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ふたりは終電で小夜子の家に戻り、まだ起きてくれていた五十鈴と一緒にクリスマスケーキを食べ、ワインで乾杯した。
ふたりの間で結婚の約束をした翌朝、晃は自分は戸籍上男であることをきちんと言い、また自分の生活スタイルはたぶん変わらないと言った上で、それでも小夜子を愛しているので、できたら結婚させて欲しいと五十鈴に申し入れたのである。五十鈴は快諾した。
「他の女の人とも他の男の人とも浮気したりしないならOKよ」
などと五十鈴は付け加えていた。
「あと、もし将来あなたが性転換したとしても、結婚していたら戸籍を女に変更できないけど、その場合、どうするの?」
「結婚の維持が優先です。そもそも私は自分の戸籍上の性別は気にしてないので」
「その点は私も聞いたのよね。私としては事実上の結婚が維持できていたら、書類上離婚して性別変更してもいいよと言ったのだけど、性別なんて些細なことだって。あと子供ができたらその子が20歳になるまで性別変更できなくなるけどね」
「何それ?」
「日本の法律がそうなってるの」
「おかしな法律ね」
「それで、あなたたち、結婚式とかはあげるの?」ワインを片手に五十鈴が尋ねた。
「それなんですが、女の格好している男と本物の女の結婚式なんて、どこも拒否するんじゃないかと思ってたのですが、先日お得意様でニューハーフの人が来まして、何か知らないかなと思って聞いてみたら、K市のK神社が同性婚の結婚式をやってくれるというので、その筋では有名らしくて。それで問い合わせてみたら私たちのケースもOKだそうです」
「あら、よかったじゃない」
「でも、そこ希望者が殺到しているので予約がいっぱいらしくて、でも、ちょうど1件キャンセルがあったらしく、3月22日に枠があるというので即予約しました」
「何曜日?」
「火曜日です。うまい具合に美容室休みだし、美容室の人にも声かけてみようかなと思ってます」
「あなた、ご両親とかは?」
「実家とはほとんど絶縁状態なんですが、事が事なので連絡しました。母と妹と叔母が来てくれるそうです」
「北海道だったかしら」
「はい」
「一度私を連れてって。結婚式の前にいちどご挨拶に行っておきたい」
「はい。連絡してみます」
「でもさ、この結婚式、宮司さん以外は、新郎新婦から参列者から全員女性ばかりという式になったりして」
「あ、そうね。美容室のお友達もみんな女性でしょうし、こちらから出るのもきっと女ばかりだわ。小夜子の職場も女ばかりよね」
五十鈴は面白そうに笑った。
「今夜は夜通しいちゃいちゃしたかったのになあ」
お風呂からあがり、部屋に入ってきた小夜子が言う。今日は晃が先にお風呂を頂いていた。実は小夜子があがってくるまで晃は少し仮眠していた。
「明日も準備で早めに出ないといけないから。いちゃいちゃはお正月に」
「うん」
小夜子はベッドにもぐりこんで晃にキスをした。
「晃は豊胸手術とかしないの?」
「えー?パッドやブレストフォームで充分」
今日も晃はDカップのブレストフォームを胸に貼り付けている。
小夜子はその胸を揉んでいたが、小夜子はその感触が好きだった。
「おっぱいあったら、温泉とかに行ったとき、一緒に女湯に入れるのに」
「そんな無理に女湯に入らなくても家族風呂とかあるじゃん」
「あ、そのほうがいちゃいちゃできるか」
「何も温泉でまでいちゃいちゃしなくても。それに豊胸手術で体内にシリコン埋め込むのも、体外にブレストフォームでシリコン貼り付けるのも、大差ない気がして。それなら何も高いお金払って、痛い思いしなくても、という気もしてさ」
「なーんだ。痛い手術受けるのが恐いんだ」
「はいはい、あたしは意気地無しですよ」と笑って晃は小夜子を抱きしめた。
12月31日は思ったほどお客さんは来なかった。たいていの人が髪のセットは早めに済ませてしまったようだ。16時半のオーダーストップの時点で既にお客さんは2人しかいなかった。それで閉店の少し前からいろいろ片付けをはじめ、閉店後すぐに今年最後のミーティングをし、コーヒーとショートケーキで簡単な打ち上げをしてお開きとした。晃が3月22日に結婚式を挙げることを伝えると、みんなが祝福をしてくれた。当日はK神社で式を挙げたあと、小夜子の叔母のビストロでお食事会をすることにしていた。「ご祝儀は謹んで辞退することにしてますので、ちょっと変なカップルを見物してやろうかという方で予定の空いている方はぜひ気軽に普段着でいらしてください。一応食事代の実費で3000円ということで」
店長と内村さん、それに村上さんが結婚式にも出席してくれるということだった。
店が終わった晃は、途中で小夜子と待ち合わせて、年末最後のショッピングを楽しみ、そのあと一緒に電車で小夜子の家に戻った。
「ねえ、もう年明けたら晃のマンションは引き払って、うちで一緒に暮らさない?」
「確かにそれもいいかもね」
「家賃1年分で性転換手術代くらいたまったりして」
「あはは。1年分じゃ、ちょっと足りないかな。」
「それでね、お正月にしたいことなんだけど」
「うん。モデル代だよね」
「ふたりで振袖着て、初詣に行こうよ」
「ああ、いいね。あたしがサーヤに着付けて、サーヤがあたしに着付けるんだよね」
「そうそう。私『雅の鳥』着るから、サーヤは京友禅の『春花』を着ない?あれすごく晃に似合ってたし」
「ああ、あの柄、好き。あ、だけど初詣に行って人混みにもまれるのはやばいよ」
「人の少ない時間帯を使えばいいよ。みんな年越しでお参りするから、午前2時くらいならわりと少なくなると思う。以前お正月の巫女さんのバイトした時にそんな感じだったよ」
「じゃ12時まではのんびり過ごして、それからお互いに着付けして、ぼちぼち出かけようか」「うんうん」
小夜子の家では晩御飯に少し具が豪華な年越しそばを食べ年末のテレビを見ながら五十鈴も交えて3人で暖かいくつろぎの時を過ごした。五十鈴は遠慮しているからふたりでゆっくり過ごしたらと言ったのだが、晃は小夜子さんとは4日までたっぷり楽しみますから、年越しはお母さんも一緒にと言ったので、小夜子の好きなトアルコトラジャのコーヒーを飲みながら、3人でののんびりとした年越しになった。
年明けてから振袖を着て初詣に行くというと、神社まで車で送ると五十鈴が言う。たしかに振袖を着ての運転はしにくいので素直にお願いした。
「でも、私子供がもうひとり欲しかったのよ。でも小夜子を産んだ後すぐ旦那死んじゃって。娘がもうひとりくらいいたらなと思ってたんだけど、こうしているとなんかその夢がかなった気分だわ」と五十鈴はにこやかに言った。
近所のお寺の除夜の鐘が聞こえてきた。
五十鈴がまた12時前に来るといって自分の部屋に下がった。
「お母さんいない内に少し核心に迫ってみよう」
「なんだ、なんだ?」
「除夜の鐘は108の人の煩悩を取り除いていくんだって。アッキーって心の中にたくさん悩み事あるでしょ。この鐘に乗せて少し減らすといいよ」
「そんなに悩み事あるように見える?」
「うんうん。それとアッキーは心の中には、男の心と女の心が同居してる」
「うん。たしかに」
「その男の心の方、捨てちゃいなよ、この鐘に乗せて放流しちゃう」
「ああ・・・・・」
「心の荷物が多いとそれだけ悩むことも多くなるし、運気も上がらないよ。それにさ、アッキーは自分の性別認識が男と女の間で揺れているといったけど、その男に揺れる部分って、世間体を意識したり、アッキーを無理にでも男として分類したい人達に少しだけ迎合したり、あと結婚して子供作るには男である必要があるとか思ったり、そういう余計な部分がけっこうあるんじゃないかな。アッキー私と結婚するんだし子供も私産んであげるから、もうそのあたりまでの部分を全部捨てちゃおうよ」
「簡単に言うなぁ・・・・」
「ほら、除夜の鐘の音を聴いて。心が洗われていく感じしない?」
「うん。気持ちいい」
「神社のお祓いの鈴とかも同じ効果だよね」
「諸々の罪・穢れを洗い給い、清め給い、と」
「そうそれ。『払い給い清め給え』だけど。で、私が今いったようなアッキーの心の中で本質的じゃない男の心を全部洗い流してしまっても、たぶんね、少し男の心って残ってると思う」
「あ、それはそんな感じがする。あたしって本質的な部分でも100%は女になりきれてない」
「だから安心して、じゃまな部分は捨てちゃおうよ」
「そうだね。そうしちゃおうかな。全部は捨てきれないかも知れないけど」
「私もいろいろ雑念を捨てることにする。この鐘に乗せて」
ふたりは静かに除夜の鐘に聴き入っていた。
やがて、港の船が放つ「ボー」とい汽笛が新年の訪れを告げた。
たくさんの汽笛が鳴り響く。
五十鈴が部屋から出てきた。
「明けましておめでとう」
「明けましておめでとうございます」
「おめでとう」
しばらくテレビの中継など見たあと、小夜子と晃は部屋に入り、振袖の着付けをはじめた。まずは小夜子が晃に『春花』を着付け、そのあとで晃が小夜子に『雅の鳥』を着付けする。自分も振袖を着たまま、振袖の着付けをするというのは何か不思議な感覚だった。純粋に豪華な加賀友禅と、静かに美しい京友禅が並ぶと、これがまた素敵な様になった。
五十鈴もできあがったふたりの友禅の競艶を見て、思わずうなった。
「お母さん、記念写真お願い」
「うんうん。ほんとに素敵ね。これを見たかったんだわ、私は。
晃さん、このまま私の娘になってね」
「はい、そのつもりです」
五十鈴の運転で神社まで行く。道が混んでいたので着いたのは2時半だった。しかしおかげで神社の参拝客は少ない。
「駐車場がいっぱいだから、お母さんそのあたりをぐるっと回ってくるわ。1時間後にここに戻ってくるわね」
「ありがとうございます」
「ありがとう」
ふたりで手をつないで参道を行く。
友禅を着たふたりが歩いていると、いやでも目立つので、周囲の視線が集まる。その視線を心地よく感じながら、ふたりは拝殿への道を歩いた。
前の人のお参りが終わるのを待ち、神前に進んでお賽銭をふたり同時に入れ、二礼二拍一礼する。特に合図とかはしなかったが、自然にふたりの拍が揃った。軽くおじぎをして神前から下がる。
「おみくじ引こうね」
「うんうん」
晃が引いたのは「十八番吉」だった。
暗きを離れて明るきに出る時、麻衣は禄衣に変じる 旧き憂いは終いに是退く 禄に遇いて応さに輝きと交わる
「要するに暗い運気が終わって、明るい運気がやってくるし、憂いも消えてしまう。心も服も着替えよう、ということかな」
「うんうん。もう男はやめて女一筋にすればいいのよ」
「あはは。あ、婿取り・嫁取り吉と書いてある。あたしたちは嫁同士か」
「うんうん」
「サーヤのは?」
小夜子が引いたのは「四十三番吉」だった。
月桂まさに相い満つ。鹿を追いて山渓に映る。貴人乗りて遠き矢をす。 好き事始まり相祝う
「絶好調ということかな。鹿を追って矢を撃って、獲物を得たんだよね。獲物はサーヤかな?」
「あはは」
「それとも・・・・・あ、子供は女の子だって」
「・・・・・ちょっと待って。サーヤ妊娠した?」
「まさか。ちゃんと付けてやってるじゃない。私は生でもいいと言ったのにアッキーったら結婚するまではちゃんと付けると言い張るし」
「はじめての日は、サーヤがちゃんと用意してたしね」
「無いからできないとは言わせないための用意」と小夜子は笑いをかみしめる。
「実は自信も無かった。もう長いことしたことなかったし」
「でもちゃんと最後までできたね。で、生理が遅れてるのよね」
「遅れてる?」
「たぶん、久しぶりのHでリズムが乱れてるだけだと思う。あと一週間くらいしても来なかったら、念のため妊娠検査薬使ってみるけど」
「うん」
小夜子はあれが特製の『ニードルワーク』済みのものであったことは黙っていた。(だってタンポポの種は飛んでいく前に採取しておかないと・・・・)
「それでさ、アッキー、お願い」
「なに?」
「私、こども2人くらい欲しい。だから、もし去勢したいとか女性ホルモン使いたいとか思っても、2人目の子供ができるまでは待ってくれない?」
「いいよ。というか、当面そういうのするつもりは無いけど」
ふたりが破魔矢を求めたり、絵馬を書いたりしていたら、大きなカメラを持った女性が声を掛けてきた。
「すみません。○△という雑誌の記者なんですが、お写真撮らせてもらえませんか?」
「ええ、いいですよ」
と小夜子がにこやかに答える。
「あちらの拝殿そばの街灯の近くが明るいので、あそこで拝殿をバックに撮っていいですか?」
「はいはい」
「素敵な振袖ですね。友禅ですよね」
「はい。私のが加賀友禅、この子のが京友禅です」
「お友達?姉妹?」
「姉妹ですよ」
晃はえー!?という顔で小夜子を見たが、確かにフィアンセですと言っても混乱させるだけだろうから、それでもいいだろう。小夜子のお母さんにも私の娘になってねと言われたし、それなら姉妹みたいなものか・・・・・
「下の名前だけでいいのでお名前教えてください。差し支えなかったら年齢も」
「私がサヨコ、この子がアキコ、カタカナにしておいてください。
年は私が27、この子が25です」
「ありがとう」
記者さんは満足そうにメモして行った。
「年はかなりサバ読んだね」
「まあ、そんなものでしょ。でもアッキーは25で通ると思うよ」
「サーヤだって、そのくらい行けるでしょ」
「私がお姉さんという感じの設定だったしね」
小夜子は楽しそうだった。
ふたりは三色団子を買って食べながら、大きな木の下に立って人の流れを眺めていた。
「この木、何かいい香りがするね」
「これは楠だね」
「へー。ああ、樟脳とかカンフルとか取る木だよね」
「うん。この木は雌雄同体だよ」
「あら」
「おしべとめしべがひとつの花の中にある」
「あ、そうか。あれ?もしかして植物って雌雄同体が多い?」
「うん、実は被子植物はほとんどが雌雄同体。楠は被子植物だよ。裸子植物には結構雌雄異体がある。銀杏は裸子植物で雌雄異体。でも杉は裸子植物だけど雌雄同体」
「む、むずかしい。私にも分かるように言って」
「楠も杉も雌雄同体なんだけど、少しタイプが違うんだよね。楠はひとつの花の中におしべとめしべの両方がある。両性花というんだけど。杉はおしべだけの雄性花と、めしべだけの雌性花が、ひとつの木に両方できる」
「うーん。そもそも男か女か分からないタイプと、男っぽい所と女っぽい所の両方を持つ人との違いみたいな」
「あはは、そうかも」
「植物は男女両方の性質を持ってて、ちゃんと生殖できるのね。人間は不便ね」
「まあ人間に生まれたんだから仕方ない」
「植物に生まれ変わりたい?」
「ううん。次も人間がいいな」
「男の子?女の子?」
「女の子がいい。振袖着れるから」
「あら、男の子に生まれてもこうやって振袖着れる」
「あはは。でもあたしたちの子供、女の子がいいなあ」
「振袖着せられるから」ふたりは同時にそう言って、笑った。
そろそろ五十鈴が迎えに来る時刻だ。ふたりは仲良く手をつないで鳥居の方へ歩いていった。雅な神楽の音が境内に響き渡っていた。
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Les amies 振袖は最高!(4)