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■春合(1)
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(C)Eriko Kawaguchi 2020-02-08/改2020-04-18
12月15日(日)、貴司たちのチームMM化学サウザンド・ケミストラーズは今期リーグの最終戦に臨み、優勝して有終の美を飾った。これでこのチームの活動は終了し、来季からは今回4位だったHH交通ハイ・イーグルスに合流する。ただし、今回MM化学が優勝してしまったので。あらかじめリーグ側と話し合っていた内容に基づき、手続き上はサウザンドケミストラーズを存続チームとし、そのチームがハイ・イーグルスと改名して運営企業もHH交通に変更するという形を取る。この結果HH交通は来年は上位リーグでプレイできるのである。
貴司以外は全員(新)HH交通に移籍するが、行き先の決まっていなかった貴司自身について、関東地域リーグに所属する埼玉県川口市のTT事務機という会社のチームの監督をしている新庄さんという人が貴司を誘ってくれた。新庄さんは以前大阪実業団リーグの覇権をMM化学と争っていたAL電機に所属していて貴司をよく知っていたのである。
貴司は美映に相談した。彼女は生まれてからずっと関西に住んでいたので、関東への移住に不安を訴えた。
「だめかなあ。だったら不本意たけど、バスケはやめて普通の会社の仕事先を探そうか。この際、僕もどんな仕事でも頑張るよ」
と貴司は言ったのだが、すると美映は
「バスケはやめないで欲しい。だったら不安はあるけど埼玉に行くよ」
と言った、
それで貴司たちの関東への引っ越しが決まったのであった。
おりしもMM化学は大量の希望退職を募っていたので、それに応募し、1月いっぱいでの退職が決まった。それでTT事務機への入社は2月3日(月)付けということにした。引越先のマンションも新庄さんが会社への通勤に便利な場所を川口市内で探してくれた。
運送会社には1月16日(木)に予約を入れた。実際は1月31日(金)まではこちらで勤務するが、下旬になると運賃相場が上がり出すので、その前に荷物を運んでもらうのである。残りの半月は最小限の道具と衣類で過ごし、その分は最終的に宅急便で送ったり自分たちで運んだりする。そういう訳で姫路での生活は6ヶ月間で終わることとなった。
「そうだ。引越のついでに、古い服とかは捨てていいよね?」
「うん、まかせる」
それで美映はごく少数買っていた、緩菜の“男の子用の衣類”を全て捨ててしまった。
「だって女の子にはブリーフとか不要だよね〜」
などと独り言を言っていた。実際緩菜にはちんちんなど無いのでブリーフの前開きは使い道が無い。
「緩菜、女の子にしてはクリちゃんが大きめかもと思ってたけど、夏すぎくらいから小さくなって普通の女の子サイズになっちゃったし」
などとも美映は独り言で言っていた。
12月17日、春先の海外合宿中に倒れ、緊急入院して白血病の治療をしていた水泳短距離の池江璃花子選手が治療の山を越え退院したことを公表した。さすがに東京オリンピックは断念するも、4年後のパリ・オリンピックを目指す、と前向きなメッセージを出していた。
12月23日(月−祝日ではない!)、青葉は卒業論文を提出した。後期試験が若干残っているが、これで青葉のカレッジライフもだいたい完了である。
その翌日、12月24日、青葉は〒〒テレビの『新人アナウンサー紹介・ご自宅訪問』という番組の撮影に出ることになった。この番組は、今年の春、〒〒テレビに入社する予定の新人アナウンサーを自宅に訪ねて家族ごと紹介するという趣旨の番組である。
その話を12月19日になって青葉から聞いた朋子は仰天した!
(青葉は先月の内に聞いていたのだが、なーんにも考えていなかった。卒論と水泳で忙しかったのもあった)
朋子としては、とてもじゃないが、そのままテレビに映す訳にはいかないというので、桃香と千里を“掃除”のために東京から呼び出した。桃香が彪志にも連絡して、彪志も掃除のためにわざわざ休暇を取ってきてくれた。
それで早月と由美の世話を桃香にさせておいて、朋子・千里・彪志・典子(朋子の妹:高岡市内在住)と典子の娘(桃香の従姉)観月の5人で部屋の大掃除を3日がかりで行った(典子の夫と観月の夫も夕方以降手伝ってくれた)。ふすま紙も貼り直し、古ぼけて穴が開いたりしていたカーテンも新しい明るい色調のものに交換した。本やCDの類いが本棚に入りきれないので、彪志がニトリで本棚を1個買ってきてくれて、そこに頑張って収納した。青葉が楽曲制作に関わり謹呈されたCD全てを並べたが、これがなかなかの壮観だった。
今年のアナウンサーの新人は、青葉ともうひとり森本メイさんである。森本さんは美由紀と同じ金沢G大学の出身で、英文科をトップの成績で卒業した才媛。1年生の時に同大学のミスコンでも優勝したという超美人である。青葉は24日の朝、初めて彼女と会って
「すっごーい!」
と言ったのだが、彼女の方は
「ええ?水泳の日本代表候補なんですか?すごーい!」
などと言っていた(日本代表の発表はこの日夕方)。青葉が霊能者“金沢ドイル”とか作曲家・大宮万葉であることはまだ知らないようである。
この日は午前中に加賀市内の森本さんの実家を訪問した。
森本さんは実際には金沢市内南部にアパートを借りていて、そこから通勤するのだが、1Kのアパートを映してもしかたないので実家でのレポートになった。
この家がなかなか素敵なおうちである。総檜造りの平屋建てで、部屋数は10個あるらしい。車庫にはレクサスLS-600h(父用)とテスラS(母用)が並んでいる。お父さんは銀行の支店長をしているそうである。お茶を出してもらったが上等の八女の玉露で、茶器は今右衛門である。説明される前に青葉が気づいて「すごーい!今右衛門だ!」と言ったので、お父さんはご機嫌だった。
青葉がレポーターになって、彼女の御両親やお姉さんにもインタビューした。森本さんも美人だが、お姉さんも凄い美人だった。ソニーに勤めているのだが、過去にミス・ソニーになったこともあるらしい。お母さんも凄く可愛い人で、凄く若い。22歳と24歳の姉妹の母だから、40代のはずだが、まだ31-32歳くらいに見える。美人って、やはり家系なんだなと青葉はつくづく思った。
そして午後からは高岡に移動して、青葉の家のレポートとなる。レポーターは交替して今度は森本さんが務める。森本さんの家が豪邸だったのでこちらは庶民派だ。「日東紅茶にダイソーの茶器でごめんなさい」と言っておく。
朋子、早月を抱いた桃香、由美を抱いた千里(千里1)に森本さんがインタビューする。
「みなさん、青葉さんのお姉さんですか?」
「はい、お兄さんではなくお姉さんです」
「1人年の離れたお姉さんもおられるようですが」
「実は妹なんです」
色々話を聞いている最中に、訪問者がある。WNBAに行っている花園亜津子であった。
亜津子は久しぶりに帰国したのだが、千里に会おうと思って電話したら、亜津子が持っている電話番号が1番のものだったため(*1)、高岡にいると聞く。それで、わざわざこちらまで来てくれたのである。つまり千里1は実はこの撮影中くらいにたぶん亜津子が来ると知っていた。
(*1)2018.01に千里1が新しいガラケーを買った時、新しい電話番号を知り合いに多数送信した。亜津子は以前の電話番号(千里2のガラケーにつながる)をその番号で上書きしてしまったので、彼女のスマホには千里1の新しい番号だけが残ることになった。
撮影クルーは想定外の来客に困惑するが、森本アナは亜津子を知っていた。
「WNBAでご活躍中の花園亜津子さんですね?」
と言うと
「ええ。久しぶりに帰国したので千里ちゃんに会いに来ました」
と言う。
「お姉さん、花園さんの知り合いですか?」
「彼女とは古くからのライバルで彼女も日本代表ですよ」
と亜津子は言ったのだが、千里(千里1)は
「日本代表なんて過去の栄光です。もうだいぶ代表活動から遠ざかっているし」
などと言う。
亜津子が怪訝な顔をするが、1番としては2017年夏に代表落ちして以来、なかなか昔のレベルまで戻れないでいるという認識である。亜津子としては千里は日本のWリーグでも日本代表でもバリバリ活躍しているという認識である。
亜津子が
「シュート対決で私は彼女に勝てたことがない」
などと言うため、森本アナウンサーの提案で、花園亜津子 vs 「川上青葉のお姉さんの専業主婦」のシュート対決が行われることになった。
それで森本さん・青葉・撮影クルー、花園亜津子、千里というメンツで津幡の火牛アリーナに移動する。そして青葉が返球係を務めてスリーポイントシュート対決が行われることになった。
撮影の責任者である報道部のディレクターさんは千里の素性を知らない。それで最初は5分も掛からないだろうと思っていたようで、色々冗談なども言っていたが、亜津子も千里も全くシュートを外さないので、何も言葉を発せなくなり、無言で2人の対決を見ていた。カメラマンも驚きながらも2人のシュートを撮影する。ADさんがハンディカメラで、2人の表情を主に撮影していた。
2人は交互に撃っていたのだが、127本目で、亜津子が外し、千里が入れて勝負は決した。
「すごーい!川上さんのお姉さん、WNBAプレイヤーに勝っちゃった」
と森本さんは言ったのだが、千里は言った。
「いいえ。私の負けです。花園さんのシュートはほとんどがダイレクトでゴールに飛び込んでいました。私のは半分くらいが、リングとかバックボードに当たってから入っています。シュートの精度で私の完敗です」
そして撮影終了後、亜津子も千里に言った。
「勝負としては私が負けたけど、自分でも言ってたように、サン、どうしたのさ?あの不正確さは。オリンピックまでにきちんと調整しておけよ」
「オリンピックなんて、そんなのに出してもらえたらいいけど」
と千里が言うと
「サンは、昔からそうだからいけない。『私が日本を優勝させます』くらい言えよ」
と亜津子は言っていた。
青葉は12月24日の日中に『新人アナウンサーお宅紹介』の撮影をした後、夕方には北陸近辺の友人たちと一緒にクリスマス・パーティーをした。そしてその後、夜通し車(赤いアクア)を運転して大宮に行き、明け方彪志のアパートに転がり込んだ。買ってきたお弁当を朝御飯代わりに彪志に渡し
「あなた、行ってらっしゃい。お休みなさい」
と言って彪志が抜け出した布団に代わって潜り込んでそのまま熟睡する。お昼過ぎに起きると、買物に行き、フライドチキンやシチューなどを作って、少し掃除もするが、夕方には新宿に出かける。
そしてTKRでアクアのシングル『あの雲の下に/白い翼で』の発売記者会見に出席した。両A面のシングルだが、前者は12月30日に放送する4時間ドラマ『The源平記』の主題歌、後者は1月から3月まで放送される『少年探偵団III』の主題歌である。コスモス社長、和泉、千里、三田原部長と一緒に会見席に並んだが、質問にはほとんどコスモスが答えてくれるので、こちらは割と楽だった。
記者会見は18時から始めて19時すぎまで続き、そのあと大宮に帰宅したのはもう21時近くである。しかし彪志はまだ帰ってきていなかった。どうも仕事が忙しいようだ。帰宅したのはもう23時すぎだった。キスして「お帰りなさい」を言い、シャンパンを開けて乾杯し、チキンとシチューを温めて一緒に食べた。そして幸せな一夜を過ごした。
12月26日から28日までは毎日深川アリーナに通ってプールで泳いだ。そして29日の午後、ローズ+リリーのカウントダウンライブに出演するので、新幹線としらさぎで敦賀まで移動した。マイクロバスで迎えにきてもらったのでそれで何人かの演奏者と一緒に小浜に移動する。友人の世梨奈と美津穂は夕方頃到着した。
「彪志君連れてこなくてよかったの?」
「彼氏連れで仕事しに来る人なんて居ないよ。それに向こうは年末年始は忙しいみたいだし」
「ああ、病院も忙しいしね」
「そうなんだよ。薬が足りなくなって緊急に持って行くとか連休や年末年始には多発する」
「ほんとに大変そうだ」
3人とも卒論は提出済みなので余裕である。世梨奈が後期の授業料を冬子から借りたと聞いて美津穂は呆れていた。
「まあ2月のツアーのギャラの前払いということで」
「授業料はそれで完納だからもうこれ以上借りる心配は無いけど」
「2月のツアーは青葉も美津穂も参加?」
「うん。参加参加」
「私はこういうの最後になっちゃうかも知れないけどね」
と美津穂が言う。
「冬子さんのお友達の詩津紅さんは会社勤めなのに毎回参加してるよね?それ以外に音源制作にもかなり出ているみたい」
「有給休暇取っているらしいけど」
「どう考えても、普通の会社の有休日数を上回っている」
「もう会社から諦められているらしいよ」
「それでクビにしないのは凄い会社だ」
「いや、時間の問題という気がする」
「そういえばみんな就職は?」
「私は〒〒テレビにアナウンサーとして入社」
と青葉。
「私はX電子工業にカウンセラーとして入る」
と美津穂。彼女は富山市のT大学人文学部心理学科である。
「うつ病とか発症する人が多そう」
「正直、こちらが精神力持つかなという不安はある。でも初年度は私はアシスタントだから」
「メインの人が倒れて即メイン扱いになったりして」
「うーん・・・」
「逃げるは恥だが役に立つからね」
「うん。それ自分自身に言わないといけないかも」
「世梨奈は?」
彼女は金沢市のH大学の国際創造学科である。
「私はJ交易という会社」
「ごめん、知らない。何の会社?」
「さあ」
「知らないの?」
「何かパンフレットもらったけど、よく分からなかった」
「自分でも分からない会社に入るんだ?」
「交易というから、何かの輸入業者かな」
などと本人は言っている。
「タクラマカン砂漠に出張命じられたりして」
「それミルクロードだっけ?」
「シルクロード!」
「ミルクロードは阿蘇だな」
「牛が沢山いるから、ミルクの川が流れてるの?」
「いつも霧が出ていてミルクで覆われているかのように視界が利かないんだよ」
既に本題は分からなくなっている。
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