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■春草(1)
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(C) Eriki Kawaguchi 2020-01-24/改2020-04-18
そのトラックは幌が掛かっていて、一見自衛隊のトラックのようにも見えた。空き地の前で停まると軍服のようなものを着た一団が降りてくる。戦闘用マスクもしていて顔が分からない。男か女かも分からない。投光器が空き地を照らす。
「セイタカアワダチソウ確認!」
「成敗!」
という声が掛かると、軍服姿の者たちが持つ火炎放射器が一斉に火を噴く。空き地に多数咲いていたセイタカアワダチソウが燃えていく。充分燃えた所で
「放水!」
という声が掛かり、今度は消防車のようなホースで空き地に水が掛けられる。センサーのようなものでチェックしている男がいる。
「完全消火確認」
「撤収」
それで軍服姿の者たちはトラックに乗ると、どこへともなく去って行った。
「雑草殲滅隊?何それ?」
日本代表の活動で忙しい青葉はその日は珍しく大学に出て来ていたのだが、お昼休みに学食でクラスメイトたちと一緒にランチを食べていて、その話を聞いた。
「夜中にどこからともなくトラックでやってくるんだって。セイタカアワダチソウの茂っている空き地とか川辺とかで、火炎放射器使ってセイタカアワダチソウを根こそぎ焼いてしまって、ちゃんと水を掛けて消火した上で、どこへともなく去って行くんだって」
「セイタカアワダチソウを燃やすのが目的なんだ?」
「どこでも地域住民の多くから喜ばれているらしいよ。放置されている空き地とか休耕田とかにセイタカアワダチソウが生い茂って、花粉症に苦しむ人たちから役場に何とかしてくれという陳情があっても、役場は私有地ではどうにもならないと言って何もしてくれないらしい」
「ああ」
「だから撲滅してもらって助かるという意見多数。誰からともなくネットで雑草殲滅隊と名付けられている。偶然作業を目撃した人によれば軍服着て顔も覆った男たちらしいよ」
「男なの?」
「それは分からないよね。顔も隠しているし。女かも知れないよね」
と冴子が言うと
「男の娘だったりして」
と真奈美が言う。
「まあ性別は不明ということで」
「だけど法的にはかなり問題があるよ。不法侵入、放火罪、火気乱用」
「火気乱用には当たらないと思う。軽犯罪法第1条の九。『相当の注意をしないで、建物、森林その他燃えるような物の附近で火をたき、又はガソリンその他引火し易い物の附近で火気を用いた者』。充分な注意をして実行しているもん」
さっと条文が暗誦されるのがさすが法学部の学生である。
「不法侵入も該当しない。建物じゃないから刑法130条は対象外。軽犯罪法第1条の三十二は『入ることを禁じた場所又は他人の田畑に正当な理由がなくて入つた者』。田畑ではないし、特に立入禁止とかの看板が出てない限りこれには当たらない、そもそも立ち入らずに外から燃やしてるから侵入してない」
「放火罪さえ微妙。刑法百十条『放火して前二条に規定する物以外の物を焼損し、よって公共の危険を生じさせた者は、一年以上十年以下の懲役に処する』。公共の危険を生じさせてない。これは確か判例があったはず。放火罪ではなく器物損壊に問われた事件もあったと思うけど、雑草を“器物”とみなすのは無理がある。更に損壊とは、その物の効用を害する一切の行為を言うけど、セイタカアワダチソウにそもそも価値や効用が存在したとは思えない。むしろ土地の価値を高めたかも」
「じゃ何の法律にも違反しない訳??」
「いや“公共の危険”について検察は争うと思うよ」
「でも判決は微妙だね」
「優秀な弁護士がつくだろうから無罪を勝ち取るかも」
「だけど完全に消火したつもりでいても、ひょっとして火種が残っていて延焼したら危険」
とひとりが言っていたら、実際に火事が起きてしまった。
それは富山県南砺市の空き地で、あきらかに雑草殲滅隊が入ったと思われる空き地の隣にあった民家が燃えてしまったのである。幸いにも怪我人は出なかったものの、焼け出された人は報道機関を前に、雑草殲滅隊を「連続放火魔のテロリスト」と激しく非難した。マスコミの論調も、概ね、彼らはやり過ぎだし、違法な活動だと評した(しかし何に違反するか明記したマスコミは存在しなかった)。
すると翌日、雑草殲滅隊を名乗る人物が、海外のドメインからツイッターに投稿した。
「私たちの活動で、消火が不十分であったために延焼して民家にご迷惑をおかけしたことを深くお詫びする。写真や想い出の品などは返ってこないだろうが、せめてものお詫びと被害額の補償として、家の再建費・家財道具の再購入費および御見舞い金として5000万円を払いたい。テレビ局に届けるので渡して欲しい」
ということで、実際に富山のローカルテレビ局に5000万円の振込があった。テレビ局は警察・税務署などとも相談の上、全額を被害者に渡した。税務署も、これは贈与ではなく損害賠償とみなすとコメントし、税金は掛からないことになった。
ネットでは「雑草殲滅隊かっこいい」「男らしい!」とますます評判が高まることとなった。
しかしこの事件で雑草殲滅隊がかなりの資金力を持っていることも判明した。
「しかし活動内容からして元々お金は掛かっているでしょうね」
「花粉症に悩むお金持ちとかがバックについているのかも」
などとテレビの情報番組のコメンテーターたちは述べていた。
ところで、“デファイユ津幡”の地鎮祭をしなければと青葉は思った。
ここの霊的な処理をして『霊界探訪』で放送した時も青葉は「ここは地鎮祭もされていませんね」と発言している。
が、青葉は仏教系の人なので、神社系のことがさっぱり分からない(実はお寺が地鎮祭をするケースもあるらしいが、青葉はこのことを後から知った。祭壇ではなく仏壇を作り、玉串奉奠ではなく焼香をする!むろん祝詞ではなくお経をあげる)。
しかし青葉は地鎮祭なら神社だろうと思ったので、神社系のことならと、千里2に電話して訊いてみた。
「基本的にはその土地の地元の神社に頼むものだけど、工務店との相性があるんだよ」
「相性?」
「大工さんたちって、迷信深い人が多い。やはり建築作業してたら事故ってどうしてもあるからさ。その工事中の無事を担保するには、その工務店の人たちが信頼している神社に地鎮祭をしてもらわないと、納得しない」
「そういうのがある訳か」
「まあ施主が希望する神社がその工務店ともお付き合いのある所だったら、最も問題無い。実際は、津幡町や金沢市のある程度大きな神社に頼みたいと言えば、工務店もそことの付き合いはあると思うよ、特に何か宗教やってるような工務店以外は」
「なるほどー」
「今回は、播磨工務店とムーラン建設の並行作業になったけど、地元の工務店で萬坊工業という所に下請けさんたちの統括をしてもらうことにしたから、そこに照会してみようか?」
「あ、言ってたね。今度萬坊工業の社長さんとも引き合わせるとは言われていたんだけど、私も忙しくて。じゃその件よろしく」
「OKOK」
「これ初穂料はいくらくらい包むもん?」
と青葉は尋ねた。
「さぁ、分からないけど、初穂料なら1万円くらいじゃない?」
と千里。
「さすがに1万円は無いと思うよ!?」
青葉は安物好きの千里に聞いたのが間違いだったかとも思ったが、桃姉などに訊いたら、きっと「5円じゃダメか?」とか言いかねないなと思いながら、ノンアルコール・ビールを飲みながらゲームをやっている桃香を見た。桃香は千里1がお遍路を終えるまで高岡に滞在予定である。
それで青葉は母に尋ねてみたのだが、母も悩んだ上で
「こんな大きな施設作るんだから、20-30万円包まないといけないんじゃないの?」
と言った。
萬坊工業の社長・野村さんという人から月曜日に電話が掛かってた。挨拶などしてから、地鎮祭については播磨工務店さんからも、神主さんの手配とかは地元の企業であるこちらに委託されたからというので詳細について打ち合わせた。
野村社長は、お姉さんも不確かな所が多かったのでということで、こちらに直接質問してきたようでもあった。千里姉、特に2番さんはアバウトだからなあ、と思う。それで状況を説明した。こちらが手配すべきもの、向こうで手配してくれるもの(費用は一時的に播磨工務店が出して最終的には施主に請求されるはず)の区分けがなされる。祭式を行う場所として関係者が多数座れるような紅白の幕を張り、椅子を並べたテントを立てるというのは言われて気付いた。そういえばそんなテント張ってるね!神主さんに渡す初穂料についても尋ねてみたら、社長は「たぶん10万くらいでいいと思う」と言っていた。
(テントは雨の日だけ立て、晴れの日は露天で行う流儀もあるが、晴雨に関係なくテントを使う流儀もある)
それで結局10月16日(水・十二直は“たつ”−地鎮祭や上棟式などは十二直を重視する)に“起工式”という形で行うことになった。
「地鎮祭と起工式って何が違うんですか?」
と青葉は素直に社長に訊いてみた。
「他に安全祈願祭というのもありますね」
「それも聞いたことあります!」
「基本的には地鎮祭というのは“工事を始める前”に、土地の神様にここで工事をしますが、よろしくお願いしますと施主と施工者が一緒にご挨拶する行事で、起工式というのは“工事を始める時”に、いよいよ工事に取りかかりますので、無事でありますようにと施主と施工者が大工の神様と土地神様に祈る儀式、安全祈願祭となると工事関係者の内輪の儀式という色彩が強くなりますね」
「あ、少し分かりました。ではその3回やらないといけないんですかね?」
「いえ。もうこれらは完全に一体化してます。もう区別が付いてない人が多いですよ。まあ地鎮祭は土地の神様へのご挨拶だから、大地の守護神と土地神様に祈り、起工式は工事での無事を祈るから、工匠の守護神と土地神様に祈る。祈る相手が違うくらいで、やることはほぼ同じ。子供を保育園にやるか幼稚園にやるかみたいな違いじゃないですかね」
(地鎮祭の祭神は大地主神・産土大神、起工式の祭神は手置帆負命・彦狭知命・および産土大神である)
「なるほどー」
そう考えると、土地神様への挨拶や結界作りは、自分と千里姉でやってしまえばいいから、工事の無事を祈るというのが中心になる“起工式”の方がいいな、と青葉も思った。
それで青葉はその日(10月7日)の夕方再度千里姉(千里2)に電話してみた。夜間はフランスでの練習とかにぶつかるだろうと思いその前に電話した。
「10月16日ね。OKOK。試合にもぶつかってない」
「それで私もよく分かってなくて混乱していたんだけど、起工式ってのは、いよいよこれから工事を始めますって時に工事の安全を祈願するのに主眼を置いた儀式みたいなんだよね。だから、その前に私とちー姉とで、地鎮祭に相当する、土地神様へのご挨拶と結界作りをやっちゃわない?」
「OK、いつやる?」
「いつでもちー姉の都合のいい日で」
「だったら明後日9日でもいいよ」
「明後日ね。こちらもOK」
「今日も明日も基本的に平日は試合が無いから、こちらの練習は日本時間の午前1時頃終わるんだよ。それから一眠りして、朝6時頃以降ならいいよ」
「せめて8時にしようよ」
「了解」
「そうだ。今思い出したけど、駐車場の南側はまだ木を伐採してないでしょ?あれそのまま起工式やっていいのかな」
「ああ、だったらあの部分の木は明日中に処理させおくよ」
と千里。
「1日でやっちゃうの!?」
それで青葉と千里は10月9日(水)、ちょうど起工式予定日の1週間前、デファイユ建設予定地に朝8時にやってきた。青葉は7:40くらいに来たが、駐車場の南側一帯の、まだ未伐採だった部分がきれいに木が無くなっていて、地ならしされているのを見て感心していた。
(今回伐採したのは9月30日に買った270m×270mの領域で、288×328mの範囲の処理は年末にあらためておこなった)
千里姉は8:00ジャストに播磨工務店の南田社長と一緒にやってきた。
「あ・・・・」
青葉は周囲を見回した。千里姉が車を降りた次の瞬間から、この土地の空気が変わり始める。
「凄い」
「15分待って。雑魚まで全部駆逐するから」
「うん」
そして実際15分後には、敷地内は、きれいに“クリーニング”されてしまった。
「まあ今日は20人がかりでやったからね」
「そんなに動員したんだ!」
青葉は、千里姉の眷属って、一体何人いるんだろう?と疑問に感じた。
確かに多数の“何か”が動き回っている感じだったが、青葉には見えなかった。(実は《くうちゃん》の力で、青葉に霊的な目隠しをしていたのだが、青葉は気付いていない。《くうちゃん》の動きにも気付くことができるのは、羽衣・虚空・紫微クラスである)
「でも森林の伐採もきれいに終わってたね。凄いね。多分400-500本はあったと思うのに」
と青葉が言うと
「木は全部で665本でした。あと1本あれば666本・悪魔の数だったのに」
と南田が言う。南田さんの会社がやっちゃったの?
「そんなにありましたか!」
「全部抜いて敦賀にある、うちの製材所(*1)に運び込みました」
「抜いて!?」
青葉は一瞬巨人が多数の木をぐいっ、ぐいっ、と引き抜いていく様を想像した。(実は正解である)
「ああ、いや木は切って根っこを抜いたんですよ」
「よく1日でやりましたね!」
「4つのチームに分けて競争させましたから」
「なるほどぉ!」
「1番になったのは男の娘チームでしたね」
「へー!!」
ムーラン建設には性別の曖昧な社員がかなり居ると聞いている。ミューズ・アリーナの建設で大量に作業員を募集したので、その中に結構そういう人がいた。建設が一段落して大半は新幹線の建設現場などに移動したが、引き続き小浜市内での開発が続くので残りたい人を募集した時、その人たちの大半が残留を希望したためである。ムーラン建設本社のトイレには、このようなマークが並んでいるらしい。
M, F はMale, Female だが M を MAN と思い込んでいる人は結構いるらしい。N は Neutral の N でもあり Non-Binary の N でもある。敢えて曖昧にしている。これはトランスの人はNを使ってくれという意味ではなく、むしろFに入る勇気のない人、Fに入ると苦情の出る人に使ってもらうためであり、“パス”している人は普通にFを使ってもらってよい。
ムーラン建設ではNのトイレには誰でも入れるが(男性と女性の連れション!もOK)、MとFのトイレは社内の面接で合格しないと使用できない!らしい。それで天然女性なのに初回Fの審査に落ちちゃって開き直り次回の審査まで堂々と男子トイレを使った豪快な女子社員もいるとか!?逆に天然男性なのにMの審査に何度も落ちて、友人たちから女装を唆されたり男性から交際を申し込まれた人もいたとか!??(同性愛者の社員も多い。ちなみに同性婚でも家族手当が出る。また性転換手術休養制度まである)
そんな話を聞いていたので、青葉は数十人の作業員が集まり、一斉に森林の木を切り始めた様を想像した。(でも実は不正解である)
(*1)千里が所有する2番目の製材所である。小浜で大規模な開発をするのに栃木県塩谷町の製材所だけでは処理能力が足りないし遠いので、向こうと同様に良い職人さんは居るものの資金力が無く経営が行き詰まっていた所を買い取ったのである。塩谷町のと同様に、社長さんには所長として残ってもらった。小浜の開発ではここだけでは足りないので若狭周辺の多数の製材所にも依頼しているが、自前の製材所では“非常識”なこと(一晩で樹木を100本庭に積み上げるなど)ができる。今回も100本(だいたい2ヶ月分)積み上げて、塩谷町にも同様に100本持って行き、残りは福井県内に所有する山林(製材所を買うのと同時に買ったもの)に取り敢えず置いた。
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