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■夏の日の想い出・Xデーと復活(4)

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2023年4月9日(日).
 
23:59.
 
政子のスマホに着信があった。
「はい」
「お花贈ってくれてありがとう」
「まああまり表面には出たくなかったけどね」
「でも滞りなく済ませられたよ。ありがとう。あいつ女の友だちが皆無だったし。いつも誰かと戦ってた子だったから」
「mixiやLINEの友だちは?」
「ほとんど発信してなかったし」
「ふーん」
「一応報告だけと思って」
「了解」
「いつ東京に戻るの?」
「なんか近く夜食があるらしいのよ」
「・・・・・」
 
電話相手は、しばし考えた。
 
「もしかして日食?」
「あ、それそれ。それを見てから帰ろうかな」
「だったらさ、日食が20日だと思うけど、その2日後の22日・土曜日に高校の同窓会があるから、そこで会わない?」
「ホテルで会ってもいいけど」
「いきなり〜?」
 
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「生セックスさせてあげるよ」
「・・・・(妄想中)」
 
「まあ同窓会の会場なら私たちが話してても誰も咎めないよね?」
「(理性を振り絞って)だからそれまでに帰ってこれたら。あ、でも飛行機は日食見た人で混むかも」
「大丈夫と思う。自家用機あるから」
「さすが凄いもん持ってるね!」
「同窓会にはレディス着て来るよね?」
「メンズだよぉ」
 
「無理しなくていいのに。もう性転換手術も終わったんでしょ?新しいヴァギナに入れてあげるよ」
「そんな手術受けてない」
「料金必要なら出してあげるけど」
「(一瞬悩んでから)まだ10年は遠慮しとく」
 
「じゃ40歳になる前に性転換手術ね。そしたら人生の半分を女で過ごせる」
「・・・・・(妄想中)」
 
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この日政子は「電話代かかるから」と言って政子から掛け直し3時間ほど話していた。
 

マリは4月20日の日食を見てから帰ると私(ケイ)に言ってきた。それで千里が政子を迎えに行ってくれることになった。ついでに桃香および自分の子供たち(京平・早月・由美・緩菜)も連れて行った。夕月はまだ小さいのでお留守番である。
 
この日食は東京では見られない。房総半島の館山で0.009, 紀伊半島の潮岬で0.025, 鹿児島で0.029, 那覇で0.149, マリの居る宮古島では0.155まで欠ける。そのため宮古島まで日食を見に来る人が大勢集まって来ていた。オーストラリアまで行くと皆既が見られるので皆既を見たい人の多くがオーストラリアに行ったようである。コロナもだいぶ落ち着いて来たことから海外渡航もしやすくなってきている。
 
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この日、テレビの日食取材班が乗る観測隊第1群は3機のジェット旅客機で南アフリカのヨハネスブルグを日本時刻7時(現地時刻で午前0時)頃に離陸して一路観測地へ向かった。時速1100km程度のいわゆる遷音速で4時間ほど飛行し、インド洋の南、ケルゲレン諸島(les iles Kerguelen) 付近に到達する。
 
ケルゲレン諸島は地図で見ると一見、紅葉の葉のような形をしたひとつの大きな島に見える。実は元々はケルゲレン微少大陸と呼ばれる小さな大陸だったのが海に沈んで(海面上昇で)現在は諸島と化している。とても小さな島が多数で構成されており、島と島を区切る水路はまるで川のようである。現在の面積7215km2.四国の3分の1程度の広さである。
 
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↓iles Kerguelen (from fr.wikipedia, 但し雲を少し消した)

 
日食が始まるポイントはこのケルゲレン諸島の北西、48゜27.1'S、63゜37.5'Eの位置である。日出直後で最初は金環食で始まる予定だったのだが・・・・
 
雪である。
 
観測ポイントに浮かべた船の上でリポートするNHKの人気女子アナが悔しそうな表情で風雪に荒れる夜明け空の中継をしていた。
 

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しかしジェット機は雲の上を飛ぶので雨も雪も関係無い。安全間隔ギリギリの10km程度の間隔をあけて飛ぶ3機の飛行機は、各々アメリカ・日本・NATOに所属していて、共同で取材をしている(パイロットはアメリカ空軍・航空自衛隊・NATO空軍所属の熟練パイロット)。テレビにはこの3つの飛行機から太陽を映した映像が並んで表示されている。
 
日本所属の観測機に乗る神奈川の民放テレビ30代ベテランアナウンサーが「雲の上は晴れです。東の海から欠けた太陽が登ってきました」と報告する。この第1群の観測ポイントはケルゲレン諸島の北東、南緯46.5度・東経71.6度付近、日食開始ポイントから600kmほどの距離の場所である。
 
そして日本時間の11:37(現地時刻6:37)、日食はこの地点で金環食から一時的に部分食に変化した後、皆既食に変化した。テレビの画面では最も西を飛ぶNATOの飛行機の画面が金環食から部分食に変化し、そのわずか2秒後に最も東を飛ぶアメリカの飛行機の画面が部分食から皆既食に変化して「ハイブリッド食」というのがどういうものか中継されている各国の一般家庭に伝わったようである。この変化する間、真ん中の日本の飛行機の映像は部分食のままであった。
 
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この様子は日本とアメリカ・ヨーロッパ諸国はもとより、オーストラリア・ニュージーランド、韓国や台湾・中国・東南アジア・インド、などにも中継されているのだが、幻想的な天体ショーにかなり沸いたようである。
 

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中継はその後、オーストラリア北西端(12:29)、東ティモール(13:15)、ニューギニア島北西部(13:49)の定点観測地点から、##放送、◇◇テレビ、ΛΛテレビの女子アナがレポートをし、幾つかの洋上観測ポイントでの中継もあった。
 
宮古島に居るマリたちは13:25頃、全員日食グラスを持って表に出て南から少し西の方にある太陽を見る。
 
「まだ欠けてないよ」
と政子が言う。
 
「もう少しだよ」
と千里は答える。
 
「あ、左側が少し欠けてきた」
と最初に声をあげたのはあやめであった。
 
宮古島での日食は13:28に始まった。
 
「これもっと欠けるの?」
「いや、ここではちょっと欠けるだけ。一応最大食は14:16くらい」
 
「なんだつまらない」
などと政子は言うが、あやめ・夏絵・緩菜・由美の4歳児連合、京平や美優・早月・哲夫などは太陽が少し欠けているのを見て、充分大騒ぎをしていた。
 
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「でもけっこう長時間継続するね」
と桃香が言う。
 
「終了は15:01かな」
 

この天体ショーを、太平洋上からレポートするマッハ8の特別機(白浜友紀レポーター(*5) )の中継まで見てから、マリたちは宮古空港に移動し、帰途に就いた。
 
(*5) このレポーターのオーディションは青葉が欺されて参加し優勝したものの「まだ現役続けます」と言って辞退したので、2位の横川(♂バレー)、3位の白浜(♀卓球)、4位の水崎(♂テニス)が1年間NASAで訓練を受けた。しかし2位の横川がコロナに罹り3位の白浜が搭乗した。
 
青葉をあのオーディションに参加させたのは青葉にまだ水泳選手を続けて欲しい誰かの陰謀という気がする。
 

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紅川さん一家が空港まで見送りをしてくれたが、すっかり仲良くなった子供たちが別れを惜しんで泣いたりするので、
 
「また来るよ」
と言ってマリたちは千里のGulfstream G450(定員14名+Babybed)に乗り込んだ。
 
乗った人
(7)政子・あやめ・大奈(*6)・夏絵・かえで・政子の両親
(2)後藤・江川
(6)千里・桃香・京平・早月・緩菜・由美
 
定員ジャストである。かえでをベビーベッドに収納した。但し離着陸の際は、8ヶ月児のかえでは千里が抱っこひもで抱いていた。この中でいちばん安心な人である。(来る時は政子のお父さんが抱いた)
 
2時間ほどの飛行で熊谷の郷愁飛行場に戻り、そこから政子たちは小平市の自宅に、千里たちは浦和の自宅にそれぞれ戻った。
 
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(*6) 大奈(大輝)は宮古島に居る間ずっと女の子の服を着ていた。それでプールに行ったり(女子更衣室を使う)、スパに行ったり(女湯に入る)していたが、誰も彼女(暫定的に“彼女”でよい)の性別には疑問を感じなかった!政子の母・恵美は「まだ小さいし、いいか」と思っていたようである。
 

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実家に戻った政子に私は連絡した。
 
「同窓会の案内が来てるよ」
「どの同窓会?」
 
(白々しい)
 
「高校の時の。今週末。土曜日、つまり明後日(4/22)」
「ふーん」
「佐野君が幹事だよ」
「だったら行くしかない」
 
(なんて白々しい)
 

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夏絵とあやめは市内の幼稚園に通わせるべく昨年秋に入園試験を受けさせ、4月10日から通園するととになっていたのだが、宮古島に行っていたので東京に帰ってきた翌日、4月21日(金)から政子の母・恵美(めぐみ)に連れられて初登園した。
 
「双子?でもあまり似てないね」
「私たち同い年の姉妹」
「なるほどー」
「時々そういう子いるよね」
 
なお、ふたりは最初から政子の娘として幼稚園には登録している。だから夏絵は本当は“百道夏絵”なのだが“中田夏絵”の登録。あやめは本当は“唐本あやめ”なのだが、やはり“中田あやめ”の登録である。
 

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2023年4月22日(土).
 
政子はその日佐良さんの運転するアコードで都心に出て来た。そして恵比寿で私を拾ってもらい。一緒に同窓会会場になっている深川アリーナに行った。
 
会場で政子は松山貴昭と遭遇(?)した。
 
貴昭はこんなことを言った。
 
・妻が亡くなった後、父子家庭では子供の世話が物凄く大変。保育所に娘2人を入れているが、時間までに迎えに行くことができず「こういうのは困ります」と度々注意された。
 
・子供の世話を自分の親に頼みたい、降格してもいいからと言って何とか東京に転勤させてもらった。こちらの保育所に預けておき、時間までに自分の母に迎えに行ってもらっている。そして自分が会社を終えたらそこに迎えに行っている。
 
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・しかし子供たちと自分の母が合わず、また東京と大阪の生活習慣の違いからいきなり難しい状況になってきている。また兄の奧さんがかなり迷惑そうな顔をしている。
 
政子は言った。
「その子たち、昼間はうちの家に連れてこない?こちら子供4人いるからさ。あと2人くらい増えても大差無いよ」
 
そうだね。政子は大差無いだろうな。政子のお母さんが悲鳴あげそうだけど。
 
でも貴昭は
「そしたらそちらにお邪魔させてもらおうかな」
 
と言って、貴昭の2人の子供は保育所に行かせず、政子の家に来ることになった。
 
(もう既に2人でそういう話になっていたのでは?私も佐野君も呆れていた)
 
私は沖縄でお世話係をしてくれていた女性2人、後藤さん・江川さんに、こちらでも昼間から夕方に掛けて子供の世話をお願いできないかと頼み、了承を得た。
 
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4月24日(月).
 
政子の母・恵美(めぐみ)は早朝から大量のサツマイモと格闘していた。実は桃香が「千葉の伯父さん(高園洋彦“きよひこ”と読む)から大量にサツマイモをもらい、とてもこちらだけでは食べきれない」といってお裾分けなのである。
 
恵美は政子のリクエストでその大量のサツマイモをどんどんロースターで焼いて焼き芋にしていた。政子はもりもり食べていた。
 
そこに貴昭が(男性用スーツ姿で)来訪する。
 
「済みません。お世話になります」
と言って彼は紗緒里(5)と安貴穂(3)を連れてきた。
 
「いらっしゃい」
と恵美が2人を笑顔で歓迎する。
 
「おはようございます。私が紗緒里(さおり)、こちらが妹の安貴穂(あきほ)です」
 
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と姉の紗緒里が代表してしっかりと挨拶する。
 
「おお、偉いねえ、ちゃんと挨拶できるんだね」
と恵美。
 

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すると焼き芋を食べていた政子は
 
「サホちゃんもアキちゃんも、ほら、お芋食べなさい。美味しいよ」
と言った。
 
紗緒里は一瞬ためらったようだが、3歳の安貴穂が
 
「わあ、おいしそう。まぁおばちゃん、どのくらいまでたべていい?」
などと政子に訊く。(*7)
 
「10本でも20本でも100本でも食べていいよ。足りなくなったら、誰か買いに行ってくれるから」
などと言う。(きっとお父さんが買い出しに行ってくれる)
 
それで安貴穂が
「いただきまーす」
と言って、食べ出すと、紗緒里も最初遠慮がちに1本小ぶりのを取って食べ出す。
 
「おいしい!」
とふたりとも笑顔になる。
 
「これほんとに美味しい芋だよ。ふたりともどんどん食べなさい」
「はーい!」
 
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それを楽しそうに見て、貴昭は出勤して行った。
 
(*7) 政子は実はこのふたりに何度も会っており「まぁおばちゃん」と呼ばれている。敏春は「としおじさん」、麻央は「まぉ兄さん」!
 

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そしてこの日から、政子(のお母さん!)は6人の子供を育てることになったのである。
 
7時半頃にあやめたち3人が起きてきたが、すぐに2人と仲よくなった。そして一緒に焼き芋を朝御飯代わりに食べた。8時半頃、恵美が夏絵とあやめを幼稚園に連れて行く。その間は政子の父・晃義が子供たちを見ていた。
 
11時になると後藤さん、14時になると江川さんもやってきたが
「戦力が増強されてる」
「きっと破壊力も増強されてる」
と子供たちを眺めていた。
 

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私は恵美さん・貴昭と3人で話しあい、もうすぐ6歳の紗緒里については幼稚園に入れることにし、夏絵・あやめが通う幼稚園に「急に転勤になったので」と言って転入を申し入れた。それで紗緒里は早朝この家に来ると朝御飯を食べてから9時前に恵美さんが夏絵・あやめと一緒に連れて幼稚園に登園し、午後3時頃迎えに行って3人を連れ帰るようにした。
 
保護者は一応松山貴昭ではあるが、送迎は親族(面倒臭いのでそういうことにした)の中田恵美が主としてします、と届けている。
 
貴昭はこの時期は会社を退勤後だいたい午後8時頃この家に来る。娘2人は既に夕食を終えているので彼もここで夕食をもらってから、一息ついた後一緒にアパートに帰ることにしていた。しかし少し遅くなった場合は娘たちはもう寝ているのでそのまま寝せておき、貴昭だけ帰宅していた。
 
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この時期の部屋割
 
1F LDK
1F MBR 両親+かえで(2022.8)
1F 10J work room, マリ
2F 6J あやめ(2019.2)・夏絵(2018.8)・大奈(2020.10)
2F CL
2F4.5J 紗緒里(2017.5)・安貴穂(2019.9)
離れ1F Garage
離れ2F
Studio Piano(S6B) 楽器類
 
このパターンが5月23日までは続いた。
 
 
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夏の日の想い出・Xデーと復活(4)

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