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■春合(3)
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龍虎(アクア)は中学時代から多忙なタレント活動をしていて、学校の勉強もままならない状態だった。あまりにも忙しすぎて、2016年の夏フェスでは歌唱中に倒れてしまったほどである。2017年春に高校に進学するが、義務教育ではなくなったこと、高校進学とともに東京に引っ越したことで、これまで以上に忙しくなり、体力もつだろうかと自分で不安をもっていた。
ところが2017年4月16日の夜、龍虎は唐突に3つに分裂してしまった。驚きはしたものの、これは好都合!とばかり、高校生活の3年間、龍虎は3人で分担して学校と仕事をこなしてきたのである。3人は、1人は男の子、1人は女の子、1人は男の娘(ダミーの男性器が付いてた)だったので、お互いに龍虎M/龍虎F/龍虎NあるいはアクアM/アクアF/アクアNと呼び分けていた。
学校の制服も3人がそれぞれ着られるように、女子制服1つと男子制服2つを用意した。(この内男子制服冬服のひとつは実は女子制服を裁縫の得意な大崎志乃舞ちゃんに男子仕様に改造してもらったもの)龍虎が女子制服を着て学校に出て来ても誰も変には思わないし、特に何も言わない。
3人は例えばMが学校に行った日はFが仕事に行き、Nは自宅で休んでいる、みたいな運用をしている。長時間の撮影など、仕事自体が大変そうな時は2〜3人で交替しながら仕事をすることもある。おかげで中学時代は学校の勉強をする時間が全く無かったのが、高校に入ってからは、ちゃんと時間が取れるようになり、中学時代の勉強も復習して、普通の高校生としての知識・思考も鍛えることができた。
3人は“長期記憶”を共有する(ここが完全別人格に分離した千里と違う所)ので、お芝居の台本などは3人で分担して読んで素早く覚えることもできた。もっとも記憶の共有は時には混乱を招き、例えばMが「電車降りなきゃ」と思ったら、つられてFまで降りてしまう、みたいな事態もたまにはあった。
3人は最初はトイレに行ったりする機会に入れ替わったりしていたのだが、過労で倒れた鱒渕に代わって山村(=こうちゃん)がマネージャーになってくれた後は、彼の能力で瞬間入れ替えができるようになり、とても楽になった。
《こうちゃん》は小学1年生の時に、大手術を受けた時以来の知り合いである。
彼は龍虎がアクアとしてデビューする直前の2014年10月に、龍虎の男性器は(主として病気の治療薬の副作用のため)死にかけているとして
「俺が治療してやるから」
と言って、男性器を取り外してしまった。20歳になる頃までには治療は終わると言われていたのだが、その間無いと困ると龍虎が言うので、こうちゃんは龍虎にダミーの男性器を取り付けていた。このダミーはだいたい半年に1回くらい交換されていた。一応形としては男性器であるが、勃起もしないし、触っても特に気持ち良くはない(自分の指に触るのと似たようなもの)。
またしばしば“無くなっている”こともあり(こうちゃんによると“適当な代替品が見つからないから”らしい)、その間は女の子のような股間になっていたが、龍虎もその状態に慣れてしまって
「ああ、またちんちん無くなっちゃった」
と思って、女の子みたいな身体のまま1-2ヶ月過ごすこともあった。
2017年春に龍虎が3人に分裂した時、ダミーの男性器はNに引き継がれた。それでMとFは口には出さないものの、自分の本体はNで、MとFは自分の心の中の「男になってもいい気持ち」と「女の子になりたい気持ち」が分離独立した存在なのではと思っていた。
2018年春、千里から注意された《こうちゃん》は、実はもう治療が終わっていた龍虎の「本来のペニス」を龍虎に返してやるように言われ、Nの身体に付いていたダミーのペニスを取り外して、本物の龍虎のペニスを取り付けてやった(睾丸はダミーのまま)。
「これ本物だから大事にしろよ」
と彼は言っていた。
2019年10月、こうちゃんは3人の龍虎が各々独立して使えるように戸籍を作成し、それに基づくパスポートを取ってやった。この時、Fの戸籍とパスポートはむろん性別女性で作ったものの、Nのために新たに作った戸籍とパスポートも性別女性にしてしまった(Mは元からの性別男の戸籍とパスポートを使用する)。
「お前、もう女の子になりたい気分になってるだろ?」
「少し」
「男の戸籍にして後から変更するのは大変だから、手間を省いて最初から女にしといたぞ」
Nは漠然と、20歳くらいになったら、手術してもらって女の子になってしまってもいいかも知れないなぁなどと思っていた。
西湖は中学時代、仕事が忙しすぎて、学校の勉強は全くしていなかったこともあり、あらゆる高校の入試に落ちまくり、唯一合格させてくれたのが女子高であるS学園であった。男の子である西湖が女子高を受験できて、しかも合格してしまったのは様々な人の思惑や誤解が複雑に絡みあった結果なのだが、ともかくも2018年春、西湖は女子高生になってしまった。
更に西湖の周囲には龍虎以上に彼を女の子に変えてしまいたい人物がいた。彼の母は西湖を欺して女性ホルモンを飲ませていたし、丸山アイも彼を女の子にしてあげようと色々工作をしていた。
このままでは西湖の男性器は風前の灯火だと考えた千里3は、西湖を**の法により女の子に性転換することで、結果的に西湖の男性器を切除されないように“隠して”しまった。
それで西湖は本人としては別に女の子になりたい気持ちはなかったのに、女の子の身体で暮らすことになってしまった。しかし女の子の身体でいることは女子高生として学園生活をする上では好都合だった。身体測定をするにも水泳の授業を受けるにも、女の子の身体になっていることでとても助かる。
**の法で性転換した場合、1年以上経てば再び性転換して男の子に戻すことができる。性転換して1年経った2019年の夏、千里3は西湖に男の子に戻すか、このまま女の子として生きて行くか尋ねた。西湖はその判断は高校を卒業するまで保留したいと言い、千里3も同意した。西湖としては、本来女の子になりたいような気持ちはなかったはずが、1年間女の子の身体で暮らしてみて、この身体も悪くないなという気分になってきていたのであった。
2020年1月5日(日).
龍虎は(Fが)朝北海道から戻った後、仕事が1件キャンセルになってしまったおかげで、珍しく日中の仕事が無く、3人とも代々木のマンションでのんびり過ごしていた。
「お腹が空いた。ジャンケンでお弁当買ってくる人決めない?」
とFが提案し、Nが負けた。
「仕方ないな」
と言ってセブンイレブンまで行ってくる。Wかつタルタル弁当・炭火焼き牛カルビ弁当・ごろごろ唐揚げ弁当と3つ買い、マンションに戻る。WかつはF、焼き肉はM、唐揚げはNが食べることにする。Fがお茶を入れて
「いただきまーす」
と言った瞬間のことであった。
ドン!
という感じの凄い音がして、龍虎はびっくりしてのけぞり、後ろ手で身体を支える。
「何が起きたの?」
「分からない」
「・・・・」
「あれ?」
「2人しか居ない」
「君誰?」
「ボクはFだよ。君は?」
「僕はM」
「Nはどこ行ったの?」
とFとMが言った時
『ボクはここだよ』
というNの思念を感じた。
「あ」
「Nはもしかしてボクの中に居る?」
「いや僕の中に居る気がする」
「ひょっとして・・・」
「半分ずつボクたちの中に居る?」
『そんな気がする』
「つまり3人から2人になったのか」
「最終的に1人に戻る前段階なのかも」
「この後どうしよう?」
「唐揚げ弁当は2人で半分こして食べればいいよ」
「弁当のことじゃない!」
「Mが要らないならボクがもらうよ」
と言って、F(+N/2)は取り敢えずWカツ弁当を食べ始める。
「お前、よく落ち着いて弁当食べていられるな」
「食べなきゃお腹すくじゃん。Nが半分入っているから1.5倍食べなきゃ。そうだ。千里さんに連絡しようよ」
「ああ、それがいい気がする」
それでM(+N/2)は千里2に電話し、緊急に相談したいことがあると言った。2番を選んだのは、1番では話が通じないし、3番は合宿が近かったかもという気がしたからである。
2番はすぐ来てくれた。
「あれ?今日はFとMだけ?」
と訊く。
「それが2人になっちゃったんです」
「Nの意識は私たち2人に半分ずつ宿っているんですよ」
とFとMは説明する。
「ああ。なるほど。でもこれで龍ちゃんが最終的に1人に戻っても意識は3人とも残りそうだというのが想像できるね」
と千里は言った。
「僕たちこれからどうすればいいんでしょう?」
とMが不安そうに訊く。
「今まで3人で分担してこなしていた仕事を2人でしなけばならないから、まあ1.5倍忙しくなるということかな」
「ですよねー」
「でも3月からは学校がなくるから、その分の余力は出ると思うよ」
と千里は言うが
「学校が無くなる以前から、最近既に仕事がたくさん入れられているんですけど」
とFが文句を言う。
どうも自己主張するのはFの役目でMは流されやすい感じだ。Nは割と何も考えていない感じだった。
千里は《こうちゃん》(山村マネージャー)を呼んだ。彼は龍虎が2人になったと聞いて驚いていたが、2人の龍虎にこう言った。
「どっちみち分裂は一時的なものにすぎない。いづれ1人に戻るのは間違いないから、取り敢えず2人で忙しさに慣れろ。1人に戻ったらもっと忙しくなるから、サボリ方の要領を今のうちに覚えておけ」
「でもなぜ僕とFが残ってNの身体が消えたんでしょう?。僕はてっきりNがオリジナルでFと僕は分身だと思っていた」
とMが言う。
《こうちゃん》は少し考えていたが、やがてこう言った。
「3人はどれかが本体であと2つは分身とかではなくて、ほぼ均等に分離したと思っていた。その中で『男になってもいいかな』という気持ちがMに集まり、『女の子になりたい』という気持ちがFになって、性別は曖昧なままで居たいという気持ちがNに集まった。でもお前も成長してきて、曖昧な性別のままでは居られないという覚悟ができてきた。男になるか女になるかは自分ではまだ決めきれないけど、曖昧な状態はもうやめようと思った。だからNが消えたのかもな」
「それでですね。さっきMと話してたんだけど」
とFが言う。
「ボクとMの性器の由来がよく分からないんだけど、Nはオリジナルのおちんちんを持っていたんですよ。2年前の春に、こうちゃんさんが『これ本物だから大事にしろ』って治療の終わったおちんちんを持って来てNのお股にくっつけたから」
「ああ。そういえばNにくっつけたな」
「そのNが消えたということは、ボクのオリジナルのちんちんも消えてしまったということ?」
「うーん。確かに消えたかもしれんけど、別にお前はちんちん要らないだろ?」
「ボクは要らないけど、Mが気にしてるから」
「MはMで自分のちんちんあるんだから、別にオリジナルのちんちんなんて、どうでもいいのでは?」
「僕のちんちんってどこから来たの?」
「それは誰も知らんな。気にする必要もない気がする」
「多分それもオリジナルだと思う」
と千里は言った。
「女の子になりたい男の子が女性ホルモンを摂った場合、そのバストはだいたいその人の姉妹のバストと同じくらいのサイズになることが多いと言われている。たぶんMとFって、龍虎がふつうの男の子として成長していた姿、女の子として生まれていた場合の姿を具現化したものだと思うんだよね。だから、Mのおちんちんは多分元々の龍虎のおちんちんでもあるんだよ」
「じゃこれ誰かのものを移植したとかじゃなくて遺伝子的にも僕のもの?」
「それは間違い無いよ。なんなら精子のDNA鑑定してみる?」
「それはしてみたい」
「ボクの女性器も本来のボクのものだよね?」
「それも間違い無い。何なら生理の分泌物のDNA鑑定する?」
「それもしてみたい」
2人の龍虎の発言は紛らわしいが“ボク”と言っているのがFで、“僕”と言っているのがMである。微妙にイントネーションが違う。
「だけど僕たちの染色体ってXYだよね?なんで卵巣とかもあるの?」
「XY女性は普通にたくさん居るよ」
「そういう人って、女性器が発育不全だったりしないの?」
とMは質問しているが、Fはこの問題は解決済みである。
Fは自分の女性器は《こうちゃんさん》のお友達の《じゅうちゃんさん》が分裂前の自分に勝手に埋め込んだ、IPS細胞から作った女性器だろうと考えていた。分裂した時、元々の身体の男性器がNに、女性器が自分に来たのだろうと考えていたのである。FにとってもMの男性器の出所は謎だった。
「妊娠しないので調べたらXYだったとか男性ホルモンが多いのでスポーツでセックスチェックにひっかって精密検査したらXYだった、ついでに睾丸があったとかいう人はわりといるけど、元々ちゃんと女性器が発育していたら検査もしないから、誰も気づかないまま普通の女性として一生を送っているよ。XXの男はもっと多いと思う。まあXXの男からは女の子しかできないけど、大きな問題はない」
「そうかも」
「XYの女性が産む子供がYYになったりしないんですか?」
「YYの受精卵ができても流れるだろうね。X染色体の中に人間が生命を維持するのに必要な遺伝子が入っているから」
「ああ、流れてしまうのか」
「心臓が活動し始める前、胎児になる前の胎芽の状態の内に流れると思う。だから妊娠確率がXX女性の半分かも知れないけど、元々妊娠の確率って凄く低いから気づかない」
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