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■寒桃(2)
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岩手に帰り着いたのは翌日の朝だった。
帰宅した青葉を母が抱きしめてくれた。その後、母と父が物凄い喧嘩をしていた。青葉は姉から「こっちにおいで」と言われて、奥の部屋に籠もっていた。何だか物が壊れる音がたくさんする。青葉は音で何が壊れたかだいたい分かる。青葉のお気に入りだったセーラームーンのマグカップが割れたっぽい音がしたのは悲しかった。
やがて窓ガラスの割れる音もして、車の出て行く音がした。
しばらくしてから母が奥の部屋にやってきて「おやつでも食べよう」と言った。母は額と頬に絆創膏をしていたが、とても優しい顔をしていた。この時期はまだ母のほうは比較的まともだったのである。母まで崩れていくのは曾祖母が亡くなった後である。
昼頃、曾祖母が炊き込み御飯とお煎餅を持って家に来てくれた。
『青葉、最後油断したね』と脳内直伝で言われる。
『ごめんなさい。でも近くに居たお姉さんに助けてもらった』
『助けられそうな人に念を送ったんだよ。何だかそういうのに鈍い子で、お前に気付かせるのにちょっと時間が掛かった』
『ありがとう』
『また水泳の練習をしようか』
『うん』
と答えて青葉は微笑んだ。
青葉は幼稚園で、だいたい女の子たちと遊んでいたが、中でも特に仲が良かったのは早紀だった。ただ早紀は青葉の性別について当初結構悩んだようであった。
「あおばちゃんって、おちんちんあるのね」
「うん、あるよ」
「じゃ、あおばちゃんっておとこのこなの?」
「ううん。女の子だよ」
「へー、おちんちんのあるおんなのこもいるのか」
「うーんとね。ふつうおちんちんは男の子だけにあるんだけど、私のは間違って付いてるんだよ」
「ああ、まちがいなのか!」
ただ早紀がこの「間違い」という言葉の意味を理解するのにはかなりの時間が掛かったようであった。たぶんきちんと分かったのは、もう小学校に上がるくらいの時期であったろう。
ふたりはよくお人形さんで遊んでいたし、またお絵かきなどもしていた。
「あれ、あおばちゃん、ひだりてでおえかきするの?」
「うん。右手ではあんまりうまく描けない」
「へー。でもじはみぎてでかいてるね」
「先生に右手で書きなさいっていわれたからね。だからひらがなは右手で書くんだけど、梵字は左手で書くよ」
「ぼんじ?」
「こんなの」
と言って青葉は梵字の「阿」の字を書いてみせる。
「なんかむずかしいじだよ!」
「ひらがなより先に覚えちゃったから」
「これ、しょうがっこうになったらならうの?」
「うーん。学校では習わないと思うよ」
「じゃ、なににつかうの?」
「そうだね。。。。早紀ちゃん、あそこの本棚の陰、何か怖くない?」
「あ、こないだからなんだかこわいきがしてた」
「そういう時にね、この阿字を書くと・・・・」
と言って青葉はそこに漂っている浮遊霊に向けて念を込めて空中に阿字を書いた。浮遊霊が離れて幼稚園の外に行ってしまう。
「あ・・・なんだかこわくなくなった」
「こういうのに使うの」
「でも、わたし、そのじむずかしくておぼえられない」
「そんな時は、私を呼んだらしてあげるよ」
「うん、そういうときはおねがいね」
早紀とはお医者さんごっこをしたこともある。
「わたしね。なんだかおなかのちょうしがわるいの」
「どれどれ」
と言って青葉が早紀のお腹に手を当ててみる。
「あ、消化不良だね。治してあげるよ」
と言って青葉は調子の良くない部分に気を送り、流れを正常な状態に戻してあげる。
「あれー。なんだかよくなったかんじ」
「良かったね」
「じゃ、今度はわたしがあおばをしんさつしてあげる」
「はいはい」
早紀は常々興味を持っていた、あおばのおちんちんをパンツの上から触ってみる。あはは、やはり触られるか・・・
早紀が触って色々いじるので、青葉のおちんちんは不本意にも大きくなってしまった。
「あれ、おおきくなっちゃったよ」
「びょうきかも」
「じゃ、おちゅうしゃ、しなくちゃ」
「えー?」
「さ、あおばちゃん。おちんちんだしてください。おちゅうしゃします」
「私、お注射嫌い。今治すから」
と言って青葉はそこに手を当てて、一気に気の流れを殺してしまう。するとあっという間におちんちんは縮んでしまった。
「ほら、小さくなった。もう治ったよ」
「つまんなーい。わたしがなおしてあげようとおもったのに」
その後青葉はいつもおちんちんにあまり「気」が行かないように気をつけていたので、この後青葉のおちんちんが大きくなったことは無い。
早紀は青葉のおちんちんを大きくしてしまったことはその後忘れてしまった。他の男の子ともお医者さんごっこをしたりして、実際におちんちんに触ったり注射したりして遊んだりもしたので、青葉ともそんなことをしたことは他の記憶の中に紛れてしまったのである。
青葉は早紀とそんなことをする以前にも何度か自分で悪戯しておちんちんを大きくしてしまったことがあった。最初の内はうっかり大きくしてしまったものの、これどうしたらいいんだろうと思っていたが、その内、小さくする方法、大きくならないようにしておく方法を覚えていった。
まだそれがうまくできていなかった頃、一度大きくしたのを母親に目撃されてしまったことがあった。早紀とお医者さんごっこをする2ヶ月くらい前のことである。
「へー、あんた女の子だって自分では言ってるくせにおちんちん大きくして遊ぶんだ?」
「ごめんなさい。ちょっと間違いで大きくなっちゃった」
母は青葉のおちんちんを掴むと荒々しく弄ぶ。
「あ・・・・」
小さくしようとしていたのに、そんなに弄ばれると小さくできない。
更に母は青葉のおちんちんを口に咥えてしまった。
えーーー!?
お酒の臭いがした。ああ、お母さんお酒飲んでたのか・・・
でも何だかドキドキする。何?この感覚。何だか舐められてるし。気持ちいいじゃん。母は口を外したが、おちんちんは皮が剥けて先端が露出し、大きく硬くなったままだ。
「こんなに大きくなるなんて、いけないおちんちんだね。もう切っちゃおうか?」
ドキっ。
おちんちん切る?
母親は包丁とマナ板を持って来て、青葉のおちんちんをマナ板の上に載せ、包丁を当てた。
「切っちゃってもいい?」
「うん」
「ほんとに切るよ」
「私、おちんちん要らないもん」
「切ったらおまえ男の子じゃなくなっちゃうよ。もうおちんちんで遊べなくなるよ」
「私男の子じゃないもん。女の子になりたいから切って欲しい。おちんちん大きくなっちゃうの困ってたから、無くなった方がいい」
「立っておしっこできなくなるよ」
「私、立っておしっこしたことない」
「そういえばそうだね。あんた幼稚園でも女の子トイレ使ってるんだっけ?」
「うん」
「じゃ切ってもいいか」
「うん。切って」
母は包丁にぎゅっと力を入れた。青葉はドキドキした。母が青葉の顔を見る。青葉はせつない顔で母を見た。ちょっと痛い。切り落とされたら凄く痛いだろうなあ。でもおちんちんが無くなるのなら我慢できる気がする。止血は自分でできそうな気がするし!
でも母はそこでやめてしてしまった。
「切ってくれないの・・・?」
「おとなになったら、お医者さんで切ってもらいな」
と母は言って包丁とマナ板を片付けてしまった。
「うん・・・」
青葉はちょっと不満げに返事した。
「それにね。あんた知らない? 女の子ならここに割れ目ちゃんがあるんだよ」
「それは知ってる」
幼稚園で友人の女の子がそこを露出させているのを何度か見たことがあった。そしてその割れ目ちゃんの中からおしっこが出てくることも知っていた。
「割れ目ちゃんの奥には赤ちゃんが出てくる穴がある」
「それ、おしっこの出てくる所とは別?」
「別だよ。もっと大きな穴だよ。赤ちゃんが通るんだから」
「ああ」
「今青葉のおちんちん切っても、割れ目ちゃんや赤ちゃん出てくる穴までは作ってあげられないからね、お母さんには」
「お医者さんなら、それまで作ってくれるの?」
「そうだよ」
「私、お医者さんにおちんちん切ってもらいたいなあ。赤ちゃんの出てくる穴を作ってもらったら、私、赤ちゃん産める?」
母は少し考えていたようだった。そしてやがて言った。
「赤ちゃんを生むには赤ちゃんの素を持ってないといけないんだよ。男の子にはそれが無いから、おちんちんを切って形だけ女の子にしても子供は産めないけど、あんたなら産んでしまうかもね」
「私、お嫁さんになって、お母さんになりたい」
「なれたらいいね」
と母は珍しく優しい顔で言った。
「あんた、女の子になるんだったら、男の子の服は要らないよね?」
「うん」
「じゃ捨てちゃおう」
と言って母は青葉のタンスの中から男物の服を全部取りだして大きなビニール袋に詰めた。袋がふたつできた。
「ちょっと捨ててくる」
と言って母はその袋を自転車のカゴと荷台に積むと出て行った。
1時間ほどで帰って来た母は「今日の晩御飯はお肉の入ったカレーだよ」と言った。
「わーい! カレーにお肉が入るのって久しぶりだね!」
と言って青葉は喜んだ。
その年の秋のある日、曾祖母・賀壽子が昼少し前に家に来た。
「お母さんとお父さんは?」
「お父さんはしばらく帰って来てない。お母さんも夕べから帰ってない」
「お前たち、朝ご飯はどうしたの?」
「小麦粉と玉子があったから、私がホットケーキ作って、お姉ちゃんと一緒に食べた」
「ふーん。ちょっとひいばあと一緒に来て。お母さんいないなら未雨も」
「うん」
賀壽子は青葉と未雨を車に乗せて、山奥の方の村へと行った。
「病気の女の子がいるの。お医者さんから『手の施しようが無い』と言われて。このままじゃ死んじゃうけど、何とかして助けたいから、青葉ちょっと手伝って」
と賀壽子は言った。
「私、何すればいいの?」と青葉。
「そばにいて、私に力を貸してくれればいい」と賀壽子。
「ああ・・・私、あねぼっとになればいいのね?」
「ハニーポットね」
「私も何かするの?」と未雨。
「お前は病気の女の子に本でも読んであげて」
「うん」
「戻りました」と言って賀壽子はその家の中に入って行った。青葉と未雨も続く。
「そのお子さんたちは?」
「曾孫たちです。この子たちの母親が不在なので連れてきました。お嬢さんの治療は明日の朝くらいまで掛かりますから」
「娘は・・・・助かるでしょうか?」
と不安げな母親。
青葉は患者の女の子を見てみた。中学生くらいだろうか?これは食中毒+霊障?と思ったら賀壽子から『正解』と言われた。どうも処置を始めるのが遅すぎたことと、霊障が絡んでいて、それで医者からさじを投げられたのだろう。そばに賀壽子の弟子の佐竹のおじさんが座って何やら祈祷をしているが、あんまり効いてないなと青葉は思った。
「助けます。取り憑いていた悪霊はさっき処置したので、その後遺症さえ何とかすれば助かるはずなんです。お母さんとお祖母さんはお嬢さんが助かることを信じて、祈っていてください」と賀壽子。
「はい。あの・・・正信偈とかでも唱えればいいでしょうか?」
「正信偈もいいし観音経とかもいいですよ。お母さんの祈りの気持ちがこもっていればそれが効果を発揮するんです」
「はい」
母親はそう答えると仏檀の所から本を持って来て祖母と一緒に「帰命無量寿如来、南無不可思議光、法蔵菩薩因位時、在世自在王仏所・・・」と正信念仏偈を唱え始めた。
一方の賀壽子は佐竹と交代して、寝ている女の子の傍に座り、精神を集中し、女の子のお腹の下の付近に手かざしして、身体と並行に手を回転させるように動かし始めた。女の子は意識が無くて青葉が見た所、生命の炎もかなり弱々しい感じになっていた。
医者から助けようが無いと言われたので、それならせめてお家で看取りたいと言って自宅に連れ帰ったらしい。しかし女の子の祖母は「助けようがない」などと言っている医者に頼るより、拝み屋さんに頼んでみようと言い、母親も藁にすがる思いでそれに同意して、賀壽子に連絡したらしい。
しかしこのような霊障絡みであれば、それがまさに正解だ。取り憑いていたと思われる霊は既に賀壽子により処置済みのようだが、その後遺症がかなり出ている。この修復もお医者さんの仕事ではない。薬でも治せるだろうが薬で治す速度では、治るまでこの子の体力がもたないと思われた。この子を助けるには食中毒絡みで出来ている体内の傷を超特急で治し、霊障絡みで機能不全に陥っている各臓器を再稼働させ、更に自力で回復できる所まで体力を戻す必要がある。
今この子は生きていること自体が奇跡のような状態なのである。おそらくは、若い故の基礎体力があるからであろう。
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