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■夏の日の想い出・新入生の冬(3)
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目次 8
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11月1日。北陸方面のドサ周りから戻った私は政子と『主よ人の望みの喜びよ』
を合わせてみた。
「マーサ、かなり弾きこなしてるじゃん」
「冬もちゃんと音出たね」
「まともに音が出るようになったのが昨日だよ」
「横笛って吹いたこと無かったの?」
「小学生の頃に雑誌の付録に付いてたプラスチックの横笛を吹いたことあるよ。でもそれは吹口が特殊な形してて簡単に音が出たんだよ。後は中学の修学旅行で行った京都でお土産物の横笛買って少し吹いてたことあるけど、あんまりまともな音にならなかった。そもそもどういう音階になってる笛なのか、さっぱり分からなかったし」
「その手の笛って、音階が地域によって違うから正しい音階をそもそも知ってないと、難しいかもね」
「更に土産物だから、どこまできちんと作られているかに微妙な疑問がある」
「確かに」
私がその月もあちこち飛び回るので、今度は来月までにこの曲に加えて『歌の翼』
を練習しておこうということを決めた。
11月は最初の週に四国方面のドサ周りをした後、都内で12月発売のローズクォーツのシングルの録音、それから同じく12月発売のELFILIESの移籍第一弾のシングルの録音などをしてから、下旬は九州・奄美・沖縄・宮古方面でドサ周りを継続した。この時、沖縄にも行ったので、難病と闘っているローズ+リリーのファン、麻美さんをライブに招待してみたのだが、病状が思わしくなく行けないという返事があった。そこで私はライブで沖縄に行った時、病院までお見舞いに行ってきた。(そのちょうど1ヶ月後に病状が急変し、私と政子は深夜の飛行機で急遽駆けつけることになる)
11月の下旬、沖縄から戻った後は、戻った翌日にスリファーズのデビューシングルの発売があり、私と政子もデビューイベントに出席した。その3日後にはスイート・ヴァニラズのアルバムが発売された。
このアルバムの発売日には私は行橋から始めて小倉・八幡・黒崎と移動していたのだが、その日はちょうどスイート・ヴァニラズが福岡公演をするということで、福岡のFM局からお呼びが掛かり、私が北九州にいるならちょっと来いと言われ、出演時刻がローズクォーツの方がお昼休みになる時間帯とちょうど重なっていたので、私ひとり小倉から博多まで新幹線往復で行ってきた。
スイート・ヴァニラズの各メンバーの挨拶があった後、パーソナリティさんに紹介されて
「こんにちは〜。どこにでも出しゃばってくるローズ+リリーのケイです」
と挨拶する。
今回のアルバムにローズ+リリーがコーラスで参加していること、1曲ローズ+リリーがメロディーを歌った曲もあること、ジャケットの絵に私が描いたメンバーの似顔絵が使用されていることなど、私がここに呼ばれた理由をパーソナリティさんが説明してくれる。
「ラジオなんでお見せできないのが残念ですが、すっごく可愛い似顔絵なんですよ。番組のホームページに写真を上げていますので、ぜひ見てみてくださいね」
などと言ってくれる。
「少女漫画っほい絵ですよね」とCarolがコメントする。
「あ、私の絵って、小学生の頃からそう言われてました」と私。
「絵だけ見たら可愛い女の子が描いたと思うよね、とか」
「いや、多分、ケイちゃんはその頃から可愛い女の子だった気がします」とLonda。
他のアーティストへの楽曲提供の話にもなる。スイート・ヴァニラズはここ数年単発で多数のアイドル歌手に楽曲を提供していて、特にこの夏に青居カノンに提供した曲は50万枚のビッグヒットになり話題になっていた。
「こないだは花村唯香ちゃんにも楽曲提供しましたね」
「あの子、歌がすごく上手いんですよ。ぜひ聴いてみて欲しい」
とEliseが言い、30秒ほどだけ、その曲『ベレスタ』が流れる。
「ケイちゃんたちも、最近立て続けに色々な人に楽曲提供してますよね」
「あ、はい。スリファーズの曲が3日前に発売になりましたが、この後、来月8日にスーパー・ピンク・シロップ、富士宮ノエル、15日にELFILIES、坂井真紅、と続きますね。来月2日に出るAYAさんのシングルにも1曲、それからお正月に発売になりますスイート・ヴァニラズさんのシングルにも1曲書かせて頂いています」
「なんかもう歌手とかヴォーカリストじゃなくて、作詞作曲家として活動してない?」
「あはは、そうかもです」
「スリファーズの品切れ問題はどうですか?」
「はい、申し訳ありませんでした。実は昨夜その件で★★レコードの担当者の方とも電話で話したのですが、火曜日には各レコード店に充分なCDを供給できるそうです」
「それは良かった。私も実はちょっと面白そうな子たちだなと思ってCD買いに行ったら、売り切れというもので」とパーソナリティさん。
スリファーズのCDはインディーズ時代には数十枚程度しか売れていなかった。それで新人のアイドル歌手ということで、★★レコードとしては恐らく2000枚か3000枚程度だろうと考え、初期プレスは1000枚で発売した。ところが春奈のミステリアスな雰囲気が話題になったこともあり、初日のダウンロードがいきなり3万件来て、CDショップでは発売された水曜日の内に速攻でソールドアウト。★★レコードでは慌てて追加プレスを始めたものの、その分を発送できるのがどうしても月曜日になってしまうのである。
「品切れって、お客様には申し訳ないけど、やってる側としては少し気持ちいいよね」
などとCarolが言う。
「ああ、スイート・ヴァニラズも『スーパーデラックス・ストロベリー・ミルク・チョコレート・パフェ・スペシャル・ウルトラ・オプション・ナンバー7』で深刻な品切れがありましたね」と私が言うと
「よく、その曲名ソラで言えるね」とElise。
「うん。私たちでもそれ何かに書いてあるの見ないと言えないのに」とMinie。「ライブでもパフェ・スペシャルとかしか言わないね」とSusan。
「あの曲は最初レコード会社が1000枚しかプレスしてなかったんです。ところがいきなり品切れ。それで慌てて5000枚プレスしたけど、それも即日品切れ。それでレコード会社もこれは本物だってんで5万枚プレスしたのに、それも2日で品切れ。それで思い切って20万枚プレスしたのが3日で品切れ。反響が凄まじすぎるんで清水の舞台から飛び降りる思いで更に50万枚プレスして、それも半月後には品切れ。結局最終的には150万枚ほど売れたのですが、度重なる品切れで、レコード会社の担当者が記者会見して謝罪してましたね」とLondaが言う。
「まあプレスして売れなかったら悲惨ではありますけどね」とパーソナリティさん。
「ええ。それまでは数千枚しか売れてなかったのがあの曲でいきなりミリオンだったからね」
「品切れになったという話題で、知名度が広がった面もあったけどね」
なお、この放送を聞いていた★★レコードの町添部長は、スリファーズのCD追加プレスが4万枚の予定だったのを12万枚に増やすよう北川さんに指示した。
放送が終わった後、Eliseが言った。
「ケイちゃん、他のアーティストのCDの名前ばかり挙げてたけど、来週ローズクォーツも新曲発売でしょ?それ言わなくて良かったの?」
「あぁ!忘れてた。叱られる〜」
「でもそれだけ曲を提供してたら、作詞作曲印税の方が、自分たちのCDの演奏印税より多かったりして」とSusan。
「ああ、それは間違いなくそうだと思うよ」とLonda。
私はその日放送が終わってから新幹線で小倉にトンボ返りし、小倉・八幡・黒崎でのライブをして、そのまま北九州市内で宿泊の予定だったのだが、その日最後のライブを終え、地元のイベンターさんと打ち上げをしていたら、Eliseから私の携帯に電話が掛かってきた。
「おい。ケイ。こちら公演が終わったぞ。今から飲むから来い」
「えーっと、私、未成年なんですけど」
「堅いこと言うな」
「見つかったらクビなので」
「しょうがないな。お前はウーロン茶、飲んでてもいい」
「Eliseさん、既に酔ってません?」
「まあ、いいからちょっと来い」
私は美智子に、博多に来いと言われてるんですがと言うと、美智子も笑って
「じゃ、行っておいで。くれぐれもアルコールは口にしないように」
と言われたので、イベンターの社長さんに挨拶した上でタクシーで小倉駅に行き、新幹線で博多に移動した。もう帰りの小倉行きは無いので、朝一番の新幹線で広島に移動しなければならない。
春吉のホテルということだったのだが、道路は渋滞しているから地下鉄で中洲川端まで来て、それから歩いて来いと言われたのでそうしたが、ド派手なホテルの外観にギョッとした。ホテルの中に入り、メールしたらLondaが迎えに来てくれた。
「エリ(Elise)がかなり酔ってるからキスしたり、あそこに手を突っ込んできたりしかねんから、気をつけろ」と小声でささやく。
「あそこって・・・・」
「あそこ」
あはは。
席に行くと、スイート・ヴァニラズのメンバー、マネージャーの河合さん、今日の公演にゲスト出演した、アイドル歌手の花村唯香とそのマネージャーさんがいる。
まずはメンバー全員とハグしあった。ついでに花村唯香ともハグする。その時、私は微妙な違和感を感じたが、その時はそのことは忘れてしまった。
「でも唯香ちゃん、こういう所にいいの?まだ16じゃなかったっけ?」
「あ、それはサバ読んでるので。実は18なんです。一応プロダクションからはバレた時はバレた時って言われているので」
「ああ。この世界は年齢誤魔化してる人は多いよね」
「ケイちゃんなんて、性別まで誤魔化してたしね」
「すみませーん」
「ホントは女の子なのに、わざわざ記者会見までして男の子ですなんて言ってたし」
「えーっと・・・」
花村唯香が先日出したシングルがスイート・ヴァニラズから提供された曲を使っていた関係でこの博多公演だけのスペシャルシークレットゲストとして登場したらしい。それでFMの番組で唯香の歌を少し流したのだろう。
「でも今日は日中、大阪でライブやってから博多入りしたんですよ」
「ハードスケジュールだなあ」
「先月なんて、1日で札幌と福岡をやりましたし。お昼に札幌公演して飛行機で移動して夜8時から福岡公演」
「ああ。私も高校時代、似たようなことしたよ。中高生は活動できる時間帯が制限あるから、どうしてもその分無理なスケジュールになりがち」
「そうなんですよね。学校終わってから放送局3つ回ってレコーディングとか」
「ああ、それ私もやってた」と私。
「そういうのだけは経験無いなあ」とMinie。
「まあ、私たちは大学生になってから活動始めたからね」とCarol。
「でも活動始めてからギターとかベースとか弾き方練習始めたね」とSusan。「私なんか、あんた剣道やってたからドラムス叩けって言われたし」とCarol。
「ああ、その手の話はよく聞きます」
「唯香ちゃんは今日は博多泊まり?」
「ええ。それで明日の朝1番の飛行機で東京に戻ってライブ。二回公演です」
「わあ、頑張ってね」
「ケイは今夜小倉に戻るの?」
「交通機関が無いです」
「じゃ泊まりね」
「あ、お部屋取ってあげるよ」
と河合さんが言い、ホテルのフロントに電話して、このホテルの部屋を確保してくれた。
「レディースフロアにまだ空きがあったから1部屋取ったから」
「ありがとうございます」
「レディースフロアで問題無いよね?」
「あ、はい。開き直ってますから」
食事が終わった後、Elise, Londa, Carol がまだ飲み足りないと言って中州の街に出ていく。残った Susan と Minie に唯香と私の4人でラウンジでケーキとお茶を飲みながら、しばしガールズトークをする。河合さんと唯香のマネージャーは報告書を書くのに、自分の部屋に戻った。
お互いの高校生時代の話(唯香は現役だが)で話が弾む。しかし、そろそろ12時になるので寝ましょうか、という話になり、ラウンジを出て部屋に戻ろうとしていた所で、玄関からEliseたちが戻って来た。
「おお、ちょうどいい所に。今からお風呂行こうよ」とElise。
「飲んだ後でお風呂入って、死んでも知りませんよ」
「平気平気。私が死んだら、ケイ、あんたが私の代わりにギター弾いてよ」
「私、ギターなんて弾いたことないですけど」
「大丈夫。ケイなら3日で覚える」
「そんな無茶な」
「だいたいこのホテル、大浴場は無いけど」とSusan。
「近所に夜2時までやってるスーパー銭湯があるんだよ。そこに一緒に行こう」
「じゃ行きましょうか。あ、唯香ちゃんはもう遅いから寝せましょう」
と言ったのだが、本人が
「あ、私もスーパー銭湯行きたい」
などと言うので、結局7人でぞろぞろ近くのスパまで行くことになった。
「あれー。財布が空っぽだ」とElise。
「あ、私が出しておきますよ」と笑って言って7人分の料金を払い、中に入る。
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