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■春合(4)

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仕事の負荷に関して話し合うため、山村(こうちゃん)と千里はコスモス社長もこのマンションに呼び出した。コスモスはアクアが3人いることは知っていたものの、現実に2人以上が並んでいるのを直接見たのは初めてだった。
 
(カノンの時も2乗りバイクの時もコスモスは臨席していないし、少年探偵団での“アクアの従妹のマクラ”(実はアクアF)を使った撮影も見ていない)
 
しかしコスモスは動じず
 
「じゃ仕事の負荷があまり大きくなりすぎないように、山村さんのレベルでチェックしてあげて。その分、葉月ちゃんに少し負担が掛かるかも知れないけど」
と言った。
 
「葉月はまだ高校生なんですけど、それだと彼が学校に全く行けなくなったり、あるいは彼が倒れたりしませんかね?」
と千里が心配する。
 
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「リハーサル役、町田朱美にも少し分担させよう」
「あの子は機転が利くから、けっこう代役できるかも」
と千里。
「あの子、実は男の娘だったんだっけ?」
と山村(こうちゃん)。どうも東雲はること混同しているようだ。
 
「天然女子だよ。でも襲ったりしたら、こうちゃん去勢するからね」
「しないしない」
と焦って山村は言っている。
 
「日中の代役は佐藤ゆかで行こう」
「ああ、あの子は歌も上手いし、演技力もある」
 
それで当面アクアのリハーサル役は、葉月と朱美・ゆかで分担することになった。
 
佐藤ゆかはリセエンヌ・ドオのリーダー/信濃町ガールズの初代リーダーだが、アクアと同学年で、3月に高校を卒業する予定である。同い年なので代役としては理想的だったため、この後主として朝から葉月の学校が終わるくらいの時間まで、アクアのリハーサル役として使われることになる。
 
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でもお陰で、ゆかは受験する予定だった大学への進学を諦めることになった!
 

1月5日(日).
 
西湖(今井葉月)は、この日、体調が悪かった(多分過労)ので、事務所に電話してお休みさせてもらうことにし、アパートで寝ていた。(仕事は大崎志乃舞が代わってくれることになった)
 
“ふく”という名前の女の子キツネさんが出て来て
「お弁当買ってきてあげるね」
と言って、オリジン弁当まで行って、タルタルチキン南蛮弁当を買ってきてくれた。
 
(“緩菜の社”筒石のマンションではおキツネさんたちは筒石にこき使われる。“京平の社”西湖のアパートではおキツネさんたちは進んで西湖を助けてくれる)
 
「ありがとう!」
と言って、お茶を入れてお弁当を食べようとした時のことだった。
 
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ドン!
 
という凄い音がして、西湖は驚いてひっくり返る。
 
後ろ手でも支え切れず身体が畳にぶつかってしまうのが龍虎との運動神経の差である。
 

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「痛ぁ」
などと言いながら起き上がると、目の前に別の人物がいたので驚く。
 
もとい。
 
目の前に“同じ”人物がいたので驚く。
 
「誰?君」
と同時に言った。
 
「ボクは天月西湖だけど」
「ボクは天月西湖だけど」
と両方の人物が同時に言った。
 
「嘘ー!?なんでボクがもうひとりいる訳?」
 

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するとさっきお弁当を買ってきてくれた“ふく”さんが言った。
 
「西湖ちゃん、あまりにも忙しすぎるから1人では無理だということになって2人になったのかもね」
 
「そんなことあるんだっけ?」
「アクアちゃんだって2人いるよ」
「そうなの?」
 
「1人じゃあの忙しさに耐えられないよ」
「そうかも」
 
「ところで君たち男の子?女の子?」
と“ふく”さんが訊く。
 
「え?」
 
それで西湖たちは自分のお股に触ってみる。
 
「ボク女の子みたい。割れ目ちゃんあるもん」
「ボク男の子に戻ってる。ちんちんがある」
 
「つまり男の子と女の子に別れた?」
 

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「西湖ちゃん、自分は男の子だという気持ちと、女の子になっちゃってもいいかなという気持ちが混在していたから、それぞれの気持ちが独立したのかもね」
 
「それありそう。早く男の子に戻りたいという気持ちもあったけど、ずっと女の子のままでもいいかもという気持ちもあったもん」
 
「アクアも男の子と女の子なんだよ」
「男女の双子だったの?」
「違うよ。元々は1人だったけど、あまりの忙しさに耐えられずに3人に分裂したんだよ。でも励起状態が少し落ち着いて、今は(ついさっきだけど)2人に戻った。その内1人に戻ると思う。西湖ちゃんも一時的に2人になったけど、その内1人に戻るよ」
 
「ああ。これは一時的な現象なんだ」
 
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「でも好都合なんじゃない?2人いるのなら、1人が学校に行って、1人が仕事にいけばいい」
 
「それって、学校に行くのは女の子のボクの役目だよね?」
「そうだね。女子高に男子が居ると面倒なことになる」
 
「ボク男の子だった頃は、凄く困ってた。女子校ってスキンシップも凄いし。身体測定とかも大変だったもん」
 
「女の子なら女子校に行っても問題無いね」
 

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「だったら平日は女の子のボクが学校に行って男の子のボクが仕事に行って、土日は交替で仕事に行けばいいかな」
 
「長時間の撮影とかする時は交替でやればいいかもね。アクアも交替しながらやっているよ」
 
「そうだったのか」
「アクアは男の子役はMがして、女の子役はFがしてるんだよ」
「M?F?」
「男の子のアクアがアクアM、女の子のアクアがアクアF」
「MはMan?」
「MはMale(メール), FはFemale(フィーメール)。あんた学校の勉強あまりしてないもんね」
「忙しいんだもん」
 
「でもこれからは片方はちゃんと学校に行っていれば少し勉強もできるようになるかもね」
 
「じゃボクたちもMとFでいいかな?」
「いいと思うよ。だから男の子は天月西湖M・今井葉月(いまいようげつ)M、女の子は天月聖子F・今井葉月(いまいはづき)Fだよ」
と“ふく”さんは、紙に字で書いてくれた。
 
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「ああ、そんな感じがいいかも」
「それでアクアの男役のボディダブルは西湖Mがして、アクアの女役のボディダブルは聖子Fがすればいいんだよ」
 
「それが自然かも」
「アクアも西湖も成長してきて、おとなになりかかっているから、今までみたいに1人で男女双方を演じるのは少しずつ難しくなってくるかもね」
 
「それはそんな気がしてた」
 

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西湖は“ふく”さんの勧めでこの件を千里に打ち明けることにした。それで電話を掛けるが、この電話は千里3(≒千里4)に掛かった。千里4はこの日高岡にいたのだが
「明日には東京に戻るから、そしたらそちらのアパートに行くよ」
と言ってくれた。
 
1月6日(月)は、日中Fが学校に行った。聖子Fが勉強している内容がどんどん自分の頭の中にも入ってくるので西湖Mは面白ーいと思った。Mは日中ほとんど寝ていたのだが、午後3時に電車で都心に出て放送局に入った。そして22時(高校生はこの時間までしか仕事をしてはいけない・・・ことになっている)であがらせてもらい、河合友里の運転する車で用賀のアパートに戻った。
 
実際はFは桜木ワルツが迎えに来てくれて放送局まで彼女の車で移動したのだが、そのまま電車で帰宅してアパートで宿題をしていた。宿題をするなんてのは小学5年生の時以来だなと聖子Fは思った。
 
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23時頃
「そろそろ帰宅したかな?」
などと言って千里さんが来てくれた。
 
千里さんは西湖が2人いるのを見ても全然驚かなかった。
 
「ああ、2人に分離したのか。まあよくあることだよ」
と言った。
 
「よくあるんですか?」
「私も2人いるし、アクアも2人いるからね。西湖ちゃんが2人いても不思議ではない。ケイなんて10人いるから、多分」
 
「千里さんも2人いるの?」
「私は4番でもうひとりは2番」
 
「2と4って、1と3は?」
 
「最初は0,1,2,3って4つに分離したんだよ。それが最初0と1が合体して0+1=1で新1番になって、昨日その1番と3番が合体したから1+3=4で4番になった」
 
この話を今聞いた1番は驚いている。
 
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「やはり合体するんだ?」
「アクアにしても西湖ちゃんにしても、その内1人に戻るから心配しなくてもいいよ。今はあまりにも忙しいから2人に別れざるを得なかったんだろうね。西湖ちゃん2人に別れなかったら、高校中退せざるを得なくなってたと思う」
 
「それちょっと覚悟してました」
 
「女の子と男の子に別れたのなら理想的だね。Fは女の子だから堂々と女子校に通って、Mがお仕事すれはいい」
「そうしようと思ってました」
 
「あとは長時間の撮影とかでは2人で交替で」
「それもそうしようかと話していたんです。男の子役はMで、女の子役はFで」
「それがいいね。アクアもFとMの雰囲気がかなり差が出て来てる。西湖ちゃんもずっと中性的ではいられない。このあとFとMの差が出てくると思うよ」
 
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「そんな話もしてました」
 
千里さんは、仕事中の入れ替えは、この子にやらせるから心配しなくていいよ、と言ってお友達の《わっちゃん》を呼び出して紹介してくれた。彼女は不思議な能力を持っていて、2人の人物の位置を交換することができる。アパートの中でMとFが居室と台所にいる状態で“位置交換”をしてみせたのだが、西湖は2人とも「すごーい」と感動していた。
 
「コスモス社長に言って、彼女を西湖ちゃんの付き人として雇ってもらうから」
「そうしたら、いつも一緒にいれますね」
 

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それで《わっちゃん》は、千里からの推薦ということで和城理紗の名前で西湖の付き人になることになった。また千里は西湖に異常な愛情を注いでいる(?)桜木ワルツにも西湖が2人に分裂したことを教えた。それで入れ替えの補助を和城理紗にさせることを説明したのである。でないと、ワルツから理紗が嫉妬されそうだった。ついでにワルツにはアクアも2人に分裂していることを教えた。
 
「人間が分裂するなんて信じられないけど、確かにアクアちゃんと西湖ちゃんの忙しさは2人くらい居ないと乗り切れないよ」
と言っていた。
 
西湖の送迎はこれまで主としてワルツがしていたのだが、和城理紗を雇ったのでワルツと理紗で分担してやることにし、ひとりが学校に行っている聖子を迎えに行ったら、もうひとりはアパートに居る西湖を放送局などに連れて行き、学校に行っていた聖子はそのままアパートに送り届けられる(ほんの数百メートルだが)という形で学校と仕事先の分離をすることにした。
 
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なお“和城理紗”の由来は彼女の本名ワシリーサ(Василиса)からである。彼女は二見ヶ浦の蛙大王様が作ってくれた戸籍・住民票を使用して2014年2月に正式に運転免許を取得しており、昨年秋に追加で自動二輪を取得してゴールド免許になっている。
 
千里はワルツに「西湖Mとセックスしてあげたら」と唆したのだが、ワルツは「取り敢えず未成年の間は自粛します」などと言っていた。
 
「それとも聖子Fとセックスする?」
と訊いてみたら
「商品に手を付けたら首になります」
などと言っている。
 
何なんだ?この男女の扱いの違いは??
 

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ワルツは千里に尋ねた。
 
「分裂は一時的なもので、その内1人に戻るとおっしゃいましたよね。その時、彼は男の子に統合されるのでしょうか?女の子に統合されるのでしょうか?」
 
「彼が男として生きたいか、女として生きたいか、彼の気持ち次第だと思う」
「それ、凄く微妙ですよね?」
「彼は女の子ライフに味をしめちゃったからね」
「そうなんですよね」
 
「でも彼は女子ということにして高校行っちゃったから、本人の肉体的性別は別として、今更社会的にはもう男の子に戻れないし、普通の女の子とも結婚できないと思う。ワルツちゃんがレスビアン婚してあげればいいよ」
 
「その問題についてはあの子が27-28歳になってから考えさせて下さい」
とワルツはまじめな顔で言っていた。きっと本当に好きなのだろう。
 
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その日青葉は津幡“火牛”スポーツセンターで日本代表候補女子長距離組の自主合宿をしていたのだが、アクアゾーンの個室宿泊エリア(「ホテル火牛」という名前が付いている)に割り当ててもらっている自分の部屋で寝る前に、ルーチンになっている10人ほどのクライアントに“定期自動スキャン”を掛けようとしたら、空振りする感覚があった。あれ?と思い個別に1人ずつ掛けていくと、アクアの男性器メンテナンスで“ターゲット”が存在しないことに気づく。
 
「まさかアクアちゃん死んだ?」
と焦り、アクアのことは多分完全把握しているだろうと思った千里2に電話してみた。
 
「さすが青葉は勘がいい」
と言って、千里2はアクアが3人から2人に統合されたことを教えてくれた。
 
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「彼の睾丸はあるんだけど、ペニスが見当たらないんだよ」
「Nの身体と一緒に消えちゃったんだね」
「ヒーリングどうしよう?20歳になるまで男性器を強化してあげる約束だったのに」
 
「ターゲットが無いなら仕方ないんじゃないの?睾丸だけ強化しても出力デバイスが無いとどうにもならない気がする。契約終了でいいんじゃない?」
「睾丸はどうなるんだろう?」
「誰か欲しい人にあげることになると思うよ。Mだって睾丸が4個もあっても仕方ないだろうし。青葉が欲しいなら、つけてあげるように言うけど」
「いらない!」
 

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「あとさあ、雨宮先生のちんちんが立つようにメンテするのやめない?あの人のちんちんは立たない方が世の中のためだよ。毎年たくさん被害者が出ているのに」
 
「たとえ、ちー姉でも、雨宮先生がクライアントかどうかについても話せないし、クライアントとの契約はどんな相手であっても守る義務がある」
と青葉は言った。
 
「ほんと青葉は堅いね」
と千里は感心するように言った。
 
 
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春合(4)

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