仙台駅に来た時、コンコースでひとりの背が高い女性と目が合った。
 
「おはようございます」と私は挨拶した。
「おはよう。最近大活躍だね」」
「ありがとうございます」
「どこ行くの?」
「東京に帰ります。大学生なもので、授業が終わってから新幹線で仙台に来てライブやって、また明日は授業があるから今日中に帰らないと」
「学生さんは大変だね! 私も東京に帰る所なのよ。チケットはもう取ってる?」
「いえ。これから買うところでした」
「じゃ、一緒に買おうよ」
「はい」
 
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新幹線で並びの席に座ってから、私は小声で支香さんに訊いた。
 
「響原さんから何か言われましたか?」
「半年間の謹慎を言いわたされた。って、私のことは上島から訊いたの?」
「いえ。写真を見た時に分かりました」
「ふーん・・・」
「去年支香さんからの電話を私取っちゃいましたし」
「ああ、そんなことあったね!」
 
「こちらはお仕事ですか?」
「ううん。私、元々仙台の出身だから。ちょっと実家に顔出していた」
「そうでしたか!でも震災の時は大丈夫でした?」
「実家は完全崩壊。でも借家だからね」
「ああ」
「持ち家だったら辛かった所だよ。借家で助かったよ」
「ポジティブ・シンキングですね」
「そうそう。で、私、上島とは別れることにしたから」
「そうですか・・・・」
 
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「それでさ。上島に渡そうと思ってて、結局渡しそびれたものがあるんだけどね」
「私がお渡ししましょうか?」
「うん。頼んじゃおうかな。これなんだけど」
 
と言って、支香さんは青いボールペンを私に渡した。
 
「こないだ荷物整理してたら出てきたんだよ。これ、高岡さんが作詞に使ってたボールペン」
「わあ・・・・」
 
「姉貴の家で最後の作品を書いた後、ドライブに出で死んじゃったんだよ」
「『疾走』を書いた後ですね」
「うん。結局あの曲は発表しないままになってしまった」
「どこかで世に出したいですね。上島先生に一度見せて頂きましたが、素晴らしい作品ですよ」
「・・・・でもね、実はあれはたぶん姉貴が書いた作品」
 
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「え?」
「高岡さんが作詞していたことになってた作品の多くは本当は姉貴が書いてたんだ」
「そうだったんですか・・・・」
 
「そのこと知ってたのは、たぶん上島だけ。だから上島は私に毎年膨大なお金を渡してくれているんだ。これは私と上島との恋愛とは関係無いところでね」
「いろいろあったんですね・・・」
 
「最初の数ヶ月だけだよ。本当に全部高岡さんが書いてたのは。でもあの人弱い性格だったんだ。プレッシャーに耐えられなくなって。その内作品が書けなくなった。そんな時に、たまたま姉貴が書いた詩を見て、凄い、これ使わせてって言って。商業的に、姉貴が書いたと言うと、レコード会社が企画を通してくれない。だから高岡さんが書いたことにしていた。このボールペンも実は姉貴が主に使ってた」
「ああ」
 
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思えば私と政子の作品をほとんどそのまま出すことができているのは、私たちの実力を町添さんに買ってもらっているのと、美智子がまた寛容だからなのだろう。普通はやはりなかなか勝手はできないものなのだろう・・・・
 
「ではこのボールペン、確かにお預かりします」
 

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私は翌日、上島先生の御自宅を訪問し、ボールペンを(奥様の前だったこともあり)、高岡さんのご遺族と偶然遭遇し、上島先生に渡してくれるよう頼まれたと言って、手渡した。「ご遺族」という表現で先生は支香さんのことだと分かったようであった。
 
「ああ、このボールペンは見覚えがあるよ。高岡の自宅の遺品の中には無かったから、事故の時車に持って行ってて、車と一緒に燃えちゃったのかな、などと思ってたんだけど、あったんだ」
「奥の方に入り込んでいたらしいです」
「まあ、あの時は大混乱だったしね」
 
先生はしばらくそのボールペンをいじっていたが、やがて言った。
 
「このボールペン、ケイちゃんとマリちゃんで使ってくれない?」
「はい?」
 
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「たぶんね、このボールペンは女性が使った方が良い作品を生み出す」
「へー!」
 
「『疾走』みたいな良い作品を書いてよ」
「分かりました!」
 
そうして、私はボールペンを上島先生から頂いた。そしてそのペンを使って最初に書いた作品が『風龍祭』であった。
 
 
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