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■Les amies 振袖は最高!(1)

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(c)2011.01.10-13 Eriko Kawaguchi

 
小夜子はその日の興奮を少し鎮めてから帰ろうと思い、夜の街を当てもなく歩いていた。夜風が冷たくて気持ちいい。街灯りが退廃的でなぜかほっとする。歩道橋を渡っていたら下を通る車のヘッドライトがなぜか新鮮に思えた。しばし眺めてみる。
 
子供の頃、こうやって友達と一緒にずっと車の行くのを眺めていたりしてたななどと思った時、誰かにいきなりぎゅっと抱きしめられた。
 
あまりに驚いたので声が出ない。『きゃー、これって悲鳴出さなきゃいけない?』
などと思った時、小夜子を抱きしめた人影が大きな声で言った。
「早まっちゃいけない。生きてれば何とかなるものだから」
『はあ?』
小夜子は訳がわからずに周囲を見た。
「ねえ、君少しゆっくり話そう」
 
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少し離れた所に人が2人ほどこちらを見ている。
ようやく少し事態が理解できた。
「違います。私死んだりしないから離して」
「大丈夫?」
小夜子を抱きしめていた女性?が腕の力を緩めた。
「ただ、夜景を見ていただけです。自殺じゃないです」
「ほんとに?」
といってこちらを心配そうに見るこの人・・・あれ、この人は?
「ええ、だから離して」
その人物はやっと小夜子を解放してくれた。
「アッキー?」と小夜子は戸惑いながらその人物の名前を言う。
「あれ、なんだサーヤだ。久しぶり」向こうも気づいたようで懐かしい愛称を口にした。
「うん、ほんと久しぶりね」
 
「その子、お姉ちゃんの知り合い?」
少し離れて見ていた中年の男性が声を掛ける。
アッキーは「ええ、そうです。ちょっと連れてって話をしますから」
「別に、私話をすることはないんだけど・・・」
「いいから来いよ。ちょっと下の方を見てごらん」
小夜子ははじめて歩道橋の下に目をやる。
きゃー。なんか凄い人だかりが!!
 
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「夜中に女の子がひとりで寂しげに歩道橋から下を見てたら自殺かと思うさ。さあ、行こう行こう」
結局、小夜子はアッキーに促されて、歩道橋を降りた。
そこにパトカーがやってきて、警官が降りてきた。
「身投げしそうな人がいると通報があったのですが」
「あ、大丈夫です。私、知り合いなので連れていきますから」
「おお、無事だったか。それは良かった。じゃゆっくり話を聞いてあげて」
「はい」
 
「私別に・・・」
「いいじゃん、説明していると面倒だ。どこかで甘いものでも食べよう」
アッキーは小夜子を少し離れた所にあるファミレスに連れ込んだ。
ここは24時間営業の店だ。
「何か食べる?ボクおなか空いちゃって」とアッキーが言う。
「私、コーヒーでいい」と小夜子は答える。
アッキーはちょうど水を持ってきたホールスタッフに
「ピザ・マルゲリータ1つ、ホットチキン1つ、シフォンケーキ1つ、お汁粉1つ、それにドリンクバー2つ」と注文した。
「そんなに食べるんだ」と驚いたようにいう。
「サーヤもおなか空いたら後で追加して。今日はボクのおごりにしておくから。今夜は晩ご飯食べ損なったんだよ。新人さんの練習に付き合ってたら。あ、コーヒー持ってくるから座ってて」
 
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小夜子は「ふう」とようやく息をついてあらためてまわりを見渡した。もう12時近いのに、テーブルは7割方埋まっている。
 
アッキーがコーヒーをふたつ持ってくる。
「はい、アスパルテーム。サーヤはこれが良かったよね」
「うん」
といって小夜子はあらためてアッキーを眺めた。
「そうやってると、完璧に女の人にしか見えない」
「うん、そう思われるのには慣れてるから、そう思われても気にしない」
アッキーは白いブラウスの上にモスグリーンのカーディガンを着、下は黒いフレアースカートだ。
「別に女装しているつもりはないんだけどなあ」
「まあ、個人のファッションの感性は自由だと思うよ。もう私も関係無いし」
「美容室のお客さん、女の人がほとんどでしょ。髪型とファッションは切り離せないものだし、女性のファッションが理解できてないと髪型もデザインできないと思うんだよね。それでこうやって女性の服を自分でも着てみているだけで」
「仕事場でもそんな感じ?」
「うん。スカート穿いてることが多い」
「でもアッキー、確かにそういう格好が似合ってるよね。『女装してる男』には見えない。ちゃんと女の人に見えちゃう」
「うん、まあ子供の頃からそれは言われてたけど、ボクは別にGIDではないし、性転換とかするつもりは無いから。あくまでボクは男だよ」
「うん。知ってる」
アッキー・・・・晃がとても男性的な性格で、決断力や行動力にすぐれていることは小夜子がいちばんよく知っていた。思えば晃と別れたあと付き合った男性はみんな優しそうと思ったら頼りなく、しっかりしてると思ったら独善的だったりで、結局誰とも長続きしなかった。晃は性格的には凄くバランスが良かった。気は優しくて力持ち。よく気が回るし、こちらの微妙な心理をよく読んで配慮してくれた。性格だけ見れば最高かも。でも、この女装?趣味に付いていけなかったのだった。
 
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「でもサーヤ、しっかり美人になってる。彼氏いるの?」
「ありがと。恋人はいないけど、アッキーとまた恋人になるつもりはないから心配しないで。でもアッキーも随分美人になったんじゃない?」
「ありがとう。昔からするとお化粧の技術が上がったからかな。一応プロだし。それとボクもしばらく恋するつもりはないから大丈夫だよ」
「お客さんのメイクとかもするの?」
「するよ。若い女の子向けにミニ・メイク教室とか美容室でやったりもしてるよ。けっこう女性の美容師さんでも系統だてて説明できる人はいなくて」
「へー」
「まあ少人数の美容室だから、そういう仕事もやらせてもらえるんだろうけどね。大手だと、メイクとか着付けは女性の美容師さんの独占だ」
「ああ、前の美容室やめたのね」
「うん。あそこでは一応シニア・スタイリストまで行ったけど、大手は基本的に分業方式だからね。ひとりのお客さんの、髪を切る人、シャンプーする人、パーマ掛ける人がぜんぶバラバラ。どうかすると左右で別の人がパーマ掛けたり。それでは『その人の髪』にちゃんと責任を持てないと感じて、マンツーマンで、ひとりのお客さんの髪について全部ひとりの美容師が担当する方式の所に移ったんだ。給料は安くなったけどね」
「へー」
「おかげで、ここではメイクとか着付けとかもさせてもらえる」
「着付け?相手は女性よね」
「うん。ただし肌襦袢までは女性の美容師さんにやってもらって、その後だよ」
「びっくりした。でも、それでもお客さん、男の人に色々触られるの嫌がらない?」
「一応、30歳未満のお客さんは全部女性の美容師さんがする方針。
30歳以上のお客さんで、ボクでもいいという人を担当してる」
「でもアッキーだと、ふつうの男の美容師さんとは女の側として受ける印象が違うかもね。半分くらい女の同類かも知れないから、まいっかという感じになるかも」
「うーんと・・・・まあ、いいや。そうだ!」
 
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「何か?」
「唐突だけど、サーヤさ、着付けの検定のモデルとかやってくれないかなあ。サーヤ着物好きだったよね。モデル代も払うよ」
「検定のモデル?」
「実は今年から着付けの国家試験ができたんだ。それでうちでも着付け担当しているスタッフは全員受験することになって。夏に筆記試験があって、これは楽勝だったんだけど、12月に実技があるんだけど、これが人間のモデルに振袖の着付けをしないといけないんだ」
「12月・・・再来月か・・・うーん。特に予定とぶつからなかったらしてもいいよ。私確かに着物好きだし。訪問着くらいなら自分でも着れるし、振袖もうちに10着くらいあるよ。で、肌襦袢とか補正は女性の人がしてくれるんだよね」
「いや、これは検定なので、補正や肌襦袢からボクがしなくちゃいけない」
「えー!?」
「それで、実は頼める人がいなくて困ってたんだ」
「うーん・・・・」
「12月7日なんだけど、どうかな」
「アッキー、彼女とかいないの?」
「君と別れたあとは、彼女も彼氏も作ってないよ。忙しかったこともあるし」
わざわざ『彼氏』とまで付けくわえるのがアッキーらしいと思った。
実際、以前交際していた時も、この人実はホモではと思ったりすることもあった。本人が言うにはバイではあるけど男性との恋愛経験はないという話だった。『言い寄られたことはあるけど好みじゃないから断ったよ』などと言っていた。
 
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「まいっか。今日の分の借りを返すというところで。7日なら今の所予定入ってないし。有休とってモデルしてあげる」
小夜子は手帳を開けて予定を確認して言った。
「助かるよ、ほんとにどうしようかと思ってた」
「それで検定前にもできたら練習で着付けさせてもらいたいんだけど」
「練習か・・・・どのくらいの頻度で?」
「できれば毎週1回くらい。検定の前の数日間は可能なら毎日」
「毎日!?」
「時間帯はそちらの都合に合わせる。深夜でも早朝でも構わない」
「・・・・まあ試験だしね。いいよ。そうだ、今からうちに来て、ちょっと着付けしてみてよ」
小夜子はピザをつまみながら言った。実はピザもチキンもほとんど小夜子が食べていた。お汁粉とケーキは全部小夜子が食べていた。アッキーはたぶんピザ一切れくらいしか食べていない。
「今から?夜中だけどいいの?」
「ためらうような仲でもないしね」
 
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ふたりはレストランを出るとタクシーを停め、郊外の小夜子の家まで行った。「おかえり。随分遅かったのね」小夜子の母がまだ起きていたようだ。
「うん。でもお友達と一緒だったから大丈夫。今夜泊まってもらうから」
「あ、すみません。お邪魔します」晃は慌てて小夜子の母に挨拶した。「あら、美人のお友達ね」と小夜子の母がにこやかに言う。和服を着ている。なんと大島紬だ。しかもかなり糸が細かい上等な品。これが普段着か。しかも、さりげなく着こなしている。
 
「泊まってもらうからって・・・・」
「Hは無しだからね」
「いや、ボクは着付けをさせてもらえば充分で」と晃は少し困ったように言う。「どれにしようかな・・・・やはり、これにしよう」と小夜子が取り出したのは白地にピンク系統の豪華な模様が入った上等な振袖だ。
「値段は聞かないことにするよ。しかし見事だね、これ。友禅・・・加賀友禅?」
「うん。私のいちばんのお気に入りなの。『雅の鳥』という名前なのよ。帯はこれね。袋帯・全通でいいんだよね。検定の時、これ使ってよ」
「うん。ありがとう。全通でも六通でもいいけど、この振袖に六通は使いたくないよ。しかしこの帯も凄いな。やりがいがある」
「今、肌襦袢・長襦袢とか持ってくるね」
 
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小夜子は和服用の下着セットを持ってくると、晃の前でためらうことなく下着姿になった。晃もプロ意識になり、よけいなことは言わずに補正を始める。
「でも普段はどうやって練習してるの?」
「着付け練習用のボディを自宅に用意してるから、それで毎日4回くらいやってる。朝起きてから1回、帰ってから3回。練習用の和服も、振袖、訪問着、付下げ、留め袖、浴衣と揃えてるよ。」
「おおさすが。でもマネキン相手か・・・・でも生身の人間とは感覚が違うでしょう」
「自分も練習台にして着付けしてるよ。休日はそのまま街に出て散歩したりもするけど」
「ああ、自分で振袖着れるんだ」
小夜子は突然アッキーにも振袖を着せてみたい気がしてきた。
 
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「もちろん。でも訪問着などからすると難易度が高いよね」
「うん。私も街着や訪問着は自分で着るけど、振袖は無理。どうしても崩れちゃうから、お母ちゃんに着せてもらうんだよね」
「練習すればできるようになるよ」
「じゃ、教えて。12月までに。練習に付き合う報酬ということで」
「いいよ」
 
振袖を着せ終わり、帯を作っている時に、トントンとノックがあり、小夜子の母が入ってきた。
「まだ起きてるみたいだから、お邪魔かもとは思ったけど」
とお茶とお菓子を持ってきてくれている。
「あら、加賀友禅を着てるの?」
「うん。彼女美容師さんで、今度着付けの検定受けるの。それで
着付けのモデルを引き受けたんだ」
「すみません。面倒なことお願いしまして」と晃は少しはにかみながら言った。
「あらそうなんだ。少し見せてくださる」
「ええ、これで・・・完成です」と晃は『ふくら雀』を仕上げて答えた。
 
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小夜子の母はどうも着付けの状態をチェックしているようだ。
「あなた、腕力があるのね。しっかり締まっている」
「ありがとうございます。でも着付けは全身運動ですね」
「ふくら雀もきれいにできてること。ふんわりして形が上品。私もこんなにきれいには作れないわ。さすがプロね」
小夜子の母は鋭い視線で着付けの状況をチェックしていたが、やがて
満足そうな笑みに変わった。どうやらお母様の眼鏡に適ったようである。
 
「それでさ、私も彼女に教えてもらって振袖自分で着る練習しようかと思って」
「あら、いいわね。じゃ、いっそ小夜子がこの方にも着せてあげたら」
「うんうん、そう思ってた!」
「え!?」と晃はびっくりして言う。
「まずは人に着せて基本を覚えて、それから自分で着るのがいいよね」
「まあ確かに」
「自分で着るときは前で結び目作るから、うまくできたかなと思っても最後に帯を180度回して後ろにやる時に全部崩れちゃう。あちこち誤魔化しながらやってるからなあ」
「あの回すのは気合い」
と晃は苦笑して言う。
 
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「そうだ。まだお名前を聞いてなかったわ」
「あ、すみません、浜田晃と申します」
晃は美容室の営業用の名刺を出して小夜子の母に渡した。
「あきらさんなのね。まあデザイナー。デザイナーってスタイリストの上でしょ?」
「いや、小さな美容室なもので」と晃は照れながら言う。
「私とは古い友達で、サーヤ、アッキーの仲なの」
「小夜子がサーヤと呼ばせるのは、かなり仲の良いお友達ね。あ、ごめんなさい、私もお名刺、差し上げますわ」
小夜子の母は部屋を出ると少しして戻ってきた。
『○○流華道正教授 総華督 松阪華鈴』と書かれている。
そうか。お花の先生か。そういえばサーヤも準教授だかの肩書き持ってたな。
 
「本名は五十鈴なの」と小夜子の母は付け加えた。
「きれいなお名前ですね」
晃はそのようなやりとりをしながら、この小夜子のお母さんは自分を女と思っているのだろうか、それとも男と分かっていて気にしてないのだろうかあるいは自分をニューハーフの類と思い女性に準じる扱いをしてくれているのだろうかと疑問を感じた。しかしとにかくも自分をこの家の客として迎え入れてくれているのは確かなので、それ以上考えないことにした。
 
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五十鈴が下がったあと、晃は小夜子の求めに応じて記念写真を何枚か撮り、今度は着物を脱がせていった。終わったのはもう4時近くだった。
「えへへ。久しぶりにこれ着たし。mixiの日記に載せちゃおう」
「サーヤ仕事は?」
「私は今日は休み」
「ボクは9時半にはお店に出ないと。余ってる毛布とかあったら、恵んでくれる?部屋の隅で寝るから」
「あら、ベッドで一緒に寝ましょう。セミダブルだからふたりで寝れるよ」
「え、だって」
「遠慮する仲でもないでしょ?あんな所まで舐めあったことのある仲だし」
「あのねぇ・・・」
「Hはしないよ。我慢できるよね」
「我慢も何も、純粋に睡眠を取りたいから」
「じゃ、一緒に寝よう。私パジャマに着替える。私ので良ければパジャマ貸すよ」
「うん、助かる」
晃は小夜子のパジャマを借りると手早く着替えてベッドに潜り込み奥の方で丸くなって眠り込んだ。
 
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小夜子はそんな晃をなんとなく愛おしいような視線で見ていたが、やがて自分もベッドに潜り込み、もう熟睡している感じの晃の額に軽くキスするような真似をすると、少し離れた位置で目を閉じ眠りの世界に入っていった。
 
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