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■寒桃(4)

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「私、自分のおじいちゃん・おばあちゃんとか、おばちゃんとかの関係が全然分かってないや」
と帰宅してから青葉は台所でお酒を飲んでいた母に訊いてみた。母はお酒を飲みながらひとりでタコ焼きを食べていて「これあげないからね」と言った。
 
「うん。別にいいよ」と青葉は微笑んで言う。
 
母は比較的機嫌が良いようで、そこら辺に落ちていた何かの督促状の紙の裏に系図を書いて説明し始めた。
 
「その紙いいの? 振込票が付いてるけど」
「どうせ払えんから構わん」
「ふーん」
 
母は最初に 川上礼子=古賀広宣 と青葉の両親の名前を書き、その下に未雨・青葉と、姉妹の名前を書いた。
 
「私はこの町の生まれ、父ちゃんは佐賀県の生まれ。これは知ってるね?」
「うん。うちって苗字はお母さんの方の苗字なんだよね」
「そうそう。結婚を申し込まれた時に、私が渋っていたら、苗字は私の方に合わせていいから、その内私の実家の近くに引っ越すからなんて言われてね。まあ、あの頃は優しかったんだ、あの人も」
「ふーん」
 
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母は古賀広宣の上に、古賀太兵=坂井梅子 と書く。
 
「父ちゃんの方のじいちゃん・ばあちゃんに会ったのは覚えてる?」
「分からない」
「だろうなあ。まだあんた2歳になるかどうかだったもん。太兵さんは有田焼の茶碗の絵付けの仕事をしてたんだよ。太兵さんのお父さんもその仕事してて、うちの父ちゃんにも継いで欲しかったみたいだけど、絵が下手だからね、あの人」
 
「仕事は向き不向きがあるよ」
「そうそう。梅子さんのお父さんは大工さんだったらしいけど、お母さんは神社の娘で」
「へー」
「巫女さんとかしてたらしい。霊が見える人だったけど、自分は全然見えないって、梅子さんは言ってたよ。あんたが色々見えるのは賀壽子ばあさんの血と同時に、梅子さんのお母さんの血も引いてるからかもね」
「はあ・・・」
 
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次に母は自分の名前(川上礼子)の上に、八島市子=川上雷造 と書く。
 
「うちの爺さんは若い頃は漁師をしてたんだけどね。身体を壊してから海には出なくなって、その後は畑耕して、野菜作ってる」
「うん。時々もらえるね」
「おかげで、私も青葉も飢え死にせずに済んでるからね。でも元々身体壊してから農業始めたくらいだから、最近は畑仕事もきついと言ってた」
「大変だよね」
「まあ仕事は何でも大変だけどね」
 
母は 川上雷造 の上に、川上法潤=遠敷桃仙 と書く。
 
「こっちのじいさん・ばあさんはもう亡くなってしまってるね。法潤(ほうじゅん)じいさんはお寺の息子だったんだけど、寺は継がずに、漁師になってしまった。桃仙(とうせん)ばあさんは、目が見えない人でね。若い頃青森でイタコをしてたんだよ」
「その話は初めて聞いた」
 
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「苗字は遠敷(おにゅう)と言ったらしいけど実は戸籍が無くてね。本当かどうかは分からんと雷蔵じいさんは言ってる。戸籍が無いから実は入籍もしてない。まあ無いものは仕方無いけどね。桃仙さんはこちらに旅回りしていた時に寺の前で倒れて、法潤じいさんに助けてもらったのが縁でイタコの集団を抜けてこの地に留まり、結婚したらしい。なんだか青葉のご先祖には、あっちの世界に関わってる人が多いね。私なんか霊感ゼロなのにさ」
 
と言って母はタコ焼きの最後の1個を食べてしまった。
「この容器なめる?」
などと言われるのでありがたくもらって、付着したタレや削り節をなめる。青葉にとってはこれでも充分なごちそうだ。
 
母は八島市子の上に、葦原賀壽子=八島陸理 と書き、八島市子の横に八島双乃子と書いた。
 
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「陸理じいさんは40くらいで死んでしまったけど、夏はこちらで畑仕事してて冬は東京に出稼ぎに行って工場で勤めていた。亡くなったのもその工場での事故でだよ」
「それはひいばあちゃんから聞いた気がする」
 
「賀壽子ばあさんは凄く小さい頃からああいう力があったらしくてね。小学生の頃から、除霊とかやってたらしい。陸理じいさんとは幼なじみだったらしいね。昔のことだから町でデートなんてできないから、よく山の中で待ち合わせて滝とか谷とかでデートしてたらしい」
「わあ、それもいいなあ」
 
「双乃子叔母ちゃんは、若干霊的な力があったみたい。市子ばあさんには全然力が無いんだけどね。だから、賀壽子ばあさんは跡継ぎとして期待していた時期もあったみたいだけど、小さい頃から病気がちだったからね。あまり無理はさせられないというので諦めたみたい。この人は自宅に居た時間より病院に入ってた時間の方が長いよ」
「ああ」
 
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「双乃子叔母ちゃんは霊的な力があるのでよけい変な霊に取り憑かれることが多くて、それも体調を悪化させる元になってたらしい。それで祭壇を作ってるあちらの家では良くないということで、少し離れた場所に、結界だけしてこの家を建てて、そこに住まわせるようにしたのよね。近くだから良く見に来れるし」
 
「うちがこちらに引っ越して来たのも、ひいばあの面倒見てくれということだったんでしょ?」
「そそ。でも、賀壽子ばあさんは元気出し、むしろこちらが経済的に面倒見てもらってるけどね」
 
と言って母は疲れたような顔をして笑った。
 

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その日、母は何だか機嫌が良く、未雨が学校から戻ってくると、ふたりをミラの後部座席に乗せて出かけた。
 
「この車、うんてんしてもよかったの? 何とかが切れてるからうごかせないとか言ってなかった?」と未雨。
「お巡りさんに見つからなきゃ平気」と母。
「お母さん、さっきまでお酒飲んでたのに」と青葉は言うが
「もう醒めたから大丈夫」などと母は言う。
 
車は国道を走り隣町の住田町まで行き、一軒の農家の庭に駐まった。
 
「あんたたち、しばらく待ってて」
と言って母は家の中に入って行った。
 
が、なかなか出てこない。
 
「寒いよお」と未雨が言う。
 
車のエンジンが掛かっている間は暖房が効いているからいいが、いったん停まれば、車内の温度はあっという間に外気と同じ温度まで下がる。今は気温は多分2度くらいか?
 
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「毛布かぶってようよ」
と言って青葉は車の荷室に置いてある毛布を取り出そうとするが、何か引っかかっているようで、うまく引き出せない。
 
「お姉ちゃん手伝って」
「うん」
 
ふたりで引っ張ると、何とか取り出せた。その時、ごろりと黒い物が転がった。
 
「あれ、練炭だ。なんでここにあるのかな」と未雨。
「きっと誰かにもらって、ストーブ代わりに家で燃やすつもりだったんだよ」
「ああ、そうか」
 
未雨はそれで納得したようだが、これは、とーってもヤバイと青葉は思った。そして母が上機嫌だった理由も理解した。ご先祖のことをあんなに詳しく話してくれたのも、自分たちが今から向こうに行くからだったんだ!
 
さてどうするかと考えながら、取り出した毛布を自分と未雨に一緒に掛かるように掛けて、身を寄せ合う。
 
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「少し暖かいでしょ?」と青葉
「うん」と未雨。
 
母が出てきたのは車がそこに駐まってから1時間くらいした頃であった。
 
「御免ね。御飯食べさせてくれるというからおいで」
 
ふたりはお邪魔しますと言って家の中に入る。知らないおじさんが家に居て、テーブルにホットプレートを載せ、お肉を焼いてくれた。
 
「わあ!お肉だ!!」と言って未雨が喜んでいる。
青葉は微笑んで自分も右手に箸を持ち、主としてお野菜や、焦げ掛けているお肉などを食べた。
 

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御飯をごちそうになってから車に戻る。母は南に向けて車を走らせる。どうも家に戻る雰囲気ではない。やはりヤバイな。
 
「あれ。お母さん、ここに何か落ちてる」
と言って青葉は身体を曲げて、床に「落ちていた」銀色の玉を5個ほど拾った。
 
「ん?あれ、パチンコの玉じゃん」
「お母さん、パチンコ屋さんに行くの?」
 
「そうだな・・・ちょっと寄っていくか」
と母は言うと、進路を変更して市街地の方へ行った。
 
パチンコ屋さんの駐車場で駐め、ふたりに待っているように言ってパチンコ玉をポケットに入れ、店の中に入って行った。青葉と未雨はまた毛布にくるまって待っていた。
 
1時間後、母が上機嫌で出てきた。
「さ。おうちに戻るよ」
と母は言った。帰る途中スーパーに寄り、半額シールの貼られた鍋物セットと、1個19円のコロッケ3個を買った。車から降ろした練炭に火を点け、それで鍋物セットを煮て食べた。未雨がツミレが美味しいと言って喜んでいた。その夜は練炭のおかげで、少しだけ暖かく過ごすことができた。
 
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こうしてその日、青葉たちは翌日の新聞に載るようなことには遭わずに済んだ。
 

そして大晦日。家には食糧が何も無かった。お昼にポテチの袋を母と青葉・未雨の3人で分けて食べたのが最後だった。父は12月の頭頃からずっと帰宅していない。
 
「寒いよお。油買ってきてストーブつけようよ」と未雨は言うが
「そんなお金無いから、布団かぶってな」と母。
 
「青葉は寒くないの?」
「鍛えてるから大丈夫」
 
そんなことをしていたら、夕方、賀壽子がやってきた。
「あんたら、餅あるかい?」
「餅どころか何も食べるもんがない」
 
「呆れた。ちょっとうちに来るかい?」
「行く!」
 
ということでみんなで賀壽子の家に行った。
 
「食べるもの無い時は、うちに言いなさい。私だって貧乏だけど、少しくらいなら分けてあげるから」と賀壽子
 
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祈祷の御礼にもらったという鯖を焼いてくれて、4人で一緒に食べた。
 
「おいしい、お魚なんて食べたの一週間ぶり」と未雨。
「あらあら」
 
一週間前というのは学校の給食で食べたものである。ここ1年ほど青葉の家の食卓に肉や魚が載ることは滅多に無かった。
 

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「ちょっと年末のお祈りするから、少し休んでなさい。青葉、一緒にお祈りするかい?」
「うん」
 
青葉は賀壽子と一緒に祭壇の前に座り、一緒に大祓の祝詞を唱え始めた。
 
「高天原に神留り坐す皇親神漏岐・神漏美の命以て、八百萬神等を神集へに集へ賜ひ、神議りに議り賜ひて、・・・・」
 
この祝詞は物心付く前から聞き覚えていて、青葉にとっては子守歌のようなものである。
 
しかしその祝詞を唱えている時、青葉は「あれ?」と思った。
 
明らかに曾祖母のパワーが落ちている。
 
でもその事について、祝詞を唱えている間は何も言わなかった。
 
祝詞を唱え終わって拍手を2つ打ち、祭壇に向かって深く拝礼する。
 
『ひいばあちゃん・・・・』
『お前にはバレちゃったみたいね』
『どうしたの?病気?』
『私も年みたい』
『無理しないで。お仕事、手伝えたら手伝うよ』
『そうだね。年明けからはお前に頼もうかね・・・』
 
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年末の大祓の祈祷が終わった後、4人で一緒に年越しそばを食べた。
 
「お正月はここにいるかい? 祈祷とかするから、静かにしてることが条件」
「うん、ばあちゃん。ここに居させて。私ひとりなら何とかなっても、この子たちがお腹空かせるから」と母。
 
「ねえ、お母さん、私、幼稚園から帰った後、こちらのうちに来ててもいい?」
と青葉は尋ねた。
 
「そうだねえ、それでおやつでももらうといいよ。私も年明けたらまたパート探してみるから」と母は言った。
 

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そうして青葉は年明けから実質曾祖母の仕事を代行するようになった。
 
魚の缶詰工場にパートに通い始めた礼子に代わって賀壽子が、青葉の幼稚園から帰るのを迎えに行く。そして帰宅するとふたりとも巫女衣装に着替えて、一緒に祈祷に出かけ、青葉はまるで付き添いの童女のような顔をして実は、代わりに除霊・浄霊や霊的防御、ヒーリング・霊的治療、物探し・人捜し、占いなどの仕事をするようになったのである。
 
体調の悪い人などがいると、一応曾祖母が診断するものの、治療は青葉がしていた。また、それまで青葉は霊感占いの類いは天性の勘でしていたが、この時期に曾祖母から、筮竹を使った易占い、タロット、手相なども習った。
 
賀壽子に付き従っている小さな巫女衣装の青葉を見て、その性別を疑う人などは、いなかった。みんな
「可愛いお嬢さんですね。お孫さんですか?」とか
「可愛い! 市松人形みたい。きっと美人さんになりますよ」とか
「うちの孫のお嫁さんに欲しい感じ」
 
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などと言ってくれていた。青葉は髪を長くして前髪はパッツンだったので、本当に日本人形のようであった。
 
そして青葉が実質仕事を代行するようになってから、仕事の品質が上がった。
 
「八島さんに頼むと物が見つかる」「八島さんのお陰で腰痛が治った」などの評判が立ち、賀壽子の商売は繁盛した。それまでは依頼なんて月に数件程度だったのが、毎日のように仕事があるようになる。
 
おかげで、そのお裾分けで青葉たち一家も潤うようになっていく。賀壽子は受け取った報酬(といっても大抵は野菜や雑魚の類い)の半分を「経済支援」
と称して礼子に渡すようになったので(残りの半分を賀壽子と佐竹で折半する)礼子も賀壽子が生きている間は、子供を道連れに死のうとしたりはしなかった。
 
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